閑話・教団の作戦会議
ベルアン・シティの教会は煌びやかな作りだったが、それとは裏腹に物々しい雰囲気に包まれている。何せ魔物の住まうルージュ・シティに最も近い、重要な前線基地なのだ。兵士が各所で警備を行い、町の人間たちは誰も近寄らない。少しでも怪しまれれば拘束されるからだ。
僕たち第三特務勇者隊……通称『エリミネーター』も、二ヶ月ほど前からここへ駐屯している。副隊長である僕と十名の勇者たち、兵卒が百名、そして隊長であるヴァルキリーが一柱。その任務はここにいる他の聖騎士隊とは違い、ルージュ・シティの殲滅ではない。
この世界を狂わせる存在……異世界人の排除だ。
「シュティーナの呪いは解けたのか?」
「ええ。一先ずね」
僕の問いに、同僚の魔術師はため息を吐きつつ答えた。彼女も洗礼を受けた勇者の一人で、呪術関係の知識を買われてこの部隊に抜擢されたのである。会議場のテーブルを囲む他の面々も、特に優れた力を持つ勇者たちだ。何せ『別の世界』という実態の掴めない所から来た相手と戦うのだから、あらゆる想定外の状況に対応できなくてはならない。
とはいえ、今回は想定外にもほどがあるが。
「まさかヴァルキリーのシュティーナ様が、呪いをかけられるなんて……」
「しかもよりによってあんな呪いをな……」
同僚が頭を抱える。槍使いのエルゲンだ。信仰心の厚い彼にとって、主神の使いであるヴァルキリーが「不覚にも呪いをかけられた……クンニしてくれ」などという言葉を吐いたのは相当にショックだっただろう。
一方、その隣にいる女勇者ケイアはむすっとした表情だった。エルゲンの後輩である彼女は異民族の出身で、肌の色が若干褐色がかっている。しかし優れた二刀流の使い手であると同時に、聡明な性格の信頼できる女性だ。
「元はと言えば、シュティーナ様が単独で敵地へ踏み込むなんて無茶をやったからでありますよ」
「おい、ケイア。止せ」
エルゲンは彼女を諌めたが、僕としてはケイアに同意見だった。僕が異世界の機械が飛ぶのを察知した直後、シュティーナは突如たった一人でルージュ・シティの上空へ向かったのだ。一人のヴァルキリーは百の魔物さえ退けると一般的には云われているが、今回はリリムがいるのに単独というのは無謀と言っていい。主神様に作られたヴァルキリーが自分の力に自身を持つのは当然だが、いささか相手を見くびっていたことは否めないだろう。
「その点に関しては、僕からシュティーナによく言っておく」
僕は副隊長ではあるが、主神様から地上におけるシュティーナのパートナーとして選ばれた。故に同格として口を利くことが許されているのだ。部隊として行動する以上、如何にヴァルキリーとはいえ独断で単独行動を取るのは自重してもらわなくては。
「それで消えた異世界人の行方だけど、今はまだ掴めていない。でも、もう一人がルージュ・シティに残っているのは確かだ」
「消えた方が魔界の奥地へ逃げたとなれば、厄介だな」
エルゲンが目つきを鋭くする。
「もう少し瞑想の時間を取れれば、行方も掴める」
僕の能力は遠隔視。精神を鎮めれば、遥か遠くにいる相手も見つけ出すことができる。だが魔物の魔力に妨害されることもあるし、常に確実とは言えない。自分の心に迷いがあるために見えにくいのかもしれないが……。
「ただそれより、ルージュ・シティに残っている方を排除した方がいいと思う。内通者からの情報も入ってきてるし」
「またリリムが出て来るだろうな」
「望む所だ。魔王の娘を一人でも打ち取れば士気も上がる」
「そうであります。勇者十人でかかれば、勝てない敵ではありません!」
そのとき。会議場のドアがゆっくりと開かれた。そこに現れた白翼の女性を見て、全員が一斉に起立する。
流れるような金髪に、透き通るような白い肌。天使の象徴である白き翼と、腰に帯びた戦乙女の剣。向き合うだけで、背筋がピンと伸びるような凛々しさの持ち主だった。ヴァルキリー・シュティーナ。神界から遣わされた、僕たちを導く天使だ。
「シュティーナ。具合はもういいのか?」
「ああ、心配を……かけた」
彼女は僕から目を逸らして答える。あんな姿を誰にも見られたくはなかったのだろう。特にパートナーである僕には。異世界人はまだしも、彼女に恥をかかせたリリムは絶対に許さない。
「ルジムよ。消えた異世界人の行方は分かったか?」
「瞑想の時間をくれれば見つけ出してみせる。でも、まずはルージュ・シティに残っている方と、リリムを片付けるべきだと思うんだ」
今話し合っていたことを伝えると、シュティーナも頷いた。瞳に怒りの色を浮かべながら。
「うむ。あのリリムだけは……私は不覚を取ったが、我ら第三特務隊全員でかかれば勝算はある!」
「うん」
「我々の任は異世界人の排除だが、リリムを一人でも減らせば多くの同胞が助かるだろうからな」
「そうだね。僕たちならやれるはずだ」
「ルージュ・シティを殲滅するのも容易くなるだろう」
「その通りだ」
「後でアナルを舐めてくれ」
「……え?」
場の雰囲気が一気に冷えた。誰かが間違って吹雪の魔法でも使ったかのように。対してシュティーナの顔は火がついたかのように真っ赤になっていく。会議場にいる全員の視線を受けながら、唇をわなわなと震わせる。
「さ、再発したああああああ!」
絶叫しつつ、彼女は部屋から飛び出していった。その姿には先ほどまでの威厳など残っていない。彼女のこんな姿を見るのは今日が初めてのことだった。
「……解呪、もう一回手伝ってくる」
魔術師のリンシィが頭を抱え、シュティーナの後を追う。集まっている勇者たちも同じように頭を抱えるか、或はリリムへの怒りに顔を歪ませるか。僕は後者だ。神の使いであるヴァルキリーに……美しいシュティーナに、このような醜態を晒させるなんて。魔物の中でも特に邪悪なリリムだが、この行いは全ての勇者を敵に回すような行為と言える。いや、例え全ての勇者が殺されたとしても、僕だけは何が何でも奴を打ち取ってみせる。シュティーナの名誉のために。
……とは言ったものの、冷えきってしまったこの雰囲気では会議も続かない。僕が解散を命じると、皆はバラバラと退室し始めた。僕もひとまず自室で瞑想し、遠隔視で敵情を探ろう。
そう思って部屋から出ようとすると、後ろから声をかけられた。
「あの、副隊長」
小声で呼んだのはケイアだった。何か思い詰めたような面持ちで僕を見つめている。
「どうした?」
「我々の任務のことで、お聞きしたいことがあるのです」
会議場から他の勇者たちがいなくなり、その場には僕と彼女の二人しかいない。普段は先輩格であるエルゲンに付き従っているが、わざわざ僕に相談事持ちかけてくるのは珍しかった。
「異世界人の抹殺は、本当に正義なのでしょうか?」
「……うん」
彼女の口から出たその言葉はまさに、僕が悩んでいることだった。異世界からやってきた人間はたまたま魔物側の領地に落ち、魔物に利用されているにすぎないのではないか。元の世界へ送り返してやる方法もあるのではないか。
そして異世界の技術……遠隔視のヴィジョンで見えた、あの空を飛ぶ機械。あれを破壊したくはない。
「我々人間が空を飛ぶ力を得れば、魔物にも対抗しやすくなります。それに彼らも望まずこの世界へ迷い込んだのですから、せめて……何とかして元の世界へ送り返してあげるのが、教団の本分、つまり『慈悲』なのではと……」
「気持ちは分かる。でも、排除せよというのが神の意思だ」
自分の感情を押し殺し、使命を説く。異民族出身ということもあり、彼女は反骨心が強い。僕自身も迷っていることを気取られたくはない。
「勇者となった以上、個人的な感情や感傷で戦っては駄目だ。大義のために戦うんだ」
「では我々『エリミネーター』の大義とは?」
「主神の言葉こそが大義だ」
語気を強くして語る。それが正しいことのはずだから。
「この世界の秩序を乱す存在は排除しなくてはならない。それが神の意思だ。僕らがそれを成し遂げることで、多くの人々の秩序が保たれる」
「……やはり、そうでありますな」
ケイアは微かに笑みを浮かべた。とはいえ、納得し切っているようには思えなかった。前述の通り、反骨心の強い彼女のことだ。内心ではまだ自分の考えを捨てていないだろう。
「私もエルゲン先輩のように、信仰だけのために戦えれば気楽なのでありますが……どうも、失礼しました」
ぺこりとお辞儀をして、彼女は足早に歩き去って行く。彼女の戦う理由を知っている僕としては、その言葉は少々複雑な気持ちにさせられる。異民族の出であるケイアは、居留地で暮らす自分の同族たちの地位向上を願って教団に奉仕しているのだ。他の勇者のように強固な信仰心があるわけではない。ただ明確な戦う動機があるという点では信頼が置ける。
問題は僕自身の心の迷いを、どうやって断ち切るか。シュティーナの導きがあっても、空を飛ぶ力への憧れは消えないのだ。
あの記憶が、胸の奥に引っかかっているせいで……。
僕たち第三特務勇者隊……通称『エリミネーター』も、二ヶ月ほど前からここへ駐屯している。副隊長である僕と十名の勇者たち、兵卒が百名、そして隊長であるヴァルキリーが一柱。その任務はここにいる他の聖騎士隊とは違い、ルージュ・シティの殲滅ではない。
この世界を狂わせる存在……異世界人の排除だ。
「シュティーナの呪いは解けたのか?」
「ええ。一先ずね」
僕の問いに、同僚の魔術師はため息を吐きつつ答えた。彼女も洗礼を受けた勇者の一人で、呪術関係の知識を買われてこの部隊に抜擢されたのである。会議場のテーブルを囲む他の面々も、特に優れた力を持つ勇者たちだ。何せ『別の世界』という実態の掴めない所から来た相手と戦うのだから、あらゆる想定外の状況に対応できなくてはならない。
とはいえ、今回は想定外にもほどがあるが。
「まさかヴァルキリーのシュティーナ様が、呪いをかけられるなんて……」
「しかもよりによってあんな呪いをな……」
同僚が頭を抱える。槍使いのエルゲンだ。信仰心の厚い彼にとって、主神の使いであるヴァルキリーが「不覚にも呪いをかけられた……クンニしてくれ」などという言葉を吐いたのは相当にショックだっただろう。
一方、その隣にいる女勇者ケイアはむすっとした表情だった。エルゲンの後輩である彼女は異民族の出身で、肌の色が若干褐色がかっている。しかし優れた二刀流の使い手であると同時に、聡明な性格の信頼できる女性だ。
「元はと言えば、シュティーナ様が単独で敵地へ踏み込むなんて無茶をやったからでありますよ」
「おい、ケイア。止せ」
エルゲンは彼女を諌めたが、僕としてはケイアに同意見だった。僕が異世界の機械が飛ぶのを察知した直後、シュティーナは突如たった一人でルージュ・シティの上空へ向かったのだ。一人のヴァルキリーは百の魔物さえ退けると一般的には云われているが、今回はリリムがいるのに単独というのは無謀と言っていい。主神様に作られたヴァルキリーが自分の力に自身を持つのは当然だが、いささか相手を見くびっていたことは否めないだろう。
「その点に関しては、僕からシュティーナによく言っておく」
僕は副隊長ではあるが、主神様から地上におけるシュティーナのパートナーとして選ばれた。故に同格として口を利くことが許されているのだ。部隊として行動する以上、如何にヴァルキリーとはいえ独断で単独行動を取るのは自重してもらわなくては。
「それで消えた異世界人の行方だけど、今はまだ掴めていない。でも、もう一人がルージュ・シティに残っているのは確かだ」
「消えた方が魔界の奥地へ逃げたとなれば、厄介だな」
エルゲンが目つきを鋭くする。
「もう少し瞑想の時間を取れれば、行方も掴める」
僕の能力は遠隔視。精神を鎮めれば、遥か遠くにいる相手も見つけ出すことができる。だが魔物の魔力に妨害されることもあるし、常に確実とは言えない。自分の心に迷いがあるために見えにくいのかもしれないが……。
「ただそれより、ルージュ・シティに残っている方を排除した方がいいと思う。内通者からの情報も入ってきてるし」
「またリリムが出て来るだろうな」
「望む所だ。魔王の娘を一人でも打ち取れば士気も上がる」
「そうであります。勇者十人でかかれば、勝てない敵ではありません!」
そのとき。会議場のドアがゆっくりと開かれた。そこに現れた白翼の女性を見て、全員が一斉に起立する。
流れるような金髪に、透き通るような白い肌。天使の象徴である白き翼と、腰に帯びた戦乙女の剣。向き合うだけで、背筋がピンと伸びるような凛々しさの持ち主だった。ヴァルキリー・シュティーナ。神界から遣わされた、僕たちを導く天使だ。
「シュティーナ。具合はもういいのか?」
「ああ、心配を……かけた」
彼女は僕から目を逸らして答える。あんな姿を誰にも見られたくはなかったのだろう。特にパートナーである僕には。異世界人はまだしも、彼女に恥をかかせたリリムは絶対に許さない。
「ルジムよ。消えた異世界人の行方は分かったか?」
「瞑想の時間をくれれば見つけ出してみせる。でも、まずはルージュ・シティに残っている方と、リリムを片付けるべきだと思うんだ」
今話し合っていたことを伝えると、シュティーナも頷いた。瞳に怒りの色を浮かべながら。
「うむ。あのリリムだけは……私は不覚を取ったが、我ら第三特務隊全員でかかれば勝算はある!」
「うん」
「我々の任は異世界人の排除だが、リリムを一人でも減らせば多くの同胞が助かるだろうからな」
「そうだね。僕たちならやれるはずだ」
「ルージュ・シティを殲滅するのも容易くなるだろう」
「その通りだ」
「後でアナルを舐めてくれ」
「……え?」
場の雰囲気が一気に冷えた。誰かが間違って吹雪の魔法でも使ったかのように。対してシュティーナの顔は火がついたかのように真っ赤になっていく。会議場にいる全員の視線を受けながら、唇をわなわなと震わせる。
「さ、再発したああああああ!」
絶叫しつつ、彼女は部屋から飛び出していった。その姿には先ほどまでの威厳など残っていない。彼女のこんな姿を見るのは今日が初めてのことだった。
「……解呪、もう一回手伝ってくる」
魔術師のリンシィが頭を抱え、シュティーナの後を追う。集まっている勇者たちも同じように頭を抱えるか、或はリリムへの怒りに顔を歪ませるか。僕は後者だ。神の使いであるヴァルキリーに……美しいシュティーナに、このような醜態を晒させるなんて。魔物の中でも特に邪悪なリリムだが、この行いは全ての勇者を敵に回すような行為と言える。いや、例え全ての勇者が殺されたとしても、僕だけは何が何でも奴を打ち取ってみせる。シュティーナの名誉のために。
……とは言ったものの、冷えきってしまったこの雰囲気では会議も続かない。僕が解散を命じると、皆はバラバラと退室し始めた。僕もひとまず自室で瞑想し、遠隔視で敵情を探ろう。
そう思って部屋から出ようとすると、後ろから声をかけられた。
「あの、副隊長」
小声で呼んだのはケイアだった。何か思い詰めたような面持ちで僕を見つめている。
「どうした?」
「我々の任務のことで、お聞きしたいことがあるのです」
会議場から他の勇者たちがいなくなり、その場には僕と彼女の二人しかいない。普段は先輩格であるエルゲンに付き従っているが、わざわざ僕に相談事持ちかけてくるのは珍しかった。
「異世界人の抹殺は、本当に正義なのでしょうか?」
「……うん」
彼女の口から出たその言葉はまさに、僕が悩んでいることだった。異世界からやってきた人間はたまたま魔物側の領地に落ち、魔物に利用されているにすぎないのではないか。元の世界へ送り返してやる方法もあるのではないか。
そして異世界の技術……遠隔視のヴィジョンで見えた、あの空を飛ぶ機械。あれを破壊したくはない。
「我々人間が空を飛ぶ力を得れば、魔物にも対抗しやすくなります。それに彼らも望まずこの世界へ迷い込んだのですから、せめて……何とかして元の世界へ送り返してあげるのが、教団の本分、つまり『慈悲』なのではと……」
「気持ちは分かる。でも、排除せよというのが神の意思だ」
自分の感情を押し殺し、使命を説く。異民族出身ということもあり、彼女は反骨心が強い。僕自身も迷っていることを気取られたくはない。
「勇者となった以上、個人的な感情や感傷で戦っては駄目だ。大義のために戦うんだ」
「では我々『エリミネーター』の大義とは?」
「主神の言葉こそが大義だ」
語気を強くして語る。それが正しいことのはずだから。
「この世界の秩序を乱す存在は排除しなくてはならない。それが神の意思だ。僕らがそれを成し遂げることで、多くの人々の秩序が保たれる」
「……やはり、そうでありますな」
ケイアは微かに笑みを浮かべた。とはいえ、納得し切っているようには思えなかった。前述の通り、反骨心の強い彼女のことだ。内心ではまだ自分の考えを捨てていないだろう。
「私もエルゲン先輩のように、信仰だけのために戦えれば気楽なのでありますが……どうも、失礼しました」
ぺこりとお辞儀をして、彼女は足早に歩き去って行く。彼女の戦う理由を知っている僕としては、その言葉は少々複雑な気持ちにさせられる。異民族の出であるケイアは、居留地で暮らす自分の同族たちの地位向上を願って教団に奉仕しているのだ。他の勇者のように強固な信仰心があるわけではない。ただ明確な戦う動機があるという点では信頼が置ける。
問題は僕自身の心の迷いを、どうやって断ち切るか。シュティーナの導きがあっても、空を飛ぶ力への憧れは消えないのだ。
あの記憶が、胸の奥に引っかかっているせいで……。
15/05/10 22:31更新 / 空き缶号
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