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始まった宴
※今回は完全に「バトル回」です。H書けよHを!という方はもう少しお待ち下さい。



















 審判の合図とともに、二人は向かい合って走り出した。ジュリカは双刀を振りかざし、カナンは大盾を突き出して突撃する。そしてぶつかり合う寸前、ジュリカは横側に跳んだ。盾を避け、側面から攻撃するつもりだ。
 しかし、カナンも恐らく予測していたのだろう。素早く振り向き、ジュリカの一撃を盾の丸みで受け流す。続いて叩き込まれた二の太刀も防御し、逆に盾ごとジュリカに体当たりする。

「くっ!」

 ジュリカはバランスを崩したが、転がるように横へ抜け出した。
 そこへカナンの剣が追撃するが、それも辛うじてかわす。

 大盾を攻防両方に使うか。なりふり構わぬ闘い方だが、実際剣戟の最中、不意に繰り出されてくる体当たりなどは厄介なものだ。キャリアが浅い割には、実戦的な動きをしている。これはジュリカでも手こずるだろう。

 再び、二人はぶつかり合う。ジュリカの攻撃が大盾で妨げられるが、カナンの剣もジュリカの身のこなしに追いつけない。両者とも決め手となる攻撃が無いのだ。

「……妹さん、武器は違ってもセシリアさんと動きが似てるな」

 俺の背後で、何かを食べながら観戦していたヅギが口を開いた。俺の隣に座っていたセシリアが、試合に目を向けたまま応じる。

「ああ、一つ下の妹だから、一緒に稽古すことが多かったのさ」
「なるほど。あ、セシリアさんも食う? ミルワーム入りチョコレート」
「ゲテ物しか食えないのかよ、お前は」
「魔物だって虫食う奴いるだろ。加熱したミルワームはピーナッツみたいで結構いけるよ」

 ……緊張感を萎えさせる二人の会話をひとまず無視し、観戦を続ける。
 ジュリカが大きく後ずさり、間合いを取った。カナンは一気に押し切るべく、肉薄。誰もがカナンの優勢を信じただろう。

 しかし、ジュリカの瞳は確かに燃えていた。
 彼女は双刀を振り上げ、くるりと逆手に持ち替える。そこへカナンが大盾で突貫した。


「てやァッ!!」


 彼女の気合いが聞こえ、刹那、ガツンという大きな音。観客がどよめいた。

「……さすがジュリカ。考えたな」

 カナンの大盾に、ジュリカの双刀が貫通し、串刺しになっていた。上段に振り上げた双刀に、体重を乗せて一気に突き下ろしたのだ。ジュリカは瞬時に力を出す技法に長けているからこそ、このようなことができる。
 カナンの体にまで刃は届いていないが、これで十分だ。盾を構えている敵兵に至近距離から投槍を叩きつけ、盾を打ち抜く戦法がある。その目的は相手に傷を負わせることではなく、盾を取りまわしにくくすることだ。ましてや、ジュリカの双刀は重い。それが突き刺さった大盾では、いくら魔物でも満足に使えないだろう。
 カナンが顔に焦りを浮かべ、間合いを取る。しかしジュリカも、今ので武器を二本とも手放してしまった。

 しかし、ジュリカは正面から突貫する。カナンは何とか大盾を構えるが、ジュリカは軽く跳躍し、盾に突き刺した双刀に足をかけた。それを踏み台に、さらに跳躍。褐色の肢体が宙に躍る。

 相手を跳び越えながら身をひねり……カナンの背中に回し蹴りを見舞った。

「グッ……!」

 カナンがその場に崩れ落ち、大盾がばたりと倒れた。審判が駆け寄り、カウントを取り始める。
 声高らかに数が積み重なり、カナンはどうにか起き上がろうとするが、立てない。ジュリカの脚力の回し蹴りを、まともに食らったのだ。

「……8、9、10! 勝負あり。勝者、ジュリカ・エーベルヴィスト!」

 客席が一斉にどよめいた。まるで騎馬隊が全力疾走するような勢いで、拍手が巻き起こる。

《第一戦目、ジュリカ選手の勝利! パワーと身軽さを両立させた、華麗な戦法を見せてくれました!》

 ジュリカはカナンを助け起こすが、カナンはその手を振り払って歩き去っていく。いい腕をしていたが、やはりまだ経験が浅い。盾が使い物にならなくなったとき、即座に捨てて身軽になっていれば闘いようもあっただろう。武器も状況に応じて、時には捨てなくてはならないし、そういった判断は瞬時に行わなければならない。余談だが俺がフレイルに拘るのも、名剣などを使っているといざというとき捨てるのが惜しくなるからだ。
 だがきっと、彼女はこれからどんどん強くなっていくことだろう。

 選手席に戻ってきたジュリカが体を密着させ、俺の隣に座る。尻尾の炎はまだ滾っていた。

「さすがだな」
「硬い盾だったけど、なんとかなったよ」

 彼女を抱き寄せ、体温を楽しみながら、俺はいい女と巡りあったことを改めて実感した。今日宿屋に戻ったら、また激しく愛し合うことになるだろう。


 ……その後も闘いは続き、強者たちが勝ち残っていった。セシリアは籠手をつけて体術で闘い、見事相手を打ち負かした。ヅギが言ったように、動きはジュリカと似ている部分があるように思う。しかしあのパワー、敵に回したら確かに恐ろしい。対策を考えておこべきだろう。
 そしてヅギは、対戦相手のデュラハンを場外へ押し出して勝利。まだ手の内を隠しているだろうが、以前より腕を上げている。やはり、こいつとはこの闘いで決着をつけることとなるだろう。
 そしてやがて、俺の出番が来た。

《では、第七試合! 西側は元教団の囚人兵、地獄の戦場を生き抜いた男、スティレット!》

 いつの間にか、俺の経歴が知られている。先日受付でジュリカたちに話していたのを、居合わせた兵士に聞かれたのだろう。ともあれ、俺はジュリカと軽いキスを交わす。そして西側の階段から、舞台に上がった。
 ジュリカの方を振りかえると、熱っぽい視線で俺を見ていた。その金色の瞳は、遠くからでも力強さを感じる。今夜はやはり、ベッドの上で荒らぶるだろう。

《続いて東側。エスクーレ・シティに名をはせるジパング人賞金稼ぎ、シロー・イバ!》

 選手席から、詰め襟を着た男が立ち上がった。東方系の地味な顔つきだが眼光は鋭く、多くの修羅場を潜っていることが想像できた。しかしそれよりも印象的なのは、左腕が無いことだった。隻腕の身で賞金稼ぎとして名を挙げているということは、相当な腕だろう。
 彼は舞台に上がると、俺に向かって一礼する。ジパングの流儀なのだろうが、妙な気分だ。

《スティレット選手は数多くの死地をくぐり抜けた歴戦の猛者! 対するシロー選手は片腕の天才剣士で、多くのお尋ね者を斬り捨てています! 果たしてどのような闘いになるでしょうか!?》

 シローは左腰に差したジパング式の刀を抜き、下向きに構える。やや短めだが、虚飾のないシンプルな刃が、陽光に煌めいた。
 俺もフレイルを構え、臨戦態勢をとる。今までジパング式の武術を使う奴と会ったことはあるが、隻腕の剣士など初めてだ。どんな手を使ってくるか……。

「試合開始!」

 審判が叫んだ。
 シローが腰を落とし、すり足で間合いを積めてくる。まずは軽く打ちかかって様子を見るか。

「てぇいっ!」

 一気に突撃し、真っ向からフレイルを打ち下ろす。その瞬間、相手の姿が視界から消えた。素人なら一瞬パニックになるかもしれないが、俺には戦場を生きてきた勘がある。
 刹那、後ろから繰り出されてきた峰打ちを、振り向いて瞬時に受け止める。片腕一本にしてはかなり重い一撃だった。

「……伊庭流・弧足」

 いつの間にか背後に回り込んでいたシローが、呟くように言った。俺でさえ捉えきれない速度で攻撃を避け、あまつさえ後ろを取るとは。一筋縄ではいかない。
 シローはすぐさま刃を戻し、肉迫してきた。間合いを積めてしまえば、武器のリーチの差は埋まる……だが、させるか!

「はッ!」

 フレイルの柄を押しつけるようにして、シローの体を跳ね飛ばす。さすがにパワーは俺に分があるようだ。さらにフレイルを、横薙ぎに叩きつける。

 すると、シローは跳躍して回避した。次の瞬間、その足がフレイルの先に乗る。そのまま体重をかけ、フレイルを蹴落とすつもりだ。俺は渾身の力で武器を支え、そのまま振りまわした。
 シローの体は慣性に従って吹っ飛び、俺はその着地点へさらに追撃をかけた。相手が体勢を立て直す前に、突きを繰り出す。

 だが、着地直後にも関わらず、シローは俺の一撃を紙一重で避ける。そしてフレイルの柄に刀身を這わせ、斬り込んできた。

 咄嗟に払いのけるが、奴の刀は俺の腕を浅く斬った。痛みが走るが、かすり傷だ。
 そして次の瞬間には、再び奴の姿が消えていた。

「同じ手を二度もッ!」

 再び、背後からの一撃を受け止める。しかしその直後に突きが繰り出され、辛うじて避ける。

 その後、一進一退の攻防が続いた。しかし俺の攻撃は一発も当たらず、これでは埒が明かない。単に相手の動きが速いのではなく、こちらの視線をくぐり抜ける特殊な体捌きによるものだろう。どれほど修練すれば、ここまでできるのだろうか。

 しかし、相手も決定打を与えられなくて焦っているはずだ。俺は間合いを取り、後方へ逃げる。そして、舞台の端に立った。場外に落ちれば負けというルール上、これなら後ろへ回りこむこともできない。
 シローは俺に接近してくる。しかし間合いを詰めたところで、パワーなら俺の方が上だ。強引に場外へ落としてやれる。

「伊庭流・陣風!」

 俺の間合いの外で、シローが叫ぶ。
 次の瞬間、俺は驚愕した。奴の刀が伸びたのだ。否、本当に伸びたわけではないだろうが、短めのはずの刀がフレイルの間合いの外から横薙ぎに斬りつけてきたのである。
 予想外の攻撃に、ギリギリでフレイルを構え防御する。しかし咄嗟のことだったせいで、峰打ちを完全に受け止められず、衝撃に手が痺れる。
 恐らく本来は横薙ぎではなく、刺突を繰り出す技だったのだろう。もしシローが俺を殺すつもりで技を出してきたなら、避けられなかったかもしれない。

 そしてシローは、いつの間にか至近距離まで踏み込んでいた。

「ハァッ!」

 続いて、ひざ蹴りが繰り出される。俺は反射的に、腹筋に最大限の力を込めた。シローの膝が腹に食い込み、形容しがたい衝撃を受ける。しかし俺は、その場に踏みとどまった。

 今の一撃で場外に落とすつもりだったのだろうが、受けきるとは予想外だったのだろう。一瞬の隙をついて、俺は腰の後ろ側に帯びていた短剣を抜いた。
 スティレット……俺の名の由来となった、刺突専用の短剣。刃は無いが、鎖帷子を貫通するため三十センチの長さと重量がある。俺はフレイルを捨て、刀を持つシローの手にスティレットの刀身部分を打ちつけた。

「うっ!?」

 さすがのシローも、短い声と共に刀を取り落とす。

 俺はすかさず奴に掴みかかり、力ずくで………投げ飛ばす!

「せやあぁッ!」

 昔見たジパング武術の投げ技とは比較にならぬ、乱暴で雑な投げだっただろう。俺はシローを場外に放り出し……掴みあったまま、自分も場外へと落ちた。

 シローの体を下敷きにして、地面に落下。その瞬間、審判が笛を吹いた。

「シロー選手が先に地面に着きました! よってこの試合、スティレット選手の勝利!」

 会場が歓声に包まれた。

 俺が立ち上がると、シローも何とか身を起こす。

「お見事でしたな。拙者の完敗にござるよ」

 再び俺に向かって一礼し、彼はそのまま歩き去っていく。
 完敗……なら、果たして俺は完勝と言えるのか。初戦でこれほどの男と当たるとは予想外だった。だが不思議と、俺の心は歓喜していた。

「スティレット!」

 選手席からジュリカが手を振っている。
 ……そう、まだこれからだ。ヅギを倒し、その後ジュリカとの最高の一戦を味わうために、立ち止まってはいられない。

 俺は気持ちを新たにし、フレイルを掴んで選手席に戻った。
11/05/05 16:25更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
遅くなりました(汗)
完全なバトル回となりましたが、なかなか納得のいくように書けず……。
次回から、重要な試合以外はカットされますので悪しからず。
ちゃんとHも書くので。
ちなみにシロー・イバはそのうち別の話で主役張るかも。

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