邂逅
「…ほう、ワーラビットか」
「中々の上玉ですぜ、へへへ」
「…ふむ、仕込めばモノになるかもしれん。おい、このワーラビットを貰おうか」
「へへへ、毎度! …おら、さっさと出ろ! お前は今日からこの人の物なんだからよ!」
「…いい目をしているな。お前、名前は?」
「……」
「…ミルラナ、か。いい名前だ。今日からお前は俺たちの家族だ。よろしく頼むぞ、ミルラナ」
・・・・・・・・・・・・
「……この街、か」
街をぐるりと囲むように造られた防壁と、東西南北にそれぞれ設けられた門。
そのうちの一つ、南の門の前で、一人の青年がぽつりと呟く。
少し長めの黒髪を首の後ろで括ったその青年は、身体にあまり綺麗とはいえない簡素なマントを纏っており、いかにも旅人という出で立ちだった。
青年が門をくぐろうとすると、門の近くに立っていた衛兵が青年を呼び止めた。
「あぁ、そこの兄ちゃん、ちょっと止まってくれ」
「ん、俺か?」
青年が言われたとおり足を止めると、衛兵が彼に歩み寄った。
「悪いね。見たところ、旅人かい?」
「まぁ、そんなところかな。…何か、街の中が妙に静かだな。何かあったのか?」
「…あぁ、実はな、ちょっと前に人殺しがあってなぁ。街の中ピリピリしてるんだわ。俺らもなるべく不審な輩に警戒するように言われててね」
「人殺し、か…。それは物騒だな」
「ああ。俺らも見回りとかはしてるんだが。兄ちゃんも気をつけてな」
「わかった。ありがとな。ご苦労さん」
衛兵にひらひらと手を振り、青年は街の中へと入っていく。
人通りは少なく、衛兵の姿がちらほらと見える。
青年はそんな様子を見て小さくため息をつくと、適当な宿屋を探しに歩いていった。
ターゲットであるリフォンらしき人物が街にやって来たという情報を受け、ミルラナは改めて彼の情報を確認しつつ作戦を考える。
相手は一人で暗殺ギルドの支部一つを壊滅させるほどのバケモノだ。下手な真似はできない。
リフォンに関する情報の中でミルラナが一番気になるのが、「リフォンの戦闘スタイル」についてだった。
勿論戦いになる前に殺してしまうのが一番望ましい。が、失敗した場合、不本意ではあるが戦闘になる可能性もある。
普段ならば仮に暗殺に失敗しても正面から戦って勝てるだけの戦闘技術はあるとミルラナは自負している。
だが、今回の相手はバケモノである。何も考えずに正面から戦って勝てるとは思わない方がいいだろう。
改めてリフォンに関する情報に目を落とす。
戦闘スタイル:不明。
「……」
ミルラナはその箇所を見つめ、小さくため息をつく。
これだけではなく、彼に関する情報は不明な点が多かった。
というのも、リフォンはあまり依頼を受けることがないらしく、同じ賞金稼ぎの間でも彼に関する情報は少ないということだった。
情報が不足しているのは間違いないが、逆にこれらのことからもある程度の推測はできる。
おそらくリフォンは動く時は単独で動くことが多いのだろう。
そして、戦闘スタイルが不明というのは、ぱっと見て目立つ得物を使わないのではないか。
そうなると考えられるのは短剣、暗器、体術、魔術あたりだろうか。
だが魔術は詠唱など行使に時間や手間がかかる。それで正面から暗殺ギルドの支部一つに正面から挑んで壊滅させるのは難しいだろう。
…となると、短剣や暗器などの小型の武器か、体術だろうか?
「…厄介ね…」
再度ため息をつきつつ、ミルラナは苦々しく呟く。
ミルラナの武器は短剣。推測が正しければリーチも立ち回りも相手と近いものになるだろう。
そうなると、単純に戦う場合、技量の差で勝負がつく。
ミルラナとて短剣の扱いには自信がある。一瞬で相手の喉を切り裂くことは造作もない。
ある程度なら多人数相手でも勝てる自信はある。だが、ギルドの支部一つ分の暗殺者と真っ向からやりあって勝てる自信はない。
そう考えると、単純な戦闘能力はミルラナよりリフォンの方が上だと見るべきだろう。
「…かと言って、小細工が通用するとも思えない、か…。やっぱり、一撃で仕留めるしかないわね…」
ミルラナは目にもとまらぬ早業で自分の短剣を抜き、その刃を見つめ、覚悟を決めた。
あとは、行動に移すだけ。
ミルラナは細かく作戦を考えつつ、準備を始めた。
「話によると、この辺みたいだな…」
黒髪の青年――リフォンは、薄暗い路地を歩いていた。
やがて、リフォンは石畳に黒い染みがあるのに気づいた。
その前にしゃがみ、その染みを観察する。
…間違いなく、血痕だった。染みの大きさから考えると、明らかに致死量だ。
「……」
リフォンが膝をついたまま何かを考え込んでいると、ふと誰かが彼に声をかけた。
「あの…どうか、されたんですか?」
リフォンが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
露出の多い扇情的な服を纏った、ワーラビットの少女だった。
「ん? ああ、ちょっとね。…君こそ、どうしてこんな所に?」
「あ、私、この裏のお店で働いてるんです。この路地、うちのお店に来る人が迷って来ちゃうことがあるから、時々見に来てるんですよ」
リフォンはこの裏手に何の店があったか考え、すぐに思い至る。
確か、「アルティエット」とかいう娼館だったはずだ。
となると、このワーラビットの少女は娼婦なのだろうか。そう考えれば露出の多い服装にも納得はできる。
「あぁ、なるほど。驚かせたようですまない」
「いえ。……あ、そこは、先日…」
ワーラビットの少女は表情を翳らせ、言葉を濁す。
「……ああ、話は聞いてるよ。酷いもんだ」
「…はい。まだ犯人も捕まってないみたいで…」
「そうみたいだな。早く捕まるといいんだが」
リフォンはそう言ってため息をついた。
その様子をワーラビットの少女――ミルラナは悟られないように細かく観察していた。
…やはり目立った武器は持っていないようだ。
それどころか、隙だらけに見える。
本当に、こいつがそんなバケモノなのだろうか?
…いや、やはり油断はできない。一撃で仕留めなければ。
ミルラナはリフォンにそっと近づき、彼の手に腕を絡めた。
「え、な、何だ?」
彼の腕に胸を押し当てつつ、ミルラナは彼の腕をぎゅっと掴み、彼の顔を潤んだ瞳で見つめた。
「…ここで会ったのも何かの縁、今から、お店に行きませんか? …こう見えて、私、上手なんですよ…?」
「お店、って、いや、その、困ったな…」
リフォンは本気で動揺しているようだった。
はっきり言って隙だらけだ。
それでもミルラナは慎重にタイミングをはかる。
「…いや、その、申し訳ないけど、今はちょっと、な。いやその、決して君が魅力的じゃないとかではないんだけど…」
「…そうですか……残念です」
今だ。
しょんぼりと俯いた状態から、短剣を一閃させる。
誰の目にもとまらぬ、必殺の一撃。
相手がどんなバケモノだろうと、この一撃は見切れない。
ミルラナは、そう、思っていた。
キンッ。
乾いた金属音と、軽く、硬い手ごたえ。
そして、自分の手に握られている、根元から刃がなくなった短剣。
リフォンは、いつの間にか自分の腕でミルラナの一撃を防いでいた。
彼の腕は、金属製の篭手に覆われていた。
「――ッ!!」
ミルラナは瞬時にリフォンから身を離し、飛び退って距離をとる。
リフォンは、そんな彼女を黙って見つめていた。
「……悪いな。こう見えて、君みたいなのとも結構やりあってるんだ」
ミルラナの一撃を防いだ腕を下ろし、リフォンはそう言った。
ミルラナは折れた短剣を捨て、残るもう一振りの短剣を抜き、リフォンをにらみつけた。
(…嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!! あれを見切るなんて、ありえない!!)
こうなってしまった以上、普通に戦う他はない。
それも、迅速に仕留めなければならない。
ミルラナは地を蹴り一気にリフォンとの距離を詰め、そして右前方に跳躍し、さらに壁を蹴ってリフォンに斬りかかった。
彼女がワーラビットだからこそ出来る芸当だった。
しかし、リフォンはそれもわずかに身体を捻るだけで回避する。
ミルラナはそこから息もつかせぬ連続攻撃を繰り出すが、リフォンは全て最小限の動きでかわしていった。
(何で!? 何で当たらないの!? こんなの、人間に避けれるはずが――!!)
「……女の子に手を上げるのは嫌だが…仕方ないな。…ごめん」
リフォンは連続攻撃を避けながらそう呟くと、ミルラナの一撃をぱん、と手で払い、そしてバランスを崩した彼女のお腹に拳をとん、と当てた。
「……か、はっ…!!」
息を絞り出すような声と共に、ミルラナはゆっくりと崩れ落ち、それをリフォンが抱きとめた。
(…ありえ、な、い…)
そう思うものの声も出ず、身体も動かず、そしてミルラナの意識は闇に沈んでいった。
「中々の上玉ですぜ、へへへ」
「…ふむ、仕込めばモノになるかもしれん。おい、このワーラビットを貰おうか」
「へへへ、毎度! …おら、さっさと出ろ! お前は今日からこの人の物なんだからよ!」
「…いい目をしているな。お前、名前は?」
「……」
「…ミルラナ、か。いい名前だ。今日からお前は俺たちの家族だ。よろしく頼むぞ、ミルラナ」
・・・・・・・・・・・・
「……この街、か」
街をぐるりと囲むように造られた防壁と、東西南北にそれぞれ設けられた門。
そのうちの一つ、南の門の前で、一人の青年がぽつりと呟く。
少し長めの黒髪を首の後ろで括ったその青年は、身体にあまり綺麗とはいえない簡素なマントを纏っており、いかにも旅人という出で立ちだった。
青年が門をくぐろうとすると、門の近くに立っていた衛兵が青年を呼び止めた。
「あぁ、そこの兄ちゃん、ちょっと止まってくれ」
「ん、俺か?」
青年が言われたとおり足を止めると、衛兵が彼に歩み寄った。
「悪いね。見たところ、旅人かい?」
「まぁ、そんなところかな。…何か、街の中が妙に静かだな。何かあったのか?」
「…あぁ、実はな、ちょっと前に人殺しがあってなぁ。街の中ピリピリしてるんだわ。俺らもなるべく不審な輩に警戒するように言われててね」
「人殺し、か…。それは物騒だな」
「ああ。俺らも見回りとかはしてるんだが。兄ちゃんも気をつけてな」
「わかった。ありがとな。ご苦労さん」
衛兵にひらひらと手を振り、青年は街の中へと入っていく。
人通りは少なく、衛兵の姿がちらほらと見える。
青年はそんな様子を見て小さくため息をつくと、適当な宿屋を探しに歩いていった。
ターゲットであるリフォンらしき人物が街にやって来たという情報を受け、ミルラナは改めて彼の情報を確認しつつ作戦を考える。
相手は一人で暗殺ギルドの支部一つを壊滅させるほどのバケモノだ。下手な真似はできない。
リフォンに関する情報の中でミルラナが一番気になるのが、「リフォンの戦闘スタイル」についてだった。
勿論戦いになる前に殺してしまうのが一番望ましい。が、失敗した場合、不本意ではあるが戦闘になる可能性もある。
普段ならば仮に暗殺に失敗しても正面から戦って勝てるだけの戦闘技術はあるとミルラナは自負している。
だが、今回の相手はバケモノである。何も考えずに正面から戦って勝てるとは思わない方がいいだろう。
改めてリフォンに関する情報に目を落とす。
戦闘スタイル:不明。
「……」
ミルラナはその箇所を見つめ、小さくため息をつく。
これだけではなく、彼に関する情報は不明な点が多かった。
というのも、リフォンはあまり依頼を受けることがないらしく、同じ賞金稼ぎの間でも彼に関する情報は少ないということだった。
情報が不足しているのは間違いないが、逆にこれらのことからもある程度の推測はできる。
おそらくリフォンは動く時は単独で動くことが多いのだろう。
そして、戦闘スタイルが不明というのは、ぱっと見て目立つ得物を使わないのではないか。
そうなると考えられるのは短剣、暗器、体術、魔術あたりだろうか。
だが魔術は詠唱など行使に時間や手間がかかる。それで正面から暗殺ギルドの支部一つに正面から挑んで壊滅させるのは難しいだろう。
…となると、短剣や暗器などの小型の武器か、体術だろうか?
「…厄介ね…」
再度ため息をつきつつ、ミルラナは苦々しく呟く。
ミルラナの武器は短剣。推測が正しければリーチも立ち回りも相手と近いものになるだろう。
そうなると、単純に戦う場合、技量の差で勝負がつく。
ミルラナとて短剣の扱いには自信がある。一瞬で相手の喉を切り裂くことは造作もない。
ある程度なら多人数相手でも勝てる自信はある。だが、ギルドの支部一つ分の暗殺者と真っ向からやりあって勝てる自信はない。
そう考えると、単純な戦闘能力はミルラナよりリフォンの方が上だと見るべきだろう。
「…かと言って、小細工が通用するとも思えない、か…。やっぱり、一撃で仕留めるしかないわね…」
ミルラナは目にもとまらぬ早業で自分の短剣を抜き、その刃を見つめ、覚悟を決めた。
あとは、行動に移すだけ。
ミルラナは細かく作戦を考えつつ、準備を始めた。
「話によると、この辺みたいだな…」
黒髪の青年――リフォンは、薄暗い路地を歩いていた。
やがて、リフォンは石畳に黒い染みがあるのに気づいた。
その前にしゃがみ、その染みを観察する。
…間違いなく、血痕だった。染みの大きさから考えると、明らかに致死量だ。
「……」
リフォンが膝をついたまま何かを考え込んでいると、ふと誰かが彼に声をかけた。
「あの…どうか、されたんですか?」
リフォンが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
露出の多い扇情的な服を纏った、ワーラビットの少女だった。
「ん? ああ、ちょっとね。…君こそ、どうしてこんな所に?」
「あ、私、この裏のお店で働いてるんです。この路地、うちのお店に来る人が迷って来ちゃうことがあるから、時々見に来てるんですよ」
リフォンはこの裏手に何の店があったか考え、すぐに思い至る。
確か、「アルティエット」とかいう娼館だったはずだ。
となると、このワーラビットの少女は娼婦なのだろうか。そう考えれば露出の多い服装にも納得はできる。
「あぁ、なるほど。驚かせたようですまない」
「いえ。……あ、そこは、先日…」
ワーラビットの少女は表情を翳らせ、言葉を濁す。
「……ああ、話は聞いてるよ。酷いもんだ」
「…はい。まだ犯人も捕まってないみたいで…」
「そうみたいだな。早く捕まるといいんだが」
リフォンはそう言ってため息をついた。
その様子をワーラビットの少女――ミルラナは悟られないように細かく観察していた。
…やはり目立った武器は持っていないようだ。
それどころか、隙だらけに見える。
本当に、こいつがそんなバケモノなのだろうか?
…いや、やはり油断はできない。一撃で仕留めなければ。
ミルラナはリフォンにそっと近づき、彼の手に腕を絡めた。
「え、な、何だ?」
彼の腕に胸を押し当てつつ、ミルラナは彼の腕をぎゅっと掴み、彼の顔を潤んだ瞳で見つめた。
「…ここで会ったのも何かの縁、今から、お店に行きませんか? …こう見えて、私、上手なんですよ…?」
「お店、って、いや、その、困ったな…」
リフォンは本気で動揺しているようだった。
はっきり言って隙だらけだ。
それでもミルラナは慎重にタイミングをはかる。
「…いや、その、申し訳ないけど、今はちょっと、な。いやその、決して君が魅力的じゃないとかではないんだけど…」
「…そうですか……残念です」
今だ。
しょんぼりと俯いた状態から、短剣を一閃させる。
誰の目にもとまらぬ、必殺の一撃。
相手がどんなバケモノだろうと、この一撃は見切れない。
ミルラナは、そう、思っていた。
キンッ。
乾いた金属音と、軽く、硬い手ごたえ。
そして、自分の手に握られている、根元から刃がなくなった短剣。
リフォンは、いつの間にか自分の腕でミルラナの一撃を防いでいた。
彼の腕は、金属製の篭手に覆われていた。
「――ッ!!」
ミルラナは瞬時にリフォンから身を離し、飛び退って距離をとる。
リフォンは、そんな彼女を黙って見つめていた。
「……悪いな。こう見えて、君みたいなのとも結構やりあってるんだ」
ミルラナの一撃を防いだ腕を下ろし、リフォンはそう言った。
ミルラナは折れた短剣を捨て、残るもう一振りの短剣を抜き、リフォンをにらみつけた。
(…嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!! あれを見切るなんて、ありえない!!)
こうなってしまった以上、普通に戦う他はない。
それも、迅速に仕留めなければならない。
ミルラナは地を蹴り一気にリフォンとの距離を詰め、そして右前方に跳躍し、さらに壁を蹴ってリフォンに斬りかかった。
彼女がワーラビットだからこそ出来る芸当だった。
しかし、リフォンはそれもわずかに身体を捻るだけで回避する。
ミルラナはそこから息もつかせぬ連続攻撃を繰り出すが、リフォンは全て最小限の動きでかわしていった。
(何で!? 何で当たらないの!? こんなの、人間に避けれるはずが――!!)
「……女の子に手を上げるのは嫌だが…仕方ないな。…ごめん」
リフォンは連続攻撃を避けながらそう呟くと、ミルラナの一撃をぱん、と手で払い、そしてバランスを崩した彼女のお腹に拳をとん、と当てた。
「……か、はっ…!!」
息を絞り出すような声と共に、ミルラナはゆっくりと崩れ落ち、それをリフォンが抱きとめた。
(…ありえ、な、い…)
そう思うものの声も出ず、身体も動かず、そしてミルラナの意識は闇に沈んでいった。
13/03/26 11:52更新 / クニヒコ
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