Alice　in　secret　base

連載小説

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狂気の読書会

「とりあえず秘密基地に来たはいいけど、どうする？」

　居間のテーブルについて礼慈は言う。
　裏山で魔法が観測されるのはリリと礼慈が秘密基地にいる時だとルアナの言葉で確信が持てた。
　こうしていれば例の認識阻害の魔法とやらは発動しているだろう。

　確認のために連絡をとろうとして取り出した携帯端末が圏外になっている所からもまず間違いない。ならば、後は適当にここで時間を潰しておけばいい。

「おそうじの続きをしましょう」
「どこが残ってたかな」
「そうこの中のおそうじです」
「よく覚えていたな」
「えへへ、レイジお兄さまの言ったことですから」

　リリはエプロンドレスのポケットから布切れを取り出した。

「お兄さまが今度はぞうきんを持って行くって言っていたのもおぼえてます」
「ああ、忘れてた。助かるよ」

　記憶が一度消えた後になって聞いた話であろうとも、“覚えている”。ということがとにかく嬉しいのか、リリは上機嫌だ。
　そんなリリと一緒に倉庫の掃除をしていると、礼慈はふと気付いた。

（……順番ミスった）

　構造上、倉庫から掃き出したものをトイレに流すにしても、外まで掃いていくにしても、一度居間の部分を通さなければならない。
　扉を閉めてしまえばほこりが舞うような強い風が起こることはないため元の木阿弥にはならないが、それでもいくらかは塵が残る。

「どうかされましたか？」
「いや、先にこっちから掃除しておけばよかったなと思ってな」

　リリも掃除の順番を間違えたことには気付いていたようで、首を縦に振りはするが、でも、と続けた。

「これでまた、レイジお兄さまといっしょにおそうじができますね」
「そうだな……また掃除をすればいいか」

　箒を手に掃除に戻るリリの背を見る。彼女は礼慈と居ることを歓迎してくれているのだろうか。

（少なくとも俺は……きっとリリと一緒に過ごすことを求めてる）

　視線に気付いたのか、リリが振り向いた。

「レイジお兄さま？」
「あーさぼってない。さぼってないぞ」

　そう応じて棚の中身を居間のテーブルに置き、空になった棚を拭いていく。
　リリもなんでもないことと思ったのか、自分の作業に戻る。
　内心ほっとしながら礼慈も倉庫の片付けと掃除を続けていると、木箱の中身を出していたリリが声をかけてきた。

「あの、お兄さま、このご本……」
「本……？」

　彼女の手にはハードカバーが抱えられていた。

「はい、その……読んでいただきたいです」

　とっさに隠し部屋がある方に目を向ける。
　隠蔽された扉に再び開けられたような形跡はない。
　ということは表に出ている分――木箱に収められていたものなのだろう。
　掃除の際に昔の本に手を伸ばすのはついやってしまいがちのことだが、真面目に掃除をしていたリリが興味を示した本、というのはこちらとしても興味がある。しかも読んで欲しいときた。

「どれ……？」

　どうやら小説のようだ。タイトルは『沼のウサギ』とある。
　聞いたことがないタイトルだ。

　最初の数ページをめくってみると、硬めの文章が並んでいる。それなりに難しい言葉を使っているところからも小等部向けではない。漢字が苦手だと言っていたリリにはまだ少し難しいかもしれなかった。

「あの……おそうじのとちゅうなんですけど、その、本が読んでほしそうにしていて」

　言い訳がつたな過ぎて思わず笑ってしまった。

「別に掃除をいつまでにしないといけないかなんて決まってないんだからそんな真面目にやろうとしなくてもいいんだ。読もうか」

　元々リリは読書好きのようであるし、たしかに本の装丁もなかなか気合が入っていて表紙に描かれている並んだ少年少女の絵もきれいで、内容にも触れてみたいという気持ちも分かる。

　居間のテーブルや椅子には運び出した歴代の使用者の宝が山と積まれているため、礼慈はそれら宝物が入っていた木箱を二つ並べて腰掛けた。

　もう一つの木箱を叩いて掃除の手を止めてよいのかとまだ悩んでいるリリを誘うと、彼女は少し迷うような素振りを見せてから、礼慈の膝の上に座った。
　正直なところ、もう慣れたというか、しっくりとくるポジション取りだ。

　リリの高めの体温と甘い香りに欠乏していたものが潤うような安心感を得て、つい本を手にしたままぼーっとしてしまった。

「お兄さま？」
「ん、いや、すまない」

　礼慈は努めて手にしたハードカバーの小説に集中することにして表紙をめくった。

　小説の内容は、戦争の足音が聞こえてくる時代のとある村の裕福な屋敷の娘と、その屋敷に出入りしている庭師の息子の恋物語であるようだった。

　　　●

　少女が暮らしている屋敷の敷地には沼があって、二人はよくそこで遊んでいた。
　ある時戦争が始まって村にも募兵がかかる。
　父に倣い屋敷に奉公に来るようになっていた少年が、武勲を挙げて少女の家格と釣り合うようになるために兵士に志願しようとしていることを知った少女は、彼を引き止めるためにおかしくなったふりをして、彼の介助なしでは生活ができない状態を演じていた。

　だが浅はかな少女のお芝居は周囲にも少年にも露見することになる。
　彼女はたちの悪いイタズラへの罰として屋敷の中に幽閉されてしまう。

　もはや少年が戦地に赴くことを止めることはできないと絶望し、彼を失うかもしれない恐怖に押し潰されそうになりながら日々を祈りに捧げていた少女の前に、見知らぬ女性が現れる。
　閉ざされた部屋の中。どうやって侵入してきたのか見当もつかないその人物は、不可思議なことにウサギの耳と尻尾がついていた。

　そのヒトは少女の心を見透かしたように言い当てると、少年が出発する前に会わせてあげると告げてがんばれる“おまじない”をかけていく。

　少年が旅立つ当日。少女は少年の前にあらわれて、自分があのようなまねをした理由とともに自身の想いを告げる。

「死んでしまうかもしれない戦争に行こうとするくらいなら私のナカに来てナカでイッて！」

　想いの丈を一切推敲することなく叩きつけるような意味不明な告白を受けて、少年は演技をしているだけだったはずの少女が本当におかしくなってしまったのではないかと疑う。

　ただ、彼を必死に求める少女のことを置いていくことはできないと思う心があり、それを自覚して旅立ちへの決心が鈍る少年へと少女が、

「一瞬でもあなたと離れたくないの。ずっとつながったままでいいと思ってる。それが本当の私。ねえ、もっと私を知って溺れてよ」と彼を押し倒した。

　不意の行動にバランスを崩された少年は、いつの間にか足元に開いていた穴の中に落ちていく。
　沼の中に落ちていくようなねっとりとした落下感が体を包む。濁った水に呑まれているかのように狭まっていく視界には、少年を追って落ちてくる少女の姿しか見えず。彼女には、これまで存在しなかったはずのウサギのもののような長い耳が生えているのが見えた。

　　　●

　物語の筋が妙な方向に流れていることに気付いて礼慈は朗読を止めた。

（……なんだ？　この文章、雰囲気が……）

　全体としては固めの筆致でどことなく影のある描写で綴られていた物語が、獣耳の女性が現れたあたりから理不尽な描写と性的なメタファーが多用されるようになっていた。

（っていうかこのヒト、ウサギ娘……？　なにしれっと同族化させてるんだ……あ）

　要はこの話は魔物によって一人の少女が魔物化させられる物語なのだ。前半のシリアスな展開とするすると読ませる筆さばきでそういうものなのだと気付くのが遅れてしまった。

（なら、エロ系の流れになるのはまあ仕方ないか）

　だが、官能小説というにはそういう描写がこれまでなかったし、たぶんこの物語は文学寄りだろう。

（性行為のシーン自体は軽く流すとか比喩で匂わせる程度で終わるはず）

　次のページから二人の濃厚なセックスが始まった。

「……」
「レイジお兄さま？」
「……」

　リリに続きを急かされる。小等部に読んで聞かせるには二人の状況が切羽詰まっていることもあってか生々し過ぎる描写が続く。ここらで切り上げるのがいいのだろうが、リリに続きをせがまれていると思うとそれに応えないわけにはいかない。

　また、毛色の変わった文章は、それでも確かに名文の範疇だ。“読ませる”。

　そのため、礼慈自身、この物語の結末がどういったものになるのかについては気になっていた。
　その欲求が促すままに文章を読み上げていると、あっという間に物語の最後のページにたどり着いていた。
　何か一仕事終えたという達成感のある疲労を得ながら、クールダウンのつもりであとがきを読んでみると、リャナンシーとその夫の共著であると説明されていた。

　創作の妖精とその夫の合作。さすがの面白さだった。

　だからこそ読むことがやめられず、最後までいってしまった。隠し部屋のエロ本のように魔法でギミックが仕込まれているわけではないが、これも充分やばい類の本だろう。

（ここの本、普通にこんな所に置いておいちゃまずいやつが多いんじゃないか……？）

　そう思いながら本を閉じると、リリが見上げてきた。彼女は潤んだ瞳にうっとりとした表情で言う。

「お二人が幸せになれてよかったですね」
「……覚えているのか？」
「……？」

　リリはどういうことなのか分からないといった表情で疑問した。
　普通の会話の中で出てくる性に関連した言葉ですら記憶喪失の対象になっている彼女に、変則的ではあるが肝心なところでしっかりと濃い描写が続く官能小説を長々と読み聞かせていたのだ。本を読み終わった瞬間にリリの中からは今の本の記憶が消えてしまうものだろうと考えていた。それが、

（どういうことだ……？）

　そのものズバリエロいことをしている女性が載った本を見ながらズルズルと行為に及んだ時とは明確に一区切りつけた分、条件が違うはずなのにと考える礼慈に、リリは分からない、といった表情のまま礼慈の手の中の本にそっと触れて問うた。

「あの……二人があなの中に落ちてちゅーするところから、二人とも、しあわせになっていきましたよね」
「そうだな」

　物語としてはここが大きな転換点だ。少女の種族も変わったし、魔物化した少女が発情してその影響を爆発させ、物語のジャンルすらもがらりと変わった。

（今の言い方、リリはしっかり覚えてるってことか）

　おそらくはこの後の展開も。

「あの、ですね、レイジお兄さま」
「どうした？」
「はい」とリリは膝の上で身を回した。
「わたし……その、わたしも、レイジお兄さまとしあわせになりたいです」

　そう言って彼女は目を閉じて顔を上向ける。
　一昨日は飲み物をせがみ、その次の行動を誘発したしぐさだったが、今回は違う。前置き無しのキス待ちの顔だ。
　この誘いに乗ってしまえばまた行き着くところまで止まれなくなってしまうんだろうという確信が礼慈にはあった。リリの幼い身体を求める自分をもはや偽ることはできない。

　リリが少し不安そうに礼慈の両腕を握る。
　しがみつく力はか細く、断ろうと思えば礼慈の力で一思いに振り払うこともできるのだろう。

　それこそ、赤子の手をひねるように。

（赤子の手をひねるなんてよく言ったもんだ）

　そんなことをできる精神性の持ち主であったならば、あの小等部でリリが叫ぶ声を聞き流していただろうし、であるならば今こうしてリリと一緒に居ることなどなかっただろう。
　そういう意味では赤子の手をひねることができない礼慈は、観念混じりのため息を微かに寄せられる眉に向かって吹きかけた。

　驚いたように見開かれる常磐の瞳の奥深くを焼き付けながら、礼慈はリリの唇を自分のいたずらっぽく曲げたそれで塞いだ。
　至近の視界。リリのまつ毛が驚きに震えて、まぶたがそっと閉じられ、ひとしずくの涙が流れる。

　それを指先で拭っていると、礼慈の腕を掴んでいたリリの手が背中に回された。
　擦り付けられるリリの体を受け止めた礼慈に、より強い力で自分の位置を固定すると、リリは唇同士を擦り付け合うように顔を押し付けてくる。

　礼慈が鼻先が擦れ合う感触を楽しんでいると、小さな舌が唇を割ってきた。
　口内に広がる味覚がもたらす性的な刺激に身をゾクゾクと震える。
　もっとこれが欲しいという欲望が湧き上がり、それを満たすために礼慈はリリの舌を自分の舌で絡め取って彼女の口へと押し返した。

　リリが成長した男の力に抗えるわけもなく、口内への侵略はたやすく完遂され、礼慈の舌はリリに満たされた。
　リリの口内をなぞるのも、溜まった唾液に舌を浸すのも、全てが甘美だ。

　リリが作ったお菓子は確かに美味かったが、その味だけで比べてもこの境地には至っていない。それほどに興奮する美味さなのだ。

　本を読んでいる時には既に勃っていた逸物がリリを相手にしたことで明確にその硬度と大きさを上げていく。
　ズボンにしまっておくには窮屈に過ぎる状態になってしまったモノをリリの尻に押し付けながら、礼慈は思い至った。

（あの本を読んでいる時からずっと性的な行為は続いているのか）

　リリにとってはあの読書の時間も礼慈と行うプレイの一環として認識されていたのだろう。
　それはつまり、リリにとっては礼慈との関わりは、その道を専門とする魔物とその伴侶が作り上げた作品を前戯にしてしまうほど上位に置かれているということではないか。

　少なくともそうと考えられるということに異様な興奮を覚えながら、礼慈はリリの体を本格的にまさぐり始めた。

19/04/11 22:57更新 / コン

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