連載小説
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青くて甘い相聞歌

 風呂を先に出た英は、台所に置いたままになっていた弁当を温めていた。
 レンジからチンと音がして加温が終了する。蓋を開けてみると、色、匂いともに幸いにも傷んでいる様子はなかった。
 せっかく作ってくれた弁当を無駄にせずに済んだことにほっとしながら、水筒からお茶を注いで弁当を食べ始める。
 常温でも当然美味いが、レンジで温め直して食べるとより一層美味く感じる。

 これからは学園で食べる時もレンジで温めてみようかなどと思いながら弁当を食べていると、台所の戸が開いて鏡花が姿を現した。

 彼女用に設けてある部屋でいつの間にか着替えてきたのだろう。あやめの着物を着た彼女は英の姿を見て、何かいいづらそうにしているように見えた。

「大丈夫、鏡花の分の弁当には手を着けてないから」
「お腹は大丈夫です。英君のおかげで精に溢れていますから。そうではなくて、私個人といたしましてはお料理を新しくお作りしたかったな……と」
「いや、温めればまさに出来立ての味って感じだからよくない?」
「温め直しても作りたての味にはならないのですよ。以前おばさまがおっしゃっておりましたので覚えておいてください」

 鏡花はそう言うと、ですが、と続ける。

「そのようなことをすれば英君が空腹を持て余してしまうことは分かっていました。私の勝手な思いで英君を飢えさせたとなればおばさまにも顔向けできません」
「そんなにおおげさな問題じゃないけどな」
「お食事は大事ですよ。
 それで、ですね英君。一つお願いしたいことがあるのですが」
「ん?」

 なんだろうと英が思っていると、鏡花は距離を詰めて来ながら、

「私は、お風呂で英君の試験に合格しましたよね?」
「う、うん」

 お風呂で英が鏡花にしたことは、改めて考えると凄まじい。

(鏡花、お尻大丈夫かな?)

 魔物娘ならよほど大丈夫だとは思うが、もし痔になっていたらその時は謝るしかない。
 鏡花は「でしたら」と言って英の横の席に腰を下ろした。

「ご褒美を希望します!」

 そう言って彼女は手を差し出した。

「お箸を」
「あ、うん」

 箸を受け取った鏡花は弁当箱を自分の方に引き寄せると、英を伺った。

「何をお食べになりますか?」
「あー……卵焼き」
「承りました」

 鏡花は嬉しそうに応えると、卵焼きを英の口もとに持ってきた。

「はい、英君。あーん」
「あ、あーん」

 言われるがままに口を開けると口の中に卵焼きが差し入れられた。同じ食べ物のはずなのにこうやって食べさせてもらうと美味しくなる気がする。
 するのだが、

「英君?」
「いや、ちょっと……」

 口もとを押さえて顔を俯ける。
 あんなことやそんなことまでしておいてなんだが、こういう触れ合いはものすごく照れる。
 やはり自分で食べようと思って手を伸ばそうとすると、鏡花は箸と弁当を死守する構えを見せた。

「英君、あーん」
「これ、俺へのご褒美になってないか?」

 同時に罰ゲームのようなものになっている。
 とはいえ、鏡花の尻尾が振られているのを見ると「ご褒美はこれ以外で」とは言えない。
 英は雛鳥の気分で弁当が空になるまでご飯を食べ続けた。

 口を開けると適量の食べ物が、最初の一口でなにかパターンでも把握したのか特に指示をしていないのに食べたいと思った順番で運ばれてくる。
 こちらは流石に自分で確保した湯呑みで茶をすすってほっと一息つくと、弁当箱を洗った鏡花が隣に戻った。

「ごちそうさま。美味かったよ」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」

 ほくほく顔の鏡花。こんなことで喜んでくれたのならありがたいことだと注ぎ直されたお茶を一口飲んだ英はさて、と切り出した。

「いろいろと話さなければいけないことがあるけど、まずはアレだ。いきなり告白をして驚かせてごめん」

 鏡花は恥ずかしそうに自分の湯呑みに目を落とした。

「い、いえ。いきなりとはいっても一日かけて英君が場を整えてくださっていたのです。その間に察することができなかった私が悪いのです」
「いや、白状すると、俺は鏡花が他の奴に告白されてたってことを知ってたんだ。そんなタイミングでちょうど進路希望調査なんてのもあったから焦ってさ。で、鏡花に告白をしたんだ。急になったのはそれが原因」
「屋上でもお聞きしましたけれど、英君は、あのお話をご存知だったのですか?」
「あー、人づてに聞いたんだ」

 生徒会長経由で聞いたというのは会長の立場もあるし、伏せておいた方がいいだろう。

「もし焦らされるようなことがなかったら鏡花に告白するのはもっと後、何かの区切りの日になってたかな」
「そうなのですか?」
「うん、この何日か鏡花が悩んでるように見えて、告白の件で返事に悩んでるのかなって思ってさ。なら悩んでる間――返事を出す前に俺の気持ちだけは伝えておこうと思ったんだ。
 鏡花が告白を受けたらもう伝えるのも重荷になっちゃうだろうから、今の内にって」

 鏡花はゆっくりと首を振った。

「私が英君以外の方を愛することなどありえません」
「ん、まあ……そう言ってくれると、嬉しい」
「それに英君。そのお話は少し間違いがございまして」
「間違い……?」
「はい。私が受けた告白というのは、小等部の男の子が私からもっと仕事を学びたいから付き合ってほしいと言ってくださったというのがその真相です。
 彼のそれは告白でしたけれど、その感情は憧れで、恋とは、そして愛とは別のものでした」

 鏡花は湯呑みを傾け、

「英君がおっしゃる私が様子がおかしかったというのはですね。英君の様子がおかしかったから、その詳細を探ろうとして醜態を晒してしまったのではないかと思います」
「さっき部屋でも言ってたけど俺、そんなにおかしかったか?」
「この数日は特に。それ以前にも少しずつ様子はおかしかったかな、と思います」
「まじか……」

 鏡花の心配の種は英だったわけだ。
 しかも鏡花が受けたという告白は英が心配していたものとは別の代物のようで。

(ピエロだなぁおい……)

 勘違いに恥ずかしくなっていると、鏡花が口ごもりながら言う。

「ですが、そのおかげで私も告白する決心がついたのです」

 英は頓狂な声をあげた。

「鏡花も告白を? 俺に?」
「はい。何事もなければ今日の放課後に全てを告白するつもりだったのです」
「全て?」

 ニュアンスに違和感を覚えて呟くと、鏡花は沈黙を挟んだ後に自分を励ますように頷いた。

「……はい。
 英君は告白してくださいましたけれど、あの、私の存在は英君が進む先で邪魔になりませんか?」
「邪魔?」
「英君は進学先に異世界交流の歴史に詳しい大学。それも、人類の側に寄った大学を希望しておられます」

 公言していることだが、大学の気風まで知っているとは意外だった。

(や、鏡花が俺を好きでいてくれるんなら知ってて当たり前なのか)

 この辺りの考え方に慣れなくては鏡花を侮ることになりかねない。気をつけようと思う。

「いわば保守派の総本山です。そのような所に私のような魔物がついて行っては迷惑ではありませんか?」

 こういうところを気にしてくれる。彼女はそういう存在なのだと自分の中に確認として刻みつける。

「それについては大丈夫。去年オープンキャンパスに潜り込んできて、教授の講義を受けてきたんだ。あの人は公正な人だよ。信用できる。
 それに、助手をしてた妻のヴァルキリーが魔物と番った人であっても、むしろそうなっていながらもここを選べる人物であるならば歓迎するって言ってくれてたよ」
「オープンキャンパスに行かれたのはそのことを確認するため、だったのですか?」

「それも目的の一つだったかな。
 いつか鏡花に告白する時に障害になるかもしれないことは確認しておこうと思ってたんだ。
 今考えると皮算用過ぎて恥ずかしいんだけど、あの頃はまだ鏡花が誰かの告白を受けるとか、どっかに行っちゃうかもしれないとか、そういうこを全然考えてなかったから。
 高等部卒業までには告白できるくらいの俺になっているかな、とか、そうでなくても鏡花は家に居てくれて、俺が帰省したらまたいつものように話してくれるだろうなとか、そういうことを考えてたんだ」

 思えば、随分と自分に都合の良い青写真を描いていたものだ。苦笑する英を、湯呑みを置いた鏡花は熱心に見上げた。

「私の進路は決まりました。これで、何の憂いもなく英君についていくことができます」
「いや、鏡花にやりたいことがあるならそっちを――」
「私に英君と共にいること以上にやりたいことなどあるとお思いですか?」

 即答で返され、英は二の句が継げなくなる。
 鏡花は顔を俯けているので表情は見えないが、尻尾も体もくねくね揺れて全身で嬉しそうにしていた。
 しばらくそうした後に彼女は姿勢を正し、

「それでは、改めまして。私の告白と、英君がしてくださった告白へのお返事をさせていただきます」
「遅くなってしまって申し訳ないのですが……」と続ける彼女にいやいや、と言いながら、英は彼女の言葉を受けるために座り直した。
 厳かな口調で彼女は始める。

「私は、英君のことをずっと、ずっとお慕い申し上げておりました。屋上で、英君は私と釣り合うような男になりたいとおっしゃっていましたが、それは誤りです。私こそが英君に相応しいだけの女にならなければならないのです。
 この想いは私が英君に惹かれた――生まれて初めて英君をこの目で見たその時からずっと心の中に抱いておりました……と言いたいところなのですが、申し訳ございません。私は駄目なキキーモラで、そう思うようになることができたのは英君が私を叱責してくださり、そしてその叱責に対する謝罪をしてまでくださったあの時からなのです」

 鏡花は未だにあの時悪かったのは英に干渉しすぎた自分であると思っているらしい。

「鏡花、その件は――」
「英君。私にはあの時隠していたことがございます」

 鏡花は明らかに緊張した固い声で話を続けた。

「それまでの私は、英君の身の回りのお世話を全て行うことによって英君が私無しでは生きていけないようにしてしまおうとしておりました」

 告げられた言葉に、英は思わず感嘆する。
 たしかにあの時までの鏡花は英にいつも付いていたし、英も英でそんな鏡花に完全に依存していた。

「俺はそれに完全にハマってたなぁ」

 あの時からそんなに想われていたなんて思いもよらなかった。

「そして、英君は浅ましい思惑に気付いて私に拒絶を突きつけました」

 いやいやそれはちがう! と英は内心で叫んだ。
 鏡花は英が鏡花の思惑に気付いて拒絶したと思い込んでいるらしい。

「待った待った。俺があの日キレたのはそんな頭のいい理由じゃないから! 俺、そもそも鏡花がそんなふうにして俺のことを捕まえようとしてるなんてこと知らなかったし。あれはただ、最近注意が口うるさくなっててイライラしてて、それでキレたってだけだ」
「それは英君が本能の部分で私の行いを理解して拒絶されたんですよ」
「いやいや、あれだけ普段から世話をされておいて自分がちょっと気に入らないからってキレて絶交宣言するって、どう考えてもクソガキの理論だから!」
「その普段からのお世話にキキーモラにあるまじき打算があったのです。不快に感じたのもその辺りを察知されていたのですよ」

(ああ言えばこう言うな!)

 鏡花はどうあっても英の非を認めてくれなさそうだった。
 彼女にとっても大事な転機だったらしいのはよく分かるし、おそらくここで譲ることはしてくれないだろう。
 ならば、と切り口を変えてみることにした。

「……まあ、俺はそんな打算のおかげであれだけ駄目人間だったのに鏡花に見捨てられずに済んだわけだ。逆に感謝しなくちゃ」
「わ、私が英君を見捨てるなどというようなことはありえません! それに、英君が駄目だとおっしゃっているのならその原因には私がその成長を阻害するようなお世話を続けたからという事実があって――」

(ああ、これはお互いに相手の非を認めないな)

 苦笑と共にそう思い、英は鏡花に言った。

「別に黙ったままでもよかったのに。そもそもあの日鏡花の家に行って話をするって決めてた俺と、いきなり呼ばれたんだろう鏡花とでは覚悟の固まり具合が全然違うだろうしね。何もかもを言い出せなかったのはしかたない」

 鏡花は首を振って英を見据えた。

「まだ、私には英君に告白しなければならないことがございます」

 これは遅れてやってきたそのための時間だ。あの時は鏡花たちが話すための場を整えてくれた。今度は自分がそうする番だった。

「いいよ、全部聞かせて」

 鏡花はその言葉にほっとしたような弱気な笑みを浮かべた。
 その顔を硬くして、彼女は言う。

「清算しておくべきだった浅ましい内面をひた隠しにしてしまったあの時から、私はキキーモラとしての感知能力をうまく扱うことができなくなってしまいました」

 英はその発言に違和感を覚えた。

「あれ? でもこれまでだってなんかその能力がなけりゃ出来ないような見事なお世話っぷりを剣道部の部員にしてなかったか? 親父やお袋だって鏡花に能力が無いんじゃないかなんて一言も言わないくらいの見事な家事っぷりだったし」
「いえ」

 英の言葉を否定した鏡花は口ごもりながら、

「私がこの能力をうまく扱えないのは英君にだけ……なんです」
「え、そうなの?」

 これもまた意外な言葉だ。英はこれまで、彼女の行動にそういう能力の有無を疑ったことは全くなかった。

(いや……そうか)

 思い返してみれば、たしかにおかしいことはあった。英がこれだけ鏡花を愛していることに全く気付いていないというのは確かにおかしい。魔物ですらないクラスのがさつな男共ですら何故か知っていることなのにだ。

(その他にも、たしかにちょっとおかしいんじゃないかってことはあるな……)

 英がそんなことを思っていると、鏡花は頷き、

「やはり心当たりはございますよね」
「今その心当たりの信憑性が薄くなったんだけど……」

 鏡花はこれまでもことあるごとに心を読んでいるのではないかという行動をしている。

「俺、心読まれてるんじゃないかって思うことがたまにあるんだけど」

「それは、私の欠陥を悟られないように細心の注意を重ねていただけです」

 つまり、これまで英に対して向けられていた細やかな気遣いの類は種族的な能力を駆使したわけではなく、鏡花個人の努力によって賄われていたというわけだ。

「それは……凄いな」

 素直な感想に、鏡花は肩をすぼめた。

「あの、英君。私、欠陥があるキキーモラです。それをひた隠しにしてこれまで傍に居ようとした不心得者です。
 でも、それでも、私は英君を心から愛しています! どうか、お傍に居させてもらえないでしょうか」

 悲壮な顔でそんなことを言われて、英は慌てた。

「ちょっと、待って! そんな悲しそうな顔しないでくれ。確かに鏡花がキキーモラの能力を何故か俺に対して使えなくなったってのはまあ、驚いたけど、俺は鏡花の心遣いにこれまでずっと助けられてきてたし、それに不満なんてないんだ」
「では、私は傍に居てもよろしいのですか?」
「告白したじゃないか。俺は鏡花が好きだって。能力をなくしても変わらない心遣いをくれていたなんて知って、もっと好きになることはあっても嫌いになることなんてありえないよ」

 鏡花は瞼を強く閉じて頭を下げた。

「ありがとうございます。もったいないお言葉です……!」

 その声が震えている。鏡花がこれを言うためにどれほどの決意が必要だったのだろうかと考えて、計り知れない思いを労うために英は鏡花の頭に手を乗せた。

「……あの?」
「聞かせてくれてありがとう、と思ってね」

 頭を撫で回して、そのまま彼女の頭を胸元に抱え込んだ。

「これからは……というか、これからも、俺の世話をお願いできるかな?」
「……っ、はい! よろしくお願いします……!」

 昔はお互い抱き合って泣いていたのが、今回は受け止める立場にあることに密かな自信を得て彼女が顔を押し付けてくるに任せる。
 すっかり懺悔タイムになっていたが、それもこれで終わりのようだ。
 改めてした告白に対して告白を返される形になったが、結果として鏡花と長らく両思いの関係であったらしいということが分かって安堵するような嬉しさが湧いてきた。

(鏡花に告白したボランティア部の男子の件も杞憂だったみたいだし)

 安心して鏡花を抱くことができる。
 そんなふうに思っていると、「あれ?」と声がした。

「鏡花?」
「……あ、はい……あの、英君……」

 鏡花は一度顔を離して、それから今度は英に抱きつく形で胸に飛び込んできた。

(……あ、鏡花の匂い……)

 彼女の匂いに混じる石鹸の香りが相島家のそれであることに欲情をくすぐられていると、鏡花が顔を上げた。

「英君。今、私の香りでえっちな気分になりましたか?」
「え?!」

 思いっきり動揺した声に、鏡花は「そうなのですね」と納得した。
 それから彼女は英の手を取ると、着物の袷の中に入れさせる。
 脈絡もなくいきなり服の締めつけでお風呂場の時よりも圧力を増した双峰に挟まれた手を緊張に固めていると、鏡花はどこか呆然とした顔で、

「やっぱり……」
「どうかしたの?」

 惜しみながら窮屈そうな和服を押し上げる双峰から手を抜くと、鏡花は呟いた。
「私、今、英君の気持ちが……より鮮明に分かります……」
「え?」
「感覚が……戻っています」

   ●

 キキーモラ特有の知覚能力の不備。
 これまで英が恋心をうまいこと隠せていると勝手に思っていたことが鏡花の側の問題だったと発覚し、これまで持っていた演技力に対する自信を揺らした告白。その直後に彼女はその知覚能力が戻ったと告げた。

 英としては、鏡花の見た目に何かしらの変化があったわけではないので、その能力の復帰がどのようなものなのかはどうにも分からないが、彼女は和服の胸元を整えるのも忘れて英を見つめ、目を潤ませた。

「英君!」

 そして鏡花は涙をこぼしながら笑顔で抱きついてきた。
 彼女にとっては全身で喜びを表さずにはいられないほどの出来事なのだ。
 それをこれまで喪失していたということと、それを隠さねばいられない程彼女を不安にさせてしまっていた自分の態度への謝罪を込めて、ためらいがちに鏡花の体を抱きしめ返す。

 鏡花は嬉しそうに身をすり寄せた。
 柔らかな彼女の体を感じながら、漂う匂いの中に普段英が使っている石鹸の香りが混ざっていることに異様に興奮してきた。

 鏡花は英の胸元で顔を上げると、泣いていたからなのか欲情のためなのかいまいち判断のつかない潤んだ瞳と上気した頬で問いかけてきた。

「英君、私でしたらいついかなる時でもお相手いたしますよ? 今でしたら先程以上のご奉仕をさせていただける自信があります」

 すかさずの提案に、英は流されそうになりながらもなんとかこらえた。

「い、いや。そろそろお袋あたりが帰ってくるだろうから」

 と、断りを入れようとしたところで振動音がした。
 鏡花が少しばかり不服そうに英から身を離して帯から携帯を引き抜く。
 どうやらメールらしく、携帯をいじって文面に目を通していた鏡花の顔が固まった。

「鏡花? どうかした?」

 問いかけると、鏡花は黙って携帯の画面を英に見せてくれた。
 英も固まった。

   ●

「アーニャ。鏡花から返事は来たかい?」

 航の言葉にアンナは微笑んだ。

「旦那様。はい、来ましたよ。それに関して重大なお報せがございますのでお二人を呼んできますね」
「それには及ばないよ」

 航がそう言うと、彼の背後の建物から芹と真が出てきた。
 彼らは普段よりどこか軽やかな足取りで今出てきた施設で受けてきたマッサージの感想を言い合っている。評価は上々のようで、この旅行を計画した側としては嬉しい限りだ。
 夫婦の会話に水を差したくはないが、この報せは内容が内容だ。

「お二人共、少しよろしいでしょうか?」
「アンナさん、ありがとうね。全身の錆びついた部分がメンテナンスされた気分よ」
「大取さんたちにはいつもお世話になって、これは足を向けて寝れないね」
「ご好評のようで、こちらといたしましても嬉しく思います。ですがこれも普段から娘を修行させて頂いているこちらからのほんの気持ちです。
 そして、お二人にも聞いていただきたい、重要なお話がございます」
「では皆さん、そこの喫茶店に行きましょう」

 航に案内されるままに一行は喫茶店の席についた。
 周りでは魔物娘たちが少々派手な衣装で接客を行っている。こういう店にまだ不慣れなのか、初々しい騎士見習いのような少年が店員を目で追い、それを見た連れのドラゴンが彼を捕まえて自分の膝に抱えた。
 ここはいわゆる向こうの世界。魔物娘たちが生まれた世界だった。

 何日か前から計画して仕事を終わらせた芹と真は、以前から誘われていた旅行にこうして訪れていた。
 実際には週末に出発する予定ではあったのだが、大取家の申し出で予定は早まっている。その理由は一同には明確で、

「そろそろ鏡花ちゃんの告白が終わったのかしら?」
「いや、英君の告白が先だったのかもしれませんよ?」

 芹と航が魔界産の不思議な果実を使用した飲み物を飲みながらそんなことを話し合う。
 旅行に行く段階になってそこまで息子たちの関係が急展開を迎えていると知らされた真はようやく実感が湧いてきた思いで呟いた。

「どちらにせよ、良い関係になっているといいねえ」
「それで、そこら辺、鏡花ちゃんのメールでは何か分かりそうですか?」

 それぞれの視線がアンナに集まる。
 彼女は笑顔で頷いて携帯を皆に見せた。
 そこには頬を寄せ合って一枚の写真に収まる英と鏡花が写っており、

「ここは、家の台所だね」
「鏡花……嬉しそうに……うん、いいなあ」
「あら、鏡花ちゃん胸元開いちゃって積極的ね」
「お二人ともお風呂に入った後のようですね」

 アンナの言葉で男性陣がそわそわする。

「ええ、このたびはなんと申しますか、うちの息子が一足飛びに大人の階段を駆け上っているようで」
「いえいえ、うちの娘も本懐を遂げられてさぞ幸せなことでしょう。見てくださいよこの嬉しそうな顔……ああ、涙まで浮かべて」

 パン。と音が鳴る。
 アンナが手を打った音だ。
 男二人が互いに頭を下げ合う動きを止め、それを確認してからアンナは話し出す。

「芹様と真様をお連れしてこちらの世界に旅行に来ていることをお伝えして告白の首尾を伺いましたところ、娘から先程の写真と共に、『英君に告白していただきました。遅ればせながら私の方からも告白をしまして、全て伝えて、受け容れてもらえました』と返信がありました。
 ――皆さん。お二人は結ばれましたよ」

 拍手が一同の間で鳴り響く。
 互いに握手を交わし合いながら、誰ともなく口にしたのは「長かったな……」という言葉だった。

「本当に長かったわね……」
「私はあの娘が生まれて初めて英君を見た時からずっとやきもきしていたので……ええ、時の流れは待っている時に限って遅くなるものですね」
「刷り込みとは我が息子ながら恐れ入るなあ」
「惚れさせたのは彼が立派だったからですよ、真さん」

 一人が成長の過程を語り始めれば、それに対して他の皆が記憶を繋げる。思い出話は尽きることがなかった。

「さあ、皆さん。今頃お二人はお互いの想いを確かめ合ってきっと楽し一夜を過ごしていると思うのです。ですので、この旅行は延長とします」

 アンナがそう言い、航が頷く。元々が長めに休みを取るようにお願いされていた相島夫妻も顔を見合わせて、

「でしたら、せっかくお時間ができたことですのでこちらから相談したいことがあります」

 そう言ったのは真だ。芹が引き継いで、

「以前受けていた、そちらの会社に行かないかというお話のことです。私たちも年を感じ始めていたことですし、長年の大仕事である子育てもこれで一区切りです。良い機会ですのでまだお心に変わりがなければお話を受けさせて頂きたく思います」

 大取夫妻は目を丸くして、次いで笑んだ。

「是非、よろしくお願いします」
「晴れて二人が私たちの子供になったのです。これまで以上に仲良くしていきましょうね」

 残りの日数で会社の案内をして欲しいという相島夫妻にせめて旅行の間くらいは休んでいてくださいと説得する主人を応援しながら、アンナは娘から来たメールのことを思う。

 英にはこれまで隠していたことも全て話すことができたようで、昨晩あれほど悩んでいたことを思えばよくお話ししましたね、と頭を撫でてやりたい気分だ。
 それに輪をかけて嬉しいのは追伸欄にあった、英に対する知覚が戻ったという報告だ。

(ですが……ええ、全てを告白したのならばそうなる流れも当然というものでしょうか)

 鏡花は英に対して不誠実だったせいで呪いのように彼女の知覚能力が失われたと思い込んでいたようだが、それはおそらく違う。
 原因は、小等部の時に英がアンナや航相手に相談をしに来たあの時。彼が鏡花にもう自分の世話をしなくていいと言ったからだろう。英の従者であることを望んだ彼女は忠実に主の命令に従い、それまで彼の世話をするために駆使していた能力を無意識の内に封じたのだ。

 無意識で主の命令に従いながらも鏡花の意思として彼と彼を育む環境へのお手伝いをしないことなどできなかった娘は知覚能力という第六感を失った状態で自らを磨き上げた。今ではどこに出しても恥ずかしくないキキーモラっぷりだが、それが愛する人に認められて、更に失われていた知覚を取り戻したのだ。

(それはもう素晴らしいお世話ができることでしょう)

 喜ばしい。孫を見る日はそう遠くないのではないだろうか。
 そんなことを考えて口もとを緩めていると、相島夫妻の説得を終えた航が息を切らしながらぽつりと呟いた。

「英君、大丈夫かな……」
「長らくお預けされたのですからね、多少ハメを外してしまうこともあるかもしれませんね」

 アンナの言葉に、航は俯きがちに言う。

「アーニャの娘だからね……凄いんだろうな」
「旦那様。語弊があると思うのです」
「うん……そうだね……。それはさておき宿の手配と、後は師範と、学校にも連絡を入れないとね」

 航はそう言いながら携帯を取り出した。

   ●

 携帯の画面に書かれていた告白の首尾を確認する文面に、英は驚いていた。

「今日告白しようとしてたってこと、鏡花もアンナさんに相談してたの?」
「も、ということは、英君も?」
「昨日、鏡花ん家にアンナさんと行った時に少し相談を……」

 どうやら二人が互いに告白をしようとしていたことはアンナには筒抜けだったらしい。

(だとしたら航さんにも伝わってるんだよな)

 そして英の両親にも伝わっているわけだ。
 なんとも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。二人にとっては今日の告白の結果がどのようなものになるのか分かりきっていたということだろう。
 そして、それを見越しての英の両親も誘っての旅行ということは、

(……なんだ!? もうそういうことも公認ってことか?!)

 魔物相手ということもあるし、告白の結果が良いものとなればそういうことになるのも自明だが、そこまで事前に察して場を整えられたとなるとなんともむず痒い感覚がする。

(まあ、その絶対成功するはずの告白が危うく失敗しかけたなんてアンナさんたちは思わないんだろうな……)

 英たちは親の予想を上回る行動をしたのかもしれない。斜め上なのかもしれないが。

(言っても自慢にならないな)

 鏡花にとってはむしろ触れてほしくないところだろう。
 こんな流れになったことは心の奥にしまってアンナにも悟られないようにしなくてはと決意していると、鏡花がそっと頬を寄せてきた。

「あの……おとうさんやおじさまたちにお送りする写真を撮影してもよろしいでしょうか?」

 英は彼女の体を抱き寄せた。

「よし、精一杯仲良さげな奴撮ってやろうぜ」
「はい!」

 鏡花の柔らかなほっぺたの感触を感じながら撮られた写真と共に鏡花がメールを送り返す。その間体を離そうとしない鏡花を抱えていた英は、鏡花が一段落とばかりに携帯をテーブルの上に置いたことでより強く抱きしめた。

「お互いの両親も俺たちのことを認めてるわけだな」
「そうですね」

 英たちはいい年だ。自身の伴侶を誰にするかという問題に対して親に許可を取る必要など既にないのだが、こうして祝福されているとなるとやはり嬉しい。

「じゃあ、改めて、これからもよろしく。鏡花」
「はい。誠心誠意尽くさせていただきますね」

 鏡花の言葉に、英は苦笑する。

「尽くすというよりも。もっと力の抜けた関係になれればいいと思ってるんだけどな。風呂でも言ったけど、俺は従者なんてつくような器でもなければそんな立場にもないんだし」
「そのようなことはございません。英君は素晴らしい方です。従者が居ることにいったい誰の不満が出ることでしょう。もし仮にそのような声が出るとしても、私が自ら英君の素晴らしさを教授して差し上げる所存です」

 胸を張ってそんなことを言う鏡花に、英はまあ待てと背を叩き、

「それを言うなら鏡花こそ、ボランティア部での活躍や剣道部での助けなんか本当にありがたいし、立派じゃないか。形になる結果を残してるあたり俺なんかよりよっぽど立派だと思うけど?」
「いえ、私の技術はお仕えするために磨いてきたもの。英君が積んでいる研鑽とは方向性が違います」
「鏡花はそうやっていつだって頑張ってるよね。それが全部俺の為だって、今の俺は知ってる」

 だからこそ、

「俺は家でくらいは鏡花に力を抜いていてもらいたいと思うんだよ」
「力を抜く……ですか?」

 意を取りかねたように鏡花が首を傾げる。

「家事などは私にとっては癒やしなのです。それを取り上げないでいただけると嬉しいのですが……」
「それは、うん。風呂で確認できたから今更取る気はないよ。鏡花が本当に喜んでるならもう自分でやるなんて言わずに道着の洗濯だってこのままお願いするし」

 鏡花の顔が晴れ渡る。

「本当ですか?! あの、身の周りのお世話も許していただけるのでしたら、私、英君のお部屋のお掃除も引き受けてよろしいですか……?」
「え? あ、うん……」
「やった! これでもっと英君の匂いに包まれて生きていけます!」
「うん……うん?」

 英が気圧されながら疑問の声を発すると、鏡花が「あ」と呟いた。
 しまった。と聞こえるそれに英は沈黙し、鏡花は迷うような間を開けた後、窺うように英を見て、

「……告白してもよろしいでしょうか?」
「なんでも言っていいよ」

 これまで知らなかった幼馴染のことを知るのは純粋に楽しい。なんでも言ってごらんという思いを込めて耳を広げて遊んでいると、なされるがままに彼女は口を開いた。

「私、実はこれまで英君の道着をお洗濯する時、顔を押し付けて匂いを嗅いでました!」

 目をつぶってなされた告白に、英は少しばかり驚く。
 鏡花はストイックに家事を仕事としてこなしていると思っていたのだが、

「実益を兼ねていたんだなあ」
「躾のなっていない私をどうかお叱りください……」
「いや、別にそれくらいで怒るのもなあ……もっと直接的にパンツ使ってた俺の立つ瀬がないし」
「あれは私としては本望でした」
「だったら俺の道着は鏡花に嗅いでもらえてまさかの幸運って感じだろうな。
 そんなに俺の匂いっていい?」
「英君の匂いがないと私、生きていけません」

 思ったよりも英の匂いの立ち位置は重かった。

「よーし、もっと嗅いでいいぞー。代わりに俺にも鏡花の匂い嗅がせてくれると嬉しいかな」
「は、はい……存分に、どうぞ……」

 赤面して英の胸に俯く鏡花を哀れに思った英は、彼女の頭のほんわりとした匂いを嗅ぎながら、可能ならばこのままなかったことにしようとしていた件について話すことにする。

「じゃあ、俺も一つ、告白しようかな」
「……?」

 英の手の中の耳をひくひくさせて聴く態勢の鏡花に英は言う。

「俺の部屋にあるパソコンの中身。鏡花も覚えてるだろ? あれ、実は学園内部に存在するとある組織から買い取った代物なんだ……もちろん、俺の欲望を満たすために」

 今日の経験と告白のし合いがなければ決してすることがなかっただろうぶっちゃけた発言だ。
 流石に見捨てられることは無いだろうと思いつつも、鏡花の心象はよくないのではと覚悟していた英だったが、それに対する答えは予想を飛び越えたものだった。

「すみません……英君。その写真は、私が撮影することを許可しまして、決まった方にだけ販売してもよいと契約した、そういう写真です」
「……え?」
「ですから、あの、教頭ちゃまと学長様が糸を引いている公式非公式含めた学内の撮影機関に撮影を許可して、それで英君がもし私の写真を欲しいというのならそれを買わせてあげてくださいと……購入者に対して試験があったのではありませんか?」
「ああ、そういえば」

 その試験は名ばかりで拍子抜けしたのだが、

(鏡花がそもそも許可してたのか)

「それで、購入されたって連絡とか、行ったりした?」
「いえ。普段から撮影されるかもしれないということを意識することによって立ち居振る舞いに気を使おうと思って契約したことですので、売れる売れないはあまり気にしていなくって……購入されたかどうかは知らせなくて良いと最初の契約で言ってしまって……」
「あー……」

 実に鏡花らしい。家の外では格別に緊張感があったのもこのあたりが原因なのだろうか。ここで違う契約をしていれば今日までの出来事もいろいろと変わっていたのだろう。

「あの、私の写真を購入して英君、ずっと私のことを、その、自らを慰めるのに使ってくれてたりしましたか?」
「あーまあ……」

 最近は常にお世話になっていたのだが、それを言うのは憚られた。
 そんな内心を読み取ったのかどうか、鏡花は自身の恥ずかしい告白の時に浮かべていたのとは違う意味で紅潮した顔で英の首筋に唇を這わせた。

「ありがとうございます……鏡花は幸せ者です」

 嬉しそうな顔で言われると、自分の変態かな、と思っていた趣味も実は普通なんじゃないかと思えてくる。

「実はあの写真を買った時から鏡花の新しい写真はもう撮影されてなくってさ。よかったら今後は俺が撮影してもいい?」
「英君が望まれるのでしたら」
「うん、じゃあこれからはもっといろんな服を着た鏡花も撮ってみようかな」
「えっと、それは……」
「いいじゃん。鏡花可愛いんだし、色んな服を着て見せてよ。親父もお袋も、きっとアンナさんも航さんだって色々と着飾った鏡花を見てみたいと思うよ?」
「そ、そうでしょうか……?」

 まんざらでもなさそうな鏡花に英は頷く。

「もちろん。素っ裸の鏡花は俺だけの特権だけど、いろんな服を着た鏡花は皆に見てもらおうか」
「本当にいろんな服を着た私を皆に見てもらってもよいのですか?」

 英は頭の中で様々な衣服を思い浮かべた。

「……一部は俺専用でいこうか」
「いったいどのような衣服を着せられてしまうのでしょうか……ふふ、楽しみですね」

 実に楽しみだ。
 そうして英は一つ息をつき、そういうことならいいか、と頷いた。

「鏡花が俺の従者なんて珍妙なものになりたいっていうんならいいよ」
「よろしいのですか?」
「うん。今回のことで分かったんだけど、俺は何かに集中し始めるとそればっかりになって周りに迷惑をかけるタイプの人間らしいんだ。だからもし、これから俺がそんな感じにおかしくなってたらフォローしてくれると嬉しいかな」
「は、はい! お任せください!」
「うん、お願いするよ」

 これでこれから礼慈に迷惑をかけることもなくなるだろう。その代わりに鏡花に負担を強いることになるが、彼女は英の扱いが巧い。なんとかしてくれるだろうし、それでも目に余るようなら周りが英をひっぱたいてくれるはずだ。

(……今回の件以上に周りが見えなくなるようなことがこれからあるかがまずわからないけど)

 そう思って口もとを歪めていると、鏡花が尋ねてきた。

「あの、英君。どうしていきなり私にお仕えする許可をくださったのですか?」
「さっきまでは鏡花が俺の従者なんてものになったら四六時中家の外に居る時みたいに張り詰めた状態になるのかなと思ってたんだけど、どうもあれは写真撮影に対する構えだったみたいだから。じゃあ、まあいっかって思ったんだよ。ただし、従者で居るのは家の外限定にしてほしいな」

 その言葉に鏡花の顔が曇る。
 やはり従者発言を認めるべきではなかったかもしれないなと思いながら英は鏡花を宥めるために頭を撫でた。

「家の中では俺の妻であってほしいと思うんだけど、だめ?」
「つ……つま……?」

 口慣れない言葉に戸惑うように鏡花が反復する。
 そう、と頷きながら、英は言葉を重ねた。

「何も難しいことをしようってんじゃない……つもりなんだけど逆に難しいのかな?
 俺はできるなら、鏡花にこれまで通りで居てほしいと思ってるんだけど」

 従者だとか妻だとか、言葉の上での分類など問題ではない。つまるところ、英は鏡花が従者になることで変わってしまうのを避けたいのだ。

(鏡花は生真面目だからな……)

 彼は鏡花が本能を抑えつけていたのが英の一言があったからだということを無意識の内に認識していた。

「要するに、俺は凛とした鏡花も好きだけど、だらけた鏡花を見てみたいと思うし、家の中でくらい甘えてほしいとも思ってるんだよ」

 鏡花が英の腕の中で少し緊張した。

「よろしいのですか?」
「うん、いいよ」
「私、きっと英君にずっとひっついていますよ?」
「ご褒美だ。もたれかかってきてよ。しっかり支えられる男になるようにこれまで頑張ってきたつもりだからさ」
「たまに、英君を求めてしまうかもしれません」
「鏡花は知らないかもしれないけど、俺は実は大分エロいので問題ない」
「子供が生まれても、英君のお世話は私だけのものにしてもらえますか?」
「あー、アンナさんみたいな感じ? いいともさ」
「子供がどうしてもってせがんでも?」
「……その件については今後検討させてもらってもいい?」
「……英君が誰かの告白を受ける前にこうなることができて、本当に良かったと思ってます」
「そこは信用してくれると嬉しいかな……」
「はい。信じています」

 鏡花は英に口を合わせた。
 軽く唇を啄むと至近距離で笑んで、

「これまでの私が間違ってなかったと分かって、大取鏡花という存在は、今、とても幸せです」

 心底幸せそうな彼女にどんな言葉を返したらいいのか分からず、英は返礼のように彼女の唇を啄んだ。

「ふふ、ふふふ……」

 唇を離すと、抑えきれないとばかり鏡花は笑いながら、英の膝に乗る形で完全に体重を預けてきた。
 鏡花の温もりを感じ、鏡花は英の匂いを堪能する。
 そんな穏やかな、それでいてこれまでの関係では決してできなかった触れ合いを楽しんでいると、感極まったように鏡花が呟いた。

「愛しています」

 彼女の背を強く包みながら英は言う。

「こんな佳い報せはなかなか聞けないな」
「これから何度だって聞かせて差し上げます。それこそが、私の希望だったのですから」

 なんて愛らしいのだろう。
 英は腕の中の鏡花が望んでいるだろうという確信と共に強く抱きしめた。応じるように彼女は身を寄せ、そのまま全身を擦り付けてくる。
 下半身がぐりぐりと押し付けられ、反応していくに従って、鏡花の呼吸はこころなしか荒くなっていった。

「鏡花……俺、今日なんかおかしいんだ……何回出しても出し足りないっていうかさ」
「それは英君がインキュバスになりかかっているということですよ」

 そう言われて、自身を滾らせる性欲に英は納得する。

「そうか……こんなに早くなるもんなのか……」
「それは、私とずっと一緒に居たせいかもしれません。長い間魔力にあてられていたわけですから」
「そっか……衣食を受け持ってもらって今日ついに住も預けることになったし、なんなら鏡花に直接触ったり、マーキングされたりしたもんなあ。そんな鏡花漬けにされちゃったらインキュバス化も進むってもんか」
「そ、そうなんですけど……英くん……っ」

 意地悪を咎めるような視線を向けてくる鏡花の新鮮な表情に喜びを感じながら、英は鏡花に言った。

「じゃあ、もっと鏡花の身体を感じさせてもらってもいい?」
「よろしくお願いします。私も、英君を感じたいです」

   ●

 英は膝の上の鏡花を抱え上げて部屋まで連れて行った。
 扉を開けた瞬間に部屋の中から淫臭が吹き出してきて二人を包む。

「なんか、すごいな」
「……はい。愛してもらって、愛することができた証です」

 部屋に入ると、どうしても鏡花の粗相の跡が目につく。
 気を遣って敢えてそれを見ないようにしていると、そんな視線の動きからも英が意識していることを読み取るのか、鏡花は顔を背けている。

「そんなに気にしなくてもいいと思うけど」
「そういうわけにはまいりません……」

 恥ずかしがる鏡花を愛でながら、英は彼女をベッドに下ろした。

「あ、英君のベッド」
「そりゃ、また床でってのもないだろうしね」

 英がそう言っている間に、鏡花はころんと転がって頭を枕に布団に押し付けた。
 そのまま匂いを移そうとするように体を擦り付ける動きを客観的に見て犬みたいだなと英が思っていると、たっぷりと息を吸い込んだ鏡花がはっとした表情を英に向けていた。

「……あの、これは本能的なものでして、すぐ近くに残り香では無い匂いがあってもつい嗅いでしまいたくなるのが英君の匂いなのでして」
「いいよ。俺も鏡花の匂いがするベッドで寝られるなら歓迎だ」
「英君が望んでいただけるのでしたらこれからは私の寝床は英君の寝床です。私の匂いが欲しいのでしたらどうぞ直接お申し付けください」

 居住まいを正す鏡花は英を迎えるように手を伸ばしてきた。

「においの確認はもういいの?」
「英君は少しいじわるになりました……」

(鏡花がそうしたくなるような隙を見せてくれるようになったんだよ)

 にやけながらそんなことを考えていると、鏡花はですが、と告げた。

「そんなところもご主人様の風格を備えてきたと思えば喜ばしいことですね」

 まんざらでもなさそうにそんなことを言われても英としては困る。

「そのご主人様の認識はどうなんだ?」

 英は鏡花を仰向けに寝転ばせ、和服の襟に手をかけた。襟を大開きにした英は、思わず動きを止める。
 襟の下からまろび出たのは隠すもののない胸だった。

(ブラジャー無し……?)

 それどころか襦袢も無い。
 そういえば、と思い返してみると先程鏡花の手によって胸元に手を突っ込ませてもらった時、ブラジャーの感触はなかったし、半襟も窺いていなかった。

(というか、鏡花が下着付けてるところ、今日見てないぞ)

 彼女が部屋に姿を現したあの時から下着は着用していなかったではないか。
 そして家にある唯一の鏡花の下着は諸事情の末に洗濯機の中だ。

(なまじ服を着直してたからつい普通に下着くらい着けてるものだと思ってたな)

 酒気も抜けてすっきりした頭でこれも道理かと結論が出て、ただ目の前に晒された二つの膨らみに改めて唾を飲む。

「下着、ない方が英君はドキドキしますか? でしたらこれからは私、下着は着けずに生活いたしますが」

 英が開いた胸を見て動きを止めているためだろう。そう訊ねる鏡花に英は慌てて首を振る。

「いや、たまにちらっと見えたりする下着なんかもそれはそれで素晴らしいからそこは待って欲しいっていうか……ほら、今日着けてた下着なんて見た目も綺麗でさ、今度は鏡花が着けてる姿なんかも見たいなって思うし」

「そ、そうなんですね。やはりただ単に裸でいればそれでいいわけではないのですね……! でも綺麗な下着はお好き、と」

 これ以上変態と思われたくはないと思っての発言に鏡花は興味深そうに頷く。鏡花の中で何かしら得る物がある発言だったらしい。

「あんまり気にしなくていいからな? 地味なのもそれはそれで好きだし」

 言い訳じみたことを言いつつ、英はそういえば、と鏡花に訊ねる。

「あのパンツとブラジャーって鏡花の手作りなんだよね?」
「はい」
「盗撮情報で情けないんだけど、鏡花の下着の趣味って中等部のころから変わったりした?」

 衣服自体にはあまり装飾を求めない鏡花が着た下着がシースルーのちょっと過激な下着だったために気になっていたのだ。
 それに対して鏡花は首を振り、

「いえ、普段は、その、大事な所を包み守れるだけのものであればいいと考えておりまして、華美ではないと申しますか……貞淑なものを着用しております。
 本日の下着を少し頑張っていたのはですね、英君に告白をしようと思っていたからなんです。先に告白されてしまって、あんなことになってしまいましたが、私の計画では友人の意見も参考にしたあの下着で頑張って誘惑をしてみよう……なんて、そう考えていたのです」
「じゃあ、今度はその誘惑を受けてみたいな」

(下着を使った誘惑なんてのも見てみたいな……)

 これは絶対にこれからも下着は着けていてもらわなければと思いながら、英は鏡花の服を襟から下も広げていった。

 帯だけ残してすっかり裸の胴体を晒した鏡花の姿に、英はふと思う。

「これもしかして俺、鏡花が持ってる服、全部汚しちゃう感じだったり……?」
「一応、和服の方には季節の替えがありますが、アラクネクリーニングさんにお預けしてあります」
「えっと、こいつは汚さないように完全に脱いじゃう?」
「申し訳ございません。私、もう汚してしまってます」

 鏡花が足を動かすと、粘質な水音が聞こえる。視線を向けると、和服には既に染みができていた。

「あー、ごめん」
「いえ、情欲を抑えられない私が悪いのです」

 彼女は淫らさを強めた声で言う。

「英君の愛で私をもっと咲かせてください」

 こんこんと溢れる蜜の匂いを感じながら、英は応じた。

「よし。じゃあマン開にさせないとな」

 鏡花は何か言いたそうにした後、優しい笑みを浮かべた。
「……言いたいことがあるなら言ってくれ」と言いながら英は鏡花の下半身に手を伸ばした。

 右手は陰部に伸び、もう片方の手は股の間から伸びている尻尾を握って揉み始める。

「……ん、あ」

 反応を確かめるように鏡花の顔を眺めた英は、右手の人差し指と中指でクリトリス周辺の肉を摘んで震動させるように動かした。

「――んっ、ぃ……っ」

 陰部を震動させるたびに淫らな水音がして、静かに英を滾らせていく。
 思わず尻尾を握る手にも力が篭り、扱く動きが始まる。

「あ、あの……英君……っ」
「ん? そろそろ胸もいじってみる?」

 尻尾から手を離して胸の頂きのピンと勃った蕾をこねくり回すと、鏡花はくすぐったそうに身じろぎしながら英の手を掴んだ。

「っと、痛かった?」

 クリトリス周辺を震わせる動きも止めながら訊ねると、鏡花は首を横に振り、

「いえ、気持ちよかったです……ですけど、この触り方は……私、以前艶本で見たことがあるような」

 鏡花からの指摘に、英はギョッとした。

「え、マジで読心とかできたりする……?」
「残念ながらそのような術は存じ上げておりません」

 鏡花が言うと、英は「まあ、なんだ……」ともごもごしつつ、

「一応、こういう前戯が基本……らしいって昔見たことがあってさ。それを参考にしたんだけど」
「あの……それってもしかして、師範の道場にあった艶本ではありませんか? あの、妖狐のお姉さんのまぐわい講座があった」
「え? 知ってるのか?」

 本格的な読心術の可能性も考慮しつつ言うと、鏡花はどこか懐かしそうに、

「私、同じものを道場で一度見たことがあるんですよ」
「あー、そうなんだ。師範、エロ本見つかって奥さんに相当しぼられたって話だったけど」

 今思えば、しぼられるというのは性的に搾られたという意味だったのだろうなと思う。

「はい、そうなる寸前に奥さんに見せて頂いたのだと思います」
「あーじゃあ、鏡花もあの本で自慰の仕方を知ったのか?」
「はい。英君の匂いに耐えきれなくなって襲ってしまう前に知ることができてよかったです」

 知ることができなかったらさっき部屋でなったような強引な鏡花にもっと早く搾られていたのだろう。それはそれで捨てがたかったかと思っていると、鏡花は尚も懐かしそうに言う。

「あれから今日に至るまで、私を慰めてくれたのはずっと英君でした。勝手で申し訳ございません。ですが、英君の想像以外で疼きを鎮めることができなかったんです」
「マジか、光栄だな」

 自分もこれまでオカズにしたのは鏡花だけだと言えればいいのだが、ずっと鏡花を使い続けることに罪悪感があり途中で別の人を使ったりしたのが事実だ。

「あの、私は気にしませんよ?」

 気を遣ってくれた鏡花に曖昧に笑うと、彼女はですが、と言って英の手を強めに握った。

「これからは、私以外の人を使う際は一言おっしゃってくださいね? それ以上の現実でお相手いたしますので」
「もう鏡花以外だと出せないよ」

 PCの鏡花以外のデータは後で全部消そうと決意していると、鏡花が胸元に手を強く押し付けた。

「英君。私は、手順を思い出しながらの作業より、英君が望むようにかわいがってもらいたいんです……だめでしょうか?」
「駄目なんかじゃないよ」

 英はなれないことをした無粋を埋めるために、欲望に素直になることにした。

「じゃあ、遠慮はしないから」
「はい……っ」

 期待している鏡花に促され、英は右手で摘んでいた肉を離して粘液に輝くクリトリスに直接触れた。

「――あっ!」

 鏡花の体が大きく反応した。跳ねた足の動きで指に愛液が絡む。
 英は濡れた指を伸ばして膣内にまで指を侵入させた。
 指を吸うように絡みついてくる膣肉を感じながら、掌で陰部全体を擦る。
 グチュグチュと音を立てて鏡花を鳴かせて、英は体を倒して鏡花に覆いかぶさると胸に吸い付いた。

「い! ――ぁっ! んぅ……!」

 口の中でコリコリとした乳首を甘噛みしつつ、もう片方の胸を揉みしだく。
 味も感触もたまらない。
 大きくなったペニスを無意識に鏡花に擦り付けていると、喘ぐ鏡花が英の頭を胸に押し付けた。

「あ、あぅ、もっ……と、チューって……っして……!」

 右手の指に感じる吸い付きが強い物に変わっている。
 イキそうなのだなと考え、英は彼女の求めに応じて掌を強くクリトリスに押し付けながら、音を立てて乳首を吸い上げた。

「あ! あ! あ、あ――んうううぅッ!」

 離さないというように股が閉じて、指を奥に飲み込もうとヴァギナが蠕動する。
 喘ぎに応じて揺れる胸の動きを感じながら、英は鏡花の呼吸が整うまで労うように彼女の乳首を舐めていた。

 呼吸を整える鏡花の股が開く。右手を抜くと、掌は愛液でベタベタになっていた。
 気持ちよくなってくれた証に、なんともいえない達成感を得ていると、自分の胸に触った鏡花は余韻に茫漠としながら言った。

「お乳が出ないです……」
「そりゃ、まあそういう種族でもない限りは妊娠前に出すのはちょっと難しくないかな」
「そうですけど……」

 鏡花はそれでも残念そうに、

「お母さんが英君の授乳をしたことがあるそうなので、これから従者や妻になる身といたしましては私の味を上書きさせていただきたかったのですが……」
「そんなのもう覚えてないって」

 むしろ初耳である。
 あの大きな胸に顔を埋めたことがあるというのも驚きだが、そんな貴重な体験を忘れていることもそれはそれでショックだった。

「私も大きくなれば出るのかな、とか考えたりしたのですけど」
「大きさは関係ないと思うぞ」

 言うと、何故か恨みがましい目で見られた。
 もしかしたらアンナのことを考えたのがバレたのかもしれない。

(そこで対抗心燃やさないでくれぇ。それこそ乳児だったんだからしょうがないじゃん)

 そんな弱音を胸中で呟き、英は表面上なんでもないふうを装って鏡花の頭に手を置いた。

「そんなに焦るもんじゃないだろ。俺はこれくらいの大きさのおっぱいも好きだし。なんならこれからおっぱいが出るように毎日吸ってもいいよ」
「本当ですか?」

 目の色が期待のそれに変わる。
 ちょっとチョロすぎないかうちの幼馴染兼従者兼嫁さん。と思いながら、それに、と英は手を離してその手を内ももにあてがう。

 力を入れると、絶頂の余韻で脱力していたももはあっさり開いてその奥の秘所を晒した。
 そこに顔を突っ込んだ英は、しとどに濡れた筋に口をつけ、鏡花の蜜を啜り上げた。

「こっちの方はいっぱい出てるし――うん、美味しい」
「……ん、えっち……です」

 まんざらでもなさそうに言うと、鏡花は無言で腰をゆらゆらと揺らした。
 誘いを受けて、英はまた鏡花の陰部に吸い付く。

 脚は無防備に開かれたままになっているため、手は尻尾を愛でに動いた。
 舌を筋に押し込むと、抵抗なく飲み込まれ、二つの陰唇に揉まれながら膣の中へと迎え入れられる。

 口中を鏡花の味が占め、舌先に感じるキュっと包むような感覚と相まってもっと鏡花が欲しくてたまらなくなる。

「っん……っ、っ!」
「ひ……っ、あ、中に入って吸われちゃって……ま……ッ!」

 尻を抱えて押し付けるようにすれば、舌が奥に潜りこんで報酬のように愛液がトロトロと湧き出てくる。

「っ、ああ! すぐるくん! すぐるくんンンン……!」

 鏡花の腰が跳ね、鼻先にクリトリスが押し付けられる。

「――――ッ!!」

 英がジュルジュルと淫蜜を啜る動きに合わせて腰を差し出す鏡花は、鼻先に敏感な突起を押し付ける快楽に気付いたようで、腰の跳ね方が鼻に押し付けるようなものになる。
 鏡花が得られる刺激をもっとあげるために、英は舌を引き抜いて、陰裂に口を押し当てながら、顔を擦り付けた。

「あ、や、いっちゃ……っひああァぁあ――――ッ! ッ!」

 直後。鏡花の体が緊張し、高音の息継ぎのような喘ぎに合わせてピクンピクンと尻が震えた。
 震えと共に腰が押し付けられて口の中にトプッ、と淫蜜が注がれる。

「――っぁ! ……あッ」
「…………っ」

 音を立てて陰部を吸い、淫蜜の放射の残滓を口中に収めると、英は口を離して少しとろみがあるソレを喉を鳴らして嚥下した。
 快楽の頂点から緩やかに下りてきつつある鏡花は、そんな英の動きに釣られたように喉を鳴らす。

「すごく美味しいよ」
「……っぁ、お、おそまつさまで……んぅ!」

 そんな動きが可愛らしくて、英はまだ痙攣している鏡花のお腹を撫でる。そうしながら、彼女の淫蜜を口にしてから収まることがない身の内の情欲の炎が勢いを更に増していくのを感じた。

「鏡花……」

 もはや余裕の態度を保つことなどできない。英は慌ただしく服を脱ぎさって暴力的なまでの性欲に火照る身体を余さず晒すと、先走りで輝くペニスを手で支え持ち、熱の篭もる声で言った。

「挿れてもいい……?」
「ずっと焦らされてしまって……、おかしくなってしまいそうでした。よろしくお願いします」

 開かれる脚を眺めながら、よく考えたらお互い正気でまぐわうのはこれが初めてではないだろうか。
 そう思いながら、英は空いた手で鏡花の陰部を割り開いて英の雄を待ち構える穴を確認しながらゆっくりと挿入した。

「ぁ――んんん……っ」

 ペニスの先端がヴァギナに侵入した瞬間、待ってましたとばかりに鏡花の肉襞が絡みついてきた。
 鈴口が入ればカリ首を。カリ首を咥えたら幹を根本まで辿るように、英の体に密着しては奥に奥にと急かすように膣が蠕動する。

「あ、ああぁぁああ!」
「……くっ!」

 歓喜と快楽の嬌声を上げる鏡花に根本まで挿れきる前に射精してしまいそうなくらいの性感を与えられながら、英は一方で安堵の息をついていた。

(お尻はちょっと怖かったけど、こっちは安心しちゃうな)

 鏡花のアナルは魔性のケダモノといった感じで恐怖と快楽が混ざった未知の悦楽があった。それと比べてヴァギナは、はじめての時の熱く、搾り取るものから様相を変えてひしと抱きつくようになっており、素直にエロくなった鏡花といった感じでどことなく健気な可愛らしさがある。

 そんなことを考えて顔をニヤけさせていたせいか、それとも繋がっていたせいか、鏡花は英の考え正確に読み取ったようで、

「あれは……っ英君の方がケダ……モノっ! でした」
「ごめんごめん。出来心で……あー。お尻、大丈夫?」
「……っ、ひんっ!」

 グチュ、と音がして二人の腰が合わさる。根本まで入ったのだ。
 トロトロと英の玉を愛液で濡らしながら、鏡花は言う。

「……ぁ、だ、大丈夫じゃないですっ。私、浅ましくもこれからはお尻でも愛して貰いたくなってしまいました……っ。
 でも、もう怖くないですよ。英君に躾けられたのですから、次はもっと気持ちよくできますもん」

 お尻に挿れたのがいきなりだったせいか、少しばかり拗ねられた。
 ごめんと謝りつつ、英は鏡花の腰を掴んでペニスの律動を始める。

「あ! やっ、もう! すぐる……くん! 大好き、です!」
「俺も、だ……っ」

 腰が打ち合わされて胸が揺れる。
 五秒と保たなかった拗ねた顔を快楽に染め変えて、鏡花はペニスをきゅっと締めた。
 快楽の量が跳ね上がり、鏡花の膣内に英の先走りが流れては愛液と混ざりあって二人の腰の間でグチュグチュと淫らな音を響かせる。

「っあ、ん! あ! っ! っ!」

 腰が動くたびに、いや、既に何もしていなくても英の体が触れ合い膣内にあるという感触だけで鳴く境地にある鏡花は、喜びのあまり目から涙をこぼしながらもっと触れ合いたいというように英の腕に手を伸ばした。

 そんな鏡花の行動に応じるように、英は腰から手を離し、彼女の手と手を重ねた。
 指を絡めながら英は鏡花に覆いかぶさり、彼女の頬を流れていた涙を舐め取った。

 目と目を見つめ合うと、どちらともなく唇を重ね合わせる。
 台所で行った啄むようなものとは違う、舌を絡めて唾液を交換する淫靡な口づけを行いながら、英は体を擦り付けるように律動を繰り返した。

「ふ、っむ……っふ! んむ……っ!」

 鏡花のくぐもった鳴き声を近くに感じながら、これまでのものを上回るような量の精液を伴って迫ってくる射精の予感を感じながら、英は手を解いて背に回し、そのまま体を入れ替えて自分が下になろうとした。

「んんん……!」

 それに対して鏡花もまた英の背に手を回して嫌々するように首を横に振った。
 射精をすればもう彼女を気遣ってはいられない。遠慮なくのしかかる男の体重はきつかろう。英が鏡花を説得しようとすると、離れようとする口を舌が引き止め、より体が密着するように鏡花の腕に力が篭った。

 それによって鏡花の胸が潰れ、下の結合部の上にある敏感な肉芽もより強く擦られた。

「――ッ! ッ!!」

 声にならない悲鳴でこれが好いと訴える鏡花に全体重を押し付けながら、いつの間にか被虐趣味に目覚めた幼馴染に苦笑する。すると、なにやら不服があるのか鏡花が言い訳のように英の下で腰の動きを激しくした。

 それに合わせるようにヴァギナの動きも積極的に英を高めていくようなものになる。
 やられるだけではない搾れる女をアピールするようなその動きはしかし、英の動きに合わせた奉仕のそれだ。
 蠕動に混ざって時折不規則な収縮をするようになったヴァギナは奥へ招く動きを繰り返し、ついに英の先端と鏡花の奥が触れ合った。

「――――ぃッ!!」
「…………ぐッ!」

 淫液が腰のぶつかりで飛沫く。
 既に下に敷かれた和服が濡れきってしまっているような激しい動きの中で迎えた触れ合いは、英の獣欲に掘られた子宮が最奥を明け渡したようにも、精液を待ちきれずに自ら搾りに出向いたようにも感じられた。

 そんなふうに本心を測りようもない動きに思いを致すこともできなくなるほどに、最奥での触れ合いは英を高めていった。

 もはや目の前の愛しい存在を抱きしめて愛を注ぎこむことだけしか考えられなくなる。
 最後の瞬間。英はそれが来ると報せるように、鏡花の身体をきつく抱きしめ、一番奥を最大に張り詰めたペニスで抉った。

 それを迎えた鏡花はもう離さないとばかりに英を抱きしめ、鱗の脚で彼の腰を自身の大事な所へと押し付けた。
 快楽主導の動きをする二人の中で、愛が爆ぜた。

「――――――ッ!!」

 合わせた口の中で淫らに染まった声が響き、膣が肉襞を痙攣させて子宮口が鈴口を吸い上げる。

 英は全身の精を下半身に集め、その滾りを鏡花の身体に刻みつけるように全て吐き出した。

「――、――む"ッ!――――ッ!――――ッ!!」

 ビューッ、ビューッ、と一回の痙攣が異様に長く感じるような快楽の渦の中で、英は鏡花の全てを五感で感じながら、理性の欠片を手放した。
17/05/06 20:56更新 / コン
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■作者メッセージ
二人の決着と新たな一歩前夜でございます。
後はエピローグのみ、最後までお付き合いくださいませ。

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