連載小説
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お風呂
 住居部に上がった礼慈はリリをソファーに下ろした。
 なぜ上に行くように言われたのか正確には理解していないだろう彼女は据わり悪そうにモジモジしている。

「ここに来るのは初めてでもないんだし、リラックスしてくれていいんだぞ」
「い、いえ……」

 少し考え込むようにしてリリは言う。

「……お兄さまにおんぶしてもらっていたからでしょうか? お尻が少し落ち着かないです」
「ん……そうか」

 それは間違いなく性行為のせいだが、リリには説明のしようがない。

(やっぱり一度寝るのが記憶消去のスイッチか)

 友達と話している時にも記憶の消去がかかるということは、意識が性的なものから逸れた時に消去が働く。という認識で良いのだろう。
 そんなことを思いつつ、礼慈はリリに感謝する。

「ありがとう」
「え、あの……?」
「リリのおかげで、これでいいと決めつけて放り出していたことを変えていけるかもしれない」
「レミお姉さまのことですか?」
「ああ」
「そんな、わたし、そんなにすごいことは――」
「母さんと俺の妥協的だった関係を変えるべきだと言ってくれたのはすごいことなんだよ」

 リリ本人は大したことはしていないという思いがあるようだが礼慈としては現状の、停滞したままでもう良いとある意味で諦めていたものを、その気になれば動かすことができるはずだと説得してくれたのは感謝すべきことだ。
 これからどうなっていくのかは自分次第だが、せっかくならばアスデル家のようになれればいいと思う。

(……しかし、禁酒といい、母さんとのことといい)

「リリには俺の駄目なところをどんどん気付かせてもらってるな」
「え、や、わたしそんな」
「感謝してもしきれない」
「それなら、わたしも、お兄さまにはどれだけかんしゃしても」
「それは俺の方も遊び友達になってくれてることで十分返してもらってるよ」

 何事か言葉を返そうとしていたリリに「うん、間違いない」と強めに呟いて応酬を断ち切ると、リリが恐縮する。
 そんな彼女が可愛くて仕方なく、少しいたずらするつもりで礼慈は提案した。

「何かお礼をしなくちゃいけないな」
「お礼……お礼……ごほうびですか……?」
「そうだ。何か欲しいもの、あるか?」
「じ、じゃあ、わたしといっしょにおフロに入ってください!」

 恐縮していた様子から一転。意外な勢いで言われて、礼慈は面食らう。
 それと同時にこのお願いを受けるのは何度目だろうか。とも思う。
 諸々の事情を鑑みてお願いされるたびに断ってきたのだが、まだリリは諦めていなかったようだ。

「そんなに俺といっしょに風呂に入りたいか?」

 どうにもこだわりがあるように感じられて訊ねると、

「お姉さまが、なかよくなるにはハダカのお付き合いが一番だって言ってて……わたし、もっとレイジお兄さまとなかよしになりたいです」
「分かった分かった」

 今回も断られると思ったのかちょっと必死に言葉を募らせてきたリリを制止する。

「じゃあ!」

 制止の言葉を肯定と受け取ったのか期待した顔を向けるリリに、礼慈はどうしたものかと悩む。
 期待をもたせてしまった後になって断りを入れるのはどうにもはばかられる。それに正直な話。リリの裸を電灯の明るい光の下で見ることができるというのは、リリの体にどうしようもなく魅力を感じている礼慈にとっては歓迎すべきことであった。

「……まあ、汗をかいたろうしな。秘密基地で掃除もしたから、ほこりっぽくもあるし」
「やっぱりおそうじしたんですね」

 消えた記憶の中身を推測するリリは、でも、と口元に指をあて、

「それ以外にも何かしませんでしたか? わたし、ふわふわして、ぽかぽかしてます。すごく、すっごくうれしいことがあったんだと思うんです」

 礼慈は言葉に詰まる。
 リリが子供を産んだら、という話や、子供を産むまでの間は礼慈を独り占めしたいと話していたということをどう伝えたものか悩む。

(全部話そうとするとどうしても性交の話になるな……)

 そうなればリリはまた話したことを忘却してしまう。

「お兄さま?」

 言葉を選びあぐねている礼慈をリリが不思議そうに見る。それに咳払いして、

「……まあ、もっと仲良くしたいなという話をして、仲良くなれるようなことをしたんだよ。詳しくはリリの記憶がまた消えることになるから言えないけど」

 雑に、だが大意としては間違っていない纏め方をすると、リリは大賛成とばかりに頷く。

「はい! じゃあやっぱりハダカの付き合いです!」
「そうだな……」
「行きましょうお兄さま!」

 こういう話の流れになってしまったのだから仕方ない。そう自分に言い聞かせて、礼慈は無抵抗に脱衣所へと引っ張られた。

   ●

 浴槽に溜まっていく湯から立ち上る湯気を顔で受けながら、礼慈は自分の本心を認めつつあった。

 魔物とは言ってもリリが引っ張る力など、それこそそこらの人間の子供と大差ない。年齢基準で言えばむしろ力は無い方だ。振り払うことは容易い。だがそれをせずにこうして風呂に一緒に入る準備を着々と進めている。

 秘密基地で性交を行うのと同じように、自分はあの幼い子との深い触れ合いを望み、リリのいろんな姿をこの目で見て、それら全てを自分のものにしたくてたまらないのだ。
 もはやここまできてリリに対して女性としての好意を抱いていないなどと言う気はない。

 相談に乗る大人のお兄さんという仮面は、過去を知られたことによって剥がされてしまったようなもので、仮面を失った素顔に残ったのは肉欲や劣情が幾重にも塗り込まれたリリが欲しいという執着だ。

 記憶や、そこから派生した友達との問題で参っていて、その窮状をやり過ごすための相談相手という立場にあった自分がリリに劣情を向ける卑怯さを自覚しながら、もはや抑えることはできない。
 たった数日のことなのに、もうリリの笑顔が、甘い香りが、小さく華奢で熱い体が魂に焼き付いてしまったかのように忘れられない。
 前にリリの風呂への誘いを断った時感じたように、一緒に風呂に入ってしまったら行為に至ることを止めることはおそらくできないだろう。

 これまで秘密基地では半ば事故で発情してしまい、状況に流されるように――そんな建前で性交にもつれ込んでいたが、今度は違う。
 礼慈が、自分の意思でリリを犯したいと思いながらその幼い膣を貫くのだ。
 洗い場の鏡に映る自分の顔がこの後起こることの予感に昂ぶっているのか、どことなくだらしなく見える。

 気を引き締めようとすると、かなり怪しい凶相が余計におかしくなった。

(……まあ、もう今更か)

 これまでもリリの中に肉棒を突き入れて精を放っている時など、見れた顔ではなかっただろう。
 迫られた結果としてのこれまでとは違う、自分主導のやり取りに向けて覚悟を決めた礼慈は、あまり待たせてはまずいと浴室の扉を開けて脱衣場にリリを迎えに行く。

 そこで礼慈は非現実的な美を見た。

 服を下着に至るまで全て脱いだリリがそこにいたのだ。

(そういえば……)

 これまで何度か彼女の半裸を見る機会はあったが、全裸を見たことはなかった。
 一糸まとわぬ、生まれたままの姿を電灯の下で晒す幼艶な美少女というのは自宅の脱衣場というロケーションにはあまりにミスマッチで、幻なのではないかと真剣に考えてしまう。

 きめ細かな白い肌。それ自体輝くような蜂蜜色の髪。起伏が少ないなかでちょこんと彩りを添えるピンクの乳首にぽこんと出たお腹と、へこんで妖しく視線を誘う臍の窪み。
 頼りなく、しかし生命の息吹を感じさせる瑞々しい両脚。その付け根の柔肉に刻まれた繊細な、だが礼慈の欲望を何度も受け容れた産毛すら生えていない股間のスリット。

 その谷間から視線を逸らそうとすると臍が、下に逃げても抱え込みやすそうな足が、また上に逃げても胸のぽっちが、そしてその上に視線を逃がそうとすると髪に絡め取られるようになって最後に深い常磐の瞳が礼慈を捕らえる。

 リリの姉の一人、アラクネのルイが縫った服はリリに似合っていて、彼女の可愛らしい魅力を引き立ててくれていた。それに対して一糸まとわないリリは、幼く可憐で、それでいて高貴な生まれであることを感じさせる浮世離れした危うい風貌全開だ。

 衣服という、アピールする魅力の方向性を整えた装飾を剥いだ彼女は、一線を越えるように無邪気に全身で誘う幼い淫魔。まさにそれそのものだった。

 容姿に囚われる。
 魔物が集うゆえか絶世の美女美少女といえるような美貌が揃う守結学園に通っていてここまで惹きつけられるような者とは未だ出会ったことがない。
 そんなあまりに魅力にあふれた裸体に衝撃を受けていると。リリが恥ずかしげに俯いた。

 黒い尻尾がそっとスリットを隠し、腰の翼がその皮膜でお腹を覆う。

「あの、わたし、どこかおかしい、ですか?」
「いや……見とれてた」

 目を逸しながら偽ることなく言うと、リリの耳がピクンと跳ねた。

「あ、ありがとうございます。あの……もっと見てもいいですから……お兄さま」

 照れたような声音と共に、リリはゆっくりと羽を開いてお腹が見えるようにする。
 同時にスリットを隠していた尻尾もゆるゆるどいて、無防備な姿がまた晒される。
 許しが出たせいか、視線は先程よりも熱心に白い裸身の、普段ならば隠されているべき所を中心に忙しなく這い回る。

 落ち着かなげに揺れる太ももの動きに合わせて一本線のスリットが太く細く変わる。胸のポッチが呼吸に合わせて位置をわずかに変え、肋が濃く淡く浮き沈む。

 見てくれと言った手前、隠すわけにもいかないと思っているのだろう。尻尾と羽が位置を定めかねるようにふらふらと動いている。吐息が悩ましげで、見ているだけではなく、実際に触ってその体を味わいたいという欲望がぐつぐつと腹の底から湧いてくる。

「あの、お兄さま……おしっこのところは、あんまり……」
「……とりあえず、お風呂に入っちゃうか」

 危うくそのまま手を出す所だった。
 一度秘密基地でまぐわっていながら浴室までもたないのはこらえ性がないだろう。自嘲気味に欲望を抑え、リリを風呂に促す。
 浴室に行くためにすれ違ったリリの甘い匂いが香ってきて、思わずその姿を目で追う。

 全身の印象同様小ぶりで肉が薄いながらも瑞々しい尻を眺め、その割れ目の頂点から伸びる尻尾とその上の羽を辿りながら、彼女の芳香を肺に満たすように深く息を吸う。

 馴染みのある香りに混じっている別の香りは汗だろうか。それすら心地よいと感じられるのだから不思議だ。リリについては本当にどこかの詩のように砂糖やらスパイスやら素敵なものでできているのではないかと考えてしまう。

「あの、お兄さまも来てくれますよね?」

 リリが髪を揺らしてくるりと顔を向けてくる。

「あ、ああ。行くよ」

 逆に、今やっぱり無しで。と言われても引き下がれる気がしない。礼慈は乱暴になりそうになるのをこらえて、努めてゆっくりと服を脱いだ。

 脱いだものを洗濯機に入れようとすると、リリが脱いだ服も入っていた。
 体位の関係から、リリの服は今日はそんなに汚れていない。あえてここで洗濯するほどのものではないし、また礼慈のあまり質のよくない服を着せるのもどうかとも思う。
 丸めるようにして放り込まれている服を取り出そうとした礼慈は、内側に隠すようにして彼女のショーツが隠されていることに気づいた。

 秘密基地からの帰りに愛液にまみれてしまっていたのを無理に履かせたそれは、今も湿って甘い淫臭を立てている。
 これを隠すために服の中にショーツを包んでいたのだろう。
 記憶が喪失した間に粗相をしてしまったとでも考えたのだろうか。

(言い出しづらいだろうな……)

 これは見なかったことにして、そのまま洗濯することにした礼慈は洗濯機の操作を終えると、リリが裸を見せることに積極的だったのは服のことを隠すためだったのもあるのだろうと思い至った。

 積極的な割には股間を隠そうとしたり、太ももがもじもじとしていたのは湿り気に気づかれないかどうか不安だったのかもしれないと思うと、礼慈の股間が反応する。

「……もう少し理性を……リリにはっきりと言うまでは……」

 ブツブツと呟き、一つ深呼吸をすると、礼慈は素晴らしい光景が待っていることが確約されている浴室への扉を開いた。
 風呂椅子に座ったリリが耳を反応させてこちらを振り向く。

「お兄さま」
「先にシャワー浴びててくれてよかったのに」
「いえ……あの……」

 リリは何か言いたいけど言い出せないような、そんな様子で口をモゴモゴさせた。

「どうした?」
「お、おせんたく、ありがとうございます」
「自分のついでだし、いいよ」
「はい……でも……」

 金の色彩に飾られた白い肌を視界に収めながら手を伸ばし、シャワーを流してお湯になるのを待つ。どうやら下着のことを謝りたいらしいというのがモゴモゴとした言葉の端々からなんとなく分かる。

 リリは意を決した顔で正面に向き直って、曇り始める鏡越しに礼慈を見て口を開こうとする。
 せっかく隠したのにこのままだと自分で全て白状しそうなリリを見かねて、礼慈は話を振った。

「それより、背中でも流そうか?」
「わ、わるいですよ!」
「いや、まあせっかくだしな.リリが嫌じゃなければだけど」
「いやなわけないです! あの、本当におねがいしてもいいんですか?」

 体に触らせてくれるというのならむしろ歓迎だ。

(これでパンツのことは頭から消えたか?)

 風呂に入ろうと誘うのは積極的なのに、ここにきて及び腰なリリがいじらしくもあって、ここまできたなら要望にはできるだけ応えたいと思う。
 それに、股に違和感がある程度には秘密基地での性交で体に負担を掛けてもいるから、労ってやりたくもあった。

「リリ、湯をかけるから目をつぶって」
「は、はい。ありがとうございます」

 尻尾がこちらの足に触れてくるのは嬉しさの表現という解釈でいいのだろうかと思いながら、礼慈は頭から湯を掛けてやる。

「んっ」

 体が冷えていたのか、湯を掛けられたリリは全身でふるりと震える。
 その妙にコケティッシュな様に、肩や羽に湯を浴びせるのにも力が入る。
 一通り湯をかけ終わると、シャンプーを取って、濡れてぺたんとなったリリの髪に泡を広げていく。

「こんなに長い髪を洗ったことなんてないから、もしこうして欲しいとかいう注文があったら言ってくれ」
「分かりました」

 応じる声が力の抜けたもので、少なくとも不快には思われていないことに安心する。
 金糸の束の中に手指を梳き通していくするりとした手触りが心地良い。
 洗い始める前から既に清らかにしか見えない頭髪に、礼慈としては触っている自分の手の汚れが着いて逆に汚してしまったり、洗い方が下手で傷めてしまわないかと心配になってくる。

 それでもリリの方からは注文は無いようで、少しの間無言が続いた。

「お姉さんとかとはよく風呂に入ってるのか?」
「はい。お姉さまたちやお母さまとも入ります。お父さまとは、チヨお姉さまのコウドナセイジテキハンダン? でいっしょに入るのは止められちゃってますけど」

 チヨというと父親を狙っていたクノイチのヒトだろう。幼い子に目覚めないように、ということだろうか?

「おせなか流しっこもしてて、わたし、それが好きなんです。だからお兄さまとできてうれしいです」
「俺も、癖になりそうだな」
「じゃあこれからもしてくれますか?」
「……ん」

 明言することは避けて、礼慈は目の前の髪に集中する。
 毛先から辿って頭を揉み込むようにして洗い、最後に髪を後ろに流すようにして洗髪を終えると、次、とばかりにスポンジにボディーソープを染み込ませて泡だてる。

「背中、洗うな」
「はい」

 髪だけで終わらせることも考えないでもなかったが「背中を流す」と言ってしまったし、目の前に魅力的な体が無防備にさらけ出されていて触れない理由はなかった。
 宝石の手入れをする職人の気持ちはこういうものなのだろうと思いながら長い髪を肩越しに前に流し、リリの首筋をスポンジで撫でていく。
 腕を持ち上げて肩から手にかけて泡まみれにしていき、脇に戻ってこする。

「……ん、ふぅ……っ」

 くすぐったいのか鼻を鳴らすリリの背中にスポンジを押し付けていきながら、華奢なこの体の最も繊細な部分に自分の欲望の塊を突き刺したのだと思いを馳せて畏れ多いものを感じる。
 スポンジは下っていき、腰の辺りにまでたどり着いて、そこでふと礼慈の動きが止まった。

「……羽はどう洗えばいいんだ?」
「ん……は、はい。えっと、そのまま普通にスポンジでコシコシってしてください」

 勝手が分からないながらも腕を洗ったように、羽を手でそっと持ち上げてスポンジをこすり付けてみる。
 自分にない器官を洗うことを任せられるというのはなかなかに緊張するものだったが、頼りない被膜も思ったよりも丈夫なようで、リリの吐息に痛みが混ざることもなく、無事に洗い終わった。

 そして羽の下、体にスポンジが触れるたびにひくひくと動いていた尻尾に行き着くのだが、

「尻尾も羽と同じようにすればいいのか?」
「あ……その、できればかみの毛と同じように手でしてもらえると、うれしいです」

 すぐ後ろにいても注意しなければ聞き逃してしまいそうな音量でぽそぽそっと言われる。
 その反応に思う所がありながらも、要求に応じて手にボディーソープをつけ直して尻尾に触れると、これまで触れたどの場所よりも明確に艶を感じさせる吐息がリリの口から漏れた。

「……っ、は、っ……ぁ」

 秘密基地で性交した時に察したことだが、やはり尻尾は敏感な性感帯なのだ。
 性感帯という概念は理解していなくても、リリもそこが敏感な所であるとは手で洗うように頼んできたことから知っているのだろう。

 礼慈の腑の内側で欲情が高まった。
 尻尾を洗い終わり手を離すと、目は小さなお尻に引き寄せられ、頭の中はリリの体を貪ることしか考えられなくなる方向へと狭められていく。

 それ自体はリリと一緒に風呂に入ると決め、自分の中の想念を認めた時から逃れられないと考えていたことではあったが、

(まだ、リリに言っておかないといけないことがある)

 自分からリリを襲うと決めた、そのケジメをつけなくてはいけないと考えていた。だから、伸びかけていた手を引っ込めて礼慈は言った。

「――よし。残りは自分で洗えるな」
「え……」
「このままだとお湯に浸かるの遅くなって寒くなるだろ? 俺も体洗っちゃいたいしな」
「そ、そうですね」

 少し残念そうな、拍子抜けしているようなリリの返答を受けて、礼慈は自分の体を洗う。
 体に走っていたであろう快楽の余韻を落ち着かせながら息を整えたリリが自分の体を洗い終わる頃には、礼慈は体も頭も洗い終わって後は泡を洗い流すだけの状態になっていた。

「わたしが洗いたかったです……」
「あー、すまん」

 曇った鏡越しに不満そうに言われて、礼慈は苦笑する。そんなことをされたらきれいになるどころか、下半身に至ってはドロドロに汚れていたことだろう。
 リリの体が前に映り込んでいるせいで鏡越しでは見えないが、礼慈の股間は彼女の幼尻のすぐ近くでギンギンに屹立している。
 リリとはにこやかに話してはいるが、内心ではそんな余裕はない。今すぐリリに襲いかかりたくて仕方ないのだ。

(でも、もう少し……)

 音を立てて唾を飲み込んで礼慈は「湯に浸かろうか」と促しながら背後の扉を開いて脱衣所からバスタオルを引っ掴んだ。 
 リリが風呂椅子から尻を浮かせるより早くその頭にタオルをかぶせて一時の目隠しとした礼慈はタオルが外される前に素早く浴槽に浸かって脚を閉じ、往生際悪く股間を隠した。

 突然視界を塞がれ戸惑いながらも、リリはタオルで髪を軽く拭くと、そのままタオルを頭に巻き付けて髪をまとめあげた。
 ちょっと新鮮な帽子のようだと思っていると、リリも遠慮がちに浴槽に入ってくる。

 自分が座る位置を定めるために尻を礼慈に突き出すようにして湯に浸かった彼女が礼慈の側を向こうとするのを、肩を掴んで押し止める。

「そのままで聞いてほしいことがある」

 股間を見られてしまうとあまりにも気まずい。心の底からもう一度「そのままで」とお願いすると、不思議そうな声音でリリは「はい……?」と頷いた。
 礼慈はほっとしつつ咳払いして「母さんから聞いていることをもう一度聞くことになるかもしれないが」と前置きし、礼美が魔物になる前のことを話して聞かせた。

 思えば、過去のことなど付き合いの長い英や鏡花にも詳しく話したことはない。記憶の中の光景を言葉を選び、かつリリに理解できるように噛み砕きながら話していくと、意外と時間がかかってしまった。
 話を締め、額に浮いた汗を片手ですくったお湯で洗い流した礼慈はリリに白状する。

「リリはお酒を飲むことを大人のすることだと言ったな。だけど、少なくとも俺の飲酒は大人の行いなんかじゃない。父や母が夢中になっているそれがどんなものなのか体験してみたかったという好奇心と、もしそれが分かれば両親のことを理解することができて、その理解を得た自分になら母さんもかまってくれるんじゃないかという期待があっただけなんだ」

 好奇心という子供心と、かまわれなければという生存本能。それが礼慈が酒に手を出した理由だと話す。

「大人なんてとんでもない。子供っぽい理由だよ。
 それに、母さんが魔物化してこっちの街に引っ越してきてからも俺は一度手を出した酒をやめることができなかった。お酒を飲んだその次の日にそれと縁が深いヒトに手を差し伸べてもらったからか、あれが無いと怖いとさえ感じたんだ。
 お酒がなければ自分はまたあの時のような状況に追い込まれてしまうんじゃないかって。
 もちろん、魔物はそんなことはしないし、こっちに来て知り合った男友達は皆いいやつばかりだったんだけどな……分かっていてもどうしようもなかった」

 依存だ。父や母と同じく、礼慈もまた、アルコールの薬効とはまた別の精神的な部分で酒に依存していた。

「だから、俺はリリが思っていてくれているほど大人なんかじゃないよ」

 事に及ぶ前に伝えておきたかった、リリが誤解しているであろう自分の正体をすべて言い終わると、張っていた虚勢を緩めた脱力感から礼慈は長い息を吐いた。そんな彼に、肩に置かれていた手を振り払ってリリは勢いよく振り向いてきた。
 反射的により厳重に股間を隠そうとする礼慈を縫い止めるように、リリはその常磐の瞳でまっすぐ礼慈を見る。

 礼慈が股間に伸ばそうとした手を止めて、深い翠に引き寄せられていると、意識の外から伸びてきた手が礼慈の頬に触れた。

「レイジお兄さま、がんばったんですね。そして、今もがんばってます。やっぱり、わたしを助けてくれたお兄さまはステキなオトナの方です」

 リリは手を頬から髪に回して、いい子いい子をするように礼慈の頭を撫でた。
 少し高い位置にある頭に手を届かせるために、彼女は背筋を伸ばして前のめりになっている。礼慈の視界は翠の色彩から一転して肌色を映していた。

 正体はリリの平坦な胸だ。

 可憐な桜色に色づいている二つの乳首が至近距離に迫っている。
 どうしても意識せざるを得ないそれをリリを抱き寄せることによって視界から外す。

 小さい体を膝の上に乗せ、肩に顎を置く。ほとんど衝動的に抱き寄せたせいで湯が大きく揺れた。飛沫が顔にかかり、髪をまとめていたタオルが崩れる。
 そんな中で、リリは礼慈の頭を撫で続けていた。

 頭に乗った微かな重みがゆっくりと移動している。その感触によってもたらされるなんともいえない安心感と、過去の自分が労られているという実感だ。
 礼慈は不意に強烈な感情の波を得た。

 鼻の奥がツンとなって、目頭が熱くなる、
 年下の女の子に頭を撫でられてこうまで感動してしまっている自分に戸惑う。

(どちらが年上なのか分からないな……)

 困っている子の相談相手なんていう上からの立場を偉そうに自称することはもうできない。自分とリリは対等か、そうでなければリリの性格的に人より優位に立とうとはしないだろうが、実質としては彼女の方が自分などよりも優れているくらいだろう。

 一度それを認めてしまうと、心の中で渦巻いている感情の歯止めが利かなくなる。

(相手は小等部だからって自分に言い聞かせるのも、もう無理だな)

 もはや礼慈にはリリの問題が解決した後も、自分が彼女の隣に居るという、その立ち位置を他者に譲るつもりはない。
 公園で声をかけた時には辛そうなリリを少しでも楽にできるならと自分を助けてくれたサテュロスに倣って行動しただけだった。それが、ここまで明確な執着を抱くようになったのはいつからだろうか。

 お兄さまと呼ばれることを了承した時か、もう一度公園で姿を見かけた時か、秘密基地に連れて行った時か。そうでなければ隠し部屋で見つけたエロ本に二人して欲情した時か、体を重ねて幼い未成熟な体の意外な包容力を体感した時か……。いずれにしろ、ヤるだけヤッて、問題が解決したらさようなら、とはもうできない。

 それだけハマり込んでいたのだが、いつからなのかはもう一生分かるまい。
 ただ、それらしい理由を捏ねて本質を直視することを避けていた、何重にも重なった肉欲と劣情の芯にあるその執着の名はきっと、

(俺はリリを愛してるってことなんだろうな……)

 初めて芽生えたその感情をどのようにすれば伝えられるのだろうか。それがこの期に及んで勃起した陰茎を見せて欲情を堂々と宣言せずに居る理由だった。
 頭を撫でるのを続けながら、リリが戸惑ったように言ってきた。

「あの……お兄さま……何かあたって、ます……」
「……そうだな」

 衝動任せに抱き寄せたため、腿裏に押さえつけていた陰茎は跳ね上がってしまい、引き寄せて膝の上に乗せたリリのお腹に押し付けるような形になっていた。

 彼女の臍の窪みに先端が当たり、秘密基地ですっきりしたはずの陰茎がむず痒くなる。
 幼い体に欲情している浅ましい自分を確かめて、それでもその中には愛という甘い感情があることを認める。とても身勝手な言い分だと思うが、それを礼慈は否定しない。どうせ今更我慢は利かないのだ。それを正しく伝えることだけ考えればいい。そう開き直ると頭の中にそれを伝える方法が天啓のように浮かび、礼慈はリリの背に回していた手を解いた。

 くっつけていた胸を離すと、リリもためらいながら撫でていた手を止めてゆっくりと膝から降りていき、自身に触れていたものを確認した。
 息を飲む音が聞こえ、

「あの、おちんちん。大きくはれちゃってます……っ。大丈夫ですか?」

 記憶を失ってしまうとこれまで何度か見た勃起も異常事態として映るのだろう。

(リリみたいな子に欲情してこうなってるって所では、ある意味異常か?)

 しかしそう言われたのも今となっては一昔前の話だ。

「うん、うん。大丈夫。今日はどうにも心配かけ通しになるな。コレは見た目はこんなのだけど、何も問題はないんだ。ただちょっとリリが……そう、リリと仲良くしたくてなったものだ」

 今日はもう立派ではない自分をリリに晒す日なのだろうと開き直ることにする。

「そういうわけで、俺は情けなくて子供っぽくてリリにお兄さまなんて呼んでもらえるような人間じゃないわけだけど。それでも、まだ俺を頼ってくれるか?」

 軽い口調を心がけて言うと、リリは胸の前で手を組んだ。そして祈るように、

「お兄さまがこまっているわたしを助けてくれたこと、みんなとうまくいられなくなっちゃったわたしに声をかけてくれて、わたしが知らないわたしのことを知っても、フツウじゃないわたしといてくれたこと。それをたよってわたしはこの世界に居たいってお母さまやお父さまに言うことができたんです。
 わたしの方こそ、すぐにきおくが無くなったり、お兄さまの言いつけを守らずにごめいわくをおかけしてしまったわたしのことをイヤになってしまわれるんじゃないかって心配していて……今もしています」

 当然というか、勃ち上がっている性器を茶化すようなこともなく、必死に礼慈へと言葉を返した。

「それは取り越し苦労だ。そんな些細なことでリリを嫌になったりなんかしない。できない。だって俺は――」

 礼慈は続く言葉を止めた。そして今がケジメの時だろうと踏ん切りを着け、

「リリ、聞いて欲しい。一番俺が君に伝えて置きたいことだ」

 言われた言葉にリリは拝むようだった姿勢をピンと伸ばした。

「はい」

 真剣な彼女にふさわしいように礼慈も背を正す。

「俺はリリが好きだ」

 鳴滝礼慈という人間の正体に触れても幻滅しないでいてくれる。
 少なくとも憎からず思われているはずだということを安心材料とした後でようやくこう切り出すことができるというあたりがなんとも小心者だ。

 そしてそんな小心者の一世一代の告白をを聞いたリリは、背筋をピンと伸ばしたきれいな姿勢のままで、目を上下左右に揺らしながらあわあわとうろたえていた。

「え、あ、はい。ありがとうございます……わたしも、わたしも。お兄さまが、好きで、大好きです!」

 叫ぶような情感たっぷりの声が浴室で反響する。
 その言葉はこれまで性行為をしている時にも漏れ聞こえてきたものだったが、礼慈はあえて聞かなかったことにしてきた。
 リリのような幼い子供が快楽に昂ぶって発した言葉だということもあったし、記憶が失われるのならその言葉の記憶も消えてしまうだろうというのもあった。大人兼友人という体裁を掲げて顔を合わせている――という言い訳もしていたので、正面から言葉を受け止め応えることを避けていたのだ。

 それを今、真正面から受け取って、こう思う。

(卑怯だな……)

 リリにしてみればいきなり好いている相手から好意を叩きつけられたということになるが、礼慈は覚悟をじっくり固めた上で想いを伝え、伝えられ、受け取ったのだ。
 それは当然、リリと比べたら相手からの好意の告白も泰然と受け止められる。

「リリ……」
「お兄さま……」

 リリは瞳の動きを落ち着かせると、その深い翠を潤ませ、

「わたし、おかしいかもです。体があつくて、頭がぼんやりとして……なのに、お兄さまだけがはっきり見えます」

 のぼせた。ともとれる症状だが、そうではないと礼慈には分かる。リリは今、発情しているのだ。
“初めて”のその感覚を持て余している彼女と違い、欲情の猛りを隠すこともやめて堂々と晒す礼慈は、その落ち着きの差を最大限に利用して、もう一歩、深く踏み込んで愛情と欲望を認める確認をした。

「リリ。このまま俺とセックスしてほしい」
「せっくす……ですか?」

 やはり記憶は失われているようで、リリには何を言っているのか分からないようだ。

「俺がリリを愛していると確認することかな」
「それってわたしがお兄さまを好きなことを確かめることにもなりますか?」
「ああ。セックスってのはそういうものだ」

 言い、そして、と付け加える。

「セックスにはもう一つ大事な意味がある」

 自分の中で物言いをつけようとしている倫理の残骸を飲み込んで、言葉を重ねる。

「子供を作るってことだよ」
「こども……」

 口の中でその言葉を転がすリリの口調がとにかく楽しそうなのが、礼慈としても嬉しい。

「そう。コレがこんなに大きくなっているのはな、リリの中に入って愛を確かめて、そして子供を作りたくてしかたないからなんだ」
「それで、赤ちゃんができるんですか?」
「絶対じゃない。でも根気よく続ければいずれそうなるはずだ」
「そう、なんですね」

 リリは陰茎をじっと見つめ、礼慈に言う。

「お兄さまとわたしが大好きどうしだってたしかめられて、お兄さまとの赤ちゃんもできちゃうんですね」

 どこか夢みるようにうっとりと、

「わたし、お兄さまとの赤ちゃん……ほしいです」

 何も知らないはずの彼女は、雌の艶を帯びた声音で礼慈に求愛した。

「お兄さま。せっくす、しましょう」
19/06/29 02:10更新 / コン
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