不穏な街
旅立ってから5日目の昼過ぎ頃、リフォンとミルラナはマシュエットの街に到着した。
この街も前の街と同様、暗殺ギルドが暗躍していることもあってかピリピリとした雰囲気を漂わせていた。
「噂じゃ、そんなに大きくはないが芸術が盛んで活気のある街、らしいんだけどな……」
「今はとてもそんな風には見えないわね……」
街の様子を見回し、二人は揃ってため息をついた。
見回り中の衛兵に聞いた話によると、最近も暗殺ギルドの調査に訪れた賞金稼ぎが惨殺されたのだという。
リフォンとミルラナはただの旅人として振舞いつつ、目立たないよう調査を進めることにしていた。
……もっとも、既に暗殺ギルドに目をつけられている以上、あまり意味は無いのかもしれないが。それでも、慎重に行動するにこしたことはない。
「とりあえず、旅の疲れを取るのも大事だ。今日のところは宿を取って休みつつ、今後の方針を考えよう」
「そうね。そうしましょ」
二人は適当な宿を探しに、重苦しい雰囲気の漂う街の中を歩いていった……。
「いらっしゃい」
二人が手ごろな宿を見つけ、中に入ると、宿の主人と思しき中年の男が二人を出迎えた。
「二人だ。部屋は別々で頼む」
「あいよ。2階の一番奥とその手前の部屋を使っとくれ」
「わかった。ありがとう」
「ごゆっくり」
リフォンが宿の主人と宿泊の手続きをとっている間、ミルラナは妙な違和感を感じていた。
何故か、どこからか視線を感じるような気がする。
気取られないようさりげなく周囲を確認してみるが、視線の主と思われる人影は見当たらなかった。
加えて、この宿の主人も違和感があった。
活気がない……のは仕方ないとしても、何故か妙に二人のことをじろじろと見ているような気がする。
街の状況が状況なだけに警戒しているだけかもしれないが、ミルラナはやはりどこか引っかかるものを感じていた。
「ミルラナ、2階の一番奥の部屋とその隣の部屋だとさ」
「あ、うん。わかったわ」
違和感を拭えないまま、ミルラナはリフォンと共に宿の階段を上っていく。
ふとミルラナが一瞬振り返ると、宿の主人と目が合った。
宿の主人はやや慌てたようにすぐに目を逸らし、そそくさとどこかへ歩いていく。
「……」
やはり何かがおかしい。リフォンもおそらく感づいているだろう。
このことについても含めて、リフォンと方針を話し合う必要がありそうだと、ミルラナは思った。
二人それぞれ部屋に入って邪魔な荷物を置いた後、ミルラナはリフォンの部屋を訪れた。
「……ねぇ、リフォン。この街、何か嫌な感じがしない?」
「ああ。そりゃ街の連中だって警戒はしてるだろうが、それにしても妙な感じがする。あまり下手には動けないな……」
リフォンはそう言って眉間に皺を寄せた。
やはりリフォンもミルラナと同じく違和感を感じていたようだった。
「そうね……。向こうだって私たちの動きを掴んでいてもおかしくないし、こちらの方が後手に回っている感じね……」
「まぁな。だが、逆に言えば向こうから仕掛けてくる可能性が高いってことだ。あとは、どう来るか、だが……」
リフォンがそう言ったところで、ミルラナの耳がぴくん、と動く。
そしてすぐ後に、リフォンもその音に気づく。
足音だ。それも、かなり大勢。
足音はどんどん近づいてきて、宿屋の中に入り、そして階段を上ってくる。
二人が身構えるのと同時に、部屋のドアが開け放たれ、簡単ながら武装した衛兵たちが部屋になだれ込んできた。
「動くな!! 抵抗するのならば、容赦はしない!!」
衛兵たちのリーダーと思われる男が、声を上げて牽制する。
周りの衛兵たちは皆武器に手をかけ、いつでも戦闘態勢に入れる状態だった。
「おいおいおい、ちょっと待ってくれ! いきなり何だってんだ!?」
「しらばっくれても無駄だ! 貴様らは暗殺ギルドの密偵だろう! おとなしく投降しろ!」
衛兵のリーダーは二人を威圧するかのごとく大声を張り上げる。
「……なるほど、そう来たか……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? とにかくこの場をどうにかしないと……っ!」
ミルラナは身体を低くして腰の短剣に手を伸ばす。
だが、リフォンはそれを手で制した。
「……駄目だ、ミルラナ。あいつらはどう見ても普通の衛兵だ。下手に手を出すとかえって厄介なことになる。……仕方ない、ここはおとなしく投降しよう」
「……くっ……!!」
ミルラナは苦々しい表情で、短剣の取り付けられたベルトを外し、床に落とした。
リフォンも腰の短剣を外し、同じように床に置き、両手を上げた。
「……あんたらとやりあうつもりはない。……投降するよ」
リフォンがそういうのと同時に、二人は数人の衛兵たちによって取り押さえられたのだった……。
捕らわれた二人が連れて行かれたのは、石造りの牢屋だった。
牢屋といっても、通路に面した壁が扉つきの鉄格子になっており、残る三方の壁がただの厚い石の壁という、実にシンプルな構造だった。
床にはベッドの代わりに汚らしい薄い布が一枚敷かれており、とても寝心地がよさそうには見えなかった。
二人は武器等を隠し持っていないか厳重に調べられた後、隣り合う牢屋に別々に放り込まれたのだった。
他にも牢屋はあったが、他に囚人はいないらしく、静寂が二人を包み込んでいた。
ミルラナは、牢屋の中で、壁に背中を預けながら膝を抱えていた。
孤独感がミルラナの心を蝕んでいく。
暗い、寂しい、一人ぼっち…。
そんな時、隣の牢屋からリフォンの声が聞こえた。
「……ミルラナ、大丈夫か?」
優しく、心に染み込むような声。
孤独感が急激に薄れていく。
「……何とか、ね。リフォンは大丈夫?」
「思いっきり縛られた手首が痛くてたまらん」
「……大丈夫そうね。良かった」
「ちょっと待て、おい」
くだらないやり取りに、ミルラナはくすくすと笑う。
先程までの孤独感は、もうなくなっていた。
「……しかし参ったな。ミルラナ、暗殺者的な技能で鍵開けとかできないのか?」
「道具があればできなくもないかもしれないけど、今は流石に無理ね。……リフォンこそ、あの石のシャッターを壊した時みたいなこと、できないの?」
「……できなくはないと思うが、どう考えても大騒ぎになるぞ」
「……まぁ、そうよね」
「こうなった以上仕方ないさ。とりあえず身体を休めつつ考えようぜ。寂しくて泣きそうになったら話し相手くらいにはなってやるからさ」
「泣いたりなんかしないわよっ」
リフォンの笑い声が聞こえる。
「……ありがと」
ミルラナは口元をほころばせながら、リフォンには聞こえないような小さな声で、そう呟いた。
どれくらいの時が経っただろうか。
二人が時折他愛もない話をしていると、誰かがやってくる足音が聞こえた。
「……ふん、おとなしくしているようだな。変なことを考えても無駄だぞ」
どうやら見回りに来た衛兵らしかった。
「おい、少しは俺たちの話を聞いてくれないか?」
「暗殺者の言う事に耳を貸すと思うか? 処刑場に連れて行かれるまでせいぜいおとなしくしていることだな」
リフォンの言葉に衛兵は聞く耳も持たず、リフォンは小さくため息をついた。
そんな時、その場にいた3人全員が牢屋の外が騒がしいことに気づく。
「……? 何だ、何事だ?」
衛兵は足早に牢屋の出口へと向かい、
「どおおおおおりゃあああああああぁぁぁぁっ!!」
聞き覚えのある女の子の声と共に、凄まじい勢いで二人の目の前を吹っ飛んでいき、そして壁に激突して意識を失った。
「……今の声は……」
「……まさか」
二人がそう呟くのとほぼ同時に、その声の主はずざーっと滑り込むようにして二人の目の前に現れた。
「兄貴っ!! 助けにきたよっ!!」
セトゥラだった。満面の笑顔で、仁王立ちしている。
流石のリフォンも頭を抱えた。
「……セトゥラ、お前、どうしてここに……」
「え? だから、兄貴を助けに」
「……そうじゃなくて。衛兵とかいなかったのか?」
「いたけど邪魔だからぶっ倒してきた」
「……」
再度頭を抱えるリフォン。
「? とにかく今出してやるからなっ!!」
「……ああ、頼む。多分鍵がどこかに……」
がしっ。
セトゥラは鉄格子をしっかりと掴んだ。
そして大きく深呼吸し、
「ふんぬああああああぁぁっ!!」
全力で鉄格子をひん曲げた。
「はぁっ、はぁっ……!! さぁ、兄貴、ここから出て!!」
「……お前、滅茶苦茶だな……」
リフォンは苦笑しつつも牢屋から抜け出すと、のびている衛兵から鍵を拝借し、ミルラナの牢屋の鉄格子を開けた。
「ありがと。……でも、これからどうするの?」
既に何人もの衛兵が集まってきている足音が聞こえる。
時間の猶予はなさそうだった。
「……その、ごめん。これ、アタイのせい、だよね……?」
流石にしゅんとするセトゥラの頭を、リフォンはぽんぽんと撫でた。
「まぁ、な。だが、状況は変わったから良しとしよう。それよりもこの後だが、一応だが考えがある。時間がないから、手短に話すぞ……」
牢屋の入り口の前では、既に数十人の衛兵たちが集まってきていた。
「暗殺ギルドの密偵が脱獄した!! これより突入し、奴らを捕縛せよ!! 場合によっては殺しても構わん!!」
「突入なんてする必要はないぜっ!!」
リフォンの声と共に、牢屋から気絶した衛兵が放り投げられる。そして、それに続くようにリフォン、ミルラナ、セトゥラの3人が飛び出した。
突然の出来事に怯む衛兵たちの前で、リフォンは静かに深呼吸をする。
「……『森羅万象、万物の一切は流転するもの也。此れ即ち、流れを支配する者は万物を支配する者と心得よ。』……!!」
リフォンを中心に空気が変わり、リフォンから放たれる気魄に、衛兵たちは揃って圧倒される。
「……何だ、来ないのか? ……それじゃ、こっちから行くぞっ!!」
そう言うや否や、リフォンは近くにいた衛兵に向けて一気に踏み込み、そして衛兵の手を素早く掴むと、凄まじい勢いでぐるりと回し、衛兵の身体を地面に思い切り叩き付けた。
「……っ、か、かかれっ!!」
ようやく我に返ったリーダーが号令を発し、衛兵たちが一斉に3人に襲い掛かった。
リフォンたちはなるべく互いの背中を守るようにしながら、次々と衛兵たちを倒していく。
『時間がないから手短に話すぞ。まずはここから出たら派手に暴れて、殺さないように相手を戦闘不能にする』
セトゥラは片っ端から殴り、蹴り、投げ飛ばす。
ミルラナは敵の攻撃を短剣(※脱出時に取り返した)の櫛状の刃で受け止め、そのまま短剣ごと相手の剣を捻ってへし折り、もう片手の短剣で相手の首を打ち、昏倒させていく。
そしてリフォンは相も変わらず敵の攻撃を次々とかわし、同士討ちさせたり、さらには珍しく自分から相手を地面に叩きつけたりと、恐るべき勢いで衛兵を倒していく。
最初数十人いた衛兵たちはあっという間にその数を減らしていった。
『それも迅速に、かつ圧倒的にだ。そして、その間、衛兵たちの動きをよく観察しろ』
衛兵の剣を絡めとってへし折りながら、ミルラナは周囲を素早く見回す。
衛兵たちが怯みながらも次々と向かってくる中、衛兵たちの後方に、一人徐々に逃げ出そうとしている者がいた。
『相手は衛兵だが、必ず暗殺ギルドの密偵が紛れているはずだ。あっという間に形勢が逆転すれば、そいつは一人他の衛兵と違う動きをするはずだ。見つけたら合図しろ』
「見つけた!」
「よし! それじゃ、行くぞっ! 怪我したくない奴は、離れてろっ!!」
『そうしたら、俺が派手に土煙をあげる。それに紛れて、ミルラナがそいつを抑えろ。これにはセトゥラも協力してくれ。方法は……』
リフォンは叫ぶと、地面に向かって拳を叩き込んだ。
大砲のような爆音と共に、リフォンの目の前の地面が砕け、激しい砂埃があたりを覆った。
問題の衛兵は、爆音に驚いて一度振り返る。
激しい土煙があがって、あたりは大混乱に陥っていた。
「……何があったのかわからねぇが、こちらとしてはこの場から逃げやすくなるからありがたいぜ……」
「……残念、そうはさせないわよ?」
「なっ……!?」
彼の目の前に立っていたのは、ミルラナだった。
リフォンが地面に拳を叩き込んだ直後、セトゥラが手を組んで腰を落とす。
ミルラナはその手に飛び乗り、そしてセトゥラが思い切りミルラナを跳ね上げる。
衛兵たちの頭上を飛び越えたミルラナは、さらに手ごろな建物の壁を蹴って、その衛兵の前に着地したのだ。
オーガの腕力とワーラビットの身体能力、この二つを見事に活かした合わせ技だった。
「チッ……!」
衛兵は舌打ちしながら、持っていた剣を瞬時に閃かせる。
だが、全てにおいてミルラナの速度の方が勝っていた。
ミルラナは衛兵が剣を振り抜くよりも速く短剣を抜き、櫛状の刃で衛兵の剣を易々と受け止める。
そして瞬時に刃を捻り剣をへし折るのと同時に、もう片方の短剣を閃かせた。
「悪く思わないで、ねっ!!」
ひゅどっ、という奇妙な音と共に、斬れない短剣の刃が衛兵の喉を強打した。
「かっ……はっ……!!」
息を絞り出すような声を出し、衛兵は力なく崩れ落ちた。
「……うわぁ……。私がやったこととは言え、すっごく痛そう……」
ミルラナは顔をしかめながらも衛兵の手を素早く縛り、そしてリフォンに向けて手を振って合図した。
「リフォン! 捕まえたわ!」
「よくやった、ミルラナ!! それじゃ、こっちも終わらせるぞ!!」
リフォンはそう言うや否や、まだ混乱している衛兵たちの中を突っ切り、リーダーの目前へと飛び出した。
「なっ……!?」
驚いて対処が遅れたリーダーの腕を、リフォンは素早く掴み、そしてリーダーの身体をぐるりと回転させるようにして地面に叩きつける。
「ぐっ……ぁ……!!」
そして肩の関節を捻り、完全にリーダーの動きを封じてから、リフォンは声を張り上げた。
「頼む、話を聞いてくれ!! 俺たちは暗殺者じゃない!! 暗殺者はあんたらの中に紛れ込んでいたんだ!! そいつは今捕まえた!! もう戦う意味はない!!」
そして、リフォンは小声で、足元のリーダーに声をかける。
「手荒な真似をして申し訳ない。あんたからも言ってやってくれないか? 重ねて言うが俺たちはこれ以上の争いを望まない」
「くっ……! 全員、武器を納めろ……!」
リーダーの号令により、残っていた衛兵たちは顔を見合わせながらも、次々と武器を納める。
かくして、ようやくリフォンたちと衛兵との戦いは終わったのだった……。
この街も前の街と同様、暗殺ギルドが暗躍していることもあってかピリピリとした雰囲気を漂わせていた。
「噂じゃ、そんなに大きくはないが芸術が盛んで活気のある街、らしいんだけどな……」
「今はとてもそんな風には見えないわね……」
街の様子を見回し、二人は揃ってため息をついた。
見回り中の衛兵に聞いた話によると、最近も暗殺ギルドの調査に訪れた賞金稼ぎが惨殺されたのだという。
リフォンとミルラナはただの旅人として振舞いつつ、目立たないよう調査を進めることにしていた。
……もっとも、既に暗殺ギルドに目をつけられている以上、あまり意味は無いのかもしれないが。それでも、慎重に行動するにこしたことはない。
「とりあえず、旅の疲れを取るのも大事だ。今日のところは宿を取って休みつつ、今後の方針を考えよう」
「そうね。そうしましょ」
二人は適当な宿を探しに、重苦しい雰囲気の漂う街の中を歩いていった……。
「いらっしゃい」
二人が手ごろな宿を見つけ、中に入ると、宿の主人と思しき中年の男が二人を出迎えた。
「二人だ。部屋は別々で頼む」
「あいよ。2階の一番奥とその手前の部屋を使っとくれ」
「わかった。ありがとう」
「ごゆっくり」
リフォンが宿の主人と宿泊の手続きをとっている間、ミルラナは妙な違和感を感じていた。
何故か、どこからか視線を感じるような気がする。
気取られないようさりげなく周囲を確認してみるが、視線の主と思われる人影は見当たらなかった。
加えて、この宿の主人も違和感があった。
活気がない……のは仕方ないとしても、何故か妙に二人のことをじろじろと見ているような気がする。
街の状況が状況なだけに警戒しているだけかもしれないが、ミルラナはやはりどこか引っかかるものを感じていた。
「ミルラナ、2階の一番奥の部屋とその隣の部屋だとさ」
「あ、うん。わかったわ」
違和感を拭えないまま、ミルラナはリフォンと共に宿の階段を上っていく。
ふとミルラナが一瞬振り返ると、宿の主人と目が合った。
宿の主人はやや慌てたようにすぐに目を逸らし、そそくさとどこかへ歩いていく。
「……」
やはり何かがおかしい。リフォンもおそらく感づいているだろう。
このことについても含めて、リフォンと方針を話し合う必要がありそうだと、ミルラナは思った。
二人それぞれ部屋に入って邪魔な荷物を置いた後、ミルラナはリフォンの部屋を訪れた。
「……ねぇ、リフォン。この街、何か嫌な感じがしない?」
「ああ。そりゃ街の連中だって警戒はしてるだろうが、それにしても妙な感じがする。あまり下手には動けないな……」
リフォンはそう言って眉間に皺を寄せた。
やはりリフォンもミルラナと同じく違和感を感じていたようだった。
「そうね……。向こうだって私たちの動きを掴んでいてもおかしくないし、こちらの方が後手に回っている感じね……」
「まぁな。だが、逆に言えば向こうから仕掛けてくる可能性が高いってことだ。あとは、どう来るか、だが……」
リフォンがそう言ったところで、ミルラナの耳がぴくん、と動く。
そしてすぐ後に、リフォンもその音に気づく。
足音だ。それも、かなり大勢。
足音はどんどん近づいてきて、宿屋の中に入り、そして階段を上ってくる。
二人が身構えるのと同時に、部屋のドアが開け放たれ、簡単ながら武装した衛兵たちが部屋になだれ込んできた。
「動くな!! 抵抗するのならば、容赦はしない!!」
衛兵たちのリーダーと思われる男が、声を上げて牽制する。
周りの衛兵たちは皆武器に手をかけ、いつでも戦闘態勢に入れる状態だった。
「おいおいおい、ちょっと待ってくれ! いきなり何だってんだ!?」
「しらばっくれても無駄だ! 貴様らは暗殺ギルドの密偵だろう! おとなしく投降しろ!」
衛兵のリーダーは二人を威圧するかのごとく大声を張り上げる。
「……なるほど、そう来たか……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? とにかくこの場をどうにかしないと……っ!」
ミルラナは身体を低くして腰の短剣に手を伸ばす。
だが、リフォンはそれを手で制した。
「……駄目だ、ミルラナ。あいつらはどう見ても普通の衛兵だ。下手に手を出すとかえって厄介なことになる。……仕方ない、ここはおとなしく投降しよう」
「……くっ……!!」
ミルラナは苦々しい表情で、短剣の取り付けられたベルトを外し、床に落とした。
リフォンも腰の短剣を外し、同じように床に置き、両手を上げた。
「……あんたらとやりあうつもりはない。……投降するよ」
リフォンがそういうのと同時に、二人は数人の衛兵たちによって取り押さえられたのだった……。
捕らわれた二人が連れて行かれたのは、石造りの牢屋だった。
牢屋といっても、通路に面した壁が扉つきの鉄格子になっており、残る三方の壁がただの厚い石の壁という、実にシンプルな構造だった。
床にはベッドの代わりに汚らしい薄い布が一枚敷かれており、とても寝心地がよさそうには見えなかった。
二人は武器等を隠し持っていないか厳重に調べられた後、隣り合う牢屋に別々に放り込まれたのだった。
他にも牢屋はあったが、他に囚人はいないらしく、静寂が二人を包み込んでいた。
ミルラナは、牢屋の中で、壁に背中を預けながら膝を抱えていた。
孤独感がミルラナの心を蝕んでいく。
暗い、寂しい、一人ぼっち…。
そんな時、隣の牢屋からリフォンの声が聞こえた。
「……ミルラナ、大丈夫か?」
優しく、心に染み込むような声。
孤独感が急激に薄れていく。
「……何とか、ね。リフォンは大丈夫?」
「思いっきり縛られた手首が痛くてたまらん」
「……大丈夫そうね。良かった」
「ちょっと待て、おい」
くだらないやり取りに、ミルラナはくすくすと笑う。
先程までの孤独感は、もうなくなっていた。
「……しかし参ったな。ミルラナ、暗殺者的な技能で鍵開けとかできないのか?」
「道具があればできなくもないかもしれないけど、今は流石に無理ね。……リフォンこそ、あの石のシャッターを壊した時みたいなこと、できないの?」
「……できなくはないと思うが、どう考えても大騒ぎになるぞ」
「……まぁ、そうよね」
「こうなった以上仕方ないさ。とりあえず身体を休めつつ考えようぜ。寂しくて泣きそうになったら話し相手くらいにはなってやるからさ」
「泣いたりなんかしないわよっ」
リフォンの笑い声が聞こえる。
「……ありがと」
ミルラナは口元をほころばせながら、リフォンには聞こえないような小さな声で、そう呟いた。
どれくらいの時が経っただろうか。
二人が時折他愛もない話をしていると、誰かがやってくる足音が聞こえた。
「……ふん、おとなしくしているようだな。変なことを考えても無駄だぞ」
どうやら見回りに来た衛兵らしかった。
「おい、少しは俺たちの話を聞いてくれないか?」
「暗殺者の言う事に耳を貸すと思うか? 処刑場に連れて行かれるまでせいぜいおとなしくしていることだな」
リフォンの言葉に衛兵は聞く耳も持たず、リフォンは小さくため息をついた。
そんな時、その場にいた3人全員が牢屋の外が騒がしいことに気づく。
「……? 何だ、何事だ?」
衛兵は足早に牢屋の出口へと向かい、
「どおおおおおりゃあああああああぁぁぁぁっ!!」
聞き覚えのある女の子の声と共に、凄まじい勢いで二人の目の前を吹っ飛んでいき、そして壁に激突して意識を失った。
「……今の声は……」
「……まさか」
二人がそう呟くのとほぼ同時に、その声の主はずざーっと滑り込むようにして二人の目の前に現れた。
「兄貴っ!! 助けにきたよっ!!」
セトゥラだった。満面の笑顔で、仁王立ちしている。
流石のリフォンも頭を抱えた。
「……セトゥラ、お前、どうしてここに……」
「え? だから、兄貴を助けに」
「……そうじゃなくて。衛兵とかいなかったのか?」
「いたけど邪魔だからぶっ倒してきた」
「……」
再度頭を抱えるリフォン。
「? とにかく今出してやるからなっ!!」
「……ああ、頼む。多分鍵がどこかに……」
がしっ。
セトゥラは鉄格子をしっかりと掴んだ。
そして大きく深呼吸し、
「ふんぬああああああぁぁっ!!」
全力で鉄格子をひん曲げた。
「はぁっ、はぁっ……!! さぁ、兄貴、ここから出て!!」
「……お前、滅茶苦茶だな……」
リフォンは苦笑しつつも牢屋から抜け出すと、のびている衛兵から鍵を拝借し、ミルラナの牢屋の鉄格子を開けた。
「ありがと。……でも、これからどうするの?」
既に何人もの衛兵が集まってきている足音が聞こえる。
時間の猶予はなさそうだった。
「……その、ごめん。これ、アタイのせい、だよね……?」
流石にしゅんとするセトゥラの頭を、リフォンはぽんぽんと撫でた。
「まぁ、な。だが、状況は変わったから良しとしよう。それよりもこの後だが、一応だが考えがある。時間がないから、手短に話すぞ……」
牢屋の入り口の前では、既に数十人の衛兵たちが集まってきていた。
「暗殺ギルドの密偵が脱獄した!! これより突入し、奴らを捕縛せよ!! 場合によっては殺しても構わん!!」
「突入なんてする必要はないぜっ!!」
リフォンの声と共に、牢屋から気絶した衛兵が放り投げられる。そして、それに続くようにリフォン、ミルラナ、セトゥラの3人が飛び出した。
突然の出来事に怯む衛兵たちの前で、リフォンは静かに深呼吸をする。
「……『森羅万象、万物の一切は流転するもの也。此れ即ち、流れを支配する者は万物を支配する者と心得よ。』……!!」
リフォンを中心に空気が変わり、リフォンから放たれる気魄に、衛兵たちは揃って圧倒される。
「……何だ、来ないのか? ……それじゃ、こっちから行くぞっ!!」
そう言うや否や、リフォンは近くにいた衛兵に向けて一気に踏み込み、そして衛兵の手を素早く掴むと、凄まじい勢いでぐるりと回し、衛兵の身体を地面に思い切り叩き付けた。
「……っ、か、かかれっ!!」
ようやく我に返ったリーダーが号令を発し、衛兵たちが一斉に3人に襲い掛かった。
リフォンたちはなるべく互いの背中を守るようにしながら、次々と衛兵たちを倒していく。
『時間がないから手短に話すぞ。まずはここから出たら派手に暴れて、殺さないように相手を戦闘不能にする』
セトゥラは片っ端から殴り、蹴り、投げ飛ばす。
ミルラナは敵の攻撃を短剣(※脱出時に取り返した)の櫛状の刃で受け止め、そのまま短剣ごと相手の剣を捻ってへし折り、もう片手の短剣で相手の首を打ち、昏倒させていく。
そしてリフォンは相も変わらず敵の攻撃を次々とかわし、同士討ちさせたり、さらには珍しく自分から相手を地面に叩きつけたりと、恐るべき勢いで衛兵を倒していく。
最初数十人いた衛兵たちはあっという間にその数を減らしていった。
『それも迅速に、かつ圧倒的にだ。そして、その間、衛兵たちの動きをよく観察しろ』
衛兵の剣を絡めとってへし折りながら、ミルラナは周囲を素早く見回す。
衛兵たちが怯みながらも次々と向かってくる中、衛兵たちの後方に、一人徐々に逃げ出そうとしている者がいた。
『相手は衛兵だが、必ず暗殺ギルドの密偵が紛れているはずだ。あっという間に形勢が逆転すれば、そいつは一人他の衛兵と違う動きをするはずだ。見つけたら合図しろ』
「見つけた!」
「よし! それじゃ、行くぞっ! 怪我したくない奴は、離れてろっ!!」
『そうしたら、俺が派手に土煙をあげる。それに紛れて、ミルラナがそいつを抑えろ。これにはセトゥラも協力してくれ。方法は……』
リフォンは叫ぶと、地面に向かって拳を叩き込んだ。
大砲のような爆音と共に、リフォンの目の前の地面が砕け、激しい砂埃があたりを覆った。
問題の衛兵は、爆音に驚いて一度振り返る。
激しい土煙があがって、あたりは大混乱に陥っていた。
「……何があったのかわからねぇが、こちらとしてはこの場から逃げやすくなるからありがたいぜ……」
「……残念、そうはさせないわよ?」
「なっ……!?」
彼の目の前に立っていたのは、ミルラナだった。
リフォンが地面に拳を叩き込んだ直後、セトゥラが手を組んで腰を落とす。
ミルラナはその手に飛び乗り、そしてセトゥラが思い切りミルラナを跳ね上げる。
衛兵たちの頭上を飛び越えたミルラナは、さらに手ごろな建物の壁を蹴って、その衛兵の前に着地したのだ。
オーガの腕力とワーラビットの身体能力、この二つを見事に活かした合わせ技だった。
「チッ……!」
衛兵は舌打ちしながら、持っていた剣を瞬時に閃かせる。
だが、全てにおいてミルラナの速度の方が勝っていた。
ミルラナは衛兵が剣を振り抜くよりも速く短剣を抜き、櫛状の刃で衛兵の剣を易々と受け止める。
そして瞬時に刃を捻り剣をへし折るのと同時に、もう片方の短剣を閃かせた。
「悪く思わないで、ねっ!!」
ひゅどっ、という奇妙な音と共に、斬れない短剣の刃が衛兵の喉を強打した。
「かっ……はっ……!!」
息を絞り出すような声を出し、衛兵は力なく崩れ落ちた。
「……うわぁ……。私がやったこととは言え、すっごく痛そう……」
ミルラナは顔をしかめながらも衛兵の手を素早く縛り、そしてリフォンに向けて手を振って合図した。
「リフォン! 捕まえたわ!」
「よくやった、ミルラナ!! それじゃ、こっちも終わらせるぞ!!」
リフォンはそう言うや否や、まだ混乱している衛兵たちの中を突っ切り、リーダーの目前へと飛び出した。
「なっ……!?」
驚いて対処が遅れたリーダーの腕を、リフォンは素早く掴み、そしてリーダーの身体をぐるりと回転させるようにして地面に叩きつける。
「ぐっ……ぁ……!!」
そして肩の関節を捻り、完全にリーダーの動きを封じてから、リフォンは声を張り上げた。
「頼む、話を聞いてくれ!! 俺たちは暗殺者じゃない!! 暗殺者はあんたらの中に紛れ込んでいたんだ!! そいつは今捕まえた!! もう戦う意味はない!!」
そして、リフォンは小声で、足元のリーダーに声をかける。
「手荒な真似をして申し訳ない。あんたからも言ってやってくれないか? 重ねて言うが俺たちはこれ以上の争いを望まない」
「くっ……! 全員、武器を納めろ……!」
リーダーの号令により、残っていた衛兵たちは顔を見合わせながらも、次々と武器を納める。
かくして、ようやくリフォンたちと衛兵との戦いは終わったのだった……。
13/04/02 11:57更新 / クニヒコ
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