第五話 「俺がそうなるわ、馬鹿もん!」
「それじゃ、借りていくぜ」
「おう。頑張れよ!」
飯屋のコルバと言葉を交わし、俺は荷車を曵いて歩き出した。魔法をかけられた荷車だとかで、なるほど、曵いてみてもほとんど重さを感じない。これなら食材を山ほど買い込んでも運べそうだ。ついでにコルバが以前使っていたという屋台も貸してくれることになった。
町の連中が親切で本当に助かる。まだ彼らのことをよく知っているわけでもないが、教団とやらに迫害を受けたとか、うだつの上がらない暮らしに嫌気が差したとか、様々な理由でこの町へやってきたという。別の世界からやってきたという異常な存在でも、自分たちと同じくこの町に流れ着いたのだからと、こうして世話を焼いてくれるのかもしれない。戦時体制下にも関わらず町に笑顔が絶えないのはこうした互助精神というか、住民の温かさ故なのだろう。
領主邸での食事会の後、ナナカもお姫様も領主から何を言われたのかは話してくれなかった。ナナカまで呼ばれたということは明らかに俺に関係あるのだろうが、今更彼女たちが俺を陥れるようなことはしないだろう。ましてナナカのようなホワイトには人を騙すなんて無理だ。
その後結局、領主に愛機の改造を承諾した。フィッケル中尉が言うように、この世界で純粋に飛行機乗りとして生きられるなら幸せだろう。だがただブーンと飛んでいるだけでは仕方ない。いつまでもナナカに飯を食わせてもらっていては男が廃るというものだ。そこで俺は領主から借金をし、起業することにしたのである。これでも料理屋の息子、少しは自信がある。
領主は快く金を貸してくれたので、これから食材と食器の買い出しだ。包丁や鍋などはナナカから購入済みである。当面の目標はこの世界で自活できるようになること。
そしてナナカを嫁にすること。
「っしゃ、やるとするか!」
脳内で起床ラッパの音が鳴り響く。町の市場へ向かい、俺は足取り軽く歩き始めた。
まず野菜を買うなら南地区へ行ってみろとのことで、教わった道を進んで行く。南地区は大規模な市営農場があり、農業や牧畜が盛んだそうだ。ナナカが住んでいる海に面した区画は西地区で、そこでも野菜は買えるが、まずは生産現場を見ておけとコルバから助言をもらったのだ。もっともなことである。
港の市場に行けば輸入した香辛料や米なども多数売られており、なんと醤油も手に入るという。それだけあれば何でも作れるだろう。
賑わう町中をしばらく歩いていくと、やがて地面が石畳から土に変わった。建物の数も急に減り、辺り一面に緑が広がる。広大な牧場や畑、その向こうには森が見える。
真っ先に目に留まったのは牧場にいる動物だ。人の背丈よりでかい豚だかイノシシだかがのし歩いており、牧童がその毛にブラシをかけている。小さな女の子もいるようだが、怪物並の家畜を全く怖がっていない。所変われば品変わるとはいうが、さすがに化け物と人間が一緒に暮らしているような場所となると桁が違う。この分だと畑の方にも凄い野菜があるだろう。
南方に行った頃のことを思い出す。椰子の木も珊瑚礁も、蛍の大群も、皆祖国では見られない光景だった。俺も仲間達も戦争のことなど忘れ、タコを捕ったり、地元民に頼んで椰子の実を採ってもらったりして楽しんでいた。無性に懐かしい。
畑の近くに市場らしきテント群が見え、繁華街ほどではないが賑わいを見せていた。俺のように荷車を引いて買い出しに来ている奴もいる。視力の良い俺はその人ごみの中に知っている人間を見つけた。いや、視力が悪くてもあの白い髪と肌は目に留まる。軍帽を被った長身の男も傍らにいた。
「……あのお二人も野菜買うのか」
お姫様とその旦那がわざわざ見に来るとなれば、ここの野菜はさぞかし美味いのだろう。ガラガラと荷車を曵き、その市場へと向かう。他にも荷車を曵いている者や、あの巨大な豚に荷を運ばせている者もいて、ぶつからないよう注意しつつ歩く。
売り子も客も人間だったり魔物だったりと様々な顔ぶれだ。角の生えた女の子が元気のいい声で野菜を売っている。客も貴族らしい奴や平民らしい奴、子連れなど様々で、中には手足が骨だけの、幽霊の類らしい女もいた。ただ人間の女らしい者は一人もいなかった。
フィッケル中尉とお姫様は馬鈴薯のような野菜を眺めていた。この二人は並んでいるとなかなか見栄えがする。お姫様は絶世の美女とか傾城傾国とかいう言葉さえ陳腐に思えるような、まさに魔物の王女という美貌の持ち主だ。中尉の方は美男子だが人間であるからして、とても姫様に比肩しうるほどの美形ではない。しかし気品と風格のある軍服姿と、その格好よさを乱さない立ち振る舞いが、お姫様の高貴な雰囲気とよく似合っていた。
「グーテンターク!」
呼びかけると、中尉の方が振り向いた。
「Guten Tag!」
通じたようで何よりだ。
「良いお日和ですね。お二人も野菜を買いに?」
「ああ。シバ飛曹長は起業準備か」
「はい、目当ての物は大体決まってるんですが、変わった野菜が多いですな」
目の前のテントには馬鈴薯に似た野菜が多数ならんでいるが、真っ赤な物やら奇麗な立方体の物やら、やたらデカい物やら、種類は多岐に渡るようだ。中には自分で二本脚……のように見える根っこ状の物で歩き、自ら売り場に並んでいる芋もある。妖怪変化の闊歩するこの世界では植物もやはり妖怪の類なのではないかと思うほどだ。
「これは睦びの果実、俗称を魔界イモ」
お姫様が笑いながら答えた。魔物の王族だけにこういう化け物じみた野菜にも詳しいのか。
「土地の魔力で成長するんだけど、土の質やそこに住んでいる魔物で簡単に変異するの。だからその気になれば新品種をいくらでも作れるってわけ」
「そりゃ面白ぇ。おい兄ちゃん、この四角い芋は美味いのかい?」
売り子の日焼けした青年に尋ねた。簡素な服に鍔広の帽子という、いかにも農民という出で立ちの男だ。だが肉付きが良い辺り、ちゃんと栄養のある飯を食えているのだろう。
「これはキュービック三号って品種でね。生でも煮ても美味いんだよ。この赤いのはネオ・スパインっていう、辛みのある芋なんだ」
「この脚のついてる芋はなんだ?」
俺たちが話している間にも、足付きの芋は棚の中でじたばたとせわしなく歩いたり、仲間に蹴りを入れて喧嘩したりしていた。こんな野菜を食いたがる奴なんているのだろうか。トカゲやワニなどは所詮肉だから平気だが、植物が立って歩いて飛び蹴りをしている光景を見ても食欲なんて湧かない。
「こいつは重い芋を担いで帰るのが嫌だっていうお客向けに作られたんだ。朝に引き抜いて、晩飯の時間にはもう動かなくなるけどね」
「じゃああれは?」
丁度青年の後ろを、芋を沢山積んだ荷馬車が通っていった。人の頭くらいの大きさで、ごつごつと尖ったイボで覆われている。荷馬車に兵士が乗っているので軍隊の糧食だろう。
「あれは私設軍に納品してる地雷イモだよ」
「地雷? 爆発するのか?」
「ああ、蓄積された魔力が弾けて、踏んだ奴を気絶させるんだ。他にも熱源誘導式魔界イモってのもあって、それは敵の体温を感知して自分で飛んで行くのさ」
「……それでB−29撃ち落とせねぇかな」
近代兵器がないのに俺たちより良い装備を持っているような気がしてきた。まあ魔物だの魔法だのがいる世界で、日本の基準で軍事を語っても無駄だろう。
「やはり日本も大型爆撃機の迎撃には苦労していたようだね」
「ありゃ化け物ですよ、B−29ってのは。B−17は一機撃墜しましたが」
「何!? 『空の要塞』をあの複葉機でか!?」
「いや、零観で体当たりして撃墜した猛者もいましたが、俺は二式水上戦闘機でやりました。零戦の水上機仕様みたいな奴です」
「水上機が好きなんだな、日本海軍は。やはり島国故か」
「そうですな。さすがに負けが込んでくると水上機の出番は減ったので、俺は零戦や雷電の部隊に移りましたが」
「ほう、ではあの機体は本来、君の愛機ではないのか?」
「用事で元の部隊に行ったとき終戦になったんですが、ちょっと面倒なことが起きましてね。借りて飛び出したんですよ」
「なるほど、君もなかなか訳ありか。それで、零戦の方は……」
「あー、シバさん。良かったらわたしたちと一緒に見て回らない?」
フィッケル中尉の膝裏に蹴りを入れつつ、お姫様がそう言ってくれた。断る理由はない。この世界の野菜というのは俺の想像を遥かに上回るもののようで、知識のある人が一緒にいてくれると買い物も心強い。
「そいつは有り難い。ご一緒させてもらいましょうか」
俺は普通の馬鈴薯に近そうな芋を買い、二人と共に市場を回った。しばらく不貞腐れていた姫様をなだめるように、フィッケル中尉は彼女の角の辺りを撫でてあげていた。魔性の美貌を持つ姫様だが、中尉に対しては子犬のような態度を見せる。
芋の他にはネギや果物などを、姫様や売り子にあれこれ教えてもらいながら買った。そして香辛料や香草も様々な物があった。コエンドロや丁子など、地球とほぼ同じ物もあって助かった。これで思い通りの物が作れそうだ。鶏ガラも良さそうなのが手に入り、果物も買った。
魔物を引きつける果実というのも興味はあったが、結局買っていない。俺は女運があまりなく、フィッケル中尉のように美男子というわけでもない。だが仮にも日本一の伊達男集団たる海軍の軍人なのだ。惚れた女は自分の魅力で手に入れたいじゃないか。特にナナカのような純粋な女相手なら、尚更そうしたいのである。
「ねぇシバさん、ナナカちゃんのことはどう思ってるの?」
穏やかな声でお姫様に尋ねられた。赤い瞳が何となく、俺の心を見透かしているような気がした。
「命の恩人ですから、感謝しとりますよ。女だてらに立派な職人で、偉いなと思います」
ついでに乳もでかい。
「そうだね。技に生きてる、素敵な子ね」
黒塗りの懐中時計で時間を確かめつつ、彼女は微笑む。金の鎖がついた立派な時計だったが、針が逆回りに動いていた。この世界では左回りが標準なのだろうか。いや、領主邸にも時計はあったが、あれは右回りだったような気がする。彼女の特別仕様なのだろう。
「あの子、言ってたよ。自分は他の魔物みたいに恋はしなくていいから、ひたすら鍛冶の技を磨きたかったって。でもシバさんが来て、その気持ちが少し揺らいだんだって」
「……それって、つまり」
俺の口調には期待が多分に含まれていたのだと思う。姫様は悪戯っぽく笑った。
「んふふっ。シバさん、本当のところどう思ってる? 彼女のこと」
やはりお見通しのようだ。逆らってはいかん人なのだと改めて思った。それともやはり女というのは男の考える事など簡単に分かるのだろうか。親父とお袋もそんな風に見えた。
「変な牧師から、魔物のKA……嫁を作ってここに住めと言われましてね。真っ先に思い浮かんだのはナナカですな」
「何故?」
「理由なんざありません。俺にはあいつが一番良いと思っただけです」
理由なんてどうだっていい、好きだから好きなのだ。人間死と隣り合わせの生活を送っていると考え方が刹那的になるようで、ことに「今日の花嫁、明日の後家」の飛行機乗りだ。この女こそはと思ったから、ただそれだけの理由だ。決められた許嫁や見合い相手と結婚するのが一般的だろうが、そもそもその許嫁に逃げられたわけだし。
「うんうん、大変結構。理屈じゃないのよね」
馬鹿正直に言っただけだが、お姫様としては俺の答えは満足できるものだったらしい。
「ただサイクロプスっていう魔物は大抵、自分が醜いと思っているのよ」
「醜い?」
確かに青い肌で一つ目というのは相当異様な姿形ではある。だが異形の化け物が闊歩する世界で、一つ目だから醜いなどと誰が言うのか。教団とかいう連中は別だとは思うが、そんな魔物と敵対している連中が何を言おうと気にする事ないだろうに。
「サイクロプスは元々神族だったけど、単眼だから他の神に嫌われて追放され、魔物になったと言われているの」
「蛭子神みたいなもんですか」
「だから彼女たちは自分の容姿にコンプレックスを持っている。シバさんの気持ちに応えられるまで、少し時間はかかるかも」
それを聞いて、ナナカの無愛想な態度の理由が何となく分かった。自分の姿が人に嫌われると思うから、他人と関わりを持ちたがらないのだろう。技術を磨くことに専念する彼女としてはそれでいいのかもしれない。ただ俺にとって、命の恩人でもあるナナカの姿は醜いなどとは思えないし、むしろあの大きな目が好きになりつつある。
「君なら上手くやれるだろう、飛曹長」
聞くに徹していたフィッケル中尉が口を開いた。
「君は私のように死に急いではいない。私は姫の好意を受け入れられるようになるまで、少し時間がかかってね」
言いつつ、彼はそっと姫様の髪を撫でる。お姫様の方も甘えるように身をすり寄せていた。
領主邸で話をしたときから薄々気づいていた。この人も全てを失ったのだろうと。常勝無敗のロンメル軍団の一員として、アフリカでフィーゼラー機を乗り回し、特殊作戦に従事して死線をくぐってきたという。アプヴェーアというスパイ組織から任務を引き受けることもあったそうだ。大勢の死を見てきたことだろう。そして俺と同じく、結局祖国を守れなかった。
「人間は天寿を全うすべきだ。そしてそれを楽しまねば損だろう。飛曹長、君もこちらで希望を見出せたのなら、それを逃すな」
「……そうですな」
あいつも俺に関心を持ってくれているなら、きっと上手くやってみせる。飛行機乗りとしての生き方できではない、向こう側ではできなかった生き方をしよう。その機会を与えられ、俺はここへ来たのだ。
改めて決心が固まった。そのためにもまずは起業を成功させなくては。
「お二人とも、店ができたらきてください。美味いのを作りますから」
「うん、絶対行く!」
「私も楽しみにしているよ。日本の料理というのはよく知らないからな」
……その後、多数の食材・食器を購入し、市場で昼飯を済ませた。食べたのはあの怪物豚の肉だったが、デカいからと言って肉が大味とは限らず、柔らかく、だがしっかり歯ごたえのある良い豚肉だった。負け戦の只中にいたから余計に美味く感じるのかもしれない。
荷物を山積みにした荷車を曵き、ナナカの家に辿り着く頃にはさすがに疲れが出ていた。もう夕方で、日が傾きかけている。だがナナカのボロ屋の前に屋台が置いてあるのを見て、思わず駆け寄った。コルバが屋台を家まで運んでおくと言っていたのだ。
「ほほう、これは」
車輪も木板もしっかりしていて、丈夫そうな屋台だ。コルバが書いたらしい張り紙があったが、書いてある字は読めない。領主からもらった護符は言葉が分かるようになるだけで、字までは学習できないようだ。ともあれ快く商売道具を貸し出してくれたことに、改めてここの住人の情の深さを感じ、頭の下がる思いだ。
それでは早速調理に取りかかるとしよう。とりあえずはナナカに帰還報告だ。
「ナナカ、帰ったぞ!」
そう言いつつ、おんぼろの戸を開けた瞬間。
一瞬の判断の遅れが命取りとなる、空の死闘を生き抜いてきた俺が、思わず固まってしまった。
そこにはナナカがいた。手に物を持って、それをじっと眺めていた。いつもの大きな一つ目でじっと眺めていた。乳もでかい。
「……おかえり」
視線を俺に向けて、彼女は迎えの言葉を言ってくれた。それでも俺の硬直は解けず、波の音を背景に俺たちはただ見つめ合う。
「あ……これ、領主邸の人が、ジュンに返すって」
ナナカは手に持っていた物を差し出してきた。領主に没収されていた、俺の拳銃だ。
「どんな仕組みか気になって、勝手に見てた……ごめん」
謝るナナカ。だが俺は別に、拳銃を彼女が持っていたからといって怒ったりはしない。彼女なら乱暴に扱って壊すこともないだろうし、弾倉が外してあるから危険もないだろう。
俺が言いたいことは一つだけ。
「お前、何で素っ裸なんだよ!?」
いつも肌の露出が多い格好をしていたナナカ。だが今は胸や下半身を隠していた革製の衣類さえ脱ぎ捨てていた。髪を結わえていた紐さえ外し、文字通り「一糸まとわぬ」姿で床にあぐらをかいていたのだ。
「……仕事終わって、暑かったから」
どうしたの、とでも言いたげに、平然と答えられた。汗で艶かしく光る青い肌を晒し、恥ずかしげもなく。
しつこいようだがナナカは乳がでかい。体が少しでも動けば乳房もそれにつられ、左右に揺れている。その先端、人間なら薄い桃色の部分は濃い青色の乳首だ。谷間が汗ばんでいて何とも卑猥だ。その下にあるへそはいつも見えていたが、へそよりさらに下も裸。つまり大抵の女は何が何でも隠そうとするであろう物が、俺たち日本海軍の軍人が「ホール」や「ギア」などと呼ぶ割れ目が丸出しになっていた。
目の前には男である俺がいる。にも関わらず、ナナカは恥ずかしがるそぶりを見せなかった。
「……ごめん、気持ち悪かった?」
「いやいや! お前家の中だからって、そういう格好してたら危ないだろう!」
慌てて戸を閉めて、万が一にも外からナナカの姿が見えないようにする。そして俺も視線を逸らした。
「どうして?」
「どうしても何もあるか! 男が女の素っ裸なんて見たらどう思うか、分かるだろうが! 無防備すぎらぁ!」
怒鳴りながら、全身がかーっと熱くなってくる。添い寝で俺を温めてくれたときも、こんな風に裸だったのだろうか。あの柔らかそうな体と素肌で密着していたというのか。
「私の裸なんて……青くて不気味だし、可愛くないし、襲いたくなる人なんていない。だから大丈夫」
「俺がそうなるわ、馬鹿もん!」
馬鹿正直がまた炸裂した。しかも大声で。
だがこれでは俺が裸の女を襲うような男だと言っているようなものじゃないか。後悔した所で出た言葉が喉まで引っ込んでくれることはない。すでに彼女の尖った耳に入ってしまった。
気まずい沈黙が続く。彼女の方は見ないまま、ただひたすら黙っていた。
どうするかを考える。とりあえず高度を確保するべきか。高度があれば不時着する場所を探す余裕ができる。機体を捨てて落下傘で脱出するのは最後の手段だ。そのときもある程度高度がなくては脱出などできないし、まずは高度を取らなくてはならない。
だが考えてみれば俺は今飛行機を操縦しているわけではない。つまり無意味な考えに時間を費やしただけだった。俺の脳みそは完全に空戦用になっているのか。
そんな、気まずさと、自分の脳みそへの自己嫌悪に苛まれていたとき。
ふいに、体の一部をぎゅっと握られた。そんなことをする奴などナナカ一人しかいない。
彼女は服の上から、そこを握ったり、撫でたり、感触を確かめるように触っている。
「……ほんとう、だ……」
俺の股間を、ズボンの中で極限まで怒張したラを触りながら、ナナカは呟く。
青い頬が、ぼーっと赤く染まっていった。
「おう。頑張れよ!」
飯屋のコルバと言葉を交わし、俺は荷車を曵いて歩き出した。魔法をかけられた荷車だとかで、なるほど、曵いてみてもほとんど重さを感じない。これなら食材を山ほど買い込んでも運べそうだ。ついでにコルバが以前使っていたという屋台も貸してくれることになった。
町の連中が親切で本当に助かる。まだ彼らのことをよく知っているわけでもないが、教団とやらに迫害を受けたとか、うだつの上がらない暮らしに嫌気が差したとか、様々な理由でこの町へやってきたという。別の世界からやってきたという異常な存在でも、自分たちと同じくこの町に流れ着いたのだからと、こうして世話を焼いてくれるのかもしれない。戦時体制下にも関わらず町に笑顔が絶えないのはこうした互助精神というか、住民の温かさ故なのだろう。
領主邸での食事会の後、ナナカもお姫様も領主から何を言われたのかは話してくれなかった。ナナカまで呼ばれたということは明らかに俺に関係あるのだろうが、今更彼女たちが俺を陥れるようなことはしないだろう。ましてナナカのようなホワイトには人を騙すなんて無理だ。
その後結局、領主に愛機の改造を承諾した。フィッケル中尉が言うように、この世界で純粋に飛行機乗りとして生きられるなら幸せだろう。だがただブーンと飛んでいるだけでは仕方ない。いつまでもナナカに飯を食わせてもらっていては男が廃るというものだ。そこで俺は領主から借金をし、起業することにしたのである。これでも料理屋の息子、少しは自信がある。
領主は快く金を貸してくれたので、これから食材と食器の買い出しだ。包丁や鍋などはナナカから購入済みである。当面の目標はこの世界で自活できるようになること。
そしてナナカを嫁にすること。
「っしゃ、やるとするか!」
脳内で起床ラッパの音が鳴り響く。町の市場へ向かい、俺は足取り軽く歩き始めた。
まず野菜を買うなら南地区へ行ってみろとのことで、教わった道を進んで行く。南地区は大規模な市営農場があり、農業や牧畜が盛んだそうだ。ナナカが住んでいる海に面した区画は西地区で、そこでも野菜は買えるが、まずは生産現場を見ておけとコルバから助言をもらったのだ。もっともなことである。
港の市場に行けば輸入した香辛料や米なども多数売られており、なんと醤油も手に入るという。それだけあれば何でも作れるだろう。
賑わう町中をしばらく歩いていくと、やがて地面が石畳から土に変わった。建物の数も急に減り、辺り一面に緑が広がる。広大な牧場や畑、その向こうには森が見える。
真っ先に目に留まったのは牧場にいる動物だ。人の背丈よりでかい豚だかイノシシだかがのし歩いており、牧童がその毛にブラシをかけている。小さな女の子もいるようだが、怪物並の家畜を全く怖がっていない。所変われば品変わるとはいうが、さすがに化け物と人間が一緒に暮らしているような場所となると桁が違う。この分だと畑の方にも凄い野菜があるだろう。
南方に行った頃のことを思い出す。椰子の木も珊瑚礁も、蛍の大群も、皆祖国では見られない光景だった。俺も仲間達も戦争のことなど忘れ、タコを捕ったり、地元民に頼んで椰子の実を採ってもらったりして楽しんでいた。無性に懐かしい。
畑の近くに市場らしきテント群が見え、繁華街ほどではないが賑わいを見せていた。俺のように荷車を引いて買い出しに来ている奴もいる。視力の良い俺はその人ごみの中に知っている人間を見つけた。いや、視力が悪くてもあの白い髪と肌は目に留まる。軍帽を被った長身の男も傍らにいた。
「……あのお二人も野菜買うのか」
お姫様とその旦那がわざわざ見に来るとなれば、ここの野菜はさぞかし美味いのだろう。ガラガラと荷車を曵き、その市場へと向かう。他にも荷車を曵いている者や、あの巨大な豚に荷を運ばせている者もいて、ぶつからないよう注意しつつ歩く。
売り子も客も人間だったり魔物だったりと様々な顔ぶれだ。角の生えた女の子が元気のいい声で野菜を売っている。客も貴族らしい奴や平民らしい奴、子連れなど様々で、中には手足が骨だけの、幽霊の類らしい女もいた。ただ人間の女らしい者は一人もいなかった。
フィッケル中尉とお姫様は馬鈴薯のような野菜を眺めていた。この二人は並んでいるとなかなか見栄えがする。お姫様は絶世の美女とか傾城傾国とかいう言葉さえ陳腐に思えるような、まさに魔物の王女という美貌の持ち主だ。中尉の方は美男子だが人間であるからして、とても姫様に比肩しうるほどの美形ではない。しかし気品と風格のある軍服姿と、その格好よさを乱さない立ち振る舞いが、お姫様の高貴な雰囲気とよく似合っていた。
「グーテンターク!」
呼びかけると、中尉の方が振り向いた。
「Guten Tag!」
通じたようで何よりだ。
「良いお日和ですね。お二人も野菜を買いに?」
「ああ。シバ飛曹長は起業準備か」
「はい、目当ての物は大体決まってるんですが、変わった野菜が多いですな」
目の前のテントには馬鈴薯に似た野菜が多数ならんでいるが、真っ赤な物やら奇麗な立方体の物やら、やたらデカい物やら、種類は多岐に渡るようだ。中には自分で二本脚……のように見える根っこ状の物で歩き、自ら売り場に並んでいる芋もある。妖怪変化の闊歩するこの世界では植物もやはり妖怪の類なのではないかと思うほどだ。
「これは睦びの果実、俗称を魔界イモ」
お姫様が笑いながら答えた。魔物の王族だけにこういう化け物じみた野菜にも詳しいのか。
「土地の魔力で成長するんだけど、土の質やそこに住んでいる魔物で簡単に変異するの。だからその気になれば新品種をいくらでも作れるってわけ」
「そりゃ面白ぇ。おい兄ちゃん、この四角い芋は美味いのかい?」
売り子の日焼けした青年に尋ねた。簡素な服に鍔広の帽子という、いかにも農民という出で立ちの男だ。だが肉付きが良い辺り、ちゃんと栄養のある飯を食えているのだろう。
「これはキュービック三号って品種でね。生でも煮ても美味いんだよ。この赤いのはネオ・スパインっていう、辛みのある芋なんだ」
「この脚のついてる芋はなんだ?」
俺たちが話している間にも、足付きの芋は棚の中でじたばたとせわしなく歩いたり、仲間に蹴りを入れて喧嘩したりしていた。こんな野菜を食いたがる奴なんているのだろうか。トカゲやワニなどは所詮肉だから平気だが、植物が立って歩いて飛び蹴りをしている光景を見ても食欲なんて湧かない。
「こいつは重い芋を担いで帰るのが嫌だっていうお客向けに作られたんだ。朝に引き抜いて、晩飯の時間にはもう動かなくなるけどね」
「じゃああれは?」
丁度青年の後ろを、芋を沢山積んだ荷馬車が通っていった。人の頭くらいの大きさで、ごつごつと尖ったイボで覆われている。荷馬車に兵士が乗っているので軍隊の糧食だろう。
「あれは私設軍に納品してる地雷イモだよ」
「地雷? 爆発するのか?」
「ああ、蓄積された魔力が弾けて、踏んだ奴を気絶させるんだ。他にも熱源誘導式魔界イモってのもあって、それは敵の体温を感知して自分で飛んで行くのさ」
「……それでB−29撃ち落とせねぇかな」
近代兵器がないのに俺たちより良い装備を持っているような気がしてきた。まあ魔物だの魔法だのがいる世界で、日本の基準で軍事を語っても無駄だろう。
「やはり日本も大型爆撃機の迎撃には苦労していたようだね」
「ありゃ化け物ですよ、B−29ってのは。B−17は一機撃墜しましたが」
「何!? 『空の要塞』をあの複葉機でか!?」
「いや、零観で体当たりして撃墜した猛者もいましたが、俺は二式水上戦闘機でやりました。零戦の水上機仕様みたいな奴です」
「水上機が好きなんだな、日本海軍は。やはり島国故か」
「そうですな。さすがに負けが込んでくると水上機の出番は減ったので、俺は零戦や雷電の部隊に移りましたが」
「ほう、ではあの機体は本来、君の愛機ではないのか?」
「用事で元の部隊に行ったとき終戦になったんですが、ちょっと面倒なことが起きましてね。借りて飛び出したんですよ」
「なるほど、君もなかなか訳ありか。それで、零戦の方は……」
「あー、シバさん。良かったらわたしたちと一緒に見て回らない?」
フィッケル中尉の膝裏に蹴りを入れつつ、お姫様がそう言ってくれた。断る理由はない。この世界の野菜というのは俺の想像を遥かに上回るもののようで、知識のある人が一緒にいてくれると買い物も心強い。
「そいつは有り難い。ご一緒させてもらいましょうか」
俺は普通の馬鈴薯に近そうな芋を買い、二人と共に市場を回った。しばらく不貞腐れていた姫様をなだめるように、フィッケル中尉は彼女の角の辺りを撫でてあげていた。魔性の美貌を持つ姫様だが、中尉に対しては子犬のような態度を見せる。
芋の他にはネギや果物などを、姫様や売り子にあれこれ教えてもらいながら買った。そして香辛料や香草も様々な物があった。コエンドロや丁子など、地球とほぼ同じ物もあって助かった。これで思い通りの物が作れそうだ。鶏ガラも良さそうなのが手に入り、果物も買った。
魔物を引きつける果実というのも興味はあったが、結局買っていない。俺は女運があまりなく、フィッケル中尉のように美男子というわけでもない。だが仮にも日本一の伊達男集団たる海軍の軍人なのだ。惚れた女は自分の魅力で手に入れたいじゃないか。特にナナカのような純粋な女相手なら、尚更そうしたいのである。
「ねぇシバさん、ナナカちゃんのことはどう思ってるの?」
穏やかな声でお姫様に尋ねられた。赤い瞳が何となく、俺の心を見透かしているような気がした。
「命の恩人ですから、感謝しとりますよ。女だてらに立派な職人で、偉いなと思います」
ついでに乳もでかい。
「そうだね。技に生きてる、素敵な子ね」
黒塗りの懐中時計で時間を確かめつつ、彼女は微笑む。金の鎖がついた立派な時計だったが、針が逆回りに動いていた。この世界では左回りが標準なのだろうか。いや、領主邸にも時計はあったが、あれは右回りだったような気がする。彼女の特別仕様なのだろう。
「あの子、言ってたよ。自分は他の魔物みたいに恋はしなくていいから、ひたすら鍛冶の技を磨きたかったって。でもシバさんが来て、その気持ちが少し揺らいだんだって」
「……それって、つまり」
俺の口調には期待が多分に含まれていたのだと思う。姫様は悪戯っぽく笑った。
「んふふっ。シバさん、本当のところどう思ってる? 彼女のこと」
やはりお見通しのようだ。逆らってはいかん人なのだと改めて思った。それともやはり女というのは男の考える事など簡単に分かるのだろうか。親父とお袋もそんな風に見えた。
「変な牧師から、魔物のKA……嫁を作ってここに住めと言われましてね。真っ先に思い浮かんだのはナナカですな」
「何故?」
「理由なんざありません。俺にはあいつが一番良いと思っただけです」
理由なんてどうだっていい、好きだから好きなのだ。人間死と隣り合わせの生活を送っていると考え方が刹那的になるようで、ことに「今日の花嫁、明日の後家」の飛行機乗りだ。この女こそはと思ったから、ただそれだけの理由だ。決められた許嫁や見合い相手と結婚するのが一般的だろうが、そもそもその許嫁に逃げられたわけだし。
「うんうん、大変結構。理屈じゃないのよね」
馬鹿正直に言っただけだが、お姫様としては俺の答えは満足できるものだったらしい。
「ただサイクロプスっていう魔物は大抵、自分が醜いと思っているのよ」
「醜い?」
確かに青い肌で一つ目というのは相当異様な姿形ではある。だが異形の化け物が闊歩する世界で、一つ目だから醜いなどと誰が言うのか。教団とかいう連中は別だとは思うが、そんな魔物と敵対している連中が何を言おうと気にする事ないだろうに。
「サイクロプスは元々神族だったけど、単眼だから他の神に嫌われて追放され、魔物になったと言われているの」
「蛭子神みたいなもんですか」
「だから彼女たちは自分の容姿にコンプレックスを持っている。シバさんの気持ちに応えられるまで、少し時間はかかるかも」
それを聞いて、ナナカの無愛想な態度の理由が何となく分かった。自分の姿が人に嫌われると思うから、他人と関わりを持ちたがらないのだろう。技術を磨くことに専念する彼女としてはそれでいいのかもしれない。ただ俺にとって、命の恩人でもあるナナカの姿は醜いなどとは思えないし、むしろあの大きな目が好きになりつつある。
「君なら上手くやれるだろう、飛曹長」
聞くに徹していたフィッケル中尉が口を開いた。
「君は私のように死に急いではいない。私は姫の好意を受け入れられるようになるまで、少し時間がかかってね」
言いつつ、彼はそっと姫様の髪を撫でる。お姫様の方も甘えるように身をすり寄せていた。
領主邸で話をしたときから薄々気づいていた。この人も全てを失ったのだろうと。常勝無敗のロンメル軍団の一員として、アフリカでフィーゼラー機を乗り回し、特殊作戦に従事して死線をくぐってきたという。アプヴェーアというスパイ組織から任務を引き受けることもあったそうだ。大勢の死を見てきたことだろう。そして俺と同じく、結局祖国を守れなかった。
「人間は天寿を全うすべきだ。そしてそれを楽しまねば損だろう。飛曹長、君もこちらで希望を見出せたのなら、それを逃すな」
「……そうですな」
あいつも俺に関心を持ってくれているなら、きっと上手くやってみせる。飛行機乗りとしての生き方できではない、向こう側ではできなかった生き方をしよう。その機会を与えられ、俺はここへ来たのだ。
改めて決心が固まった。そのためにもまずは起業を成功させなくては。
「お二人とも、店ができたらきてください。美味いのを作りますから」
「うん、絶対行く!」
「私も楽しみにしているよ。日本の料理というのはよく知らないからな」
……その後、多数の食材・食器を購入し、市場で昼飯を済ませた。食べたのはあの怪物豚の肉だったが、デカいからと言って肉が大味とは限らず、柔らかく、だがしっかり歯ごたえのある良い豚肉だった。負け戦の只中にいたから余計に美味く感じるのかもしれない。
荷物を山積みにした荷車を曵き、ナナカの家に辿り着く頃にはさすがに疲れが出ていた。もう夕方で、日が傾きかけている。だがナナカのボロ屋の前に屋台が置いてあるのを見て、思わず駆け寄った。コルバが屋台を家まで運んでおくと言っていたのだ。
「ほほう、これは」
車輪も木板もしっかりしていて、丈夫そうな屋台だ。コルバが書いたらしい張り紙があったが、書いてある字は読めない。領主からもらった護符は言葉が分かるようになるだけで、字までは学習できないようだ。ともあれ快く商売道具を貸し出してくれたことに、改めてここの住人の情の深さを感じ、頭の下がる思いだ。
それでは早速調理に取りかかるとしよう。とりあえずはナナカに帰還報告だ。
「ナナカ、帰ったぞ!」
そう言いつつ、おんぼろの戸を開けた瞬間。
一瞬の判断の遅れが命取りとなる、空の死闘を生き抜いてきた俺が、思わず固まってしまった。
そこにはナナカがいた。手に物を持って、それをじっと眺めていた。いつもの大きな一つ目でじっと眺めていた。乳もでかい。
「……おかえり」
視線を俺に向けて、彼女は迎えの言葉を言ってくれた。それでも俺の硬直は解けず、波の音を背景に俺たちはただ見つめ合う。
「あ……これ、領主邸の人が、ジュンに返すって」
ナナカは手に持っていた物を差し出してきた。領主に没収されていた、俺の拳銃だ。
「どんな仕組みか気になって、勝手に見てた……ごめん」
謝るナナカ。だが俺は別に、拳銃を彼女が持っていたからといって怒ったりはしない。彼女なら乱暴に扱って壊すこともないだろうし、弾倉が外してあるから危険もないだろう。
俺が言いたいことは一つだけ。
「お前、何で素っ裸なんだよ!?」
いつも肌の露出が多い格好をしていたナナカ。だが今は胸や下半身を隠していた革製の衣類さえ脱ぎ捨てていた。髪を結わえていた紐さえ外し、文字通り「一糸まとわぬ」姿で床にあぐらをかいていたのだ。
「……仕事終わって、暑かったから」
どうしたの、とでも言いたげに、平然と答えられた。汗で艶かしく光る青い肌を晒し、恥ずかしげもなく。
しつこいようだがナナカは乳がでかい。体が少しでも動けば乳房もそれにつられ、左右に揺れている。その先端、人間なら薄い桃色の部分は濃い青色の乳首だ。谷間が汗ばんでいて何とも卑猥だ。その下にあるへそはいつも見えていたが、へそよりさらに下も裸。つまり大抵の女は何が何でも隠そうとするであろう物が、俺たち日本海軍の軍人が「ホール」や「ギア」などと呼ぶ割れ目が丸出しになっていた。
目の前には男である俺がいる。にも関わらず、ナナカは恥ずかしがるそぶりを見せなかった。
「……ごめん、気持ち悪かった?」
「いやいや! お前家の中だからって、そういう格好してたら危ないだろう!」
慌てて戸を閉めて、万が一にも外からナナカの姿が見えないようにする。そして俺も視線を逸らした。
「どうして?」
「どうしても何もあるか! 男が女の素っ裸なんて見たらどう思うか、分かるだろうが! 無防備すぎらぁ!」
怒鳴りながら、全身がかーっと熱くなってくる。添い寝で俺を温めてくれたときも、こんな風に裸だったのだろうか。あの柔らかそうな体と素肌で密着していたというのか。
「私の裸なんて……青くて不気味だし、可愛くないし、襲いたくなる人なんていない。だから大丈夫」
「俺がそうなるわ、馬鹿もん!」
馬鹿正直がまた炸裂した。しかも大声で。
だがこれでは俺が裸の女を襲うような男だと言っているようなものじゃないか。後悔した所で出た言葉が喉まで引っ込んでくれることはない。すでに彼女の尖った耳に入ってしまった。
気まずい沈黙が続く。彼女の方は見ないまま、ただひたすら黙っていた。
どうするかを考える。とりあえず高度を確保するべきか。高度があれば不時着する場所を探す余裕ができる。機体を捨てて落下傘で脱出するのは最後の手段だ。そのときもある程度高度がなくては脱出などできないし、まずは高度を取らなくてはならない。
だが考えてみれば俺は今飛行機を操縦しているわけではない。つまり無意味な考えに時間を費やしただけだった。俺の脳みそは完全に空戦用になっているのか。
そんな、気まずさと、自分の脳みそへの自己嫌悪に苛まれていたとき。
ふいに、体の一部をぎゅっと握られた。そんなことをする奴などナナカ一人しかいない。
彼女は服の上から、そこを握ったり、撫でたり、感触を確かめるように触っている。
「……ほんとう、だ……」
俺の股間を、ズボンの中で極限まで怒張したラを触りながら、ナナカは呟く。
青い頬が、ぼーっと赤く染まっていった。
20/01/01 11:39更新 / 空き缶号
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