13.水神様のお傍に
ザクッ ザクッ
ザクッ ザクッ
足元で音を鳴らすのは、霜立った道
時々、まだ溶け残りの雪が…点々と
少し前に降り積もった雪が今だ日の当たらない木陰に残っている
氷になりつつある雪は滑る恐れがあるために注意が必要だった
しかし、藁靴を出すほどでもない…
そんな道を私は急いでいた
向かう先は、水神様の御座すお社…
川が多いこの国は、主要な穀倉地帯となっている平地に数多くの水害を受けていた
蛇のように蛇行する急な曲線を描く川が流れているために、氾濫があとを絶えなかった
そのために、他所から水神様をお招きし川の安定と作物の豊作を祈願したのだった
平地が見渡せる山にお社を建てお奉りしていた
私の名は、瀬山宗士郎。下級武士の生まれで今はお社の交々とした万ごとをする小間使い…つまりは雑用をするようにと仰せつかっていた
このお山の麓にある住まいを借り受け、この時期は毎朝日の明けていないうちからこうして通う
朝いちばんにしているのは、火鉢の差し入れだった
水神様が凍えてしわぬようにと、差し入れるようにしている
お社には普段、雑用を仰せつかっている私とてそうそう入ることが出来ぬ
水神様のお世話は身の回りをお世話する巫女様がやっておられている
水神様なり、巫女様なり、私はそのお姿を拝見したことはない
美しい龍とも、蛇とも言われるそのお姿…
この地へとお連れした高名な僧侶もしくはお殿様とてそのお姿を拝見することはないという
参道から境内にいたる門扉を開ける。しんと物音のない境内を足音を立てないようにその裏手へと回る
お社の勝手口が見えてきた
まず、勝手口の扉を二三叩く
すると、中から音がした
扉の閂を開ける音だ
ここですぐに入ってはならない。なぜなら、開けてくださったのは巫女様だからだ
巫女様のお姿さえ拝見できる立場ではないために、巫女様が奥へとお戻りになられるまで待つ
『どうぞ』
と、小さく澄んだ声が聞こえてきた
「失礼仕る」
声を掛けた上で中へとさっと入る
中は整然としている。塵ひとつないそのお勝手はきれいに拭き清められ、巫女様のお人柄をうかがい知る事が出来る
「巫女様。今朝も新しき炭を起こして参上仕りました」
『ご苦労様です』
お勝手と向こうの部屋との間にある襖。その引き戸一枚を隔てた辺りからそのお声は聞こえてきた
「水神様、巫女様ともども時節柄お風邪などをひきませぬようご自愛なさりませ」
『いつもお心遣いありがとう存じます。瀬山殿もお風邪を引きませぬように…』
支度をするのは二つ。水神様と巫女様の火鉢だ
すぐさま持ってきた炭を速やかに、そこに置いてある火鉢へと移してしまわなくては…
まだ暖かい前の炭を片付けて新しくしなくてはならない
慎重に事を運ばねば、灰がたってしまう
清められたこのお勝手を灰で汚してしまいたくはなかった
「ありがとう存じます。なにかご用向きのほどはございますでしょうか?」
『ならば…いつものようにお城への書状の類をお願いいたします』
「はっ、確かに承りました。…ほかに何か御用入りの場合には速やかにお申し付けくださりませ。では、これにて御免…」
毎日繰り返される同じ言葉、同じ問答…
しかし、私にはこれが楽しみで仕方なかった
下級武士の私がお国の大事に関わる神に近い者に触れられる唯一の機会だったのだから
巫女様の澄んだお声、お勝手口から見えるその人柄…
それを見ると心が澄み渡るようだった
外に出ると、納屋から箒を持ってきて外を掃き清める
お社の境内、そこへと至る参道を…
木綿の着物ゆえ、冬はことさら寒い
寒さに身を縮めながらも、これは神事…お役目と思ってことに当たる
そんなとき時々、お社のほうから視線を感じるときがある
寒さ厳しき時、身を削るような風が吹き込むとき…雨や雪のとき…
お声を掛けられるわけではない。だが、私には励ましのお声を掛けていただいたように感じる
だから、私はこの同じ毎日を耐えることが出来るというものだ
そうして、時が過ぎて行く…
暦の上で冬の季節が過ぎ去ったが、まだまだ寒い日も多い頃…
私の住処の裏手にある蝋梅の黄色い花が咲いていた
少し早咲きの花
春を思わせる華やいだ匂いを漂わせるこの花
私は、お社にいる水神様や巫女様にも春の到来を感じていただきたいと、少しだけ摘んで届けることにした
「瀬山殿。何やら華やいだ匂いがしますが…?」
「はい。今朝は花を少しばかりお持ちいたした」
「花…ですか?」
「さよう。少しばかり早咲きの蝋梅にございまする」
「蝋梅…」
「これを…」
お勝手は板張り、襖の向こうは畳張り
私は、板張りと畳張りの間…襖の前にその摘んできた蝋梅をさしだした
すると…
透き通るような白いお手が見えた
これが巫女様のお手…
「これは…よう咲いております。そして…よい香り…」
どこかうっとりとしたその声の響きに感極まる
「…瀬山殿わざわざのご配慮ありがとう存じます」
「喜んでいただき恐悦至極。では、私はこれにて」
「はい♪ 」
喜んでいるであろうその声…
その声を聞いてうれしくなってしまうのだった
こうして、私はそのお言葉を聴きたくて毎日違う花を探しては届けるようになっていた
春…
うららかな陽気と共にそろそろ稲の苗の田植えを行っても良い時期…
その日…
お社では、田植えと豊作祈願の神事が執り行われていた
私のような者がこの神事に出れることはない…はずなのだが…
何故か、末席にてこれの同席を許された
身につけることもないと思っていた烏帽子を身につけ、末席に身を縮めるように神事に加わっていた
始終、平身低頭…頭を上げることは叶わない
聞けば、巫女様の取り計らいらしい
このような大事な神事に同席を許されるなど、この上なく光栄の極み
新しい稲の苗の清めなどの儀式が行われ、神事は滞ることなく終わった
その後、水田では田植えが始まりお社の参道からでも水の張られた水田が見渡せるようになっていた
春が終わり梅雨となり夏が来る
巫女様とも何気ないやり取りが続きそのうちにだんだんと言葉を交わすようになっていた
「巫女様。昨日から久方ぶりに晴れておりますな」
「そのようですね。もう夏なのでしょう」
「昨日の帰り、麓の者から田螺を頂きました」
「田螺ですか?」
「さよう。味噌をつけ炭火で炙ってまいりました」
田螺を串で炙り焼いたものを襖の向こうへと差し出すと物珍しいげなお声が響いた
「田螺を食べたことはありますが…このように食べたことは…」
「ありませぬか…ならば、この御酒とともに召し上がってくだされ。きっと巫女様にも水神様にもお気に召すことでしょう…」
「まぁ。こんな昼間から御酒など…」
「ん?水神様や巫女様にはお神酒の方がよろしかったですかな?昨日麓に戻ったおり、懇意にしている百姓達が木陰の下で寛いでおりましてな、この田螺の串焼きで笹酒を頂いたのですよ。これがこの田螺に好くあってなんとも心地よい気分にさせていただいたしだい」
「そんなにおいしかったのですか?」
「この度、その百姓に子が生まれることが分かり申してな、前祝に私の秘蔵っ子の御酒を振舞ったのです。やはり、祝い酒はうまい!水神様と巫女様にはいつもお世話になっているのです。ですからおすそ分けをと思いましてな。こうして持参してまいったしだいで…」
「まぁ、お子が?」
「はい。立派なやや子が生まれるようにこれからは精のつくものを時々差し入れしてやろうかと…」
「おめでとうございまする。立派なお子が生まれることを祈っておりまする」
「ありがとう存じまする。彼らも喜ぶでしょう」
巫女様からのお言葉…よい子が生まれてくるだろう
「時に、瀬山様は如何なのですか?」
「は?」
「お子はもうおいでなのでしょうか?」
「私はいまだ独り身。善き話もないためにそのような話と縁遠いものでございますよ」
「誰ぞ善きものはおらぬのですか?」
「私は…いまの生活が気に入って居るのですよ。私のように役人といえど身分の低い者には嫁の来てがない…それから城下は住みにくいのです。上のものほど金の使い方に厳しいとはいえ、金そのものがない私にはやはり…。このように田舎へと来て貧しきながらやさしき者達と日々の移ろいを感じながら暮らしていく…それがどんなにか心安らぐことか。お社での日々のお勤めも私には苦になるどころか日々お力を頂いているような気がするのです。巫女様?この場を借りて御礼仕る」
「そんな…わたくしはなにも…」
「いえ、こうしてお言葉を掛けて頂くだけで私は心満ちておるのですよ。お姿は見えずともそのお心に触れられたようでうれしく思います」
「瀬山様…」
「こうして、お言葉を交わしていただき…ほんとうにうれしく思いまする」
私は座りながら床に頭がつくほど辞儀をした
「頭をお上げになってくだされ。このようなことでよいならばいくらでも…わたくしとてあなた様とこの国のいろいろな人々の話を聞きたい。そう思うのです」
「巫女様」
「瀬山様?奉られている水神にも、人々のことを伝えたいと思うのです。ですから、これからもいろいろと教えてくださいまし」
「はっ。このようなことでよいならば…いくらでも」
「では、奥にてこの田螺と御酒を頂きますね?お百姓さま達にはどうぞよしなに…」
「ありがとう存じます。では、今日はこれにて失礼仕る」
その日から、私は民百姓などの下々の日々の暮らしぶりなどいろいろなことを語って聞かせた
巫女様は私の暮らしや日々思うことなどにも興味を持たれ、時にどのような女子が好みなのかを聞いたりして私を困らせた
短き時であったがそのように言葉を交わすのは大層愉しかった
季節は夏から秋へと移ろっていった
その日…
北の山の麓で田から火の手が上っていた
何事かと見ると百姓が命からがらといったありさまで走ってきた
理由を聞けば…
賊が出たという
北の山のいくつも向こうにいるとされていた山賊
山の中で旅人を襲っては金品を…身包み剥がされたという者もいるという…
そんな輩が大人数であらわれたという
刈り取りの済んだ米を狙ってきたのだろう
途中にある家々を襲っては米を運び出している
そうこうするうちにこちらへとやってきた
浮浪のような身なりで、薄汚れた鎧を身に着けていた
近くまで来た奴等は御山の上のお社を指差して何事かを言っているのが見えた
私はいてもたってもいられなくなった
奴等はお社の水神様や巫女様になにかをするつもりなのだと思った
すぐさま参道を駆け抜ける
開け放てられている門の閂を掛けると水神様のいるお社へと駆けた
いつものように勝手口からではなく直接お目通りをすべく下段の間を走り抜け上段の間の前へとその身を滑り込ませた
「突然の無礼恐れ入りまする!一大事!一大事にございまする!」
上段の間にはすだれが垂れ下がり水神様のお姿は直接は見えない。だが、白いお姿が座しているのがそのすだれを通して見えた
『何事か?』
「はっ!水神様に申し上げまする!北の山々にて賊が戦支度をしやってきておりまする!このお社にも奴等の手勢が押し寄せる気配をみせておるために、お早くお逃げくだされまするようにこの瀬山宗士郎!ご無礼を承知ながらここに馳せ参じましてございまする!!」
『賊はここに来るのですか?』
「はっ!この御山の麓にて手勢を集め気配を窺っているをこの瀬山、この目でしかと見ておりまする!なにとぞ水神様そして巫女様ともどもお逃げあそばされまするようにお願い仕りまする!」
『その方は如何するのか?』
「私は水神様と巫女様のお背中を守るためにここにて賊共を迎え撃ちまする!なにとぞお早く!!」
そうこうする間に表の門を叩き壊そうとするドーンドーンという音が聞こえてきた
「水神様!巫女様!お早くお逃げくださりませ!お願いにござりまする!!」
門を打ち破ったのか、卑しい声が聞こえてきた
“ここには水神とか言う奴を奉っているんだとよ!こいつをぶっ殺しちまえばこの国はまた昔みてーな貧乏国よ!川の氾濫でなんもかんも流されちまえば、また俺達も暴れられる!だから、そいつを見つけてぶち殺せ!!”
「水神様!一刻の猶予もありませぬ!お早く裏からお逃げくださりませ!!」
“こっちだぁ!!”
お社の中へと乱暴に足を踏み鳴らして賊が入ってきた
“へっ!テメーはなんだ?刀なんか抜いて!一人で何ができるって言うんだ?”
「何故水神様を狙う?」
“そいつぁ…豊かになっていくこの国の連中が気に喰わないからでぇ!!”
賊は槍を肩辺りに構えると、私を無視してすだれの向こうにいる水神様に向かって槍を投げ込んだ!
私は無我夢中ですだれを途中から切り払い、すだれをすり抜けようとした槍ごと落とす
そのまま、その賊を振り向き様に近寄り袈裟懸けに斬り払った
“ぐぁっ!!”
叫び声と血しぶきをあげてそいつは転がった
「水神様!今だ!お早く逃げてくだされ!!」
水神様のお姿だろうか?白い姿が目の端に見え向こうに消えて…
だが、すぐに戻ってきた
『瀬山様!裏手にも賊が!』
「ちぃぃ!!」
たくさんの足音がしてきて兜をかぶった髭面の男が上段の間へとやってきた
“こいつはテメーがやったのか?”
「貴様は賊の首領か?」
“そうだ!”
「私は、この水神様と巫女様をお守りするお役目を受けている。貴様らにそのお命を奪われてなるものか!!」
“立派だなぁ!だが、多勢に無勢!一人でなにができる!お前さんはその連中を守れずに命を奪われていく様を見ながら絶望の中で嬲りにされて死ぬんだよ!まずは、テメーを始末してやるよ!!”
首領はそう言うと刀を振りかぶった
それに対しようとしたら隣の部屋から矢を射られていた
「卑怯なり!」
“莫迦が!誰がオメーなんぞに手間をかけるか!!”
『瀬山様!』
背後にこちらに来ようとする気配を感じた
「来てはなりませぬ!水神様!私は大丈夫です!」
私は腹に矢を射られていた
力を入れてこれを引き抜く
『瀬山様!いけませぬ!』
「水神様!今は助けが来るまで武者隠しの間へ!あそこならば、しばし賊どもの侵入を防げる仕掛けがあったはず!お早くそちらへ!!」
力を振り絞ってそれを言うが…
『なりませぬ!瀬山様を残すわけには!』
“てめぇら!こいつと蛇もろともぶち殺せ!”
そんな声とともに奴らが襲い来るのが見えた
なんとかこれを防ごうとしたとき…どこからともなく水が湧いて賊どもに襲い掛かった
水の塊は賊どもをその中へと巻き込むと戸を突き破って流れていく
濁流がごとくすべての賊を巻き込み山の下まで流していってしまった
後から聞いたところによると…
濁流は奴らを飲み込んだまま道の上を流れ川に流れ込むと、そのまま下流まで押し流してしまったという
途中、焼かれた田に水が流れ込み鎮火させたりした以外は田畑に水が流れ込むことなくすんだという
さすがは水神様…
私は深手の手傷を負い
その後すぐに昏倒した…
「瀬山様…」
呼びかけられた気がして体を動かしてみようとしたが…動かない
なんとか目だけでもと思い開けようとしたが…眩しすぎた
虚ろな視界に白いものが見える
「動いてはなりませぬ!」
これは…巫女様?私は何を?どれほど私はこうしていたのか?
その問いをしたくて声を出そうとしたが…出たのはわずかなうめき声と息だけだった
「瀬山様は手傷を負われたのです。とても動ける様ではない。今は眠るのです…なにも心配するようなことはない。わたくしがいつまでもそなたの傍で見守っておる。今は…眠るのです…よいですね?」
「…は…」
返事を言うことはかなわなかった。口から出たのはため息にも似たものだった
その後、高熱が出てうなされた
現実と見まごうほどの悪夢が私を苦しめる
「水神さまぁ!!」
すだれをすり抜ける槍…
パッと飛び散る赤い血
すだれの向こうは血の海だった
白いお姿の巫女様と水神様が槍に貫かれて臥せっている
賊どもの卑しき笑い声
「うっうううぅぅぅ…ぐぅぅぅぅ…」
『瀬山様!しっかり!!』
冷たい何かが額をぬぐう
そして、何かが私の体を包み込む
高熱の私に涼しげなその何か
その心地よい涼しげな何かが気持ちよくてすがりつくように抱きしめる
『わたくしはここにいます。だからあなた様は何も心配することはない。安心してお休みくだされ』
「巫女…さまぁ…」
『宗士郎様…どうかご安心を…ご安心を…』
そんな声が安心させてくれた。そして私はまた深い眠りの淵へと落ちていった
その日はいつだったか分からない
夜明けだろうか薄明かりのなか私は何かに包まれているのがわかった
それは布団などではない。いや、布団の感触もあるが少し違うような気がした
身じろぎしようとしたが…体が動かない
どうしたものかと薄目を開けると…人の顔が目と鼻の先にあった
それは美しい女だった
眠っているのか目は瞑られている。薄明かりでもその顔はよく見えた
整った白い顔立ち、もちもちとやわらかそうなその素肌
すっと整った鼻からはすぅすぅ…と小さな息が聞こえてくる
どうやらこの人は白髪らしい。額にかかる髪の毛
流れる川のような髪
その髪の中から見える長く尖った耳…
私の中にこれは巫女様ではないかという憶測が生まれた
ああ…巫女様が傷ついた私を癒すためにわざわざこうして見守っていてくださる…
そう思うと、うれしさと申し訳なさが込み上げてくる
普段近くにいながら拝することもできない巫女様
こうしてみるとやはり思ったとおりやさしげなお顔をしていらっしゃる
「宗…士郎……様…」
儚く小さく名が呼ばれた
いままで瀬山様と呼ばれていたので名で呼ばれるのはなにかこそばゆかった
こんな美しい方が近くにいたのだ
日常に戻ればすぐにお顔を見ることも叶わなくなるだろうとじっくりとお姿を見ることにした
やわらかそうな首、規則正しく上下する胸…押し付けられたそれはとても柔らかかった
首を動かしてみれば何かに巻かれているのが分かった
どうやら私は巫女様に抱きついているようだ
水神様や巫女様は龍か蛇…ならばこれはその胴ということか
首以外に動く所はないものかと動かしているうちに、巫女様が目を覚まされたようだった
「んぅ?…宗士郎さま?」
瞑られた瞳がゆっくりと開いていく
赤い瞳と目があった
「巫女様…」
「宗士郎様…」
目に光るものが見えた
それはだんだんと溜まり滴となって落ちた
「…よかった」
「巫女様…私は?」
「手傷を負いそれから昏倒されてしまっていました。わたくしは、ずっとうなされて寝ている宗士郎様を見るに忍びなく…」
「ずっと傍らにて看病し続けていてくださったのですか?」
「はい…でも、よかった…。よかった…!」
私を抱きしめながら巫女様は泣いてしまわれた
声を殺して静かに泣いている…震えるように泣いていた
そんな巫女様の背を私はずっと撫でていた
巫女様の献身により、私は驚くほどの速さで傷が治っていった
傷が治れば少しずつ起き上がることもできるようになり巫女様が普段どのような暮らし向きをされているか気になった
「巫女様はいつも何をなさっているのですか?」
「ここで、お城からの書状を読んだり、持ってきていただいた書物を読んだりしています。あ…それから…」
何かを思い出したようで書棚から本を取り出してきた
「これは?」
「これは、宗士郎様から頂いた御花です」
「花?」
「はい。こうして…一つずつ押し花に…」
そこには色も形も…匂いまで残っている花たちがあった
「こんなに丁寧に…」
「宗士郎様が毎日毎日届けてくださった御花ですから大切にしとうございました」
笑顔でそれらを大事そうに撫でる。それ手つきはとても優しかった
「巫女様…こんなにも大切になさってくださり、胸がいっぱいになる思いにございます」
「これからも御花お願いします」
「それはもう…!」
こんなにも喜んでいただけるとは…。うれしい思いでいっぱいだった
そんな風に私たちは言葉を交わすようになっていた
傷がある程度治ったころ…
後ろ髪を曳かれる思いではあったが、無理にでも巫女様の引止めを振り払ってお社を後にした
お顔を拝する立場ではない私がここに長く逗留すべきではないと思ったからだ
麓の住まいに戻ると、城からの使いが来ていて至急城へと出頭するようにとの命を受けた
痛む体を引きずって登城すると…たいへんご立腹のご家老様が私を待っていた
「貴様は一体何をしていたのだ?賊どもが社を襲ったのは聞いた。されど、水神を逃がすことなく留まらせその生命を危険に曝すとは!まして、貴様が手傷を負い捕われ命を奪われそうになったなど、言語道断!水神の力がなかったらこの国は昔に立ち戻りじゃ!貴様の立ち回りが水神どころかこの国の未来も民草の命も危機に曝したのじゃ!恥を知れぃ!!」
「…申し訳ありませぬ」
私は平身低頭するしかなかった
「手傷を負い、彼の巫女に看病されていたと聞いた…小間使いの貴様が…うぬぬぬ!」
「……」
「貴様には近日中にその処分が下されるであろう!心しておれ!!」
「…はっ」
御山の麓の住処ではなく城下の役宅での謹慎を言い渡された私は、痛む身体を横たえながらその処分を待った
私の判断が水神様と巫女様のお命を危険に曝してしまった
それを思えば…この処分は仕方がないものだった
後日…
私は…書庫番へと移動を仰せつかった…
最後のお勤めの日…
「これを…」
前のようにお勝手の襖の前からそれを差し出す
「?…如何なされたのです?そのようなところではなく、中へお入りになってくだされ宗士郎様」
すっかりと顔見知りになってしまった私達。前のようにお勝手から顔も見せずに声を掛けた私にそう言ってくださった。しかし…
「今日を持ちまして…私はこのお社仕えの任を解かれ、明日よりお城の書庫番の任へと移動することと相成り申した」
「え?」
驚きの声
「短き日々でありましたが、ありがとう存じます。私にとってかけがえの無き楽しき日々でありました」
下級武士である私がこの国の繁栄の鍵である水神様と巫女様にお仕えすることができたという事…それはとても光栄なことであった
「…そんな」
「最後に…最後にお届けしますのは…赤菊でありまする」
「……」
「これはあの焼けてしまった田畑の畦道に生えていたものでありまする」
赤い花弁が可愛らしい
「お受け取りくだされ」
襖の向こうへと花を差し出すと、手を握られた
「巫女様?!」
「……」
「……」
握り返したかった。だが、それは叶わぬこと…
後ろ髪を曳かれる思いで手を離した
「…ぁ」
小さく名残惜しそうに聞こえた声
「わずかな間であり申したが…ほんにありがたく幸せな日々でありました」
佇まいを正して私は深く深く辞儀をした
「宗士郎様!」
強く呼び止める声がしたが…これに答えるわけにはいかなかった
「では私はこれにてお暇を…御免」
「宗士郎様!!」
勝手口を出ようとするともう一度強く名を呼ばれた
が…振り返ることなく私は戸を閉めた…
その後、普段と同じ…いや…感謝の意を込めて日常とよりも丁寧に…この場に留まれるように用をこなしていた
これが最後のお勤め…
その胸の内に飛来するのは…楽しき日々と感謝だけ
巫女様の美しきお姿を拝することができただけでもよしとしよう…
こうして、私はその日の内にお山の麓の住まいを引き払い、城下の役宅へと戻ることとなったのであった
書庫は城の天守の下にあった
天守は戦のときにしか使われない
平穏な平時において、そこは言わば倉庫
ご家老様や役人達が詰める御所から遠く離れたここは、まさに厄介者の居場所に相応しい…
書庫にてのお勤めは…暇だった
おびただしい量の書を整理しまとめる…
何年放っておかれているかわからないこの部屋の書物…
それは、埃との格闘でもあった
蜘蛛の巣や部屋の掃除をしなければ、書の整理もままならない
書庫の奥の書物は虫や紙魚に食われたものもあり、それの整理などもあったりて忙しい
やることは山積みで忙しいのに、何故か…暇だった
…心が暇なのだ
お社での日々は、体も心も忙しく充実していたというのに今日日はなんでこんなにも暇と感じてしまうのだろう?
まるで、心にぽっかりと穴でも開いてしまったかのようだった
ある日…
城内がなにごとか騒がしくなった
ドタドタと走り回る音が各所に響き渡っていた
この書庫は城内でも一番奥…普段、人のまったく来ない所故もし何かがあっても私から人のいる間へと赴かなくては何が起こっているのかわからなかった
「珍しいこともあったもんだ。戦でも起こったか?」
陽干ししていた書を片付け、いらない書状を外庭でまとめて燃やしているときだった
この書庫へと近づく足音が聞こえてきた
「瀬山!瀬山はおるか!!」
この声は…ご家老様?
急いで書庫へと戻る
「ご家老様!ここに!」
「瀬山!貴様…なにか知らぬか!」
「は?」
「は?では無いわ!社から水神とその巫女が行方も言わずに失踪したのだ!」
「水神様と巫女様が?!」
「昨日から世話の者が様子がおかしいと高僧のところへと赴き、僧侶が行ってみるともぬけの空になっておったそうじゃ!」
「……」
「ええい!三日後には豊穣の神事が控えておるというのに!!」
水神様と巫女様がそのようなことをするなどと…信じられなかった
「貴様なにか知っておるのではないか?貴様!水神とその巫女に何を吹き込んだのだ!!」
「私はなにも吹き込んではおりませぬ!水神様はこの国の繁栄の要とも言うべきお方!何ゆえ私がそのようなお方になにかを吹き込むなどというようなことを致しましょうや?」
「ならば心当たりはないのか?あるならすぐに申せ!もし、このまま行方が分からぬというのならば…貴様は切腹じゃ!」
「切腹?!」
「貴様が水神と巫女に余計なことをせなんだら、このようなことはなかったのじゃ!その責めを負って腹を切れぇい!!」
「そんな!」
「ならば、すぐにでもその所在を見つけ出すのじゃ!わかったの!!」
そういうと、ご家老様は肩を怒らせて去っていった
…とんでもないことになってしまった
水神様と巫女様がお姿をくらました?まさか!何故?
心当たりは…ない
ならば…このままでは切腹の負い目を負わされてしまう…
どうせよというのだろうか…今の私には本当に心当たりがなかった
書庫の中にて考えに耽っているとどこからか声が聞こえたような気がした
「宗士郎…」
「え?」
それは聞いた声だった
この声は…巫女様?
そんなまさか…。こんなところでその声を耳にするとは思わなかった
どうやら、中庭のほうから声は聞こえてくるようだった
天守には部屋に囲まれた中庭が存在する
井戸があり炊事場として、風呂として使えるようになっていた
戦のとき、篭城するときのことを考えて作られたその中庭…
外からはまったく見えない造りとなっている
音を立てても分からなくする工夫が…火を使っても煙が見えないようにする仕掛けが…水を使っても外へと流れる排水が分からないように作ってあった
そんな所から、聞きなれたお声が聞こえたのだ
はじめは空耳かと思った
だが…もう一度、悲しげに名を呼ぶ声が聞こえた
急いで天守の中庭へと向う
黒き屋根…黒き漆喰の土塀…灰の石垣…
その屋根の上に白き彫刻が浮かび上がるように巫女様がいらっしゃった
見上げるとそこから、しゅるしゅると降りてきた
「そのようなところからでは危のうございます!」
何事も無かったかのように降りてきた巫女様
伏せたお顔は悲しげだった
「宗士郎…」
「巫女様…なぜここに…」
「宗士郎…」
「あなた様はこの国の大事なお方。このような所に居っては何かと不都合がありましょう。何卒、何卒!お社へとお戻りくだされ」
「嫌じゃ!わたくしはそなたに会いたくてここに参ったぞ?何故…何故っ!そのようにすぐ帰れなどと申すのか!」
「皆がお姿が見あたられぬ…と、案じておりまする!ですから!すぐにお戻り下され!」
「…宗士郎。そなたはわたくしのことを案じてくれぬのですか?」
「案じております。案じているからこそお諌めしているのであります!私とて行き方知れずと聞いて、短き日々なれど共に過ごした者としてその御身を案じずにはおられなかった」
「それだけですか?」
「手傷を負った私をずっと看病してくださった巫女様と水神様のお心に深く痛み入っております。なればこそ、行き方知れずと聞いて私の心は張り裂けるほどにその御身を案じていたのです」
思わず巫女様のお手を取る
だが…そのお手は冷え切っていた
透けてしまうのではないかと思うほどに白くなってしまっているその素肌
両の手で包み込むと一層その冷たさが手に伝わった
近くで見ると巫女様は細かく震えてしまっていた
何故?何故ここまで…
「とにかくここではなく中にてお話を伺いましょう!さっ!中へ!ささっ!中へ!」
こんな殺風景で寒い中庭よりも部屋の中のほうが暖かくゆっくりと話を聞けるとお手を曳いて中へと案内する
何か…暖かくするものはあっただろうか?特に思いつかない私は…
「失礼仕る」と断り、巫女様を抱きしめた
「あっ」
巫女様の驚きのお声
「何かその御身をお温め出来るものがあらば良かったのですが…生憎とこの書庫にはそのようなものはございませなんだ故、私が暖となりその御身をお温めいたしましょう」
あの手傷を負った際、熱にうかされる私をその御身で冷やして下さった巫女様
今度は、私が暖となりお温めする番だと思った
「宗士郎…わたくしは…ずっと…ずっとこうしたかったのです」
巫女様は私をやさしくそして力強く抱きしめた
「巫女様…」
「そなたが社の任を解かれたその日から、わたくしの心はずっとそなたを求めていた。そなたの後任はとても味気ない者であってな。わたくしが暇にならぬようにと心配りをしていたそなたの配慮…どんなに恋しいと思ったことか…。いつしかそなたのことを深く慕っていたのです」
そのように思うていてくださったとは…
「気が付けば…社を飛び出しておりました…。そなたを探してこの城へ…。されど、いくらそなたの気配を探っても見つからず…。屋根の上で夜を明かすこととなってしまいました…」
巫女様は、冷え切ったお体を温めようと私の体すべてにそのお体を巻きつける
「このような城の天守の穴倉に隠れていようとは…そなたも人が悪い…」
「隠れておったわけではありませぬ…ただ、役宅へ戻るのが億劫になっていただけのこと…そんなことよりも巫女様」
「如何された?」
「巫女様?水神様は如何されたのです?ご一緒におられるものと思うておりましたが…」
そう言うと、巫女様のお顔がすぐに曇った
「水神は…水神は今はこの国に居りませぬ」
「今…なんと?」
「水神は居りませぬと申し上げたのです」
「では…どこに…」
「わかりませぬ」
その言葉に私は唖然とした
三日後の豊穣の神事…それまでに水神様がお戻りにならなくては私は腹を…
青ざめる私に巫女様が首を傾げた
「如何したのです?水神が居らぬと何か具合でも悪いのですか?」
私は、事の次第を話すことにした…
「なんと?水神が戻らぬ場合…宗士郎様が責めを負って切腹?!」
「さよう…」
「なんと浅ましきことか!何も分かっておらぬ!わたくしがほしいのは宗士郎ただ一人!他の者などどうでもよいわ!!」
「そのようなことっ!決して申してはなりませぬ!私はこの国に仕える武士。この国の未来と民のために尽くして居るのです。ですから、他の者がどうなろうとも…など言うてはなりませぬ!!」
「しかし…宗士郎。わたくしはそなたが愛おしい。そなたを欲して堪らぬのじゃ」
「水神様がお戻りくださる方法はありませぬか?」
「それは…知れたこと。わたくしが社に戻れば良い事…」
「?」
どういうことだ?巫女様が水神様の代わりをするとでも言うのか?
「水神は…本当の水神は…年に数日しか来ぬのです」
「なんと?」
では、いつもお社にて神事をしていたのはどなただというのだ?
「この地だけならば…わたくしの力だけで治めることができる…そう水神様は仰っておりました」
「巫女様の?」
「水神様は各地にて信仰の対象…故、求めあらばその地へと巡りそのお力を振るっているのです。この地は氾濫の害があるだけ…されど世にはもっと深刻な害を受け苦しみぬいている地も多くありまする。あの方はそんなところへ訪れて苦しむ民を救っているのです」
「……」
「故にこの国で起こる水害や水にまつわる諸々はわたくしが治めて参りました」
「なれば…帰って頂けまするか?」
「宗士郎。そなたを想うわたくしの心に一片の迷いもありませぬ…社へと帰りましょう」
それを聞いて私は胸の支えが下りるというものだ…
だが、息を吐いた私に巫女様は言った
「ですが…今夜はまだ帰らぬ。せっかくここまでそなたを探しに参ったからには宗士郎?さぁもっとよく顔を見せておくれ?まだ傷が癒えきっておらぬというのにわたくしの元を離れていったそなたの顔がもっとよく見とうなった」
「巫女様…」
「宗士郎…」
巫女様は私の頬を両手でやさしく包み込むように触れた
そのままお顔の目の前まで引き寄せると目を潤ませてじっくりと見だした
「ああぁ…宗士郎………ん…」
目…鼻…口…と舐めるように見る巫女様
次の瞬間、その御口を押し付けられていた
「み……んんんん………」
やわらかなその唇
そのうちに細く尖ったようなものが巫女様の唇の奥から差し込まれた
それは私の口に入り込み舌を見つけ出すとたちまち舐めしゃぶりだした
ちゅ……ちゅる………そうしろぅ………ちゅ……ぢゅ…ぢゅ……
ん……んんん……みこ…さ…ま……んっ………ちゅ…ちゅっ……
「宗士郎…?わたくしの名は水月。様などという呼称をつけずとも水月と呼んでほしい…」
「水月?…水月…様。いや…水月…」
「宗士郎!…宗士郎…」
ん…ちゅるる……ちゅ…ちゅる……
水月は一心に口を吸う
長い舌が私の舌を翻弄するように絡みつきながら口の中を舐め取る
「宗士郎…好きじゃ……ちゅ…そなたのすべてを……んっちゅ…魂すらも……ぢゅるる……ちゅ…奪いとうぞ…」
互いの唾が混ざり合う
彼女の舌は口の中に溜まった唾をすくうように舐めとっていく。それがまたなんとも口の中を刺激して唾を生む
これが水月の…
それを私は銘酒のように甘美だと思った
ぴちゃぴちゃと音を鳴らしながら互いに舌を合わせ掬い取る
なんと甘美なのだろうか
好いた女との口づけがこんなにも…いつまでも続いて欲しいなどと思うとは…
息をするのも忘れるほど私はそれに夢中になっていた
どちらからともなく唇を離すと水月が言った
「わたくしがどれほどそなたを欲していたかわかりますか?」
「…如何ほどに?」
「それは…」
彼女は一旦抱きしめるのやめて目の前に片手を見せるように差し出した
「それは?」
見る間に手の上に青く揺らめく鬼火が現れた
「これはわたくしの想い。そなたを想う心そのもの」
「想いの心…」
「そう。どれほどに心を痛めていたか…どれほどに心を砕いたか…」
「それほどまでに…」
「この我が心…受け取って下さいまし」
人の心は心の臓に宿ると聞く。胸の前でかざした手の平…彼女の心の火はすっと私の胸へと吸い込まれていった
その瞬間、心の臓が跳ねた様に思った
「あっ…くぅぅぅ!!」
灼熱地獄のような熱さが胸に走った。それは、すぐに強烈な痛みとなって心の臓を襲った
「……」
「胸が…胸が苦しい!…軋みだすようだ!」
ズキンズキンと胸が痛む。思わず水月にしがみついた
「宗士郎様!わたくしとひとつになってくだされ…さすれば、わたくしのこの想いおさまりましょう」
心寂しき想い。片時も離れていたくないその気持ち。我慢などせずすぐにでも飛んでいって一つになってしまいたい欲望…そんな心がどっと押し寄せてきた
「こんなにも私を求めてくれていたのですか?…っ水月…私とてあなたをお慕いしておりました。日々のお勤めのうちに少しずつ。手傷を負い心弱くなった時…どんなに心癒されたか。傷が治りかけたその時…お役目を思い出し帰らなければと思ったとき…どんなに寂しさに襲われたか…」
「うれしや…うれしい…宗士郎。ああっ!好き…ちゅっ好き……んっ……ちゅ……ちゅるるる……」
水月の口づけを受け止め、舌を絡め、唾を混ぜあいそれを飲む…
それが何故か心に灯った水月の心をおさめられるような気がした
水月の心の他に、私の中に彼女を堪らなく欲する気持ちが大きくなりつつある
「もう我慢ならぬ」
そういうと水月の手が私の腰に触れ、しゅるりと袴を脱がしてしまった
「ああ、宗士郎の逞しき肉の棒がこんなにも…♪ わたくしに触られただけでこんなにも硬く…♪ 」
「うっ…水月…」
しっとりとしていてすべすべとしたお手が肉棒をさする
愛おしそうに撫でる手のひら…それに答えるようにむくむくと勢いづいていく
「宗士郎…わたくしはもう、そなたをこの逞しき肉の欲望を受け入れとうて堪らぬのじゃ。ほれ、このようにわたくしの女裂からはよだれを垂らすように蜜がしたたりおちておる。はようはようここをそなたで満たしきってしまいたいのじゃ!」
心がうれしさで跳ねた
差し出されたその指にはとろとろとした汁が滴るほどついていた
そっと名を呼んでちいさく頷く
そうすると水月も微笑んで頷いた
その途端に、肉棒の先端をねっとりとした生あったかいものが包み込むように握ったように思った
その中は、もう潤っていてその言葉どおり蜜が滴っていることが分かった
刀の鞘のようにぴたりと包み込もうとするその中…
先だけなのにもう離さぬとばかりに締め付けてきた
「あっああぁぁぁ…これが…そなたの……♪」
肉棒の長さを確かめるがごとく深く深く突き入れようとする
しめつける肉を押しのけるような、その先端から伝わる感触が頭を沸かす
どこまでも熱い肉の中を突き進むような気がした
すべてが入りきったとき、彼女のその瞳は涙に濡れていた
やっと水月にすべてが包み込まれたのだ
「やっとそなたのすべてを感じ取れる…さぁ…今度はいつもとは違った顔を見せておくれ…わたくしにだけ羞恥にまみれた顔を見せておくれ…」
そういうとすこしずつ腰を動かし始めた
頭の中が甘い痺れの快感にすこしずつ酔っていく
「ふぁっ!硬い!なんとたくましいことか!!あっ…んっ……ふぅっ…はぁっ…ああっ…」
快感を導くかのように上下や左右に揺り動かしながら腰を振る
吸い付くように中の襞が包み込んでくる
「んあっ!あぁぁぁぁっっ!」
締め付けはきつく、大きな喘ぎ声が上がる
肉棒すべてが収まり、また抜かれる
「んっ、ああっ…はぁ…っん……あっ…あっ…あぁ……ふぅっ…あん……」
深く深く繋がった私達
見れば感極まったかのように瞳を潤ませ赤い顔をしている水月と目があった
「これが…そなたの……ああっ……あつい…すごく……すごくそなたを…っん…感じる!あぁっ…感じるぞ!!」
中が気持ちよすぎて肉棒がびくびくとしてしまう
「んあっ!そなたのがっ!震えておる!なかで…♪ 」
うっとりとしている水月。反り返りそうになる背を押しとどめるようにしっぽが締め付ける
感じている…感じている…彼女の蛇腹がもっともっと感じようと痛いほど腰を尻をしめつける
「奥っ!奥へ!!宗士郎!もっともっと感じたいのじゃっ!」
ねじ込むように膣を押し付ける水月
蕩けるような膣肉が蠢いて収縮し快感を押し付けてくる
声を返してやる余裕などなくただただ喘いでいると、
「ふふふっ♪ そのようにっ!……赤い顔を…あっ、あぁ…んっ……可愛い…ちゅ……んんんっ…」
ときどき舌を差し入れては舌をからめて、口の中を楽しんでいくのだった
「はぁ…はぁ…あぁはぁっ……よいぞぅ!んっ…よいぞっ!そなたの…んっ…欲望がなかをっ…埋めて♪ こすれっ…こすれっているのじゃ!!」
喘ぎ声は一段と艶やかになってきた
動けない私のかわりに水月が激しく腰を振るう
なすがままされるがまま…
その膣は肉棒をつかみ翻弄する
吸い付き絡みつき…時に離さぬとばかりにうねうねと蠢いて刺激を与えてくる
それが気持ちよくて、はぁはぁと息を吸いながら喘いでいた
「あはぁ…はぁ……んんん好いぞ…あっ…うん……気持ちよいのであろう?…そんなにも赤い顔をして…あぁ…はぁ…」
そろそろ下半身が跳ねてしまいそうだった
気持ちが昂っている。もっと続けていたい…けど、もうそろそろ限界も近いように思う
それを正直に伝えると…
「んっ…はっ…はっ……ならば……すこし…ゆるりと……」
すこし休むかのように小刻みに腰を振りながら、目の前にじっと見つめる水月の瞳がある
一心に私の目を見るその瞳
吸い込まれるように離せない
互いに汗まみれだった
「ちゅっ……そうしろう……幸せかえ?……んっ……あっ……わたくしは……とても……しあわせぞ?」
「水月ぃ…つっ!…しあわせよ…あっああっ……こんなにも気持ちよくっ!……しあわせよ…っ…もっもう!やはりだめだっ…!」
「ならば…この水月の中で果てておくれ……そなたの…こだねがほしいのじゃ…」
「あっ…ああっ!…なかで…なかで…っ!」
「ふるえてる!びくびくとっ!そうしろうのっ!こだねぇ!注いで!っあああっ!奥に!」
「う…ううう……あっ…水月!もう…くっ…あっ…ああああぁぁぁぁぁ……」
もうと言った瞬間、深く深く肉棒を一番奥まで突き入れた水月
「んうっ!ん、あっあああ♪♪あつっ!……あっ!くっ!イッ!!…あああああぁぁぁ…あはぁぁぁぁ……そうしろうのあついこだねが…こだねがわたくしのなかに!!」
どくどくと注いでいっているのが分かる。出した瞬間に水月も極まったようだ
水月は感極まったように赤い顔してそれを楽しんでいるようだった
うっとりとしたその顔は喜びに湧いている
「まだ、こだねが注がれているぞ?宗士郎よ…たくさん出してくれたの♪ 」
びくびくと精が送り込まれるごとに水月は熱い精を楽しんでいるかのようだった
果てた余韻に浸かりくったりと力を抜いた私を見ると、水月は名を呼びながら全身に口づけを始めた
「ちゅ…ちゅ…宗士郎……ちゅ……ちゅっ…もう離さぬぞ……んっ……ちゅ…」
汗に濡れた蛇の身体は締め付きながらもさざめくように動き絶えず私に心地よい感覚を与えてくれる
「そなたの…ちゅ…すべては……ん…ちゅ…もう…水月のものなの…じゃ……んんん…ちゅ…魂すらも……ちゅ…の…」
私のすべてが水月のものという印であるかのようにその口づけはいつまでも続いた
「ちゅ…んふぅ……♪…ああ…宗士郎……ちゅ…またそなたの…ちゅ……愛しき肉棒が……立ち上がってきたようじゃ♪ ちゅ……ほれ…ぢゅる……ふふっ…またこの……逞しいものをわたくしに……ちゅ…♪ 」
そうして、私達はまた肌を合わせるのであった
次の朝…片時も離さぬとひしと私に巻きついた水月の寝言で目が覚めた
「そう…しろぉ………。どこへも…行っては……ならぬ…」
「水月…どこへもいかぬよ…このままずっと我らはひとつよ…」
力強く抱きしめる
そうすると、ん♪ んんんんん…♪ と可愛い笑みを浮べた
「水月…?ほら…朝ぞ?起きぬと折角の朝が流れていってしまうぞ?」
まどろみに浸かりやさしげな笑みを浮べる水月
そんな水月の白く艶やかな髪を何度も何度も撫で梳いた
その後…夜が更けるまで私達は再び肌を重ね心を確かめ合った
そうして、日付が変わる頃に水月は社へと帰っていった
翌朝…
私は豊穣の神事の前日、日も傾きかけた午後…ご家老様に呼び出され登城していた
おそらく水神の失踪と帰還についてのことだろう…
「…此度の水神に関わる一切もろもろにつき、貴様の処分が決まった」
「…はっ」
平伏してその処分を聞く…
「貴様の身分を弁えぬ所業により、この国は危機に貶められそうになったのはわかっておるな?」
「はっ…」
「河川の氾濫を水神の力を持って抑え込み、国土の安寧を図る。それこそわれらに課せられた使命であったはず。それは貴様もわかっておろう?」
「はっ」
「そこでじゃ…。わが殿はご決断なされた!水神に人柱を立てると!!」
…人柱。生贄を差し出すというのか?
「神といえどその本質はあやかし…なれば人柱を捧げお気を静めていただくのが上策…どうじゃ?」
「……」
「何かの気の迷いでこうも不明になりおったり戻ってきたり、ふらふらされては迷惑千万!…瀬山よ…やってくれるの?」
ご家老様の声が不気味に嗤う
「はっ。お国に尽くすことこそ臣下の務め。その役喜んでお引き受けいたしまする」
そう言うと、ご家老様は相好を崩して嗤った
「よく言うた!これでこの国も安泰ぞ!」
耳障りな笑い声…
だが…これで心置きなく水月のお傍にいられるというものか
心が躍る…
私は平伏しながらその時を待ちわびた
その日は晴天だった
人柱という役目を負った私は白装束に身を包み、この俗世からさらばというかのように身を清め
捧げ物とともにお社の前にてその時を待っていた
長きにわたる祝詞の口上…
こんな茶番めいた儀式などどうでもよい
ただただ、彼女のお傍へとすぐにでも飛んで行きたい。睦みあい体が離れたその時から半身がなくなってしまったかのような、身を焦がすような虚脱が全身に広まり苛んでいた
儀式は進む。だが、平身低頭する私に周りを見ることは許されない
只の贄としてそこにいる
だからこそ焦らされる
水月様から分けていただいたお心は私の中ではやくはやく抱きしめたいとばかりに私を焦らせる
そうして、私に声がかかった
捧げ物とともに社へと進み出て儀式を終わらせる…そういうことだ
豊穣の捧げ物と共に社へと上がった
下段の間に進むと、社の扉が閉められた
中は、青白い光が灯っていてそこらを照らし出していた
すだれの向こうに水神様の白きお姿がわずかに見える
しかし、平伏してもっと見たい早く傍へ行きたいという心を諌めた
「水神様に御奏上申し立てまつり申す」
「……」
「ここに控えしは、瀬山 宗士郎。水神様の御心をお慰み致すために参上仕り申した」
「……」
「これからは、この瀬山宗士郎が全身全霊を持って御身にお仕えする所存にございまする」
「…瀬山宗士郎とやら…面を上げよ」
このお声は…やはり水月様…
「はっ…」
はやくはやくはやく!!抱きしめたい!
「…そなたの顔を見たい。もそっと近こう寄れ」
こんな茶番は早く終わらせてこの身で抱きしめその御身で余すことなく巻きついてもらいたい!
形式どおりに畳一枚ぶん…3尺ほど近くに寄ると苛立ったお声が聞こえた
「そこでは顔が見えぬ。もそっと!もそっとそれへ近こう寄るのじゃ!!」
すだれのすぐ手前まで来ると、中へ入るようにと言われた…
「瀬山宗士郎まかり来してござりまする」
「面を上げよ」
ゆっくりと頭を上げると…
目の前に水月のお顔があった
「宗士郎!!」
ああ…やっと…
「この時を…どんなに焦がれたか…」
抱きつき頬ずりをする水月…
「わたくしは言うたのじゃ。宗士郎を切腹させるならばこの国にもう用はないと…」
蛇の身体が私の全身を包み込む
「そしたらあの坊主め、慌てふためきおったわ!」
意地悪そうに笑う水月…
「これからはいつでも一緒じゃぞ?宗士郎♪ 」
「はい。水月…様」
様をつけるとたちまち不機嫌そうな顔をした
「そなたは伴侶たるわたくしを畏まるのかえ?あの時交わしたこと…なってないようじゃな」
たちまち青白い鬼火の玉がその手に浮かぶ
「水月さまぁ…私に貴方のそのお心を吹き込んでくだされ。我が身滅ぶその時まで片時も離れたくないように…」
そう言うと、水月はうれしそうに相好をくずした
「そうじゃ! そうじゃ♪ これからはいつまでもそなたを離さぬ!我が身朽ち果てても永久に求め合おうぞ♪♪ 」
口づけと共に水月の心が流れ込んでくる
私の心を、身体を、求めてやまない水月の叫びのような気持ちが流れ込んでくる
切に…切に…
それは私の心を切なく掻きむしる。それは炎のようだ。私の心を焦がす炎…
「水月…水月ぃ…」
「宗士郎!宗士郎っ!!」
私は、まるで失った半身が戻ってきたかのように思った
焦らされ焦がれたこの心。こうして、水月に抱きつくとこの心は落ち着きを取り戻す
水月の体が、余すことなくこの体に巻きつく
身体すべてで感じるこの水月のさわり心地
やわらかくあたたかな体
人の身体よりもすこし冷たい蛇の身体
手を動かせばそこに、足を動かせばきつく、体を動かせば動くことすら許さないとばかりに常に水月が捕らえて離さない
もう私のイチモツはいきり立っていた。刀を鞘に収めるがごとく水月に刺し入れる
嬌声の後…イチモツの感触を常に欲してやまないようで腰を激しく動かしあまい痺れを楽しんでいる
それに我慢できずに精を放つと、酔ったようなうれしそうな声を上げてさらにきつく体を締め付ける
うわごとのように私の名を呼び、名を呼び返してやると愛しいとばかりに口を舌をもとめてくる
「そうしろう…好いていおるよ?我が身すべてはおまえのものだ。だからいつまでもこのまま睦みあおうぞ♪ 」
「水月…私だってあなたにすべてを差し出して死にたいほど好いている。このまま時も忘れ永久に包み包まれていたい。ずっとずっと睦んでいこう」
彼女に注がれたその心は、いつまでも私の心に火を灯す
時にそれは炎となりこの身を熱く爛れさせるほどの熱さをもって苛む
時に炭火のやさしげな温かみをもって温かく包み込む
やさしく微笑む水月に口づけをしながら私たちはいつまでもこの時を睦んでいくのだった
ザクッ ザクッ
足元で音を鳴らすのは、霜立った道
時々、まだ溶け残りの雪が…点々と
少し前に降り積もった雪が今だ日の当たらない木陰に残っている
氷になりつつある雪は滑る恐れがあるために注意が必要だった
しかし、藁靴を出すほどでもない…
そんな道を私は急いでいた
向かう先は、水神様の御座すお社…
川が多いこの国は、主要な穀倉地帯となっている平地に数多くの水害を受けていた
蛇のように蛇行する急な曲線を描く川が流れているために、氾濫があとを絶えなかった
そのために、他所から水神様をお招きし川の安定と作物の豊作を祈願したのだった
平地が見渡せる山にお社を建てお奉りしていた
私の名は、瀬山宗士郎。下級武士の生まれで今はお社の交々とした万ごとをする小間使い…つまりは雑用をするようにと仰せつかっていた
このお山の麓にある住まいを借り受け、この時期は毎朝日の明けていないうちからこうして通う
朝いちばんにしているのは、火鉢の差し入れだった
水神様が凍えてしわぬようにと、差し入れるようにしている
お社には普段、雑用を仰せつかっている私とてそうそう入ることが出来ぬ
水神様のお世話は身の回りをお世話する巫女様がやっておられている
水神様なり、巫女様なり、私はそのお姿を拝見したことはない
美しい龍とも、蛇とも言われるそのお姿…
この地へとお連れした高名な僧侶もしくはお殿様とてそのお姿を拝見することはないという
参道から境内にいたる門扉を開ける。しんと物音のない境内を足音を立てないようにその裏手へと回る
お社の勝手口が見えてきた
まず、勝手口の扉を二三叩く
すると、中から音がした
扉の閂を開ける音だ
ここですぐに入ってはならない。なぜなら、開けてくださったのは巫女様だからだ
巫女様のお姿さえ拝見できる立場ではないために、巫女様が奥へとお戻りになられるまで待つ
『どうぞ』
と、小さく澄んだ声が聞こえてきた
「失礼仕る」
声を掛けた上で中へとさっと入る
中は整然としている。塵ひとつないそのお勝手はきれいに拭き清められ、巫女様のお人柄をうかがい知る事が出来る
「巫女様。今朝も新しき炭を起こして参上仕りました」
『ご苦労様です』
お勝手と向こうの部屋との間にある襖。その引き戸一枚を隔てた辺りからそのお声は聞こえてきた
「水神様、巫女様ともども時節柄お風邪などをひきませぬようご自愛なさりませ」
『いつもお心遣いありがとう存じます。瀬山殿もお風邪を引きませぬように…』
支度をするのは二つ。水神様と巫女様の火鉢だ
すぐさま持ってきた炭を速やかに、そこに置いてある火鉢へと移してしまわなくては…
まだ暖かい前の炭を片付けて新しくしなくてはならない
慎重に事を運ばねば、灰がたってしまう
清められたこのお勝手を灰で汚してしまいたくはなかった
「ありがとう存じます。なにかご用向きのほどはございますでしょうか?」
『ならば…いつものようにお城への書状の類をお願いいたします』
「はっ、確かに承りました。…ほかに何か御用入りの場合には速やかにお申し付けくださりませ。では、これにて御免…」
毎日繰り返される同じ言葉、同じ問答…
しかし、私にはこれが楽しみで仕方なかった
下級武士の私がお国の大事に関わる神に近い者に触れられる唯一の機会だったのだから
巫女様の澄んだお声、お勝手口から見えるその人柄…
それを見ると心が澄み渡るようだった
外に出ると、納屋から箒を持ってきて外を掃き清める
お社の境内、そこへと至る参道を…
木綿の着物ゆえ、冬はことさら寒い
寒さに身を縮めながらも、これは神事…お役目と思ってことに当たる
そんなとき時々、お社のほうから視線を感じるときがある
寒さ厳しき時、身を削るような風が吹き込むとき…雨や雪のとき…
お声を掛けられるわけではない。だが、私には励ましのお声を掛けていただいたように感じる
だから、私はこの同じ毎日を耐えることが出来るというものだ
そうして、時が過ぎて行く…
暦の上で冬の季節が過ぎ去ったが、まだまだ寒い日も多い頃…
私の住処の裏手にある蝋梅の黄色い花が咲いていた
少し早咲きの花
春を思わせる華やいだ匂いを漂わせるこの花
私は、お社にいる水神様や巫女様にも春の到来を感じていただきたいと、少しだけ摘んで届けることにした
「瀬山殿。何やら華やいだ匂いがしますが…?」
「はい。今朝は花を少しばかりお持ちいたした」
「花…ですか?」
「さよう。少しばかり早咲きの蝋梅にございまする」
「蝋梅…」
「これを…」
お勝手は板張り、襖の向こうは畳張り
私は、板張りと畳張りの間…襖の前にその摘んできた蝋梅をさしだした
すると…
透き通るような白いお手が見えた
これが巫女様のお手…
「これは…よう咲いております。そして…よい香り…」
どこかうっとりとしたその声の響きに感極まる
「…瀬山殿わざわざのご配慮ありがとう存じます」
「喜んでいただき恐悦至極。では、私はこれにて」
「はい♪ 」
喜んでいるであろうその声…
その声を聞いてうれしくなってしまうのだった
こうして、私はそのお言葉を聴きたくて毎日違う花を探しては届けるようになっていた
春…
うららかな陽気と共にそろそろ稲の苗の田植えを行っても良い時期…
その日…
お社では、田植えと豊作祈願の神事が執り行われていた
私のような者がこの神事に出れることはない…はずなのだが…
何故か、末席にてこれの同席を許された
身につけることもないと思っていた烏帽子を身につけ、末席に身を縮めるように神事に加わっていた
始終、平身低頭…頭を上げることは叶わない
聞けば、巫女様の取り計らいらしい
このような大事な神事に同席を許されるなど、この上なく光栄の極み
新しい稲の苗の清めなどの儀式が行われ、神事は滞ることなく終わった
その後、水田では田植えが始まりお社の参道からでも水の張られた水田が見渡せるようになっていた
春が終わり梅雨となり夏が来る
巫女様とも何気ないやり取りが続きそのうちにだんだんと言葉を交わすようになっていた
「巫女様。昨日から久方ぶりに晴れておりますな」
「そのようですね。もう夏なのでしょう」
「昨日の帰り、麓の者から田螺を頂きました」
「田螺ですか?」
「さよう。味噌をつけ炭火で炙ってまいりました」
田螺を串で炙り焼いたものを襖の向こうへと差し出すと物珍しいげなお声が響いた
「田螺を食べたことはありますが…このように食べたことは…」
「ありませぬか…ならば、この御酒とともに召し上がってくだされ。きっと巫女様にも水神様にもお気に召すことでしょう…」
「まぁ。こんな昼間から御酒など…」
「ん?水神様や巫女様にはお神酒の方がよろしかったですかな?昨日麓に戻ったおり、懇意にしている百姓達が木陰の下で寛いでおりましてな、この田螺の串焼きで笹酒を頂いたのですよ。これがこの田螺に好くあってなんとも心地よい気分にさせていただいたしだい」
「そんなにおいしかったのですか?」
「この度、その百姓に子が生まれることが分かり申してな、前祝に私の秘蔵っ子の御酒を振舞ったのです。やはり、祝い酒はうまい!水神様と巫女様にはいつもお世話になっているのです。ですからおすそ分けをと思いましてな。こうして持参してまいったしだいで…」
「まぁ、お子が?」
「はい。立派なやや子が生まれるようにこれからは精のつくものを時々差し入れしてやろうかと…」
「おめでとうございまする。立派なお子が生まれることを祈っておりまする」
「ありがとう存じまする。彼らも喜ぶでしょう」
巫女様からのお言葉…よい子が生まれてくるだろう
「時に、瀬山様は如何なのですか?」
「は?」
「お子はもうおいでなのでしょうか?」
「私はいまだ独り身。善き話もないためにそのような話と縁遠いものでございますよ」
「誰ぞ善きものはおらぬのですか?」
「私は…いまの生活が気に入って居るのですよ。私のように役人といえど身分の低い者には嫁の来てがない…それから城下は住みにくいのです。上のものほど金の使い方に厳しいとはいえ、金そのものがない私にはやはり…。このように田舎へと来て貧しきながらやさしき者達と日々の移ろいを感じながら暮らしていく…それがどんなにか心安らぐことか。お社での日々のお勤めも私には苦になるどころか日々お力を頂いているような気がするのです。巫女様?この場を借りて御礼仕る」
「そんな…わたくしはなにも…」
「いえ、こうしてお言葉を掛けて頂くだけで私は心満ちておるのですよ。お姿は見えずともそのお心に触れられたようでうれしく思います」
「瀬山様…」
「こうして、お言葉を交わしていただき…ほんとうにうれしく思いまする」
私は座りながら床に頭がつくほど辞儀をした
「頭をお上げになってくだされ。このようなことでよいならばいくらでも…わたくしとてあなた様とこの国のいろいろな人々の話を聞きたい。そう思うのです」
「巫女様」
「瀬山様?奉られている水神にも、人々のことを伝えたいと思うのです。ですから、これからもいろいろと教えてくださいまし」
「はっ。このようなことでよいならば…いくらでも」
「では、奥にてこの田螺と御酒を頂きますね?お百姓さま達にはどうぞよしなに…」
「ありがとう存じます。では、今日はこれにて失礼仕る」
その日から、私は民百姓などの下々の日々の暮らしぶりなどいろいろなことを語って聞かせた
巫女様は私の暮らしや日々思うことなどにも興味を持たれ、時にどのような女子が好みなのかを聞いたりして私を困らせた
短き時であったがそのように言葉を交わすのは大層愉しかった
季節は夏から秋へと移ろっていった
その日…
北の山の麓で田から火の手が上っていた
何事かと見ると百姓が命からがらといったありさまで走ってきた
理由を聞けば…
賊が出たという
北の山のいくつも向こうにいるとされていた山賊
山の中で旅人を襲っては金品を…身包み剥がされたという者もいるという…
そんな輩が大人数であらわれたという
刈り取りの済んだ米を狙ってきたのだろう
途中にある家々を襲っては米を運び出している
そうこうするうちにこちらへとやってきた
浮浪のような身なりで、薄汚れた鎧を身に着けていた
近くまで来た奴等は御山の上のお社を指差して何事かを言っているのが見えた
私はいてもたってもいられなくなった
奴等はお社の水神様や巫女様になにかをするつもりなのだと思った
すぐさま参道を駆け抜ける
開け放てられている門の閂を掛けると水神様のいるお社へと駆けた
いつものように勝手口からではなく直接お目通りをすべく下段の間を走り抜け上段の間の前へとその身を滑り込ませた
「突然の無礼恐れ入りまする!一大事!一大事にございまする!」
上段の間にはすだれが垂れ下がり水神様のお姿は直接は見えない。だが、白いお姿が座しているのがそのすだれを通して見えた
『何事か?』
「はっ!水神様に申し上げまする!北の山々にて賊が戦支度をしやってきておりまする!このお社にも奴等の手勢が押し寄せる気配をみせておるために、お早くお逃げくだされまするようにこの瀬山宗士郎!ご無礼を承知ながらここに馳せ参じましてございまする!!」
『賊はここに来るのですか?』
「はっ!この御山の麓にて手勢を集め気配を窺っているをこの瀬山、この目でしかと見ておりまする!なにとぞ水神様そして巫女様ともどもお逃げあそばされまするようにお願い仕りまする!」
『その方は如何するのか?』
「私は水神様と巫女様のお背中を守るためにここにて賊共を迎え撃ちまする!なにとぞお早く!!」
そうこうする間に表の門を叩き壊そうとするドーンドーンという音が聞こえてきた
「水神様!巫女様!お早くお逃げくださりませ!お願いにござりまする!!」
門を打ち破ったのか、卑しい声が聞こえてきた
“ここには水神とか言う奴を奉っているんだとよ!こいつをぶっ殺しちまえばこの国はまた昔みてーな貧乏国よ!川の氾濫でなんもかんも流されちまえば、また俺達も暴れられる!だから、そいつを見つけてぶち殺せ!!”
「水神様!一刻の猶予もありませぬ!お早く裏からお逃げくださりませ!!」
“こっちだぁ!!”
お社の中へと乱暴に足を踏み鳴らして賊が入ってきた
“へっ!テメーはなんだ?刀なんか抜いて!一人で何ができるって言うんだ?”
「何故水神様を狙う?」
“そいつぁ…豊かになっていくこの国の連中が気に喰わないからでぇ!!”
賊は槍を肩辺りに構えると、私を無視してすだれの向こうにいる水神様に向かって槍を投げ込んだ!
私は無我夢中ですだれを途中から切り払い、すだれをすり抜けようとした槍ごと落とす
そのまま、その賊を振り向き様に近寄り袈裟懸けに斬り払った
“ぐぁっ!!”
叫び声と血しぶきをあげてそいつは転がった
「水神様!今だ!お早く逃げてくだされ!!」
水神様のお姿だろうか?白い姿が目の端に見え向こうに消えて…
だが、すぐに戻ってきた
『瀬山様!裏手にも賊が!』
「ちぃぃ!!」
たくさんの足音がしてきて兜をかぶった髭面の男が上段の間へとやってきた
“こいつはテメーがやったのか?”
「貴様は賊の首領か?」
“そうだ!”
「私は、この水神様と巫女様をお守りするお役目を受けている。貴様らにそのお命を奪われてなるものか!!」
“立派だなぁ!だが、多勢に無勢!一人でなにができる!お前さんはその連中を守れずに命を奪われていく様を見ながら絶望の中で嬲りにされて死ぬんだよ!まずは、テメーを始末してやるよ!!”
首領はそう言うと刀を振りかぶった
それに対しようとしたら隣の部屋から矢を射られていた
「卑怯なり!」
“莫迦が!誰がオメーなんぞに手間をかけるか!!”
『瀬山様!』
背後にこちらに来ようとする気配を感じた
「来てはなりませぬ!水神様!私は大丈夫です!」
私は腹に矢を射られていた
力を入れてこれを引き抜く
『瀬山様!いけませぬ!』
「水神様!今は助けが来るまで武者隠しの間へ!あそこならば、しばし賊どもの侵入を防げる仕掛けがあったはず!お早くそちらへ!!」
力を振り絞ってそれを言うが…
『なりませぬ!瀬山様を残すわけには!』
“てめぇら!こいつと蛇もろともぶち殺せ!”
そんな声とともに奴らが襲い来るのが見えた
なんとかこれを防ごうとしたとき…どこからともなく水が湧いて賊どもに襲い掛かった
水の塊は賊どもをその中へと巻き込むと戸を突き破って流れていく
濁流がごとくすべての賊を巻き込み山の下まで流していってしまった
後から聞いたところによると…
濁流は奴らを飲み込んだまま道の上を流れ川に流れ込むと、そのまま下流まで押し流してしまったという
途中、焼かれた田に水が流れ込み鎮火させたりした以外は田畑に水が流れ込むことなくすんだという
さすがは水神様…
私は深手の手傷を負い
その後すぐに昏倒した…
「瀬山様…」
呼びかけられた気がして体を動かしてみようとしたが…動かない
なんとか目だけでもと思い開けようとしたが…眩しすぎた
虚ろな視界に白いものが見える
「動いてはなりませぬ!」
これは…巫女様?私は何を?どれほど私はこうしていたのか?
その問いをしたくて声を出そうとしたが…出たのはわずかなうめき声と息だけだった
「瀬山様は手傷を負われたのです。とても動ける様ではない。今は眠るのです…なにも心配するようなことはない。わたくしがいつまでもそなたの傍で見守っておる。今は…眠るのです…よいですね?」
「…は…」
返事を言うことはかなわなかった。口から出たのはため息にも似たものだった
その後、高熱が出てうなされた
現実と見まごうほどの悪夢が私を苦しめる
「水神さまぁ!!」
すだれをすり抜ける槍…
パッと飛び散る赤い血
すだれの向こうは血の海だった
白いお姿の巫女様と水神様が槍に貫かれて臥せっている
賊どもの卑しき笑い声
「うっうううぅぅぅ…ぐぅぅぅぅ…」
『瀬山様!しっかり!!』
冷たい何かが額をぬぐう
そして、何かが私の体を包み込む
高熱の私に涼しげなその何か
その心地よい涼しげな何かが気持ちよくてすがりつくように抱きしめる
『わたくしはここにいます。だからあなた様は何も心配することはない。安心してお休みくだされ』
「巫女…さまぁ…」
『宗士郎様…どうかご安心を…ご安心を…』
そんな声が安心させてくれた。そして私はまた深い眠りの淵へと落ちていった
その日はいつだったか分からない
夜明けだろうか薄明かりのなか私は何かに包まれているのがわかった
それは布団などではない。いや、布団の感触もあるが少し違うような気がした
身じろぎしようとしたが…体が動かない
どうしたものかと薄目を開けると…人の顔が目と鼻の先にあった
それは美しい女だった
眠っているのか目は瞑られている。薄明かりでもその顔はよく見えた
整った白い顔立ち、もちもちとやわらかそうなその素肌
すっと整った鼻からはすぅすぅ…と小さな息が聞こえてくる
どうやらこの人は白髪らしい。額にかかる髪の毛
流れる川のような髪
その髪の中から見える長く尖った耳…
私の中にこれは巫女様ではないかという憶測が生まれた
ああ…巫女様が傷ついた私を癒すためにわざわざこうして見守っていてくださる…
そう思うと、うれしさと申し訳なさが込み上げてくる
普段近くにいながら拝することもできない巫女様
こうしてみるとやはり思ったとおりやさしげなお顔をしていらっしゃる
「宗…士郎……様…」
儚く小さく名が呼ばれた
いままで瀬山様と呼ばれていたので名で呼ばれるのはなにかこそばゆかった
こんな美しい方が近くにいたのだ
日常に戻ればすぐにお顔を見ることも叶わなくなるだろうとじっくりとお姿を見ることにした
やわらかそうな首、規則正しく上下する胸…押し付けられたそれはとても柔らかかった
首を動かしてみれば何かに巻かれているのが分かった
どうやら私は巫女様に抱きついているようだ
水神様や巫女様は龍か蛇…ならばこれはその胴ということか
首以外に動く所はないものかと動かしているうちに、巫女様が目を覚まされたようだった
「んぅ?…宗士郎さま?」
瞑られた瞳がゆっくりと開いていく
赤い瞳と目があった
「巫女様…」
「宗士郎様…」
目に光るものが見えた
それはだんだんと溜まり滴となって落ちた
「…よかった」
「巫女様…私は?」
「手傷を負いそれから昏倒されてしまっていました。わたくしは、ずっとうなされて寝ている宗士郎様を見るに忍びなく…」
「ずっと傍らにて看病し続けていてくださったのですか?」
「はい…でも、よかった…。よかった…!」
私を抱きしめながら巫女様は泣いてしまわれた
声を殺して静かに泣いている…震えるように泣いていた
そんな巫女様の背を私はずっと撫でていた
巫女様の献身により、私は驚くほどの速さで傷が治っていった
傷が治れば少しずつ起き上がることもできるようになり巫女様が普段どのような暮らし向きをされているか気になった
「巫女様はいつも何をなさっているのですか?」
「ここで、お城からの書状を読んだり、持ってきていただいた書物を読んだりしています。あ…それから…」
何かを思い出したようで書棚から本を取り出してきた
「これは?」
「これは、宗士郎様から頂いた御花です」
「花?」
「はい。こうして…一つずつ押し花に…」
そこには色も形も…匂いまで残っている花たちがあった
「こんなに丁寧に…」
「宗士郎様が毎日毎日届けてくださった御花ですから大切にしとうございました」
笑顔でそれらを大事そうに撫でる。それ手つきはとても優しかった
「巫女様…こんなにも大切になさってくださり、胸がいっぱいになる思いにございます」
「これからも御花お願いします」
「それはもう…!」
こんなにも喜んでいただけるとは…。うれしい思いでいっぱいだった
そんな風に私たちは言葉を交わすようになっていた
傷がある程度治ったころ…
後ろ髪を曳かれる思いではあったが、無理にでも巫女様の引止めを振り払ってお社を後にした
お顔を拝する立場ではない私がここに長く逗留すべきではないと思ったからだ
麓の住まいに戻ると、城からの使いが来ていて至急城へと出頭するようにとの命を受けた
痛む体を引きずって登城すると…たいへんご立腹のご家老様が私を待っていた
「貴様は一体何をしていたのだ?賊どもが社を襲ったのは聞いた。されど、水神を逃がすことなく留まらせその生命を危険に曝すとは!まして、貴様が手傷を負い捕われ命を奪われそうになったなど、言語道断!水神の力がなかったらこの国は昔に立ち戻りじゃ!貴様の立ち回りが水神どころかこの国の未来も民草の命も危機に曝したのじゃ!恥を知れぃ!!」
「…申し訳ありませぬ」
私は平身低頭するしかなかった
「手傷を負い、彼の巫女に看病されていたと聞いた…小間使いの貴様が…うぬぬぬ!」
「……」
「貴様には近日中にその処分が下されるであろう!心しておれ!!」
「…はっ」
御山の麓の住処ではなく城下の役宅での謹慎を言い渡された私は、痛む身体を横たえながらその処分を待った
私の判断が水神様と巫女様のお命を危険に曝してしまった
それを思えば…この処分は仕方がないものだった
後日…
私は…書庫番へと移動を仰せつかった…
最後のお勤めの日…
「これを…」
前のようにお勝手の襖の前からそれを差し出す
「?…如何なされたのです?そのようなところではなく、中へお入りになってくだされ宗士郎様」
すっかりと顔見知りになってしまった私達。前のようにお勝手から顔も見せずに声を掛けた私にそう言ってくださった。しかし…
「今日を持ちまして…私はこのお社仕えの任を解かれ、明日よりお城の書庫番の任へと移動することと相成り申した」
「え?」
驚きの声
「短き日々でありましたが、ありがとう存じます。私にとってかけがえの無き楽しき日々でありました」
下級武士である私がこの国の繁栄の鍵である水神様と巫女様にお仕えすることができたという事…それはとても光栄なことであった
「…そんな」
「最後に…最後にお届けしますのは…赤菊でありまする」
「……」
「これはあの焼けてしまった田畑の畦道に生えていたものでありまする」
赤い花弁が可愛らしい
「お受け取りくだされ」
襖の向こうへと花を差し出すと、手を握られた
「巫女様?!」
「……」
「……」
握り返したかった。だが、それは叶わぬこと…
後ろ髪を曳かれる思いで手を離した
「…ぁ」
小さく名残惜しそうに聞こえた声
「わずかな間であり申したが…ほんにありがたく幸せな日々でありました」
佇まいを正して私は深く深く辞儀をした
「宗士郎様!」
強く呼び止める声がしたが…これに答えるわけにはいかなかった
「では私はこれにてお暇を…御免」
「宗士郎様!!」
勝手口を出ようとするともう一度強く名を呼ばれた
が…振り返ることなく私は戸を閉めた…
その後、普段と同じ…いや…感謝の意を込めて日常とよりも丁寧に…この場に留まれるように用をこなしていた
これが最後のお勤め…
その胸の内に飛来するのは…楽しき日々と感謝だけ
巫女様の美しきお姿を拝することができただけでもよしとしよう…
こうして、私はその日の内にお山の麓の住まいを引き払い、城下の役宅へと戻ることとなったのであった
書庫は城の天守の下にあった
天守は戦のときにしか使われない
平穏な平時において、そこは言わば倉庫
ご家老様や役人達が詰める御所から遠く離れたここは、まさに厄介者の居場所に相応しい…
書庫にてのお勤めは…暇だった
おびただしい量の書を整理しまとめる…
何年放っておかれているかわからないこの部屋の書物…
それは、埃との格闘でもあった
蜘蛛の巣や部屋の掃除をしなければ、書の整理もままならない
書庫の奥の書物は虫や紙魚に食われたものもあり、それの整理などもあったりて忙しい
やることは山積みで忙しいのに、何故か…暇だった
…心が暇なのだ
お社での日々は、体も心も忙しく充実していたというのに今日日はなんでこんなにも暇と感じてしまうのだろう?
まるで、心にぽっかりと穴でも開いてしまったかのようだった
ある日…
城内がなにごとか騒がしくなった
ドタドタと走り回る音が各所に響き渡っていた
この書庫は城内でも一番奥…普段、人のまったく来ない所故もし何かがあっても私から人のいる間へと赴かなくては何が起こっているのかわからなかった
「珍しいこともあったもんだ。戦でも起こったか?」
陽干ししていた書を片付け、いらない書状を外庭でまとめて燃やしているときだった
この書庫へと近づく足音が聞こえてきた
「瀬山!瀬山はおるか!!」
この声は…ご家老様?
急いで書庫へと戻る
「ご家老様!ここに!」
「瀬山!貴様…なにか知らぬか!」
「は?」
「は?では無いわ!社から水神とその巫女が行方も言わずに失踪したのだ!」
「水神様と巫女様が?!」
「昨日から世話の者が様子がおかしいと高僧のところへと赴き、僧侶が行ってみるともぬけの空になっておったそうじゃ!」
「……」
「ええい!三日後には豊穣の神事が控えておるというのに!!」
水神様と巫女様がそのようなことをするなどと…信じられなかった
「貴様なにか知っておるのではないか?貴様!水神とその巫女に何を吹き込んだのだ!!」
「私はなにも吹き込んではおりませぬ!水神様はこの国の繁栄の要とも言うべきお方!何ゆえ私がそのようなお方になにかを吹き込むなどというようなことを致しましょうや?」
「ならば心当たりはないのか?あるならすぐに申せ!もし、このまま行方が分からぬというのならば…貴様は切腹じゃ!」
「切腹?!」
「貴様が水神と巫女に余計なことをせなんだら、このようなことはなかったのじゃ!その責めを負って腹を切れぇい!!」
「そんな!」
「ならば、すぐにでもその所在を見つけ出すのじゃ!わかったの!!」
そういうと、ご家老様は肩を怒らせて去っていった
…とんでもないことになってしまった
水神様と巫女様がお姿をくらました?まさか!何故?
心当たりは…ない
ならば…このままでは切腹の負い目を負わされてしまう…
どうせよというのだろうか…今の私には本当に心当たりがなかった
書庫の中にて考えに耽っているとどこからか声が聞こえたような気がした
「宗士郎…」
「え?」
それは聞いた声だった
この声は…巫女様?
そんなまさか…。こんなところでその声を耳にするとは思わなかった
どうやら、中庭のほうから声は聞こえてくるようだった
天守には部屋に囲まれた中庭が存在する
井戸があり炊事場として、風呂として使えるようになっていた
戦のとき、篭城するときのことを考えて作られたその中庭…
外からはまったく見えない造りとなっている
音を立てても分からなくする工夫が…火を使っても煙が見えないようにする仕掛けが…水を使っても外へと流れる排水が分からないように作ってあった
そんな所から、聞きなれたお声が聞こえたのだ
はじめは空耳かと思った
だが…もう一度、悲しげに名を呼ぶ声が聞こえた
急いで天守の中庭へと向う
黒き屋根…黒き漆喰の土塀…灰の石垣…
その屋根の上に白き彫刻が浮かび上がるように巫女様がいらっしゃった
見上げるとそこから、しゅるしゅると降りてきた
「そのようなところからでは危のうございます!」
何事も無かったかのように降りてきた巫女様
伏せたお顔は悲しげだった
「宗士郎…」
「巫女様…なぜここに…」
「宗士郎…」
「あなた様はこの国の大事なお方。このような所に居っては何かと不都合がありましょう。何卒、何卒!お社へとお戻りくだされ」
「嫌じゃ!わたくしはそなたに会いたくてここに参ったぞ?何故…何故っ!そのようにすぐ帰れなどと申すのか!」
「皆がお姿が見あたられぬ…と、案じておりまする!ですから!すぐにお戻り下され!」
「…宗士郎。そなたはわたくしのことを案じてくれぬのですか?」
「案じております。案じているからこそお諌めしているのであります!私とて行き方知れずと聞いて、短き日々なれど共に過ごした者としてその御身を案じずにはおられなかった」
「それだけですか?」
「手傷を負った私をずっと看病してくださった巫女様と水神様のお心に深く痛み入っております。なればこそ、行き方知れずと聞いて私の心は張り裂けるほどにその御身を案じていたのです」
思わず巫女様のお手を取る
だが…そのお手は冷え切っていた
透けてしまうのではないかと思うほどに白くなってしまっているその素肌
両の手で包み込むと一層その冷たさが手に伝わった
近くで見ると巫女様は細かく震えてしまっていた
何故?何故ここまで…
「とにかくここではなく中にてお話を伺いましょう!さっ!中へ!ささっ!中へ!」
こんな殺風景で寒い中庭よりも部屋の中のほうが暖かくゆっくりと話を聞けるとお手を曳いて中へと案内する
何か…暖かくするものはあっただろうか?特に思いつかない私は…
「失礼仕る」と断り、巫女様を抱きしめた
「あっ」
巫女様の驚きのお声
「何かその御身をお温め出来るものがあらば良かったのですが…生憎とこの書庫にはそのようなものはございませなんだ故、私が暖となりその御身をお温めいたしましょう」
あの手傷を負った際、熱にうかされる私をその御身で冷やして下さった巫女様
今度は、私が暖となりお温めする番だと思った
「宗士郎…わたくしは…ずっと…ずっとこうしたかったのです」
巫女様は私をやさしくそして力強く抱きしめた
「巫女様…」
「そなたが社の任を解かれたその日から、わたくしの心はずっとそなたを求めていた。そなたの後任はとても味気ない者であってな。わたくしが暇にならぬようにと心配りをしていたそなたの配慮…どんなに恋しいと思ったことか…。いつしかそなたのことを深く慕っていたのです」
そのように思うていてくださったとは…
「気が付けば…社を飛び出しておりました…。そなたを探してこの城へ…。されど、いくらそなたの気配を探っても見つからず…。屋根の上で夜を明かすこととなってしまいました…」
巫女様は、冷え切ったお体を温めようと私の体すべてにそのお体を巻きつける
「このような城の天守の穴倉に隠れていようとは…そなたも人が悪い…」
「隠れておったわけではありませぬ…ただ、役宅へ戻るのが億劫になっていただけのこと…そんなことよりも巫女様」
「如何された?」
「巫女様?水神様は如何されたのです?ご一緒におられるものと思うておりましたが…」
そう言うと、巫女様のお顔がすぐに曇った
「水神は…水神は今はこの国に居りませぬ」
「今…なんと?」
「水神は居りませぬと申し上げたのです」
「では…どこに…」
「わかりませぬ」
その言葉に私は唖然とした
三日後の豊穣の神事…それまでに水神様がお戻りにならなくては私は腹を…
青ざめる私に巫女様が首を傾げた
「如何したのです?水神が居らぬと何か具合でも悪いのですか?」
私は、事の次第を話すことにした…
「なんと?水神が戻らぬ場合…宗士郎様が責めを負って切腹?!」
「さよう…」
「なんと浅ましきことか!何も分かっておらぬ!わたくしがほしいのは宗士郎ただ一人!他の者などどうでもよいわ!!」
「そのようなことっ!決して申してはなりませぬ!私はこの国に仕える武士。この国の未来と民のために尽くして居るのです。ですから、他の者がどうなろうとも…など言うてはなりませぬ!!」
「しかし…宗士郎。わたくしはそなたが愛おしい。そなたを欲して堪らぬのじゃ」
「水神様がお戻りくださる方法はありませぬか?」
「それは…知れたこと。わたくしが社に戻れば良い事…」
「?」
どういうことだ?巫女様が水神様の代わりをするとでも言うのか?
「水神は…本当の水神は…年に数日しか来ぬのです」
「なんと?」
では、いつもお社にて神事をしていたのはどなただというのだ?
「この地だけならば…わたくしの力だけで治めることができる…そう水神様は仰っておりました」
「巫女様の?」
「水神様は各地にて信仰の対象…故、求めあらばその地へと巡りそのお力を振るっているのです。この地は氾濫の害があるだけ…されど世にはもっと深刻な害を受け苦しみぬいている地も多くありまする。あの方はそんなところへ訪れて苦しむ民を救っているのです」
「……」
「故にこの国で起こる水害や水にまつわる諸々はわたくしが治めて参りました」
「なれば…帰って頂けまするか?」
「宗士郎。そなたを想うわたくしの心に一片の迷いもありませぬ…社へと帰りましょう」
それを聞いて私は胸の支えが下りるというものだ…
だが、息を吐いた私に巫女様は言った
「ですが…今夜はまだ帰らぬ。せっかくここまでそなたを探しに参ったからには宗士郎?さぁもっとよく顔を見せておくれ?まだ傷が癒えきっておらぬというのにわたくしの元を離れていったそなたの顔がもっとよく見とうなった」
「巫女様…」
「宗士郎…」
巫女様は私の頬を両手でやさしく包み込むように触れた
そのままお顔の目の前まで引き寄せると目を潤ませてじっくりと見だした
「ああぁ…宗士郎………ん…」
目…鼻…口…と舐めるように見る巫女様
次の瞬間、その御口を押し付けられていた
「み……んんんん………」
やわらかなその唇
そのうちに細く尖ったようなものが巫女様の唇の奥から差し込まれた
それは私の口に入り込み舌を見つけ出すとたちまち舐めしゃぶりだした
ちゅ……ちゅる………そうしろぅ………ちゅ……ぢゅ…ぢゅ……
ん……んんん……みこ…さ…ま……んっ………ちゅ…ちゅっ……
「宗士郎…?わたくしの名は水月。様などという呼称をつけずとも水月と呼んでほしい…」
「水月?…水月…様。いや…水月…」
「宗士郎!…宗士郎…」
ん…ちゅるる……ちゅ…ちゅる……
水月は一心に口を吸う
長い舌が私の舌を翻弄するように絡みつきながら口の中を舐め取る
「宗士郎…好きじゃ……ちゅ…そなたのすべてを……んっちゅ…魂すらも……ぢゅるる……ちゅ…奪いとうぞ…」
互いの唾が混ざり合う
彼女の舌は口の中に溜まった唾をすくうように舐めとっていく。それがまたなんとも口の中を刺激して唾を生む
これが水月の…
それを私は銘酒のように甘美だと思った
ぴちゃぴちゃと音を鳴らしながら互いに舌を合わせ掬い取る
なんと甘美なのだろうか
好いた女との口づけがこんなにも…いつまでも続いて欲しいなどと思うとは…
息をするのも忘れるほど私はそれに夢中になっていた
どちらからともなく唇を離すと水月が言った
「わたくしがどれほどそなたを欲していたかわかりますか?」
「…如何ほどに?」
「それは…」
彼女は一旦抱きしめるのやめて目の前に片手を見せるように差し出した
「それは?」
見る間に手の上に青く揺らめく鬼火が現れた
「これはわたくしの想い。そなたを想う心そのもの」
「想いの心…」
「そう。どれほどに心を痛めていたか…どれほどに心を砕いたか…」
「それほどまでに…」
「この我が心…受け取って下さいまし」
人の心は心の臓に宿ると聞く。胸の前でかざした手の平…彼女の心の火はすっと私の胸へと吸い込まれていった
その瞬間、心の臓が跳ねた様に思った
「あっ…くぅぅぅ!!」
灼熱地獄のような熱さが胸に走った。それは、すぐに強烈な痛みとなって心の臓を襲った
「……」
「胸が…胸が苦しい!…軋みだすようだ!」
ズキンズキンと胸が痛む。思わず水月にしがみついた
「宗士郎様!わたくしとひとつになってくだされ…さすれば、わたくしのこの想いおさまりましょう」
心寂しき想い。片時も離れていたくないその気持ち。我慢などせずすぐにでも飛んでいって一つになってしまいたい欲望…そんな心がどっと押し寄せてきた
「こんなにも私を求めてくれていたのですか?…っ水月…私とてあなたをお慕いしておりました。日々のお勤めのうちに少しずつ。手傷を負い心弱くなった時…どんなに心癒されたか。傷が治りかけたその時…お役目を思い出し帰らなければと思ったとき…どんなに寂しさに襲われたか…」
「うれしや…うれしい…宗士郎。ああっ!好き…ちゅっ好き……んっ……ちゅ……ちゅるるる……」
水月の口づけを受け止め、舌を絡め、唾を混ぜあいそれを飲む…
それが何故か心に灯った水月の心をおさめられるような気がした
水月の心の他に、私の中に彼女を堪らなく欲する気持ちが大きくなりつつある
「もう我慢ならぬ」
そういうと水月の手が私の腰に触れ、しゅるりと袴を脱がしてしまった
「ああ、宗士郎の逞しき肉の棒がこんなにも…♪ わたくしに触られただけでこんなにも硬く…♪ 」
「うっ…水月…」
しっとりとしていてすべすべとしたお手が肉棒をさする
愛おしそうに撫でる手のひら…それに答えるようにむくむくと勢いづいていく
「宗士郎…わたくしはもう、そなたをこの逞しき肉の欲望を受け入れとうて堪らぬのじゃ。ほれ、このようにわたくしの女裂からはよだれを垂らすように蜜がしたたりおちておる。はようはようここをそなたで満たしきってしまいたいのじゃ!」
心がうれしさで跳ねた
差し出されたその指にはとろとろとした汁が滴るほどついていた
そっと名を呼んでちいさく頷く
そうすると水月も微笑んで頷いた
その途端に、肉棒の先端をねっとりとした生あったかいものが包み込むように握ったように思った
その中は、もう潤っていてその言葉どおり蜜が滴っていることが分かった
刀の鞘のようにぴたりと包み込もうとするその中…
先だけなのにもう離さぬとばかりに締め付けてきた
「あっああぁぁぁ…これが…そなたの……♪」
肉棒の長さを確かめるがごとく深く深く突き入れようとする
しめつける肉を押しのけるような、その先端から伝わる感触が頭を沸かす
どこまでも熱い肉の中を突き進むような気がした
すべてが入りきったとき、彼女のその瞳は涙に濡れていた
やっと水月にすべてが包み込まれたのだ
「やっとそなたのすべてを感じ取れる…さぁ…今度はいつもとは違った顔を見せておくれ…わたくしにだけ羞恥にまみれた顔を見せておくれ…」
そういうとすこしずつ腰を動かし始めた
頭の中が甘い痺れの快感にすこしずつ酔っていく
「ふぁっ!硬い!なんとたくましいことか!!あっ…んっ……ふぅっ…はぁっ…ああっ…」
快感を導くかのように上下や左右に揺り動かしながら腰を振る
吸い付くように中の襞が包み込んでくる
「んあっ!あぁぁぁぁっっ!」
締め付けはきつく、大きな喘ぎ声が上がる
肉棒すべてが収まり、また抜かれる
「んっ、ああっ…はぁ…っん……あっ…あっ…あぁ……ふぅっ…あん……」
深く深く繋がった私達
見れば感極まったかのように瞳を潤ませ赤い顔をしている水月と目があった
「これが…そなたの……ああっ……あつい…すごく……すごくそなたを…っん…感じる!あぁっ…感じるぞ!!」
中が気持ちよすぎて肉棒がびくびくとしてしまう
「んあっ!そなたのがっ!震えておる!なかで…♪ 」
うっとりとしている水月。反り返りそうになる背を押しとどめるようにしっぽが締め付ける
感じている…感じている…彼女の蛇腹がもっともっと感じようと痛いほど腰を尻をしめつける
「奥っ!奥へ!!宗士郎!もっともっと感じたいのじゃっ!」
ねじ込むように膣を押し付ける水月
蕩けるような膣肉が蠢いて収縮し快感を押し付けてくる
声を返してやる余裕などなくただただ喘いでいると、
「ふふふっ♪ そのようにっ!……赤い顔を…あっ、あぁ…んっ……可愛い…ちゅ……んんんっ…」
ときどき舌を差し入れては舌をからめて、口の中を楽しんでいくのだった
「はぁ…はぁ…あぁはぁっ……よいぞぅ!んっ…よいぞっ!そなたの…んっ…欲望がなかをっ…埋めて♪ こすれっ…こすれっているのじゃ!!」
喘ぎ声は一段と艶やかになってきた
動けない私のかわりに水月が激しく腰を振るう
なすがままされるがまま…
その膣は肉棒をつかみ翻弄する
吸い付き絡みつき…時に離さぬとばかりにうねうねと蠢いて刺激を与えてくる
それが気持ちよくて、はぁはぁと息を吸いながら喘いでいた
「あはぁ…はぁ……んんん好いぞ…あっ…うん……気持ちよいのであろう?…そんなにも赤い顔をして…あぁ…はぁ…」
そろそろ下半身が跳ねてしまいそうだった
気持ちが昂っている。もっと続けていたい…けど、もうそろそろ限界も近いように思う
それを正直に伝えると…
「んっ…はっ…はっ……ならば……すこし…ゆるりと……」
すこし休むかのように小刻みに腰を振りながら、目の前にじっと見つめる水月の瞳がある
一心に私の目を見るその瞳
吸い込まれるように離せない
互いに汗まみれだった
「ちゅっ……そうしろう……幸せかえ?……んっ……あっ……わたくしは……とても……しあわせぞ?」
「水月ぃ…つっ!…しあわせよ…あっああっ……こんなにも気持ちよくっ!……しあわせよ…っ…もっもう!やはりだめだっ…!」
「ならば…この水月の中で果てておくれ……そなたの…こだねがほしいのじゃ…」
「あっ…ああっ!…なかで…なかで…っ!」
「ふるえてる!びくびくとっ!そうしろうのっ!こだねぇ!注いで!っあああっ!奥に!」
「う…ううう……あっ…水月!もう…くっ…あっ…ああああぁぁぁぁぁ……」
もうと言った瞬間、深く深く肉棒を一番奥まで突き入れた水月
「んうっ!ん、あっあああ♪♪あつっ!……あっ!くっ!イッ!!…あああああぁぁぁ…あはぁぁぁぁ……そうしろうのあついこだねが…こだねがわたくしのなかに!!」
どくどくと注いでいっているのが分かる。出した瞬間に水月も極まったようだ
水月は感極まったように赤い顔してそれを楽しんでいるようだった
うっとりとしたその顔は喜びに湧いている
「まだ、こだねが注がれているぞ?宗士郎よ…たくさん出してくれたの♪ 」
びくびくと精が送り込まれるごとに水月は熱い精を楽しんでいるかのようだった
果てた余韻に浸かりくったりと力を抜いた私を見ると、水月は名を呼びながら全身に口づけを始めた
「ちゅ…ちゅ…宗士郎……ちゅ……ちゅっ…もう離さぬぞ……んっ……ちゅ…」
汗に濡れた蛇の身体は締め付きながらもさざめくように動き絶えず私に心地よい感覚を与えてくれる
「そなたの…ちゅ…すべては……ん…ちゅ…もう…水月のものなの…じゃ……んんん…ちゅ…魂すらも……ちゅ…の…」
私のすべてが水月のものという印であるかのようにその口づけはいつまでも続いた
「ちゅ…んふぅ……♪…ああ…宗士郎……ちゅ…またそなたの…ちゅ……愛しき肉棒が……立ち上がってきたようじゃ♪ ちゅ……ほれ…ぢゅる……ふふっ…またこの……逞しいものをわたくしに……ちゅ…♪ 」
そうして、私達はまた肌を合わせるのであった
次の朝…片時も離さぬとひしと私に巻きついた水月の寝言で目が覚めた
「そう…しろぉ………。どこへも…行っては……ならぬ…」
「水月…どこへもいかぬよ…このままずっと我らはひとつよ…」
力強く抱きしめる
そうすると、ん♪ んんんんん…♪ と可愛い笑みを浮べた
「水月…?ほら…朝ぞ?起きぬと折角の朝が流れていってしまうぞ?」
まどろみに浸かりやさしげな笑みを浮べる水月
そんな水月の白く艶やかな髪を何度も何度も撫で梳いた
その後…夜が更けるまで私達は再び肌を重ね心を確かめ合った
そうして、日付が変わる頃に水月は社へと帰っていった
翌朝…
私は豊穣の神事の前日、日も傾きかけた午後…ご家老様に呼び出され登城していた
おそらく水神の失踪と帰還についてのことだろう…
「…此度の水神に関わる一切もろもろにつき、貴様の処分が決まった」
「…はっ」
平伏してその処分を聞く…
「貴様の身分を弁えぬ所業により、この国は危機に貶められそうになったのはわかっておるな?」
「はっ…」
「河川の氾濫を水神の力を持って抑え込み、国土の安寧を図る。それこそわれらに課せられた使命であったはず。それは貴様もわかっておろう?」
「はっ」
「そこでじゃ…。わが殿はご決断なされた!水神に人柱を立てると!!」
…人柱。生贄を差し出すというのか?
「神といえどその本質はあやかし…なれば人柱を捧げお気を静めていただくのが上策…どうじゃ?」
「……」
「何かの気の迷いでこうも不明になりおったり戻ってきたり、ふらふらされては迷惑千万!…瀬山よ…やってくれるの?」
ご家老様の声が不気味に嗤う
「はっ。お国に尽くすことこそ臣下の務め。その役喜んでお引き受けいたしまする」
そう言うと、ご家老様は相好を崩して嗤った
「よく言うた!これでこの国も安泰ぞ!」
耳障りな笑い声…
だが…これで心置きなく水月のお傍にいられるというものか
心が躍る…
私は平伏しながらその時を待ちわびた
その日は晴天だった
人柱という役目を負った私は白装束に身を包み、この俗世からさらばというかのように身を清め
捧げ物とともにお社の前にてその時を待っていた
長きにわたる祝詞の口上…
こんな茶番めいた儀式などどうでもよい
ただただ、彼女のお傍へとすぐにでも飛んで行きたい。睦みあい体が離れたその時から半身がなくなってしまったかのような、身を焦がすような虚脱が全身に広まり苛んでいた
儀式は進む。だが、平身低頭する私に周りを見ることは許されない
只の贄としてそこにいる
だからこそ焦らされる
水月様から分けていただいたお心は私の中ではやくはやく抱きしめたいとばかりに私を焦らせる
そうして、私に声がかかった
捧げ物とともに社へと進み出て儀式を終わらせる…そういうことだ
豊穣の捧げ物と共に社へと上がった
下段の間に進むと、社の扉が閉められた
中は、青白い光が灯っていてそこらを照らし出していた
すだれの向こうに水神様の白きお姿がわずかに見える
しかし、平伏してもっと見たい早く傍へ行きたいという心を諌めた
「水神様に御奏上申し立てまつり申す」
「……」
「ここに控えしは、瀬山 宗士郎。水神様の御心をお慰み致すために参上仕り申した」
「……」
「これからは、この瀬山宗士郎が全身全霊を持って御身にお仕えする所存にございまする」
「…瀬山宗士郎とやら…面を上げよ」
このお声は…やはり水月様…
「はっ…」
はやくはやくはやく!!抱きしめたい!
「…そなたの顔を見たい。もそっと近こう寄れ」
こんな茶番は早く終わらせてこの身で抱きしめその御身で余すことなく巻きついてもらいたい!
形式どおりに畳一枚ぶん…3尺ほど近くに寄ると苛立ったお声が聞こえた
「そこでは顔が見えぬ。もそっと!もそっとそれへ近こう寄るのじゃ!!」
すだれのすぐ手前まで来ると、中へ入るようにと言われた…
「瀬山宗士郎まかり来してござりまする」
「面を上げよ」
ゆっくりと頭を上げると…
目の前に水月のお顔があった
「宗士郎!!」
ああ…やっと…
「この時を…どんなに焦がれたか…」
抱きつき頬ずりをする水月…
「わたくしは言うたのじゃ。宗士郎を切腹させるならばこの国にもう用はないと…」
蛇の身体が私の全身を包み込む
「そしたらあの坊主め、慌てふためきおったわ!」
意地悪そうに笑う水月…
「これからはいつでも一緒じゃぞ?宗士郎♪ 」
「はい。水月…様」
様をつけるとたちまち不機嫌そうな顔をした
「そなたは伴侶たるわたくしを畏まるのかえ?あの時交わしたこと…なってないようじゃな」
たちまち青白い鬼火の玉がその手に浮かぶ
「水月さまぁ…私に貴方のそのお心を吹き込んでくだされ。我が身滅ぶその時まで片時も離れたくないように…」
そう言うと、水月はうれしそうに相好をくずした
「そうじゃ! そうじゃ♪ これからはいつまでもそなたを離さぬ!我が身朽ち果てても永久に求め合おうぞ♪♪ 」
口づけと共に水月の心が流れ込んでくる
私の心を、身体を、求めてやまない水月の叫びのような気持ちが流れ込んでくる
切に…切に…
それは私の心を切なく掻きむしる。それは炎のようだ。私の心を焦がす炎…
「水月…水月ぃ…」
「宗士郎!宗士郎っ!!」
私は、まるで失った半身が戻ってきたかのように思った
焦らされ焦がれたこの心。こうして、水月に抱きつくとこの心は落ち着きを取り戻す
水月の体が、余すことなくこの体に巻きつく
身体すべてで感じるこの水月のさわり心地
やわらかくあたたかな体
人の身体よりもすこし冷たい蛇の身体
手を動かせばそこに、足を動かせばきつく、体を動かせば動くことすら許さないとばかりに常に水月が捕らえて離さない
もう私のイチモツはいきり立っていた。刀を鞘に収めるがごとく水月に刺し入れる
嬌声の後…イチモツの感触を常に欲してやまないようで腰を激しく動かしあまい痺れを楽しんでいる
それに我慢できずに精を放つと、酔ったようなうれしそうな声を上げてさらにきつく体を締め付ける
うわごとのように私の名を呼び、名を呼び返してやると愛しいとばかりに口を舌をもとめてくる
「そうしろう…好いていおるよ?我が身すべてはおまえのものだ。だからいつまでもこのまま睦みあおうぞ♪ 」
「水月…私だってあなたにすべてを差し出して死にたいほど好いている。このまま時も忘れ永久に包み包まれていたい。ずっとずっと睦んでいこう」
彼女に注がれたその心は、いつまでも私の心に火を灯す
時にそれは炎となりこの身を熱く爛れさせるほどの熱さをもって苛む
時に炭火のやさしげな温かみをもって温かく包み込む
やさしく微笑む水月に口づけをしながら私たちはいつまでもこの時を睦んでいくのだった
11/12/11 22:59更新 / 茶の頃
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