突入
「…あそこが入り口よ」
「…一見すると普通の酒場だな」
リフォンとミルラナは裏路地にやってきていた。
二人の視線の先には、目立たない店構えの、寂れた酒場があった。
「ええ。でも店の奥から古い地下水路に続く通路があって、その奥にギルド員の緊急時や一時的な集合場所として使われている場所があるの。実質そこがこの街の暗殺ギルド支部みたいなものね」
「何だってそんな所に…」
「見つかりにくいからよ。地下水路への通路はここしか残ってないのと、昔水路内に蔵を作る計画があったとかで広いスペースがあったから、都合が良かったのね。酒場はカモフラージュ目的で、後から作られたものよ」
「なるほど。通路が一つしかないってことは、つまり…」
「そう、退路がないことになるわね。…それは、突入した後の私たちにも言えることだけど」
そう言うミルラナは若干不安そうだったが、リフォンの方は全くそのような素振りは見せなかった。
(…本当、大物なのかバカなのか…)
ミルラナは半ば諦めたように小さくため息をついた。
「…あとは、リーダーがいるか、だな」
「…それについては私も何とも言えないわね…。誰がリーダーなのか、本人以外にはわかりにくいようになってるのよ。連絡役は複数人いるけど、多分その中の誰か、としか言いようがないわね」
またしてもミルラナの脳裏にメルストの顔が浮かぶ。
彼も連絡役の一人だ。…となると、彼がこの辺り一帯のリーダーである可能性もあるということだ。
「…誰かわからない、ってのはやっぱり厄介だな」
「…そうね。ただ、常に連絡役が一人は常駐しているはずだから、そいつがリーダーかもしれない。いずれにせよ、ここを潰せばこのあたりのメンバーが動きづらくなるのは間違いないわ」
「…それもそうだな」
二人は静かに酒場へと近づいていく。
窓からは明かりが漏れており、中からは数人の笑い声や話し声が聞こえてくる。
「…普通に飲み客がいるようだが、あいつらは?」
「勿論、ギルド員よ。言うなれば門番ってところね。相手が一般人ならただの飲んだくれみたいに振舞って、自然に追い払ったりするんだけど…」
「…相手が賞金稼ぎと反逆者じゃ、そうはいかないってことか」
「そういうこと。…で、もう一度聞くけど、作戦は?」
「このまま突入だ」
「…了解。一応、頼りにしてるからね」
ミルラナは苦笑混じりにそう言った。
そして二人は堂々と酒場の入り口へと向かい、普通にドアを開け、中に入った。
酒を飲み、笑っていた男たちの視線が、一斉に二人に集まる。
「…おぅ、何でぇ!! 見慣れない野郎だなぁ!? しかも女連れときたもんだぁ!!」
「おっ、よく見たら女の方は『アルティエット』のミルラナちゃんじゃねぇか!!」
「まぁまぁゆっくりしてけよ新入りさんよぉ!! 勿論、ミルラナちゃんもなぁ!?」
狭い酒場の中に男たちの笑い声が響く。
だが、リフォンもミルラナも気づいていた。
彼らの目は全く笑っていなかった。
そして、さりげなく二人を取り囲むように位置を変えている。
「…数は8人。囲まれちゃったけど、勝算はあるのよね?」
「ああ。まぁ見てなさいな」
リフォンはそう言うと、ゆっくりと構えをとりながら目を閉じ、小さく息を吸い、そして吐く。
その瞬間。
「……っ…!?」
ミルラナは全身の毛が一気に逆立つような感覚に陥った。
リフォンを中心に、空気が変わった。
「…『森羅万象、万物の一切は流転するもの也。』…」
リフォンは小さく何かを呟く。
「…な、何だぁ…!?」
男たちも周囲の雰囲気が変わったことを感じ取っていたらしく、明らかに動揺しているようだった。
リフォンはそんな彼らを気にも留めず、さらに何かを唱えるように呟く。
「…『此れ即ち、流れを支配する者は万物を支配する者と心得よ。』」
そして、リフォンは再び小さく息をつき、目を開いた。
「…どうした、来ないのか?」
リフォンは静かにそう言った。
「…ぅ、あ…」
それは、ミルラナがこれまでに感じたことのない、声を出せなくなるほどの気魄。
それは相手にしても同じことで、男たちも気圧されているのが明らかだった。
「…び、ビビるなぁっ!! 相手は二人だ、殺っちまえっ!!」
男たちは気合の声と共に二人に襲い掛かる。
まずは、リフォンに二人。
それぞれ左右の手に一振りずつ短剣を持っており、リフォンを左右から挟むように斬りかかる。
どちらの刃も複雑な軌跡を描き、尚且つ速い。
常人には全て回避することなど間違いなく不可能。
だが。
「ぐあああああぁっ!!」
「ぎゃああああぁっ!!」
一瞬の出来事だった。
ミルラナの目には、すっ、とわずかにリフォンが動き、それぞれの男の腕に軽く触れた、ように見えた。
それだけ。
たったそれだけで、二人の男の短剣はリフォンを傷つけることなく交差し、互いの両手首を正確に切り裂いたのだ。
ミルラナも、他の男たちも、何が起こったのか理解できなかった。
だがそれも一瞬のこと。
残る6人の男たちは、一斉に武器を取り出し、同時に二人に襲い掛かった。
ミルラナも即座に短剣を抜き、目の前から襲い掛かってきた男の短剣を一瞬で叩き落し、そのまま男の首を切り裂いた。
しかし、もう一人、彼女に襲い掛かろうとしていた男に気づくのが遅れた。
ミルラナはすぐさま体勢を立て直し迎え撃とうとするが、わずかに間に合わない。
「しまっ……!!」
次の瞬間、リフォンの右手がミルラナの身体をわずかにとん、と押し、さらにそのまま短剣を持った男の手首をぽん、と払った。
それだけで、男の短剣はミルラナにも、さらにその先にいたリフォンにも突き刺さることはなくすり抜け、そのままさらに先の、リフォンに襲い掛かろうとしていた男の脇腹へと突き刺さる。
脇腹を突き刺された男が持っていた細身の剣はリフォンではなく横にいた別の男の胸元に突き刺さり、その男が振るおうとしていた長棒はリフォンに押されたミルラナの頭上を通り抜け、向かいにいた男2人と、ミルラナを刺そうとしていた男を同時になぎ払う。
そしてリフォンはそのまま自分に向かってきた長棒を受け止め、男の手から素早く引き抜き、くるりと一回転させ、そのままなぎ払われた2人のうちの一人の喉をとん、と突いた。
結果、リフォンとミルラナは全くの無傷、敵8人のうち7人は戦闘不能。
これが、ほんの一瞬の間に起こったのである。
長棒になぎ払われたもう一人の男が素早く体勢を立て直そうとするが、リフォンはその男の喉元に先程の長棒を突きつけた。
「…な、何だ、一体、何が起こったってんだ…」
男は震え声でそう呟いた。
ミルラナもその男と同じ思いだった。
何が起こったのか全くわからない。強いて結論を言うならば、ほぼ敵の自滅である。
リフォンはその場をほとんど動いておらず、そして完全に彼の背後にいたはずのミルラナや敵の動きも見切っていた。
そして1分も経たないうちに、8人中7人(うち一人はミルラナの手によるものだが)を倒してしまったのである。
「…折角だから、情報を聞き出しておこう。この店の奥に、お前たちのアジトへ続く通路があるんだよな?」
リフォンが長棒を突きつけながらそう尋ねると、男は怯えながらこくこくと頷いた。
「で、今はそのアジトに誰かいるのか?」
「あ、ああ…」
「その中に、お前らのリーダーっぽい奴はいるか?」
「わ、わからねぇ。誰がリーダーとか、そういうのは俺たちもわからねぇようになってるんだ。本当だ。頼む、信じてくれ…!」
「…ふむ、やっぱりミルラナの言うとおり、リーダーはわからない、か。行ってみるしかなさそうだ――」
リフォンは長棒を放り、ミルラナの方を振り返ってそう言った。
男は、その隙を逃さなかった。
男は素早く立ち上がり、隠し持っていた短剣をリフォンに向けて全力で突き出した。
「リフォン、危な…っ!」
とっさにミルラナが声をかけるが、もう遅い。
凄まじい速度で突き出された短剣が、リフォンの背中に突き刺さる。
そのはずだった。
「――な、っと」
リフォンは振り返ることなく左手で短剣を突き出す男の手を軽く引っ張るように受け流し、その勢いで身体を半回転させ、右の拳を男の腹部にすとん、とあてた。
ミルラナはその動きに覚えがあった。
彼女がリフォンに襲い掛かり、一撃で返り討ちになった時の技だった。
「…っ、が、はぁっ…!?」
喉から息を絞り出すような声と共に、男は白目をむいて気絶した。
「一丁上がり、っと。…さ、早いところ奥に行こうぜ、ミルラナ」
「…え、あ、うん。そ、そうね」
気を失った男たちを適当に縛りながらリフォンは事も無げにそう言い、ミルラナもはっと我に返る。
リフォンは店の奥の酒蔵に地下への入り口らしきものを見つけ、くるりとミルラナを振り返った。
「おっ、何かそれっぽいものが。ここが入り口でいいのか?」
「あ、うん。そうよ」
「よし、それじゃ行ってみますかね」
「う、うん」
戸惑いながらミルラナはリフォンの後に続く。
今のリフォンからは、先程のような強烈な気魄は感じられず、宿屋にいた時のような穏やかな雰囲気に戻っていた。
だが、まだわずかにぴりぴりするような空気を纏っており、彼が完全に警戒を解いているわけではないと気づく。
…いや、彼にとっては、これが普段の状態なのだろう。
(本当に、規格外ね…)
今なら彼と一対一でやりあおうとした自分は間違いなく無謀だったとすら思えるほどだった。
石造りの狭い階段を降りていきながら、ミルラナはリフォンに尋ねた。
「…ねぇ、さっきのあれ、どうやったの?」
「あれ?」
「さっきの戦いで、ほとんど動かないで敵を倒してたじゃない」
「あぁ、あれか? …まぁ体術の一種だよ。この世の全てのものには『流れ』が存在する。ということは『流れ』を支配できれば全ての物事を支配できる、っていう原理でな」
「…どういうことなのかさっぱりだわ…」
確かに戦いの前にリフォンがそれらしいことを呟いていたが、改めて聞いても全然ピンと来ない。
「んー、そうだな、例えば空気の流れ、相手の意識の流れ、生命のエネルギーの流れ、とか、そういうものを感じ取って、うまいこと制御する、って感じかな。勿論身体能力も含めてかなり訓練しないとならんが。例えばミルラナを気絶させた技は、ミルラナの攻撃の力の流れの向きだけ変えて、俺の拳を通してそのままお前の腹に撃ちこみ、お前の中の生命エネルギーの流れをちょっとだけかき乱した、ってとこだ」
「…それ、とんでもない技術のような気がするんだけど」
「まぁな」
リフォンはさらっと言っているが、考えれば考えるほど恐ろしい技術だった。
もし、ミルラナが気絶させられた時、生命エネルギーをちょっとではなく目一杯かき乱されていたら、今頃彼女はどうなっていたのだろうか。
ミルラナは想像しただけで身震いするほどの思いだった。
やがて二人は地下水路に出た。ミルラナも改めて気を引き締める。
古い水路は既に水は通っておらず、汚水が貯まっており、悪臭が漂っている。
「…酷い臭いだ。よくこんなところにいられるな…」
「…私もこの臭いには慣れないわね。ここに来ることはあまりなかったから。それより、いつ奇襲されるかわからないんだから気をつけてよ?」
「ああ、わかってるさ」
だが、そんな二人の心配に反し、地下水路は驚くほど静かで、奇襲されることも全くなかった。
「…静かすぎるわね」
「ああ。となると…」
「待ち伏せ、でしょうね。…とっくに逃げ出してる可能性もゼロじゃないけど」
「いずれにせよ、奥まで行かないことにはわからない、か…。俺としてはさっさと外の空気を吸いたいんだがな」
「それは私も同感」
なるべく足音を出さないように二人は奥へと進み、やがて木製の大きな扉の前にたどり着いた。
「…ここが最奥部よ。緊急時などの集合場所で、連絡役が必ず一人は常駐している部屋」
「…よし、入るぞ」
リフォンとミルラナは最大限警戒しつつ、扉に手をかけ、そして一気に開き、部屋の中に飛び込んだ。
そして素早く戦闘態勢をとる。
部屋の中には少量の酒や食べ物、地図や何かのメモなどが散乱しており、そして奥にはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるやせた男が一人立っていた。
「…やぁ、賞金稼ぎのリフォン君。我々のアジトへようこそ。流石の腕前だね。逃げる暇もなかったよ。他の仲間もここにはいないし、僕は見事に追い詰められてしまったというわけだ。ははは」
男はニヤニヤと笑ったまま、ミルラナに視線を移す。
「ミルラナ、君は本当に僕たちを裏切る気なのかい? …なんだったら、君にチャンスをあげるよ」
「……何ですって?」
ミルラナは短剣を構えたまま聞き返した。
「見ての通り、僕は今2対1で絶体絶命の状態だ。だから、今すぐその短剣でリフォン君を殺してくれれば、君が一度裏切ろうとしたことは綺麗に忘れてあげよう。君はまた僕たちの家族に戻れるんだ。お互い、悪い条件じゃないんじゃないかな?」
「…っ!?」
思いがけない言葉に、ミルラナの心は激しく揺れた。
…今、リフォンを殺せば、元通り、暗殺ギルドに戻れる。
…皆の所に戻れる。
…でも。
…それは、道具として?
…本当に、ギルドの皆は、家族なの?
…それなら、リフォンはどうなの?
ミルラナは恐る恐るリフォンの顔を見上げた。
リフォンは、いつもと同じような穏やかな笑みを浮かべ、黙ってミルラナを見つめていた。
だが、その瞳はわずかに悲しげで、まるで「お前の好きなようにするといい」と言っているようだった。
「…私、は…っ!」
短剣を持つ手が震える。
ミルラナは俯きながら短剣をゆっくりと振り上げ。
そして。
顔を上げ、ニヤニヤと笑みを浮かべている男に向かって切っ先を向けた。
「…私は、もう、戻らないっ! あなたたちは、互いのことを道具としか思ってないっ! …そんなの、家族なんかじゃ、ないっ!!」
ミルラナの叫びを聞いて、男の笑顔が醜くゆがむ。
不意に、ミルラナの頭に優しく何かが触れた。
…リフォンの、手だった。
「…リフォン」
「よく言ったな。俺も、そう思うよ」
リフォンはミルラナに微笑みかけて、ぽんぽんと頭を軽く撫でた。
「…残念だが、そういうことだ。で、どうする、降参した方がいいんじゃないか?」
「…あぁ、残念だね。本当に残念だよ。だけどね、僕もそんな黙って捕まるわけにはいかないんだよ…!」
男はゆがんだ笑みを浮かべたまま、素早く数本の投げナイフを取り出し、二人に向かって投げつけた。
「…やっぱ、交渉、決裂かっ!!」
リフォンとミルラナは同時に飛び退り、ナイフを回避する。
だが、男も素早く飛び退りながらさらに複数のナイフを連続で投げつけた。
「リフォン君、こっちも君の事を知らないわけじゃないんだよ! いくら君の体術が優れているとしても、これほどの飛び道具には対応できないだろう!?」
男は笑いながら複雑な軌道で跳躍し、連続してナイフを投げ続ける。
リフォンもミルラナも素早くナイフを回避していくが、次から次へと飛んでくるナイフを避けるのに手一杯で、反撃に転じることができない。
まさに弾幕だった。
「…くそっ、どこにあんだけのナイフを持ってたんだよ…!!」
リフォンは小さく舌打ちしつつ毒づいた。
リフォンにしてみればナイフの動きは追えるし、避けること自体も難しいわけではない。
だが、相手も的確に動きにくいところを次々と狙ってくるため、下手に前に出ることができないのだ。
そして、リフォンもミルラナも気づいていた。
男の攻撃に、あまり殺気が感じられない。
殺すというよりは、むしろ足止めが目的のように思えた。
「…っ、しまった!」
ミルラナが叫ぶ。
男は二人を部屋の奥へと誘導するようにナイフで牽制し、自分は部屋の入り口へと向かっていた。
ミルラナはとっさに男の後を追おうと前に出るが、その瞬間、彼女の脚にナイフが突き刺さった。
「ぅあっ…!!」
「ミルラナっ!!」
ナイフを避けつつ、リフォンはミルラナに駆け寄った。
「私は大丈夫…! だから、早く、あいつを…っ!!」
リフォンが振り返ると、男は既に木の扉の外に出ていた。
そして、男はおもむろに壁の石の一つをぐっ、と押した。
リフォンはミルラナを担ぎ上げ、すぐに扉へと向かおうとする。
だが、次の瞬間、部屋の入り口を天井から降りてきた石の壁が塞いでしまった。
「くそっ! 何だこりゃ!?」
リフォンが毒づきながら石の壁を叩く。
だが、石の壁はびくともしなかった。
外からは男の笑い声が聞こえてくる。
「あはははは!! この部屋にはいざって時のために石のシャッターがついてるのさ。中と外、両方から操作できるようになってるけど、中の方はさっき僕がナイフで壊したからね。君たちは完全に閉じ込められたってことさ! あはははは!!」
「…やられた…! リフォン、気づくのが遅れて、ごめん…っ!」
ミルラナが悔しそうに歯噛みする。
リフォンは黙って石のシャッターに手を置いて、わずかに何かを考えていた。
そしておもむろにミルラナを少し離れたところに下ろし、再度シャッターの前に立った。
「…リフォン…?」
「もう何をしたって無駄さ! せいぜいここで死ぬまで仲良くしてるといいよ! あはははは!!」
リフォンは男の笑い声など気にも留めず、壁の前でわずかに腰を落とし、拳を引いた。
「…ちょっと、リフォン…!? いくらなんでも、そんなこと…!!」
「ミルラナ、ちょっと危ないかもしれないが、勘弁してくれよ」
そして、リフォンは、シャッターに向けて全力で拳を繰り出した。
…それは、例えるなら、まさに大砲だった。
爆音と共に、辺りに砂埃が立ち込める。
砂埃がおさまって、ミルラナが見たものは、無残に砕け散ったシャッターと木の扉、そしてその前に立つリフォンの姿だった。
「…嘘、でしょ…?」
リフォンはぱんぱんと手を払った後、呆然としているミルラナを担ぎ上げ、部屋の外へと歩いていく。
見ると、シャッターがあった場所から10m近く離れた汚水の中に、先程の男が浮かんでいた。
「…全く、そんなところに立っていつまでも笑ってるからだ」
苦笑しつつ、リフォンはミルラナを抱きかかえたまま地下水路を脱出した。
外の空気が心の底から心地よい。
「…っ、あ〜〜〜! 地上の空気がうまいぜ!!」
「本当ね…。それよりリフォン、さっきのあれ、何」
ミルラナはまだ呆然としていた。
「…あれは、俺自身の力をシャッターに叩きつけて、爆発させた、ってところかな。疲れるし色々と危ないから普段使うことはほとんどないんだが」
「…いよいよもって、とんでもない、わね…」
「まぁ、とりあえずこれで仕事は終わりだ。あとは、この件を賞金稼ぎのギルドに報告すれば一段落…おい、ミルラナ? 大丈夫か? おい!?」
リフォンの腕の中で、ミルラナは苦しそうな呼吸をしていた。
気がつくと、身体もどんどん熱くなってきている。
リフォンはふと彼女の脚の傷を見た。
傷口の周りが紫色に変色している。
「毒、か…っ! くそっ、死ぬんじゃないぞ、ミルラナ…!!」
リフォンはミルラナをなるべく揺らさないよう気遣いながら、全速力で診療所へと駆けて行った…。
「…一見すると普通の酒場だな」
リフォンとミルラナは裏路地にやってきていた。
二人の視線の先には、目立たない店構えの、寂れた酒場があった。
「ええ。でも店の奥から古い地下水路に続く通路があって、その奥にギルド員の緊急時や一時的な集合場所として使われている場所があるの。実質そこがこの街の暗殺ギルド支部みたいなものね」
「何だってそんな所に…」
「見つかりにくいからよ。地下水路への通路はここしか残ってないのと、昔水路内に蔵を作る計画があったとかで広いスペースがあったから、都合が良かったのね。酒場はカモフラージュ目的で、後から作られたものよ」
「なるほど。通路が一つしかないってことは、つまり…」
「そう、退路がないことになるわね。…それは、突入した後の私たちにも言えることだけど」
そう言うミルラナは若干不安そうだったが、リフォンの方は全くそのような素振りは見せなかった。
(…本当、大物なのかバカなのか…)
ミルラナは半ば諦めたように小さくため息をついた。
「…あとは、リーダーがいるか、だな」
「…それについては私も何とも言えないわね…。誰がリーダーなのか、本人以外にはわかりにくいようになってるのよ。連絡役は複数人いるけど、多分その中の誰か、としか言いようがないわね」
またしてもミルラナの脳裏にメルストの顔が浮かぶ。
彼も連絡役の一人だ。…となると、彼がこの辺り一帯のリーダーである可能性もあるということだ。
「…誰かわからない、ってのはやっぱり厄介だな」
「…そうね。ただ、常に連絡役が一人は常駐しているはずだから、そいつがリーダーかもしれない。いずれにせよ、ここを潰せばこのあたりのメンバーが動きづらくなるのは間違いないわ」
「…それもそうだな」
二人は静かに酒場へと近づいていく。
窓からは明かりが漏れており、中からは数人の笑い声や話し声が聞こえてくる。
「…普通に飲み客がいるようだが、あいつらは?」
「勿論、ギルド員よ。言うなれば門番ってところね。相手が一般人ならただの飲んだくれみたいに振舞って、自然に追い払ったりするんだけど…」
「…相手が賞金稼ぎと反逆者じゃ、そうはいかないってことか」
「そういうこと。…で、もう一度聞くけど、作戦は?」
「このまま突入だ」
「…了解。一応、頼りにしてるからね」
ミルラナは苦笑混じりにそう言った。
そして二人は堂々と酒場の入り口へと向かい、普通にドアを開け、中に入った。
酒を飲み、笑っていた男たちの視線が、一斉に二人に集まる。
「…おぅ、何でぇ!! 見慣れない野郎だなぁ!? しかも女連れときたもんだぁ!!」
「おっ、よく見たら女の方は『アルティエット』のミルラナちゃんじゃねぇか!!」
「まぁまぁゆっくりしてけよ新入りさんよぉ!! 勿論、ミルラナちゃんもなぁ!?」
狭い酒場の中に男たちの笑い声が響く。
だが、リフォンもミルラナも気づいていた。
彼らの目は全く笑っていなかった。
そして、さりげなく二人を取り囲むように位置を変えている。
「…数は8人。囲まれちゃったけど、勝算はあるのよね?」
「ああ。まぁ見てなさいな」
リフォンはそう言うと、ゆっくりと構えをとりながら目を閉じ、小さく息を吸い、そして吐く。
その瞬間。
「……っ…!?」
ミルラナは全身の毛が一気に逆立つような感覚に陥った。
リフォンを中心に、空気が変わった。
「…『森羅万象、万物の一切は流転するもの也。』…」
リフォンは小さく何かを呟く。
「…な、何だぁ…!?」
男たちも周囲の雰囲気が変わったことを感じ取っていたらしく、明らかに動揺しているようだった。
リフォンはそんな彼らを気にも留めず、さらに何かを唱えるように呟く。
「…『此れ即ち、流れを支配する者は万物を支配する者と心得よ。』」
そして、リフォンは再び小さく息をつき、目を開いた。
「…どうした、来ないのか?」
リフォンは静かにそう言った。
「…ぅ、あ…」
それは、ミルラナがこれまでに感じたことのない、声を出せなくなるほどの気魄。
それは相手にしても同じことで、男たちも気圧されているのが明らかだった。
「…び、ビビるなぁっ!! 相手は二人だ、殺っちまえっ!!」
男たちは気合の声と共に二人に襲い掛かる。
まずは、リフォンに二人。
それぞれ左右の手に一振りずつ短剣を持っており、リフォンを左右から挟むように斬りかかる。
どちらの刃も複雑な軌跡を描き、尚且つ速い。
常人には全て回避することなど間違いなく不可能。
だが。
「ぐあああああぁっ!!」
「ぎゃああああぁっ!!」
一瞬の出来事だった。
ミルラナの目には、すっ、とわずかにリフォンが動き、それぞれの男の腕に軽く触れた、ように見えた。
それだけ。
たったそれだけで、二人の男の短剣はリフォンを傷つけることなく交差し、互いの両手首を正確に切り裂いたのだ。
ミルラナも、他の男たちも、何が起こったのか理解できなかった。
だがそれも一瞬のこと。
残る6人の男たちは、一斉に武器を取り出し、同時に二人に襲い掛かった。
ミルラナも即座に短剣を抜き、目の前から襲い掛かってきた男の短剣を一瞬で叩き落し、そのまま男の首を切り裂いた。
しかし、もう一人、彼女に襲い掛かろうとしていた男に気づくのが遅れた。
ミルラナはすぐさま体勢を立て直し迎え撃とうとするが、わずかに間に合わない。
「しまっ……!!」
次の瞬間、リフォンの右手がミルラナの身体をわずかにとん、と押し、さらにそのまま短剣を持った男の手首をぽん、と払った。
それだけで、男の短剣はミルラナにも、さらにその先にいたリフォンにも突き刺さることはなくすり抜け、そのままさらに先の、リフォンに襲い掛かろうとしていた男の脇腹へと突き刺さる。
脇腹を突き刺された男が持っていた細身の剣はリフォンではなく横にいた別の男の胸元に突き刺さり、その男が振るおうとしていた長棒はリフォンに押されたミルラナの頭上を通り抜け、向かいにいた男2人と、ミルラナを刺そうとしていた男を同時になぎ払う。
そしてリフォンはそのまま自分に向かってきた長棒を受け止め、男の手から素早く引き抜き、くるりと一回転させ、そのままなぎ払われた2人のうちの一人の喉をとん、と突いた。
結果、リフォンとミルラナは全くの無傷、敵8人のうち7人は戦闘不能。
これが、ほんの一瞬の間に起こったのである。
長棒になぎ払われたもう一人の男が素早く体勢を立て直そうとするが、リフォンはその男の喉元に先程の長棒を突きつけた。
「…な、何だ、一体、何が起こったってんだ…」
男は震え声でそう呟いた。
ミルラナもその男と同じ思いだった。
何が起こったのか全くわからない。強いて結論を言うならば、ほぼ敵の自滅である。
リフォンはその場をほとんど動いておらず、そして完全に彼の背後にいたはずのミルラナや敵の動きも見切っていた。
そして1分も経たないうちに、8人中7人(うち一人はミルラナの手によるものだが)を倒してしまったのである。
「…折角だから、情報を聞き出しておこう。この店の奥に、お前たちのアジトへ続く通路があるんだよな?」
リフォンが長棒を突きつけながらそう尋ねると、男は怯えながらこくこくと頷いた。
「で、今はそのアジトに誰かいるのか?」
「あ、ああ…」
「その中に、お前らのリーダーっぽい奴はいるか?」
「わ、わからねぇ。誰がリーダーとか、そういうのは俺たちもわからねぇようになってるんだ。本当だ。頼む、信じてくれ…!」
「…ふむ、やっぱりミルラナの言うとおり、リーダーはわからない、か。行ってみるしかなさそうだ――」
リフォンは長棒を放り、ミルラナの方を振り返ってそう言った。
男は、その隙を逃さなかった。
男は素早く立ち上がり、隠し持っていた短剣をリフォンに向けて全力で突き出した。
「リフォン、危な…っ!」
とっさにミルラナが声をかけるが、もう遅い。
凄まじい速度で突き出された短剣が、リフォンの背中に突き刺さる。
そのはずだった。
「――な、っと」
リフォンは振り返ることなく左手で短剣を突き出す男の手を軽く引っ張るように受け流し、その勢いで身体を半回転させ、右の拳を男の腹部にすとん、とあてた。
ミルラナはその動きに覚えがあった。
彼女がリフォンに襲い掛かり、一撃で返り討ちになった時の技だった。
「…っ、が、はぁっ…!?」
喉から息を絞り出すような声と共に、男は白目をむいて気絶した。
「一丁上がり、っと。…さ、早いところ奥に行こうぜ、ミルラナ」
「…え、あ、うん。そ、そうね」
気を失った男たちを適当に縛りながらリフォンは事も無げにそう言い、ミルラナもはっと我に返る。
リフォンは店の奥の酒蔵に地下への入り口らしきものを見つけ、くるりとミルラナを振り返った。
「おっ、何かそれっぽいものが。ここが入り口でいいのか?」
「あ、うん。そうよ」
「よし、それじゃ行ってみますかね」
「う、うん」
戸惑いながらミルラナはリフォンの後に続く。
今のリフォンからは、先程のような強烈な気魄は感じられず、宿屋にいた時のような穏やかな雰囲気に戻っていた。
だが、まだわずかにぴりぴりするような空気を纏っており、彼が完全に警戒を解いているわけではないと気づく。
…いや、彼にとっては、これが普段の状態なのだろう。
(本当に、規格外ね…)
今なら彼と一対一でやりあおうとした自分は間違いなく無謀だったとすら思えるほどだった。
石造りの狭い階段を降りていきながら、ミルラナはリフォンに尋ねた。
「…ねぇ、さっきのあれ、どうやったの?」
「あれ?」
「さっきの戦いで、ほとんど動かないで敵を倒してたじゃない」
「あぁ、あれか? …まぁ体術の一種だよ。この世の全てのものには『流れ』が存在する。ということは『流れ』を支配できれば全ての物事を支配できる、っていう原理でな」
「…どういうことなのかさっぱりだわ…」
確かに戦いの前にリフォンがそれらしいことを呟いていたが、改めて聞いても全然ピンと来ない。
「んー、そうだな、例えば空気の流れ、相手の意識の流れ、生命のエネルギーの流れ、とか、そういうものを感じ取って、うまいこと制御する、って感じかな。勿論身体能力も含めてかなり訓練しないとならんが。例えばミルラナを気絶させた技は、ミルラナの攻撃の力の流れの向きだけ変えて、俺の拳を通してそのままお前の腹に撃ちこみ、お前の中の生命エネルギーの流れをちょっとだけかき乱した、ってとこだ」
「…それ、とんでもない技術のような気がするんだけど」
「まぁな」
リフォンはさらっと言っているが、考えれば考えるほど恐ろしい技術だった。
もし、ミルラナが気絶させられた時、生命エネルギーをちょっとではなく目一杯かき乱されていたら、今頃彼女はどうなっていたのだろうか。
ミルラナは想像しただけで身震いするほどの思いだった。
やがて二人は地下水路に出た。ミルラナも改めて気を引き締める。
古い水路は既に水は通っておらず、汚水が貯まっており、悪臭が漂っている。
「…酷い臭いだ。よくこんなところにいられるな…」
「…私もこの臭いには慣れないわね。ここに来ることはあまりなかったから。それより、いつ奇襲されるかわからないんだから気をつけてよ?」
「ああ、わかってるさ」
だが、そんな二人の心配に反し、地下水路は驚くほど静かで、奇襲されることも全くなかった。
「…静かすぎるわね」
「ああ。となると…」
「待ち伏せ、でしょうね。…とっくに逃げ出してる可能性もゼロじゃないけど」
「いずれにせよ、奥まで行かないことにはわからない、か…。俺としてはさっさと外の空気を吸いたいんだがな」
「それは私も同感」
なるべく足音を出さないように二人は奥へと進み、やがて木製の大きな扉の前にたどり着いた。
「…ここが最奥部よ。緊急時などの集合場所で、連絡役が必ず一人は常駐している部屋」
「…よし、入るぞ」
リフォンとミルラナは最大限警戒しつつ、扉に手をかけ、そして一気に開き、部屋の中に飛び込んだ。
そして素早く戦闘態勢をとる。
部屋の中には少量の酒や食べ物、地図や何かのメモなどが散乱しており、そして奥にはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるやせた男が一人立っていた。
「…やぁ、賞金稼ぎのリフォン君。我々のアジトへようこそ。流石の腕前だね。逃げる暇もなかったよ。他の仲間もここにはいないし、僕は見事に追い詰められてしまったというわけだ。ははは」
男はニヤニヤと笑ったまま、ミルラナに視線を移す。
「ミルラナ、君は本当に僕たちを裏切る気なのかい? …なんだったら、君にチャンスをあげるよ」
「……何ですって?」
ミルラナは短剣を構えたまま聞き返した。
「見ての通り、僕は今2対1で絶体絶命の状態だ。だから、今すぐその短剣でリフォン君を殺してくれれば、君が一度裏切ろうとしたことは綺麗に忘れてあげよう。君はまた僕たちの家族に戻れるんだ。お互い、悪い条件じゃないんじゃないかな?」
「…っ!?」
思いがけない言葉に、ミルラナの心は激しく揺れた。
…今、リフォンを殺せば、元通り、暗殺ギルドに戻れる。
…皆の所に戻れる。
…でも。
…それは、道具として?
…本当に、ギルドの皆は、家族なの?
…それなら、リフォンはどうなの?
ミルラナは恐る恐るリフォンの顔を見上げた。
リフォンは、いつもと同じような穏やかな笑みを浮かべ、黙ってミルラナを見つめていた。
だが、その瞳はわずかに悲しげで、まるで「お前の好きなようにするといい」と言っているようだった。
「…私、は…っ!」
短剣を持つ手が震える。
ミルラナは俯きながら短剣をゆっくりと振り上げ。
そして。
顔を上げ、ニヤニヤと笑みを浮かべている男に向かって切っ先を向けた。
「…私は、もう、戻らないっ! あなたたちは、互いのことを道具としか思ってないっ! …そんなの、家族なんかじゃ、ないっ!!」
ミルラナの叫びを聞いて、男の笑顔が醜くゆがむ。
不意に、ミルラナの頭に優しく何かが触れた。
…リフォンの、手だった。
「…リフォン」
「よく言ったな。俺も、そう思うよ」
リフォンはミルラナに微笑みかけて、ぽんぽんと頭を軽く撫でた。
「…残念だが、そういうことだ。で、どうする、降参した方がいいんじゃないか?」
「…あぁ、残念だね。本当に残念だよ。だけどね、僕もそんな黙って捕まるわけにはいかないんだよ…!」
男はゆがんだ笑みを浮かべたまま、素早く数本の投げナイフを取り出し、二人に向かって投げつけた。
「…やっぱ、交渉、決裂かっ!!」
リフォンとミルラナは同時に飛び退り、ナイフを回避する。
だが、男も素早く飛び退りながらさらに複数のナイフを連続で投げつけた。
「リフォン君、こっちも君の事を知らないわけじゃないんだよ! いくら君の体術が優れているとしても、これほどの飛び道具には対応できないだろう!?」
男は笑いながら複雑な軌道で跳躍し、連続してナイフを投げ続ける。
リフォンもミルラナも素早くナイフを回避していくが、次から次へと飛んでくるナイフを避けるのに手一杯で、反撃に転じることができない。
まさに弾幕だった。
「…くそっ、どこにあんだけのナイフを持ってたんだよ…!!」
リフォンは小さく舌打ちしつつ毒づいた。
リフォンにしてみればナイフの動きは追えるし、避けること自体も難しいわけではない。
だが、相手も的確に動きにくいところを次々と狙ってくるため、下手に前に出ることができないのだ。
そして、リフォンもミルラナも気づいていた。
男の攻撃に、あまり殺気が感じられない。
殺すというよりは、むしろ足止めが目的のように思えた。
「…っ、しまった!」
ミルラナが叫ぶ。
男は二人を部屋の奥へと誘導するようにナイフで牽制し、自分は部屋の入り口へと向かっていた。
ミルラナはとっさに男の後を追おうと前に出るが、その瞬間、彼女の脚にナイフが突き刺さった。
「ぅあっ…!!」
「ミルラナっ!!」
ナイフを避けつつ、リフォンはミルラナに駆け寄った。
「私は大丈夫…! だから、早く、あいつを…っ!!」
リフォンが振り返ると、男は既に木の扉の外に出ていた。
そして、男はおもむろに壁の石の一つをぐっ、と押した。
リフォンはミルラナを担ぎ上げ、すぐに扉へと向かおうとする。
だが、次の瞬間、部屋の入り口を天井から降りてきた石の壁が塞いでしまった。
「くそっ! 何だこりゃ!?」
リフォンが毒づきながら石の壁を叩く。
だが、石の壁はびくともしなかった。
外からは男の笑い声が聞こえてくる。
「あはははは!! この部屋にはいざって時のために石のシャッターがついてるのさ。中と外、両方から操作できるようになってるけど、中の方はさっき僕がナイフで壊したからね。君たちは完全に閉じ込められたってことさ! あはははは!!」
「…やられた…! リフォン、気づくのが遅れて、ごめん…っ!」
ミルラナが悔しそうに歯噛みする。
リフォンは黙って石のシャッターに手を置いて、わずかに何かを考えていた。
そしておもむろにミルラナを少し離れたところに下ろし、再度シャッターの前に立った。
「…リフォン…?」
「もう何をしたって無駄さ! せいぜいここで死ぬまで仲良くしてるといいよ! あはははは!!」
リフォンは男の笑い声など気にも留めず、壁の前でわずかに腰を落とし、拳を引いた。
「…ちょっと、リフォン…!? いくらなんでも、そんなこと…!!」
「ミルラナ、ちょっと危ないかもしれないが、勘弁してくれよ」
そして、リフォンは、シャッターに向けて全力で拳を繰り出した。
…それは、例えるなら、まさに大砲だった。
爆音と共に、辺りに砂埃が立ち込める。
砂埃がおさまって、ミルラナが見たものは、無残に砕け散ったシャッターと木の扉、そしてその前に立つリフォンの姿だった。
「…嘘、でしょ…?」
リフォンはぱんぱんと手を払った後、呆然としているミルラナを担ぎ上げ、部屋の外へと歩いていく。
見ると、シャッターがあった場所から10m近く離れた汚水の中に、先程の男が浮かんでいた。
「…全く、そんなところに立っていつまでも笑ってるからだ」
苦笑しつつ、リフォンはミルラナを抱きかかえたまま地下水路を脱出した。
外の空気が心の底から心地よい。
「…っ、あ〜〜〜! 地上の空気がうまいぜ!!」
「本当ね…。それよりリフォン、さっきのあれ、何」
ミルラナはまだ呆然としていた。
「…あれは、俺自身の力をシャッターに叩きつけて、爆発させた、ってところかな。疲れるし色々と危ないから普段使うことはほとんどないんだが」
「…いよいよもって、とんでもない、わね…」
「まぁ、とりあえずこれで仕事は終わりだ。あとは、この件を賞金稼ぎのギルドに報告すれば一段落…おい、ミルラナ? 大丈夫か? おい!?」
リフォンの腕の中で、ミルラナは苦しそうな呼吸をしていた。
気がつくと、身体もどんどん熱くなってきている。
リフォンはふと彼女の脚の傷を見た。
傷口の周りが紫色に変色している。
「毒、か…っ! くそっ、死ぬんじゃないぞ、ミルラナ…!!」
リフォンはミルラナをなるべく揺らさないよう気遣いながら、全速力で診療所へと駆けて行った…。
13/03/29 15:44更新 / クニヒコ
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