連載小説
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暗黒の怪”悪竜”は森林の大洞穴に実在した!!
火薬の用途は、推進、発破、焼夷、爆破、及び信号用などである。
では、こんな洞窟の中で何故火薬が発見されたのか。
丸い陶器に火薬がギッシリ詰められており、導火線が天辺についている。
まるで、漫画などに出てくる爆弾そのものの形をしたこの球体が2つ、無造作に転がっていた。
それを拾い上げ、肩から提げている鞄に詰め込む。
もう火薬が湿気ったりして使えないかもしれないが、無いよりはマシだ。

「発破用かな、これ」

用途がサッパリわからない。
とりあえず落ちているものを何でも拾い上げるのはやめたほうがいいかもしれない。
そう思いはするものの、やめられない。
貧乏人の性である。


真ん中の道をノロノロと進んでいるのは、金探しを提案した生徒本人だった。
連れの2人は左右に別れ、1人寂しく真ん中の道を進んでいる。
道の隅々まで松明で照らして金を探しているのだが、見つかるのはガラクタばかり。
人が居た跡、確かにこの洞窟を発掘していたであろう形跡は見つかったのだが。
肝心の金は、どこにも無かった。

「もう銀でも銅でもプラチナでも何でもいいから出てきてくれよー」

どんどんハードルが下がっている。
下がってはいるが、何かがあると言う事を前提に話を進める辺り、まだまだ考えが甘い。
しかし、希望を捨てては総てが終わる。
物事に重要なのは度胸と浪漫だ。

「ここで諦めちゃああいつ等に合わせる顔が無いッ!」

それに、一攫千金を夢見るのは別に自分の為だけではない。
何としても、金を見つけて持ち帰る。
そうすれば、家族を養える事が出来る。
地道に働けと言われても、貧乏人が稼ごうとすればそれなりのリスクが伴うものだ。
危険も覚悟の上だ、例え神や悪魔が立ちはだかろうとも、打ち破ってみせる!

「気持ちだけなら勇者にだって負けないさ」

勇者とか、冒険者とか、傭兵とか、戦士とか、騎士とか…
まあ色々あるけども、自分はどれにも該当していない。
村で話しかけられる村民Aくらいの役割だ。
そんな奴が冒険してるんだから、世の中変わったもんだ。

「しっかし、何もねえや」

採掘道具などが散乱している場所を見つけて、これは何かあるなと期待したが、空振りだったかな。
ハンマーやノミやザルや…色々あった。
さっきの丸い物体を発見したのもそこだ、だから発破用の爆弾かと思ったんだが…
とにかく、行き止まりまで進んでみる。





ちょっと気になる事があった。
先へ進むほどに、通路が狭くなっていく。
と思えば、ある地点を境に今度は通路がどんどん広くなっていっている。
その境目になった場所には、小さい社のようなものがあった。
ジパングの宗教はよくわからないが、こういうのは大体判る。
きっと安全に作業できますようにとか、金が取れますようにとかそんな願いが込められた祭壇だろう。
これは期待が持てる。きっとなにかある。

「おお…おおお!!」

それからしばらく歩くと、開けた空間に出くわした。
自分の発した驚嘆の声が反響するのがわかる。
上を見れば、遥か上の天井から、うっすらとだが光が漏れていた。
しかし、それよりも目を奪われたものがある。
自分の足元や、周りの地面に無造作に転がっている…
手に持つ松明の炎の光が鈍く反射するその物体…

「き、金じゃねえかッ!!」

地面を埋め尽くす程の金の塊が、あちこちにあった。
サイズは大小様々だが、どれもこれも本物だ。
だってそうだろう?こんな場所に偽物を溜め込んでどうするってんだ。
これはきっと本物、流石黄金の国ジパング、スケールが段違いだ。

「うっひょー!これで遊んで暮らせるぜぇ!」

さっそくお持ち帰りしょう。
まず手頃なサイズのものを見繕って、鞄に詰め込む。

「あら…クソッ!入らねぇッ!」

ここに来るまで、いろんな物を拾って来たからだ。
余計な物が鞄の中に詰まっている。
一度、持ち物の整理をする為、その場に腰を下ろして、鞄の中身を全部取り出す。
松明を傍らに置き、その明かりを頼りに、選別を始める。
まずは途中で拾った採掘用と思しきハンマーやノミ。

「…これはいらないか」

ポイっと捨てる。
次に手にしたのは、さっき見つけた社の中にあった、木の札。

「何て書いてんのかわかんねぇ」

持ってても仕方ないので松明で燃やす。
更に社の前に供えられていた小さな酒樽。

「…飲むか」

前祝いとして、美味しく頂く事にした。
パっと見水のような透明の液体だが、鼻を近づけるとアルコールの臭いが確かにする。

「何か容器無いかな…」

酒盛り用に、酒を注ぐものが欲しい。
辺りをキョロキョロ見渡すと、何か白い半球体状の物を発見した。
少々みすぼらしいが、この際文句は言えない。

「変な形だなぁ〜」

丸いほうを下にして、酒を注ぎ入れる。
しかし、この入れ物、側面に大きな穴が何個か開いているので、酒が零れる零れる。

「おっと、勿体ねぇ」

穴から零れた酒を口元に運ぶ。
ほのかに甘い、マイルドな口当たりだ。
うん、美味い…これが勝利の美酒というものか。
放置されてたものだから、腐ってるかと心配したが全然平気だ。
定期的に誰か来てるのかな、まあどうでもいいか。

「…この容器、妙な形だな」

酒を飲み干してから、手に持つ容器を逆さにしてみる。
こうすれば、違和感も無くなった。
しかし、これって…あれに似てるよね。
うん、アレ…人間様の頭蓋骨に。

「…」

そっと、元にあった場所に容器を戻す。
罰当たりな事をしてしまった。
ほろ酔い気分だったのに、酔いが一瞬で醒めた気がする。

「か、帰ろうかな」

さっさと荷物を纏めてこの場を離れたほうがいい。
この道が当たりなら、左右に行ったあいつ等も今頃戻ってきているだろう。
早く帰って金を見せびらかさないと…ああ、分け前約束してたっけ…
比較的小さい金の塊を、素早く鞄に詰める。
パンパンになった鞄の紐を肩にかけたら、重くて動けなくなった。

「あひぃ…う、動かんッ!」

背負うのは諦めて、仕方なく引き摺って行く事にする。
鞄が犠牲になるが、金が手に入ればお釣りが来るほどだ。

「松明、松明どこだ?」

命綱の松明が見当たらない。
さっきまで目の前にあったのに、どこに行ったんだ?
辺りを見渡しても、無い。
しかしなんだろう、さっきから…妙に明るい。
まるで天井から灯りをともされているような…

「…!?」

背後に気配を感じる。
何かが、俺の後ろに立っている。
まさか…例の巨大生物か!?
まずい、この体勢だとやられる。
早く振り向かないと…
でも、体が言う事を聞かない…背後から無言の圧力を感じる。
コイツは相当ヤバイ相手だ…
ゆっくり、タイミングを見計らって、スキを見て…
振り返るッ!

「すいませんでしたァ!!」

そして土下座する。
必殺振り返り土下座が見事に決まった。
この技を受けた相手は、余りに急な出来事に心を乱し、ついつい許してしまうという必殺の技だ。

「…おい」

「ヒィッ!?」

反射的に体がビクっと動く。
これは女の声だ…割と若いかもしれない。

「これは、貴様のか?」

「へっ…?」

恐る恐る顔を上げてみる。
目の前に差し出されたのは、探していた松明だ。
その炎に照らされて、声の主の顔がうっすらと見えた。

「…ひ、人か…」

そこに居たのは、女性の顔だった。
金髪の、長い髪と鋭い目つきが印象的だった。
立ち上がって、差し出された松明を受け取る。
背丈は…こっちより微妙にデカいな。

「あ、有難うございます」

しかしジパングに金髪ねーちゃんが居るとは思わなかった。
この人も異国の出身だろうか。
それにしても、何でこんな所に居たんだろう、やっぱり金狙いかな?

「十六人目か…」

「えっ!?」

何故か、彼女が松明を離さない。
力づくでこっちに取り戻そうと思っても、全く動かない。
まるで石だ、こんな華奢な体のどこにこんな力が…

「…う、嘘だろぉ」

松明を握る彼女の手が、薄っすらとだが見えた。
その手は、人のものとは全く違う…
巨大な爪と、まるで鱗に覆われているような手だ。

「…リ、リザードマン…さんかな?」

はぐれた奴が、リザードマンを連れて戻ってきたのを思い出した。
彼女はどうやら魔物らしい。
リザードマンなら、まあ…大丈夫かな。

「貴様が十六人目かと聞いているのだ」

「あ…あの、さっきから何言ってるんですか?」

さっきから十六人目がどうのこうのと言っている。
俺の他に16人も来たのか?

「全く…生贄を揃えるまで何年かかっているんだ」

彼女が手にしていた松明が、ボキリと真っ二つに折れて足元に落ちた。
そして、呆然としている俺の腕を、すさまじい力で握り締めてくる。

「…ッ…な、何をッ!?」

足元で燃え盛る松明の炎に照らされて、対峙している魔物の全体像が見えてきた。
予想通り、その姿はリザードマンに酷似している。
違いと言えば、リザードマンには無いであろう腰の辺りから生えている巨大な翼。
頭部から生えている巨大な角のようなもの。
これ…リザードマンじゃないな、あれ…じゃあ何だろ。
必死に頭の中で、似たような背格好の魔物が居ないかどうか思い出す。
図鑑は今現在も更新され続けているが、新種ではないはずだ。
既存の、似たような魔物…ひとつ思い当たる節がある。
でも、流石にそれを認めたくは無い。
そんな事を考えていると、彼女の爪が腕に更に食い込む。

「グッ!…あぁッ!」

服の上から強引に、爪を食い込ませ、それを乱暴に引き千切る。

「ひぐぅッ…あ、ああぁ…」

その拍子に、尻餅をつく。
若干の防寒対策をしている服ごと、肉を切り裂かれた。
もう片方の手で傷口を押さえる、それでも、血が止め処なく溢れてきた。

その傷をつけた本人は、血が滴る爪先を、舌で舐める。

「…プッ!…不味いな、非常に不味い」

口に含んだ俺の血を吐き出し、不味いと言われた。
血の味を吟味されるとは思いもしなかった。
どうやら俺はヴァンパイアにはモテないらしい。

「…貧乏人の血なんざ、美味くねぇよ」

「違うな、それは関係ない」

「…じゃあ何だ」

彼女は腰を落とし、こっちに顔を近づけながらこう言い放った。

「貴様のような魂の汚い人間の血など、不味いに決まってるだろう?」

こうもはっきり言われると、結構ヘコむ。
確かに、俺は性根の腐った人間だとは思う。
だって衣食住が足りて礼を知るって言うだろ?
住は入ってたかな?まあいいや。

「私が今まで食った生贄はな、清い魂を持った子供達だ」

「ひ、人を…食ったのか!?」

子供ならまあ、わからんでもない。
何にも染まりきっていないとは思う。
食わないけど。

「それが、今まで十五人だ」

先生、魔物って人食うんですか。
何か魔王の代替わりがどうのこうのって話やってませんでしたっけ?
あれ、どうだったかな…

「貴様は食うには値せんよ」

「な、なら…見逃してくれないかな…金は全部返すからさ」

「まあ、暇つぶし程度にはなるか」

そう言って立ち上がった彼女は、嗜虐的な笑みを浮かべていた。
体格差はそんなに無いはずなのに、立ち上がった彼女は、自分よりもずっと大きい…
錯覚だが、そんな風に見える。

「遊んでやる、私が満足するまで死ぬんじゃないぞ…人間」

「ヤバイ…ほんとに、ヤバイよ…」

やる気まんまんですか…そうですか。
こっちも震える足で踏ん張りながら立ち上がる。

「手加減してこの姿のまま相手をしてやる」

元の姿がどんなものなのか、想像もしたくない。
少なくとも、人間体であれば、元の姿より力は劣るのだろう。
隙を見て、逃げるしかない。

「五頭の力、その身で存分に味わうがいい…」

彼女が、ゆっくりと歩み寄って来た。
やるしかない、この場から何とか逃げて、先生の元までたどり着くんだ。
可能性はゼロじゃない。まだ…希望は捨てない。
上手くやればこいつを手懐ける事も出来るかもしれない。
くたばってたまるか、ここから一気に成り上がってやるんだ。



































「どらごん…ですか?」

「こっちでは竜と言うんじゃったかな?」

場所は変わって、バフォメット達が拠点としている森の中。
生徒達は食料探しの為に方々に散り、ここに居るのはバフォメットとリザードマン達だけであった。
そのリザードマンはと言えば、今の今まで惚れた男と交わりあっていた所だ。
満足したのか、まだ興奮が収まらない状態で衣服の乱れを整えバフォメットの隣に腰掛けてきた。
そしてこのリザードマンを連れてきた当人はと言えば、地面に突っ伏したまま動かないでいた。

「やりすぎじゃ」

「ちょっと気合を入れすぎました…」

何が悲しくて生徒達が盛っている場面を見なきゃならんのか。
表情には出さないが、バフォメットの機嫌は最悪である。
そして、気になっていた事を、リザードマン…シズカに聞いてみた。

「話を戻そう…ここには確かに、ドラ…竜が居るんじゃな?」

「らしいです、その話は有名ですよ」

「ふむ…」

アカオニが言う、ドラゴンが住み着いているという話。
どうやら本当の事であった。

「確か…頭が五つある竜だとか」

「5つも!?贅沢な奴じゃなぁ…」

シズカの話では、その竜はどこからともなくこの森へやってきたそうだ。
そして、金山の奥深くに住み着き始めた。
山崩れや洪水を起こし、田畑を荒らし村を破壊する。
火の雨を降らせ、近くの村の子供を喰らうなど、その悪行は数え切れない。
その竜の怒りを静める為に、村人は毎年子供を生贄に差し出したと言う。
そうすれば、静かな1年を送る事が出来るのだとか。
だが、そうやって生贄を差し出すのにも限界がある。
とうとう、十五人目の生贄を差し出した後、村人は村を捨ててしまった。
以来、金山で栄えていたこの森も人が消え魔物達が住まう場所へと変貌してしまったのだとか。
それが、今から数十年前の話。

「…マズイのう」

もし生徒達の誰かが遭遇してしまったら、文字通り生贄にされてしまう。
失敗だった。事前に情報を収集する事を怠ったツケがまわってきたのだ。

「まさか、そんな昔話のようなものが実在するとは…」

「その竜は昔、天女に恋をし、叶わなかったのをいたく悲しんだらしいです」

「天女とな、またロマンチックな話じゃ」

天女、ジパング風エンジェルのようなものだろう。
こういう話は、世界各地に存在するものだ。
神も手広く商売を行っているようだ。

「元々あの竜は、別の場所で悪さをして天女に窘められて、ここに来たんだとか」

「その天女に求愛して振られた腹いせがコレか?」

天女よ、求愛くらい受けてやればいいじゃろうに…
後々面倒な事になると思わなかったのだろうか。
だがそれも無理な話だ、向こうの連中は決してこちら側と交わろうとはしない。

「普通は改心してその土地を守る神になるとか、そんな展開じゃろ?」

「ですよねぇ、普通はそういう展開じゃないのかと私も話を聞いてて思いましたけど…」

思いのほか、竜が捻くれ者だったのか。
それとも、その天女に原因があったのか定かではない。
そして魔王の代替わりで、女体化した後も、同じような事を繰り返して現在に至る。

「人の事は言えんがなぁ…他に迷惑掛けたらいかんわ…」

「あの…バフォメットさん」

「バフォちゃんって呼んでええよ」

「イヤです」

「いやん…この子厳しい」

「もし…その竜が襲ってきたら…勝てますかね?」

「うん?」

竜が相手、若い頃はドラゴンと戦りあった事も確かにあった。
だが、一般的なドラゴンと、今問題になっている竜とでは、全く違うものだ。
話を聞くだけでも、その異質さがよくわかる。

「キッツイのう」

しばし考えを巡らせて出た答えがこれである。
恐らく、ここに居る魔物全員…アカオニやシズカの加勢があったとしても無理だ。
出来る事と言えば、この身を犠牲に相打ちへと持ち込む事くらいだ。
それさえも、可能性としてはとてつもなく小さい。
仮に、その竜が今話した通りの戦闘力を持っていたらの話だが。
大体狐を退治するのに八万の軍勢が必要になったのだ。
時代が進んだとは言え、竜を倒すにはそれ以上の備えが必要なのは目に見えている。
襲って来れば、最悪この授業を中止して即座に帰還しなければならない。

「無理ですか…」

「触らん方がいいものは、あるんじゃよ…世の中にはな」

「御指南、感謝します」

「いや、老婆心じゃと思ってくれればいい」

とにかく、遭遇しない事が一番だ。
仮に遭遇した所で、竜を打ち負かせばいいだけだが…

「そんな奴おらんなぁ…」

あの面子は、勇者や戦士と言う言葉とは程遠い一般人ばかりの集団である。
無事に、全員帰ってくる事を祈るばかりだ。

「と言うか、連れて来られても困るんじゃがな…」

人数が減る危険は勿論あるが、増える可能性もまた十分ある。
来た時の倍ぐらいに増えたらどうしよう。























「ハァ…ハァ…ッ!」

また、彼女の爪が襲ってくる。
今度は背中を切り裂かれた。
熱さと痛みが同時に襲ってくる。

「貴様の汚い血で汚れてしまったではないか」

「じゃあ止めろよッ!この…蜥蜴女!」

「口を動かすな、体を動かせ」

彼女に急かされるように、再び足を動かす。
最早身体中切り傷だらけだ、血で身体中が真っ赤になっている。
ドラゴンは火を吐く、だが彼女は微妙に違う。
全身から真っ赤なオーラのようなものを纏っているので、視界は良好だ。
だが、良好故に見たくない物を見てしまった。まず、唯一の出口を潰された。
逃げ回っている途中、ふと後ろを振り返ると、彼女が出口の前に居た。
そして、軽く右手で近くの壁を叩くと、轟音を立てて岩が崩れ落ちてきた。
そのせいで、道が完全に塞がれた。
この空間は、広くドーム状のような作りになっている。
その壁伝いを、俺は必死になって走り回っていた。
俺の走る後を、彼女…ドラゴンがゆっくると追いかけてくる。
追いつかれたりすると、容赦なく彼女の爪が体を切り裂く。
それでも、手加減している事くらいは俺にでもわかる。
本気を出せば、一瞬で細切れにされる。
今は遊んでいるのだ…こうやって俺を弱らせて嬲っている。
いつ気が変わるとも知れない、そんな恐怖の中、俺は必死で走り続けていた。

「ムカツクなぁ…せめて、せめて一度くらい…ッアイツに一発お見舞いしてやりたいよ」

そんな事を思いはすれども、実行には移せないでいる。
試しに一度振り返って、思い切りブン殴ってみようか。
しかし、そんな事をすればどうなるか、馬鹿な俺にでもわかる。
彼女の気が変わって、頭から丸齧りにされるかもしれない。

「いやだッ…そんな死に方いや過ぎる…」

欲を出さずに、小さい金塊を1つだけ鞄に詰めて、さっさと引き返せばよかった。
今更悔やんでも後の祭りだけど…そうだ鞄!
金を詰める為に外に出した鞄の中身。
それが地面に散乱していたのに今気付いた。

「使えそうなものは…ッハァッハァッ…あれか…」

まずここに来るまでに拾ったハンマーやノミ。
非常に心許ないが、無いよりマシ、と言った具合だ。
後は、やはりさっき拾った発破用と思しき火薬の詰まった陶器。
あれぐらいしか対抗する手段が無い。

「火薬ってッ効くのかなぁッ…!」

やると決めたら即実行。
相手に妨害されないように、隙を見て全力疾走する。
必死で鞄の位置まで駆け、何とかハンマーとノミ、そして陶器を一個ゲットした。

「ッしゃあ!こいやァ!」

まるで聖剣エクスカリバーを得たアーサー王の気分だ。
右手にハンマー、左手にミノを構えて彼女と対峙する。

「ほう?立ち向かうか」

「その鎧みたいな鱗を全部削ぎ落としてやろうか?オラッ!」

我ながらよくわからん脅し文句だが、この際なんでもいい。
ちょっとでも相手を威嚇しないと。

「ふふん、面白い事を言う奴だ」

「脅しじゃないぞ!?」

「よし、来るが良い…鱗では無く、ここにな」

そう言って、自分の胸元をトントンと爪で叩く。
鱗で覆われていない、肌が露になった部分を突いて来い、と言うジェスチャーだ。
随分余裕かましてくれるじゃないか。

「私とて生き物だ、急所を突かれれば簡単に死んでしまう…」

「まさか…」

「一撃だけ、受けてやろう。無論、私は何もしない…ただ貴様の攻撃を受ける」

「どうせ嘘だろ…近づいた所で丸齧りされるのがオチだ」

「貴様らとは違う、私は決して嘘はつかない…さあ、一撃だけだ。来い」

腕を広げ、目を瞑る。
攻撃する意思は無いというアピールのつもりだろうか、妙に可愛らしくも見える。
こんな攻撃的な彼女はお断りだけど。

「私の気が変わらんうちに早く来い、人間よ」

「こっちの意思は関係なしかよ…!」

言われるままに、彼女に近づき、胸元にノミを押し当てる。
その体勢のまま、固まる。

「……」

打っていいのか、いや駄目だ。
彼女がここまで無防備なのも、自身に大した影響が無い事を見越しての事だろう。
ならやっても無駄なだけだ、この隙に逃げるか?
逃げ道が無事だったのなら、それも考えられた。
今更だなぁ、本当に…考えが甘すぎる。
目の前の彼女…このドラゴンを倒すって選択肢は無いのか?


無理か…普通に考えたら無理だよな。
確かにドラゴンを嫁にしてる人は居る、居るけどな…
そんな連中が普通の人間だと思わない方がいい。
化け物みたいな連中ばっかりだ。
俺一般人だし…

「まだか?それとも、諦めて今すぐ死ぬか」

ゆっくり考える暇は無い。
こうなったら、もうヤケクソだ。

「なるようになれ!」

ハンマーを持った右手を思い切り振り被り…ノミを…

「くらえッ!!」



















「…やっぱりか!」

懇親の力でハンマーを振り抜いた。
まるで硬い鉱脈を打ち抜いたような痺れが、両手に走る。
勢い余って、右手に握り締めていたハンマーが何処かに飛んで行った。
ノミを打つと同時に、後ろへ後退する。
しかし、勢い余ってまた後ろ向きに転んでしまった。全く、何やっても格好がつかないな。

「何だ今のは、これでは傷1つ付ける事は…」

「だよなぁ、こんなんじゃ傷1つ付けられないよな」

「これは…何だ?」

彼女が始めて困惑した表情を浮かべた。
それを見ただけでも、一矢報いたような気になる。
彼女の胸元には、俺が打ち込んだノミが、ズレて右胸を覆う鱗の部分に引っ掛かっている。
だが、彼女が困惑する理由はそれではない、問題は、その打ち込まれたノミに結びつけている…

「…」

「確かになぁ…人間ってやつは…」

導火線がチリチリと短く燃えて行く。
その物体は、陶器の、丸い形をした…

「嘘つきだからな」

目を閉じ、耳を塞ぐ。

「…この匂い!?」

彼女も気付いたようだが、もう遅い。
景気良く行こうじゃないか。
硬い鉱脈を砕くには、人力が無理なら。

「吹っ飛べ馬鹿野郎!」

ボンッ!と轟音が響くのがわかった。
耳を塞いでもその上から、容赦なく襲ってくる。
爆風で辺りに煙が舞い上がり、視界が奪われる。
一応安全だとおもう距離まで離れたが、近すぎたかもしれない。
吹っ飛んだ陶器の細かい破片が、何個か寝ている体を直撃する。
その痛みに耐え、爆風が収まるのを待って立ち上がる。

「いってぇッ…くそッ!ちょっと近すぎたか…」

威力が高すぎる、手のひらサイズの陶器なのに…この威力だ。
こりゃあ、あんにゃろうも無事では済まないだろ。

「明かりがねぇな…」

当面の危機は去ったのは良いが、煙のせいで、天井の明かりすら遮られてしまっている。
この威力は本当に発破用だったんだろうか…まさか普通に爆弾じゃあ無いよな?
いや、普通に爆弾だろこれ。
誰だよ、こんなもん配置したのは!
ダンジョンの松明の火は誰がつけてるのー?って疑問を昔持った事があるけど。
まさに今その気分だ。

「出口も塞がれてるしー…ああもう!どうすりゃいいんだ!」

考えろ、考えて動け。
直感だけで動いちゃ駄目だ、ちゃんと今までやってきた事を思い出せ。

「この威力なら、もしかして…」

拾った丸い陶器は2つあった。
1つは、今使用した分。
後1つ、拾い損ねた分を思い出す、希望はこれだ。

「やっぱりちゃんと頭使わねえと駄目だな」

何か人間的に成長してる気がする。
帰ったらドラゴン倒したって地元で自慢出来るよな、金も持ち帰れるし。
最高の気分だわ、ほんと…


「なるほど、面白いな…」

「……」

あ、駄目だった。
チクショウ、短い夢だったなぁ…

「しかし火薬とは、少々やっかいなものだな…」

煙の中から、うっすらとだが、見える。
赤いオーラを身に纏う、緑の体に金の髪の、その姿。

「何せ、どんな名刀の類でも傷が付かなかった私の体に…」

東洋におけるドラゴンは、邪悪なものとして書かれる事が多い。
しかし、同時に神として、人々の信仰の対象となる事例も数多く存在する。
竜神は、自然の恵みを人に与えると言う。
もしかしたら彼女も、そのような存在であったのかもしれない。
神に抗う、自分が行っている行為が、とてつもなく愚かしい気がしてきた。

「私の体に初めて傷を付けたのだからな」

現れた彼女の身体には、確かに今までとは違う所がある。
彼女のその大きな鱗に覆われた手から、真っ赤な血が流れ出ていた。

「人と同じだな…血なんてものは」

「…嘘だろ!?あの爆発で…」

パっと見た感じでは、彼女に与えられた手傷はそれくらいだった。
もう1個、使うか…?いや、この程度の傷をもう1つくらい与えた所で、大して影響は無いだろう。
それに、使えば脱出手段が無くなってしまう。

「礼を言った方がいいか…人間よ」

「じゃあここから出してくれよぉ…」

「それもいいがな、まあ見て行け…私の本当の姿を」

「…結構です」

「これでも、昔は私の姿を見た者は、恐れ戦いたものだ」

「…そういや…五頭の竜って…」

「五つの首を持つ竜とは…私の事だ!」

彼女の身体が、見る見るうちに大きくなっていく。
全身が鱗に覆われ、羽や手足も巨大なものになる。

「地鳴り!?」

気のせいでは無かった、腹の底に響く地面の揺れ。
大地が震え、この森全体が怒っている、そんな気さえしてきた。
これが、最高位の魔物…ドラゴンの姿なのか…

「この姿を晒すのは久方ぶりだな…」

成る程、確かに五頭の竜だ…
その堂々たる姿は神々しくさえある。

見た目は、図鑑などで見るドラゴンの姿と大差は無い。
あえて違いを探すとすれば、図鑑の絵よりも細身なように見える。
しかし、特筆すべき点はそこではない。
彼女の背後から伸びる、ドラゴンの首の形を模した赤く揺らめく4つの首。
これが、五頭と呼ばれる所以か。
オーラを身に纏う、とかそんな生易しいものじゃない。

「この姿になると思い出す…あの憎き女の顔をな…」

「勝手に怒らんで欲しいんだがな…」

「怒ってはいないさ…今でも愛しく思っているとも、喰い殺したいくらい愛しい女だ」

「面倒な愛情だなぁ…しかも同性愛とか」

「馬鹿を言うな、私は元々雄だ」

「…あんた、相当古い種か?」

「あのような姿に落ちぶれた私を哂うか、人間よ」

「いや、むしろあの姿のままの方が個人的には好みなんですけどね」

メイド服とか着せて赤面させてみたい。勿論、丈の短いフレンチものじゃなく。
ちゃんとしたエプロンドレスの…
眼鏡とか似合いそう。うふふ…駄目だ俺マジ気持ち悪い…

「……私も、どうかしてしまったのかな…こんな人間風情とここまで言葉を交わすとは」

「喋らないと表情固まるぞ、見た目はいいんだから勿体無い…」

「ふっ…そんな事を言う奴に出会ったのは初めてだ…」

ドラゴンの顔が、一瞬だけ微笑んだように見えた。
笑うドラゴンと言うのも、悪くない、そんな気がする。

「お前を、喰らいたい」

「お断りだ、俺は…帰る所があるんでね」

「いや、必ず喰らう。そう決めたんだ」

「勝手な奴…」

身体の震えは、もう止まっていた。
受けた傷も、見た目ほど酷くは無かった。
何としてもこのドラゴンを止めないと…ここから出すわけにはいかない。
手には、さっきのどさくさに紛れて拾った、もう1つの陶器があった。
武器はこれしかない。

「お前と心中は…嫌だけど」

上を見る。
予想通り、今までの騒ぎでかなり形が変わった。
パラパラと、崩れた岩などが落ちてきている。
地盤が脆くなってるんだろうなぁ…何となくわかる。

「図体デカイもんなぁ…お前」

「何を言っている…さっきみたいに必死で逃げ回らなくて良いのか?」

「ん〜…もういいや、わかったよ…」

「…?」

「俺も付き合ってやるよ…アンタの大好きな美女じゃなくて悪かったけどよ」

「貴様、狂ったか」

「金の山の棺ってのも悪くねえ」

幸い、火元は沢山ある。
手にした陶器を彼女に向けて近づけるだけで、自然と火がついた。
さすが、火を吐くドラゴン、このくらい黙っていても出来るか。

「全部綺麗に、埋めちまおうぜ…そう思わねえか!?」

右手に持った陶器を振りかぶり、天井に向かって投げる。
と同時に、彼女が動いた。
何故かこっちに突っ込んでくる。
俺の意図を察したのか、でももう遅い。
食われるのが先か、潰れるのが先かの違いだ。
目を閉じる。自分が食われる瞬間を見るのは、流石に怖い。
何かが俺に抱きつくようにぶつかって来た。
少し遅れて爆発音、やった…これは勝ちかな?
岩盤が崩れて来る。
もう真っ暗だが、音でわかる。
それにしても…この抱きついてるのは一体何だ…?ドラゴンにしては小さいな。
ああ、押し倒された…これが女だったら大歓迎なんだけどな…本当に。






















「…まったく、無茶な事をする奴だ…」

私が身を挺して人間を助けるとは、思いもしなかった。
周りは完全に岩で埋まっている。
丁度私が、この人間を抱きかかるようにして、岩から守っている。
この人間を守るために、私が盾になったのだ。
お陰で、背中に落ちてくる岩を受け続けるはめになったわけだが…

「しばらくは飛べんか…」

身体は無事だったが、羽がズタズタに破り裂けていた。
昔はこれを羽ばたかせ、空を飛び回り、人間を脅かせたものだが。
全く、こんな人間一匹助ける為の代償がこれか。

「とりあえず、この人間を外に出さないと…」

片手で、しっかりと人間を抱きかかえ、もう片方の手で降り積もった岩盤を慎重に取り除く。
自分1人ならすぐに終わる作業だが、今は駄目だ。
勢いに任せて岩を吹き飛ばしても、抱きかかえている人間がどうなるかわからない。
人間は脆い生き物だ。頭を齧ればすぐに死ぬ。
火を吹きかければ一瞬で消し炭になる。
川を荒れさせれば簡単に飲み込まれてしまう。

「なんで…こんな生き物を…大事にしなければいかんのだッ…」

答えなどしらない、いや…知っているとしてもだ、それを律儀に守る義理など無い。
無いハズだが、妙にこの人間の事が気になってしまう。
思えば、人間がここまで私に興味を抱く事自体初めてだ。

「面倒だな…」

何とか外に出て、安全な場所まで人間を運び、その場に優しく横たえる。
力加減がよくわからないが、なるべく優しく身体を扱う。
それでも、気を抜くと己の爪が人間の柔肌を傷つけてしまう。
これだから嫌だ、人間は脆い、脆すぎる。
私も人間の傍らに腰を降ろし、一息入れる事にする。
振り返れば、今まで暮らしてきた住処が、無残にも無数の岩盤に押し潰されている。

「私の黄金が…」

失って初めてその大事さに気付く。
いつもなら気にも留めなかったその黄金の山を、総て失ってしまった。
勿体無い事をしたな…まぁ、元凶はこの人間なのだが…
居心地は悪く無かっただけに、余計そう思う。

「さて、これからどうするか…」

もうこの人間を喰う気は失せた。
別の意味で食べたいとは思うが…今何を考えた、私は。
それよりだ、これからどうるかを考えなくては。
今から新しい住処でも探すか?それもいいが…

「…」

気が付くと人間の顔を凝視していた。
最初に見たときは取り立てて特徴のない平凡な顔だと思っていたのに。
今見ると妙に…なんと言うか…非常に好ましい。
まさか、こんな男に。

「そう言えば、何かを大事そうに抱えてたな、貴様…」

黙っていると妙な事を考えてしまう。
そこで思い出したのが、出会った時にこの人間が肩から下げていた袋のようなものだ。
中に私から盗んだ金塊を詰めていたが、それは今何処にあるのだろう。

「…やはりあそこか」

場所は1つしかない、さっきまで私達が居た…あの岩盤の下だ。

「取ってきてやろう、全く…」

溜息を吐きながら立ち上がり、再び這い出た穴に首を突っ込む。
全部吹き飛ばしてもいいのだが、目当てのものまで吹き飛ばしてしまっては元も子もない。

「本格的に頭がおかしくなったのか…私は」

今の姿を、あの女が見たら何と言うだろう。
嘲弄するか、それとも怒り狂って私を殺しにでも来るだろうか。
むしろそちらの方が、有難いかもしれないな…
そう思うと、自然と口元が緩む。
自嘲的な笑みを浮かべながら私は再び元来た道を引き帰して行った。















「…おぉう」

眩しい、そう感じる。
うっすら開いた目の隙間から覗くのは、雲ひとつ無い青い空。

「あれ…?生きてるのか、俺…」

どうやら助かったようだ。
あの爆発で、一体どうやって助かったんだ?
まさかあのドラゴンが助けてくれたのか…

「いや、無いか…」

どんな奇跡が起きればそんな展開になるんだよ。
きっと運良く外に放り出されたとかそんなんだろう。

「…ッ!いってぇ〜…あぁ…」

上体を起こすと、身体中から痛みが襲ってきた。
全身が擦り傷切り傷のオンパレードだ。
これはしばらく風呂に入れないな…
手足に異常は見られない、ちゃんと動く。
頭は打ってないか…外傷が無いだけでは安心出来ない。

「それにしてもあのドラゴン…どこ行ったんだ?」

岩盤の山に押し潰されたのか…?それなら一安心なんだがな。

「あれで死ぬとも思えないしな…」

確認のしようが無い。とはいえ、これで助かった。
みなさん、ドラゴンをやっつけた男がここに居ますよ。
帰ったら皆に自慢してやろう。
証拠も無いけどな。

「…あいつ等、大丈夫かなぁ」

連れの2人は上手く逃げ切れただろうか、まさか一緒に岩の下敷きになってないよな?
あいつ等に何かあったら、今度は先生に殺される…
それより、一番の問題は今自分が居る場所がどこなのかサッパリわからない。

「これも全部あの極悪ドラゴンのせいだ!」

「…極悪か、確かにそうかもしれんな」

「…またかよ」

背後から声をかけられた。
もう聞きなれた、あの声だ。

「ほれ、貴様の物だろう?」

そう言って、乱暴に投げて寄越して来た物。
とっさに身を捩ってそれを避けると、砂埃を立てて地面に減り込んだ。

「あっぶねぇ…!」

「それくらい受けろ、人間」

「いや無理だろ…お前ッ…あ、俺の鞄だ」

下手をするとこれで死んでたかもしれない。
その凶器の正体は、自分の鞄だった。

「…随分形がお変わりになりましたね?」

「掻き集めて詰め込めるだけ詰め込んできた…持って帰れ」

俺の隣に腰をおろした彼女が面倒臭そうにそう言い放った。
いつの間にか、人間の姿に戻っている。
胡坐をかいて、その上に頬杖をついて大きく溜息を吐いた。
見た目は良いのに…動作が完全に中年親父だ。

「で、俺は食べないの?」

彼女が放り投げて来た鞄の中身を確認する。
確かに、中には大小様々な金塊が無造作に詰め込まれていた。
膨れ上がったその鞄をこっちに引き寄せようとしても、まったく動かない。

「喰う気も失せるわ…本当に滅茶苦茶だな…貴様は」

「褒めてんの?それ」

「褒め言葉と思っていいさ…」

ほんの一瞬、彼女が微笑んだように見えた。

「…」

「ん…何だ?」

「いや、自然に笑えるんだな、お前」

「うん?今笑ったか…?」

「可愛い顔しやがって…何かむかつくなぁ」

「ふふふッ…そうか、可愛いか、この私が」

自然と、笑い声が出てくる。
何か知らんが、打ち解けたようだ。
ほんと、わけが判らないよな…この展開。
お互い傷だらけだ、でも、妙に清々しい気分だ。










「さて…」

彼女が急に立ち上がった。
良く見ると、彼女の身体にも無数の傷があった。
特に酷いのは、その大きな翼が、無残にも穴だらけになっている。
これじゃあもう空を飛ぶ事が出来ないかもしれない。

「どっか行くのか?」

「私は厄介者だからな…またどこか遠くへ行こうと思う」

「行く宛無いのかよ…」

そりゃあ、生贄喰ってた奴を受け入れる場所なんてこの世にあるとも思えない。
また何処かに住み着いて、人を襲って暮らすのか。

「…行く宛無いならさ、ちょっと手伝ってくれねぇかな?」

「手伝うだと?」

「重くて運べねぇんだよ、この鞄」

彼女が目一杯金塊を詰め込んだ鞄を指差す。
はっきり言ってこれは人の手では引き摺る事すら出来ない。

「…この私に、荷物持ちをしろと言うか?」

「だってお前…俺に負けたんだろ?」

「いつ、私が負けた?」

「あれ…だって、もう俺食うの諦めたんだろ?」

「それが何故、私が負けたと言う事になるんだ」

「う〜ん……」

言われてみれば、彼女の口から負けただの参っただのの言葉を聞いた事は無かった。
あらぁ…しまった。
何かすっごいフレンドリーに接してたけど、良く考えると…

「…あ、あはっはははははは…はは…」

冷たい汗が体中から噴出す。
もし、今ので相手の機嫌を損ねたとしたらどうしよう…
今度こそヤバイ、喰われる。

「こんなものも持てないのか、人間は…」

「はぇ?」

「これは…どうやって使うんだ」

呆然とするこっちを尻目に、彼女が踵を返した。
そして、鞄の置いてある位置まで行くと、片手で鞄を軽々と持ち上げて見せた。
やっぱり魔物は凄いなぁ。
だってお前、俺の体重より重いよコレ。
よく耐えてるなマイ鞄。

「あ、これはこうやって肩に紐を掛けて…」

「ふむ、こうか?」

器用に紐を左の肩に掛ける。
うん、完璧だ。

「運んでくれるんですか…!?」

「言葉遣いが安定せんな貴様は」

「…いいのかよ、運んでくれるのか?」

「うん、そのつもりだが?」

「家、すっげぇ遠いぞ…」

「行く宛など無いとさっき行っただろう。何なら、貴様の家を住処にしてもいいな…」

「え、それはやめて」

「そう言うな、御利益もあるぞ?」

「…例えば?」

「日照りが続けば雨を降らせよう」

「マジで?」

それは割と本気で有難い。

「実りの秋になれば、天気を安定させる事も出来る」

「ほほう」

農民大歓喜だな。

「津波が来ればこの身で押し返す」

「お前…凄いなぁ」

本当に、何でも出来るんだな。
これじゃあ魔物と言うよりは、神様の類だ。

「そして最後に…」

「まだあるのか」

「貴様に…いや、貴方に幸福を、約束しよう」

「貴方ってお前…ええ?」

急にどうした。
俺に幸福だって?今現在すっごい不幸なんだがその辺はどう思ってるんだろうこのドラゴンさん。

「だから…だから見返りとして貴方は、私を…私を愛して欲しい」

「…」

「誰かの笑顔を見たいと思った事など…もう無いと思っていたのだが…」

1度目は、さっき言ってた女の事か。
やっぱり、彼女は寂しかったのか。
1人で、あの薄暗い洞窟の中で、長い間暮らしてきた。

「今までの事は悔い改めよう…私の負けでいい…私と…夫婦になってくれないだろうか?」

プロポーズまでされてしまった。
誰がこんな展開を予想してたと思う?
俺自身、こんな事になるなんて全く思って無かったよ。



















今まで言えずにいた事を、全部打ち明けた。
どういう反応が返ってくるかは判らないが、覚悟の上だ。

「ハハッ…ハハハハハハ」

笑われた。
これでわかった、答えは拒絶だ。
やはり、都合が良過ぎるか。
今まで散々悪行を重ねてきた自分が、幸せになれるハズなどない。
あの女が、こちらを嘲笑う姿が目に浮かぶようだ。

「…やはり、駄目か…」

それでも、自分の気持ちを伝えられただけまだ良かった。
前のように何もせぬまま彼の元を去れば、また同じ事を繰り返してしまう。
そんな不安が、心の中にあった。
だから良かったのだ、これで…

「そんな堅苦しくなるなって」

「えっ…?」

「まぁ、これだけ金があれば、山分けしても結構な量になるだろうし」

「金…」

やはり彼の目当てはこれだ。
それ以外は…私は必要無いのか。

「1人ぐらい家族が増えても、十分暮らしていける」

そうか、家族が増えるのか…家族が…

「…増える?」

「幸福だとか、御利益だとか…そういうのはもういいよ」

「では、貴方は何を望む?」

「言ったろ?この金と…」

彼の手が、こちらに伸びる。
そして、そっと優しく、私の頭を撫で上げる。

「…?」

「お前が居れば良いさ」















かつて私は、天女に一目惚れをし、妻に迎えようとした。
しかし、その天女は、私にこう言って、姿を消したのだ。

わが身を振り返り、その行いを恥じ、心を改め償いをしろ。
そうしなければ、お前の妻などにはならない…と。

今までは、私を辱めた天女を恨み、憎み、殺したいとまで思っていた。
しかし、今ならわかる、私は、今までなんと惨い事をして来たのか…
そして、そんな私を受け入れてくれた彼は、何と優しい人間だろう。
そう、まるで…あの女のような男だ。

「……」

「泣いてんのか、お前」

ボロボロと、大粒の涙が両の目から溢れ出てきた。

「いや…違う、これは涙じゃない」

「おいおい、別にいいじゃないか」

「これは…その…心の汗だ!」

照れ隠しによくわからない言葉を口走ってしまった。

「…じゃあもうそれで良いから、早く行こう」

あえて彼はそこに触れなかった。
何て良い人間だ…きっと将来大物になるに違いない。

「グスッ…行くってどこへ?」

「進みながら説明するから、とりあえず行くぞ」

「…はいっ」

歩き出した彼の後を追い、私も歩みを進める。
生まれ変わった私の、新しい人生のこれが始まりだ。
どうだ天女よ、見ているか?
きっと改心して、お前を見返してやる。
気が変わって私を迎えに来ても、もう遅い。
私には彼が居るから。
羨ましいだろう、だが絶対お前には譲ってやらないぞ。
これは私の、大事な大事な宝物なのだからな。























「よお」

「うわッ化けて出た!?」

「悪霊退散!悪霊退散!死ね!」

「今死ねっつったろお前!?」

意外と簡単に、あの金山の入り口まで辿り着いた。
入り口の前には、さっき別れた2人が、既に居た。
あの爆発から何とか逃げ切れたようだ、まずは一安心。
は、いいのだが…何か人数多くないか?

「お前…それ誰?」

左の道を進んだ奴の傍には、何故か妙齢の女性と小さい女の子が居た。
その姿からして、どうやら彼女達は雪女のようだ。

「よ、…嫁と娘です…」

「むっ…娘!?」

百歩譲って嫁はわかる、それはわかる。
でも何だって?娘!?

「作るの早すぎるだろ」

「どうせ娘にも手出す気なんだろ?この犯罪者!」

「やめて!そういう責め方だけはやめて!」

本気で嫌がっている風なのでこの辺で止めておく。

「で、お前は何だよ?」

今度は右の道を進んだ奴に矛先を向ける。
こいつの両隣にも、女性が2人、ピッタリと寄り添っていた。
片方の女性は…これはアヌビスか!?
そしてもう片方は、ワーウルフのようだ。
それにしても、2人とも妙な衣装を身に纏っている。

「よ、嫁と…妻です…」

「…一緒やん」

「文字違うだけやん…」

「だって本人達がそう言うんだもん…」

重婚出来たっけ…?まぁ、どうでもいいか。
本人が幸せそうなら。

「違うよ!?そんな纏め方止めてよ、俺が喜んでるみたいに…」

「で、お前は何見つけたんだ?」

「最後まで聞けや!」

最後は俺だ。
俺はこいつ等とは違う。
ちゃんと目的の物をゲット出来た。

「ふふん、俺はな…」

「ドラゴンだ…」

「マジかよ、ドラゴンじゃん」

「あれ、俺無視?」

2人とも彼女に夢中になっている。
いや、こいつ等の連れの人たちも、彼女の方をじっと見つめている。

「……つ、妻…です…」

「ああ、そうなんだ…」

「へ、へぇ…そう…」

反応がさっきと違う。
何だ、どうしたってんだ。

「お、お前…大丈夫だったんか?」

「お前実は勇者の末裔とかそんな設定持ちだったの?」

「…ハァ?何言ってんだおまえ等」

「いやだってさ」

「話聞いたか?」

「話…?なんの?」

彼女に聞こえないように、2人が説明してくれた。
要するに、彼女が総ての元凶だと言う事を訴えたいようだ。

「いいじゃねえか別に」

「お前…いいのかよ」

「また暴れたりしたらさ…」

何だ、そんな事を心配してたのか。

「大丈夫だろ、別に…俺が居るし」

「言うねぇ〜…」

「まぁ、危害が無いんならいいか」

「それより、おまえ等にお土産があるんだよ…」

「お土産?」

彼女が肩に掛けている鞄を地面に下ろしてもらい、中身を取り出す。
ここへ来た真の目的は、これなのだ。

「ホレ、金塊だぜ!」

「…マジで!?」

「…ウッソ…ホントかよ…」

鞄の中から、そこそこ大きい塊を2つ、それぞれに手渡す。
重い、手がプルプルする。
山分けの約束だったから仕方ない。
それでも、鞄の中にはまだ十分な量がある。

「それが分け前分だ、やるよ」

「……」

「……」

2人が固まってしまった。
どうしたんだ、まさか疑ってんのかこいつ等。

「おい、どうした…?」

「…」

「…」

「こ、こいつ等…!?」

2人は金塊を受け取った体勢のまま、既に事切れていた。
刺激が強すぎたのか、よっしゃ!いや、惜しいやつ等を亡くした…

「…!!いやいや、死んでない死んでない!」

「ちょっと気絶してただけだよ!」

「…クソッ」

2人が死ねば金塊を独り占め出来ると思ったのに。
しぶといやつ等だ。





友人達と仲良く戯れている彼を横目に、私も彼女達の前にまで歩み寄る。
どうしてもやらなければならない事があった。

「あ、あの…そのっ…」

やはり私を見る彼女達の表情は、一様に険しいものだった。
アヌビスなどは、露骨に嫌な顔をしている。

「そ、その…あのっ…」

上手く喋れない。
こういう事をするのは初めてだ。
雪女の子供が、母親の後ろに隠れてしまった。
ちらちらと顔を覗かせているが、私と目が合うと、驚いた表情で顔を引っ込める。

「うう…あの…ほ、ほんとうに…」

ちゃんとするんだ、言わずに恨まれるよりは、言って恨まれた方が良い。

「本当に、悪さばかりしてすみませんでした!」

意を決して、謝罪の言葉を口にして頭を下げる。
ここに居る総ての魔物達に謝ることは出来ないが、せめて近くに住んでいた人たちにくらい、謝りたい。

「…」

反応が無い、頭を深く下げ続けているので、彼女達の表情を窺い知る事は出来ない。
こんな事で許されるとは思っていない、しかし…しかし…

「顔を上げて下さいな」

「…っ!」

この声は、雪女の声か。
恐る恐る顔を上げると、予想外の反応が返ってきた。

「もういいよ、こっちも事情を知らない訳じゃないし…」

そう言ったのはワーウルフだった。

「全く…今更怒れないじゃないか」

呆れた表情を見せるのはアヌビスである。
この2人は、確か神社の方に住み着いていたはずだ。

「こちらとしましては…迷惑を掛けられたどころか、良い人に巡り会えましたし…」

こっちは、旅籠に住み着いていた雪女だ。
意外だったのは、皆そんなに怒った様子ではなかった。

「…!!」

相変わらず、子供には嫌われているみたいだ。
しかし、ちゃんと謝ると気分が良いな…




「おーい、そろそろ行くぞー!」

彼の声がする。
向こうは向こうで話が済んだようだ。
彼の元へ駆け寄ると、鞄を彼から譲り受ける。
鞄を持つのは私の仕事だ。



「そう言えば…」

「うん?」

「どうした」

「いや、そう言えばさ…俺達何でこんなとこまで来たんだっけ?」

「ハハハ、こやつめ」

「金だろ?」

確かに、そうだ。
しかしそれは、ここに来てからの目標なのだが…
ここに来るまでの目的が何だったのか…思い出せない。

「…ああ!!」

「そうだ!」

「…食い物だ!」

金に目が眩みすっかり忘れていた。
今から探すか…いや、流石にもう無理だ。

「…他のやつ等が探してくれるだろ」

「だよなぁ、別にいいか…」

「先生怒るぞ…絶対」

「そん時はだ、山吹色のお菓子をこうスーッとさりげなく差し出すんだよ」

時代劇でお馴染みのシーンを思い出す。
世の中金だ金、うん。この魅力には誰も逆らえない。

「あの人、そういうの大嫌いじゃないのか?」

「いや、この前も給与明細眺めながら山吹色のお菓子が食べたーいって叫んでたぞ」

「じゃあ大丈夫だな」

とにかく、さっさと帰って休もう。
理由はそれぞれ違うが、皆疲れきっていた。











11/01/04 00:11更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
ドラゴン、大好き。
辰年っていいですよね。
なんかかっこいい。
星座とかでも思うんですよ。
自分蟹ですからね…かっこいいのに憧れるんです。
蟹て…あれ潰された死体らしいですからね。
死体を星座て…


そんな事よりドラゴン可愛いよドラゴン。

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