「いやはや、やっと故郷に帰れます。」 私の隣で馬に乗るサムライはそう言ってきた。 「山田殿はあの港町の生まれでは?」 「確かにあの国に仕えてはおりますが、元はこれから行く国の下士で交渉役という形で出向いているのであります。」 隣を行くサムライは、山田忠兵衛といい、私が、いや、私達が貿易を行っているジパングにおいて各地の国との仲介役を担っている男である。 今はまだ昼には早い時間。このまま行けば正午には着くだろう。 「先に送った文では夕刻には着くと知らせていたはず。時間はありますから久しぶりの故郷を満喫されてくればいいでしょう。」 「いやいや、謁見の後にも時間はありますゆえお気になさらず。それよりもジン殿に故郷を満喫してもらわねば来た意味がないというもの。」 私の名は、トーマ・ジン。この国の者達が大陸と呼ぶ場所にある親魔物領・サバト貿易部から派遣された見極め人である。先に言っておくがロリコンではない。 簡単に言うなら貿易を結んでくれそうな国に赴き、売れそうなものを探すことが仕事だ。山田殿の仕える国とは、長く関係を保っており、その関係から 「ぜひ、紹介したい国がある!」と言い寄られてしまい、いいものがあるならと3日かけてここまできた。 「それは楽しみですが、いい加減中身を教えてくれてもいいのではありませんか?誰も教えてくれないなんて不安になりますよ。」 季節は、春。騎乗した二人と幾人かの従者をぽかぽかした陽気が包む。冬は、外洋が荒れるので国に帰ることができず、やっとこ春になって帰り支度をしていたらこの誘い。しかも、私以外の者はこれから行く国に何があるのかすでに知っている様で一様にニヤニヤとして誰も私に教えようとしない。折角の帰郷を遅らせてまで来たのにこの扱いではイライラも募るというもの。 「まぁまぁ、着いてのお楽しみですよ。(ニヤニヤ」 やれやれ、まぁ、そこまで言うのならいいものがあるのだろう。せいぜい期待しておこう。そのとき、サァっと柔らかな風が頬を撫でた。不思議とかすかに甘い香りがしたように感じ、あたりを見るとピンク色の雪が2つ3つ舞っているのが見えた。 (雪?この季節に?) 思えばこれが最初の邂逅だったのかもしれない。これからの生涯、絶対に忘れえぬ景色との。
「さぁ、この坂を上りきれば町が一望できますぞ。」 そう急かされて私は馬に鞭をいれ一気に坂を駆け上らせた。坂の頂上に着き、私は驚嘆のあまりかなり間抜けな顔さらしていたに違いない。後の山田殿や他の者の反応を見れば一目瞭然だ。 第一印象は、ピンク色だった。大きな町に見えるがそのどこもかしこにも薄いピンク色が舞っており、まるで、ピンク色の吹雪が舞っているような光景だった。 頬に何かが触れるのを感じ、触ってみるとひらひらした小さな花びらが手についてきた。あの吹雪はすべて花びらによるものだったのだ。奥には、大きな城が構えていたが、それよりも目に付いたのはその城に負けないほどに大きな、そして、満開の花を咲かせた桜の樹であった。それだけでは満足できないとばかりに、城下町にも桜の樹が幾本も植えられており、さらに周りの山々にさえ桜の樹が見える。まさに、桜でできた湖。 「どうです?美しいでしょう?この国は、桜が有名で、戦国の世においても大名の進撃をためらわせ、迂回させてしまうほどの美しさを誇っております。また、桜を用いた高級特産品で商いをしています。」 そんな説明を聞いたような、聞いてないようなまま、私は、背中を押されながら町へと入っていった。 町に入って気になったことは皆一様に桜の下に長椅子や敷物を出し、酒らしきものと弁当、お菓子を嗜んでいたことだ。 「山田殿、皆何をしておられるのか?」 「ん?ジン殿は花見をしたことがござらんのか?」 「幼少のころにピクニック程度ならしたことはありますが、別段花を愛でる趣味を持ち合わせているわけでもありませんから。」 「ははは、まぁ、この国は少しばかし他とは違いますからな。」 私の故郷にはないが、大陸にも桜はあるし、貿易を生業とするため、当然、見たこともある。散策程度のものなら女子供ならだれでもやったことはあるが、これほど大規模に行われている国は始めてみる。 ふと、視線を感じたので振り返ってみた。異人がめずらしいのだろう、町民の何人かがこちらを見ている。だが、その視線ではない。もっと艶かしい、じっと見つめてくる視線を感じる。1つではない。いくつもだ。そうやって見回しているとキラリと桜のコブのような部分が光ったように見えた。よくみるとコブはなんだが人の顔、それも、女性の顔のように見える。もっとよく見ようと近づくとなんとコブが微笑んだのだ!!驚きで人面コブから目を離せないまま後ろに下がるとコブの全体が見て取れた。 女性だ。しかも、かなりグラマラスな身体つきをしており、自らの股間に枝を挟み込んで妖艶なポーズを取っているようにも見える。他の桜にも目を向けると、こちらに向けて股を開いてるように見えるもの、胸で枝をしごいてるように見えるもの、さらには、明らかに腕にしか見えない枝をこちらに伸ばし、手招きしているように見えるものまである。 私は確信した。ドリアードだ。普段は森の奥に住み、温厚だが人間を樹の中に引きずり込んで二度と出てこれないようにしてしまう危険な魔物。それがどうしてこの様な街中にいるのか? 「いかがなされた?」 山田殿がきょろきょろ忙しない私を心配して声をかけてきた。 「山田殿!これはどう言うことか!!この町の木々にはドリアードが住み着いている。このような危険な場所に来て大丈夫なのか!?」 「ドリアード?・・・・・・ああ、桜の娘達のことですかな?」 「桜の娘?」 「ドリアード、確か、木々に住まう精霊とか言うのでしたな?木々に住まう者はこのジパングにも存在します。例えば、神社の御神木や今だ人の手が入らぬ深い森などです。ここの桜達もドリアードと呼ばれる娘達なのですが・・・まぁ、危険はありませんよ。それについては殿にお会いしてからお話しましょう。」 それだけ言うと山田殿も他の従者も当たり前のごとく進んでいった。私は意味が解からず、ドリアード達の舐めるような視線を身体中に受けつつ一行の後を追っていった。
「申し訳ござりませぬ。殿は急な用ができてしまい本日の謁見は明日にしたいとのこと。」 「そのような!折角遠方よりサバト部の方にお越し願ったのに!」 「まぁまぁ、用が入ったのなら仕方ありません。今日明日に帰るわけではないのですから。」 ドリアードの視線を受け流しつつ城内に入ったはいいものの、城主は留守。客人を故郷で持成せないことに山田殿は落胆の色を見せた。ぶっちゃけ、ドリアードに捕まって樹の一部にされるなんて御免被りたかったので早く帰りたかったが、見極め人の仕事を放り出すわけにも行かない。見極めには数十日かかるので約1ヶ月ほど滞在する予定だった。 「お詫びに今回の旅費は、我が国で持つとのこと。また、本日は、『姫様』の花見解禁日とのことで一番に招待すると仰せつかっております。」 「何?『姫様』の?そ、それは真か!?それには某も出席してもよいのか??」 「はい。皆さんでお越しくださいますようにとのこと。」 「そ、そうか。それなら仕方がないな///」 なぜか頬を赤らめ若干いやらしくニタついている山田殿達に置いてきぼりを食らいつつ、なんとか話しについていこうと勤めた。 「すいませぬが『姫様』とは?ご息女が居られるとは聞いていなかったもので・・・」 至って普通の質問をしただけだと思うが、山田殿と相手の武士には信じられないものを見るかのような顔をされた。しかし、すぐに思い至ったのか、 「ジン殿は、ここには初めて来たゆえ、いろいろ知らぬことがあるのです。」 それを聞いた武士は、ああ、と合点がいったのか首を振り、すぐにあのニタついた顔になった。 「では、本日は御緩りとお楽しみくださいませ。(ニタニタ」 ジパング人は皆ニタニタ笑いをするのが特徴なのか?
夕刻になり、客室で休んでいた私を武士が呼びに来た。花見の儀があるから付いて来てほしいとのこと。花見という言葉で昼間のドリアード達を思い出したが城主の招待を断るわけにも行かず、おとなしく付いていくことにした。門まで行くとすでに山田殿が張り切った様子で待っており、待ちきれないのか急かす様に手を振っている。彼は自重という言葉を知らないらしい。 武士の言われるままに付いていくとあの城にも負けない大きな、いや、大きすぎる桜の樹の根元まで案内された。そこにはすでに、幾人かの人と人ならざるものが揃っていた。 真ん中の高台に立っているのはおそらく城主だろう。その両脇に、武士が幾人か、町人らしき若者が数十人、さらにその内の何人かには寄り添うように人の女やジョロウグモ、カラステング、カッパまでがいた。私達は、とりあえず儀の邪魔にならないよう彼らの少し後ろに隠れるように加わった。 儀が始まり、城主がジパングの祈りの言葉のようなものを唱え始める。少しの間、祈りを捧げると、城主は幹に手を当てた。するといきなりその手ごと幹に沈み込まれて行ったのだ!! 私は、あわてたが周りの誰もが静かに見つめているのを見て平静を保つようにした。私の横で山田殿が(大丈夫ですよ。)とつぶやいていたが、私には何が大丈夫なのかまったく理解できなかった。 城主が完全に飲み込まれてから少しして、今度は、時間が巻き戻っているかのように背中から城主が出てきた。 「儀は終わった。後は祭りだけじゃ!!」 と叫んだ。 それを聞いた出席者達は皆いっせいに喜び合い、若者は幹へと突入していった。また、片割れを持つものはその場で抱きしめあい、濃厚な接吻の交わしながら幹へと歩いていった。 山田殿も例外ではなく、さあさあ、と私の背中を押していった。私は、取り込まれて二度と出てこれないのでは?と心配になったが、時すでに遅し。次の瞬間には後ろから突き飛ばされていた。 山田殿、やはりあなたは自重したほうがいい。
突き飛ばされた私はまるで泥水に頭から突っ込んだような感覚を得て思わず息を止めた。しかし、息苦しさはなく、その感覚もすぐに消えた。次に目の前に広がった光景はなんと形容すればいいのか・・・。 簡単に説明するなら宮廷の大室内浴場だろう。実際に見たことはないが魔女から聞いた話だとこんな感じだろう。 まず中央には岩山のように突き出た、おそらくは樹の一部と思われる台がある。そこからこんこんと琥珀色のどろっとした液体が湧き出ている。それが岩山の麓に池のごとくあふれかえっている。さらに同様に壁からも琥珀色の液体があふれ出ており何本もの滝になっている。さらに、甘い蜜のような香りが鼻腔いっぱいに広がり、一呼吸ごとに脳がくらくらする感覚にとらわれた。 頭上を見ると天井は見えないがひらひらと桜の花びらが舞い落ちてきていた。しかし、それよりも驚いたのは、全裸の女性達が向かえ出て来たことと、いつの間にか自分が裸体になっていたことだ。 周囲を見ると、先に入った若衆が中央の池で娘達と交わりまくっており、ここまでその喘ぎ声と肉がぶつかる音が響いてきた。また、その横では自分のパートナーである魔物に娘達を加えて、3人、4人で交わっている姿が見える。 「どうです?これが桜の娘達と『姫様』ですよ。」 声がしたほうに振り返ると、同じように全裸になった山田殿がいた。私があっけにとられて何も言えないのを見越していろいろ説明してくれた。 まず、『姫様』とは、この桜の大樹とそこに宿るドリアードのこと。彼女は1000年以上生きており、その系譜はジパングの神話に繋がるとされている。強大な魔力と自分の娘達への深い愛情を持っているが、それゆえに時の権力者に狙われ続けたそうだ。自分以外の娘達が枯れていく様を見続けた彼女を守り、癒したのが初代城主とその部下で、その子孫が今のこの国なのだそうだ。初代と『姫様』はある盟約をしたそうな。 「自分達の花びらや実を利用する代わりに自分達に精を分け与え、国に災いあるときは共に立ち向かうこと」 『姫様』は、その強大な魔力で男性のみならず女性も魔物も自らの内部に受け入れることができ、自由に出たり入ったりもできるそうだ。このため、町中のドリアード達はわざわざ男性を取り込まなくても『姫様』を通して1年中好きな相手と交わることができ、男性は、職に勤めることもできるのだと言う。 ただ、そのまま交わるのでは面白くないので春の間は趣向を凝らしたものにし、さらに、その年成人したものと婚姻を結んだものを祝うため、解禁日は独占できるようにしましょうとなったのが花見解禁の儀なのだそうだ。 「というわけで、拙者は妻子が待っておりますゆえ、これにて御免!」 それだけ言い残すと山田殿は放れて待っていたグラマラスな全裸の女性とどう見ても幼すぎる全裸の幼子の元に駆けていった。
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