「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!」 何で僕は走っているのだろう? 「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!」 何で僕は飛び出してしまったのだろう? 「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!」 何で僕は・・・・・・・・・今更かな?
小屋から飛び出したアレンは、街の東側に位置する大通り、別名『娼婦通り』まで駆けて来た。 アレンの小屋は街外れに位置するが、娼婦通りは街に入ってすぐの位置にあるため時間はかからない筈だった。が、アレンの予想は大きく外れた。 外周部には警備兵が出張っており、直接娼婦通りに入るわけには行かず、城壁が古い地区へ遠まわりする破目になった。街には人気が無く、バタバタと走り回る警備兵の足音だけが響いた。 「(これは、思ったより大変だな。フェブには大丈夫って言ったけど、うわっ!)」 (ザッ、ザッ、ザッ・・・ 「(ふぅ、今更引き返しても捕まるだけだ。行くしかない、か。)」 物陰に身潜めつつ歩を進めていく。静かな街には自分の息遣いと早鐘の様に鳴る心臓の音しか響かな。何時ばれるとも知れない恐怖がそれらにさらに拍車をかける。 娼婦通りに繋がる小さな広場までたどり着いたアレンは、微妙に鼻につく甘い香りに気が付いた。実は街に入った時から違和感のある匂いには気が付いていたが、この広場からの香りはさらに強いものであった。 中の様子を見ようと曲がり角から覗き見たアレンは、その光景に息を呑んだ。
一言で言うなら光の柱と言うべきか。月明かりと松明の光をを反してキラキラと光る塊が広場の中央に鎮座していた。光は一つ一つばらばらに動いており、時折、地面に落ちたものと中央のものが入れ替わっていた。 あっけにとられ見ているとヒュッ!っと何かが耳元を掠めていく感覚が襲った。 慌てて身を隠すが後ろには誰も居ない。不思議に思いもう一度覗き見ると一匹のフェアリーが光の塊に飛んでいっているのが見えた。 塊がフェアリーを受け入れるために開くと中にあの独特の円錐形がちらりと見えた。 「(あれが羽虫香炉!!じゃあ、あの光はまさか・・・。)」 耳を澄ますと小さいがよく通る声が聞こえてくる。卑猥な水音と一緒に。
「あひ〜、あひ〜、いいようぅ!ボツボツが中にひっかかるよー!」「ダメなのに!ダメなのにずぼずぼしちゃう!ああああ!」「代わって!ねぇ、代わってよ!我慢できないよ、手で、手で弄っちゃう!手でイクー!!!!」 「んちゅ、あむ、んむあ、れる、ちゅば、あふゅ、ちゅ♪」「いや、舐めないで!溢れたの舐めないで!僕はこっちがいいの!ズボズボしたいの!!」「いいぐぅぅぅーーーー!止まんない!とまんないいいいい!!!!」 「あふぇへへ♪なんだっけ?気持ちよくてなんだか忘れちゃった。あへへへへへ♪」
何十匹と言うフェアリーが羽虫香炉の突起に自らの身体を預け、あぶれた者は地面に寝転がって激しい自慰にふけたり、互いに舐めあって慰めたりしていた。 小さな水音のはずなのに、何十匹分の音が集まって隠れている場所にまでいやらしいビチャビチャとした音が聞こえてくる。しかし、彼女らの羽はそれとは対照的にキラキラと輝き、一つの宝石のように纏め上げていた。 「(・・・・・・・フェブはあんなもに捕まって!!!!)」 一人、何処からか沸いてきた怒りに沸々と震えていると、広場の端からフードをかぶった人影がヌッと現れた。今まで気が付かなかったが、広場には監視役のような人間が居たのだ。 そのことにはっ!と気付いたアレンは、慌てて身を隠したが、声だけは聞き逃すまいと意識を集中させた。
「に、し、ろ、の・・・・・そこそこかかったな。これで最後じゃないか?」 「げひひ、見ろよ。香炉の下なんかマン汁で水溜りが出来てるぜ!きひひ!」 「そうだな。後一箇所だし、さっさと城に持って行って切り上げよう。」 「なぁ?もったいないぜ。何匹か持ち帰ろうぜぇ?」 <ズボッ!「ぎいぃ!?いやぁ、引き抜かないでぇ!!」 「それは私の取り分を奪うと言うことかね?兵士君?」 「め、めっそうねぇ;ただね、夜中にこんだけ働かされたんだから褒美に少しくらいはと思いましてね、へへ。」 「心配するな。今はダメだと言っただけだ。城で私の取り分として吟味させてもらう。その後、残ったものから好きに持って行くといい。明日の処刑の分があるから、多くは無理だと思うが。」 「処刑するんですかい?もったいねぇ。売れば金になるでしょうに。」 「私もそう言ったが、領主は、見せしめが欲しいそうだ。さぁ、早く馬車に詰め込んでくれ。くれぐれも一つの籠に三匹以上つめるんじゃないぞ。」 「へいへい。」
しばらくして、フェアリー達の喘ぎ声が聞こえなくなるとゴトゴトとケンタウロスが引く馬車が走り出てきた。 走り去る馬車を見つめつつ物陰から出てきたアレンは静かだったが、中は違った。 沸々とした怒りは、最早、その段階を超え、自分自身でも訳のわからない異質な感情に変質していた。状況が状況でなければ、温和なアレンでも物に当り散らし、叫ばずには居られなかっただろう。 アレンは黙ったまま踵を返し、娼婦通りを駆けて行った。怒りを湯気の様に撒き散らしながら。
娼婦通りもやはりしんとしており、自分の足音しか聞こえない。しかし、風にはこの通り独特の匂いが混じり鼻につく。人と人の肌の匂いに混じる獣の臭い。 元々、この娼婦通りは兵士達の慰安所として作られ、そこから発展していったものである。人の娼婦達はまだ、人として扱われるが、魔物達は違う。 馬小屋と大して変わらない場所に押し込められ、手当てなど当然無く、ただ消費されていくだけの存在。それらは今も残っている。通りを曲がり裏路地に入るとさらに臭いはきつくなった。臭いが怒りを高めていく。アレンもそのことに気付いてはいたが止める気にもなれなかった。 目的の酒場、悪魔の尻尾亭は寂れていると言う言葉がかわいく見えるほどのボロ具合であった。戸口は閉められ、閉店の看板が出ているのでアレンは困ってしまった。 「すみません。誰か居ませんか?娘さんの許婚なんですけどー。」<ドン!ドン!ドン! 戸口を叩いても返事が無い。当然と言えば当然の話か、これだけの厳戒令が出ている中、不用意に応対すれば自分が捕まってしまう。隠れ家ならなおのこと。 どうしようかと悩んでいると急に視界が真っ暗になった。袋のようなものを被せられたのだと気付くのに数秒遅れてしまった。 「だ、誰だ!?離せ!!はn!ぐはっ!!」 腹部に鈍い痛みが広がり、吐き気が込み上げる。おそらく鳩尾を殴られたのだろう。声が出なくなったアレンは突き飛ばされ、硬い、木板であろう床に寝転がされた。 「てめぇ、何もんだ?ここが何処だか知ってるのか?」<バタンッ!ガチャガチャ 「警備兵じゃないね。見たところただの貧乏人って感じだけど。」 「間者かもしれん。座らせろ。・・・・まったく、この忙しい時に。」 アレンは何かに座らされ、後ろでに縛られたことまでは解かった。鳩尾への一撃が効き過ぎて体に力が入らない。 「おい。質問に答えろ。お前は何者だ?」 「げほっ、げほっ、ぼ、僕はあんたらの娘の許婚だ。グッ!!」<バキッ!! 「俺は、冗談が好きじゃねぇんだ。次は、腕を折るぞ。答えろ。」 「ほ、本当だよ!あんたらの仲間にリールーってフェアリーがいるだろ!?その娘に伝言を頼まれたんだ!ケインだ、ケインさんに会わせてくれ!そうすればわk、ぐぶっ!」 「冗談は好きじゃないって言っただろうが。小僧。」 口の中に鉄の味が広がりを感じる。と、その時、袋が外され外の空気を吸い込むことが出来た。 「おい、ケイン。本当にこいつは知り合いか?顔を確認してくれ。」 「アレン?アレンじゃないか!?どうしたんだこんなところで?」 「本当に知り合いなのかよ。やれやれ、おい、解いてやれ。」 拘束を解かれたアレンは、まだ痛む腹や顎をさすりながら矢継ぎ早に説明した。リールーが自分の小屋に逃げてきたこと、フェアリー部隊が壊滅したこと、戒厳令が引かれていること、おそらく城に捕らえられていること。 「・・・・・・。」 「リーダー、どうするんです?」 リーダーと呼ばれた筋骨隆々の男は顎に手を当てて重々しい口を開いた。 「どうするもこうするもねぇ。魔王軍はそこまで来てんだ。中止にするには遅すぎる。リック!!ドーズ!!部隊を編成しろ!」 これまた筋肉質な二人がリーダーの言葉に反応し、すぐに店の裏に姿を消した。 「しかし、それでは領主に気付かれるのでは?」 「すでに気付かれてる。こうなったら中央に連絡が行く前に領主共を暗殺する。全部の時間を早めるよう連絡しろ。あと、集合場所も領主城に変更だ。救出後、直ちに奴隷を逃がす。」 「了解しました。」 そう言ってリーダーと側近らしき男も消えていった。残ったのは、ケインとアレンだけ。 「まったく。君も無茶をするね。」 ケインはアレンに手を貸して立たせてあげた。ギルドでも慣らし方だと言うのは本当なのだろう。握られたては、岩かと思うほどに硬く、力を抜くと驚くほどしなやかになった。 「居ても立ってもいられなくて。」 「まぁ、その気持ちは解からないでもないけどね。君は立派に仕事をこなした。後は私達の仕事だ。君は帰ったほうがいい。」 「ま、待ってください!ぼ、僕も戦わせてください。」 「・・・・・・。」 「ぼ、僕は、もう、こんなことは終わりにしてフェブを開放したい。その為に手伝いたいんです!」 「嘘だね。」 「えっ?」 ケインはそれまでの穏やかな表情を一変させ、氷のような冷たい視線でアレンを貫いた。寒い、実際には温度など変わっていないのにアレンは、寒いと全身で感じ取った。 「君はフェブを助けたいんじゃない。フェブを捕まえたやつらへの憎しみ、そして、それを今まで黙認していた自分への怒りからそう言っているんだ。」 「嘘なんかじゃ!」 「そんな君を連れて行くわけには行かない。」 「僕は!」 「今君がしなきゃいけないことは何だ!!」 いきなりの怒声に思わず引いてしまった。今のケインには何も言い返せない迫力がある。しかし、その迫力はすぐにふっと消え、柔和な顔に戻った。 「君がしなきゃいけないことは、家に帰ってフェブを守ってやることだ。」 「・・・・。」
一方、アレンが飛び出していった後、フェブは開け放した扉の前で泣いていた。フェアリーのリールーは、声をかけようとフェブに近づいては途中で止め、また元の位置に戻るを繰り返していた。 何て声をかければいい?彼女の大切な人を死地に送り出したのは他ならぬ自分だと言うのに。 そうやってまごまごしているといつの間にか泣き声は聞こえなくなり、フェブはすっくと立ち上がって扉の外を見ていた。 「フェ、フェブさん?」 「あたし、行く。」 「えっ!?い、行くって、もしかして、、、」 リールーの言葉を聞き終わらないうちに、フェブは矢のように飛び立った。 「待って!待ってください、フェブさん!街には、羽虫香炉が!」 慌てて後を追いかけるがフェブの飛翔速度は速く、加えて、自分は負傷している身。段々と距離を離される。 「フェブさん、落ち着いて!自棄になっちゃ駄目!」 「アレンが勝手に行くなら、あたしも勝手にする!」 「だからってこんなことしても危険なだけです!お願い、落ち着いて!きゃっ!」 フェブがかわした枝葉を避ける事が出来ず墜落してしまう。見上げた先には、既にフェブの姿は無かった。
「アレンのバカ変態、な〜にが、約束は守るよ(キリッよ!な〜にが、そしたら、奴隷なんて辞めだ(キリッよ!」 フェブは怒っていた。アレンがどう言う心境で飛び出していったのか、なんとなくだが解かったからだ。 あたしのことを気に病んで、それで飛び出したに違いない。だからこそなおさら許せない。そんな無謀な行為であたしが喜ぶと思っていることに、あたしのことをちっとも理解していないことに腹が立った。 「バカアレン、帰ったお仕置きなんだから。」 正直、羽虫香炉への恐怖心は依然取れていない。それでも飛び出してしまった自分もやはりバカなのだろうか? 軽く城壁を跳び越したフェブは小さい身体と飛翔能力を利用し、屋根から屋根へと飛び移っていく。いくらか探したところで困った顔になり、立ち止まった。 「うぅ〜、まずったわ。あたし、娼婦通りが何処か知らないじゃない。せめてあの娘に案内してもらえばよかった。」 屋根に腰掛けて頭を抱えるフェブに微かなそれでいて覚えのある香りが漂ってきた。 「何だろ?知ってる匂い。でもなんだっけ?」 どうせ何処に行くか見当も付かないのだからと、フェブは香りの後を追い始めた。香りはどんどん強くなり、それに比例して頭の奥がしびれるような感覚に襲われる。 しかし、フェブ自身はそれに気が付く事はない。 段々と大きな通りに出てきたフェブは、キラキラと光る塊を見つけた。そこには人が立っており、キラキラしたものを一つずつ籠に押し込んでいた。 人影はフェブに気が付くと驚いたような声を上げた。 「おやぁ?お前はあの売れ残りじゃないか!?買われた先から戻ってくるとは、よほど私のことが気に入ったのかね?」 男がキラキラを剥ぎ取っていくにつれてあの円錐形があらわになった。 そこで、フェブは、記憶の濁流に飲み込まれた。
「ぅ・・・ぁ、ぅぁ・・・あぅああああああああああああああ」 景色が入り乱れる。森・・・友達・・・円錐・・・男・・・籠・・・。 「いやぁぁぁ。なにこれ?なにこれぇぇぇ?」 視界が現実から離れていく。頭の中で自分は森の中に居た。甘い香り誘われて茂みを掻き分けていくと友達が居た。みんな、奇妙な円錐に身体を擦り付けて気持ちよさそうな顔をしている。 身体が熱くなってきた。自分の敏感な部分に触れてみる。身体中を痺れが駆け巡り、手が放せない。止められない。手を離せない。 茂みから男が出てくる。ニヤニヤとした表情で近づいてあたしにこう言う。 「気に入ったかな?気に入ったのならたっぷりと楽しましてやろう。」
(ジャリッ!!
目の前でなった足音に現実に引き戻される。 そこには記憶で見た表情と同じ顔があり、同じ言葉を放った。 「気に入ったかな?気に入ったのならたっぷりと楽しましてやろう。今度は引き戻せないくらいにな。」
「あ・・・あぁぁぁ、いや・・・いや・・・イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
頭に・・・・・・・映像が・・・・・・映し・・・・・出される・・・・・男・・・・匂い・・・・・痛み・・・・・
「思い出したくない!!こんなのいらない!!こんな記憶いらない!!いやぁ!もう見せないで!!アレン!アレンンンーー!!・・・アレン?・・・・・・ア・・・・レ・・ン?」
アレンて誰だっけ?
「くくく、完全にキマったな。どれ、お前はどうやら特別なようだ。売るのは止めだ。かわりに、私の手元に置いておこう。」 「う・・ぅぁ・・・あぁぁぃ・・・ぅぅぁ・・・」
自分に向かってくる手に、フェブは、反応できないまま見つめ返すしか出来なかった。
アレンはとぼとぼと来た道を歩いていた。警備兵は引き上げてしまったようで堂々と道を歩いていても誰にも会わなかった。 腰にさした片手剣を弄る。帰り際にケインが持たせてくれたものだ。万が一のためにと。 「憎しみと怒りのために、か・・・。」 否定できなかった。何故戦いたいと思ったのか?怒りで頭が沸騰していたためだけじゃない。 小屋を出たときの事を思い出す。フェブは泣いていた。あの時は、自分の行動でこの涙が止められる、そう思った。しかし、今考え直すと逆で、自分の行動のせいで泣かせてしまったのでは、とも思える。 結局自分は何がしたかったか。 ふと見上げると既に外周部にまで歩いてきていた。ここまで警備兵に会わないことに不思議に思いつつも家へと足を向けた。 「やれやれ、フェブは怒ってるかな?」 アレンが城壁をでると草むらにキラリと光るもを見つけた。それはアレンが覗き込むと勢いよく飛び出し、アレンに抱きついた。 「アレンさん!!」 「リールーさん!?どうしてここに?」 リールーは、アレンの胸に飛びつたがそこで力尽きたのかぐったりしてしまった。息は荒く、顔は上気している。明らかに異常だ。 「リールーさん!しっかり、大丈夫ですか!?」 「私はいいんです!それよりもフェブさんが!!」 「フェブが!?フェブがどうしたんです!!」 リールーは自分が何故ここに居るのか、フェブがどうしたのか話して聞かせた。話を進めるたびにアレンの顔は青くなっていく。 「はぁはぁ、ここまで追いかけたんですが、香炉の匂いにやられて・・・。」 「くそっ!!僕のせいだ!!こんなっ・・・!!」 「この匂いの濃さでは、フェブさんはすでに捕まっているでしょう。・・・すみません、私のせいでお二人を・・・。」 「いいえ、僕が軽率だったせいです。リールーさんはこのまま戻れますか?」 「戻るだけなら何とか。アレンさんはどうするんです?」 「今、ケインさん達が救出作戦を立ててます。それに便乗してフェブを助けます。」 「そんな!・・・・・いえ、解かりました。どうか、お気をつけて。」 リールーと別れたアレンは一路、領主城へと走り出した。右手の指輪に意識を集中すると青白い紐が飛び出し、領主城への道を伸びていった。 「(この先にフェブが・・・!!僕のせいだ、僕が近くに居なかったから。クソッ!!)」 アレンは一度片手剣を引き抜き、使えるかどうか確認した。 「あいつら、フェブに何かしたらただじゃおかない。」 鋭い刃が月光をはじき返す。その光は鈍く、冷たく、無慈悲なもののように感じられた。
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