連載小説
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馬上の人達

霧が徐々に晴れてきた。
見えなかったものが見えてくる。
そして、知りたくなかった事実も知るハメになる。



左翼方面の戦況は相変わらず、魔王軍が進軍を止められていた。
バフォメットも、部隊を一旦下がらせ、集まった情報を基にして打開策を練っていた。
敵の大砲の秘密も、段々と見えてくる。

「精霊か」

「精霊…?」

呟いた言葉に反応し、よくわからない、と言った表情でテレーズが首を傾げた。

「わからんか?例えばじゃ、この濃霧の中で、何故こうも断続的な砲撃が可能なのか」

シルフだ、そうバフォメットは断言した。
風の元素から生まれた精霊シルフ。それを使い魔にした者が居る、と言う事だ。

「確かに、陣地だけ霧や煙を消したりは出来るでしょう…でも」

「ああ、他のもおるな」

上空からの偵察で、敵の陣地の詳細がすぐわかったのもこれで説明出来る。
しかし、他の要素はどうなのか?
それも、精霊だとバフォメットは言う。


敵の大砲は、木製の車輪が付いたものだ。
大砲と言う物は、運動法則にしたがっている。
弾を撃つと、そのエネルギーはすさまじいものになる。
数百キロもの重量がある大砲が、反動で一気に数メートルも後退する。
その為に、大砲の後ろに土手を盛り、それで停止させ、元の位置に戻す。
そういった作業が必要となる。ハズなのだが…

「これは、ノームの仕業で説明出来る」

確かに、百門以上ある大砲の後ろに土手を作る作業を手動でやっては、時間が足りない。
ノームならば、それらを一気に作り上げる事は可能だ。

「更に、砲弾の威力」

「イグニスですか…」

「まあ、それも多少は関係しておろうが、砲弾それ自体は違うじゃろう」

イグニスは、精々発射速度を速める為に用いられている程度だろう。

「恐らく魔力の篭った砲弾、それも種類が多い」

砲弾と言えば、まずイメージされるのは大きな鉄の塊。
それ以外にも、爆ぜる、小さな玉が飛び出す等、種類がある。
それらを混合して使っている。バフォメットはそう睨んだ。
実際、後方に運ばれる負傷者の傷も様々だ。
一概に砲兵と行っても、かなり手の込んだ魔法と科学の連合部隊。
それがオルタラの砲兵隊なのだ。


「仕掛けてみるか…」

「攻勢を強めますか?」

「いや、そうではない」

「では何を?」


バフォメットが何をしようと言うのか、テレーズはまだよくわからなかった。
逆境にあっても、常に先の手を考える。この司令官殿はそういう人だ。
また何か、策を思いついたのか…

「確か、カラステングが居たな?」

「カラステング…ですか?」

「ここに呼んで来てくれ」

意外だった、カラステングとは、本来ジパング地方のみに生息するハーピーの一種である。
参加者を募った時、応募して来たのをテレーズは覚えている。
珍しい種族だが、それ以上の感想は無かった。
一体何をする気なのか。


そのカラステングであるが、ハーピー達に混じって偵察に従事していた。
なにせ空を飛び回っているのだ、呼び出すのにも一苦労だ。
それでも何とか呼び寄せる事に成功し、バフォメットの元へやって来た。

「何か御用ですか?」

緊張している、そう一目見てわかる程、カラステングの言葉は堅い。
何故自分がここに呼ばれているのか、よくわからないと言った表情である。

「そのままでよい」

「しかし、御館様の御前で…」

聞きなれない単語であるが、どうやら司令官と言う意味なのだろう。

「かまわん、と言った。何度も言わせるな」

「…はっ」

ジパングの魔物は皆こうなのか、と内心複雑な気分になったバフォメットであったが、
早速呼び出した理由を伝える。

「別動隊を出す、導いてくれ」

「へ?」

「わからんか?」

「…い、いやぁ…その…」

余りに簡潔過ぎるその言葉に、カラステングが困惑する。

「それじゃあ誰だってわかりませんよ?」

「むう…そうか?」

見かねたテレーズが助け舟を出す。
それを受けて、バフォメットが丁寧に説明を加える。
平静を装ってはいるが、やはり焦っている。
テレーズはそう感じていた。

「攻撃隊を出し、大きく迂回させて敵の側面を突きたい」

「それを私に導けと?」

「千里眼、と言う能力があるそうじゃな?」

「なるほど…」

「霧が完全に晴れたら気取られる。チャンスは今しか無い」

正面からの攻撃が通用しない現在、迂回して攻撃するしか手段が無かった。
カラステングを呼び出したのは、霧の中で正確に相手を捕捉出来るその能力。
それが不可欠だった。

「お話はわかりました」

「やってくれるか?」

「私が率いる兵力は?」

「騎士団の半数」

そう言われた途端、カラステングの表情が変わった。
精鋭騎士団の半数を自分に任せる。バフォメットはそう言ったのだ。
何とも思い切った判断。
ほぼ初対面と言っていい自分に、こうも簡単に最強の手駒を預けるか?
心が、奮い立つ。今まで味わったことの無い高揚感がカラステングを支配した。
敵は二万を超える大軍ではあるが、砲兵隊と銃兵に気をつければ残りはどうと言う事は無い。

「返事は?」

決まっている。

「喜んで!」

カラステングが笑った。

まずは一手、基本的に受け身のままと言うのは我慢ならない。
新たに有能な人材を見極める、そう言った意味でも、積極的に動くべきだ。
全体的に能力のある者は多いが、軍隊として見れば、まだ不足している。


「騎士団の半数、二百五十騎。預けよう」

「確かに」

早速、カラステングは騎士団長から部隊を譲り受ける。
また、妙なことを思いつくものだ。騎士団の半数を見ず知らずの者に預けるとは。
半ば呆れ気味の騎士団長ではあったが、命令では仕方が無い。
五百騎の騎士団の内、二百五十騎を、カラステングに託す。
自身は司令官の護衛で離れるわけにはいかず、副長を出す事にした。

「では出発します」

「うむ」

そう言って小さく頭を下げ、カラステング率いる別働隊は出発していった。
バフォメットの考えはこうだ。
大きく左周りに迂回し、敵の側面を突く。それに合わせて、正面から本隊の攻撃を開始する。
上手く行けば、敵を追いやり、こちらが包囲出来る。
基本的に、戦いとは包囲するもの、とバフォメットは考えている。
なので、必要にあわせて、部隊を横へ横へ回りこませる。
相手もそれを防ごうと部隊を横へ…と言った具合だ。
機動力の殆ど無い砲兵隊が相手ならば、廻り込んで二方向から揉み上げればいい。

不確定な要素としては、敵の動き。
戦端が開いてから、今の今まで、敵はほぼ正確にこちらの動きを見切っている。
右翼方面の村と砲兵陣地が占領された、と言う情報を聞いた時、それは確信に変わった。
誰かが情報を流している、と。

「不安では無いのか?」

傍らの副官、テレーズと言えば、砲兵陣地が落ちたと報告された時でさえ表情を崩さなかった。
非常に違和感がある。あれだけ日々愛しいだの恋しいだのと振り撒いていた夫の安否さえわからない。
それで何故、平然としていられるのか。

「大丈夫、大丈夫ですよ」

「何が大丈夫なんじゃ?」

妙な事を…

「夫は、無事です」

「なぜそう言いきれる?」

「わかりません…」

相変わらず、わからない。夫婦とは一体何ぞや。
おそらく、自分には生涯わからない事であろう。
何せ、その可能性を自ら閉ざしたのだ。


感傷に浸っている場合では無いのだ。そう思い、全軍に指示を伝える。
突撃準備、自らも動くつもりだ。
そんな中、ケンタウロスが一人、バフォメットに近づいてきた。

「お願いがあります」

「うん?お前は…」

彼女こそ、村の守備隊の末路を伝えに帰ってきたあのケンタウロスである。
涙ながらに事の顛末を報告し終え、自分も戻ると言って聞かない状態だった。
なので、バフォメットは彼女を自らの傍に置いていた。
目を離せば、勝手に突っ込む危険があったからだ。
その彼女から、話しかけられたのでバフォメットは少々驚いた。

「何だ、もう落ち着いたのか」

「先ほどは、お見苦しい姿を…」

その姿からは、先ほどの狼狽する様子は窺えない。
冷静である。

「お願いがあります」

「ならん、村はもう落ちた」

「いえ、そうではありません」

「では何だ?」

別働隊への参加、それが彼女の願いだった。

「ほう…」

意外、とも言えなかった。
確かに、彼女の体躯なら、騎士団の行動に十分着いて行けるだろう。
しかし、肝心なのはその理由。

「何故、行きたい」

「仲間の無念を…」

「それは違うな」

彼女の言葉を遮る。
嘘、とは誰が見ても明らかだ。

「死に場所が欲しいのか?」

「まさか…」

「ワシを誰だと思うとる?」

それくらい、誰が見てもわかる。
自分だけおめおめと生き延びた
そう言った思いが彼女を追い立てる。

「さっきも言うたが、駄目じゃ」

「しかし…!」

「駄目じゃ、と言うた」

それっきり、彼女は押し黙ってしまった。
悔しいのはわかる。
しかし、彼女を逃がしたリザードマンの気持ちを無碍には出来ない。
彼女のお陰で、危機的な状況を知ったのだ。
幸いな事に、味方傭兵軍や王国軍は、まだ耐えている。
しかし、攻勢を加える余力は無い。
突破口を開くとすれば、我々魔王軍しか居ないのだ。

「死にに行くのは駄目じゃ、と言うたんじゃがな…」

「…っえ!?」

「約束じゃ、生きて戻る。それを守れ」

「では…よろしいのですか?」

「忘れるなよ?このバフォメットとの約束じゃ、破ればどうなるか…」

「……」

「返事は!」

「ハイ!必ず!」

そう言うとケンタウロスは、槍を持ち一目散に走り去って行った。
無邪気な子供の様だ、と微笑ましい気持ちになる。
子供とは、あのようなものなのだろうか…

「あの…」

そんな気分に水を差すように、テレーズが話しかけて来る。

「無粋なやっちゃ」

「どこの方言ですか、それより…」

「あん?」

「あの子、ついて行けるんですか?誘導無しに」

「…あっ」

「いま『あっ』って言いましたよね」

前言撤回、やっぱり駄目かもしれない。
まあ、あのまま戦線離脱してくれれば、死なずに済むだろう。
結果オーライだ。
およそ戦場とは思えない空気が、魔王軍を支配していた。






























一方その頃、別働隊はと言えば、早くも川を渡り、大きく迂回し敵に近づいていた。

「見える…」

先導役のカラステングである。
霧の中で確実に、かつ最短で敵に接近する。
その為にも、彼女が必要なのだ。

「どうだ?」

聞いてきたのは副長のデュラハンである。彼女以下騎士団の面々は、文句一つ言わずに従っていた。
最も、視界が殆ど効かない状況では、何も出来ないので従うほか無い。
この副長とカラステングを先頭に、騎士団が続く。

「まだ遠いかな、でも見えるよ。砲兵陣地だ」

カラステングの目には、ハッキリ見えていた。
おびただしい数の大砲が並んだ敵の陣地だ。
ここまでは、気付かれずに接近できた。だが、更に近づく必要がある。
敵が咄嗟に対応出来ない距離から始めなければ、奇襲の意味は無い。


それを見極めるのが、私の役目だ。
そうカラステングが意気込む。
これはチャンスなのだ。
一人、異国の地に赴き立身出世の夢を背負い生きてきた。
しみじみと思う。ここで名を上げる、必ずだ。
そう思えば自然と力が入る。

「焦るな、攻撃のタイミングはこちらに譲ってもらうぞ」

副長の言葉で我に返る。
焦りは禁物、下手な行動で全てが台無しになってしまう。

「わかってるよ、もう少し前進しよう。敵が砲撃を止めたようだ」

「砲撃を?」

「うん」

全体の位置、人の行動や仕草の一つに至るまで、完璧に捉えている。
それが彼女の能力だ。
敵が砲撃を止めた。恐らく今のうちに補給や修理をしようと言うのだろう。
このタイミングで敵の横っ腹を突けば、簡単に崩せそうだ。

「精霊は見えるか?」

「居るね、ノーム、シルフ、イグニス、それに…」

「まだ居るのか」

ウンディーネが居た。
水の精霊、ウンディーネである。

「ウンディーネだと!?」

その話を聞いた途端、副長の顔色が変わった。

「何で早くそれを言わない!」

「ど、どうしたの?」

怒られた。何で彼女が怒っているのか、カラステングにはよくわからなかった。

「いいか!ウンディーネは水の精霊だ!それはわかるな?」

馬鹿にしているのか、それくらいわかる。

「そして我々は…」

川を渡って来ただろう?
その言葉の意味を、カラステングは瞬時に理解した。
そしてカラステングは見た、こちらに向かって、微笑むウンディーネの姿が。
こいつ…こっちを見ている!
更に見えたのは、砲兵陣地を囲むように、敵の部隊が展開している様子である。

「後退を…」

「もう遅い!」

副長が馬を走らせる、それに騎士団の面々も続く。

「バレた以上、逃げても同じだ。敵が体制を整え終わる前に突く!」

剣を抜き放ち、高らかに叫ぶ。

「騎士団、続けェ!!」

黒い集団が、一匹の巨大な獣のごとく駆け出す。

「水先案内!頼むぞ!」

カラステングも覚悟を決める。

「…了解!」

誘導する役目はまだ終わっていない。
必死で着いて行く。

「完全に見つかった!」

敵も隊列を整え、こちらに向き直る。
もしや砲撃を止めたのは、この為か。

「かまわん!」

銃を構えた兵士の隊列、その背後に槍兵が控える。

「うおおおおおおおおおッ!!」

副長が叫ぶ。しかしこの距離では、射撃を浴びてしまう。
だが、なおも駆ける。段々と霧が消えてきた。
成程、確かに、砲兵陣地の位置だけは霧が消えている。
この距離でもうっすら見えた。
敵が銃を構える。
カラステングが指揮官の口の動きを見る。
読唇術だ、『撃て』と言っている。

「来るッ!」

「この距離で!」

煙が見えた、遅れて銃声が響く。

「心配するな!射程外だ!」

まだ遠い。仮に命中しても致命傷には…

後ろの方で、何かが落ちる音がした。
振り返ると、誰も乗せていない黒馬が、集団に混じって走っている。

「撃たれたぞ!」

「副長!一人やられました!」

「なにィ!?」

この距離からなら、仮に銃弾に当たっても大して危険は無いハズだ。ハズなのだが…

「魔力か!!」

銃弾も強化してあるようだ。他にも被弾したものが数人居た。
落馬はしなかったが、鎧を砕き銃弾が減り込んでいた。

「第二射来るよ!」

銃を撃った兵士が後ろに下がり、入れ替わりで待機していた兵士が前に出て銃を構える。
三段構えか…どこかで見た事があるような戦法だとカラステングは思った。

「耐えろ!あんなもの近づけば!」

どんどん距離は詰められる、突然霧が完全に晴れた。敵の様子がハッキリ見える。
近づいた。接近戦になればこっちのものだ。

「また来る!」

今度は、銃声が聞こえると同時に煙が見えた。
ヒュンッヒュンッと風を切る音が聞こえる。
弾を喰らい落馬する者が更に何人か出た。
しかし、どうする事も出来ない。

「こんなものかァ!!」

副長が単騎で前に出る。
その様子に怖気付いたのか、敵の隊列に乱れが生じた。
入れ替わりが上手くいかない、槍兵のカバーも、最早間に合わなかった。
その隙を突き、副長が敵の隊列に馬を乗り入れる。
海が割れるように、副長の突撃を遮るものはなかった。

「このまま真っ直ぐ突っ込め!」

少し遅れて騎士団も敵に突っ込む。
悲鳴が上がり、血飛沫が飛び散る。
副長が剣を振り下ろすと、首が一つ、二つと飛んだ。
その傍らを、カラステングは敵とギリギリ接触しない程度の高度を保ちつつ、並走する。

「砲兵陣地は見えるか?」

「この先、あと少しで!」

前方の槍兵の集団、その背後に、砲兵陣地があった。
既に銃兵の集団を突破し、敵が混乱している。
槍兵にも、その動揺は伝わっており、統一的な動きが出来ていない。
その乱れに乗じて、副長が飛ぶ。
高く飛んだ馬が落ちてくる、それに踏まれた槍兵が倒れた。
剣を振り、斬り捨て、刺し、叩く。
縦横無尽に、副長が駆ける。それを追い、騎士団が続く。
敵にとっては悪夢としか言い様が無いだろう。
それでもまだ、敵は必死に自分達の前方へ部隊を繰り出す。
だが、騎士団の勢いを止める事は出来ない。
ついに、最後の部隊が突破された。
砲兵陣地への道が、開いた。

「乗り入れろ!」

今度は敵が左右から包囲しようと動いて来た。
しかし不意に、敵の右方向から喚声が上がった。
右方向、つまり正面からなのだが、これは…

「本隊が来た!」

カラステングが気付いた。

「おおッ!」

騎士団から喚声があがる。
味方の、魔王軍の本隊が、敵正面を攻めた。
砲撃が停止したおかげで、接近戦に持ち込めたようだ。
敵の動揺が見て取れる。
砲兵陣地も、既に大砲を放置し壊走を始めていた。
乱戦になった。こうなれば、敵がいくら部隊を投入しても無駄だ。
後方には、傭兵軍の本隊がある。
後退する敵に追従すれば、それも崩す事が出来そうだ。

「案内ご苦労、よくやった」

「さすが魔王軍騎士団、凄いよ」

戦場のど真ん中でお互いの健闘を称え合う。
作戦は成功。予想以上に上手くいった。本隊と合流し、更に先に向かおう。
騎士団の損害は軽微だ。

全身に返り血を浴び、赤黒くなった鎧を纏った騎士と、傍らで辺りを見渡すカラステング。
彼女達によって、相手の砲兵隊も崩れた。
例えるなら、二匹の蛇が、互いに相手の尻尾を喰らいながら、どちらが先に飲み込まれるか争っているようなものだ。





































天使と言うもを見たのは、これが初めてだった。

聖騎士団を指揮する、と言えば聞こえがいいが、要するにその場に居るだけでいい。
いかに馬や体を飾り立て、敵に対する憎悪をかき立て、神に対する信仰を口にしても…



教会が襲われた、と連絡が入ったのは、この戦いが始まる数日前であった。
関係者のみならず避難民や孤児と言ったものまで徹底的に虐殺された、と聞かされた。
勿論、その事については、私も憤りを感じている。
だから派遣される聖騎士団の指揮を自ら志願した。
したのだが、結局の所、味方が欲しかったのは教団の威光。
全面的にこちらが正義である、と主張する正当な理由が欲しいだけなのだ。
ならば、態々精鋭の騎士団三千を派遣せずとも、旗の一つや二つ貸し出してやれば事は足りるのではないか?


派遣された聖騎士団はアルブレヒトの傭兵軍と、セバスティアンの軍に挟まれた位置に居た。
前線より後方に置かれている。これが何を意味するのか、つまり、そこから動くなと言う意味だ。
勇んで参加した部下達には悪いだろうが、今回出番は無さそうだ。
私の名はザガル、今回派遣された騎士団を一応指揮する役割を担っている。
教団側も、負け戦ばかりはイヤなのだろう、今回の力の入れようは異常なほどだ。
その力を少しでも先だって魔族領に侵攻し軽く叩かれた騎士団にも分けてやればよかったものを…
安全な場所から戦場を眺める。その任務にも飽きてきたのか、口から出るのは愚痴ばかりだ。

私の隣で呑気に戦場を見渡す天使に対しても同じ事を思う。
帰ればいいのに…などと口が裂けても言えんが。

「暇だ…」

「私は楽しいですよ」

無意識に口から出た言葉に、天使が反応する。
今回が初めての新米天使なのだろうか、見るもの全てに反応を見せる。
神は一体どういうつもりでこんなのを寄越したのか、わからない。
戦場を嬉しそうに眺めるだなんて、世間知らずどころの話ではない。
しかし、部下にはえらい人気のようで、早くも皆と打ち解けている。
この仕事には向いてないな。この天使も、部下も。


私は元々異教徒だった。それが戦いに負け、改宗させられただけだ。
よく人間のみを、自然界の摂理に反した生き物だと言う者がいる。
では本当に他の動物は、必要以上に獲物を獲らないのか?
遊びで他の生き物を殺さないのか?虐めや暴力は無いのか?
存在自体が、自然に影響を及ぼしたりはしないのか?
その答えは否、である。
どんな生き物であっても、少なくともそんな要素は存在する。
では魔物はどうなのか、当然彼女達の世界でもあるだろう。
何故人間だけが異質なように言われるのか、私にはよくわからない。
だからこそ、私は教団以上に、魔物やそれを慕う者に矛盾を感じている。


敗者は勝者に従うしか無い、新しい神を私は受け入れた。
そして、人より努力を重ね、今の地位を掴み取った。
理想を語る弱者を、私は最も嫌う。
そして、それをあたかも最も尊い事のように持ち上げる人間も嫌いだ。

そんな事を思いながらも、なら今の教団こそ、まさにそうではないのか?と言った考えも出てくる。
成程その通り、負け戦続きの教団が、いかに正論や理想を振り翳そうとも、誰も耳を貸さないだろう。
だからこそ、今回は必ず勝たねばならない、それも騎士団の手によってだ。
などと大層な事を思いながらも、相変わらず前線の喧騒とは全く無縁な後方に留め置かれている。
やる気はあるのだが…
戦場に投入さえしてくれれば、敵将の首の一つや二つ、とこれは言い過ぎが。

「それ何ですか?」

天使の声で我に返る。気がつけば、天使が私の腰を指差していた。

「これは腰だ、お前にも付いてるだろう」

「違いますよ!コレですコレ」

天使が興味を持った物、それは私の腰巻に無造作に突っ込まれていた銃であった。

「これか…」

そう言って銃を取り出す、片手で撃てるような小さな銃だ。
元々、騎士団でも銃を採用し運用していた。
ただ、馬上からの射撃では正直な所弾が当たりもしない。
なので、馬上での銃の運用は比較的短期間で打ち切られた。
今では、昔ながらの剣や槍を装備している。
歩兵の装備では主流になりつつある銃だが、騎兵にとっては違う。
実際今も銃を持っているのは、騎士団の中でも私だけだろう。
妙なものに興味を示すものだ、この天使様は。

「銃は知ってました、でも随分小さいんですね」

「馬上で、片手で撃つ用の銃だからな」

しかもこれが全く当たらないと来たものだ。
当てようと思えば、それこそ銃口を密着させるほど近づかなければ、当たらない程だ。

「持っているのはアナタだけですか?」

「ああ、もしもの時の為に置いてある」

「そうですか…」

それっきり天使は押し黙ってしまう。
その表情からは、笑顔が消えていた。

「それで、人を撃つんですか?」

再び口を開いた天使が、妙な事を聞いてくる。

「獣を撃つときもある」

「そう言う意味じゃないんです」

「じゃあ何だ?」

「考え方が違うとは言え同じ人間を…撃てるのですか?」

「撃てるさ」

即座に私はそう答える。親魔物側の人間は、敵なのだ。

「そもそも、同じ人間なんてこの世には居ないんだ」

「…どういう意味ですか?」

「簡単な事だ、思想や宗教、風習や言語、人種その他諸々、違いなんて探せば腐るほどある」

「だから撃てるんですか?自分と違う考えを持っていれば…」

「そうだ」

「そんな事を…神は望んでいません」

「神とて、魔物を滅ぼそうとしているじゃないか、人間にそれを言うならまず、自分達が手本を見せるべきだ」

とても教団に属する人間の言う台詞とは思えない。
だれかに聞かれてないだろうか?密告でもされたら偉い事だ。

「魔物は…」

「人間じゃないからいいのか?」

なら他の動物や植物はどうなる、と言っても仕方ない事だ。
この話題は打ち切るべきだな。

「そんな事を下っ端の我々が考える必要は無い、己の責務を果たせ、エンジェルさん」

天使の顔がみるみる曇っていく、流石に苛め過ぎたか。
こんな事で熱くなっても仕方ない。今出来る事を精一杯やるまでだ。
とは言っても、出来る事といえば…
総司令官に騎士団の戦場投入許可を得る事くらいなのだが…

散々使者は送っているのだが、帰ってくる言葉はいつも同じ。
まだその時ではない、と。その時って奴は永遠に来ないんじゃないのか…
流石に戦端が開かれてかなりの時間が経過している。
霧も殆ど晴れてきた。
味方が『左翼方向』の砲兵陣地と村を占領し、包囲する形を取ろうとしている。
言うなれば勝ち戦だ、しかし、それでもまだ、我々に動くなと言うのか。


放っていた偵察隊から連絡が入った。右前方のアルブレヒト傭兵軍の砲兵陣地の側面が襲われたらしい。
更には魔王軍本隊も正面から攻撃を仕掛け、オルタラの砲兵隊は壊走、敵は更に圧力を加えている、との事だ。
話を聞いて、部下達に動揺が走る、しかし、だからと言って我々が動く事は…

「総司令官からの命令、即座に動き魔王軍の本陣を突け、との事です」

総司令官殿に向けて放った伝令が帰ってくるなりそう言った。
意外だった、完全に予想外の命令である。
現在魔王軍は二方向から攻撃を仕掛けている。
側面からは魔王の騎士団、正面からは一般の部隊。
しかし敵の将は確認されていない。
つまり、敵将はまだ本陣を動いていないと言う事だ。
事前に教えられた敵の配置図の通りであるなら。
ほぼ全力で攻勢を行っているなら、本陣の守りは手薄だろう。
それでも魔物と言う事に変わりはない、そこを聖騎士団の我々で突けと総司令官は言うのだ。
無論、むやみに突っ込めば隣の傭兵軍と挟み撃ちになる。
しかし、その傭兵軍は出来るだけ『自然に』見えるようセバスティアンの軍を引き付けている。
既に話は通した、と言う事なのだろうか。

どちらにせよ、喜んで従わせて貰おうじゃないか。

「聖騎士団!命令が来たぞ!魔王軍の本陣、突き崩せとの事だ!」

嫌でも気合が入るだろう、何せ相手はあの魔王軍、その将たるバフォメットである。
そんな大物、私だって恐ろしいさ。

ふと天使を見る、その表情は先ほどよりも更に曇り、手足が震えている。
何しろ初陣でいきなり敵の幹部クラスとぶつかり合えと言うのだ。それは仕方ないだろう。

「天使の御加護を、期待してますよ」

私の言葉は耳に届いているのだろうか、よくわからないが、これで騎士団を動かせる。

「聖騎士団、前へ!」

剣を抜き、そう指示する。
静かに、騎士団が動き出した。
魔王軍の黒い獣のごとき騎士団とは対照的な、白く優雅な白鳥を思わせる動きである。
騎士団長ザガル以下三千の騎士団+天使が、進軍を開始した。
目指すは敵の本陣、敵将のバフォメットである。


























迂回攻撃が上手く行った。更に本隊投入のタイミングもドンピシャだ。
前方の敵が面白いように崩れていく。
報告を聞いたバフォメットから笑みがこぼれる。

「無理に攻めるな、と副長に伝えろ。まだ敵も主力を失ってはいない」

そう偵察隊のハーピーに命令し、前方に向かわせる。
己もあの乱戦に参加したかったのだが、自分の副官や騎士団長などに反対され、
元の配置から全く動いて居なかった。やや不満である。

「ワシも行きたい」

「子供みたいな事言わないで下さい」

「見た目は子供じゃろ?」

「頭脳は…頭脳も子供でしたね」

会話にも余裕が生まれてくる。現在バフォメットの近くには、騎士団の半数とテレーズ以下の側近が少々。
言ってみればほぼ丸裸と言っていい状況であった。
それでも、まさかこんな所を襲われる訳も無い。隣には数万の味方もいる。
これを味方と言っていいものか、正直躊躇されるのだが、とにかく今は味方だ。

「ヨハン軍も王国軍も、よく耐えておるわ」

報告では敵と正面から衝突しているが、ほぼ互角の戦いを展開していると言う。
これが演技でないとしたら、の話ではあるが…
副官と馬鹿な会話で盛り上がっている。
そんな主の傍らで、今まで無言だった騎士団長が口を開いた。

「司令官殿、我らの背後へ」

「うん?何じゃ?」

有無を言わせず、と言った具合にバフォメットの周りを騎士団が囲んだ。
団長が、何かに気付いたようだ。

「おい、何をするつもりじゃ?」

「来ました…」

「何が!?」

バフォメットが声を荒げる、しかし団長は冷静に前方を見やる。

「ああ、この感じ…嫌な奴らが来ました」

「敵か?」

「ええ、これは…」

聖騎士団が、こちらへ向かってくる。

「私が最も嫌う匂いを纏った連中が、やって来たようです」

団長が剣を抜く、それに合わせて騎士団も各々武器を手にする。

「テレーズ、司令官殿と安全な場所へ下がっていろ」

巻き添えを食らうかもしれん…そう静かに答えた団長の顔が、笑っていた。
普段は感情の起伏が乏しい彼女が、唯一笑う場所。それが戦場だった。

騎士団同士が、戦場でぶつかろうとしていた。
10/10/30 01:23更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
デュラハンたんもペロぺr…キャラが被ってしまうのでやめておこう
カラステングやエンジェルさんをペロペロペロペロしたいですね
相変わらずおっさんはペロペロする気になりませんし


やっぱり我慢できないデュラハンたんペロペロペロペロ!!んっほおおおおおおおおお!!
みんなペロペロ!!一億総ペロペロ!!

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