マッドドクターの愛した死体 %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d

マドした 〜導入編〜

 ここは海に程近い首都から少し離れた場所に位置する村。平穏で簡単に長閑な自然が味わえるとして貴族や豪商の療養地として成り立っている。
これと言った名産は無く、平凡なお年寄りが勤めている村役場に簡単な警備兵の詰め所、あとはほとんど道楽で開かれている八百屋や肉屋、魚屋等々しかない。
 その中の一軒に評判の小さな診療所が建っている。一見、小さく地味に見えるが見る人が見ればしっかりとした造りのこの診療所は村の人達が建てた物で、ある名物夫婦によって運営されている。
魔物と人間双方を診る事が出来る医者は少ない。夫は偏屈で変わり者ではあるが腕は確かな医者で、村の人達にその腕を買われて住み込むようになった。妻とはその数年後に結婚したのだが、看護師姿で見せられる儚げな美しさと時折見せる妖艶な微笑で診療所の評判に貢献している。


    今回はこの夫婦の馴れ初め話。血生臭く、何処か異常な愛あるお話。




 首都から続く細い街道を小さな荷馬車が進んで行く。荷馬車の中には、本当に馬車が必要だったのか怪しいくらい少量の荷が置かれ、ゴトゴトと危なく揺れている。御者台には、男が乗っていた。
 男の名は、カイン・ボードウィン。この先の村、ヘイヴン村に住んでいる偏屈な開業医である。
 歳相応ならもっと明るい顔をしていてもいい筈だが、その日の彼は如何にも不機嫌そうな表情をして俯いていた。
 それもその筈だろう。医者であるカインは、不足しがちな医薬品や磨耗した医療道具の買い替え、その他雑多な物を買いに首都に出たのだが、必要な分を売ってもらえなかったのだ。
その上、往診を頼まれた貴族宅に行くと行き成り門前払いを喰らい、見込んでいた収入もなかったのだ。しかし、こんなことは男にとっては、日常茶飯事であり、むしろ、最初の頃に比べればマシになったと言える。

「くそ、どいつもこいつも。本気で医学を探求する気があるのか。」

とぶつぶつ愚痴をこぼしながら帰路に着くのがいつもの事であった。
 その日もぶつぶつ言いながら、手綱を握っていると前方から大きな鐘の音が聞こえてきた。

<カラン♪カラ〜ン♪
「んあ?」

 鐘の音に驚いて顔を上げると前から大きな荷馬車が走ってきているところであった。どうやら愚痴をこぼしている間に手綱に力が篭り、道の真ん中を走ってしまっていた様であった。

「いかんいかん。」

 慌てて馬を脇に寄せると、相手は、カインに一瞥もくれずに走り去って行った。随分と横柄な態度の御者であったが、カインは慣れているので別の部分に気を取られていた。

 普段、4頭立ての大型馬車なんて本街道ぐらいでしか見かけないのに、迂回路でも無いこんな細い道で見かけるのは珍しい。紋章が貼られていなかった事から貴族ではない、おそらく豪商、しかも、そこそこ儲けている部類の商家だと解かる。なのに荷台はほとんど空で村から走って来たと言う事は、

「ふむ、誰か移って来たのかな?相変わらず金持ちの考えは解からんな。穏やかに健やかに暮らしたいのなら最初から金持ちなんぞにならなければいいものを。」

などと言いつつも、新しい患者さんが増えれば収入も増えるな、とまで考え、自分で打ち消した。

「医者が人の怪我や不健康を望むなんてとんだヤブだな。」

カインは止まっていた馬に鞭を入れ、昼飯と夕飯をどうするか考えながら帰る事にした。





 ヘイヴン村は、閑静な住宅街と言った言葉がよく似合う村である。首都の中心部にある様な絢爛豪華な邸は無く、皆質素な色合いの邸であり、村の中心部に役所や商店が集められた造りになっている。
とは言っても、やはり、金持ちは金持ち。質素と言えどもその大きさは一般家庭に比べれば象と蟻である。
 そんな不釣合いな町並みを眺めつつゆったりと進んでいると、カインは一軒の屋敷に目がいった。以前より空き家であった筈の屋敷から人の気配がしたような気がしたからだ。
門前に回ってみると予感は的中、丁度、配達のワーラビットが出てくるところであった。
 青い制服に懐中時計が目印のワーラビットのうさうさメール社は、最近、頭角を現してきた新興企業。主に入り組んだ大都市圏で活動しており、大きな都市には必ず支社が一つ在るとまで言われている。あの規模を親族のみで形成している点でも有名である。
 そんな配達会社から手紙を受け取ると言う事は、誰かが居る証拠。住んでいる者の事情などどうでもいいが、金持ちと言う部分に引かれ、カインは、少し覗き見ることにした。
 屋敷の窓のほとんどが開け放され、忙しなく動くメイドが中と外を行ったり来たりしていた。本当に今日、引越しが終わった後なのだろう。

「それにしてはメイドの人数が少ないな。前に来た貴族の娘は夏の間しか居なかったのに何十人もメイドを引き連れていたものだが。」

そんな風に垣根越しに眺めていると、ふと上からの視線に気付いた。見上げれば二階建ての一室からこちらを見つめている女性が居た。窓枠に肘を置き、じっと見つめてくる銀髪の彼女に、カインは透けて見えるかのような印象を感じた。
 人の家を除き見ている怪しい男。状況としては悪い部類に入る。なんとか体面だけでも取り繕うおうとカインは手を振って女性に挨拶をしてみた。
 女性の方はと言うと、挨拶をされるなど予想もしていなかったのだろう驚いた素振を見せていたが、満面の笑みを見せ、手を振って応えてくれた。その一瞬だけ彼女の周りが色濃く映り、淡い桃色の花を思い起こさせた。
 カインはいつまでもその笑みを見て居たかったが、メイドがヒソヒソとこちらを指差しているでそそくさと退散することにした。

  そして、すぐに彼女と再会することとなった。





 翌日、朝早くから診療所を尋ねる者がいた。如何にもな派手な装飾の服を着込んだ使いは良いとも悪いとも言ってないのに勝手に診療所に上がりこみ、勝手に話を進め出した。
 今迄、この診療所を診療所として使った患者は少ない。大抵が年寄り連中の健康管理だとか、魔物娘夫婦の夜の相談だとかばかりである。
 もちろん、元々が外科医であるカインは、腕が落ちないよう動物の体で練習したりもしているが最近は自分の腕に自身を無くし始めていた。
 そんな中での往診依頼だったので少し、いや、かなり気が乗らない様子であった。

「(しかし、受け入れてくれたのはここだけだからなぁ。)どちらのお邸に伺えばよろしいか?」

「お受けしていただけるのですか?ありがとうございます。向かうのはゴブレット様のお邸です。」

「ゴブレット?確か、かなりの商家で首都中心部にお屋敷があるはず。それなら私の様な村医者より学問所の先生方に診て貰った方がいいのでは?」

「お邸の位置まで御存知とは。世捨て人を気取っても中々、世間を知っておられますな。」

「(そりゃあんな金ぴかな邸で、王に眩し過ぎる、と怒られた事件も起きりゃあね…)」

「今回診察してもらうのは当主様ではありません。その御息女様です。先日からこの村に療養の為に越して来ていますのですぐ近くです。」

「先日?」

 カインは、昨日の事を思い出す。儚げな表情は、まさに、病人特有のものであったがまさかとそんなわけないと頭の中から払い出した。

「解かりました。準備をして昼ぐらいにお伺いしましょう。」

「そんなに早く診てもらえるんですか?こちらとしてはいつでもよかったのですが、まぁ、お願いします。」

「?」

 カインはこの時、妙な感じをこの使いの男から受けた。首都での治療の経験もあるカインにとって往診の依頼などはもっと神経質になるものだと言う考えがあった。
 それも当然、どの医者に主人を診てもらうかで使いの評価が変わる、ヤブ医者を連れて行けば自分が首になるかもしれないのにこの男は、余りに無頓着な態度が目立った。
 ともかく、仕事が入ってしまったのでカインは直に仕度をし、渡された地図に沿って邸に向かった。
 突いた先で、カインは予感が的中したことを知った。
 見覚えのある二階建ての邸。あの女性が手を振っていた窓は、今日は完全に締め切られていた。
 昨日の様な忙しなさは無く、引越しは終わったのであろう事が窺い知れたが、それにしても使用人の少なさに驚かされた。
 ゴブレットほどの豪商なら30人は居てもよさそうだが、見えるのは2〜3人のメイドのみ。昨日来た男の姿も見えない。
 カインはメイドに案内されて二階の一室へと通された。中はカーテンを閉めているせいで薄暗く、気の滅入るような空気を醸し出していた。
 大きなベッドにはあの女性がおり、クッションに上半身を預ける形で身体を起こしていた。

「はじめまして、シニョリーナ・ゴブレット。私の名は、カイン・ボードウィンと言い、貴女の診察を申し付けられました。」

「こんにちは、お医者様。シニョーレ・ゴブレットの娘、イザラ・ゴブレットです。はじめて…では、なかったですね、お医者様?」

 完全に覚えられていた。昨日の出来事とは言え、遠めに挨拶をしただけなのだから覚えている筈ないと知らない振りをしてみたが、どうやら裏目に出たようだ。

「お、覚えていましたか。えー、おっほん!あれはですね、決して覘いていたと言う事ではなくてですね。この村は人の出入りが少ないので気になったと言うか…。」

「ふふ、大丈夫ですよ。気にしていませんから。むしろ、挨拶をしていただけて嬉しかったくらいです。」

「いえ、配慮が足りませんでした。シニョリーナ、お嫌でしたら私はこのまま帰ります。気にせず仰ってください。」

「先生、私は嫌なんて一言も言っていませんわ。どうか、そのままで。それと、私のことはイザラとお呼びください。様もさんも要りません。」

「解かりました、イザラ。診察の為に窓を開けてもいいですか?明かりがないと困りますし、空気の入れ替えも必要ですよ。」

「ええ、構いません。よろしくお願いします。」

 カインが窓を開けると昼の暖かな風が舞い込んでくる。よく晴れた日差しが家々の屋根に反射して部屋全体を明るく照らし出す。
 振り向くとイザラが眩しそうに顔に手をやり、それでいて暖かな空気を胸いっぱいに吸い込んでいる様を見られた。
 歳は16そこそこなのに異様に細い。痩せた体が見ていて痛々しい。診察してみなければ解からないが家族はこんなになるまで何をしていたのか?

「すみませんね。みすぼらしい体でしょう?」

「いえ、医者は人の体の美醜を言う仕事ではありませんので。それを直すのが仕事です。」

 すぐに診察を始めたカインであったが、絶望的な状況を思い知らされる事となった。





 診察を終え、イザラは服を直し、カインは道具を片付けている最中だった。二人に会話は無い。重苦しい雰囲気のみが立ち込めていた。
 イザラの症状はかなり深刻であり、最早一刻の猶予も残されてはいなかった。直に腫瘍を摘出しなければ助からないだろう。しかし、それを伝えることは出来ない。
 何故なら、この手術はとても難易度が高く成功する見込みが低いからだ。そして、カイン自身の過去を話さなければいけなくなる。そうすれば彼に執刀してもらおうなどと誰も思わなくなるからだ。
すると、イザラの方から口を開いた。

「先生、私はもう助からないのでしょう?自分の身体です。よく解かっています。」

「まだそうと決まったわけではありません。」

「いいのです、先生。私は望まれた娘ではないのです。妾の子として生まれ、豪商としての体面を保つために今迄生かされてきました。
 その父も治療費を払うのが億劫になってきたのでしょう。療養と言う名目で家を追い出され、ここに閉じ込められました。
 先生のことは新聞で知っています。有名な切り裂き魔だと。父も先生なら仮に私が死んでも他の人から同情を買えると踏んだのでしょう。
 先生にはご迷惑な話でありましょうが。」

 あの使いの男から感じた違和感はこれだったのだ。病弱な厄介者を始末できるならヤブ医者であるほうがいい。特に問題のある医者なら自分に非が被ることはないから。

「……………私の過去を知った上で診察を頼んだのか?何故断らなかった?」

「私はすでに死んでいるも同然ですから。先生に賭けて見たかったのかも知れません。それに、村長さんから、先生は、本当は腕のいいお医者様だと聞いていましたから。」

 カイン・ボードウィンは、本来なら史上最年少の医学部教授として様々な賞賛と勲章をその身に受ける筈だった。
しかし、彼は過ちを犯した。所謂、探究心からの暴走である。
 彼は自分の研究塔に何十と言った死体を運び込み、次々に解剖して行ったのだ。それだけでは飽き足らず、状態のいいものはそのまま標本にして部屋に飾ってあったりもした。
 もちろん、本人は医学の進歩の為にやった。しかし、学問所でその功績を評価するものは誰もいなかった。切り裂き魔、旧時代の魔物と罵られ、学問所を追放されたのだ。
 彼がいまだに医療行為を続けられるのは過去の栄光によるものであった。

 カインはイザラの言葉にカチンッときた。

 誤解されていることにではない。死んでもいい、カインには治せないと思われていることに頭にきたのだ。

「私の経歴をご存知なら、私が以前まで首都の学問所助教授を務めていたことはご存知のはず。見くびらないで欲しい。」

「あ、あの、すみません。私、失礼なことを…。」

「いえ、謝罪は結構。その代わり、私に貴女の手術を全力でさせてください。」

「し、しかし、私はもう…。それに、父は私のことを」

「貴女の父のことなどどうでもいい。私個人の趣味だ。どうしてもと言うなら治療代はいらない。」

「私は治るのですか?」

「数日欲しい。手術に必要なものを準備する。」










 それから数日、カインは診察を理由にイザラの元へ通いつめた。




 その時間は、カインにとってもどう言ったものだったのか判別が出来なかった。学問所の教授どもを見返すため実績のために通っていたのか。それともこの居心地のよさのためだったのか。

 イザラの診察は数日には収まらず、結局、数ヶ月にまで及んだ。腫瘍手術は、カインをもってしても経験が少なく、国外の文献まで取り寄せて研究に没頭した。その間、イザラの容態はますます深刻になり、体調の以上箇所も日に日に増えていった。
 カインとイザラに残された時間はごくわずかで、十分な知識も道具もないまま決断をしなければならなかった。





 カインがイザラと出会ってから半年が経とうとしていた。
 海辺の崖近くに設けられた場所にカインを含めた数名の人影が佇んでいた。皆、黒い服に身を包み、数名の女性は小さくすすり泣いていた。
 神父らしき人物が祈りの言葉を紡ぐ。魔王を称え、主神の赦しを乞う。親魔物派であるこの地方独特の祈りである。
 棺に横たえられたイザラには、いつもの質素な服ではなく、豪奢なドレスが着せられ化粧まで整えられた。紅を差した唇は死人のものとは思えず、医者の目から見ても生きているかのような瑞々しさであった。
 葬儀に出席した人物は少なかった。主治医のカインに村長夫婦、墓守り、神父、最後まで付き添ったメイドが三人、ゴブレット家の使いが一人、大豪商の娘の葬儀にしてはあまりにも質素だった。しかも、父親であるゴブレット氏は娘の危篤から今に至っても顔を出さなかった。
 手術は成功した。それは確かだった。しかし、時間が掛かりすぎた。病巣はいたるところに転移し、全てを除去したかと思ったカインですら見逃してしまったのだ。
 カインを責める者は誰もいなかった。カインは、イザラの病気とその治療方法をまとめた研究レポートを学問所に提出したが、イザラが死んだことで一笑に伏された。ゴブレットの使いは、「看取っていただいてありがとうございます。」と言った、さも、見下したような、やはりヤブ医者かと言わんばかりの視線を投げつけながら。

 術後、驚異的な回復を見せたイザラであったが、その元気も一カ月しかもたなかった。ベッドに伏したイザラはカインにこう呟いた。

「どうか、気に病まないでください。私は先生に感謝しています。
 邸の中でただ死ぬのを待っていた私が外に出られるようになるなんて夢にも思いませんでした。
 ああ、目を閉じれば浮かび上がります。
 メイド達と先生とで一緒に行ったピクニック。陽気な陽射しと心地好い風が本当に気持ちよかった。
 初めて見た海の青さ、潮の香り、波の音。
 先生には、本当に沢山の思い出を頂きました。これはきっと幸せすぎた罰なのでしょう。
 ああ、でも、本当は…、本当は、先生と…!!」

 彼女がその続きを紡ぐことはなかった。
 いつの間にか祈りは終わり、棺が墓穴に落とされる音でカインは、回想から目が覚めた。見ると墓守りがしきりとカインに目配せをしている。カインが軽く頷くと今度は手伝っている神父へと目配せをし、穴を埋め戻し始めた。
 この二人はカインが学問所に在籍していた時から贔屓にしている業者である。既に金を握らせ、掘り返しやすい土と浅い墓穴、防腐剤入りの棺を用意させていたのだ。
 カインは、ゴブレットの使いとメイド達が娘の葬儀をしっかり確認し、それをゴブレット氏に報告するであろうことを確かめてから診療所に戻った。




 草木が眠る丑三つ時、カインはイザラの墓の前にいた。
 大きなスコップを手に、荷車の横に佇んで、数秒、墓石の文言を眺めると手にしたスコップでザクザクと掘り返し始めた。

 ザクザクと…

 ザクザクと…

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 導入部とかあんまり魔物娘に関係ないところに力を割きすぎて肝心のエロが疎かになりがちなるのが私の悪い癖です。

12/01/10 05:08 特車2課

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