酒場と小さな宴
カチャリガチャリと食器のぶつかる音が響く。
酒場とは大抵そんな感じの場所だ。呑んで食べて騒いで―――この世の喧騒からは隔離された、ひとときの幸せ。
ここは新魔領の町、バレンティアにある酒場兼ギルドハウス―――ジェリーフィッシュ。
勇者の生まれる国、レスカティエに近い町にある、暑苦しくも幸福に満ちた場所。
「酒を呑んでー、敵を倒す糧に」
リュートを持った浅黒い肌の男は歌う。
「肉を食べてー、敵を称え」
近くのジョッキを持った男も歌う。
「我らは戦う! 何時の日も! 魔と人の為! その明日の為!」
親魔物の思想の町だからこそ、この歌は歌われる。
「右の手に自由と剣を、左手に未来と盾を、その者の口に酒と加護をー」
いつの間にか、酒場はにぎわい、より暑苦しくなっていた。
「望むのは金と、幾らかの名誉、その他諸々の夢と希望を!」
顔の真っ赤なリザードマンが大声で歌う。誰も嫌な顔なんてしない。
「我らは戦う、その時まで、剣折れ身の朽ちるその時まで……」
入口から聞こえた呟くような大きさの声。それでも声は十分に酒場に響いていた。
「おお! ヒラじゃねーか!」
ジョッキを持った男がやけに大きな声で出迎える。
「こんにちは、トーマスさん。昼間から酒ですか」
「なーに! 全員がもう酔ってるわい!」
がはは、と豪快に笑う。そんな感じのおっさんだが、不思議と嫌ではない。
「おう! そういえばアレだ! 最近お前さんのトコに勇者が行ったって! そりゃホントか?」
「ええ。二日かけてどうにか『お話』が通じましたよ」
「二日か! えらいかかったな!」
げらげらと笑う彼の歯は黄ばんでいたのが印象的だった。
そう。ヒラと呼ばれた青年は、上司のリリムに指示されてお話――もとい調教を行っていた。
彼自身は手を下さずに、彼の配下のサキュバス等の魔物達が好き勝手にしてくれるので好都合―――みたいな。
それを知るのは彼とその仲間だけ。目の前の冒険者は真実を知らない。
「へぇ、また勇者が旅に出たんですか?」
「そうにゃのよぅ〜。れしゅかてーの国のでっかい門から出て……プラエドの町に行ったよぅ」
抱きつかれて絡まれた顔の赤いリザードマンに聞いた話では、また勇者が選ばれ魔王討伐の旅に出たという。ヒラにしてみれば自殺以外の何物でもない。
「少し、見に行くかな……」
「あ! 行くんらったらアタシを連れていきなしゃいよ!」
リザードマンは戦いを好む種だ。会いに行く奴が剣を持っているとなれば、やる事は一つしかないだろう。
「あぁ、別に構わないよ」
せめて酔いをどうにかしてほしいと願う彼だった。
「では勇者様、お気をつけて」
酒場の店主に見送られ旅立つのは勇者オルクス。王に授かった銀色の鎧と装飾の施された剣と盾を手に、魔王討伐を目指す少年。
「まずは……魔物の情報からかな」
この少年は母親を魔物にされた。その母や今では何処にいるのかも分からない。生きているのか、教団に殺されたのかも。
その所為で、近年レスカティエでは「魔物は絶対に倒すべき輩」という考えが強まっていた。過去に旅に出た勇者パーティーが高い割合で行方知れずになった所為だろう。
「ルトゥム森林でコブリンの盗賊団が悪さをしている、か」
「コブリンって集団で動くよね。私の魔法で追っ払えばオッケーでしょ」
金髪の勇者の隣にいる赤毛の魔法使い。プラエドの町出身のアカリという少女だ。
勇者1、魔法使い1というパーティーだが、早くも意思の疎通が見られる。
「それじゃ、準備して行こうか!」
アカリが走って魔道具店に入っていく。それを追う勇者。
その二人を見る、赤羽のインプがいるとも知らずに。
「うぅ――っぷ」
「楽になったか?」
「うん、だいぶ……っぷ」
リザードマンの背中をさすってやる。そんな事をかれこれ20分はしていた。
「昼間からあんな呑むからだ。懲りたら2度とあんなに呑むな」
「そうする……っと、何か進展はあったか?」
「使い魔としてインプを送っておいた。流石に隠れながらだろうから、帰って来るまでまだ少しかかるだろうよ」
「そうか。……ところでアンタ」
「何だ?」
やけに眼が輝いている、気がする。
「その身なりからして、戦士か? 傭兵か?」
あぁ、やっぱり。
「あー、うん、リザードマンだから聞いてしまうんだろうな、うん」
「そそ。癖みたいなもんでね、剣持った奴には聞いちまうんだ」
リザードマンやサラマンダーといった種は、時折新魔領に現れて人間の冒険者と変わりない生活を送る者もいる。その生活の過程で夫を手に入れる者も少なくは無いのだとか。で、その夫婦の馴れ初めというのが大抵は―――
「あぁ、先に言っておくがな。まだ世帯を持つ気は無いぞ」
「はは、それは遠回しにアタシより強いって言ってんのか?」
「そう聞こえたのなら、そうなんだろう」
あー、言う言葉を間違えたか。嘘でも『私にはカワイイ妻と娘がいるんです』と言っておけば良かったかもしれない。
「さぁ! 戦士だと分かれば戦わない理由は無いぞ! アタシはアトカースのヴィオラ! アンタは何て名だ!?」
剣に手を伸ばしてすでに臨戦態勢のリザードマン。アトカースの良質な鉱石で出来たであろう両刃のロングソードは、抜かれたその時から鈍い光を反射していた。
「んー、魔王軍サロス支部所属の男とでも覚えてくれればいいや」
「おい! 名前を教えろと言っている!」
「はいはい、勝ったらな」
「な、舐めやがって……!! 後悔するぞ!!」
言い終える前に突進してくるヴィオラ。ひらりと避けるヒラ。
それを見ているのは……
「あうう、完全にタイミングを間違えてしまったのですぅぅぅ」
赤羽のインプが木陰に隠れ、涙目になっていた。
酒場とは大抵そんな感じの場所だ。呑んで食べて騒いで―――この世の喧騒からは隔離された、ひとときの幸せ。
ここは新魔領の町、バレンティアにある酒場兼ギルドハウス―――ジェリーフィッシュ。
勇者の生まれる国、レスカティエに近い町にある、暑苦しくも幸福に満ちた場所。
「酒を呑んでー、敵を倒す糧に」
リュートを持った浅黒い肌の男は歌う。
「肉を食べてー、敵を称え」
近くのジョッキを持った男も歌う。
「我らは戦う! 何時の日も! 魔と人の為! その明日の為!」
親魔物の思想の町だからこそ、この歌は歌われる。
「右の手に自由と剣を、左手に未来と盾を、その者の口に酒と加護をー」
いつの間にか、酒場はにぎわい、より暑苦しくなっていた。
「望むのは金と、幾らかの名誉、その他諸々の夢と希望を!」
顔の真っ赤なリザードマンが大声で歌う。誰も嫌な顔なんてしない。
「我らは戦う、その時まで、剣折れ身の朽ちるその時まで……」
入口から聞こえた呟くような大きさの声。それでも声は十分に酒場に響いていた。
「おお! ヒラじゃねーか!」
ジョッキを持った男がやけに大きな声で出迎える。
「こんにちは、トーマスさん。昼間から酒ですか」
「なーに! 全員がもう酔ってるわい!」
がはは、と豪快に笑う。そんな感じのおっさんだが、不思議と嫌ではない。
「おう! そういえばアレだ! 最近お前さんのトコに勇者が行ったって! そりゃホントか?」
「ええ。二日かけてどうにか『お話』が通じましたよ」
「二日か! えらいかかったな!」
げらげらと笑う彼の歯は黄ばんでいたのが印象的だった。
そう。ヒラと呼ばれた青年は、上司のリリムに指示されてお話――もとい調教を行っていた。
彼自身は手を下さずに、彼の配下のサキュバス等の魔物達が好き勝手にしてくれるので好都合―――みたいな。
それを知るのは彼とその仲間だけ。目の前の冒険者は真実を知らない。
「へぇ、また勇者が旅に出たんですか?」
「そうにゃのよぅ〜。れしゅかてーの国のでっかい門から出て……プラエドの町に行ったよぅ」
抱きつかれて絡まれた顔の赤いリザードマンに聞いた話では、また勇者が選ばれ魔王討伐の旅に出たという。ヒラにしてみれば自殺以外の何物でもない。
「少し、見に行くかな……」
「あ! 行くんらったらアタシを連れていきなしゃいよ!」
リザードマンは戦いを好む種だ。会いに行く奴が剣を持っているとなれば、やる事は一つしかないだろう。
「あぁ、別に構わないよ」
せめて酔いをどうにかしてほしいと願う彼だった。
「では勇者様、お気をつけて」
酒場の店主に見送られ旅立つのは勇者オルクス。王に授かった銀色の鎧と装飾の施された剣と盾を手に、魔王討伐を目指す少年。
「まずは……魔物の情報からかな」
この少年は母親を魔物にされた。その母や今では何処にいるのかも分からない。生きているのか、教団に殺されたのかも。
その所為で、近年レスカティエでは「魔物は絶対に倒すべき輩」という考えが強まっていた。過去に旅に出た勇者パーティーが高い割合で行方知れずになった所為だろう。
「ルトゥム森林でコブリンの盗賊団が悪さをしている、か」
「コブリンって集団で動くよね。私の魔法で追っ払えばオッケーでしょ」
金髪の勇者の隣にいる赤毛の魔法使い。プラエドの町出身のアカリという少女だ。
勇者1、魔法使い1というパーティーだが、早くも意思の疎通が見られる。
「それじゃ、準備して行こうか!」
アカリが走って魔道具店に入っていく。それを追う勇者。
その二人を見る、赤羽のインプがいるとも知らずに。
「うぅ――っぷ」
「楽になったか?」
「うん、だいぶ……っぷ」
リザードマンの背中をさすってやる。そんな事をかれこれ20分はしていた。
「昼間からあんな呑むからだ。懲りたら2度とあんなに呑むな」
「そうする……っと、何か進展はあったか?」
「使い魔としてインプを送っておいた。流石に隠れながらだろうから、帰って来るまでまだ少しかかるだろうよ」
「そうか。……ところでアンタ」
「何だ?」
やけに眼が輝いている、気がする。
「その身なりからして、戦士か? 傭兵か?」
あぁ、やっぱり。
「あー、うん、リザードマンだから聞いてしまうんだろうな、うん」
「そそ。癖みたいなもんでね、剣持った奴には聞いちまうんだ」
リザードマンやサラマンダーといった種は、時折新魔領に現れて人間の冒険者と変わりない生活を送る者もいる。その生活の過程で夫を手に入れる者も少なくは無いのだとか。で、その夫婦の馴れ初めというのが大抵は―――
「あぁ、先に言っておくがな。まだ世帯を持つ気は無いぞ」
「はは、それは遠回しにアタシより強いって言ってんのか?」
「そう聞こえたのなら、そうなんだろう」
あー、言う言葉を間違えたか。嘘でも『私にはカワイイ妻と娘がいるんです』と言っておけば良かったかもしれない。
「さぁ! 戦士だと分かれば戦わない理由は無いぞ! アタシはアトカースのヴィオラ! アンタは何て名だ!?」
剣に手を伸ばしてすでに臨戦態勢のリザードマン。アトカースの良質な鉱石で出来たであろう両刃のロングソードは、抜かれたその時から鈍い光を反射していた。
「んー、魔王軍サロス支部所属の男とでも覚えてくれればいいや」
「おい! 名前を教えろと言っている!」
「はいはい、勝ったらな」
「な、舐めやがって……!! 後悔するぞ!!」
言い終える前に突進してくるヴィオラ。ひらりと避けるヒラ。
それを見ているのは……
「あうう、完全にタイミングを間違えてしまったのですぅぅぅ」
赤羽のインプが木陰に隠れ、涙目になっていた。
12/05/01 21:29更新 / 風見音
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