好敵手の内側
「……よし、ここならいいだろう」
……第一回戦終了後。
俺とジュリカは闘技場の近くの、薄暗い路地裏に入った。人通りが全くなく、俺とジュリカの体が密着するほど狭い場所だ。このような所は何処の街でも大して変わらない雰囲気だが、ここでは陰でこそこそ悪さをする奴らは見当たらない。強いて言うなら、俺達くらいだ。
「スティレット、早く早くっ」
ジュリカはじっとり濡れた股間の布を、待ちきれないという表情で脱ぎさった。ねっとりした液が糸を引き、彼女が立ったまま股を開くと、蜜壺の入り口が広がってピンク色の肉が僅かに見えた。
近縁種同士の闘い、そして俺の試合を見たせいで、ジュリカの発情度は最高潮に達していたのだ。俺が試合を終えて席に戻った直後から、俺の耳を丹念にしゃぶり、愛を囁くくらいに。今夜はベッド上で荒ぶると思っていたが、ジュリカはもう夜まで待てないほどに発情してしまったと言い出した。そう言われて抑えが効かなくなってくるのだから、俺はジュリカと相当相性がいいのだろう。そこで今日の試合が終わった後、こうして路地裏で互いを鎮め合うことにしたのだ。正直、ここへ来るまでが大変だったが。
俺も男根を出すと、ジュリカはそれを両手で掴んだ。ズボンの圧迫から解放された男根を、ジュリカの爬虫類の手が優しく撫でる。赤い鱗と鋭い爪の生えた彼女の手だが、これで丁寧に撫でられるのが思いの外気持ち良いのだ。
もう挿入してほしくて仕方ないのだろうが、ジュリカは自分を更に焦らして楽しんでいる。俺もお返しに彼女のブラ型甲殻を外し、ゆっくり揉んで感触を楽しむ。
「はぁ……ん……はあっ……!」
ジュリカの息遣いが荒くなるのを見て、そろそろ限界だと判断。腰を突きだす。彼女は手で男根の角度を調節し、先端を入口に導く。
俺は勢いよく、彼女の蜜壺に押し入った。
「きゃっはあああん♪」
男根を食いちぎらんばかりに、強烈に締め付けてくる膣。ジュリカは俺の唇を奪い、口内を舐めまわす。
膣内を突き上げると、口の塞がっているジュリカはくぐもった喘ぎを漏らした。そのまま互いに腰を
動かし、快楽だけを求める。息が苦しくなっても、構わず舌を絡ませる。汗で張りつく褐色の肌を味わいつつ、俺は急激に高まっていった。そしてジュリカも。
「ん……んむ……んんんーっ♪」
全身を震わせ、ジュリカが先に絶頂に達した。その締め付けで俺も限界に達し、勢いよく射精する。全ての精液が吸い出されると思うほど、ジュリカの器は艶めかしい締め付けで迸りを受け止める。
唇を離し、俺達は互いに笑みを浮かべる。何度味わっても燃えあがる一方の快感を、俺はしっかりと噛み締めた。
……その後、「繋がったまま抱きかかえて宿まで連れて行ってくれ」などとねだるジュリカに数回中出ししてどうにか満足させ、街の見物に出た。交わるほどに互いが愛おしくなり、まるでジュリカが俺のために生まれてきた女のように思えてくる。この街に住む人と魔物の夫婦は、互いをそんな風に思っている者が多いのだろう。昨日練兵場なども見学したが、兵士達は人も魔物も「だるい」「やってられないよな」などと言いつつ、訓練には真剣に取り組んでいた。自分たちがこの街を、大切な者の住まう場所を守りたいという志を持っているのだろう。
ここのような軍隊にいれば、戦いばかりを求める俺の生き方も、少しは違っていたかもしれない……。
そんなことを考えながら繁華街の中を歩いていると、向かい側から歩いてくる男女と目があった。修道士の身なりをした男女だ。
「よう、旦那」
男の方……ヅギ・アスターが声をかけてきた。女の方も微笑みを浮かべて一礼する。
「観光かい?」
「そんなところだ。……お前は?」
何故わざわざ尋ね返したのか、自分でも分からなかった。だが俺は、決してこの男を嫌っているわけではない。
「飯を食いに、な」
ヅギは路傍にある、食べ物屋の屋台を指さした。開店前のようで、若い夫婦が準備をしている。いい匂いが漂い、闘いとセックスで疲れた腹が鳴った。
ジュリカもかなり食いたそうな顔をしている。
「よかったら、ご一緒しませんか?」
ヅギの連れの女が言う。色白の肌に金髪の可愛らしい外見で、修道女の服装がよく似合っていた。しかし下半身がズルズルと溶けた姿をしており、何らかの魔物らしい。
「安心しなよ、ゲテモノじゃないから」
ヅギはさっさと屋台に向かい、椅子に座る。ジュリカも腹が減ったというので、俺達も同様に着席した。
店主の女房らしい魔物が、穏やかな声でいらっしゃいませと言った。あたまには牛のような角と耳が生え、脚先には蹄がある。そして大きな……いや、巨大な、というべき胸を持っていた。
「いらっしゃい。試合見たよ」
若い店主が、鍋の蓋を開けながら言った。すでに長時間煮込まれていた鍋から、まろやかな香りが辺り一帯に漂う。シチューのようだ。ジュリカもうっとりとした表情になるほど、その香りは魅惑的だった。
「コルバ、そろそろ屋台じゃなくて、ちゃんとした店も出せるんじゃないか?」
「ああ、建築局に設計図は頼んであるんだ。ただ工兵任務が入ってるとかで、ちょっと遅れるらしいけどな」
コルバと呼ばれた店主は、慣れた手つきでシチューを器に盛りながら答えた。手に多数の火傷の痕がある辺り、歳の割に凄まじい努力をしてきたのだろう。俺が死に物狂いで、戦場を生き抜いてきたように。
「それよりもこの前、代金代わりに見事な完熟トマトを置いていった客がいてよ……ミンスが暴走して屋台半壊」
「ああ、それでこの前休業してたのか」
「あぅ……ご、ごめんなさい……」
細君が頭を下げる。おそらくミノタウロスに近い魔物だろう、赤い物を見ると興奮するのだ。その客は確信犯か。
湯気の立つシチューとパンが、目の前に置かれる。じっくり煮込まれた肉や、独特の香りのするハーブ類が食欲をそそった。ジュリカが一口食べて、美味いと叫ぶ。俺も食べてみると、実にまろやかな旨みとハーブの豊かな風味が口一杯に広がった。生まれてこの方、まともな物を食べること自体稀だったせいか、かなりの感動が湧きおこる。
「本当に美味いな、これは」
「だろ? 一年かけて完成した味なんだが、まだ改良の余地がありそうでさ」
店を建てたらバリエーションを増やしてみたい、とコルバは語る。俺とは別の生き方をしているはずなのに、この男には妙に親近感が湧いた。
「スティレットの旦那は、ここに落ち着くのか?」
ヅギはあっという間に一杯食べ終え、お代りを注文していた。こうしている間は、こいつでも平和な人間に見えるから不思議だ。
「ジュリカと一緒に、しばらく流れてみるつもりだ。……お前はどうして、ここに居着いた?」
「あー、手短に言うと……」
頭をぼりぼり掻きながら、ヅギは一秒ほど思案した。
「『来た、食った、ヤった』……以上だ」
「手短すぎる」
「じゃあ、『オレが街に来ました。いろいろありました。お終い』」
「話す気が無いならそう言え」
俺達のやり取りに、ヅギの連れがくすりと笑った。
「ヅギってば、照れ屋さんだから」
「余計なこと言うな、シュリー」
顔を背けるヅギの態度を見て、合点が行った。彼女のためか。
「死んだと思った幼馴染が生きてたとなりゃ、誰だって一緒にいたいって思うさ。いくら人食いでも、人間なんだからよ」
「コルバ、お前まで……あー、畜生」
自棄になったようにシチューをかき込むヅギ。この男はこうまでも人間臭い奴だったのか。いや、大事な女性を得て、この男の中で何かが変わったのかもしれない。血生臭い世界に生きるだけの存在ではなくなったのだ。何故だろうか、俺にはそれが寂しく思えた。
俺は生まれてこの方、戦争の中で生きてきた。ヅギも十歳そこそこで少年兵になったという。なのに、違う道に入りつつあるのだ。
「恥ずかしがることじゃないだろ? 大事な人を見つけられたんだ」
「コルバ、それはお前が、他人の幸せをぶっ潰したことが無いから言えるんだよ」
パンをちぎって残ったシチューを染み込ませながら、ヅギは言う。
「オレが殺してきた奴らにだって家族がいたし、幸せになる権利はあったかもしれないだろ? なのに平然と自分の幸せを語れるほど、図々しくないっての」
「……なら、お前は何のために戦ってきた?」
俺は、そう尋ねずにはいられなかった。こいつの言うことは分からなくもない。だが、それでは俺達のような戦人の価値は何処にある? 戦場の生んだ狂気そのものと言えるヅギが、自分の生き方を後悔するなど……俺には許容できない。俺達の人生は、何だと言うのだ。
ヅギはパンを頬張り、嚥下する。そして、俺の方を見た。
「別に後悔してもいないし、傭兵を辞める気もない。けど、時々考えるんだ」
何処か寂しげな光を帯びる、ヅギの赤い瞳。こいつがこんな目を見せるのは初めてだ。
「もし生まれた村がもう少し裕福だったら……傭兵になろうなんて思うことなく、飢饉で人肉の味を覚えることもなく、今まで殺した奴らとも違う出会い方をして、もしかしたら……友達になれたかも、ってさ」
……それは後悔ではないと言うのか。それともヅギは、本来ならそう生きるべき人間だとでも言うのか。何故だろう、苛ついてくる。俺を囚人部隊送りにしたヅギ・アスターは、こんな女々しい奴だったのか?
ヅギは財布を取り出し、小銭をカウンターに置いた。シュリーと言う娘の分を含んでいるだろう、多めの小銭をコルバの細君が数える。
「オレは金でしか動かない底辺傭兵だ。旦那みたいな人とは違うんだよ。戦に誇りを持てるタイプの奴とは……」
釣銭を受け取りながら、ヅギは俺にそう言った。そのまま歩き去っていく彼の跡を、シュリーは俺達に一礼してから追っていった。
その姿が小さくなっていくのを、俺は見送ることしかできなかった。
11/05/23 23:44更新 / 空き缶号
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