連載小説
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第十話 『本当に、その気があるなら……』


 つくづくこの世界は不思議な所だ。着水して上陸した後、俺とナナカは二本差しの侍たちに案内され籠に乗せられた。髷を結い、紋付の羽織を着て大小差した、まさしく維新前の祖国を闊歩していた武士そのままだった。籠のすだれを開けてみると、港を歩いている内は洋風の建物があり、住民たちはあれこれ騒ぎながら俺たちを見ていた。しばらく行くと木造の家屋や店が所狭しと並んでいる町へ出て、商人の売り声や子供の笑い声が溢れていた。住民は着物を着た人間や魔物。見ただけでそれと分かるような、河童や唐傘お化けのような日本妖怪が多い。もちろんそれらは皆女の姿だった。

 籠を担いでいるのは、赤肌と青肌の鬼二人だ。緑色の肌の鬼はルージュ・シティでも見たが、こいつらは日本の赤鬼・青鬼に近いようだ。後ろにもう一つ同じ籠がついてきており、ナナカはそれに乗っている。暑い日差しの中で軽々と籠を担ぎ、俺たちを運ぶ。

「屑〜ぃ、屑ぃ」
「ごんぼごんぼ〜ぃ、ごんぼ〜」
「コンコン糖にポンポン糖〜 コンコン糖の本来は〜 うるの小米に寒晒し〜」

 道行く小商人の売り声を聞いていると、無性に懐かしい気分になってくる。派手な格好をした狐と狸の妖怪が鳴り物を打ち鳴らし、歌いながら飴を売っていた。路傍に人だかりができているのを見ると、「上下揃って事明細!」と瓦版売りだ。寿司屋らしき建物も見受けられ、猫妖怪の魚屋が出入りしていた。
 日本そのままだった。それも子供の頃に祖父さんから聞いた、江戸時代の日本に。

 しばらく行くと鬼たちが立ち止まり、ゆっくりと籠が降ろされた。俺とナナカがそれぞれの籠から降りると、辺りの人の視線が俺たちに集中した。この情景の中だと飛行服はさぞかし目立つだろう。そして籠が停まったのは立派な旅籠屋の前だった。しっかりとした作りの宿で、門前で小僧が道を掃いている。真面目に仕事をしているようだが、近くで水を撒いている狐の女の子が気になるのか、ちらちらと視線を送っていた。

「……此度は我が藩へ、よくぞ参られた」

 同行していた侍が俺たちに一礼する。まだ歳若く、いかにも凛々しい若武者といった風情だ。身のこなしを見ていると、日頃相当な鍛錬を積んでいるのだと何となく分かった。

「身共は黒垣藩士、角井秀重と申す」
「元日本海軍飛行兵曹長、柴順之介だ。こっちは野鍛冶のナナカ」

 礼に則り挨拶を返す。飛行兵曹長などと言っても理解できないだろうが、身分をつけておいた方が箔がつくだろう。『元』だが。

「状況がよく飲み込めていないが、突然来たにも関わらず丁寧な出迎え、恐縮だ」
「何、これも流雨珠との盟約に則ったこと。貴殿らには明日、藩主にお目通り頂くが……」

 角井という侍は旅籠へ目を向けた。

「この宿で風呂にでも入り、疲れを癒されよ」









………












……




















 コン、と獅子脅しの甲高い音がした。青空の下、湯気の漂う露天風呂に肩まで浸かる。旅籠にしてはなかなか立派な温泉だ。ルージュ・シティにも洋風の風呂屋があったが、やはりこの岩に囲われた露天風呂というのは格別だ。汗と油の臭いを落とし、空中戦の疲れを癒すにはやはり風呂が一番というもの。南方にいたときに満喫した、ジャングルの中でのドラム缶風呂もなかなかいいものだった。敵機さえ来なければ。
 ここなら空襲警報を聞いて裸で防空壕へ飛び込まなくてもいい。風呂に入るときは平和な心持ちであるべきだとつくづく思う。

 そして何が一番最高かと言えば、下衆張った考えではあるがこの風呂が混浴ということだ。

「良い湯だなぁ、ナナカ」
「……うん」

 湯船の中で俺にぴったりと肩を寄せ、ナナカは微笑む。湯船の中だと大きな一つ目がいつにも増して艶っぽく見える。触れ合っている肩の肌が無性に心地よい。何より目を引くのは彼女の胸だ。青い風船のような大きな乳房が、水上機のフロートの如く湯船に浮いていた。この胸で幾度か抜かれた感触を思い出し、血が滾ってくるのも仕方ないことだ。ナナカの視線も俺の股間に移ってくる。濁った湯のため、怒張したペニスは見えないものの、何となく彼女には分かってしまうらしい。

 手が俺のモノに添えられる。湯船の中ではまずいだろうと言おうとしたとき、戸がガラリと開けられた。

「おまんじゅうをお持ちしましたー!」

 狐の子供が饅頭の乗った盆を手に、屈託の無い笑顔で入ってきた。ナナカの手がパッと股間から離れる。俺は咄嗟に表情を取り繕った。

「おう、ありがとうよ」
「ご夫婦で旅なんてすてきですね。わたしも早くだんな様がほしいです」

 尻尾を左右に揺らしながら、その子は盆を湯船に浮かべ、つっとこちらへ流す。ゆらゆらと漂ってきた盆をナナカが受け取った。

「では、ごゆっくり!」

 お辞儀をして元気よく宿に戻っていく彼女を見送り、俺とナナカは顔を見合わせた。

「……ご夫婦だってよ」

 そう言ってみると、ナナカはたちまちぽーっと赤くなり、目を背けてしまう。悪戯心を起こした俺は盆から饅頭を一つ取り、「ほらよ」とナナカの胸に乗せた。大きな青い乳房はその上に饅頭を乗せても浮力を保っていた。
 だが、からかわれたナナカはそこで反撃に転じてきた。腰を浮かすと、俺の上にすとんと座ってきたのだ。

「お、おい!」

 胸が大きければ尻もなかなかのものだ。柔らかな尻肉が怒張したモノにのしかかってきたのだから、もうたまったものではない。柔らかさを押し返すように抵抗する俺のムスコに対し、ナナカは尻を前後に動かしてきた。

「えい……えい……♥」

 いつもの無表情の中に、ほんの少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて、ナナカは尻で男根を刺激し続ける。普段胸の谷間で果てている男根が、尻の谷間で揉みしだかれた。混浴で性欲が高まっていた所へ尻肉が襲ってきたのだから、あっという間に玉袋からそれがこみ上げてくる。
 
「な、ナナカ。さすがに風呂の中じゃ……せめて外で……」
「……だめ。今、射精して……♥」

 珍しく歯を見せて笑い、ナナカは尻の動きを徐々に激しくする。湯煙に浮かぶ単眼の艶やかさと相まって、いつになく淫らな表情だった。
 ここは我慢すべきだ。すべきだろうが、できること・できないことというのはある。

 結局湯船に浸かったまま、尻肉の間で脈打ちがはじまった。舷門ゴーだ。気持ちよさと一緒にどくどくと迸ったそれは尻の谷間を通り、ナナカの股間へ回って浮いてきた。湯船の水面に白濁がふわふわと漂いはじめ、それらは湯に解けることはなかった。

「すごい……濃い……」

 ナナカは胸に乗った饅頭を盆に戻すと、湯船に口をつけた。浮かぶ精液に唇を近づけては、湯と一緒にすっと飲み込んでしまう。彼女は一つ目で俺の白濁を探し出してはそうやって回収していき、すっかり奇麗に平らげてしまった。

 俺は彼女の胸に手を添え、感触を楽しみながら、湯船の中で脱力した。













 ……温泉から出た後、先ほどの狐の女の子に部屋へ案内してもらった。中に入って感動したことは、何よりも藺草の畳だった。もう二度と畳の上で寝られないだろうと思っていた俺には嬉しいことだ。日本にここまで似た国がこの世界に存在していたとは。
 早速畳に寝転がる俺だったが、少女と入れ違いに来客があった。

「失礼」

 障子を開けて入ってきたのは奇妙な風体の女だった。奇妙と言っても西洋系の顔立ちの美人で、肌の色は透き通るように白く、髪は美しい赤髪だ。服装はというと革製らしき黒の服に、鎖を体中にジャラジャラと巻き付けている。ナナカたち他の魔物と違い、耳は尖っていなのだが、どことなく人間ではなさそうな雰囲気を持っている。

「シバさんとナナカさんだね?」
「何者だ?」

 俺は体を起こしつつ尋ね返した。

「エカリシスカ・ピスタトリ。エコーって呼んで。レミィナの親衛隊長さ」
「親衛隊?」

 とてもそういう風には見えない。そもそも仕える相手を呼び捨てにする親兵があるか。……とはいえあの姫様もなかなかな変人ではあるし、あまり違和感はないが。
 俺の表情を見て、彼女は苦笑した。

「遊び友達の延長なんだけどね、実際は。ついでにルージュ公リライアは私の従姉妹」
「ああ、確かに似てるな」

 言われてみれば確かに、どことなく顔立ちがあの領主に似ている。瞳も領主と同じ灰色だ。格好は奇妙だが、考えてみればこの世界では変な服装など珍しくもない。とりあえず味方には違いないようだ。

「今日はメッセンジャーとして来たんだ。リライアは君たちに、しばらくこの黒垣藩に身を潜めてほしいってさ」
「戦が始まったのか?」

 ヴァルキューレなる天使は俺たちを襲った上、竜兵を一騎撃墜した。あの後奴の仲間が攻め込んできたとしたら、ルージュ・シティは戦場になる。そうなれば俺は逃げ隠れするわけにはいかない。こちらの世界で軍人をやる気はないが、あの町には多大な恩がある。不時着した俺に手を差し伸べ、零観を修理・改造してくれた上に、カレー屋をやるため領主から借りた金はまだ返済していないのだ。ましてや敵の狙いが俺ならば、尚更あの町の連中だけに戦わせるわけにはいかない。
 だがエコーは首を横に振った。

「君らを襲ったヴァルキリーはお嬢が酷い目に遭わせて追っ払った。町に被害はないし、墜落した竜兵も軽傷だよ」

 攻撃を喰らったのは飛竜の方で、意識を失わなかったため何とか不時着に成功し、乗っていた兵士も無事だった……そう彼女は説明した。

「奴らは異世界人を狩るために編成された部隊で、君やヴェルナーを狙っている。でもお嬢の悪賢さには敵わない」
「レミィナ姫のことか?」
「そう。簡単に言っちゃうと、敵の情報はお嬢に筒抜けなんだよ」

 ニヤリと笑うエコー。ナナカはどういう意味か分からないという顔をしているが、俺は内通者がいるのだとすぐに分かった。あの無邪気で天真爛漫な姫君も、どうやらかなり狡猾な一面があるようだ。フィッケル中尉から聞いた話では『父親を水風呂に突き落として家出した』というどこぞの婆娑羅者のようなことをしでかしたらしいし、敵に回してはいけない女だとは思っていたが。

「とにかく、お嬢とリライアに任せておけば大丈夫。教団を撹乱するためにも、しばらくここで暮らして欲しいっていうのがリライアの意向。……二人でゆっくり、ね」

 エコーが悪戯っぽくウィンクするのを見て、何か納得するものがあった。レミィナ姫と領主は俺とナナカの関係を察している。つまり俺たちをこの国に隠れさせるのは、単に敵から守るためではなく……ちょっとした『お節介』でもあるということか。

 ともあれ戦略的な意味もあってここに隠れていろというなら、従っておくべきだろう。海軍兵学校出ではない俺は戦略は専門外だ。あの領主を信頼し、ついでに厚意に甘えさせてもらおう。

「分かった。とりあえずは大人しくしておくさ」
「うん。あと、君が持っていたお金だけど」

 エコーは懐から財布を取り出した。なんと、俺のものだ。

「お風呂に入っている間、勝手にこの国の通貨に変えておいたから。私も忙しいからさぁ、許してね」

 そう言って返してもらった財布には、一文銭や一分銀に似た貨幣の他、小判が二枚入っていた。貨幣の様式まで日本と似ているらしい。

「じゃ、私はこれで。後は角井さんに任せておくから」
「分かった。ありがとうな」

 とりあえず礼を言って、再び畳の上に体を横たえた。エコーはそんな俺を見て笑みを浮かべ、部屋から出て行く。
 障子が閉じ、この空間にはナナカと俺の二人きりとなった。

「……仕事、したいのに……」

 ナナカはぽつりと呟く。日々打ち物の研鑽を重ねることを考えている奴だ、鍛冶屋の仕事ができないのは辛いだろう。だがこの国に滞在するのはナナカにとっても悪いことではないはずだ。

「親父殿はお前に、見たことのない景色を見て欲しいって言ってただろ。道を究めるなら、いろいろなものを見なきゃな」

 俺も海軍に入ってから異郷へ赴き、いろいろなものを見た。楽しい思い出とは言えないが、地球がどれだけ広いのかを知った。俺が初めて行ったときは美しいと思った南の島でも多くの血が流れ、取り残された陸軍の将兵は飢餓に苦しみながら凄惨に玉砕していったという。
 この世界ではそんな光景を見たくないし、ナナカにも見せたくはない。だがルージュ・シティに腰を落ち着けるにしても、この世界のことをよりしっかりと知っておくべきだろう。ましてやこんなにも日本に似た国があるのなら、ますます興味が湧いてくる。

 寝転がったばかりの畳から起き上がり、腰に拳銃を付けた。平和そうな町ではあるが、これが必要になる事態が起きないとも限らない。海軍では艦橋や操縦席に刀を持ち込まないという暗黙の了解があった(刀が磁気を帯びてコンパスを狂わせるからだ)ため、生身の飛行機乗りが身を守る手段は拳銃が主となる。俺も准士官になったとき軍刀は買ったが、配属されていた藤枝基地に置きっぱなしだ。今頃は形見にでもされているだろう。
 その代わり、拳銃はドイツ製の凄い代物だ。知り合いの陸軍士官が大陸で盗賊から奪った物を譲り受けたのだが、ホルスターを銃床代わりにして機関銃のように連射できるというもので、命中率はともかくハッタリは利く。

「どうだ、せっかくだし一緒に出かけてみようや。二人で、よ」

 そう言ってやると、ナナカは気恥ずかしげに単眼を伏せ、頷いて立ち上がった。

「よし、ゴーヘイ!」


 こうして俺はナナカと一緒に婚前旅行……もとい亡命生活を送ることになった。
 店の人に声をかけて、ついでにこの国の金の単位を教えてもらってから、俺たちは連れ立って町へ出た。道では風車を持った子供たちが笑いながら駆け回っており、ルージュ・シティ動揺に人も魔物も入り交じって暮らしている。武士もまた人魔混在で、どうやらこちらは巴御前以外にも大勢の女武士がいるらしい。

 そうした違いを除けば、祖父が若い頃暮らしていたという江戸の町そのものだった。道行く棒手振りには昭和の東京でも見かける者がおり、ますます祖国を思い出す。時折洋風の人間や魔物も見受けられるため、他所の国との交流は進んでいるようだ。現に現地人からすれば珍しい身なりをした俺やナナカも、ちらりと見られるだけでそれほど注目はされない。

 少し歩いていると、「ひゃっこ〜い」という売り声がした。見ると天秤棒で桶を担いで歩く男がいる。冷や水売りだ。今日は暑い上に風呂上がり、丁度いい。

「おい冷や水売り! 二杯くれ」
「へい、ありがとうごぜぇやす」

 呼び止めると、まだ若い冷や水売りは桶を降ろし、柄杓で錫の茶碗二つに水を注いだ。そこへ別の容器から白玉を取り出して三つ放り込む。
 一口飲むと砂糖水はよく冷えており、火照った体がスーッとした。甘味もほどよくついており、白玉のもちもちとした食感も久しぶりに味わった。これも故郷の味だ。ナナカもまた目を細め、美味そうに飲んでいる。

「あー、こりゃうめぇ。まだ冷えてるな」
「旦那、この桶に入れればずっと冷てぇままでさァ。こりゃあっしの女房が作った桶ですから」

 桶をこんこんと叩き、冷や水売りは得意げに言う。何かマジナイでもかけてあるようだ。

「お前さんの女房ってのは?」
「雪女でさァ。旦那の奥さんと同じ青い肌でね、暑い日に抱いて寝りゃひんやりして夢のような心地でね、女房は女房で熱い男が好きだってんで、あっしにぎゅーっと抱きついてきて……」

 冷や水売りは嬉しそうにのろけ話を始めた。ナナカはまた夫婦と思われて恥ずかしがっている。

「毎晩そうやってたら女房の腹が膨らんできてね、近々生まれるんでさァ!」
「へぇ、そりゃおめでとう」

 祝福しつつ金を払い、飲み終わった器を返した。
 冷や水売りが立ち去った後、ちらりとナナカを見る。

「……ひんやりした肌じゃなくても、俺はお前の肌が好きだな」
「……ばか」

 我ながら恥ずかしいことを言ったものである。

 再び道を歩いていると、今度は河童の物売りを見かけた。皿と甲羅はあるものの嘴はなく、例に漏れず美しい女の姿だ。水着のような物を着て、緑のふとももを恥ずかしげなく晒して歩いている。背負っている籠に入っているのはどうやら薬らしい。「河童河童〜 河童の印の 傷薬ぃ〜」と妙な節をつけながら売り歩いている。興味が湧いたので呼び止めた。

「そこの河童。薬を売ってるのか?」
「へい、河童秘伝の薬! よく効くッスよ!」

 明朗な笑顔で河童は答えた。曰く、これを飲めば傷の治りが早くなり、痛みもなくなり血もすぐ止まるという。塗り薬もあり、そちらは少々染みるが打撲や切り傷によく効くそうだ。

「散薬の方は酒で飲まなきゃ効かねぇってやつか?」
「よくご存知ッスね。熱燗で飲まないと効き目がないッス」
「これを売り歩きながら剣術の修行をしてる奴とかいないか?」
「えっ、あたしの幼馴染みを知ってるんスか?」
「……まさかそいつ、浅葱色の羽織を着てたりとか……」
「どうして服装まで!?」

 つくづく度し難い世界である。ともあれ値段を聞き、一つ買っておくことにした。河童の傷薬と言えば日本でもいろいろな意味で有名だ。

「奥さん共々、怪我にはお気をつけて〜」

 そう言って河童の薬売りは歩き去った。

 続いて「とっかえべぇ〜 とっかえベぇ〜」という売り声が聞こえてくる。これは『とっかえべぇ飴屋』と言って、古い金物を飴と交換する商売だ。今の所俺は用が無い。今度は「え〜う〜ィ」という売り声。これは豆腐屋だ。「めェ〜だかァ〜 きんぎょォ〜」と眠気を催すような金魚売りの声。
 そんな小商人たちの売り声を聞きながら歩いているうちに蕎麦屋を見つけ、昼飯を済ませることにした。試験飛行前に朝飯を食った後、旅籠の饅頭と冷や水しか口にしていなかったのだ。

「盛りを二つ頼む」
「へい!」

 鯔背な若い職人が返事をした。しばらく待つと蒸篭に盛られた蕎麦がツユと一緒に出てきた。一口啜ると何とも香り高い蕎麦に濃厚なツユ。久々に味わう和食に食欲が増し、俺は蒸篭一杯を三口で平らげてお代わりを頼んだ。

 一方ナナカは箸に苦戦していたが、濡れた服を着た女中がフォークを出してくれた。聞けば最近異国の客も増えてきたので用意してあるとのこと。国際化が進んでいるようである。しかし箸からフォークに持ち替えても、ナナカは上手く蕎麦をすすれないでいた。どうも彼女は食べ物のことになると不器用だ。作る料理は美味いが。
 ナナカが蕎麦をイタリア人のようにフォークに巻き付けてチマチマ食べている間に、俺は盛り蕎麦を五枚も食べてしまった。その結果……


 腹が下った。










………












……
























「ジュン、大丈夫……?」
「ああ、もう平気だ」

 旅籠に戻って厠に駆け込んだ後、俺は布団に横になった。キンキンに冷えた冷や水を飲んだ上に蕎麦を食べまくれば腹を壊すのも当然、馬鹿な真似をしたものだ。体調管理は飛行機乗りの基本だというのに。久々の和食が嬉しくなって、ついつい腹の悲鳴も気にせず食ってしまった。

「……食べ過ぎは駄目」
「うん、そうだな。反省しねぇと」

 枕元に座って、頭を撫でてくれるナナカ。本当に優しい、良い女だ。少し自己卑下があってたまにスケベだが、それを含めても良い女だ。

「あー、ナナカは良い嫁さんになれるなぁ」
「……また、そんなこと言って」

 頬を赤らめて、彼女は口を尖らせる。この反応もますます好きになってきた。

「世辞じゃねぇよ。会う人会う人、みんな俺たちを夫婦だと思ってただろう。それだけお前が良い嫁さんに見えて、俺たちがお似合いってことだ」
「……ジュンはいつも、そんなことを言う……」

 ナナカは座り込んだまま、大きな瞳でちらりと障子を見た。外の様子が気になるのだろうか。
 目を伏せ、何か思い詰めたような表情でじっと俺を見据えてくる。どうした、と尋ねようとしたとき、ナナカは意を決したかのように立ち上がった。そして次の瞬間、自分の半ズボンに手をかけた。

 鍛冶仕事で焼けこげのできた革製の半ズボンをずり降ろすと、灰色の下着が露わになる。今度はそれさえ、青い指で摘んで脱ぎ捨ててしまった。
 現れたのは、毛が全く生えていない青い恥丘。女の穴がある割れ目が僅かに口を開け、薄紅色の中身がチラチラと見えている。そしてそこからは、たらりと女の液が滴っていた。

「……これ、ジュンのせい」

 滴るねっとりとした液を指ですくい、ナナカは責めるような口調で言った。まさかこいつ、風呂場の一件の後からずっと……。

「ジュン」

 横になっている俺にしなだれかかってくるナナカ。たった一つの大きな瞳を潤ませ、青い頬を赤らめるその姿から目が離せない。

「本当に、その気があるなら……今すぐ私を……」

 声が震えている。ナナカは興奮していた。畳の上に落ちている水滴が、彼女の女の穴から滴ったものだと分かった。俺の耳元に口を寄せ、ナナカはそっと、だが熱っぽく囁く。



「……抱いて」




15/05/10 22:31更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
舷門ゴー →入り口でゴー(射精)する=早漏
ゴーヘイ →Go Ahead!

冷や水売り
砂糖水に白玉を入れて売歩く、江戸時代の夏の風物詩。
保冷技術がなかったので水はすぐぬるくなってしまったが、それでも炎天下で働く人々にとって甘い飲料はありがたかったらしい。
一杯の値段は砂糖や白玉の量にもよるが、大体現代の缶ジュース一本と同じくらいの相場。
当時高価だったはずの砂糖を使用しているのに何故こんなに安かったのか、当時から怪しまれていたらしい。


お待たせしました。更新です。
そしてようやく、本番フラグ……
農繁期に入ってきましたが、SSはちょっとずつですけど進めております。

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