連載小説
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傍らの片割れ

 鏡花は瞼越しに感じる光に眉を寄せた。
 無意識の内に光から逃れるように身体を転がすと、愛しい人の体に触れる。
 そのまま抱きつき、当然の行いとして匂いを嗅ぐ。
 淫臭と彼の香りとが鏡花を満たし、緩んだ口元が寝ぼけたまま音にならない言葉を紡いだ。

(愛の巣……すぐるくんとの、愛の巣)

 二人で満たされた空間に満足した鏡花は、満たされきった表情で再びまどろみに引きずり込まれそうになって――鳥が鳴き交わす声に耳がひくりと反応した。
 鳥たちの声から思い浮かぶのは、愛しい人の家に赴いて朝の仕事をこなす自分で、

(……朝……)

 頭の中でその言葉が浮かんだ瞬間、鏡花は跳ね起きた。

「――――っ!」

 視界は見慣れなかった部屋を捉えている。
 もはや忘れてしまうことなどできないだろう程に強烈な体験と共に記憶に刻まれたその部屋の、カーテンも引いていない窓からは光が射し込んでいた。
 陽は、いつもよりも高い位置にある。

 時計を見てみると既に七時半を過ぎようとしていた。

「英君! 起きてください! 朝です!」

 慌てて声をかけると、英はゆっくりと体を起こした。

「おはよう……」

 まだ眠気が残っているような顔でそう言った英はのんびりとした動きで窓と時計を見て、目が覚めたようだった。

   ●

「うわ、やばっ! 遅刻する!」
「急いで支度をいたしませんと!」

 急いでベッドから起き上がりながら、英は鏡花を改めて見る。
 裸の彼女の全身は情事の痕跡を色濃く残していた。

 あれから理性を失ったかのように溶け合うようなまぐわいを続けた記憶が蘇ってくる。
 相当出したものだが、枯れているという感じはしない。それどころか、英の雄は鏡花の艶めく裸体に朝勃ちから全開の勃起に至ろうとしていた。

「と、とにかく! シャワー浴びよう! このまま外に出るのはまずい!」
「は、はい。ですけど朝ごはんなどは」

 鏡花のご飯は食べたいが、今ならまだなんとか本鈴には間に合ってしまう時間帯だ。
 ためらいつつ、英は首を横に振った。

「間に合わなくなるから朝ごはんも弁当もなしで」
「……分かりました。それではどうぞお先にシャワーを」
「いや、先に鏡花から行って。俺は鏡花が今日着る服を用意するから」
「家まで行けばメイド服の予備がございます」
「よし。じゃあ取ってくる。鏡花の部屋でいい?」
「はい。申し訳ございません」
「いや、後先考えずに盛ってたのは俺だから」

 口早に言葉を交わしながら、英は適当な服を身に着けて鏡花の部屋に走った。

 持ってきたメイド服を驚異的な素早さでシャワーを浴び終えた鏡花に渡して入れ替わるようにシャワーを浴びた英は、昨日畳まれていた制服を着直してメイド然とした格好をかっちり整えた鏡花と慌ただしく家を出た。

   ●

 人生で初めての全力走での登校を堪能し、予鈴が鳴る中で下駄箱まで駆け込む。チャイムの最後の一音の響きが終わるのと同時に英は教室の戸を開けた。

 荒い息を吐きながら教室に入ると、クラス全員の視線が英と鏡花に向けられていた。
 彼らの視線は、敢えて温度でいうなら生暖かいそれだ。

 普段制服を着ている鏡花がメイド服だったり、常に早めの登校を行う英と鏡花が二人揃って遅刻ギリギリだったりするのだ。何かがあったと考えるには十分な状態だろう。

「お、おはよう、ちょっと、寝坊した」
「申し訳、ございません。わたし、のミスです……」

 挨拶代わりに言い訳じみたことを言うと、クラスメイトの中で何かしらのアイコンタクトがあったのか、一同を代表するように礼慈がゆっくり立ち上がった。

「あー、二人共おはよう。ギリギリセーフだったな」
「ごめん礼慈。昨日はいろいろ説明できなくて」

「いい、いい。そんな仲良く手を繋いで登校なんてされたら大体何がどうなったのかは分かるからな。もし詳しく教えてくれるなら……まあ、ご覧の通り皆興味津々だから、時間とって説明してやってくれ。
 何にせよ、おめでとう。やっっと……やっっっっとだな」
「溜めが長くないか?」
「うるさい。お前らのことを知ってる奴らは皆してずっとさっさとくっつけと念を送ってたんだよ」

 そこまで言って、礼慈は首を傾げた。

「……ん? 昨日?」
「昨日だよ。ほら、屋上の件。便宜を図ってくれただろ?」

 未だ不可解な顔をしたままの礼慈は背後、女子の方を見た。
 彼の視線に対してピリが翼を掲げ、

「スグるん、見た感じだとたぶんインキュバスになってるから、それだけ二人で愛し合ったってことじゃないかな?」
「時間の感覚も飛ぶものなのか?」
「愛があれば食事もいらないもん。場所によっては時間だって停まったまま愛し合うことができるのが私たちだよ」
「生理現象が止まれば時間を測る体内時計も狂うか……なるほど。俺もその辺りは勉強し直しておいた方がいいかもしれないな」

 感心したように頷くと、礼慈は黒板を指差した。

「ちなみに今日はお前たちが屋上で告白だなんだとしてから一週間が経ってる」

「「え?!」」

 英と鏡花は黒板の隅に書かれた日付を見る。そこには昨日から曜日こそ一つ分進んだだけだが、日付は七日経ったものが書かれていた。

「……マジ?」
「マジだ」

 英は慌ててズボンのポケットから携帯を取り出すが、バッテリーが切れている。
 鏡花に確認すると、彼女は首を横に振った。
 そういえば彼女の携帯は着物の帯に挟んであったはずだ。下手をしたらもう水浸しで使えなくなっているかもしれない。
 驚いたな。と思っていると、鏡花がそれどころじゃないというように顔を青くしていた。

「どうしましょう……一週間も、私……」
「やっちゃったもんはしょうがないかな」

 一週間経っていると言われたら、丁寧に掃除をしないと誰も入れられないような部屋の状態も納得できなくもないというものだ。

「礼慈、悪いけどノート」
「いいぞ。放課後生徒会室に来い。補習の話もまとめてしてやる」
「恩に着るよ」

 進む話の中で、鏡花は一週間時間が経っていたことに執着しているようだった。

「英君の皆勤賞がだめになってしまいました……」
「あれは別に狙ってたわけでもないから」

 思ったより凹んでしまっている鏡花を慰めるように言うが、彼女は涙目で悔やんでいる。
 どうしたものかと参っていると、礼慈が「まあ待て」と手を上げた。

「それについては問題ない。スグの母親経由で大取母のメールを受け取ってる」

 ほら読め。と差し出された携帯を受け取る。
 念のために日付を見てみると、たしかに一週間が経過していた。
 空腹感などがないせいで全く実感がない。狐に化かされたような気分になりつつ、英は鏡花にも見えるように携帯を持ちつつメールを開いた。

 『英君、鏡花。アンナです。
 メールのお返事もなく、電話も通じず、水晶からの念話もお部屋に渦巻く魔力に弾かれてしまいましたので信用のおけるお二人の御学友の方にメールをします。

 まずは、おめでとうございます。お二人がそうなることを私たちはずっと望んでいました。
 喜ばしいことです。

 お二人はこれから手に手を取って旅立って征くことでしょう。その時がもうすぐそこに迫っていることも理解しています。
 もう、二人に私たちの手は必要なくなるのだろうと。
 ですので、そうなるまでのもうほんの少しの間、おせっかいを焼かせていただきます。

 お二人。特に鏡花は何年も想いを溜め込んでおりますので、一度タガが外れてしまえばたとえあの子でもしばらくは正気に戻れないかと思います。それを見越して一月の間子作り休学を申請しました。師範にもお話しは通してありますから挨拶に伺ってください。

 あなたたち二人を邪魔するものはどこにもいません。それでは、安心して好きなだけ愛し合ってくださいね。

 PS:英君へ。ご両親は転職のためにもうしばらくこちらで視察をされます。私たちの帰りも子作り休学の数日前になる予定です。もし正気に戻られるようでしたらそれまで娘をお家で可愛がっていただけますと幸いです』

 英はため息をついて呟いた。

「全部把握されてるな」
「……そのようですね」
「思ったより早めの復学だな。その辺りの手続きも放課後にしてくれ」
「はい……ありがとうございます鳴滝君」

 メールの内容を見て落ち着いた鏡花は礼慈に携帯を返した。

「少し悔しいです……」
「まだまだ甘いってことか」

 本鈴が鳴る。
 周囲に感動の涙と拍手で迎えられながら、英は自分の席につく。同じように女子から抱擁で迎えられている鏡花に目を向けると、視線に気付いた鏡花が振り向いて、お互いに見つ目合った。

 起きてからは慌ただしくてゆっくりと話す時間がなかったが、今こうしているだけで二人はたしかに繋がっているのだと直感できる。
 心も、体も。離れていってしまうのではと不安に思うこともないだろう。

 もはや半身となった愛しい人は常に傍らに在る。面映い思いで笑みかけながら、二人は新たな生活のスタートを切った。


END
17/05/07 19:49更新 / コン
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■作者メッセージ
かたわらのかたわれ、以上で完結です。
今回は特にじっくりねっとりどろぐちゃ風味でいかせてもらいました。
モノとしてはかなり濃厚な代物になったのではないかなと思います。
楽しんでいただけましたら幸いです。

 それではまた機会がありましたらお会いしましょう。

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