大砲と小さな村
砲撃の音が響き渡る、敵の攻撃である。
右翼方面で砲兵部隊を指揮するよう言われたデュグランがそれに気付いた。
戦端が開かれた事を知り、自分の仕事にかかる。
「こっちも始めないと…」
直ちに砲撃準備を整える。
しかし、自身が指揮する砲兵隊は非常に厄介なものであった。
砲に関する知識や技術などは、言ってみれば財産である。
なので、大砲職人達は決して自らの技術を他に渡さない。
ギルドでそれらを募集して集めたのが今の砲兵隊である。
しかし、砲の作りから口径、運用方法に至るまで、同じものは二つと無い状況である。
更に不具合なども頻発し、まともに扱える砲の数は既に七割未満であった。
「準備が出来た所から砲撃開始!急げよ!」
デュグランの命令により砲撃が開始された。
しかし、散発的に各自が思い思いに発射する状況である。
絶え間なく聞こえる相手の砲撃に比べると何とも頼り無い。
辺りが煙に包まれる。霧が濃い上に辺りに煙が充満し先が見えない。
仕方なく手を止め煙を払う。こんな事では大して戦力にならんのじゃないか…などと思う。
元々自分は過去の人間である。まだ長弓などが主力だった頃の戦場で駆け回った男だ。
当時は連戦連勝だった敵の長弓部隊の弱点に気付き、砲撃によりそれを粉砕した事もあった。
魔物と結ばれ長寿を手に入れたとて、発達する技術や戦術などからは置いていかれた。
自分は必要なのだろうか…と悩んでしまう事が最近は多くなってきた。
そろそろ身を引くべきなんだろうか、それでも体が戦場の空気を求めてしまう。
つくづく救えない人種だ。
などと感傷に浸っている場合では無い、状況は刻々と変化している、戦場なのだ。
煙が晴れるのを待ち砲撃、それの繰り返しである。
しかしならが、砲撃先の敵が良くわからなかった。
偵察に向かわせた部下から報告が入ってこない。
通りかかったハーピーを見つけて話を聞くと、どうやら敵の数自体は少ないらしい。
それより気なる話があった。
「百門以上だと!?」
「砲撃が激しくて味方が進軍出来ません…」
「配置が漏れたのか!?」
敵が魔王軍に砲撃を集中させている、とハーピーは言った。
更に敵の砲の数がすさまじく多い。
加えてこの砲撃速度、この霧の中、どう考えても何かおかしい。
「司令官殿に報告は?」
「しました。更に詳細を報告しろと言われて…」
「相手がわかったら俺にも知らせてくれ!いいな」
そう言って再びハーピーを偵察に向かわせる。
相手が少ないのならそれを崩せばいい。
そこを突破口にすればいいだけの話だ。
砲兵隊からみて右後方にある村でも戦闘が始まったと連絡が入る。
あそこには魔物も居るので抑えられるだろう。それよりも早く眼前の敵を潰さなくては。
ズドン、ズドンと相変わらず鈍く散発的な砲撃を加える。
砲撃を続けてどれ位経っただろうか。
まだ眼前の敵の情報がわからない。偵察に向かったハーピーも戻ってこない。
偵察に向かった部下もまた帰ってこない。
霧が晴れては来たが、まだ何もわからない。
段々とこちらの砲弾も少なくなってくる。
更に部下を偵察に向かわせた。
これで帰って来なければいよいよおかしい。
そう思っていた時、喚声が近づいて来た。放った偵察隊が戻ってきたのか。
「いや…違う」
うっすら見えた人影が力なく崩れ落ちる。
その背後、霧の中から現れたのは、偵察に向かわせた部下では無かった。
奇声を上げながら向かってくる集団。
目に付くのは異様な服装。
赤と青を基調にした姿に細長い帽子を被り、銃を背負っている。
右手に黒く丸いものを手に、左手に縄のようなものを持ち突撃してきた。
そして左右の手を擦り合わせ黒い物体を放り投げる。
その放り投げられた黒い物体が爆ぜた。
「爆弾だと!?」
黒い物体は掌サイズの爆弾であった。
この集団はそれを投げつけながら尚も突っ込んでくる。
突如として出現した謎の集団により、砲兵陣地はパニックに陥った。
爆弾により死傷する者、槍に突かれ剣に斬られる者、銃で撃たれる者が続出し、ついには陣地を捨てて逃げ出す者も出てきた。
落ち着かせなくては、と思いデュグラン自信も剣を抜き乱戦に参加する。
「お前が指揮官か!」
そう言いながら一人の兵士が向かってきた。
相手も剣を持ち斬りかかって来るが、それを避け相手の胸元に剣を突き立てる。
それを引き抜き、相手が倒れるのを確認してから更に敵を探す。
また一人が自分に気付き向かってくるが、斬り捨てる。更に今度は槍を持った兵士が突っ込んでくる。
その突きをかわし、懐に入りまた剣を突き立てた。
「まだまだ、腕は鈍ってないな」
自分の技が通用する、その事実がたまらなく嬉しかった。
デュグランの勢いに押され、敵の兵士達が下がる。
「臆するな!防御だ!」
デュグランを活躍を見て、味方もまた勢いを取り戻す。
今度はこちらが逆襲する番だ。
見た感じ敵の数はそれ程多くはない。
そう思った矢先に、偵察を頼んでおいたハーピーがやって来た。
「大変です!」
「遅かったじゃないか、どうした?」
「砲撃している敵の正体がわかりました!」
「誰だ?」
「オルタラの砲兵隊です」
「オルタラか…」
アルブレヒト傭兵軍の砲兵隊長、話には聞いた事がある。
新しい砲の開発から運用、それに適した戦術などを編み出した人物。
砲に携わる者ならば一度は名前を聞いた事があると言った程だ。
その砲兵隊が、現在魔王軍の進撃を防いでいるのか。
「こっちは逆襲が上手く行けば突破出来そうだ。司令官殿には耐えて貰うしか無いな」
左翼に精鋭をぶつけて来たのなら、こちらに投入出来る部隊は質の良い物ではないだろう。
向こうが耐えてこちらが突破する。上手くいけば囲めるかもしれない。
「そう伝えてくれ!」
「わかりました!しかし、こちらも長くは持ちそうも無いですから…」
「出来るだけ急ぐ!」
そう言いハーピーを魔王軍の所まで向かわせた。戦況は一進一退と言っていい。
期待された魔王軍の進軍を止められており、他の軍も状況は五分。
今、自分達こそが戦況の鍵を握っている。そう思うと力が湧いてくるものだ。
「行け!ここが正念場だ!」
部下が逆襲に転じると、敵が更に下がった、勢いはこちらが勝った。
自分も逆襲に加わり駆ける。更に何人かを斬って倒す。この空気が心地いい…最高だ。
そんな事を思いながら更に敵を追う。
すると逃げる者に混じってこちらに向かってくる兵士が居た。
こいつも斬り倒す。
そう思い駆けながら剣を思い切り振り下ろす。しかし、それを相手は剣で受け止めた。
「おお、受けるかね」
「初めまして、デュグラン殿」
「俺を知っているのか…」
とっさに離れて間合いを取り、剣を構え機会を探る。
その兵士…では無かった、身なりからして指揮官のようだ。
まだ若いだろうに…強い。
その指揮官もまた剣を構えて対峙する。
「名乗れよ、指揮官だろ」
「古い人間は古い習慣に拘るのですかな?」
挑発的な言葉を返される、がそんなものに反応するほど単純ではない。
「まあいいでしょう…私はマルティネと申します」
「聞かない名だな」
その男はマルティネと名乗った。
自身も銃を背負ってはいるが、どうやらそれを使うつもりは無いらしい。
ジリジリ…と、お互い間合いを詰める。
「その珍妙な格好は一体何なんだ?」
「新しい兵科ですよ。甲冑を纏う騎士の一騎打ちなんて時代遅れな戦場を駆け回ったアナタにはわからないでしょうが」
「そこまで古くない…」
一応銃や大砲の類は知っている、なんて事を言っても仕方ない。
「試験的に、投入されたのですが…改善の余地がありますね」
「あの援軍って話はお前らだったのか」
「下手な砲撃のお陰で苦も無く接近出来ましたよ」
「何だと!?」
得意分野を馬鹿にされて頭に血が登る。気がつけばデュグランが斬り掛かっていた。
そして、またそれをマルティネが受け止める。
二回三回と、繰り出す斬撃は全て防がれた。
「やる気あんのかお前!」
「無いですよ、そんなものは」
更に四回、五回と繰り出した攻撃も全て防がれる。
もう一度、と振り被ろうとした時に気がついた。
逆襲に転じていたはずの味方がまたしても後ろに下がっている。
いや、これは下がると言うより逃げている。
「おいお前達!一体どうした」
「あなたさえ何とかすれば、こんな寄せ集め簡単に崩れるんですよ」
寄せ集め…確かにそうである。
更によくわからない敵に襲われた恐怖が心を支配したままだ。
指揮官たる己が止められている今、壊走を止める者が居ない。
砲兵陣地が占領され始める、もう駄目だ。
こちらが、逆に崩された。その事実を受け入れなければならない…
「どうします。敵中に孤立しますよ」
「ああ、そうだな…」
じゃあ逃げる!
そう言って咄嗟に地面を蹴り上げた。
一瞬それに怯んだマルティネが砂から目を防御するスキを突いて背を向け走り出す。
「覚えてろよクソガキ!」
などと捨て台詞を残して一心不乱に走る。
安い盗賊みたいな行動だが、死ぬよりマシだ。
この事を知らせなければ…そう思い更にスピードを上げる。
「うおおおおおお!明後日筋肉痛確定だな!」
全力疾走すると言うのは、やはり辛い。
まだまだ体力はあるつもりだったんだが…
やはりそろそろ引退を考えるべきなのかもしれない。
でもなぁ…これが生き甲斐みたいなもんだし。
家に居ても、正直暇で仕方ない。
だからこそ、今回参加出来ると妻から聞いた時は嬉しかった。
などと考え事を巡らせていると、不意に右足に衝撃が走った。
その拍子に躓き転んでしまう。
何をやっているんだ…これじゃあ本当に駄目なおっさんじゃないか。
攣ったか?いや、違う。足を攣ったんじゃない、足を…撃たれたんだ。
脹脛を撃たれた。熱い。それに続いてじわじわと痛みが広がってくる。
後ろを振り返ると、銃を構えた兵士が居た。撃ったのはあいつか。
「撃たれた事は無かったな…」
銃で撃たれたり、大砲で吹っ飛ぶ人は何回も見た事がある。
しかし、いざ自分が当人になってみると、これは…
「痛い…ああ、痛いなコレは…」
血が流れていく。それと同時に力も抜ける。
持っていた剣を杖代わりにして必死に立ち上がろうとする。
しかし、周りの味方はそんなデュグランを無視して逃げ去っていく。
「おいおい…大砲取られちまうぞお前ら…」
そんな呟きもこの喧騒の中では聞こえない。
自分を助けてくれる者は居なかった。やっぱり時代が違うのか。
己さえ生きてりゃ技術は残る。と言う事か。
何とか方膝を付いた形で体を起こす、気が付けば敵中に一人、囲まれていた。
「無様ですね」
マルティネが目の前に立っていた。デュグランを見下ろすその顔から笑みが毀れる。
その周りでは、逃げ遅れた味方が一人一人狩られている。
「不老不死でも、痛いんですか?」
「不老不死じゃねえ…人よりちょっと長生きなだけだ…」
「そうですか、何か言い残す事は?」
「無い」
すまない、テレーズ。どうやら帰れそうに無い…
ただ、これで良かったのかもしれない。
そう心の中で呟く。出血が酷く、目が霞んで来た。
この怪我ではどっちにしろ逃げられない。
マルティネが剣を構える、終わった。そう思いながら目を閉じた。
「厄介な連中に見つかった…」
呟きが聞こえ、朦朧とする意識の中、目を開く。
まだ自分の首は繋がったままだ、焦らせ上手な奴め。
マルティネはと言えば、剣を鞘に収め、自分を無視して歩きだす。
「…おい、何のつもりだ…」
「命拾いしましたね、運のいい人だ」
助かったのか?そう思うと、急に全身の力が抜ける気がした。
崩れ落ちる体を誰かが受け止めた…テレーズか…そんなワケ無いよな…
急に意識が遠のく、またしても妙な格好をした奴が顔を覗き込んで来た、何か喋っている…
「我々は敵ではありません。貴方を安全な場所まで護送します」
目をゆっくり閉じる。気持ちよく眠れそうだ、何故かそんな気がした。
先程までの喧騒が嘘のようだった。
まだ散発的に銃声や悲鳴が聞こえるが、辺りは敵味方の死体で溢れていた。
まだ生きている人間の呻き声も小さくなってくる。
基本的に負傷兵は助けない。貴族でも無い限りはその場に放置されて死ぬ。
それが常識だった。だったのだが…
担架に乗せられ、運ばれていくデュグランの姿をマルティネは見つめていた。
「よろしいのですか?」
その様子を見て部下が尋ねて来る。
「捨て置け、あの連中に手を出すと厄介だ」
「奇妙な連中ですよ…本当に」
「言うな、我々の仲間だって助けているんだ。文句は言えない」
今回参加している連合軍には妙な集団が多い。
そんな事を人に言えば自分たちがその筆頭だろうと返されそうだが。
「陣地の確保を急げよ、初陣にしては申し分ない戦果だ。誇っていい」
命令を伝えた部下が散っていく。更に逃げる敵の追撃は、と考えたが自軍の損害を見れば少々厳しいか。
二千未満の部隊で三倍以上の敵と戦ったのだ。我ながら無茶な事をしたと思う。
それでも、砲台陣地を占領し、敵の指揮官を倒した。戦況を動かしたのは、自分たちである事に違いは無い。
ふと、己の右手を見る。手が震えていた。
「……」
ああ意気込んだものの、実の所は自分から攻撃を出せる隙が無かったのだ。
だから防ぐしか無かった、ハッタリだったが、どうやらバレずに済んだ。
「また会えるだろうか…」
混乱する戦場の中で、今戦局が動いた。それも、悪い方向にである。
時間はデュグラン率いる砲兵隊が砲撃を開始した時まで遡る。
砲兵隊の右後方に位置する小さな村でも、戦闘が始まろうとしていた。
「やれやれ、大砲ってのはいつ聞いてもうるさいもんだね」
そう言ったのは、大きな斧を担いだミノタウロスであった。
「あんなものが戦場の主力になるなんてねぇ…」
応えたのは大剣を持ったアマゾネス。
ここには魔物が大勢居た。無論私もその一人、私はリザードマン、戦士だ。
魔王軍の一員としてこの戦いに参加したのだが、命令されてこの小さな村に居る。
仕事はこの村の防衛、川を越えてやってきた敵に村を渡してはならないと厳命された。
勿論、ここには人間の部隊もおり、むしろそれが主力であって、我々魔物はあくまでも支援要員と言った感じだ。
一応私が纏め役を任されている。
「そんな事より男だよ男!」
そう声を荒げるのは珍しいオーガと言う種族の魔物だった。
私も見るのは初めてだが、気性の荒さと欲望に忠実な姿には戸惑った。
一度手合わせ願いたいものだが、当の本人は男以外相手にしないと言っている。。
我々魔物は村の一軒家に集まって待機している。私達の他にもオークやケンタウロスやエルフ等も居る。
エルフは二階にあがって敵の監視を行っている。ケンタウロスはその足の速さから人間の部隊と我々を繋ぐ伝令役を務めている。
使い走りにされる事に本人は乗り気では無かったが、何とか丸め込んでその任につかせた。
皆、敵が来るのを待っていた。
「なあ、ここに居る人間達の部隊、見たか?」
不意にミノタウロスがそんな事を言い出した。
「人間の?どうしたんだ」
アマゾネスが応える。
「いや、なんつーか…どいつもこいつも銃ばっか持ってたなーって思ってさ」
ここに居る人間の部隊は皆歩兵であった。昔なら、剣や槍と言った武器が主流だったハズだ。
それが今では全体の三分の一程度の歩兵が銃を装備していると言う。
「時代だろう、それにとやかく文句を言っても仕方あるまい」
今度は私がそう応える。
「いや、まあそうなんだけどさ、なんて言うかその…虚しくないか?」
「虚しい?」
「昔はよ、浪漫があっただろ?強敵と向き合った時の血沸き肉踊るあの感覚がよ…無いんだわ」
確かに…今では槍兵の周りを銃兵が囲み、お互い支援しあうと言った戦術が基本になってきた。
当然一対一の戦いなど望むべくも無い。私個人としても、強者との戦いに憧れはするものの、
このような状況はハッキリ言って専門外である。
戦士だが軍人では無いのだ。
「単細胞なミノタウロスにしちゃ難しい事考えるもんだね」
アマゾネスが横槍を入れる。
「そもそも、軍隊なんぞに居る時点で変わり者なんだよ俺は」
「そうか…まあ私も似たようなもんだ」
それっきり、誰も言葉を発しなくなった。いや、オーガだけはしきりに「男!男!」と呟いていた。
しかしそれに反応しようにも、私はそっちの話題は何も知らない。
今の今まで独り身のまま、強すぎるのも問題だなと親に言われた事があった。
だが私はあまり気にしない。戦いこそ私の人生であり常に強者を求め続ける事こそが私の生き甲斐であった。
…決して言い訳などではない。決してだ。
しかし、それについて一つ思う事がある。
今ここに居るアマゾネスやミノタウロスは独身である。勿論私は言うまでも無いが…
オークやエルフ、ケンタウロスも確かそうだった気がする。このオーガもそうか。
そんな事を考えていると、アマゾネスが口を開いた。
「ひょっとすると、司令官殿が気を利かせてこっちに派遣してくれたのかもね」
まさか皆同じ事を思っていたのだろか、皆で顔を見合わせ笑い合う。
「男!男!」
オーガはまだ同じ事を呟いていた。飽きないのだろうか?
「味方には手を出すなって司令官殿に釘を刺されてるからね…」
「俺が言うのも何だけどよ、お前さんもうちょっと人生見つめ直したほうがよかねえか」
「うるせえ黙ってろ牛」
「あんだと!」
「やめんか、みっともない」
敵と戦う前に仲間割れをされては困る。
私が仲裁役とは、似合わないものだ。
「敵が来たぞ!」
二階で監視をしていたエルフが叫ぶ。その声を聞くと皆の顔つきが変わった。
さっきまでのじゃれ合いの雰囲気からは想像もつかない程だ。戦う顔になった。
「見えるのか?」
「いや、まだ霧が深くてハッキリとは見えないが気配は感じる」
エルフは空気の変化に敏感な種族だ。
「確認を兼ねて一発打つか?」
エルフが弓を構える。しかし私はそれを止めた。
「まだ攻撃するな、戦端を開くのはあくまでも人間の部隊からだ」
そう厳命されていた。
「わかったよ」
エルフが弓を収める。伝令役のケンタウロスが帰って来たので、敵の接近を知らせる為また伝令に出す。
「私は伝書バトか!」
と怒りながらではあるが仕事はきちんとこなしている。律儀なものだ。
それからしばらくしすると、近くで銃声が聞こえた。
散発的な音から、纏まった発砲音が響き渡るようになった。声も聞こえる。
「戦端が開いた、各自命令通りに動け、我々の任務は…」
「この村の防衛だろ?」
「あとは人間の部隊の補佐」
「男!」
「おい最後の」
「うおっしゃああああ!今行くぜえええええええ!」
そう叫びながらオーガが家を飛び出した。
いきなり命令違反である。
「ああ…」
「行っちまった」
「もう放っておけ、知らん」
諦めた。まあ死にはしないだろう、適当に男を見つけてお持ち帰りするだけだ。
気を取り直して、各自決められた持ち場に向かった。私はアマゾネスと共に人間の部隊へ向かう。
(余談だが、予想通りオーガは手早く男を見つけどこかへ連れ去ったらしい。)
「……行ってきたぞ」
気がつくとケンタウロスが戻って来ていた。
「何をしている!お前も早く持ち場へ行け!」
「お前、絶対私の事嫌いだろ!?」
涙目になりながらも槍を持ちケンタウロスは持ち場へ走る。何を泣いているんだ…
「…鬼だ」
「鬼ならさっき出て行っただろう?」
アマゾネスまで妙な事を言い出した。これではいかん、再び気を引き締めて持ち場へ向かう。
持ち場に到着した時、既に戦闘は始まっていた。
敵が村を攻めて来る。
味方の銃兵が民家や立木、低木や柵などを盾にし銃撃を加える。
それを受けて、敵が倒れるのが見えた。しかし敵は前進をやめない。
絶え間ない銃撃を受けながらも、敵の隊列が乱れる様子は無い。
倒れた戦友を無視しながら、更に接近を続ける。
味方が部隊を前進させる。
銃兵が撃ち終わった隙を槍兵がカバーしつつ、相手に当たる。
互いに押しも押されぬ乱戦模様となった、私も行動を始める。
入り組んだ村の中では槍は取り回し辛いだろう。私が使う武器はシンプルな剣だ。
隙を見て集団の後方から攻撃を仕掛け、三人程切り捨ててまた逃げる。
この戦法をアマゾネスと共に繰り返す。無論手加減はしている、死にはしないだろう…多分。
「多分なのか…」
「お前はどうなんだ」
「死なないだろう……多分」
問題ない。
その攻撃を繰り返す内に、敵が村の中央部の広場に集まって来た。これが狙いだ。
密集し動きが取れなくなった敵に対して、味方が銃撃を加える。
エルフも矢を放っていた。ミノタウロスやオークも縦横無尽に暴れまわる。
攻撃を受けた敵が面白いように倒れる。そして目的通り、包囲した。
私も逃げようとする兵士を狙って攻撃を繰り返す。敵は完全に動揺している。
それでも敵は何とか踏みとどまり、壊走する一歩手前で何とか集団を保っていた。
中々粘るじゃないか。私の闘争本能にも火がついた。思い切り剣を振り回しながら駆ける。
その時、ケンタウロスが槍を振り回しながら密集する敵を縦断した。
それが決め手となり、ついに敵が壊走した。必死に逃げ惑う。
容赦なくそれを狩り取る。
終わってみれば、こちらの圧勝だった。
勝利の雄叫びが響きわたる中、私もそれに混じり声をあげる。
これが勝ち戦の感覚か、楽しい…
「あっけないもんだね」
「我々が強いだけだ」
「いきなり天狗になってるよ…」
アマゾネスがやれやれ、と言った表情で私の顔を見る。
そうは言うがな、ほぼ完璧な勝利なんだ。喜んで当然だろう?
それにしても、非常に良いタイミングで突っ込んで来たケンタウロスに私は素直に感心した。
そのケンタウロスが、私の姿を認めると近づいてきた。
褒めて欲しいのか?
「どうした?」
「どうしたじゃない!何を喜んでいる!包囲されているぞ!」
「何!?」
たった今敵を壊走させた所だろう。不審に思い彼女の話を聞く。
すると、村に侵攻した敵と交互して、また別の部隊が村の側面に回りこみ、圧力を加えていると言う。
彼女はそれを知らせに戻って来たのだ。
「どうすんだい?」
傍らのアマゾネスが私に尋ねた。しかし、私も咄嗟の事なので混乱している。
「味方の指揮官は何と?」
「死んだ!」
「何だと!?」
予想外の答えが返ってきた。後方に居た守備隊の指揮官が戦死していたのだ。
「何で早く知らせなかった!」
「だから急いで来たんだ!既に後方からも敵が迫ってきている!早く何とかしないと全滅するぞ!」
急に背後から攻められた。とケンタウロスは説明する。
目の前の小さな敵に集中する余り、多くの敵を見逃していたのだ。
エルフでさえ気付いてなかったのか?
「しかし、なぜ囲めた?まるでこっちの動きを知り尽くしているような…」
「さっき倒したやつ等は最初から囮だったんだ」
「内通者でも居るのか」
皆口々に喋る。
じっくり考えている暇は無い。
私は決断しなくてはならなかった。リーダーなのだ。
「お前は本隊の所まで報告に行け!ここは私達で何とかする!」
「だから私はパシリじゃない!」
「じゃあ今からパシリだ!行って来い!」
私がそう言い切ると納得したのか、涙を拭いながらケンタウロスが走り出す。
全く、そんなにパシリ扱いがうれしいのか、ドMだなあいつは。
「あんたは間違いなくドSだろうね」
「そうか」
大体あってるとは思う。と言うより基本魔物は嗜虐側だろう。
こうなったら広場を中心に防御するしかない。
ここならある程度は自由に立ち回れるハズだ。そう思った。
私は持ち場に散った魔物たちを一箇所に集めた。味方の人間たちも一緒だ。
円陣のような陣形を組む。
ジワジワと…敵の圧力が強まる。
とうとう敵が目の前までやってきた。完全包囲だ。
高台から矢を放っていたエルフが銃撃を受け落下したのが見えた。安否は確認出来ない。
相手はまだ攻撃の手を緩めない。また銃撃により味方が倒れる。
槍に突かれ、叩かれ、跳ね上げられ味方が数を減らす。
焦れたのか、ミノタウロスが雄叫びを上げて突っ込む。
しかし、銃撃と槍に阻まれ崩れ落ちた。
成程、今更気付いたのだが、やはり集団行動に慣れていないと駄目だ。
私とて戦士、実戦経験は人並みにある。
だが、基本的に一人で盗賊団などとやりあったりしたくらいで。
本格的な軍隊同士の戦闘はこれが初めてなのだ。
密集している状況で、他人の何気ない仕草や行動でさえ邪魔になってしまう。
これでは満足に戦えないではないか。
「あいつ、死んだか…」
「案外生きてるかもよ、最もこのままじゃあ何れみんな死んじまう」
アマゾネスの言う通り。パシr伝令に出したケンタウロスの報告が行けば、援軍が来るかもしれない。
上空を旋回していた偵察隊のハーピーを見つけて声を掛ける。
聞けば本隊も絶え間ない砲撃に晒され前進出来ずに居ると言う。
ほかの部隊は、皆相手と一進一退の攻防を繰り広げているとも聞いた。
「更に悪い情報が…」
「これ以上か?」
「ハイ、あの…左前方の味方砲兵隊陣地が落ちました」
「なん…だと…」
そんな淡い希望は潰えた。天国から地獄へ一気に叩き落とされた気分だ。
つまりだ、今我々は完全に敵中で孤立していると言う事だな。
「はやく逃げて下さい!」
「そうもいかんだろう…」
ハーピーはしきりに逃げろと叫んで居たが、もう無理だ。
空を飛べるなら別だろうが、歩いて突破するのは不可能に近い。
頑張れば出来そうだが、一人で逃げるわけにもいかん。
「いいか、司令官殿に伝えろ。この村は、可能な限り死守すると」
「しかし!」
「行って伝えろ!早く!」
半ば強引にハーピーの背を押し報告に向かわせた。
空を飛べるとはいいものだ。今更ながらそう思う。
「あんたと一緒に心中なんて嫌だよ」
「心配するな、私も嫌だ」
まだ軽口を叩ける余裕はある。その間にも、包囲網が狭められて行く。
そろそろ覚悟を決めるか…
などと思っている時、不意に攻撃が止んだ。
辺りには味方の屍が散乱している。随分減ってしまった…
しかし敵は一体どうしたのか、そう思った時、包囲する敵の中から指揮官と思わしき者が前に出てきた。
中年の、髭を蓄えた男がこちらを見据える。
「健闘は認めよう、降伏したまえ」
短くそう言われた。
意外だな、皆殺しにする勢いだったのに。
「どうする?」
アマゾネスが聞いてくる。
しかし、それは私の権限なのだろうか。
確かに、今部隊を指揮しているのは私と言っていい。
だが他の味方はどうなのか。
そう思い私の後ろに居る兵士達の顔を見やる。
出来る事なら彼らだけでも助けてやりたいのだが。
どの道私たちのような魔物は捕まればどんな末路か、このアマゾネスでさえもわかる事だ。
「ああ、今凄く敵に寝返りたい気分だよ…」
皆疲れて居た。
しかし、その表情からはまだ戦意が失われては居ない。
「行きましょう」
近くに居た兵士がそう話かけて来た。
他の連中も同じ考えのようだ。
私もアマゾネスもそれに応え小さく頷き、敵に向き直る。
「拒否する」
これが答えだ。
「それは勇気では無い、蛮勇だ」
「確かめて見るか」
「魔物が、知った風な口を聞くな」
「覚悟は出来ている」
「つまらん意地に、味方を巻き込むつもりか」
「やかましい!」
腹の底から声を絞り出す。
突撃、と私が駆ける、それに合わせて味方も駆け出した。
敵の指揮官が首を横に振り、撃て。と命じた。
銃声が鳴り響く。味方が、それを喰らい倒れた。
私の隣に居たアマゾネスも、気がつけば倒れていた。
しかし顧みる余裕はない。
衝撃を受けた。腹部の辺りからだ、撃たれた…!
剣を振り被る、この距離ならギリギリ届くか…
しかし、転んでしまう。何たる不覚。
「愚かな蜥蜴め、そこで己の未熟さを恥じて死ね」
まだだ!まだ死なん!死ぬワケには…いかん!
すぐに起きなくては!そう思い体を動かそうとするが、動かない。
おかしい…私はこんなに体力が無かったのか…
また鍛え直さなくては…その為にも…起きる…んだ…
剣を…拾い…血を吐いた…痛い、腹が痛い、血が流れると力が抜ける…
…死…
…………
………
……
…
私の意識は、そこで途切れた。
無能で勤勉なのは、どうやら私だったようだ。
普段は静かで長閑な村であっただろ。
それが今では、大量の死体で埋もれていた。
死んだ者はまだマシだろう、腹を撃たれ呻き苦しむ者、
手足を斬られ這いずり廻る者、負傷者は特に悲惨である。
そんな地獄の中を、必死に駆け回る者たちが居た。
「まだ生きてる!」
「魔物だぞ!こいつは危険な種族じゃ…」
「だからどうした!早く運べ!」
「こっちにも魔物が居る。けが人が多いな…」
「このエルフは…もう駄目だ」
奇妙な集団が居た。
戦闘が終わった村のあちこちで、敵味方を問わず。負傷兵を見てまわっている。
魔物だって御構い無しに、生きているとわかれば応急手当を施し、担架に乗せ運び去る。
そんな光景を不審に思った兵士が声をかける。
「何をしている」
「救護活動です」
そう返された兵士は、意味がわからないと言った具合に首を傾げる。
兵士から報告を受けた指揮官ですら、同じ反応であった。
味方を助けてくれるのは非常にありがたい。しかし敵までとは…
事によっては力ずくでも排除しなくてはならない。
「敵も助けるとは、どこの所属だ」
「我々は、市民軍所属の衛生隊、怪我人は敵味方問わず助ける。それが我々の理念だ」
その答えが、納得の行くものだったのか。
それっきり、指揮官がその集団に何か言うでもなく。
無視して自分の部隊に指示を出す。
「抑えを残して進軍する。これで敵を囲める」
囮の一団は気の毒だったが、全体から見れば損害は許容範囲だ。
「敵も気の毒にな、まさか身内に内応者が居るとは思うまいよ」
敵の情報は筒抜けだった。面白いように崩れて行く。
卑怯とは言うまい、諜報戦などは本来魔物が得意とする所だろう。
右翼方面の戦闘は敗北。これで、反魔物側は相手を包囲するチャンスを得た。
だんだんと、霧も晴れて来る。
戦況が大きく変化するのは、これからだ。
右翼方面で砲兵部隊を指揮するよう言われたデュグランがそれに気付いた。
戦端が開かれた事を知り、自分の仕事にかかる。
「こっちも始めないと…」
直ちに砲撃準備を整える。
しかし、自身が指揮する砲兵隊は非常に厄介なものであった。
砲に関する知識や技術などは、言ってみれば財産である。
なので、大砲職人達は決して自らの技術を他に渡さない。
ギルドでそれらを募集して集めたのが今の砲兵隊である。
しかし、砲の作りから口径、運用方法に至るまで、同じものは二つと無い状況である。
更に不具合なども頻発し、まともに扱える砲の数は既に七割未満であった。
「準備が出来た所から砲撃開始!急げよ!」
デュグランの命令により砲撃が開始された。
しかし、散発的に各自が思い思いに発射する状況である。
絶え間なく聞こえる相手の砲撃に比べると何とも頼り無い。
辺りが煙に包まれる。霧が濃い上に辺りに煙が充満し先が見えない。
仕方なく手を止め煙を払う。こんな事では大して戦力にならんのじゃないか…などと思う。
元々自分は過去の人間である。まだ長弓などが主力だった頃の戦場で駆け回った男だ。
当時は連戦連勝だった敵の長弓部隊の弱点に気付き、砲撃によりそれを粉砕した事もあった。
魔物と結ばれ長寿を手に入れたとて、発達する技術や戦術などからは置いていかれた。
自分は必要なのだろうか…と悩んでしまう事が最近は多くなってきた。
そろそろ身を引くべきなんだろうか、それでも体が戦場の空気を求めてしまう。
つくづく救えない人種だ。
などと感傷に浸っている場合では無い、状況は刻々と変化している、戦場なのだ。
煙が晴れるのを待ち砲撃、それの繰り返しである。
しかしならが、砲撃先の敵が良くわからなかった。
偵察に向かわせた部下から報告が入ってこない。
通りかかったハーピーを見つけて話を聞くと、どうやら敵の数自体は少ないらしい。
それより気なる話があった。
「百門以上だと!?」
「砲撃が激しくて味方が進軍出来ません…」
「配置が漏れたのか!?」
敵が魔王軍に砲撃を集中させている、とハーピーは言った。
更に敵の砲の数がすさまじく多い。
加えてこの砲撃速度、この霧の中、どう考えても何かおかしい。
「司令官殿に報告は?」
「しました。更に詳細を報告しろと言われて…」
「相手がわかったら俺にも知らせてくれ!いいな」
そう言って再びハーピーを偵察に向かわせる。
相手が少ないのならそれを崩せばいい。
そこを突破口にすればいいだけの話だ。
砲兵隊からみて右後方にある村でも戦闘が始まったと連絡が入る。
あそこには魔物も居るので抑えられるだろう。それよりも早く眼前の敵を潰さなくては。
ズドン、ズドンと相変わらず鈍く散発的な砲撃を加える。
砲撃を続けてどれ位経っただろうか。
まだ眼前の敵の情報がわからない。偵察に向かったハーピーも戻ってこない。
偵察に向かった部下もまた帰ってこない。
霧が晴れては来たが、まだ何もわからない。
段々とこちらの砲弾も少なくなってくる。
更に部下を偵察に向かわせた。
これで帰って来なければいよいよおかしい。
そう思っていた時、喚声が近づいて来た。放った偵察隊が戻ってきたのか。
「いや…違う」
うっすら見えた人影が力なく崩れ落ちる。
その背後、霧の中から現れたのは、偵察に向かわせた部下では無かった。
奇声を上げながら向かってくる集団。
目に付くのは異様な服装。
赤と青を基調にした姿に細長い帽子を被り、銃を背負っている。
右手に黒く丸いものを手に、左手に縄のようなものを持ち突撃してきた。
そして左右の手を擦り合わせ黒い物体を放り投げる。
その放り投げられた黒い物体が爆ぜた。
「爆弾だと!?」
黒い物体は掌サイズの爆弾であった。
この集団はそれを投げつけながら尚も突っ込んでくる。
突如として出現した謎の集団により、砲兵陣地はパニックに陥った。
爆弾により死傷する者、槍に突かれ剣に斬られる者、銃で撃たれる者が続出し、ついには陣地を捨てて逃げ出す者も出てきた。
落ち着かせなくては、と思いデュグラン自信も剣を抜き乱戦に参加する。
「お前が指揮官か!」
そう言いながら一人の兵士が向かってきた。
相手も剣を持ち斬りかかって来るが、それを避け相手の胸元に剣を突き立てる。
それを引き抜き、相手が倒れるのを確認してから更に敵を探す。
また一人が自分に気付き向かってくるが、斬り捨てる。更に今度は槍を持った兵士が突っ込んでくる。
その突きをかわし、懐に入りまた剣を突き立てた。
「まだまだ、腕は鈍ってないな」
自分の技が通用する、その事実がたまらなく嬉しかった。
デュグランの勢いに押され、敵の兵士達が下がる。
「臆するな!防御だ!」
デュグランを活躍を見て、味方もまた勢いを取り戻す。
今度はこちらが逆襲する番だ。
見た感じ敵の数はそれ程多くはない。
そう思った矢先に、偵察を頼んでおいたハーピーがやって来た。
「大変です!」
「遅かったじゃないか、どうした?」
「砲撃している敵の正体がわかりました!」
「誰だ?」
「オルタラの砲兵隊です」
「オルタラか…」
アルブレヒト傭兵軍の砲兵隊長、話には聞いた事がある。
新しい砲の開発から運用、それに適した戦術などを編み出した人物。
砲に携わる者ならば一度は名前を聞いた事があると言った程だ。
その砲兵隊が、現在魔王軍の進撃を防いでいるのか。
「こっちは逆襲が上手く行けば突破出来そうだ。司令官殿には耐えて貰うしか無いな」
左翼に精鋭をぶつけて来たのなら、こちらに投入出来る部隊は質の良い物ではないだろう。
向こうが耐えてこちらが突破する。上手くいけば囲めるかもしれない。
「そう伝えてくれ!」
「わかりました!しかし、こちらも長くは持ちそうも無いですから…」
「出来るだけ急ぐ!」
そう言いハーピーを魔王軍の所まで向かわせた。戦況は一進一退と言っていい。
期待された魔王軍の進軍を止められており、他の軍も状況は五分。
今、自分達こそが戦況の鍵を握っている。そう思うと力が湧いてくるものだ。
「行け!ここが正念場だ!」
部下が逆襲に転じると、敵が更に下がった、勢いはこちらが勝った。
自分も逆襲に加わり駆ける。更に何人かを斬って倒す。この空気が心地いい…最高だ。
そんな事を思いながら更に敵を追う。
すると逃げる者に混じってこちらに向かってくる兵士が居た。
こいつも斬り倒す。
そう思い駆けながら剣を思い切り振り下ろす。しかし、それを相手は剣で受け止めた。
「おお、受けるかね」
「初めまして、デュグラン殿」
「俺を知っているのか…」
とっさに離れて間合いを取り、剣を構え機会を探る。
その兵士…では無かった、身なりからして指揮官のようだ。
まだ若いだろうに…強い。
その指揮官もまた剣を構えて対峙する。
「名乗れよ、指揮官だろ」
「古い人間は古い習慣に拘るのですかな?」
挑発的な言葉を返される、がそんなものに反応するほど単純ではない。
「まあいいでしょう…私はマルティネと申します」
「聞かない名だな」
その男はマルティネと名乗った。
自身も銃を背負ってはいるが、どうやらそれを使うつもりは無いらしい。
ジリジリ…と、お互い間合いを詰める。
「その珍妙な格好は一体何なんだ?」
「新しい兵科ですよ。甲冑を纏う騎士の一騎打ちなんて時代遅れな戦場を駆け回ったアナタにはわからないでしょうが」
「そこまで古くない…」
一応銃や大砲の類は知っている、なんて事を言っても仕方ない。
「試験的に、投入されたのですが…改善の余地がありますね」
「あの援軍って話はお前らだったのか」
「下手な砲撃のお陰で苦も無く接近出来ましたよ」
「何だと!?」
得意分野を馬鹿にされて頭に血が登る。気がつけばデュグランが斬り掛かっていた。
そして、またそれをマルティネが受け止める。
二回三回と、繰り出す斬撃は全て防がれた。
「やる気あんのかお前!」
「無いですよ、そんなものは」
更に四回、五回と繰り出した攻撃も全て防がれる。
もう一度、と振り被ろうとした時に気がついた。
逆襲に転じていたはずの味方がまたしても後ろに下がっている。
いや、これは下がると言うより逃げている。
「おいお前達!一体どうした」
「あなたさえ何とかすれば、こんな寄せ集め簡単に崩れるんですよ」
寄せ集め…確かにそうである。
更によくわからない敵に襲われた恐怖が心を支配したままだ。
指揮官たる己が止められている今、壊走を止める者が居ない。
砲兵陣地が占領され始める、もう駄目だ。
こちらが、逆に崩された。その事実を受け入れなければならない…
「どうします。敵中に孤立しますよ」
「ああ、そうだな…」
じゃあ逃げる!
そう言って咄嗟に地面を蹴り上げた。
一瞬それに怯んだマルティネが砂から目を防御するスキを突いて背を向け走り出す。
「覚えてろよクソガキ!」
などと捨て台詞を残して一心不乱に走る。
安い盗賊みたいな行動だが、死ぬよりマシだ。
この事を知らせなければ…そう思い更にスピードを上げる。
「うおおおおおお!明後日筋肉痛確定だな!」
全力疾走すると言うのは、やはり辛い。
まだまだ体力はあるつもりだったんだが…
やはりそろそろ引退を考えるべきなのかもしれない。
でもなぁ…これが生き甲斐みたいなもんだし。
家に居ても、正直暇で仕方ない。
だからこそ、今回参加出来ると妻から聞いた時は嬉しかった。
などと考え事を巡らせていると、不意に右足に衝撃が走った。
その拍子に躓き転んでしまう。
何をやっているんだ…これじゃあ本当に駄目なおっさんじゃないか。
攣ったか?いや、違う。足を攣ったんじゃない、足を…撃たれたんだ。
脹脛を撃たれた。熱い。それに続いてじわじわと痛みが広がってくる。
後ろを振り返ると、銃を構えた兵士が居た。撃ったのはあいつか。
「撃たれた事は無かったな…」
銃で撃たれたり、大砲で吹っ飛ぶ人は何回も見た事がある。
しかし、いざ自分が当人になってみると、これは…
「痛い…ああ、痛いなコレは…」
血が流れていく。それと同時に力も抜ける。
持っていた剣を杖代わりにして必死に立ち上がろうとする。
しかし、周りの味方はそんなデュグランを無視して逃げ去っていく。
「おいおい…大砲取られちまうぞお前ら…」
そんな呟きもこの喧騒の中では聞こえない。
自分を助けてくれる者は居なかった。やっぱり時代が違うのか。
己さえ生きてりゃ技術は残る。と言う事か。
何とか方膝を付いた形で体を起こす、気が付けば敵中に一人、囲まれていた。
「無様ですね」
マルティネが目の前に立っていた。デュグランを見下ろすその顔から笑みが毀れる。
その周りでは、逃げ遅れた味方が一人一人狩られている。
「不老不死でも、痛いんですか?」
「不老不死じゃねえ…人よりちょっと長生きなだけだ…」
「そうですか、何か言い残す事は?」
「無い」
すまない、テレーズ。どうやら帰れそうに無い…
ただ、これで良かったのかもしれない。
そう心の中で呟く。出血が酷く、目が霞んで来た。
この怪我ではどっちにしろ逃げられない。
マルティネが剣を構える、終わった。そう思いながら目を閉じた。
「厄介な連中に見つかった…」
呟きが聞こえ、朦朧とする意識の中、目を開く。
まだ自分の首は繋がったままだ、焦らせ上手な奴め。
マルティネはと言えば、剣を鞘に収め、自分を無視して歩きだす。
「…おい、何のつもりだ…」
「命拾いしましたね、運のいい人だ」
助かったのか?そう思うと、急に全身の力が抜ける気がした。
崩れ落ちる体を誰かが受け止めた…テレーズか…そんなワケ無いよな…
急に意識が遠のく、またしても妙な格好をした奴が顔を覗き込んで来た、何か喋っている…
「我々は敵ではありません。貴方を安全な場所まで護送します」
目をゆっくり閉じる。気持ちよく眠れそうだ、何故かそんな気がした。
先程までの喧騒が嘘のようだった。
まだ散発的に銃声や悲鳴が聞こえるが、辺りは敵味方の死体で溢れていた。
まだ生きている人間の呻き声も小さくなってくる。
基本的に負傷兵は助けない。貴族でも無い限りはその場に放置されて死ぬ。
それが常識だった。だったのだが…
担架に乗せられ、運ばれていくデュグランの姿をマルティネは見つめていた。
「よろしいのですか?」
その様子を見て部下が尋ねて来る。
「捨て置け、あの連中に手を出すと厄介だ」
「奇妙な連中ですよ…本当に」
「言うな、我々の仲間だって助けているんだ。文句は言えない」
今回参加している連合軍には妙な集団が多い。
そんな事を人に言えば自分たちがその筆頭だろうと返されそうだが。
「陣地の確保を急げよ、初陣にしては申し分ない戦果だ。誇っていい」
命令を伝えた部下が散っていく。更に逃げる敵の追撃は、と考えたが自軍の損害を見れば少々厳しいか。
二千未満の部隊で三倍以上の敵と戦ったのだ。我ながら無茶な事をしたと思う。
それでも、砲台陣地を占領し、敵の指揮官を倒した。戦況を動かしたのは、自分たちである事に違いは無い。
ふと、己の右手を見る。手が震えていた。
「……」
ああ意気込んだものの、実の所は自分から攻撃を出せる隙が無かったのだ。
だから防ぐしか無かった、ハッタリだったが、どうやらバレずに済んだ。
「また会えるだろうか…」
混乱する戦場の中で、今戦局が動いた。それも、悪い方向にである。
時間はデュグラン率いる砲兵隊が砲撃を開始した時まで遡る。
砲兵隊の右後方に位置する小さな村でも、戦闘が始まろうとしていた。
「やれやれ、大砲ってのはいつ聞いてもうるさいもんだね」
そう言ったのは、大きな斧を担いだミノタウロスであった。
「あんなものが戦場の主力になるなんてねぇ…」
応えたのは大剣を持ったアマゾネス。
ここには魔物が大勢居た。無論私もその一人、私はリザードマン、戦士だ。
魔王軍の一員としてこの戦いに参加したのだが、命令されてこの小さな村に居る。
仕事はこの村の防衛、川を越えてやってきた敵に村を渡してはならないと厳命された。
勿論、ここには人間の部隊もおり、むしろそれが主力であって、我々魔物はあくまでも支援要員と言った感じだ。
一応私が纏め役を任されている。
「そんな事より男だよ男!」
そう声を荒げるのは珍しいオーガと言う種族の魔物だった。
私も見るのは初めてだが、気性の荒さと欲望に忠実な姿には戸惑った。
一度手合わせ願いたいものだが、当の本人は男以外相手にしないと言っている。。
我々魔物は村の一軒家に集まって待機している。私達の他にもオークやケンタウロスやエルフ等も居る。
エルフは二階にあがって敵の監視を行っている。ケンタウロスはその足の速さから人間の部隊と我々を繋ぐ伝令役を務めている。
使い走りにされる事に本人は乗り気では無かったが、何とか丸め込んでその任につかせた。
皆、敵が来るのを待っていた。
「なあ、ここに居る人間達の部隊、見たか?」
不意にミノタウロスがそんな事を言い出した。
「人間の?どうしたんだ」
アマゾネスが応える。
「いや、なんつーか…どいつもこいつも銃ばっか持ってたなーって思ってさ」
ここに居る人間の部隊は皆歩兵であった。昔なら、剣や槍と言った武器が主流だったハズだ。
それが今では全体の三分の一程度の歩兵が銃を装備していると言う。
「時代だろう、それにとやかく文句を言っても仕方あるまい」
今度は私がそう応える。
「いや、まあそうなんだけどさ、なんて言うかその…虚しくないか?」
「虚しい?」
「昔はよ、浪漫があっただろ?強敵と向き合った時の血沸き肉踊るあの感覚がよ…無いんだわ」
確かに…今では槍兵の周りを銃兵が囲み、お互い支援しあうと言った戦術が基本になってきた。
当然一対一の戦いなど望むべくも無い。私個人としても、強者との戦いに憧れはするものの、
このような状況はハッキリ言って専門外である。
戦士だが軍人では無いのだ。
「単細胞なミノタウロスにしちゃ難しい事考えるもんだね」
アマゾネスが横槍を入れる。
「そもそも、軍隊なんぞに居る時点で変わり者なんだよ俺は」
「そうか…まあ私も似たようなもんだ」
それっきり、誰も言葉を発しなくなった。いや、オーガだけはしきりに「男!男!」と呟いていた。
しかしそれに反応しようにも、私はそっちの話題は何も知らない。
今の今まで独り身のまま、強すぎるのも問題だなと親に言われた事があった。
だが私はあまり気にしない。戦いこそ私の人生であり常に強者を求め続ける事こそが私の生き甲斐であった。
…決して言い訳などではない。決してだ。
しかし、それについて一つ思う事がある。
今ここに居るアマゾネスやミノタウロスは独身である。勿論私は言うまでも無いが…
オークやエルフ、ケンタウロスも確かそうだった気がする。このオーガもそうか。
そんな事を考えていると、アマゾネスが口を開いた。
「ひょっとすると、司令官殿が気を利かせてこっちに派遣してくれたのかもね」
まさか皆同じ事を思っていたのだろか、皆で顔を見合わせ笑い合う。
「男!男!」
オーガはまだ同じ事を呟いていた。飽きないのだろうか?
「味方には手を出すなって司令官殿に釘を刺されてるからね…」
「俺が言うのも何だけどよ、お前さんもうちょっと人生見つめ直したほうがよかねえか」
「うるせえ黙ってろ牛」
「あんだと!」
「やめんか、みっともない」
敵と戦う前に仲間割れをされては困る。
私が仲裁役とは、似合わないものだ。
「敵が来たぞ!」
二階で監視をしていたエルフが叫ぶ。その声を聞くと皆の顔つきが変わった。
さっきまでのじゃれ合いの雰囲気からは想像もつかない程だ。戦う顔になった。
「見えるのか?」
「いや、まだ霧が深くてハッキリとは見えないが気配は感じる」
エルフは空気の変化に敏感な種族だ。
「確認を兼ねて一発打つか?」
エルフが弓を構える。しかし私はそれを止めた。
「まだ攻撃するな、戦端を開くのはあくまでも人間の部隊からだ」
そう厳命されていた。
「わかったよ」
エルフが弓を収める。伝令役のケンタウロスが帰って来たので、敵の接近を知らせる為また伝令に出す。
「私は伝書バトか!」
と怒りながらではあるが仕事はきちんとこなしている。律儀なものだ。
それからしばらくしすると、近くで銃声が聞こえた。
散発的な音から、纏まった発砲音が響き渡るようになった。声も聞こえる。
「戦端が開いた、各自命令通りに動け、我々の任務は…」
「この村の防衛だろ?」
「あとは人間の部隊の補佐」
「男!」
「おい最後の」
「うおっしゃああああ!今行くぜえええええええ!」
そう叫びながらオーガが家を飛び出した。
いきなり命令違反である。
「ああ…」
「行っちまった」
「もう放っておけ、知らん」
諦めた。まあ死にはしないだろう、適当に男を見つけてお持ち帰りするだけだ。
気を取り直して、各自決められた持ち場に向かった。私はアマゾネスと共に人間の部隊へ向かう。
(余談だが、予想通りオーガは手早く男を見つけどこかへ連れ去ったらしい。)
「……行ってきたぞ」
気がつくとケンタウロスが戻って来ていた。
「何をしている!お前も早く持ち場へ行け!」
「お前、絶対私の事嫌いだろ!?」
涙目になりながらも槍を持ちケンタウロスは持ち場へ走る。何を泣いているんだ…
「…鬼だ」
「鬼ならさっき出て行っただろう?」
アマゾネスまで妙な事を言い出した。これではいかん、再び気を引き締めて持ち場へ向かう。
持ち場に到着した時、既に戦闘は始まっていた。
敵が村を攻めて来る。
味方の銃兵が民家や立木、低木や柵などを盾にし銃撃を加える。
それを受けて、敵が倒れるのが見えた。しかし敵は前進をやめない。
絶え間ない銃撃を受けながらも、敵の隊列が乱れる様子は無い。
倒れた戦友を無視しながら、更に接近を続ける。
味方が部隊を前進させる。
銃兵が撃ち終わった隙を槍兵がカバーしつつ、相手に当たる。
互いに押しも押されぬ乱戦模様となった、私も行動を始める。
入り組んだ村の中では槍は取り回し辛いだろう。私が使う武器はシンプルな剣だ。
隙を見て集団の後方から攻撃を仕掛け、三人程切り捨ててまた逃げる。
この戦法をアマゾネスと共に繰り返す。無論手加減はしている、死にはしないだろう…多分。
「多分なのか…」
「お前はどうなんだ」
「死なないだろう……多分」
問題ない。
その攻撃を繰り返す内に、敵が村の中央部の広場に集まって来た。これが狙いだ。
密集し動きが取れなくなった敵に対して、味方が銃撃を加える。
エルフも矢を放っていた。ミノタウロスやオークも縦横無尽に暴れまわる。
攻撃を受けた敵が面白いように倒れる。そして目的通り、包囲した。
私も逃げようとする兵士を狙って攻撃を繰り返す。敵は完全に動揺している。
それでも敵は何とか踏みとどまり、壊走する一歩手前で何とか集団を保っていた。
中々粘るじゃないか。私の闘争本能にも火がついた。思い切り剣を振り回しながら駆ける。
その時、ケンタウロスが槍を振り回しながら密集する敵を縦断した。
それが決め手となり、ついに敵が壊走した。必死に逃げ惑う。
容赦なくそれを狩り取る。
終わってみれば、こちらの圧勝だった。
勝利の雄叫びが響きわたる中、私もそれに混じり声をあげる。
これが勝ち戦の感覚か、楽しい…
「あっけないもんだね」
「我々が強いだけだ」
「いきなり天狗になってるよ…」
アマゾネスがやれやれ、と言った表情で私の顔を見る。
そうは言うがな、ほぼ完璧な勝利なんだ。喜んで当然だろう?
それにしても、非常に良いタイミングで突っ込んで来たケンタウロスに私は素直に感心した。
そのケンタウロスが、私の姿を認めると近づいてきた。
褒めて欲しいのか?
「どうした?」
「どうしたじゃない!何を喜んでいる!包囲されているぞ!」
「何!?」
たった今敵を壊走させた所だろう。不審に思い彼女の話を聞く。
すると、村に侵攻した敵と交互して、また別の部隊が村の側面に回りこみ、圧力を加えていると言う。
彼女はそれを知らせに戻って来たのだ。
「どうすんだい?」
傍らのアマゾネスが私に尋ねた。しかし、私も咄嗟の事なので混乱している。
「味方の指揮官は何と?」
「死んだ!」
「何だと!?」
予想外の答えが返ってきた。後方に居た守備隊の指揮官が戦死していたのだ。
「何で早く知らせなかった!」
「だから急いで来たんだ!既に後方からも敵が迫ってきている!早く何とかしないと全滅するぞ!」
急に背後から攻められた。とケンタウロスは説明する。
目の前の小さな敵に集中する余り、多くの敵を見逃していたのだ。
エルフでさえ気付いてなかったのか?
「しかし、なぜ囲めた?まるでこっちの動きを知り尽くしているような…」
「さっき倒したやつ等は最初から囮だったんだ」
「内通者でも居るのか」
皆口々に喋る。
じっくり考えている暇は無い。
私は決断しなくてはならなかった。リーダーなのだ。
「お前は本隊の所まで報告に行け!ここは私達で何とかする!」
「だから私はパシリじゃない!」
「じゃあ今からパシリだ!行って来い!」
私がそう言い切ると納得したのか、涙を拭いながらケンタウロスが走り出す。
全く、そんなにパシリ扱いがうれしいのか、ドMだなあいつは。
「あんたは間違いなくドSだろうね」
「そうか」
大体あってるとは思う。と言うより基本魔物は嗜虐側だろう。
こうなったら広場を中心に防御するしかない。
ここならある程度は自由に立ち回れるハズだ。そう思った。
私は持ち場に散った魔物たちを一箇所に集めた。味方の人間たちも一緒だ。
円陣のような陣形を組む。
ジワジワと…敵の圧力が強まる。
とうとう敵が目の前までやってきた。完全包囲だ。
高台から矢を放っていたエルフが銃撃を受け落下したのが見えた。安否は確認出来ない。
相手はまだ攻撃の手を緩めない。また銃撃により味方が倒れる。
槍に突かれ、叩かれ、跳ね上げられ味方が数を減らす。
焦れたのか、ミノタウロスが雄叫びを上げて突っ込む。
しかし、銃撃と槍に阻まれ崩れ落ちた。
成程、今更気付いたのだが、やはり集団行動に慣れていないと駄目だ。
私とて戦士、実戦経験は人並みにある。
だが、基本的に一人で盗賊団などとやりあったりしたくらいで。
本格的な軍隊同士の戦闘はこれが初めてなのだ。
密集している状況で、他人の何気ない仕草や行動でさえ邪魔になってしまう。
これでは満足に戦えないではないか。
「あいつ、死んだか…」
「案外生きてるかもよ、最もこのままじゃあ何れみんな死んじまう」
アマゾネスの言う通り。パシr伝令に出したケンタウロスの報告が行けば、援軍が来るかもしれない。
上空を旋回していた偵察隊のハーピーを見つけて声を掛ける。
聞けば本隊も絶え間ない砲撃に晒され前進出来ずに居ると言う。
ほかの部隊は、皆相手と一進一退の攻防を繰り広げているとも聞いた。
「更に悪い情報が…」
「これ以上か?」
「ハイ、あの…左前方の味方砲兵隊陣地が落ちました」
「なん…だと…」
そんな淡い希望は潰えた。天国から地獄へ一気に叩き落とされた気分だ。
つまりだ、今我々は完全に敵中で孤立していると言う事だな。
「はやく逃げて下さい!」
「そうもいかんだろう…」
ハーピーはしきりに逃げろと叫んで居たが、もう無理だ。
空を飛べるなら別だろうが、歩いて突破するのは不可能に近い。
頑張れば出来そうだが、一人で逃げるわけにもいかん。
「いいか、司令官殿に伝えろ。この村は、可能な限り死守すると」
「しかし!」
「行って伝えろ!早く!」
半ば強引にハーピーの背を押し報告に向かわせた。
空を飛べるとはいいものだ。今更ながらそう思う。
「あんたと一緒に心中なんて嫌だよ」
「心配するな、私も嫌だ」
まだ軽口を叩ける余裕はある。その間にも、包囲網が狭められて行く。
そろそろ覚悟を決めるか…
などと思っている時、不意に攻撃が止んだ。
辺りには味方の屍が散乱している。随分減ってしまった…
しかし敵は一体どうしたのか、そう思った時、包囲する敵の中から指揮官と思わしき者が前に出てきた。
中年の、髭を蓄えた男がこちらを見据える。
「健闘は認めよう、降伏したまえ」
短くそう言われた。
意外だな、皆殺しにする勢いだったのに。
「どうする?」
アマゾネスが聞いてくる。
しかし、それは私の権限なのだろうか。
確かに、今部隊を指揮しているのは私と言っていい。
だが他の味方はどうなのか。
そう思い私の後ろに居る兵士達の顔を見やる。
出来る事なら彼らだけでも助けてやりたいのだが。
どの道私たちのような魔物は捕まればどんな末路か、このアマゾネスでさえもわかる事だ。
「ああ、今凄く敵に寝返りたい気分だよ…」
皆疲れて居た。
しかし、その表情からはまだ戦意が失われては居ない。
「行きましょう」
近くに居た兵士がそう話かけて来た。
他の連中も同じ考えのようだ。
私もアマゾネスもそれに応え小さく頷き、敵に向き直る。
「拒否する」
これが答えだ。
「それは勇気では無い、蛮勇だ」
「確かめて見るか」
「魔物が、知った風な口を聞くな」
「覚悟は出来ている」
「つまらん意地に、味方を巻き込むつもりか」
「やかましい!」
腹の底から声を絞り出す。
突撃、と私が駆ける、それに合わせて味方も駆け出した。
敵の指揮官が首を横に振り、撃て。と命じた。
銃声が鳴り響く。味方が、それを喰らい倒れた。
私の隣に居たアマゾネスも、気がつけば倒れていた。
しかし顧みる余裕はない。
衝撃を受けた。腹部の辺りからだ、撃たれた…!
剣を振り被る、この距離ならギリギリ届くか…
しかし、転んでしまう。何たる不覚。
「愚かな蜥蜴め、そこで己の未熟さを恥じて死ね」
まだだ!まだ死なん!死ぬワケには…いかん!
すぐに起きなくては!そう思い体を動かそうとするが、動かない。
おかしい…私はこんなに体力が無かったのか…
また鍛え直さなくては…その為にも…起きる…んだ…
剣を…拾い…血を吐いた…痛い、腹が痛い、血が流れると力が抜ける…
…死…
…………
………
……
…
私の意識は、そこで途切れた。
無能で勤勉なのは、どうやら私だったようだ。
普段は静かで長閑な村であっただろ。
それが今では、大量の死体で埋もれていた。
死んだ者はまだマシだろう、腹を撃たれ呻き苦しむ者、
手足を斬られ這いずり廻る者、負傷者は特に悲惨である。
そんな地獄の中を、必死に駆け回る者たちが居た。
「まだ生きてる!」
「魔物だぞ!こいつは危険な種族じゃ…」
「だからどうした!早く運べ!」
「こっちにも魔物が居る。けが人が多いな…」
「このエルフは…もう駄目だ」
奇妙な集団が居た。
戦闘が終わった村のあちこちで、敵味方を問わず。負傷兵を見てまわっている。
魔物だって御構い無しに、生きているとわかれば応急手当を施し、担架に乗せ運び去る。
そんな光景を不審に思った兵士が声をかける。
「何をしている」
「救護活動です」
そう返された兵士は、意味がわからないと言った具合に首を傾げる。
兵士から報告を受けた指揮官ですら、同じ反応であった。
味方を助けてくれるのは非常にありがたい。しかし敵までとは…
事によっては力ずくでも排除しなくてはならない。
「敵も助けるとは、どこの所属だ」
「我々は、市民軍所属の衛生隊、怪我人は敵味方問わず助ける。それが我々の理念だ」
その答えが、納得の行くものだったのか。
それっきり、指揮官がその集団に何か言うでもなく。
無視して自分の部隊に指示を出す。
「抑えを残して進軍する。これで敵を囲める」
囮の一団は気の毒だったが、全体から見れば損害は許容範囲だ。
「敵も気の毒にな、まさか身内に内応者が居るとは思うまいよ」
敵の情報は筒抜けだった。面白いように崩れて行く。
卑怯とは言うまい、諜報戦などは本来魔物が得意とする所だろう。
右翼方面の戦闘は敗北。これで、反魔物側は相手を包囲するチャンスを得た。
だんだんと、霧も晴れて来る。
戦況が大きく変化するのは、これからだ。
10/10/27 02:23更新 / 白出汁
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