連載小説
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衝撃!魔境森林奥地に幻の巨大猪を追え!!
時間的にはまだ夜とは言えないが、すでに太陽は西の空に沈みつつある。
冬の季節は、すぐに辺りが暗くなる。
気を抜くと、帰る場所がわからなくなってしまう。
しかし、幸いにも日が暮れる前には生徒達が全員戻って来た。
誰にも気づかれぬよう、そっと胸を撫で下ろしたバフォメットであったが…
早くも、新しい問題に直面していた。

「……」

割と大問題である。
想定していた中では最も危険な事それは…


人数が増えていた。







「食い物拾って来いとは言うたがな…誰が彼女や嫁まで見つけてこいと言うた」

既にリザードマンを連れてきた生徒と、もう1人を除いた27人が、食料探しに出た。
1人では危険だろうと、ペアやトリオを組ませて行かせたのだが、あまり意味は無かった。

「勝手について来たんですよ」

「俺らの意思じゃありません」

皆口を揃えて自分のせいではないと言う。
確かに、この連中にそんな甲斐性があるとも思えない。
彼女たちに言われるまま流された結果なのはわかる。
しかし、揃いも揃ってこの押しの弱さは何だ。

「先生、俺は違いますよ!」

「ほう、何が違うんじゃ?」

「俺は自分の意志でついて来いって言いました!」

「余計悪いわアホ!」

勢いよく頭の悪い事を言い放ったのは、ドラゴンを連れてきた生徒であった。
よりにもよって、先程話題にのぼった禍そのものを、この場に連れてきてしまった。
戻って来た時には、一瞬身構えたバフォメットであったが、どうやら争う気はないらしい。
それどころか、連れてきた生徒の隣にぴったりと寄り添っていた。
そのしおらしい姿からは、話で聞いたイメージは全く当てはまらない。
…幸せそうな顔が妙に癇に障るのだが、言葉には出すまい。
とりあえず許す。
器量が大きいのも彼女の魅力の一つだ。

「どいつもこいつも…イチャイチャイチャイチャしおって…ッ!」

「言葉に出てんじゃねーか」

己の耐性の無さを指摘されたのは、こいつにだけは言われたくない筆頭のアカオニだった。
その本人はと言えば、1人で食料を探しに行くと言い森の中へと姿を消した。
帰って来た時には、巨大な黒い物体を片手で引き摺りながら帰って来た。
その物体の正体は、猪であった。

「懐に何突っ込んでんだ?」

「え!?な、何の事じゃ!?」

「今ソイツから何か貰っただろ?」

「し、知らんなぁ〜…山吹色のお菓子なんてわしは知らんぞ?」

「買収されてやがる…」

やはり悪魔とて黄金の力には抗えないのだ。
懐からでもはっきりと形がわかる程の金塊を貰っては猶更だ。


「死んどるのか、それ」

話題を変えようと、運んで来た猪の話を切り出した。
やはり大きい。
まさかこのあたりの主ではあるまいか。
それぐらい立派なものだった。

「うんにゃ、気絶してるだけだわ。今からさばく」

自分でさばくと言う。
ここで役立つのが、生徒の一人が連れて来たサイクロプスである。
解体するのに、大きな刃物は必要ない。
精々刃渡り10センチ程度のもので事足りる。
条件に合う刃物をサイクロプスから借りて、さっそく解体に取り掛かる。

「しっかし…増えたなぁ」

「うむ…困った事じゃ」

「随分賑やかになったなぁ…竜まで居るたぁ大したもんだ」

「喜べんわ…こんなもん」

傍らで作業を見守るバフォメットの表情は冴えないままだ。
買収されたクセに。

「よーし、じゃあまず殺すか」

「今からか」

「ほんとは殺して血抜きやって…一日くらい放置しておいた方がいいんだけどな」

時間が無いのでこのまま頂く事にする。
アカオニが、猪の頸にナイフを押し付けると、刃をゆっくりと差し込む。
頸動脈の辺りを切り開くと、血が勢いよく溢れ出て来たが、怖気づいてはいけない。
様子を見守っていた生徒達の何人かも、その様子に眉を顰める。

「雌か?」

「おう、雄はマズイからな…冬は発情期だし」

雌を追い回し、雄同士で争う雄はそれ以前のものに比べて格段に味が落ちる。

「皮勿体ねえけどなぁ、今回はいいか」

「毛皮にしたかったのか?」

「あんまり良いもんでも無いけどよ、どっかの徳の高い坊さんだって使ってるらしいぜ」

「ありゃ熊では無かったか」

「うん、そうだっけ?」

とにかく、首を切って血抜きを行う。
ちゃんと血を抜かなければ、肉が不味くなるのでちゃんと処理をする。
木の枝に逆さに吊るして血を抜く方法もあるが、個体が大きいので難しいか。

「時間かかるなー」

「むう、なら他の食べ物の準備もするかのう」

「他の食物って何があるんだ?」

「ん?色々あるぞ」

生徒たちが各々見つけてきた食料は、やはり山菜やら茸の類が主である。
しかし、そのサイクロプスとドワーフを連れて来た生徒達が大量に食料を持ってきた。
米や干し野菜や少量の干し魚など、色々ある。

「あー…そんなら、アレやるか」

アカオニが何かを思いついたようだ。

「アレって何じゃ?」

「普通に焼いたり煮たりしてもつまんねえだろ?ちょっと変わり種だがいい調理法があんだよ」

「大丈夫かのう…」

「米、洗っといてくれ。後は適当に包む用に葉っぱも要るな」

「何する気じゃお前」

「いいからいいから、出来てからのお楽しみだ」

どうやら一風変わった調理法にチャレンジするようだ。
猪の解体と並行して、更に火元を増やし汁物の製作に掛かる。

「せんせー、米研いで来ました」

「水も汲んできました」

近くに小川があるので、水には事欠かない。
生徒達やほかの魔物達も総出で、夕食の準備に取り掛かる。
まるでキャンプのようだ。

「血抜けたかな?」

「何ならわしが血だけどこぞへ転送してやろうか?」

「マジかお前…便利過ぎるだろ」

「こんな事しか使い道が無いからのう…泣けて来たわ」

バフォメット大先生のお蔭で、一番面倒な作業が瞬時に終わった。
次に、喉から肛門の辺りまでを、縦一文字に切り開く。
性器や肛門の部分は丸く切り残すのを忘れない。
そして足を切り落とし、皮を剥ぎ取る。
本来は木などに結び付けたりする必要があるが。
アカオニが「めんどくさい」と言って1人で皮を剥ぎ取ってしまった。
彼女の豪快さは相変わらずである。

「さっすがサイクロプスの刃物だな、切れ味がすげぇ」

「このトマトはまだ切られた事に気付いていない!とか出来そうじゃな…」

「そのネタわかる俺って一体何なんだろうな…マジで」

力をいれずとも、自分が思う方向に刃が動く。
逸品とはまさにこの事だ。
ゆっくりと切り開いた腹から、内臓を取り出す作業に移る。
内臓は傷をつけると駄目なので、慎重に刃の部分を上向きにして肉を持ち上げるように切り開く。
そして内臓を取っていく。

「内臓はどうするんじゃ」

「捨てる」

「もったいないのう…」

「寄生虫が居るからなぁ…生の心臓とか美味いって言うけどよ」

「確かに、あまり勧められんな」

珍味を食うのも命がけのようだ。
火を通せば内臓も食べられるが、今回は遠慮しておこう。
内臓もバフォメットに頼んでどこぞへ転送して貰う。

「肛門とか性器周りは慎重じゃな」

「ここら辺が破れたら肉食えなくなるからな〜…膀胱とか取る時は注意しねえと」

肛門と腸は繋がったまま抉り取る。
肛門付近はぐにゃぐにゃして切り辛いので、木の枝を差し込んで安定させて抉る。
一連の作業を、アカオニは淡々と行っていく。

「…似合うわ」

「うん、アカオニさんこういうの似合うわー」

「なんだよ、急に」

生徒たちが妙な感嘆の声をあげる。

「やっぱりアッチの時も尻穴狙ったりするんですか?」

「えっ!?棍棒突っ込まれてひぎぃッ!とかされちゃうんですか!?」

「なあ、こいつらも解体していいか?」

「すまん…本当にすまん…」

個人の性的趣向まで管理する事は出来ない。
しかし、この連中はどうも妙な事を考えているものばかりだ。

「こりゃ魔物も寄り付かんわ」

魔物とて選ぶ権利はあるのだ。

内臓を全部取っ払ったら、頭を落として中を綺麗に洗う。
先程米や野菜を洗った小川まで猪を運ぶ。
切り落とした頭部もまた、バフォメットがどこぞへ転送した。
実はこの一連の作業が元で後々厄介な事が起こるのだが、それはまた別のお話。




長かった下処理が終わると、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
さっそく、調理に取り掛かるとしよう。
まずは汁物だが、折角なのでこの猪を使おうという事になった。
肉を少々貰い、薄く切る。
骨で出汁を取りたかったのだが、丸ごと別に使うらしいので断念する。

「テテテテッテテー!かつおダシの素ー!」

妙な効果音と共にバフォメットが取り出したのは、即席のダシの素だった。
粉末タイプである。

「先生が一番世界観壊してるよね」

「うん」

細かい事はこの際いいのだ。

「と言うか、なんでそんなもん持ってるんですか」

「え?だって長期の野営には必需品じゃよ、これは」

調味料、香辛料の類はジャングルを生き抜く為に必要不可欠なのだと言う。
他にも岩塩や胡椒、カレー粉やマヨネーズなども持参したらしい。

「最後の二つは出さないで下さいね」

「やっぱりアカン?」

「駄目」

これ以上世界観を壊されてはたまらない。
生徒たちの抗議を受けて、泣く泣くカレー粉とマヨネーズを仕舞う。
気を取り直して、牡丹鍋を作る。

まず鍋(これもバフォメットが持参した)を火にかけ、水を沸騰させる。
その中にかつおダシの素を入れて、薄く切った猪の肉を入れる。
微調整で酒を入れたりするのもいいが、少量だけにする。
そして、肉が煮えてきた頃に野菜を投入するわけだ。
今回投入するのは、取ってきた茸や山菜たち。
それに加え、イヴァちゃん家から持ってきた野菜だ。

「イヴァちゃん言うなや!」

「誰に怒ってんの?」

大根の短冊切り、ゴボウやニンジンのささがきや葱など、更にラッキーだったのが白菜である。
それらを加え、味噌を溶かして煮詰めたら出来上がりだ。
味噌もイヴァちゃんの家から持参したものを使う。
これで牡丹鍋の完成である。

「ジパング風だなー」

「材料あればノワゼットドゥサングリエシャスールでも作れたのにな」

「うっせえ黙れ西洋かぶれ」

「俺ら西洋人だよ!?」

ちなみに彼が言う料理は、猪肉をステーキサイズに切り野菜と香草と共にワインに漬け込む。
そしてバターで焼き上る。
漬け汁にはデミグラスとマディラ酒を加え、薄切りのマッシュルームと煮てソースにする。
と言った具合の料理だ。
ブルジョアである。

一方アカオニの方はと言えば、こちらも調理に取り掛かっている。
まず、米を草で包み込むように編む。
それらを、猪の腹の中に詰め込むのだ。この時香草などもあれば一緒に詰め込む。
そして腹の口を針金などでしっかりと閉じて、丸ごと火でじっくりと炙る。

「おお、えのころ飯の猪版か?」

「似たようなもんだけどな、色々自己流だわ」

えのころ飯とは、薩摩などで食べられていた料理だ。
猪ではなく、犬を使う点などが異なっている。
元々この系統の料理は世界中に存在するので、食べ方がこれと言う決まりは無い。

「さっさと焼きたいんだけどよー、火力足りねえわ」

問題は大きさだった。
犬サイズであれば、さっさと焼けるのだが、大きな猪とあっては簡単に火が通らない。

「火なら、私が手伝おうか?」

名乗りを上げたのは、あの竜であった。

「…おめえさん、いいのか?」

「私は誰かの役に立とうと決めたのだ、だから任せて欲しい」

本人がやる気なのでやらせてあげてください。
と、連れて帰って来た生徒に言われたので、とりあえず任せてみる。

「火を強くすればいいんだな?」

「あんまり激しくやんなよー」

「よし」

ちゃんと理解したのかどうかわからないが、とにかく竜はやる気である。
猪を焼いている火元まで近づくと、徐に何かを念じ始めた。
すると、火の動きが徐々に激しくなってくる。

「おお、流石森羅万象を司る竜…」

そしてその火が、巨大な火柱へと姿を変えた。

「くぉらこの駄竜!言ってるそばから何て事しやがる!」

「申し訳ない…やり過ぎた」

慌てて火の勢いを弱めたが、巨大な火柱のど真ん中に居た猪はと言えば…
哀れ生前の姿もわからぬよう無残に黒焦げとなってしまった。

「ああ…勿体無い」

誰もが失敗だと思った。
しかし、何故か先程まで怒っていたアカオニの様子がおかしい。
黒焦げとなった猪の元まで近づくと、何やら熱心にその様子を観察していた。

「…出来てんじゃねえか!」

「何じゃと?」

「それで完成!?」

どこからどう見ても真っ黒になった何かであるが、アカオニは完成だと言う。

「ほれ、表面は黒焦げだけどよ、中はちゃんと火が通ってるぞ」

表面にナイフを突き立て、中が見えるように横に広げてみる。
すると、表面は真っ黒だが中は綺麗なピンク色になったいた。
つまりいい塩梅に焼けていると言う事だ。

「元々表面は焦がすつもりだったからいいんだよ、問題は中まで火が通るかってだけで」

「ふふ…すべて計算通りだ」

「絶対嘘だ」

針金を取り、腹の中に詰めたものを取り出す。
いい感じに蒸し焼きになってほのかに赤みがかった米が出て来た。
香草の香りや、猪の風味などが移され食欲をそそる。
更に猪の肉も人数分に切り分ける。

「岩塩とか胡椒とか、自分の好きなように味つけして食えよー」

「いい匂いじゃな」

「カレー粉とマヨネーズは駄目だからな」

「わかっとるわそれくらい!大体これにそんなもんが合うハズ無いじゃろうが!」

牡丹鍋も人数分が行き渡ったようだ。
食器の類もバフォメットが用意したものである。

「では、遅くなったが頂くとしようかの」

ようやく夕餉にありつけた。
全員動き回った事もあり、腹ペコだ。

「うん、いい味じゃ」

まず牡丹鍋。湯気が立ち昇っている。
ほどよい味噌の風味が口の中に広がる。
野菜もよく煮られており、味が染みている。
そして猪の肉だが、これもなかなかいい。
全体的によく纏まった味になっている。
なによりまず温かい。
冬の夜にはこれ以上のものは無いだろう。
慣れない味だろうが、生徒達も皆舌鼓を打っている。

「飯も美味いっすよ」

猪の風味や肉汁を含んだ米も、非常に美味であった。
岩塩を少しちらして頂くと更に良い。
肉もほのかに赤い肉汁が滴り落ちるくらいの焼き加減だ。
とても柔らかく、岩塩や胡椒などを磨り潰しまぶして食べる。

「うめぇ…普段食ってるもんより豪華だし…」

「ああ…幸せだわ」

何より、大勢でワイワイ言いながら食べるのが良い。
普段あまり食事を重要視していないバフォメットでさえ、そう思っていた。

「いっつも1人なのか?」

「ああ、食事は適当に短時間で済ませる事が多い」

「寂しい奴だなお前…さっさと結婚でもしろよ」

「余計なお世話じゃ、全く…」

したくても出来ない人間にそれは禁句である。
最も、本人にする気が無い場合はどうしようも無いのだが。

「とにかく、今は楽しんだ方が良い…」

「ああ、そうだな…」

アカオニがどこから取り出したのか小さな杯を2つ取り出した。
その1つを、バフォメットに差し出す。

「ん」

「飲めと言うのか?」

「付き合えよ、1人酒ってのも寂しいだろ?ガキに晩酌相手させるわけにもいかねえし」

「う〜む…」

今朝の出来事を思い出すと、素直にその申し出を受ける事は躊躇われた。

「…なんだよ。まだ根に持ってんのか?」

「あ〜…もう、わかったわかった」

意を決して杯を受け取る。
あまり引き摺っても良い事は何もない。
透明な液体が、手に持つ杯に注がれる。
アカオニの酒はきついと言うが、どの程度のものか。

「どれどれ」

杯に口を付け、一気にそれを呷る。

「お〜いいねぇ」

「…キツイな」

味などさっぱりわからない。
ただアルコールが強いと言う事だけはわかる。
こんなものを飲み続けたら、中毒で死んでしまいそうだ。

「これは、自前のか?」

「とっておきの酒だぜ、昨日貰った分は全部飲んじまったからよ」

どこからそんなもの持ってきたんだ、とは聞くまい。

「しかし、お前も嫁の貰い手は無さそうじゃなぁ」

「そりゃどう言う意味だ?」

「こんなもん毎日飲まされとったら、夫が何ダースあっても足りんわ」

「そこまで欲深くねえよ…旦那になった奴にあわせるって」

「ほう、殊勝な事じゃ」

更にもう一杯、頂く事にする。
飲み続けていくうちに、癖になってくる味だ。
そんな小さい体にその酒量は危険だと見た者は思うだろう。
しかし、実はバフォメット程の魔物となると、そんな心配は無用なのだ。
何やらかんやら魔力がどうこう作用してアルコールを瞬時に分解する。
なので、バフォメットは決して酔う事は無いのだ。

「乱用してんなー魔力」

「だってなぁ…持ってるもんは使わんと…」

だからと言って、あまり使いすぎるとそれはそれで問題だ。

「面倒だなー」

「バランスブレイカーになったらマズイじゃろ?」

「ふうん…どうでもいいわ」

「少しは有難がって欲しいもんじゃよ…」

とにかく、今はこれでいい。
少々羽目を外しても文句は言われないだろう。
明日になれば、またそこら中を駆け回らなければいけないかもしれない。
人数も増え、これ以上の滞在もそろそろ限界に来ている。
元々長期的な滞在を予定しては居なかったので、それ用の準備も無い。
仮にもこの森のパワーバランスを保っていた竜まで連れてきてしまったのだ。
後々問題が起こるだろう、それに巻き込まれてはたまらない。

「明日が勝負か…」

「ああ、そうだな…」

気になる事はと言えば、実は1つあった。
それは、ここへ来てすぐ行方不明となった生徒の事である。
募集要項にああは書いたが、最初から全員連れて帰るつもりだった。

「そればかりは、狐の気分次第か」

「あの女狐の事だ、こっちの反応は見えてるだろうぜ…」

せめて最後くらいは、その生徒も参加させたい。
切に願うだけだ、狐の気が変わる事を…

























「明日は早いからさっさと寝るんじゃぞー」

「へーい」

「はーい」

食事も終わり、後始末も済ませた。
後は朝に備えて眠るだけだが、問題がある。
寝る時の為に、人数用の天幕を用意していたのだが、人数が増えた。
更に厄介な事に相手は魔物だ。
当然、生徒達と同じ天幕に入れる事は出来ない。
しかし、これを引き離す事になれば、それはそれで問題なのだ。
その事を提案してみたのだが、案の定非難の声があがった。
主に彼女達からだが…

「チッ…」

扱いは慎重にしなければならない。
某救世主が言うように、何かを成そうとする集団に女が紛れ込むのは危険だ。
なら己の存在は一体何なのかと言うツッコミが返って来そうだが、その辺は良い。
誰も自分をそういう対象として見ていない事はわかっている。
だからこそ、今まで何事もなくやってこれたのだ。

「仕方ないのう…なら一緒に寝てもええ」

歓声が上がった。
主に魔物達から。
とりあえず、魔物と連れて来た生徒の2人(稀に3人)で天幕を使わせる事にする。

「前もって言っておくがな…性行為の類は禁止じゃからな」

再び、魔物達からのブーイングが浴びせられる。
今度は先程よりももっと酷い。

「アホか!ワシも最大限譲歩したんじゃ!お前らもちっとは遠慮せんか!」

盛りのついた連中はたちが悪い。
大体、そんな事になっては他の生徒達がどう思うか、少し考えればわかるハズだ。

「独り身の事も考えて欲しいものじゃ」

とにかく、寝るだけ。
夜は眠るものである、何人たりともこの法則を覆す事は出来ないのだ。
必死の説得が功を奏したのか、彼女達も一応は納得してくれた。
しかし、何故か彼女たちの自分を見る眼が、憐れみを含んだようなものだったのが気になった。

「ふんだ…っ!別にいいもん…」

「気持ち悪いなお前」

「…何でワシが悪いみたいな流れになっとるのよ」

「知るか」

自分の天幕に入り、さて寝ようと思った所に心無い言葉を浴びせるのはアカオニである。
なんでこいつと一緒の天幕で寝なくてはならないのかと思うが、この際仕方がない。
これも総て人数を合わせる為だ。
全員が寝てしまっては危険では無いかと言う声もあったがその心配は無い。
大体こんな集団を襲う輩が居るものか。
その点についてだけは、絶対的に安心出来る。

「寒い…ああ寒い寒い、心が寒い〜」

「うっせえなあ…さっさと寝ろよ」

「なあ…引っ付いてええか?」

「酔ってるだろお前」

人肌が無性に恋しくなる事だってある。
女の子だもの。

「あー無視無視、知らん」

とうとう会話を一方的に打ち切られてしまった。
それから、何度話しかけても返事が返ってくる事は無かった。
こっそりと身を近づけたりもしたが、その度に無言で蹴りを放ってくる。
どうも歓迎されている様子では無い。
これ以上ちょっかいを出すのも気の毒だ。
素直に寝よう、そう思い毛布を巻き込むようにしてゆっくりと目を閉じる。
意外な事に、すぐに睡魔が襲ってきた。
















小鳥の囀りや草木が風に揺れる音で、バフォメットは目を覚ました。
眠い目を擦りながら上体を起こしてみると、アカオニの姿が無かった。
もう起きたのか…相変わらず動きが読めない奴だ。

「…何やら騒がしいな」

天幕を出てみれば、すっかり太陽が顔を見せていた。
周りを見ると、もう起きている生徒達の姿がある。

「おはようございます先生」

「うん、おはよう」

「よく眠れました?」

「まあまあじゃな…しかし、やはりベッドで寝たいな」

早く帰りたいと言うのが正直な所だ。
体も鈍っている。
これ以上は、己の体も心配になってくる。

それから、手早く朝食の準備をして寝ている生徒達を起こす。
幸いにも禁止事項は守られたようだ、魔物達は若干不満げなようだが…
朝は軽いもので済ませる。
具体的には、余った米やら野菜を総て鍋にブチ込み煮込む。
最後にこれまた余った味噌を投入して出来上がり。
豪快さこそアウトドア料理の醍醐味だ。
料理が出来上がった頃には、アカオニもちゃっかり戻ってきていた。
聞けば、目が覚めてから妙な気配を感じ取り、様子を探っていたのだとか。

「今日だな」

雑炊を勢いよくかき込みながら一言、そう呟いた。
それだけで、大体の意味は理解出来る。
ついに今日、総てが終わろうとしていた。

「食べ終わったら各自荷物を纏めて整列しておけ、忘れ物の無いようにな」

これがジパング滞在最後の食事になるであろう事は、全員が理解出来た。
先程までの和やかな雰囲気から一転、皆険しい表情を浮かべている。













食事も終わり、後片付けをして荷物を整頓させる。
そうして二列に整列し、地面に腰を下ろしている生徒達の前にバフォメットが立つ。
出発に先立って、どうしても言っておきたい事があるらしい。
その表情は真剣そのものだ。

「では、諸君…わしから言っておく事は1つだけある」

皆が息を飲む。
一体何が語られるのか、いつになく真剣な表情のバフォメットから発せられた言葉は、思いの外短かった。

「戦争に幻想を抱くな」

とだけ言った。

「…どう言う意味ですか?」

それだけでは、まだよく意味がわからない。

「うむ、ならそれを説明しよう」

戦争とは、ロマンティズムを持って語られる事が多い。
しかし、そんなものが事実でないと言う事は、最早誰もがわかっている。
だが今もなお、そんな幻想を抱く者が少なくない、とバフォメットは言う。

「勘違いせんで欲しいが、わしは何も戦争自体を否定しとるわけではない」

むしろその対極と言って良い位置に居る。

「冒険主義、英雄主義、団結主義…どれも確かに魅力的な言葉じゃ」

男子なら誰もが一度は憧れるであろう言葉だ。

「しかし、それを本気にしてはいかん」

よく言われる騎士道なども、ただの模範的な規定であると言う事は誰もが知っている。

「騎士になるなとは言わん、軍人、傭兵、自警団…好きな道を選べばいい」

学校に行けるという事は、ある程度の進路の選択の自由を得られているのだ。
ここに居る生徒達の中でも、将来そういった世界に身を投じる者もいるかもしれない。
逆に、全くそのようなものとは縁のない人生を送るかもしれない、それはそれでいい。
実際、既に己の進路を見出した者や、目標を持つ者が居る事もわかっている。

「わしが言いたいのは…心構えの類じゃよ」

「心構えですか?」

「そう、己がどう言う立場に置かれても客観的に物事を見れるようにしなければいかんのじゃ」

『兵は国の大事なり』『戦争とは他の手段をもってする政治の延長である』
戦争を行おうとする国家や勢力は、不測性の排除しようとする。
そのために行われるのが、兵力の優越である。
膨大な人間を集めそれらを管理する中央集権的な集団。
そこに所属する人間は、システムの一部となる。
仮に将軍や参謀の類であれ、個人の主導権さえその一部となる事を求められる。
一般の兵士などは、ただの損耗率、損害率などの統計数字の中でその一生を終えてしまう。

「今回見学する事になった戦場は、まさにピッタリなんじゃよ」

強者が弱者を押しつぶす。
心情的なウェイトは、かなり城方に傾いている事だろう。
誰もが劣勢に立ったものを憐れみ、優勢に立った相手に憎悪を向ける。
これがいけない、これは一番危険なのだ。

「そんな気持ちで戦場に赴いてみよ、まともな判断が出来るハズが無いじゃろう?」

ジパングを選んだのも理由があった。
極力、自分たちとは関係の無い場所、勢力同士の争いの場で、それを教える。
戦争など石を投げれば必ず当たる程世界中で繰り広げられている。
しかし近場でそれを見ても意味が無い、ので感情移入のし辛いジパングをあえて選んだ。

「では諸君、今言った事を踏まえた上で見に行こうか…弱者が、強者に潰される様子を」

「先生ってそんな人だったんですか…」

生徒達も驚きを隠せないでいた。
いつもアホ面を晒して騒ぎを起こしているその人物と、今目の前にいる人物。
その二人が、同一人物であるとは、誰も信じられなくなっていた。

「それと、追加情報がある」

「なんですか…?」

まだあるのか、そんな表情を浮かべる生徒達であった。
しかし、バフォメットから発せられた事実を知ると、皆驚きを隠せないでいた。

「城方の城主…つまり大将は、子供じゃ」
































「子供…って」

「本当だぞ、元服してたっけか…?確か十二、三位だった気がするぜ」

今度はアカオニが応える。
そう言えば、アカオニは戦いが始まる前に城の方へ酒を貰いに出向いていた。
その時に会ったのだろうか。

「惜しいもんだぜ…もうちょっと待てば良い男になったろうに」

「何じゃお前、狙っとるのか?」

「そういう趣味はねえよ」

明かされた事実とは裏腹に、随分能天気な会話を繰り広げている2人である。

「いやいやいや、ちょっと待って下さいよ…12、3って…」

「俺らより年下じゃないですか」

生徒達に動揺が広がる。

「これも戦の辛い所…父親が先の戦で討死してからその後を継いだそうじゃ」

一昨日の夜襲では、その子供の姿は無かった。
やはり戦の実質的な指揮は、世話役や家臣団などが行っているのだろう。
それでも、象徴として城に留まる必要はある。
しかしそれも、今日限りで終わる。

「嫌か?自分たちより年下の子供が死ぬ光景を見るのは」

「嫌に決まってんでしょうそんなの…」

意外なほど落ち着いた口調で話すバフォメットに、生徒達は恐怖を覚えた。
今さらながら、今回参加した事を悔やむ者も出て来た。
それくらい、衝撃的な事に変わりは無い。

「ここまで来たんじゃ、ちゃんとその目に焼き付けて貰うぞ?」

この人はただトラウマを植え付けたいだけなんじゃないかと思う者もいた。
しかし、自分たちの生殺与奪の権利を握っていると言っても過言ではない彼女だ。
誰も表立って逆らえはしない。
帰る手段も、バフォメット頼りなのだ。

「お前たちも異存は無いな?」

魔物達にも確認を取る。
認めた相手に着いて来ると言うのなら、彼女達も参加せざるを得ない。

「私は、問題ない」

リザードマンのシズカである。
元々彼女はこの戦に加わっていたので、大して問題ではないだろう。

「…大丈夫…です…」

「まあ、興味ねえけど仕方ねえか」

イレーネとイヴァちゃんも了承した。
彼女達も、無関係であるとは言い辛い。
自分たちが作ろうとしていたものが、戦場でどのように使われるのか。
それを見る義務があるだろう。

「私は問題ありませんが…娘はどうしましょう?」

雪女のオユキは了解したのだが、問題は娘のユキメだ。
流石にまだ幼女と言ってもいい彼女に、戦場を見せるのはどうだろう。
バフォメットも、その事が気掛かりであったが…

「…いける」

ギュッと母親と連れて来た生徒の手を掴み、そう言った。
彼女なりに覚悟を決めたのだろう。
極力戦場を視界に入れないようにする事を条件に、参加を認めた。

「ふむ、中々興味深い事だ」

「ボクは…皆が行くって言うなら行くよ…でもねぇ、争いごとは嫌いだな」

対照的なラティーファとハクロである。
巫女と言う立場上、戦場との関わりもそれなりにあるだろうと思っていたのだが。
本人たち曰く特に無いとの事だ。
これではそこらのコスプレ巫女と大差無いではないか、と思ったが口には出さないでおく。

「彼の行く所なら何処へでも行きます」

竜はと言えば、連れて来た生徒にピッタリと体を密着させている。
典型的なバカップルそのものの姿である。
やはり見ているとイラッと来てしまう。


とにかく、全員参加とあいなった訳だが。
やはり生徒が1人足りない、その事がいまだにネックだ。

「その心配は無用です」

「む?何奴」

どこからともなく声が聞こえる。
その方向に顔を向けると、茂みの中から人が出て来た。
1人は、初日に見失った生徒本人である。
そしてもう一人は、女性のようだ。

「…狐か」

「はい、そうです」

頭部からピンと生えた耳に、太い尻尾が四本。
この生徒を攫った妖狐がわざわざこちらに出向いてきた。

「お初に…天弧でございます」

そう言って、恭しくこちらに頭を垂れる。
どうやら敵対の意思は無いようだが、今になって何故出て来たのか。

「出たな性悪狐」

「おやおや、誰かと思えば…赤鬼さんではありませんか…」

「ふん、狐が猫被ってやがる」

あまり仲は宜しくないようだ。
無駄な争いが起こる前に、生徒の方に話を聞いてみる。

「何があったんじゃ?」

「何があったじゃありませんよ!もう凄かったんですよ!スパイ映画顔負けの脱出劇をですね…」

「いや、脱出劇って…狐も着いて来てるぞ?」

「まあそれはそうなんですけど…っとにかく、大変だったんです」

彼が語ったのは、それはもう涙無くしては語る事が出来ない一大スペクタクルであったのだが…

「回想はいらん」

「酷いッ!?」

面倒なので必要ない。
無論、後々その様子が書かれる事も無いだろう。

「何でよ、何で俺だけそんな扱いなのよ!」

知らん。

「そろそろ監禁ごっこも飽きましたので…お供させて頂こうかと思った次第でございます」

「ついて来ると言うのか?」

「はい」

また人数が増えてしまった。

「まあ…これで全員揃った事だし、もう良いか」

面倒なのであまり触れないでおこう。
気を取り直して、ようやっと出発と相成ったわけだ。
バフォメットを先頭に、二列横隊の隊形を取り、森から出る。

「出て良いんですか?」

今までは、森の外に出ると言えば、夜陰に紛れてであった。
それも極力、他との接触を避ける形であった。
しかし、今は朝である、それなのに、堂々と森を抜けて、戦場へと赴こうとしている。

「この集団を見て襲おうとする者が居ると思うか?」

言われて見れば、それもそうだ。
バフォメットを筆頭に、リザードマンや妖狐、更に竜やその他の魔物などを加えたこの一団。
下手な軍勢などより余程脅威になるであろうそれに、この状況下で手を出せる訳が無い。
事実森から出て戦場へと近づくにつれて、人の往来が多くなってきたが、誰1人としてこの集団に関わろうとする者は居ない。

「さてさて、もう始まっとるようじゃな」

遠くから、銃声や怒号が響く。
散発的ではあるが、戦闘が始まっているようだ。
今回は、堂々と正面から接近しその様子を眺める事にする。
そうやって徐々に接近していると、前方からこちらに向かってくる集団があった。

「先生、あれって」

やはり、騎馬の一団だった。
それがこちらに向けて勢いよく近づいてくる。
生徒達や他の魔物達も一瞬身構えたが、当のバフォメットはどこ吹く風と言った様子だった。
そうこうしている内に、その騎馬の集団から抜け出して来るものが居た。
黒塗りの甲冑、茶色の陣羽織に胴に稲穂の金箔押。
手に持つ槍を鐙の上に立てながら、速度を落としゆっくりと近づいてくるその人物。
生徒達は誰だか皆目見当がつかないが、バフォメットにはわかる。

「まさか本当に来るとは思いませんでしたよ」

「うむ、ご苦労さん」

馬を止め、馬上から親しげにバフォメットと話すその姿。
こちらに敵対する意思は無いようだが、一体何者なのか。

「誰だよコイツ」

最後尾を歩いていたアカオニもやってきた。
どうやら彼女も面識はないようだ。

「お友達」

「はぁ?」

お友達らしい。

「いつ知り合ったんだよ」

「昨日じゃよ」

「き、昨日?」

新しいお友達らしい。

「コイツに案内して貰うんじゃよー。な?」

「は、はい、そうです…」

「すっごい怯えてません、この人」

「友好関係って言うか上下関係だよこれ」

昨日と言えば、夜襲を見学しに行って戦闘に巻き込まれかけた。
まさかその時に出会ったのだろうか。
あんな状況で交友関係の輪を広げるとは、何を考えているのだろうかこの人は。

「状況は?」

「は…既に先鋒の部隊が交戦しています」

「そうか」

まるで上官と部下の会話のようだ。
当の鎧武者はと言えば、完全に萎縮している。

「これで友達…?」

「ジャイア○との○太の関係みたいなもんじゃ、普段はこんな感じじゃが劇場版になると…」

「どういう例えなんですかそれ」

でも大体わかる。
騎馬隊に先導される形で、戦場の中を歩き、一番見学に適しているであろう場所まで進む。

「悪いの、わざわざ騎馬隊を使わせて」

「いえ、どうせ我々の出番は無いでしょう…たかだが四百足らずの敵勢が相手ですので」

「確かに、それもそうじゃな」

先の戦闘で、既に兵力の半数以上を失った城方である。
約400余りに対してこちらは1万近くの兵力を誇る。
これでは、まともな戦いを期待する方がおかしい。
ただ、物事にも例外的なものは多く存在する。
窮鼠猫を噛む、と言う諺があるように、追い詰められた弱者が取る行動は予測がつき辛い。
一体どうなるのか、それは誰にもわからない。

「では、授業を開始しようか」

最後の授業が、ついに始まった。



11/01/12 00:36更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
猪はとっても美味しいです。
良い猪は本当に美味いです。
自分は焼き肉とかすき焼きにするのも好きですね。
いや〜いいですね、猪。
猪の魔物とか出て来たらどうしよう…
終わりが近いです。

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