連載小説
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お誘い
代替わりの時期というものは、多かれ少なかれ混乱が生じるものである。
それは人のみにあらず、魔物にも言える事だった。

前魔王から現魔王へ王位が移る時も、それは起こった。
最も、一番の問題と言えば、自身の身体へ起こった変化が主である。
それ自体はもう慣れた。他にあるとすれば、それは…
心はあまり変わらなかった事である。








ある一室で机に向かい手紙を読む少女が居た。
まだ幼い、それでいて溢れかえるほどの魅力を持ち、
山羊のごとき双角を頭に生やし、手足のそれは、人のものと言うよりは、動物に近い。
毛を纏い足には蹄、手に指は三本で肉球のようなものを有していることからも、
彼女が人間ではなく、バフォメットと呼ばれる魔物であると言う事がわかる。

その外見からは予想もつかないが、彼女は魔界にて魔王軍の一軍団を指揮する権限を持ち。
自身も強大な力を有している、今まさに戦闘から帰還した所であった。
体を休める暇も無く、手紙を読む姿は想い人からの手紙を読む少女の如しであった。
しかし読んでいる手紙、それはそんな生易しいものではない。
それは、援軍を求めるという内容であった。




「…ふむ」

そう呟き、読んでいた書簡から目を離す。
手を伸ばし、置いてあったティーカップを手に取り口につける。

「冷たい…」

「そりゃあ淹れたのは1時間前ですからね」

声がした方へ視線を向ける、立って居たのは女性。

「そんなに…」

「気がつきませんでしたか?」

全く、と小さく肩をすくめて見せる。
その様子を見て女性が苦笑する。

「時間を忘れる程夢中になって…どんな素敵な恋文ですか?」

「相変わらずじゃな」

やれやれ、と言った表情でバフォメットが首を横に振る。

「それはもう、何と言っても私はサキュバスですからね」

その女性もまた、サキュバスと呼ばれる魔物であった。
角や腰から生えた羽、ハート型の尻尾などが彼女を人ならざる者であると物語っている。
そしてその男の欲望を具現化したような豊満な肉体の持ち主でもある。
自身の幼い体とは両極端だな、と彼女を見る度に思う。








「恋文ならまだマシじゃったよ…テレーズ」

そう言ってまたうーむ、と小さく唸る。
その姿がまたどこか愛らしくて可笑しい。
などと思いながら、彼女…テレーズが小さく笑う。

「わかりやすく言えば、兄弟喧嘩じゃよ」

「まさか喧嘩の仲裁でも頼まれたとか?」

「割と当たっとるよ」

まさか、とテレーズが目を丸くする。
その仕草一つを取ってみても、男が喜びそうなものである。
自分には決して真似が出来ない。

「まあ問題は仲裁ではなく、喧嘩に加勢してくれと言う事なんじゃがな」

「お友達を大勢引き連れてですか?」

「はてさて、何人集まるかな?」








ある王国があった。そこは、どちらの陣営にも属さず、中立を保っていた国である。
そこの主が、先日亡くなった。
主には二人の子がおり、兄が国を継いだと言う。
そこまでの情報なら、当然バフォメット以下の魔王軍も知っており、今更驚くような事ではない。
問題はそこから、その王位継承に敗れた弟が事の発端である。
彼は兄に殺されかけた、暗殺である。
命からがらその弟が逃れた先が、反魔物勢力の国であった。
元々、先代王はその国から妻を貰っており、親戚筋に当たるのである。
その国に弟が泣きついたのだ。

「問題なのは、兄のほうがどうやら親魔物側の勢力へ入ろうとしておるんじゃよ」

「それは良い事じゃないんですか?」

「その兄…現王は親魔物派への参入をいい事に、反魔物勢力へ恐喝を始めたのじゃ」

「恐喝?」

「反魔物勢力範囲の村や拠点を略奪し焼き払ったりしたようでな、国境辺りで小競り合いも起きとる」

更に、その兄は弟が逃げ込んだ先の国に、本来先代王に妻が嫁ぐ際約束された持参金を要求した。
先代王が死んだ時点で、持参金が支払われてなかったのが理由だった。非常に高額である。
その条件を飲めないのであれば、領土の割譲をしろと言ったのである。
実際国境付近の拠点が何箇所か襲撃を受けている、との情報もある。

「アホじゃなこいつ」

「ちょっとやり過ぎな気もしますね…」

そう言いながらも、恐らくテレーズも同じ思いだったろう。
要は自分たちを勢力争いに巻き込もうとしているのだ。
基本的に人間同士の争いには加担しない、しかし、この件には親魔物派の国も参加するだろう。
そうなれば、自然と参加せざるを得なくなる。同胞に危険が及ぶ。

「そのクセに、他を頼るか」

「あの国、そんなに強かったですか?」

「いや、兵力も戦力や国力も良く言えば平均的、悪く言えば特に恐れることは無いな」

王国自体、他国と比べ絶対的に強い国でもない。
動員出来る兵力も、根こそぎ集めても一万数千から二万を少々下回る程度である。

「亡命した弟に付き従う者は少なくないと聞く、精々今は一万動員出来るか出来ないかじゃろうよ」

「それなのに、何でこんな強気なんですか…?」

「こいつは、親魔物と言う事を免罪符にしとるだけじゃ、従わんと魔王軍が来るぞ、と言っとるんじゃよ」

何とも呆れた話である。恐らく現王自体魔物には大して感情を抱いておらず、使える手札のようにしか見ていない。
そんな国ではあるが、どちらの勢力からしてもみすみす敵側に立たれる事を良しとしないだろう。

「今の状況を極力利用するつもりじゃな、腹立たしい」

自分は仮にも一軍を指揮する司令官である。自分が動けば当然その軍も動く、軽はずみな行動は命取りだ。
そう思いながらも、バフォメットは既に頭の中で戦略を組み立て始めていた。
つまり参戦すると言う事である。


「問題は、こっちの戦力編成じゃよ」

実際、この城に戻って来たのは今日である。
騎士団がこちらの領土に深く侵攻してきたのを叩いたのだ。
まさかそれ自体陽動であったのかもしれない、とは考え過ぎだろうか。


「さっきまで使っていた者たちをまた使うわけにもいかんし…」

「もう解散させてますから、戻しても大して戦力になりませんね…」

「ああ」

一度解散した軍団をまた編成し直すのは、実はかなり面倒なのである。
休養、拠点配置等やる事が多いのだ。

「休みは欲しいですもん」

「独り身にはわからんよ」

「でしょうね」

「副官殿は手厳しいのう…」

実際、魔王軍の兵士が従う目的は男関係が主である。ある者は、伴侶を得るため、
またある者は、共に戦場に赴き、ある者は自己の、そしてある者は相手の実力を試す。
忠誠心など布に包んで棄ててしまえと言った勢いである。良く言えば非常に開放的、
しかし悪く言えば、規律の緩い駄目な軍隊である。

「独身の子だけで編成します?」

「そりゃ無理じゃろ、大体そんなにおるのか?適当に参加者を募るしか無い」

そんなに多くは集められないだろう、とは内心わかっていた事である。

「騎士団は全員連れて行くぞ」

「デュラハンもかわいそうですねぇ」

「精鋭騎士団の名に恥じぬ行動をして欲しいもんじゃ」

魔王軍直下の騎士団(の一部)も手元に与えられている。
これは主戦力となる。

「今回は機動力重視の編成でいく、足の遅い連中は外す」

「スライム種の子は大喜びでしょうね」

「どアホ、残りは城の守備」

「あらら…」

休み返上か、と思うと途端に人肌恋しくなるものである。

「旦那も連れて行っていいですよね?」

「戦闘要員なら、正直猫の手も借りたいくらいじゃ」

「ならOKですね♪」

魔物の伴侶たる男連中も言ってみれば本職が多い。
大抵勇者や冒険者や傭兵、兵士の類である。
普通なら積極的に使おうとはしないのだが、今回は別だ。
そう言えばテレーズの夫…は元傭兵だったか。

「夫婦揃ってお役に立ちますよ」

「嬉しそうにしおって…」

その後色々思案してみたが、どうやら手元にある兵力は多くても五千を超えそうに無い。
敵味方合わせて参加する兵力は十万を超えるだろう、そんな中では、五千と言う数は魔物であっても決して大きいとは言えない。
自分…バフォメット以下、サキュバス、デュラハン、リザードマン、アマゾネス、ミノタウロス、オーク、ケンタウロス、エルフ、そして人間等々。
頭の中で集めてみたが、やはり決定打に欠ける。


「ドラゴンが百匹くらい居れば…」

「不可能です」

「ダークマターを十匹程バラ撒けば…」

「関係ない所まで汚染する気ですか?」

「コネとか無いのか?」

「ありません」

バッサリ切られてしまったのでこの話はおしまいである。
しかし、やはりもう少し戦力が欲しいのが正直な所なのだ。
人間側の軍隊も近代化しており、今では火砲の類が大量に戦場に現れるようになった。
甲冑を纏い槍を持つ騎士は、いまや銃を手にしている。
当然魔法技術なども発達し、今までの絶対的な優位性が薄れつつある。

「親魔物勢力、意外と脆いかもしれんなぁ」

「お味方が心配ですか?」

「まあ、やれる事を精一杯やるまでじゃな」


話を切り上げ再び机に向かう。
筆を取り、紙面に思いついた事を書き連る。
傍から見れば、少女がお絵描きに興じるような微笑ましさであるが、
本人は至って真面目な…

「赤のクレヨンあるか?」

「本当にお絵描きしてるんですか!?」


真面目?なのである。


「あと黄色」

「何を描いてるんですか…」

「書簡の返事じゃよ?」


真面目なのである。
















そんなやり取りから数日が経ったある日、またもバフォメットは自室にて机に向かいうんうん唸っていた。
辺り一面丸められた紙が散乱しており、足の踏み場も無い。
あの遣り取りから今の今まで、バフォメットは自室から一歩も出る事は無く、たまに仮眠を取る程度で、
ほぼ机に向かいっぱなしであった。
自軍の編成、物資の調達、更には次々とあがってくる情報などの整理と、目の回るような忙しさである。
それらをほぼ全て一人で処理するのだから、その労力たるや相当なものである。
この数日の間で、かなり動きが見て取れた。既に軍を発した国もある。
どうやら両陣営ともお互い本気でやり合うつもりのようだ。

「厄介な相手が出てきおった…」

最新の情報では、敵の参加勢力の詳細もあがってきた。
大方予想通りではあったが、予想外な相手も居た。

「アルブレヒト傭兵軍が来たか」

現在売り出し中の『傭兵企業家』である。
元々傭兵隊長には経営者的側面が必要である。その手腕が優れている程その傭兵軍は強いと言うわけだ。
巧みな経営者としての手腕、それがアルブレヒトの強みである。
彼は兵士に略奪を禁じている。その代わりに彼は「軍税」と称して通行予定地域から資金を徴収する。
それを兵士に支払い、その地域で消費させるのだ。
その額は通常の傭兵軍の要求よりも過酷ではあったが、兵士の無法が減少した結果、
効率が向上し、破壊を免れた地域の住民に受け入れられるものだった。
彼はまた、自らの領地で収穫を備蓄出来る。それらの売買によって、軍税と併せて火砲などの軍備を整える事が出来た。
装備や戦術面では、他の傭兵軍とは大差ない。
アルブレヒトの強みは、駐屯地の破壊が少なく、長期の駐留が可能であり、
他の軍と比較して機動の選択肢が広いのだ。
そして定期的にきちんと払われる給料のおかげで兵士の士気も比較的高い。

「で、味方には、やはりヨハン傭兵軍」

『甲冑を着た修道士』と呼ばれた傭兵隊長である。
敬虔な信仰心を持ち、諸侯の総司令官を務めた事もある、信頼の厚い軍人だ。
なぜそのような人物がこちら側につくか、と言われたら答えは簡単。
アルブレヒトが気に入らないのである。
かつて同じ陣営で戦った事もある両者だが、ヨハンにしてみれば、新参で虫の好かない相手。
とうとう共同作戦を取る事はなかった。と記録にはある。
そんな両者が、今度は敵として戦場でぶつかり合うのだ。
ヨハンはおそらく、総司令官を務めるだろう、とすれば、実質的に彼の傭兵軍を指揮するのはマンスフェルト辺りか。

コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
入れ、と答えるとドアが開かれる。

「どうやら敵の司令官が判明したようです」

そう言って部屋に入ってきたのはテレーズだった。手には書簡を握り締めている。

「おう、そろそろ判る頃じゃと思ったわ」

偵察は既に開始しているし、情報収集の為に敵国には工作員を潜入させている。軍の動きは比較的早く察知出来る。

「サバトの奴らにも色々探らせたんじゃがなぁ、イマイチ情報が入ってこん」

「まだやってたんですか、サバト」

「うんにゃ、もう随分前に弟子に譲った」

バフォメットと言われればサバト、とあるように、彼女も他に倣って黒ミサ集団サバトを始めた。
しかし、どうにも性に合わず、既に弟子のバフォメットにそのままそっくり譲り渡していた。
自身はもう組織運営に関わってはいないが、現在でも、多少なりと交流はある。
今回のように偵察などの仕事を頼んだりする事もある。

「で、誰が司令官かな?」

「セバスティアンです」

「…なんと!」

城壁の専門家と言われるセバスティアンが総指揮を取る。

「太陽王め、本気じゃな」

弟が亡命した先は、太陽王と呼ばれる絶対的な王が支配する強国だった。
中央集権的支配を進め、軍の編成改革に着手した人物である。
風の噂か、書類の上では四十万以上の兵力を保有しているとか。
最も、戦費を考えればそんな兵力を一気に動員出来るハズもない。
ともかく、その太陽王の王室侍従技術官たるセバスティアンが出てきたのだ。

「更に報告が、同盟軍の部隊が国境沿いのナミュールを落としました」

「なんちゅう間の悪さじゃ…」

城壁に囲まれた要塞都市ナミュール、ここが拠点となるだろう。
しかし、敵将セバスティアンは、攻囲戦を最も得意とする将である。
軍人でありながら、運河の設計などにも関わり、最先端の建築工学の第一人者であった。

「これで、野戦に出るしか選択肢が無くなったわけじゃな」

「それが狙いでしょうか…」

ナミュールの都市には、僅かな守備兵しか置いていなかったと言う情報もある。
そうでなければ、こんな短期間で落とせるハズもない。

「むーん…とにかく、妙な事せんように釘を刺しておかんとなぁ」

ふぁ…っと小さく欠伸をしながら、バフォメットが椅子から降りる。

「先に行く」
 
手早く身支度を整えながらそう言う。

「はい?」

「一足先にナミュールまで行って来る」

「お一人でですか!?」

「編成表はもう出来た、お前はそれを率いて後から来い」

移動魔法で飛ぶ、と言いながら手にしていた紙をテレーズに押し付ける。

「せめて護衛をつけて下さいよ!」

「いらん」

バフォメットの足元から光が漏れる。

「頼んだぞ」

そう言い、バフォメットの体を光が包む。
自分の抗議も空しく、部屋が光に包まれ、目を閉じる。
再び目を開くと、そこにはもう部屋の主の姿はなかった。








「…はぁ」

今に始まった事では無いが、司令官殿の行動は突然すぎる。
己がついて行けない事が多い。とテレーズが肩を落とす。

「もう少し落ち着いてもいいと思うんだけどねぇ…」

変わり者というものは、どこの世界にもいる。
いや、彼女の場合は変われなかった者なのかもしれい。

「と言うわけなんで、先に行ってくれるかしら?」

「了解した」

答えたのは、部屋の外から顔を出したデュラハンだった。
もしや、と思い騎士団長の彼女を部屋の前で待たせていたのだが、間に合わなかった。

「既に待機している、今から出発しよう」

「律儀ねぇ」

「親衛隊だからな」

デュラハンと言う種族故か、非常に忠誠心の高い集団が親衛隊騎士団である。
とは言え、やはり魔物。デュラハンの特徴である首を外せばどうなるか…
何度か見た事はあるが、その乱れ様たるや、今のような堅物と言って良い様子からは想像もつかない。

「アナタも、ついこの前男を捕まえた所でしょ?寂しくないの?」

「仕事だからな」

帰ってくる言葉はいつも短い、それが彼女の個性である。

「そう言えば、騎士団の中で独身の子って…」

「ああ、私が男を見つけたからな、とうとう残りは一人になってしまった」

デュラハンとは言え、やはり戦場に赴く目的の殆どが、男探しである。
今までの戦いを経て、この隊長を筆頭にほぼ全員が伴侶を得る事が出来た。
ただ一人を除いては…
























デュラハン率いる騎士団約五百騎が出発した頃、その主たるバフォメットはと言うと…

「帰ってもいいんじゃぞ!」

怒っていた。

「ですから、こちらでお待ちをと申しております」

「仮にも一軍の将たる者に対する扱いがこれか!」

とても怒っていた。
バフォメットが移動魔法でナミュールへ来たのは先刻の事だった。
いきなりの訪問に驚かれたが、上に話を通すとすんなり門を通してくれた。
最も、バフォメットたる彼女を衛兵ごときが止められるはずもない。
門を潜ると、甲冑に身を包んだ案内の者が居た。
その者の後ろを歩いて周りを見ると、やはり市外は混乱していた。
都市に入ったヨハン傭兵軍の『物資調達』、とだけ案内の者は言う、本来の傭兵集団の行いである。
それはバフォメット自身も承知している。しかし、やはりそこに住んでいる住民が泣き叫ぶ姿を見るのは、嫌なものである。
このナミュールと言う都市は、周りを城壁で囲まれている。中央の市街地を中心に、川を挟んで高台に城塞がある。
その背後にはまた川が流れており、丁度二つの川の合流点に位置する、といった感じであった。
市街地には、傭兵を含め兵士で溢れており、入りきれない部隊は都市の外で野営している。
そんな所に、バフォメットのような存在があれば、嫌でも目立ってしまう。
好奇の目を向けられて非常に居心地が悪い。とバフォメットは思う。

それから市街地を縦断し、高台の城塞に入る。既に諸侯が集まり、現在会議を行っていると言う話であった。
当然それに出席するつもりの彼女であるが、その時案内の者から意外な言葉を聞かされた。

「こちらの部屋で、会議が終わるまでお待ちください」

部屋に案内されると、そう言われたのだ。
彼女が怒るのも当然であった、その為にここに来たのだ。なのに会議に出るなと?では自分は何をすればいいのか。
そう案内の者に問いかけるも。

「私は命じられた通りの事をしているだけです」

と返された。当然の答えなのだが、それさえも、バフォメットを余計苛立たせてしまう。
部屋を前にかれこれ十分以上問答を続けていたが、状況が進展する事は無かった。
その繰り返し、流石に彼女も我慢の限界である、こうなったら少々手荒いマネをしても…と思った矢先。

「これはこれは、誰かと思えばバフォメット殿ではありませんか!」

声のした方へ振り向くと、そこには一人の兵士…いや、来ている鎧や風貌などから見てもその人物は兵士ではない。
貴族か隊長か、線の細い顎鬚を蓄えた中年の男性。
その人物に、バフォメットは覚えがあった。案内役の者がそれを見て姿勢を正す。

「マンスフェルト殿か」

「覚えておられたか!」

そこに居たのは、ヨハン傭兵軍の傭兵隊長マンスフェルトであった。
この男とバフォメットは以前同じ陣営で戦った事もあり、知らぬ仲では無かった。
ある程度は信頼出来る人物、だと彼女は思う。

「いつ参られた、それにこんな所で何を?」

聞けば彼もまた会議に参加する為ここまで来たと言う。
もしかしたら、と自分がここに来てどのような対応を取られたか説明する。
話し終わると、マンスフェルトが案内の者に詰め寄りこう言った。

「この方は、会議に同席して貰う」





それから二人並んで会議の場所まで歩く、案内の者は下がらせた。
聞けばマンスフェルトは最初から会議に出席しており、ある事情で中座していたのだとか。

「何かあったのか?」

「貴女になら言っても良さそうだ」

そう信頼してくれるのは非常に嬉しいのだが、聞かされた話がまた厄介なものであった。
どうやら傭兵軍の部隊と思わしき一団によって、都市の外れの教会が襲われたのだとか。
そこに居た者全員が殺され、教会内にあった物も略奪され尽くしたと。

「手癖の悪い連中を雇ったもんじゃな…」

「いやいや、実はこれがどうにも妙な話でして」

「うん?」

ヨハンの傭兵軍は、勿論現地略奪を繰り返す典型的な傭兵の集団である。
市街地なども略奪されきっており、それは疑うべくもない事実なのだ。
しかし、出撃前にヨハン司令官が教会等を目標にするな、と念を押している。
ヨハン自身、甲冑を着た修道士と言われる程信心深い人物なので、
今までも、教会等に略奪を働く輩を見つけては、即処断している。
例え陣営が違っても、それは同じである。
なので現在では、教会関係の場所には手を出さないことが傭兵軍内で徹底されていた。

「その連中を捕らえようと調べておったのですが…」

「そんな者は居なかった、んじゃな?」

「仰る通りです、そもそもそんな人間が居た記録が無いのですよ」

「手際が良すぎるな」

マンスフェルトが言うには、神父や修道女、信者や避難民、孤児に至るまで殺されていたと言う。
更に略奪と言っても、妙なことに教会関係の道具や書物が無くなっており、逆に金目になるようなもは悉く無視されていた。

「ヨハン司令官殿に報告を?」

「まさか、そんな事をすれば会議を放り出してその犯人を探しに行きますよ」

「確かに…」

そう顔を見合わせて笑い合う。しかし、お互い報告出来ない真意をわかっていた。
仮にこの事が教団に報告されれば、それは騎士団の介入を招く事になる。
その事が総司令官たるヨハンの耳に入れば、同盟軍自体空中分解しかねないのだ。
向こうには大義名分が出来き、こちらに手荒な真似をしても許される状況を作ったのだ。
しかしマンスフェルト自身は、あまり気にしていない様だった。

「勝てばよいのです」

「そりゃそうじゃ」

どこまでも愚直な男だ、と言うのが彼に対する評価である。
しかし今ではその愚直さこそ必要なのだ、と同時におもう。



それから暫く歩き、大きな扉のある部屋に案内された。
中に入ると、そこには円卓があり、十人程度がそこに座っていた。
入ってきた自分たちを見るや、奥に座っていた若い男が声を上げた。

「戻られたか、マンスフェルト殿。そちらは?」

「何を仰いますやら、我等が盟友魔王軍のバフォメット将軍殿ですぞ」

そうマンスフェルトが答えると、途端に場がざわめきたつ。

「どうやら手違いで案内される場所を間違えられたようでしてな、偶然会った私がご案内致しました」

更にマンスフェルトが付け加える。それを聞くと、また奥の若い男が口を開く。

「それはそれは…災難でしたなぁ、真に申し訳ない、配下の者には後で言い聞かせておきます」

「貴殿は?」

「この連合軍の盟主、フィリップ二世殿下で在らせられる」

若い男の横に座っていた老人が割って入った。
その老人には、見覚えがある。

「ヨハン総司令官殿、お元気そうで」

「お互いにな」

同盟軍総司令官ヨハンであった。成る程、司令官を差し置いて中央に座るのが若い男なのにも納得出来た。
この若い男が、今回の騒動の当事者たる現国王フィリップ二世であった。

「とりあえずお座り下さい」

と、着席を求められた、その態度が実に白々しい。
大方自分抜きで勝手に配置を決めるつもりだったのだろう。
そうはいかない、ここで自分の意見を通しておかなくては。
そう思い椅子に腰掛ける。
しかし、やはり幼女と見紛うバフォメット故か、椅子に腰掛けると、卓から頭がギリギリ出るくらいで、
これでは何も見えない。仕方なく椅子に立ち卓に手を置く。
その愛らしい姿を見て周りから笑いが漏れる。

「私の膝の上に座りますか?」

とマンスフェルトが申し出たが、丁寧にお断りした。








場が和んだ所で、会議を再開する。
ヨハンの説明では、既に敵が集結しつつあるとの事だ。

「敵軍の兵力は?」

「それは私が」

マンスフェルトが答える。
偵察など情報収集も彼の任務であった。
相手の戦力情報、これは大事な事である。

「敵はセバスティアンの軍三万を主力に集結しております。亡命された弟君に従う兵が四千」

弟、と聞いた途端フィリップの眉が歪む。
弟が亡命した後、軍を抜ける将兵が後を絶たない状況だった。
十六歳の弟に大器を見出したのか、はたまた無謀な兄に愛想が尽きたのか。
恐らく後者だろう。
話が逸れた。

更にマンスフェルトが続ける。

「加えてアルブレヒトの傭兵軍が二万…」

「フンッ若造め、数だけは揃えおったようだな!」

アルブレヒトの名を聞くや否や、ヨハンが声を荒げる。
やはり不仲の噂は本当だったようだ。

「更に市民軍が五千」

「市民軍?」

聞き慣れない名前、バフォメットが質問する。

「最近出来た共和制の国です。市民が自治する国ですので、軍の名前も市民軍と呼ばれております」

何とも興味深い話である。が、敵だと言う事に変わりは無い。
戦いが終われば、一度訪れてみたいとバフォメットは思う。

「大まかにはこのように」

騎士団の話は出さなかった。

「後、これは未確認ですが、ベルダ方面からも援軍が派遣されたと言う情報もあります」

「援軍?」

あの地方は、太陽王との仲は決して良いとはいえない国がある。
それが援軍を派遣するとは珍しい。

「数は?」

「千から二千程と」

その程度の兵力で何をするつもりなのか。
真意がわからないが、それらを合計して敵の兵力は六万を超える規模になった。
一方こちらの兵力だが、王国軍が約一万。
やはり国が混乱しているのか、動員数が少ない。バフォメットの予想通りであった。
そしてヨハンの傭兵軍が一万五千、そして同盟に参加した諸侯を合わせて約二万。
数は集めたが、運用や思想統一の面で支障をきたす。
この辺りは寄せ集め故の弱点であり。これを克服するのは非常に困難である。
最も、今回の相手はその弱点を克服したと言う数少ない相手なのだが…

「ところで、バフォメット殿の軍勢は?」

聞いてきたのはフィリップであった、好奇に満ちた目を向ける。

「わしだけ、先に来させて貰ったので到着はまだ」

「ほう、兵力は?」

「約五千」

「五千とな…」

たかだか五千の兵を連れて何をしに来たのだ。とでも言わんばかりの反応であった。
この様な反応とは、とても親魔物側の人間たちとは思えない。
数を見込んでの参戦要請ならば、それはお門違いもいい所である。
いかに数が多くても、軍隊に所属している方が少数派なのだ。

「言っておくが我々魔王軍、その中でも精鋭と呼ばれる者たちばかりを集めた」

「ふむ…」

「騎士団を筆頭に皆、武勇に優れた者ばかり、人間も混じっておるが、元が勇者や傭兵、兵士などの強者で溢れておる」

数の倍以上の働きは十分に出来る、そうバフォメットが言い切る。

「魔王軍の実力は、私が保証します。強いですよ、彼女達は」

マンスフェルトがそう言うと、異論を挟む者は居なくなった。


それからは、敵の動きに合わせてどう動くかと言う事が主題となった。
兵力ではほぼ拮抗しているが、こちらは敵国領内に侵攻しており、補給の問題もある。
基本的に物資は『現地調達』している。つまり同じ場所に長くは留まれないのだ。
既にナミュール近郊の村などから物資を調達し切っており、いずれにしろ動く必要に迫られた。
バフォメット以下魔王軍ならば、それ程補給の心配をする必要も無い。
だが五万以上の人間に必要な食料、更に軍馬の餌などを考えれば、留まるのは飢えて死ぬのと同じだ。










翌日、デュラハン率いる騎士団が到着した。
足の速い者は既に到着しており、魔王軍の人員も日増しに増えだした。
しかしバフォメットは、部隊を都市の中に入れず、外に野営させた。
極力他の部隊に近づけない為である。
もし、他と一緒にすれば、男を襲ったり連れ去ったりする者などが出てくる。
欲望に忠実な魔物だからこそ、今は禁欲的な状況を作らねばならない。
それでも、パートナー持ちの連中からすればまた別の話であるが…
副官たるテレーズも到着した。夫のデュグランと一緒である。
今回率いている部隊の三分の一程は、人間の男で占められている。
しかしながら、全て参加している魔物の夫か恋人であり、残念ながらフリーの男は居ない。
そして、早速そのデュグランをバフォメットは呼び出した。

「お前は呼んどらんぞ」

何故かテレーズも一緒である。

「妻ですから」

「関係ないじゃろそれ」

言い合っても埒が明かないので無視する。

「まあいいわ、さて単刀直入に言うとじゃな、お主が欲しい」

「ええっ!?」

デュグランが素っ頓狂な声をあげる。

「違う違う、そういう意味じゃないぞ」

「はぁ…」

「お主、傭兵時代は砲兵指揮しとったじゃろ?だから味方の砲兵隊の所に行って欲しいんじゃよ」

元々傭兵隊長を勤め、砲兵を指揮し当時最強と言われた長弓部隊を見事破った経歴がある。
今回集めた砲の数は五十門程度、それを集中的に統一運用させようとバフォメットは考えていた。
その話は既に了承を得ている。

「それは宜しいのですが…」

「何じゃ?」

デュグランの横に立っているテレーズに様子がおかしい。

「テレーズ?おい!テレーズ!」

「…さない」

「あん?何じゃと?」

「絶対に渡しません!」

何故かテレーズが怒っている。

「何を」

「何って白々しい!夫を私から奪う気なんですね!」

「アホ!何を聞いとったんじゃお前!」

「ちゃんと聞いてましたよ!砲兵隊(の男達)が夫を欲しがってるって!」

「違う!大体合ってるけど全然違うわ!」

どうやら興奮し出すとまともに会話が出来なくなるらしい、と夫のデュグランが言う。

「…ちょっと待て、興奮?」

「口ではああ言ってますけど、コイツそういう趣味なんですよ…」

「…」

あまり知りたくなかった事実である。
面倒なので放置して話を進める。
デュグラン自身はバフォメットの要請を受け入れ、妻を無視し早々に砲兵部隊へ打ち合わせに向かった。


「夫が!夫が屈強な男達に!やっぱり男がいいのね!」

「はよ持ち場に戻れ!」

あいつめ、相手するのが嫌だから置いて行ったな。
面倒な事であるが、魔界でもそのジャンルに一定の需要があるのも事実なのだ。
戦いが終わったら精神病院にでも突っ込んでやろうか、などとバフォメットは考えていた。



…………
………
……






それから更に数日後、以前変わりなく魔王軍は野営地から一歩も動いていない。
何度か会議を開いたが、こればかりは相手の動きによるので、自分たちからは動けない。
しかし、その敵が動いたと情報が入った。
相手は既に都市のすぐ近くの川の前まで進出している。
まだ夜が明けきらない早朝ではあったが、直ちに全軍で迎撃に当たる、とヨハンが命じた。
バフォメットも軍を整列させ、壇上に登りその威容を見渡す。
しばらくその様子を眺め、意を決し腹の底から声を張り上げる。

「諸君!いよいよ決戦の時である!敵がすぐそこにまで近づいている!我らは同盟の義により、これより味方と共に敵の殲滅に向かう!」

一呼吸を置き更に続ける。

「それぞれ参加した目的が違うのは承知しておる。しかし、これだけは厳命しておく!───勝て」

それに応えてオオオオオオッ!と地鳴りのような喚声が起こる。
士気は十分である。これならいけるとバフォメットは確信した。

部隊を数個分け、長方形の陣形を取らせて一団ごとに進軍させる。自身は最後尾にて馬上で騎士団を率いてそれに続く。
他の部隊も、続々と進軍を開始したようだ。
五万を超える人が集まる姿は圧巻であった。
そんな事を思いながらふと我に返る、違和感である。
何かが足りないように思えた。何かがと言うよりは誰か、の方が正しいか。
誰かが居ない…誰だろう。

「どうされました?」

必死に思い出そうと頭の中を整理していると、騎士団長のデュラハンが馬を並べて来た。

「いや、誰か忘れているような気がするんじゃが…」

「…テレーズですか?」

「ああ!テレーズ!そう言えばあいつはどこ行った!?」

副官たるテレーズの姿が無かった。

「テレーズなら、出撃前に夫と一緒に居る所を見ましたが…」

「あの色狂い!仕事放り出して何しとるんじゃああ!!」

いきなり問題発生である。




















それからしばらくして、テレーズが戻ってきた。
色々準備をしていたので遅れました。と弁解してきたが、妙に顔がツヤツヤしている事にバフォメットは気づいていた。
しかし、正直面倒なので頭を一発ブン殴って済ませ気を取り直す。
部隊を展開させ戦闘隊形を整え、川を挟んで対峙する。
時間はまだ早朝、濃い霧も出ているので、相手の姿は視認出来ない。
だが、その先に何万と言う人間が居る事をバフォメット以下皆わかっていた。

馬の鳴き声と、ガチャガチャと武器や甲冑を揺らす音だけが響き渡る。
魔王軍は自分たちから見て左翼に布陣した。隣にヨハン率いる傭兵軍。
中央は王国軍で固め、諸侯の軍はそれぞれの場所に分けて配置させた。
デュグランを派遣した砲兵部隊は右翼にある。
さらに砲兵隊より右側に小さな村があり、そこを守備させる為に魔王軍から何人かを引き抜いて配置させた。
その村を取られたら全軍が包囲させる危険がある。
そこには接近戦に優れたリザードマンやアマゾネスや珍しい顔ではオーガなどを重点的に向かわせたので、
そう簡単には取られないだろとは思う。
このように危険な種族も混じっているのだが、目的が目的なので実は好都合なのだ。


「本気を出すと背に鬼の顔が浮かび上がる攻撃に特化した筋肉ッッッのあの人ですね」

「テレーズちょっと黙って…」


そう言い掛けたバフォメットが何かに気づいた。
轟音と共に何かが飛来する音が聞こえた。

「この音…まさか!」

その正体に気づいた時、前方の味方が居るであろう場所から爆発音が響き渡る。
それも一つや二つでは無く、多数。

「砲撃!!」


それに呼応して、辺りから喚声が上がり、発砲音も聞こえ始めた。戦端が開かれた。
バフォメットもそれを聞き進軍命令を出す。

「進めェ!こんなもので怖気づく魔王軍では無いわ!」


しかし、間もなくして連続した砲撃によりまともに前進出来ない、と報告が入る。
たかが砲撃くらいで何をもたついておるのか…とバフォメットが焦れる。

「先鋒の部隊が狙い撃ちされています!」

偵察隊のハーピーから報告が入った。
空を飛べる種族を、事前に空へ放っていた。
空からの偵察は敵には真似出来ない事である。

「まだ進軍を始めたばかりじゃろうが!」

「それが…チラッとですけど空から見たんです!」

「何を見た!?」

「大砲が沢山…ありました」

「沢山じゃわからん!具体的には幾つじゃ!」

「お…恐らく百門以上だと思います!」

「何!?」

大砲の集中運用は、バフォメット自身も考えていた事だ。
しかし、百門以上の大砲を自分たち魔王軍の前面に持ってきた事が不可解だ。

「まるで最初から我らを知っていたかのような…」

口をついて出た言葉がそれだった。しかし、その様な考えを持ってはきりが無い、と頭の隅に追い遣る。

「とにかく耐えよ!耐えて進め!砲撃が止む合間を縫って敵に近づくんじゃ!」

接近戦に持ち込む以外に現状を打破する手段が無い。
多少損害が出るのは仕方ないと諦めバフォメットが進軍を指示する。
しかし、本人は興奮のあまり気付いて居ないだろうが。
尋常では無い砲火に晒され、早くも先鋒の部隊が壊滅しつつあった。


戦闘はまだ始まったばかりである。





10/10/27 02:23更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
バフォ様ペロペロペロペロペロペロしたい
ペローンペロローンペロペロペロペローン
…すいません

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