え ほん
ティッシュを処分しに行ったリリが呼びに戻って来て、赦されるような形で礼慈は秘密基地に入り直す。
全てが文字通り水に流れた、というわけでもないが気まずさはマシになった。それでも何ともいえない雰囲気を引きずったまま、どちらともなく掃除を再開した。
礼慈は時間が経って水気も十分取れた机に本を積み上げながら空の本棚を一気に掃除する旨を伝え、リリに手伝ってくれるように頼んだ。
快く引き受けてくれたリリとぽつぽつと話をしつつ機会を伺った礼慈は、本棚をきれいにし終わった仕上げにハンカチとテーブルクロスを濯いで椅子に掛けたのをきっかけとしてリリに頭を下げた。
「すまなかった。覗くようなことになるとは思わなかった」
リリが胸元でわたわたと手を振る。
「そ、そんな! わたしがあの、がまんができなかったり、ティッシュをもってきていなかったのがわるいんですから」
「だけど」
「それに、わたしはレイジお兄さまにお礼を言わなくちゃいけないんです。本当ならもっと早く言わなくちゃいけなかったのに、わたし、言いそびれてしまってて……」
「そんな感謝されることなんてあったか?」
覗き魔だと糾弾される謂れこそあれど、感謝される心当たりがない。
「だって、わたしにドアがたおれてくるところから守ってくれました」
「あれは」
そもそも扉を壊したのは礼慈だ。感謝される理由にはならないと思うが、
「レイジお兄さまはわたしを助けてくれた……それが、すごくうれしいんです」
彼女は頬を赤く染めて続けた。
「で、ですけど……はずかしかった、です……今度は、おしっこ、すませてから来ます」
「あー、まあ、扉も壊れたことだしな」
ここまで言わせて謝り続けるのも失礼だろう。礼慈は恥ずかしいことを思い出させたのを詫びる気持ちでリリの頭を撫でた。
リリは撫でやすいように頭をこちらに傾けてきて、そのまま数秒、午後の日差しが結晶化したかのような髪を撫で続けた礼慈ははっとして手を引いた。
(さては常習性があるな……?)
二度目にしてあつらえたかのように手に馴染む心地良さだ。
唐突な終わりに疑問を抱いたのか、リリが顔を上げてくるが、その疑問が言葉になる前に礼慈は本棚を見て言った。
「大物が綺麗になるとやっぱり見違えるな」
「そう、ですね……。はい、本当に、きれいになりました」
足元にも埃が積もっているが、これは箒を持ってきてトイレにまとめて掃き出せばいいだろう。
しっかり密閉されていたのが良かったのか、虫や砂が紛れ込んでいないのが幸いだ。その気になれば残りの部屋も思ったより苦労せずにきれいにできるかもしれない。
(まあ、そんなに頻繁に来ることもないだろうが……)
「次はどうしますか?」
やる気まんまんなリリに礼慈は苦笑する。
「そうだな。……本棚に本を収めるのは湿気が完全に取れるまではやめておきたいな。床はちょっと道具が足らない。それに陽も暮れてきたし、俺としては今日は引き上げるタイミングかなと思っているんだが」
言うと、リリが残念そうに耳と羽と尻尾を垂れた。
気晴らし目的で連れて来ておいてトイレの一件があったこともある。多少なりとも罪悪感を得ている礼慈としては、彼女にそんな反応をされてしまうとなんとかしてやりたいと思ってしまう。
「……だが、実はさっき本棚から昔やってたゲームの特集が載っている雑誌を見つけたんだ。もう廃刊してるから見ることはできないと思ってたやつで、インタビュー記事とか載ってるらしくてな、ちょっと中身が気になる。悪いけど読む間――十五分くらいでいいんだが、待っててもらってもいいか?」
「はい……あの、ありがとうございます」
「こっちこそありがとう」
リリははにかんだ笑みで礼慈もまだよく中を見ていない最後の扉を指さした。
「あそこ、まだよく見ていないので見てきてもいいですか?」
「ああいいよ。とは言っても俺もこうまで発展しているとは思わなくて、そこに何があるのかは分からないけど。ああ、物がボロくなってるだろうから、気をつけて」
言った直後に先程のことを思い出して地雷を踏んだかと身構えたが、リリは知らない部屋を探索することに興味を惹かれているためか、気にした様子もなく部屋の中に入っていった。
自分だけがあのことを過大に気にしているようで居心地が悪くなる。
ともすればリリの小振りなお尻の丸みを思い出してしまいそうで、礼慈はそれを振り払うために本当に気になっていた雑誌を掴んで椅子に腰掛けた。
●
インタビュー記事を読み終わった礼慈はリリが入っていった部屋の方をちらっと見た。
先程から物音が聞こえなくなっている。
いくら拡張されているとはいっても元は洞窟を掘り進めただけのものだ。広さも知れている。あの部屋の探索にそんなに時間がかかるとは思えない。
悲鳴の類もないのでよっぽど大丈夫だろうが、
(一応確認しに行くか)
扉を壊してしまわないように気持ち丁寧に開けると、部屋の中には本当に様々なものが、手作りと思わしきレトロな木箱や棚に放り込んであった。
種別としては娯楽のための道具で、ようはおもちゃだ。歴代使用者たちの遊び道具が集められているのだろう。
(倉庫のようなものか)
基本的には男子用のおもちゃが多いが、裁縫道具がしっかりとカバーをかけて置いてあるのも目に入る。
もしかしたらあのテーブルクロスを作ったのはこの裁縫道具の持ち主かもしれないと思うと少し申し訳ない気持ちになった。
(あれは今度ボランティア部にでも頼んできれいにしてもらって戻しておこうか)
あちこち見回すが、魔力で淡く照らされた四角い部屋の中にリリの姿は見当たらなかった。
(どこに行ったんだ?)
大声で呼びかけてみようと思ったところ、部屋の奥の方から物音がした。
だが、リリの姿は見えない。
何の音だったのだろうとそちらの方に行ってみると、壁から四角く光が漏れていることに気付いた。
もしやと思い光で切り取られている壁の部分を押してみると、壁が四角の中央を支点に回転した。
壁のように見えていたのは、ひと目ではそれと分からないように見事に塗られて隠蔽された隠し扉だった。
「うわ、ロマンだな……」
一周して扉が閉まると、漏れ出ていた光も完全に見えなくなる。
完全に閉まった状態では礼慈には見つけることはできなかっただろう。
(リリが開けて、そのまましっかりと閉めずにいたのかな)
リリはこの中だろう。
姿が見えないことで芽生えていた不安が安堵に変わる。礼慈は扉を半周開けて隙間に身を滑り込ませた。
扉の向こうは狭い四角の部屋で、中には三分の一程が埋まった本棚が一つと、壁面に魔力灯があるだけだ。
おそらくは居間の本棚に収まり切らなかった本を置いておく閉鎖書架のようなものなのだろう。
そんな部屋の中、床に直接座り込んで本を読んでいるリリが居た。
よほど面白い本なのか熱中しているようで、礼慈が部屋に入ってきたことにも気付いていない。
公園で話をした感じだと、リリは結構本を読むようだ。礼慈もそれなりに読むタイプなので、彼女がそこまで熱中する本がどのようなものなのか気になる。
「何を読んでるんだ?」
「ひゃっ!」
声をかけながら覗き込むように顔を近づけた礼慈に、リリは驚いて飛び跳ねた。
「びっくりさせたか? 悪い。
あまりに熱中していたからどんな本を読んでるのか気になってな。何を読んでるんだ?」
リリは戸惑ったように「え?」とこぼし、それから手元にある本を見た。
そして、
「わ、分かりません……」
「タイトルは気にしない方か? 内容を少し話してくれるだけでもいいんだが」
「そ、それも分からない……です」
あれだけ熱心に読んでいて内容も分からないということはないだろう。訝しく思いながら、礼慈は肩をすくめて「悪いが」と切り出す。
「そろそろ本当に陽が落ちる。家族も心配するだろうから今日はもう」
「あの。もう少し、もう少しだけ。お願いします」
懇願。と言っていいほどにリリは必死にお願いしてきた。
いいところなのだろう。だが、これ以上残ると陽がある家に帰すことが本当に難しくなってしまう。
(だが、断りづらいな……)
一方的に背負い込んだ負い目に引きずられてしまう。
(最悪、俺が送り届ければこの子が親に怒られることはないか?)
守結学園がある一帯は元々リリムの一体が創りあげて運営している土地だ。そもそもが犯罪率が極端に低いのが売りでもある。――犯罪が起きてもそれが立件されずに手打ちになるというのが本当の所という話もあるのだが――その背景があった上でしっかりと送り届ければ多少家に帰るのが遅れたところで大丈夫だろうという打算はあるし、雲行きが怪しければ生徒会長に口を利いてもらってこちらの立場を保証してもらえばいい。
「じゃあ、もう少しだけだ」
「ありがとうございます!」
リリの笑顔に感じる価値が上がっているのをひしひしと感じる。
(アルコールが回ってきたか?)
軽いハイキング程度と思っていたが、それでもアルコールが回るには十分だったかもしれない。
先の思考も、自分に都合良く考えるのは酒が回ってきているからだろうか。
(エキドナ……嗅覚が鋭くないことを祈りたいな)
娘を送って来た男から酒の臭いがするとあってはそれだけで信用度が下がりそうだ。
揉めるのはできるだけ避けたい。少しでもアルコールを抜くために、水場の水でも飲んで来た方がいいだろうか。
「俺は机のところで待ってるから、キリのいいところまで読み終わったら来てくれ。あまり遅くならないように」
「――あの!」
礼慈を引き止めて、リリは言った。
「よければレイジお兄さまもいっしょに読みませんか?」
●
リリの誘いは、本の内容の説明を拒否された礼慈としては意外な申し出だった。
とはいえ、一緒に読もうと、その空間を共有しようと誘ってくれたのは素直に嬉しい。
(それだけ素晴らしい本で、自分で説明するより読んだ方が早いと考えたのか?)
読んでみろと推されると内容に抱く興味もいや増す。
「じゃあせっかくだし、見せてもらおうかな」
リリの隣に座って覗き込もうとすると、リリが立ち上がった。
なんだろうと見ていると、リリは胡座をかいた礼慈の上に座ってきた。
「……っ?」
突然密着してきたリリに虚をつかれた礼慈は当惑する。
腿から腰にかけて感じるリリの重さが、鼻腔に届く甘い香りが、彼女の高めの体温が、礼慈の虚に染み込んでその確かな存在感を伝えてくる。
「こうした方がいっしょに見やすいですよね」
さも当然。といったふうな逆さ顔が礼慈を見上げる。
そうしながら彼女は座りを直してポジションを定めようとする。
軽いが、確かに存在感がある少女の重さと否応なく股間に感じるまろいお尻の感触に、なかったことにしようとしていた勃起がぶり返しそうな気配を感じる。
(このままだとまずい……っ)
リリにどいてもらうよう頼むために彼女の肩を掴もうとして、持ち上げられた手に気付いたリリが笑顔になる。
「レイジお兄さまが本を持ってくれるんですか?」
「いや……あ、ああ」
笑顔に押し負けるように本を受け取った礼慈は脚の間にある心地よさの塊に意識が向かないよう、全力で本の内容に集中するしかないと覚悟を決めた。
そして本の表紙を見た礼慈の口からは妙な呻き声が漏れた。
そこにはほぼ裸の女性が載っていた。
●
本は、ぱっとした見た目はしっかりした装丁だった。だからこそ、こっち系はないだろうと油断した。
というか、
(リリは本の内容がこれだから何を見てたかシラをきってたんじゃないのか?)
それがここに来て一緒に見ようとはどういうつもりなのだろう。
混乱した拍子に受け取った本が滑り落ちた。
「あ」と本を拾ったリリは、もう一度表紙をじっくり眺め、初めて見るものであるかのように、扇情的なポーズを決めている立派な尻尾を生やす妖狐を評した。
「きれいな方ですね」
着物をほとんどはだけさせた狐はこちらに腹を見せてからかうような笑みを浮かべている。
表紙には写真の他にも読者を煽るような言葉が書かれているようだが、その内容は色褪せていて判読することはできない。
妖狐の部分だけ真新しく鮮明に残っているのはなんらかの特殊な加工をしているからだろうか。
(しかしまあ……エロいな)
リリはこれをきれいと評したが、礼慈には衣服も周囲のセットも赤を基調に配されて雰囲気作りされていることもあって、やたらとエロティックに映る。
どういう見方が正しいのかは分からないが、この表紙で中身に健全なものを期待するのは無理がある。
魔物たちであるならばこのくらいの年齢でこのような本を読むのもそう珍しくはないのかもしれないが、礼慈としては体が反応してしまいそうでいたたまれない。止めておいた方が無難だろう。
――なあ、リリ。この本はやめておかないか?
言おうとした言葉が、何故か口から出てこなかった。
突然の異常に何かを思うまでの間に、リリの小さな手が、あどけない指でそっとページをめくった。
目に飛び込んできた一ページ目の内容は、表紙から予想される通りのものだった。
(……これは)
表紙を飾っていた妖狐が、艷やかな笑みをこちらに向けている。
豊かな体は読者を正確に捉えて誘惑してくるようで――
膝の上のぬくもりが身動ぎした淡い刺激によって、礼慈は本から目を離すことができた。
「――――っ」
眼下にある小さなつむじが、そしてそこから香る甘い少女の香りが礼慈の意識を本とは違う所に留める。
(なんだこの本……?)
普通の本を読んだだけでは決してならないだろう反応に、礼慈は固い唾を飲む。
と、同時にリリが座りが悪いのか、もぞもぞと姿勢を整える。その感覚がいやに鮮明に感じられた。
止めるべきだ。
そう思いながらも動けない状態で錯乱している礼慈の膝の上で、ページが次々めくられていった。
すっかり裸になった下半身で、両膝を立てて股を広げた状態の妖狐が自身の股の間。モザイクの中を指さしている。
見出しには『領地一幸せな妾が民のために自らの慰めかたを教えてしんぜよう』とあり、めくられた次のページから、見出しの通り、どのように自慰を行うのかが図と本人の説明でやけに丁寧に描かれていた。
文章と図だけ抜き取れば性教育の教材に使えそうなのだが、ページが進んでいくごとに彼女の下に敷かれた赤いシーツの濃くなった部分が拡がっていることから、実際にいじっているのだろうということは明らかで、紙面のピンク度はどんどん増してとどまることを知らない。
更に読み進めていく内に、モザイク部分が明らかに薄れてきていることにも気付く。
(いや、これは……)
初めは、ページを進めるごとにモザイクが薄くなっていく構成なのかと思った。だが、同一ページの同一の写真のはずなのに、徐々にモザイクが甘くなっていくという現象が発生しだしているようだと気づく。
未知の技術――というか魔術がつぎ込まれているらしいこのエロ本に、礼慈は心の底から感嘆し、同時に自慰のハウトゥーを載せるには内容が過激すぎて対象読者層がよく分からないことになっているとも思った。
そして、そんな本の内容に対する混乱した感想などよりも深刻な問題が礼慈に降り掛かっていた。
リリは今や完全に前のめりになって本の内容をじっくりと読み込んでいる。やはり彼女も魔物。性なのか、こういった物事に興味を惹かれるのだろう。
それはいっこうに構わないのだが、右のページから左のページへ視線が移動するたびに釣られて動く重心が礼慈の股間を刺激してしまい、彼は参っていた。
それ自体は大した刺激ではない。だが、香りやぬくもり。本の中の妖女をもしのぐ、リリが纏う現実に存在する幻想的な艶という、それらの複合的な効果はこれまでの流れで動揺していた礼慈の体を再び反応させるには十分なものだった。
このままではリリもじきに椅子にしている礼慈の体に起きている異変に気付くだろう。
そうなった時、何と言い訳をしたものか、礼慈には思いつかない。股間の変化に気付かれる前になんとしてもリリを膝から降ろしたいのだが、それすらもできないでいた。
「――……っ」
おかしな状況はそれだけではない。
また一つエロ本のページがめくられる。それをめくっているのはリリではなかった。いや、既に彼女は本に触れていない。
本を、まるで絵本の読み聞かせでも行うかのように広げ持ち、リリの視線の動きに合わせてページを一つ一つめくっているのは礼慈の手だった。
せっかく本を手にしたのだから閉じてしまえばいいのに、本はまるで手に張り付いているかのようにぴったりと密着しており、手放すことができなかった。
そしてまた、本にめくらされているかのようにページが一つ進められる。
「あ、全部……見えちゃってる」
リリがそうぽつりと呟く。
(全部……?)
礼慈の目にはまだ薄くなっていく段階のモザイクが写っている。どうやらリリには礼慈が見ているものとは別のものが見えているらしい。
(見る者によって違う内容を見せる本……)
何から何までこれまでの人生では馴染みのないことが起こる本だが、魔物たちの技をもってすればその程度なら容易く作れるだろう。ここまでくれば明らかに男性向けであろうに女の子に対して早めにモザイクをとっぱらうという仕様にはどことなく違和を覚えはするが、と思っている間にエロ本は大詰めを迎えていた。
明らかな快楽の表情を浮かべた本の中の妖狐が絶頂に至る寸前でページは終わっている。その続きを見たいならば一枚紙をめくらなければならないのだが、このページをめくってその先をリリに見せてしまってもいいのだろうかと礼慈は錯乱する頭で考えていた。
いうことを聞いてくれなかった体も今は動きを止めている。このままやり過ごせるのではと希望が浮かんで来たところで、リリが催促するように細い尻尾で胸を打ってきた。
お願いをされたのなら断るわけにはいかない。
自然なロジックとしてそのように思考した礼慈は、渋々とだが、自らの意思でページをめくった。
そこにあったのは、妖狐が痴態を止め、読者を向いてにんまりとほくそ笑んでいる写真だった。
『では、十分に高めたところで妾は愛しいおのことまぐわうのでな。次からはそういうこーなー(?)じゃ。よぅく見ておくが良いぞ』
写真下の文字にはそのようなことが書かれている。そして別の写真ではそんな妖狐に手を伸ばす、おそらくは旦那であろう男の手が写っていた。
(これ、このヒトの露出癖のために作られた本……なのか?)
だとしたらすごい話だが、彼女たちの性に対する熱い姿勢から考えればこれくらいはやるだろう。
構えていた分、予想していた内容を外されて肩透かしを食らった礼慈は半ばほっとして――紙面に現れた変化に一瞬気付かなかった。
「あ、文字がういてきます」
リリの言う通り、写真と写真の間の空いたスペースに筆で直接書かれたかのような文字が浮かび上がっていた。
『そなたには佳いつがいが居るようじゃな。で、あれば書を閉じよ。然る後に膣内へ出せ』
そう書かれた言葉を見届けた瞬間。礼慈の手から本が滑り落ちた。
本のカテゴリーに加えていいものなのかも分からないそれがページを閉じた上で勝手に本棚の中に収まる。
理解が追いつかない中、それでも理不尽な代物から開放されて、礼慈はほっとした。
だが、その弛みは直後により強い緊張へと塗り替わった。
膝に座る少女の体が、本を読んでいる時よりもあからさまに押し擦られているのだ。
その動きは礼慈の股間の膨らみを正確に中心に据えているもので、刺激に息を詰めた礼慈は思わず華奢な肩を掴んでいた。
「リリ……!」
「――――っ」
押し殺したつもりだったが、洞窟の壁を反射して返ってくるほどになってしまった声を浴びてリリはビクッと身を震わせた。
眠りから覚めたばかりのような、状況を理解していない目で礼慈を見上げた彼女はそれから目を見開いて、もじもじと身を揺すりだした。
そんなリリの体を持ち上げることで、礼慈はズボンの中で屹立するモノから小さな体を遠ざける。
「や……っ」
リリの口から小さく拒否を訴える声が発される。いきなりの行動に驚かせただろうが、緊急事態だ。仕方あるまいと内心言い訳する礼慈の眼前。リリの水色のスカートの色合いが一部だけ濃くなっていた。
「あ……あのっ」
足をバタつかせるリリを下ろすと、彼女は両腿を擦り合わせるような動きをしだした。
「大丈夫か? おかしなことがあったらすぐに言うんだ」
あの本から何か害を被ったのではないかと思い声をかけると、リリは顔を赤くして振り返り、どうしようもない失敗を白状するように言った。
「おまたがヌルヌルして……わたし、おもらし、しちゃいました……」
全てが文字通り水に流れた、というわけでもないが気まずさはマシになった。それでも何ともいえない雰囲気を引きずったまま、どちらともなく掃除を再開した。
礼慈は時間が経って水気も十分取れた机に本を積み上げながら空の本棚を一気に掃除する旨を伝え、リリに手伝ってくれるように頼んだ。
快く引き受けてくれたリリとぽつぽつと話をしつつ機会を伺った礼慈は、本棚をきれいにし終わった仕上げにハンカチとテーブルクロスを濯いで椅子に掛けたのをきっかけとしてリリに頭を下げた。
「すまなかった。覗くようなことになるとは思わなかった」
リリが胸元でわたわたと手を振る。
「そ、そんな! わたしがあの、がまんができなかったり、ティッシュをもってきていなかったのがわるいんですから」
「だけど」
「それに、わたしはレイジお兄さまにお礼を言わなくちゃいけないんです。本当ならもっと早く言わなくちゃいけなかったのに、わたし、言いそびれてしまってて……」
「そんな感謝されることなんてあったか?」
覗き魔だと糾弾される謂れこそあれど、感謝される心当たりがない。
「だって、わたしにドアがたおれてくるところから守ってくれました」
「あれは」
そもそも扉を壊したのは礼慈だ。感謝される理由にはならないと思うが、
「レイジお兄さまはわたしを助けてくれた……それが、すごくうれしいんです」
彼女は頬を赤く染めて続けた。
「で、ですけど……はずかしかった、です……今度は、おしっこ、すませてから来ます」
「あー、まあ、扉も壊れたことだしな」
ここまで言わせて謝り続けるのも失礼だろう。礼慈は恥ずかしいことを思い出させたのを詫びる気持ちでリリの頭を撫でた。
リリは撫でやすいように頭をこちらに傾けてきて、そのまま数秒、午後の日差しが結晶化したかのような髪を撫で続けた礼慈ははっとして手を引いた。
(さては常習性があるな……?)
二度目にしてあつらえたかのように手に馴染む心地良さだ。
唐突な終わりに疑問を抱いたのか、リリが顔を上げてくるが、その疑問が言葉になる前に礼慈は本棚を見て言った。
「大物が綺麗になるとやっぱり見違えるな」
「そう、ですね……。はい、本当に、きれいになりました」
足元にも埃が積もっているが、これは箒を持ってきてトイレにまとめて掃き出せばいいだろう。
しっかり密閉されていたのが良かったのか、虫や砂が紛れ込んでいないのが幸いだ。その気になれば残りの部屋も思ったより苦労せずにきれいにできるかもしれない。
(まあ、そんなに頻繁に来ることもないだろうが……)
「次はどうしますか?」
やる気まんまんなリリに礼慈は苦笑する。
「そうだな。……本棚に本を収めるのは湿気が完全に取れるまではやめておきたいな。床はちょっと道具が足らない。それに陽も暮れてきたし、俺としては今日は引き上げるタイミングかなと思っているんだが」
言うと、リリが残念そうに耳と羽と尻尾を垂れた。
気晴らし目的で連れて来ておいてトイレの一件があったこともある。多少なりとも罪悪感を得ている礼慈としては、彼女にそんな反応をされてしまうとなんとかしてやりたいと思ってしまう。
「……だが、実はさっき本棚から昔やってたゲームの特集が載っている雑誌を見つけたんだ。もう廃刊してるから見ることはできないと思ってたやつで、インタビュー記事とか載ってるらしくてな、ちょっと中身が気になる。悪いけど読む間――十五分くらいでいいんだが、待っててもらってもいいか?」
「はい……あの、ありがとうございます」
「こっちこそありがとう」
リリははにかんだ笑みで礼慈もまだよく中を見ていない最後の扉を指さした。
「あそこ、まだよく見ていないので見てきてもいいですか?」
「ああいいよ。とは言っても俺もこうまで発展しているとは思わなくて、そこに何があるのかは分からないけど。ああ、物がボロくなってるだろうから、気をつけて」
言った直後に先程のことを思い出して地雷を踏んだかと身構えたが、リリは知らない部屋を探索することに興味を惹かれているためか、気にした様子もなく部屋の中に入っていった。
自分だけがあのことを過大に気にしているようで居心地が悪くなる。
ともすればリリの小振りなお尻の丸みを思い出してしまいそうで、礼慈はそれを振り払うために本当に気になっていた雑誌を掴んで椅子に腰掛けた。
●
インタビュー記事を読み終わった礼慈はリリが入っていった部屋の方をちらっと見た。
先程から物音が聞こえなくなっている。
いくら拡張されているとはいっても元は洞窟を掘り進めただけのものだ。広さも知れている。あの部屋の探索にそんなに時間がかかるとは思えない。
悲鳴の類もないのでよっぽど大丈夫だろうが、
(一応確認しに行くか)
扉を壊してしまわないように気持ち丁寧に開けると、部屋の中には本当に様々なものが、手作りと思わしきレトロな木箱や棚に放り込んであった。
種別としては娯楽のための道具で、ようはおもちゃだ。歴代使用者たちの遊び道具が集められているのだろう。
(倉庫のようなものか)
基本的には男子用のおもちゃが多いが、裁縫道具がしっかりとカバーをかけて置いてあるのも目に入る。
もしかしたらあのテーブルクロスを作ったのはこの裁縫道具の持ち主かもしれないと思うと少し申し訳ない気持ちになった。
(あれは今度ボランティア部にでも頼んできれいにしてもらって戻しておこうか)
あちこち見回すが、魔力で淡く照らされた四角い部屋の中にリリの姿は見当たらなかった。
(どこに行ったんだ?)
大声で呼びかけてみようと思ったところ、部屋の奥の方から物音がした。
だが、リリの姿は見えない。
何の音だったのだろうとそちらの方に行ってみると、壁から四角く光が漏れていることに気付いた。
もしやと思い光で切り取られている壁の部分を押してみると、壁が四角の中央を支点に回転した。
壁のように見えていたのは、ひと目ではそれと分からないように見事に塗られて隠蔽された隠し扉だった。
「うわ、ロマンだな……」
一周して扉が閉まると、漏れ出ていた光も完全に見えなくなる。
完全に閉まった状態では礼慈には見つけることはできなかっただろう。
(リリが開けて、そのまましっかりと閉めずにいたのかな)
リリはこの中だろう。
姿が見えないことで芽生えていた不安が安堵に変わる。礼慈は扉を半周開けて隙間に身を滑り込ませた。
扉の向こうは狭い四角の部屋で、中には三分の一程が埋まった本棚が一つと、壁面に魔力灯があるだけだ。
おそらくは居間の本棚に収まり切らなかった本を置いておく閉鎖書架のようなものなのだろう。
そんな部屋の中、床に直接座り込んで本を読んでいるリリが居た。
よほど面白い本なのか熱中しているようで、礼慈が部屋に入ってきたことにも気付いていない。
公園で話をした感じだと、リリは結構本を読むようだ。礼慈もそれなりに読むタイプなので、彼女がそこまで熱中する本がどのようなものなのか気になる。
「何を読んでるんだ?」
「ひゃっ!」
声をかけながら覗き込むように顔を近づけた礼慈に、リリは驚いて飛び跳ねた。
「びっくりさせたか? 悪い。
あまりに熱中していたからどんな本を読んでるのか気になってな。何を読んでるんだ?」
リリは戸惑ったように「え?」とこぼし、それから手元にある本を見た。
そして、
「わ、分かりません……」
「タイトルは気にしない方か? 内容を少し話してくれるだけでもいいんだが」
「そ、それも分からない……です」
あれだけ熱心に読んでいて内容も分からないということはないだろう。訝しく思いながら、礼慈は肩をすくめて「悪いが」と切り出す。
「そろそろ本当に陽が落ちる。家族も心配するだろうから今日はもう」
「あの。もう少し、もう少しだけ。お願いします」
懇願。と言っていいほどにリリは必死にお願いしてきた。
いいところなのだろう。だが、これ以上残ると陽がある家に帰すことが本当に難しくなってしまう。
(だが、断りづらいな……)
一方的に背負い込んだ負い目に引きずられてしまう。
(最悪、俺が送り届ければこの子が親に怒られることはないか?)
守結学園がある一帯は元々リリムの一体が創りあげて運営している土地だ。そもそもが犯罪率が極端に低いのが売りでもある。――犯罪が起きてもそれが立件されずに手打ちになるというのが本当の所という話もあるのだが――その背景があった上でしっかりと送り届ければ多少家に帰るのが遅れたところで大丈夫だろうという打算はあるし、雲行きが怪しければ生徒会長に口を利いてもらってこちらの立場を保証してもらえばいい。
「じゃあ、もう少しだけだ」
「ありがとうございます!」
リリの笑顔に感じる価値が上がっているのをひしひしと感じる。
(アルコールが回ってきたか?)
軽いハイキング程度と思っていたが、それでもアルコールが回るには十分だったかもしれない。
先の思考も、自分に都合良く考えるのは酒が回ってきているからだろうか。
(エキドナ……嗅覚が鋭くないことを祈りたいな)
娘を送って来た男から酒の臭いがするとあってはそれだけで信用度が下がりそうだ。
揉めるのはできるだけ避けたい。少しでもアルコールを抜くために、水場の水でも飲んで来た方がいいだろうか。
「俺は机のところで待ってるから、キリのいいところまで読み終わったら来てくれ。あまり遅くならないように」
「――あの!」
礼慈を引き止めて、リリは言った。
「よければレイジお兄さまもいっしょに読みませんか?」
●
リリの誘いは、本の内容の説明を拒否された礼慈としては意外な申し出だった。
とはいえ、一緒に読もうと、その空間を共有しようと誘ってくれたのは素直に嬉しい。
(それだけ素晴らしい本で、自分で説明するより読んだ方が早いと考えたのか?)
読んでみろと推されると内容に抱く興味もいや増す。
「じゃあせっかくだし、見せてもらおうかな」
リリの隣に座って覗き込もうとすると、リリが立ち上がった。
なんだろうと見ていると、リリは胡座をかいた礼慈の上に座ってきた。
「……っ?」
突然密着してきたリリに虚をつかれた礼慈は当惑する。
腿から腰にかけて感じるリリの重さが、鼻腔に届く甘い香りが、彼女の高めの体温が、礼慈の虚に染み込んでその確かな存在感を伝えてくる。
「こうした方がいっしょに見やすいですよね」
さも当然。といったふうな逆さ顔が礼慈を見上げる。
そうしながら彼女は座りを直してポジションを定めようとする。
軽いが、確かに存在感がある少女の重さと否応なく股間に感じるまろいお尻の感触に、なかったことにしようとしていた勃起がぶり返しそうな気配を感じる。
(このままだとまずい……っ)
リリにどいてもらうよう頼むために彼女の肩を掴もうとして、持ち上げられた手に気付いたリリが笑顔になる。
「レイジお兄さまが本を持ってくれるんですか?」
「いや……あ、ああ」
笑顔に押し負けるように本を受け取った礼慈は脚の間にある心地よさの塊に意識が向かないよう、全力で本の内容に集中するしかないと覚悟を決めた。
そして本の表紙を見た礼慈の口からは妙な呻き声が漏れた。
そこにはほぼ裸の女性が載っていた。
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本は、ぱっとした見た目はしっかりした装丁だった。だからこそ、こっち系はないだろうと油断した。
というか、
(リリは本の内容がこれだから何を見てたかシラをきってたんじゃないのか?)
それがここに来て一緒に見ようとはどういうつもりなのだろう。
混乱した拍子に受け取った本が滑り落ちた。
「あ」と本を拾ったリリは、もう一度表紙をじっくり眺め、初めて見るものであるかのように、扇情的なポーズを決めている立派な尻尾を生やす妖狐を評した。
「きれいな方ですね」
着物をほとんどはだけさせた狐はこちらに腹を見せてからかうような笑みを浮かべている。
表紙には写真の他にも読者を煽るような言葉が書かれているようだが、その内容は色褪せていて判読することはできない。
妖狐の部分だけ真新しく鮮明に残っているのはなんらかの特殊な加工をしているからだろうか。
(しかしまあ……エロいな)
リリはこれをきれいと評したが、礼慈には衣服も周囲のセットも赤を基調に配されて雰囲気作りされていることもあって、やたらとエロティックに映る。
どういう見方が正しいのかは分からないが、この表紙で中身に健全なものを期待するのは無理がある。
魔物たちであるならばこのくらいの年齢でこのような本を読むのもそう珍しくはないのかもしれないが、礼慈としては体が反応してしまいそうでいたたまれない。止めておいた方が無難だろう。
――なあ、リリ。この本はやめておかないか?
言おうとした言葉が、何故か口から出てこなかった。
突然の異常に何かを思うまでの間に、リリの小さな手が、あどけない指でそっとページをめくった。
目に飛び込んできた一ページ目の内容は、表紙から予想される通りのものだった。
(……これは)
表紙を飾っていた妖狐が、艷やかな笑みをこちらに向けている。
豊かな体は読者を正確に捉えて誘惑してくるようで――
膝の上のぬくもりが身動ぎした淡い刺激によって、礼慈は本から目を離すことができた。
「――――っ」
眼下にある小さなつむじが、そしてそこから香る甘い少女の香りが礼慈の意識を本とは違う所に留める。
(なんだこの本……?)
普通の本を読んだだけでは決してならないだろう反応に、礼慈は固い唾を飲む。
と、同時にリリが座りが悪いのか、もぞもぞと姿勢を整える。その感覚がいやに鮮明に感じられた。
止めるべきだ。
そう思いながらも動けない状態で錯乱している礼慈の膝の上で、ページが次々めくられていった。
すっかり裸になった下半身で、両膝を立てて股を広げた状態の妖狐が自身の股の間。モザイクの中を指さしている。
見出しには『領地一幸せな妾が民のために自らの慰めかたを教えてしんぜよう』とあり、めくられた次のページから、見出しの通り、どのように自慰を行うのかが図と本人の説明でやけに丁寧に描かれていた。
文章と図だけ抜き取れば性教育の教材に使えそうなのだが、ページが進んでいくごとに彼女の下に敷かれた赤いシーツの濃くなった部分が拡がっていることから、実際にいじっているのだろうということは明らかで、紙面のピンク度はどんどん増してとどまることを知らない。
更に読み進めていく内に、モザイク部分が明らかに薄れてきていることにも気付く。
(いや、これは……)
初めは、ページを進めるごとにモザイクが薄くなっていく構成なのかと思った。だが、同一ページの同一の写真のはずなのに、徐々にモザイクが甘くなっていくという現象が発生しだしているようだと気づく。
未知の技術――というか魔術がつぎ込まれているらしいこのエロ本に、礼慈は心の底から感嘆し、同時に自慰のハウトゥーを載せるには内容が過激すぎて対象読者層がよく分からないことになっているとも思った。
そして、そんな本の内容に対する混乱した感想などよりも深刻な問題が礼慈に降り掛かっていた。
リリは今や完全に前のめりになって本の内容をじっくりと読み込んでいる。やはり彼女も魔物。性なのか、こういった物事に興味を惹かれるのだろう。
それはいっこうに構わないのだが、右のページから左のページへ視線が移動するたびに釣られて動く重心が礼慈の股間を刺激してしまい、彼は参っていた。
それ自体は大した刺激ではない。だが、香りやぬくもり。本の中の妖女をもしのぐ、リリが纏う現実に存在する幻想的な艶という、それらの複合的な効果はこれまでの流れで動揺していた礼慈の体を再び反応させるには十分なものだった。
このままではリリもじきに椅子にしている礼慈の体に起きている異変に気付くだろう。
そうなった時、何と言い訳をしたものか、礼慈には思いつかない。股間の変化に気付かれる前になんとしてもリリを膝から降ろしたいのだが、それすらもできないでいた。
「――……っ」
おかしな状況はそれだけではない。
また一つエロ本のページがめくられる。それをめくっているのはリリではなかった。いや、既に彼女は本に触れていない。
本を、まるで絵本の読み聞かせでも行うかのように広げ持ち、リリの視線の動きに合わせてページを一つ一つめくっているのは礼慈の手だった。
せっかく本を手にしたのだから閉じてしまえばいいのに、本はまるで手に張り付いているかのようにぴったりと密着しており、手放すことができなかった。
そしてまた、本にめくらされているかのようにページが一つ進められる。
「あ、全部……見えちゃってる」
リリがそうぽつりと呟く。
(全部……?)
礼慈の目にはまだ薄くなっていく段階のモザイクが写っている。どうやらリリには礼慈が見ているものとは別のものが見えているらしい。
(見る者によって違う内容を見せる本……)
何から何までこれまでの人生では馴染みのないことが起こる本だが、魔物たちの技をもってすればその程度なら容易く作れるだろう。ここまでくれば明らかに男性向けであろうに女の子に対して早めにモザイクをとっぱらうという仕様にはどことなく違和を覚えはするが、と思っている間にエロ本は大詰めを迎えていた。
明らかな快楽の表情を浮かべた本の中の妖狐が絶頂に至る寸前でページは終わっている。その続きを見たいならば一枚紙をめくらなければならないのだが、このページをめくってその先をリリに見せてしまってもいいのだろうかと礼慈は錯乱する頭で考えていた。
いうことを聞いてくれなかった体も今は動きを止めている。このままやり過ごせるのではと希望が浮かんで来たところで、リリが催促するように細い尻尾で胸を打ってきた。
お願いをされたのなら断るわけにはいかない。
自然なロジックとしてそのように思考した礼慈は、渋々とだが、自らの意思でページをめくった。
そこにあったのは、妖狐が痴態を止め、読者を向いてにんまりとほくそ笑んでいる写真だった。
『では、十分に高めたところで妾は愛しいおのことまぐわうのでな。次からはそういうこーなー(?)じゃ。よぅく見ておくが良いぞ』
写真下の文字にはそのようなことが書かれている。そして別の写真ではそんな妖狐に手を伸ばす、おそらくは旦那であろう男の手が写っていた。
(これ、このヒトの露出癖のために作られた本……なのか?)
だとしたらすごい話だが、彼女たちの性に対する熱い姿勢から考えればこれくらいはやるだろう。
構えていた分、予想していた内容を外されて肩透かしを食らった礼慈は半ばほっとして――紙面に現れた変化に一瞬気付かなかった。
「あ、文字がういてきます」
リリの言う通り、写真と写真の間の空いたスペースに筆で直接書かれたかのような文字が浮かび上がっていた。
『そなたには佳いつがいが居るようじゃな。で、あれば書を閉じよ。然る後に膣内へ出せ』
そう書かれた言葉を見届けた瞬間。礼慈の手から本が滑り落ちた。
本のカテゴリーに加えていいものなのかも分からないそれがページを閉じた上で勝手に本棚の中に収まる。
理解が追いつかない中、それでも理不尽な代物から開放されて、礼慈はほっとした。
だが、その弛みは直後により強い緊張へと塗り替わった。
膝に座る少女の体が、本を読んでいる時よりもあからさまに押し擦られているのだ。
その動きは礼慈の股間の膨らみを正確に中心に据えているもので、刺激に息を詰めた礼慈は思わず華奢な肩を掴んでいた。
「リリ……!」
「――――っ」
押し殺したつもりだったが、洞窟の壁を反射して返ってくるほどになってしまった声を浴びてリリはビクッと身を震わせた。
眠りから覚めたばかりのような、状況を理解していない目で礼慈を見上げた彼女はそれから目を見開いて、もじもじと身を揺すりだした。
そんなリリの体を持ち上げることで、礼慈はズボンの中で屹立するモノから小さな体を遠ざける。
「や……っ」
リリの口から小さく拒否を訴える声が発される。いきなりの行動に驚かせただろうが、緊急事態だ。仕方あるまいと内心言い訳する礼慈の眼前。リリの水色のスカートの色合いが一部だけ濃くなっていた。
「あ……あのっ」
足をバタつかせるリリを下ろすと、彼女は両腿を擦り合わせるような動きをしだした。
「大丈夫か? おかしなことがあったらすぐに言うんだ」
あの本から何か害を被ったのではないかと思い声をかけると、リリは顔を赤くして振り返り、どうしようもない失敗を白状するように言った。
「おまたがヌルヌルして……わたし、おもらし、しちゃいました……」
18/08/30 11:02更新 / コン
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