決死の大氷壁!密林大洞穴に謎の屋敷は実在した!!
宝探しは、男なら誰もが一度は夢見る事だろう。
幾多の苦難を乗り越えて、金銀財宝をその手に掴み取る。
まさに漢の浪漫の代名詞とも言える。
「と言う訳で洞窟の前までやってきたわけですよ」
「今すぐ帰りたい」
「絶対何か居るって!考え直せ!」
いつの間にか、食料探しが宝探しになっているこの3人組。
と言うよりは、乗り気なのは1人だけ。
残りの2人は嫌々付き合っている状態です。
最初は他の組と一緒に仲良く食料を探していたのですが。
何故か気が付くとこんな事やるハメになりました。
「金探そうぜ金!」
これが発端だった。
ジパングは、黄金の国と呼ばれる程、金が豊富に採れる。
まさに夢の国である、という文献を読んだ事がある。
「だからきっと金山があるに違いないんだよ」
「こいつアホだ」
「アホだな」
仲間の2人との温度差は相当なものだ。
それは当然といえば当然の事である。
こんなあからさまな場所に宝の山だけがポンと置いてあるハズもない。
絶対魔物が居る。
穴などに住むタイプの魔物は少々厄介だ。
引きずり込まれたら二度と帰る事は叶わないかもしれない。
「多少のリスクは付き物だろう…冒険には」
「だからやりたきゃお前だけやってろよ」
「俺ら食い物探して帰るからさ」
当たり前と言えば当たり前の反応だ。
そもそも、当初の目的から完全に逸脱している。
いきなり埋蔵金探しだと言い出したと思えば、いつの間にか金探しに変わっていた。
仮に金銀財宝を見つけたとしても、この人数では持ち運べる量も限られる。
それよりも、先生に見つかれば恐らく拳骨くらいでは済まないだろう。
「怒られるの怖いじゃん」
「勝手に洞窟荒らして帰ってくるとかイン○ィーかお前は」
世界一有名な考古学者を例に挙げて何とか説得を試みる。
しかし、金に目が眩んだ人間の何と浅ましい事か。
全く聞く耳を持たない。
「ジパングと俺らの国じゃあ金相場が全然違うんだよ」
「だから何だよ」
「仮にだぞ?ほんのちょびーっとでも金を持って帰ってだ、銀に交換するとどうなると思う?」
「…どうなるんだ?」
「なんと!15倍になる!」
「「な、何だってー!?」」
金銀交換比率は、諸外国が概ね1:15なのに対してジパングは1:5くらいらしい。
ので、これからどんどんジパングの金が外国へと流出していくだろう。
つまり、ジパングから持ち帰った金を銀と交換すれば、莫大な財産が手に入る。
と、アホな頭なりに一生懸命考え抜いた結論であった。
「いや、いいんだよ。どぉーしても行きたくないってんならさ」
「…」
「そこらの茸でも拾ってさっさと戻ればいいじゃん?別に強制はしないからさ」
「…」
「いやぁ〜残念だなぁ…せっかく金を見つけたら山分けしようかと思ってたんだけどなぁ〜」
「…!!」
「なん…だと…!?」
「じゃあ俺は行ってくるからさ、お前らは食い物探しに戻れよ」
「ちょっと待ってくださいよリーダー!」
「あっしらもお供させてくだせぇ!!」
金の魔力には誰も逆らえないのだ。
「いや〜…意外と広いな」
いざ進め!と思ったのだが洞窟の中は真っ暗だった。
用意していた道具の中から松明を取り出し、それに火をつける。
火が消えなければ、空気があると言う事になる。
明かりや空気チェックなどにも役立つ優れものだ。
イザと言うときは武器にして振り回したりもできる。
松明は万能なのだ。
「そこまで万能じゃないだろ」
「と言うか最後の使い方は明らかに間違ってないか?」
正直どうでもいい。
それよりも、まず中に入って気付いたのは洞窟の広さ。
入り口は人間が通るのでやっとと言った感じだったのだが…
中に進むにつれて、徐々に広がっていく。
「すっげぇな…」
手を伸ばしても、天井まで届かないくらいだ。
はたして、これ程の広さが必要なものなのだろうか。
鉱山の中に入った事は無いのでよくわからない。
「まるで巨大生物でも住んでそうだなぁ…」
ふと、そんな事を口走ってしまう。
「ハハハ…化け物でも居るってのか?」
「ありえねぇよハハハ…ハハハ…」
「ですよねーハハハ…」
急に不安になる。
「そういえば」
「何だ?」
「何でこの洞窟に金があるって思ったんだ?」
「そういえばそうだった」
実を言えば、穴の類はここに入るまで幾つか発見していた。
しかし、それらには見向きもせずに、あえてここを選んだ。
その理由が、今一2人にはわからなかった。
「入り口さ、ボロボロの立札あったじゃん?」
「…あったっけ?」
「知らん」
「あったんだよ、もう殆ど何書いてるか読めなかったけど、少しだけ何とか読めたんだ」
「で、なんて書いてあったんだ?」
「キンって、確かに書いてあった」
確証を掴むまでにはいかないが、可能性としては大いにあり得る。
しかし、もう長い間人の手が入っていない荒廃っぷりである。
既に金など産出し尽されているかもしれない。
「大体金山の類ってさ、まだ取れるんなら厳重に守られてるよな」
「こんな場所だしなぁ…取れても警備出来ないだろ?」
いくら金が産出するとは言え、魑魅魍魎が蠢くこんな所を必死で守るだろうか。
途中で放り出してそのまま、と言う話なら納得が行くだろう。
それも、ここが金山だったという大前提が必要だが…
「何も無いじゃん」
「そもそも金って、どうやって採掘すんの?」
「知らん」
「おい」
ここに居る全員、鉱山に関して言えば全くのド素人である。
まるで魚屋に売ってある切り身を見て、切り身が海の中を泳いでいる!
と考える子供のように、とりあえず鉱山に行けば金がある!
という浅はかでバカな考えのもとに行動している。
救いようのない集団なのだ。
「何かボロクソ言われてる気がする…」
会話も途切れ、ただ黙々と先へと進む。
意外な事に、この洞窟はほぼ一直線の道のりだったので、迷う事はない。
それは良いのだが、いい加減変わり映えのないこの光景にも焦れてきた。
延々続く土の壁、金どころか、他の鉱物なども見えやしない。
やはり、もう根こそぎ採掘し尽くされたのだろうか。
「何もねえな…」
言い出しっぺの生徒も、落胆の色を隠せない。
「…戻るか?」
「結構歩いたけど、まだ続いてるな」
結構な距離を歩いたハズなのだが、終点はまだ見えなかった。
さすがに歩き疲れた。少し休憩しようと足を止め、腰を下ろす。
「どうする?」
「やっぱり戻った方が良くないか?明らかにおかしいよここ」
「今さら戻るのもなぁ…」
このまま戻っても、今までの努力はすべて無駄となってしまう。
せめて、せめて金の一粒でも見つけて帰らなければ!
「金の亡者め」
「いい死に方しないわお前」
「凄い態度の変わりようだな」
見つけても絶対分けてやらねぇ。
そう心に誓う。
とにかく、ここまで来たら先に進もうという事になった。
再び腰を上げ、歩き出す。
しばらく進むと、今度は微妙な変化が現れた。
「おっ!道が分かれてる」
「ご丁寧に三方向に分かれてやがる」
「なにこのご都合主義」
お話だからいいのである。
となると、取るべき手段は1つ。
1人づつ、別の道を行くことになる。
「ほら、火分けてやるよ」
「これが生命線か…」
「何かあったときは心の中で必死に呼びかけろ」
「心の声が聞けるのかお前」
「いや、そうすりゃ気休めにでもなるだろ」
つまり何かあっても自力で何とかしてくださいという事だ。
と言う訳で、言い出しっぺの生徒が正面の道を。
残り2人が左右の道へ進む事になった。
「よっしゃ、行くか」
「何もありませんように」
「…」
「寒いな…」
左の道へと進んだ生徒が、微妙な変化に気付いた。
先の方から空気が流れ込んで来ている。
冷たい風だ。
「やっとここから抜け出せる!」
そう思うと、足取りも軽くなる。
しばらく駆けると、うっすらとだが、明かりが見えてきた。
「出口だ!」
やっとこの閉塞感から解放される!
そう思い、一気に光の先へと飛び出した。
までは良かったのだが、やはり考えなしに突っ込むのは良くない。
光に包まれた瞬間、躓いて地面に顔から突っ込んでしまった。
「ぶへぇ!!」
だが不思議な事に、痛みは無かった。
その変わりに感じたのは、冷たさだった。
「…雪か、これ…」
白くて冷たいものが顔に張り付く。
それを手で払いのけ、立ち上がる。
何という事でしょう、洞窟を抜けるとそこは…
「雪の国でした…」
見渡す限り一面の銀世界。
とても幻想的な…
バチバチバチ…
幻想的な…
バチバチバチ…
幻想的な…
バチバチバチ…
「痛ッ!!雪痛い!」
猛吹雪だった。
横から殴りつけるような雪が体にぶつかる。
非常に痛い。
辺り一面銀世界と言うより、殆ど視界がきかない。
さらに不幸な事に、さっき転倒した拍子に分けてもらった松明を手放してしまった。
どこにあるのか皆目見当もつかない。
「…寒い」
防寒対策は一応してきたのだが、こんな状況を想定した装備は無い。
一旦洞窟まで戻ろうかと思ったが、明かりが無いと駄目だ。
「八方塞がりじゃねえか…」
今、自分がどこに居るのか、それさえさっぱりわからない。
まさか、洞窟を出てすぐに遭難するハメになるとは思わなかった。
痛い程の横風と、寒さでどんどん体力が削られていくのがわかる。
この場所に留まっていれば、凍死してしまう。
とりあえず、何かを探すために歩き出す。
「でもなぁ…一体どこに行けばいいんだ?」
自分が前に進んでいるのか、後ろに引き返しているのか。
それさえも、さっぱりわからない。
相変わらず視界はゼロに近い。
「ハァ…ハァ…」
何も見えない、吹き荒ぶ嵐のせいで、全く前に進まない。
それでも、歩き続ければ何かがある、そう信じるしかない。
手足の感覚が徐々に無くなってくる。
「…あれ…これ…ヤバくね…?」
というより、体の感覚がおかしい。
何がおかしいって一番おかしいのは…
「暑い…」
そう、暑いのだ。
頭がおかしくなったのだろうか。
何でこんな雪の中で暑いんだろう。
今すぐ、この服を脱ぎ棄てて全裸で雪の中で飛び込みたい。
「あつ…暑い…」
ついに立ち止まり、その場に膝をついてしまった。
「こんなに着込んでるから暑いんだよ…」
全裸と言う訳にはいかない。
でも上着の一枚くらいなら脱いでも大丈夫だろう。
きっとそれなら平気だ…
そう思って、上着に手をかける。
しかし、手が悴んで中々上着を脱げない。
「クソッ…脱げない…」
今すぐ、この暑さから解放されたい。
そんな気持ちで頭が一杯だった。
とうとう強引に上着を脱いで、それを放り投げた。
少しは楽になっただろうか…
「駄目だ…ハハッ…あっついなぁ…」
自然と笑いがこみ上げてくる。
何でこんな事をしているんだ、俺は…
頭悪いなぁ…異国の地で雪山で遭難するなんて。
アイツの誘いに乗ったのが運の尽きだったのかな。
「もういいや…全部脱ごう…」
こうなると、総てどうでもよくなる。
もうどうでもいい、それよりも…
今一番やりたい事をしよう、どうせ死ぬなら…
いっそ少しの間だけでも気持ち良くなる為に…
「手…手ってどこまでだっけ…」
もう感覚が殆ど無い。今自分が体のどの部分を動かしているのか。
それすらわからない。
「ハッ…ハッ…ハッ…」
ようやく、指が服のボタンにひっかかった。
しかし指先の感覚も無く、ボタンを外すような動作は出来ない。
そう思って、服の間に手を引っ掛けて、思い切り破り取ろうとする。
「ウアァァッ!!…クソッ!」
必死に服を破ろうとするが、それさえ思うようにいかない。
意識も朦朧として来た、目蓋が重い。
目を閉じたら、二度と開く事は無い。
わかりきった事なのに、目を閉じる誘惑に逆らえない。
「何か…音が…」
風が吹き荒ぶ音に混じって、微かに聞こえる。
チリン…チリン…
確かに、そんな音が耳に入る。
誰か人が居たのか?もしかしたら助かるかもしれない。
だが同時に、もしこれが幻聴の類であったらどうしよう。
いや、多分そうだろう、これは…
体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
もう駄目だ、目も開けていられない…
「あ…暑い…」
最後に発した言葉がこれとは、何とも締まらない一生だ。
目を閉じる、またあの音が聞こえた気がした。
やっぱり幻聴だったんだ。
とても温かい、柔らかいものが上から覆いかぶさっている。
そんな感触がして、うっすらと目を開けてみる。
「…うん…?」
まず見えたのは、天井。
どうやらここは家の中のようだ。
今度はパチッパチッと何かが爆ぜるような音が聞こえる。
首を横に向けてみると、その正体がわかった。
囲炉裏の火元の炭が、音を立てながら燃えている。
「…助かった…のか…?」
反対方向に顔を向けると、縦長の箱が置いてある。
その箱の中から光が漏れている。
照明器具のようなものだろうか…
中に蝋燭でも入っているのかな、とそんな事を呟く。
「そんな高級なものはありませんよ…」
すると、どこからともなく返事が返って来た。
「あれは行灯と言うものです、中で菜種油を燃やしておるんです」
声のする方向は、近かった。
いや、近いと言う言葉で片付けていいものか迷う。
だって、その声の主は、今自分の上に覆いかぶさっていたのだ。
「たまに魚油も使いますけど…安いんですが臭いが悪くてねぇ」
そう言って、にっこりと微笑む女性。
いきなりの事態に思考が停止する。
「よかった…目を覚まされたんですね」
「えっ…ああ…」
青い肌、銀色の髪。
それを見ても、彼女が人ならざるものだと言うのがよくわかる。
「顔にも生気が戻ったようですね」
この人が、自分の上に覆いかぶさっていたのだ。
見た目は冷たいが、その肌の温もりは確かに伝わってくる。
と言うか伝わりすぎじゃないか?まるで裸同士のような…
「うん?」
何故か、自分が上半身裸だった。
「あ…あの…これはッ」
「ああ、お召し物ですか?あれはもうずぶ濡れでしたから…」
いや、そうじゃない。
別にこっちが裸でもまあいいだろう。
問題はだ。
「何で…貴女も服を脱いでるんですか?」
「いいえ、脱いではいませんよ…ちょっと帯を緩めただけです」
顔を上げて確認する。
確かに、着物を全部脱いでいるわけではなかった。
だが、はだけた着物から覗く胸が目に入ると、慌てて視線を逸らす。
いつまでもこの体勢では駄目だ。そう思い上体を起こそうとするが。
「まだ動いてはいけませんよ、死にかけだったんですから」
そう言って、ガッチリと両肩を掴まれてしまった。
「お召し物は乾かしておりますから、もう少し休んでくださいな」
いや、別に服の心配をしてるわけじゃないんだが…
と言うかこの状況はマズイ、意識すると駄目だ。
「いや、もう大丈夫ですから、だから離れて下さいお願いします!」
必死で訴える。
「…そうですか?名残惜しいですが…」
意外と素直に、体を離してくれた。
着る物が無いだろうと、浴衣のような着物も用意していてくれた。
それに袖を通し、改めて聞いてみる。
一体ここは何処なのか。
「ここは…旅籠みたいなものです」
「旅籠?」
「食事の出る宿泊所とでも言いましょうか」
「はあ」
ホテルみたいな感じだろうか?
とりあえずわかった。
「私は、この旅籠を管理しております…オユキと申します」
そう言って頭を下げる。
彼女が、自分を救ってくれたのだ。
「ああ…いや、こちらこそ。本当に助かりました」
「いえいえ、最近はすっかり人の出入りもなくなりましたので…歓迎いたしますよ」
旅籠、とは言うが、現在は訪れる者も無く閉店状態だったとか。
自分は久しぶりの客人らしく、彼女も大層喜んでいる。
「あの…持ち合わせがサッパリなんですけど」
「お金なんてよろしいんです…」
金は取らないらしい。
至れり尽くせりとは正にこの事だ。
ここはご厚意に甘えて…じゃなかった、そういうわけにもいかないんだ。
「あの、ちょっと質問があるんですけど?」
「はい?なんでしょう」
「ここら辺って…金山があるんですか?」
「おや、ご存じ無かったんですか?」
「えっ?」
彼女の話では、ここは予想通り金山だった。
昔は金の産出で、そこそこ栄えていたそうな。
この旅籠も、その頃作られたものだとか。
「他にも、神社なんかも作られたりしましたねぇ」
「神社?」
「洞窟を通って来たのでしたら、右の道を行けば、神社がございます」
「成程…」
なら、右を選んだアイツは神社に向かっているのか…
しかし、こっちも向こうも、肝心の金を見つける事は無理そうだ。
「なら、真ん中の道は何処へ通じてるんです?」
「……さて、では食事の準備でもして来ましょうか」
そう言って、会話を強制的に切り上げられてしまった。
明らかに、聞かれたくない事を聞かれたような反応だ。
何かあるんだろうか?
まさか、実はその道が金へと通じている!?
「無いか…」
流石にそこまで都合よく物事が運ぶわけがない。
個人的にアイツは死ぬほどひどい目にあってほしい。
危うく凍死しかけたのも元はと言えば無謀な洞窟探検に参加させられたせいだ。
そんな事を思っていると、どこからともなく視線を感じた。
「…そこか!?」
「…!?」
振り返ると、そこに居たのはこれまた予想外なものだった。
「…子供?」
小さな子供が、襖の隙間からこちらを覗き見ていた。
それと目が合い、お互いの動きが止まる。
「…」
「…」
しばしの沈黙。
「…あの」
「…ヒィッ!?」
声を掛けると、驚いて顔を引っ込めてしまった。
驚かせてしまったか。
「…」
しばらく間を置いて、また顔を覗かせてきた。
「…」
「…!」
今度はこっちも無言でそれを受けて立つ。
「…!!」
「…!!!」
なかなかやるな…
「…!!!!」
「…!!!!!」
フッ…まさかこの俺を本気にさせる女が居るとは思わなかった。
ならばこっちも本気を出して…
「あの…?」
「…ひゃっ!?」
突然、後ろから声を掛けられて驚いた。
こっちが先に声を上げてしまったので俺の負けのようだ。
「何をしてるんですか?」
膳を運んできたオユキさんだった。
「いや…少女が」
「少女…?ああ…あの子ですか」
あの子の事を知っているのか。
「娘です」
「へぇ…娘さんですか」
「ほら…そんな所に居ないで、お客様に挨拶なさい」
膳を目の前に置くと、おもむろに襖の前まで移動する。
そして、勢いよく襖を横に開く。
「うわ…!」
その中から、勢いよく少女が飛び出してくる。
そしてこけた。
「うう…」
「大丈夫?」
「全く、どんくさい子ですねぇ」
「ユキメともうします…」
そう言ってぎこちなく、こちらに向かって頭を下げる。
母親をそのまま小さくしたような、よく似ている。
違うと言えば、長い髪の母親とは対照的な短い髪。
おかっぱと言うやつだろうか。
娘さん、と聞いて正直安心した。
何故かって?だってそうだろう、娘さんが居るという事はだ。
旦那さんが居るハズだ。
となれば、自分が襲われる心配は無いと言い切れる。
考えてもみれば、この旅籠を女手一つで切り盛りしているとは思えない。
しかも子持ちと来たら余計大変だろう。
じゃあ何で目覚めにあんな事をしてたんだと言われると言葉に詰まる。
まあ、そういうサービスもあるだろうと勝手に納得しておこう、うん。
「頂きます」
とりあえず、出されたものは食べねばなるまい。
遅い昼食だ、歩き疲れて腹が減っていたのでこれはありがたい。
主食の白飯、汁物の味噌汁、惣菜の焼き魚に香の物。
とりわけ豪華でもないが、今の状態ではこういうものの方が有難い。
「大したものではありませんが、おかわりはいくらでもありますので…」
「とんでもない、一文無しの身でここまでしていただけるとは…」
まずは味噌汁、容器を持ち、ゆっくりと口元へ運ぶ。
体が芯から温まる、そんな心地だ。
何となく箸の使い方を知っていてよかった。素直にそう思う。
やっぱりその国のしきたりや作法を知っていてこその郷土料理だ。
なんてどこぞの美食家集団紛いの事を思ってみる。
「ところで」
「はい、何でしょうか?」
「旦那さんは…家には居ないんですか?」
思い切って聞いてみる事にする。
疑っている訳じゃ無いが、確信が欲しかった。
自分が安全であるという確信が。
「あ…ああ〜…そうですね、やっぱり気になられますか?」
「まあ、やっぱりそうですかね」
この話を切り出すと、オユキさんが少々申し訳ないと言った表情を見せた。
あれ?これってまさか…
「旦那は、いましたよ」
「いました?今は、ここに居ないんですか?」
「今は…」
マズイ、非常にマズイ、これは…
「今はもう、居ません」
やってもうた…地雷や、地雷を踏んでしもうた…
「…あ、あははははは…はぁ…」
何とか平静を装うとするが、声が上擦ってしまう。
「女子供2人で…それはもう寂しい思いをしていたのです…」
「そ、そりゃ大変ですねぇ」
箸の先が震える、上手く漬物を掴めない。
平常心平常心…耐えろ、ここを耐えたらさっさと帰り道を教えてもらおう。
そして帰るんだ、仲間が待っているであろう洞窟へ。
味がさっぱりわからなくなった昼飯を、一気に腹の中へと詰め込む。
その様子を、オユキさんは目を細めながら黙って眺めていた。
「食い過ぎた…」
さっさと食ってお暇しようと思ったが、食い過ぎた。
しばらく休まないと駄目だ。
「参ったなぁ…」
寝転がり、自分の腹を手で擦りながら、今後の身の処し方を考える。
オユキさんは、膳を下げに部屋を出て行った。
まさに上げ膳据え膳だ、こっちは何もしなくていい。
徐々にこの場所が心地よくなっていく。
いっそずっと居てもいいかなぁ…なんて思ったりもする。
「…いかんいかん!」
こうやって、じわじわと籠絡されていくのを黙って受け入れる訳にはいかない。
そう思い、上体を起こしてみると、目の前にあの少女、ユキメが居た。
「…」
「…」
また、お互い無言になる。
「…」
「…!」
「いや、またやるのかよ」
ループしそうになったので止める。
子供は何を考えているのかさっぱりわからん。
苦手だ。
「なんか用かい?」
「遊んで」
「遊んでって…」
そう言うと、勢いよく腹の上に圧し掛かってくる。
「ちょっと…やめて」
「遊んで」
「何でよ」
初対面であんなにも火花を散らしたと言うのに、何だこの懐かれっぷりは。
「私とあそこまで渡り合えたのは…おじさんが初めて」
「はぁ?」
「だから…好敵手として認める」
「…」
どうしよう、自分の思考が完全に少女と同レベルだった。
しかもおじさんとは。
「まだ花の十代真っ盛りなんですけど…」
「いいから遊んで、おっさん」
「微妙に偉そうになってないか?」
正直このまま横になりたいのだが、遊べとしつこくせがまれるので仕方なく付き合う。
「よ〜し、じゃあ何して遊ぶ?」
おっさんもやる気モードになった。
「おままごと」
「おう、歳相応だね」
もっと妙な事を言われると思ったが、これなら大丈夫だろう。
「じゃあおっさんがお父さん役ね…」
「"お兄さん"が父さんね」
「で、私がお母さん役…」
「うむ」
「で、母さんが…」
「お母さん要るの?」
「母さんが愛人役…」
「おいクソガキ」
妙にマセていた。
「夫の不倫現場に殴りこんだ妻、と言う状況で…」
「なあそれ面白いと思うか?それやって本当に面白いと思うか!?」
胃が痛くなるだけだ。
つらいのは自分だけ。
一体どういう教育してるんだあの人。
「この…泥棒猫ッ…」
「やらんでいいやらんでいい」
本人はすっかり乗り気だ。
こんな子供嫌だなぁ。
「私が愛人役ですか?」
いつに間にか戻ってきたオユキさんだ。
「中々発想豊かなお子さんですね…」
「卑しいでしょう?」
「いや、そこまでは…」
「私とよく似て、卑しい子です」
そう言うと、何故かこっちに擦り寄ってくる。
なんでや。
「あら、私が愛人ですよね?」
「やるんすか?」
「面白そうですし…」
親子だなぁ。
「じゃあ、私が家に帰ってくるとお父さんと愛人が仲良くしてるってシチュエーションで…」
「俺すっごい駄目なお父さんじゃない?」
「リアリティ…」
そう言うと、ユキメは部屋から出て行った。
普通に横文字使ってませんか、あの子。
「…」
オユキさんと2人、部屋に取り残されてしまった。
どうしよう。
「では、仲良くしましょうか?」
「ええっ!?」
一方のオユキさんはノリノリである。
仲良くする、と言って体を密着させてきた。
腕に胸が押し付けられる感触。
いかんな、目覚めた時を思い出しそうだ。
「ちょっと…やり過ぎですよ?子供の遊びですし…」
「最近の子供は、これくらいリアリティが無いと駄目なんですよ」
更に、体を押し付けてくる。
意識してはならんと自分に言い聞かせているのだが。
どうしても着物の合わせ目から覗く胸元に目が行ってしまう。
「…そうだ」
何かを思いついたのか、オユキさんが体を離す。
すると、袖の中に手を突っ込み、棒状の金属を取り出した。
「一服しますか」
小さい箱の中から、葉っぱのようなものを摘み、それを金属の先端に詰める。
それに火をつけ、反対側の先端を口に咥える。
「スーッ…ハァーッ…」
吸い込み、口を離すと、煙が吐き出される。
煙草か?
「煙管です」
「煙草っすか」
煙草を吸うと言うイメージが無かったので、今の出来事に少々驚く。
まあ、魔物でも煙草くらい吸うだろう。
「いかがです?」
そう言うと、手にしている煙管をこっちに差し出してくる。
流石に煙草を嗜む趣味は無いので、丁寧にお断りする。
「フフッ…アハハハハッ!!」
すると、対応が悪かったのだろうか。
口を大きく開けて、笑い出した。
「えっ?えっ!?」
「ふぅ…やっぱり、私の見込んだ通りのお人」
また煙管を口に咥え、一服する。
小馬鹿にされているようで少し気分が悪い。
「ちゃんと教育を受けおられるようで…」
「はい?」
「並の男なら、女に煙管を差し出されたら…」
「…」
「すぐ、その肩を抱き寄せるものですよ?」
「そ、そうなんですか!?」
そんな仕来り知らんがな。
大体国が違うし…
「まだ知らないんですか、女の味を?」
図星です。
ええ、そうですとも、まだ知りませんよ。
「おやおや、やはりそうですか」
煙管を逆さに持ち、葉っぱを囲炉裏の火元へ捨てる。
手早く小箱へ煙管を仕舞うと、またしてもこちらへ擦り寄ってきた。
「御指南して差し上げても宜しいんですよ?」
「な…!?」
「それとも、こんな年増ではお嫌ですか?」
「年増だなんてそんな…」
経産婦独特の、その柔らかな身体つきが、目に入る。
改めて意識し出すと、視線を逸らす事が出来ない。
「…」
「おやおや、ここをこんなにして…」
「そこはッ!?」
彼女の手が、大事な所に優しく触れる。
既にそこは、臨戦態勢に入っていた。
正直者の息子を見ると、涙が出てくる。
「やっぱり駄目ですよ…こんなッ!娘さんも居るし…」
「娘は空気の読める子ですから、大丈夫です」
「何が大丈夫なんですか!それに、旦那さんだって!」
「旦那は…随分前に死にました」
未亡人かぁ〜…
そっちの属性は無いんだけどなぁ…
「どうか、どうかこの哀れな女に、一度だけお情けを頂けないでしょうか…」
「お情けってあーた…」
「あなたも、人肌恋しくなって来たでしょう?」
「はい?」
「私の体を、温かいと感じたはずです」
「あっ…!?」
言われてみれば、雪女の体を温かいと感じるハズが無い。
と言う事はだ、まさか…
「氷の吐息を…」
「お互い、似たもの同士ですから…何の心配もいりません」
気を失っているうちに、色々やられていたようだ。
流石にここまでくると身の危険さえ感じてくる。
早くこの場から離れないとヤバイ、長居すると、離れられなくなる。
戻らないと、連れも心配してるよな…うん。
「さあ、いらして下さい…」
「あ、ああ…はい…」
そう言われるままに、立ち上がった彼女の後を追う。
襖一枚隔てた隣の部屋へと、誘われるように入っていく。
そこは、畳が敷かれた小さな部屋だった。
部屋の隅には、照明器具の行灯が置かれている。
それが優しく、部屋を照らしている。
部屋の中央には、布団が一枚敷いてあった。
どうやらここは寝室のようだ。
その上に、彼女が身を横たわった。
「来て…」
そう言って、手を伸ばしてくる。
この手を握ってしまえば、もう後戻りは出来ない。
いいのか、それで…いいのか。
「クソッ…!」
頭でわかっていても、体が言う事を聞かない。
ぎこちなく出された自分の手を、彼女がしっかりと掴んだ。
そして、力強くそれを自分の元へ引き寄せる。
勢いよく、彼女の上に覆いかぶさる形になった。
「あっ…」
自分の手が、豊かな乳房に触れる。
すると、彼女の口から小さく声が漏れた。
頭の中で、何かがプツンと切れた気がした。
もう抑えがきかない。
乱暴に、彼女の乳房を揉みしだく。
指に食い込む柔らかい感触が、病み付きになりそうだ。
「んっ…もう少し…優しくっ…」
「…あっすいません…」
彼女の訴えを聞いて、慌てて手を離す。
胸を揉む事に夢中になってしまった。
「んふっ…どうでした…母親以外の女の胸を揉んだ感触は…?」
「や、柔らかかったです…」
「素直でよろしいです…」
答えに満足したのか、淫靡に笑う。
今度は、お互いに唇を合わせる。
下を絡めたり、吸ったり吐いたりと。
忙しなく口の中を動かす。
仄かに、煙草の臭いがする。
それに加えて、冷気のようなものが送られてくる。
心が寒い、もっと、もっと人肌で温まりたい。
そんな気持ちが、体の底から湧き出てくる。
「もう…駄目なのか…」
やっとの思いで口を離す。
抗おうにも抵抗する術が無い。
言われるままに、今度は彼女の下腹部へと手を伸ばす。
着物の隙間から、うっすらとだが、体液に塗れた秘部が見える。
指で優しく、触る。
すると、彼女の口から嬌声が漏れる。
「ああっ…」
「こっちの毛も銀色なんだ…」
「もう、我慢出来ません…だからっ…来て下さいっ…」
ついにこの時が来た。
既にマイサンは痛い程反り立ち、脈打っている。
それを、秘部にあてがい、一気に中へと差し込む。
「ああぅんっ…久しぶりの感触がぁっ…!」
「くはっ…これは…すげぇ…」
初めて味わう女の感触に戸惑いながらも、自然と腰を動かしていた。
しかし、慣れていない事をするとすぐに終わりが訪れる。
「あっ…!?もう、出…」
「はあっ…ああっ…いいんですよっ…中にっ…中に下さい!」
「駄目です…足…足を離して!」
腰を引こうとするが、彼女の足がそれを許さない。
むう…この技は…古より伝わるだいしゅきホールド!
なんて余計な事を考えている内に、彼女の中で達してしまった。
「ああああ!!…っなんちゅうこっちゃ…」
妙な事は考えないに限るな、うん…
次があればだけど。
「まだ、まだ…いけますよね?」
「えっ…」
「いけますよね?」
「はい…」
満面の笑みを浮かべながら、そう言う。
逆らうと怖いので、従うほかない。
余韻に浸っている間も無く、再び繋がったまま腰を動かそうとする。
「ちょっと待った!」
思い切り襖を開け放ち、怒鳴り込んできた声の正体。
ユキメだった。
「ウチの旦那に手出すなんてええ度胸やないの…!」
「…」
「…へ?」
2人ともキョトンとした顔になる。
どう反応していいのかわからない。
「さっさと旦那から離れや…!この泥棒猫!」
「ああ、そうか!」
これはさっき言ってたままごとだったんだ。
なら、こっちも役になりきらないと。
「ち、違うんだマイハニー!これは誤解だよ!」
そう大げさに言い放ち、オユキさんから離れる。
「あっ…ちょっと!」
「僕が愛してるのは君だけだよ!」
「じゃあその女は何なの…!」
「か、彼女が嫌がる僕を無理やり襲ったんだ!本当だよ、信じてお願い!」
我ながら完璧な演技だ。
これなら大丈夫だろう。
そう思ってオユキさんの方へ首を向けると、凄いものを見てしまった。
「あらあら、随分と仲のいい事ですねぇ…」
引き攣った笑顔でそう言い放つ。
口元はピクピク痙攣し、こめかみに青筋が立っている。
すっごい怖い。
とにかく、殺気を背後に感じながらもおままごとを続ける。
チッっと舌打ちする音が聞こえた気がしたが、気のせいだ、多分。
再び、囲炉裏の前へと集まる。
お互い乱れた衣服を直し、無言のまま火元を見つめている。
ユキメはと言えば、母親の膝の上で規則正しく寝息をたてている。
寝顔は凄く可愛い。
「…」
「…」
意識を外に向けると、やはりまだ吹雪は収まっていないようだ。
そろそろ出発しないと夜になる。
だが今外に出るのは自殺行為だ。
「ここは…」
「え?」
「ここは…旅籠と言うよりは、飯盛旅籠…のような場所だったのですよ」
「飯盛?」
「遊女紛いのサービスを提供する宿場…ですかね」
こっちで言う売春宿みたいなものだろうか。
オユキさんが、ポツポツと語り始めた。
ここは、先程述べた通り昔は金山として栄えていたと言う。
「でもある時、悲劇が起こったんです」
「悲劇?」
「ある事が原因で、金山が閉鎖されまして」
「閉鎖?」
「確か入り口に立札があったハズですが…」
「…それって、何て書いてあったんですか?」
「立ち入りを禁ずる…とかだったと思いますけど」
ああ、あの野郎…
なまじ文字がちょっと読めるからこんな事態に…
殺意が芽生えてきた。
と、ここで思い出す。
言い出しっぺのあいつが選んだ道は、真ん中だった。
「結局、真ん中の道を進んだ先には何があるんですか!」
ここまではぐらかされたら、やっぱり知りたい。
「わかりました…そこまで仰るのならお教えしましょう」
「…」
ついに聞かされる、その真相。
どんな衝撃事実かと身構えたが、答えは予想外のものだった。
「あそこの、真ん中の道を行った先に居るのは…」
「居るのは…!?」
「竜です」
………
……
…
「はぁ?」
「あ、あら?」
こっちの反応が想定外なものだったのか、オユキさんも微妙な表情になる。
「竜って…ドラゴンですよね」
「どらごん?」
「ほら…こう大きな羽があって」
「ええ、長い尻尾がありまして」
「硬い鱗に覆われて」
「長い牙を持つ」
「デッカイ蜥蜴のような」
「それがドラゴン」
「それが竜」
うん、同じイメージだ。
なんだ…あれだけ勿体付けた答えがそれかよ。
「竜を怖れぬとは…一体どういう事ですか?」
「いや〜だってドラゴンですよね?」
ドラゴン、確かにその力は強大だ。
高位の魔物であることに変わりはない。
でも、正直そんな恐ろしい印象は無い。
別に親魔物領出身だからとかじゃなく、基本的に話せばわかるだろう。
大体、あんな頭の悪いアホを襲ったりするものか。
軽くあしらわれるだけじゃないのか。
「その竜が、金脈の場所に居座り始めてから、人が居なくなったんです」
「へぇ…何かやったんすか、そのドラ…竜」
「人を襲いました」
「…」
「竜を退治しようと腕に覚えのある者が何人も挑戦しましたが…」
「倒せました?」
「誰一人として帰っては来ませんでした」
相当気性が荒いみたいだ。
まあ…ドラゴン見たら一目散に逃げ帰るだろ、アイツも。
そして気付く、ドラゴンは自分の住処に宝物を貯める習性がある事を。
それに手出したら、やっぱり怒るよな…ドラゴン。
「あいつアホだしなぁ…」
馬鹿は死ななきゃ治らんとは言え、やっぱり心配だ。
なので、予め言われていたように心の声で必死に呼びかけてみる。
(そこは危険だ!早く逃げろ!)
よし、心配終了!
右に行ったあいつは心配無いとしてだ…
後は自分の心配をしないと。
「あの…結局、俺を帰してくれないんですか?」
「はい?帰すとは?」
「だってこの吹雪は貴女の仕業なんでしょ?俺を帰さないつもりなんでしょ?」
「お帰りになられたいのでしたら、どうぞご自由に」
「え、いいの?」
「あの…いつ、私が帰らせないなどと申しました?」
「そう言えば…」
そんな事一言も言ってなかったな。
なんだ、じゃあ別にここに残らなくていいんだ。
「じゃあ、俺戻ります…遅くなると皆心配するだろうし…」
「はいはい、わかりました…では準備を整えてきますので」
そう言うと、寝ていたユキメを起こし、足早に部屋を後にした。
「…」
今までの心配は一体なんだったんだ。
やっぱり魔物だからって設定どおりの先入観を持っちゃいかんね。これ大事な事。
こっちも素早く身支度を整える。
濡れた服はもう乾いていたので一安心だ。
「晴れたな…」
先程の猛吹雪はどこへやら、晴天である。
そして初めて気付く、洞窟からこの屋敷までそんなに距離が無い事を。
オユキさんの話では、同じ所をグルグル回っていたらしい。
方向感覚も狂っていたから、まっすぐ進んでるつもりがそうじゃなかったのか。
山の天候は変わりやすい、これはオユキさんの仕業ではなさそうだ。
一緒についてきたユキメはと言うと、雪玉を作ってこっちに投げつけてきたり。
雪ライフを満喫していた。
「雪なんて嫌になるほど見てるだろ?」
「誰かと一緒に遊んだ事無かったし…」
泣かせるやないか。
不憫に思い、こっちも雪玉を作ってそれを投げ返す。
雪合戦だ。
しばらくは、帰るのも忘れて遊びに夢中になった。
それから、お互い疲れて雪合戦が終了し、とうとう洞窟の手前まで辿り着いた。
「いままでお世話になりました…じゃあ、俺はこれで」
そう言って頭を下げ、2人に背を向け歩き出す。
「ちょっと待って」
歩き出そうと思ったのだが、後ろからオユキさんが首根っこを掴む。
「なんすか?」
せっかくきれいに纏まったと思ったのに。
「いえ、ちゃんと道案内して頂かないと…」
「どこに」
「その、貴方達が集まっている場所までですよ」
「何で?」
「何でって…私たちもついていくんですから」
「………」
なんでやねん。
「お互いもう離れられない体になりましたし…」
「アンタがやったんでしょうが」
ついて来る!?一緒に?何で!?
いきなり告げられた衝撃事実に、頭が混乱する。
「一度手に入れた男を、そう簡単に手放すとお思いですか?」
「お子さんどうすんのさ」
「連れていきます」
えー…嘘…
百歩譲ってオユキさんはいいとしてもだ、ユキメは駄目だろう。
「コブ付きはお嫌ですか…?」
「俺まだ学生なんですけど」
どうしよう、父さん母さん…
嫁と子供がいっぺんに出来そうです。
いや、出来た。
「大体こっちが断れない状況にしておいて…ずるいよ」
言ってわかってもらえる状況でもないだろう。
もう諦めよう、これも入っちゃいけない場所に入った報いなのか。
「ああ、それと…」
今までの砕けた表情から一変、真剣な顔のオユキさんが顔を近づけてくる。
「な、なんすか?」
「娘に手を出したら、承知しませんよ?」
「…」
そう言って、ニッコリと微笑む。
先程の一件を未だに根に持っている。
雪女の執念深さを垣間見た気がした。
というかそんな目で見られてたのか俺…
結局、食料も見つからず、お目当ての金さえこの手にはない。
強制的に出来た妻と、娘を従えて、元来た道を戻る。
絶対皆に弄られる、ヤダなぁ…先生どんな顔するかな。
せめて単位だけはしっかり取らないと、さっさと卒業して働いて…
嫁と娘を養わなければいけない。
新しい目標を胸に秘め、力強く、地面を踏みしめた。
「やっぱり不安だなぁ…」
正直、お先真っ暗だ。
幾多の苦難を乗り越えて、金銀財宝をその手に掴み取る。
まさに漢の浪漫の代名詞とも言える。
「と言う訳で洞窟の前までやってきたわけですよ」
「今すぐ帰りたい」
「絶対何か居るって!考え直せ!」
いつの間にか、食料探しが宝探しになっているこの3人組。
と言うよりは、乗り気なのは1人だけ。
残りの2人は嫌々付き合っている状態です。
最初は他の組と一緒に仲良く食料を探していたのですが。
何故か気が付くとこんな事やるハメになりました。
「金探そうぜ金!」
これが発端だった。
ジパングは、黄金の国と呼ばれる程、金が豊富に採れる。
まさに夢の国である、という文献を読んだ事がある。
「だからきっと金山があるに違いないんだよ」
「こいつアホだ」
「アホだな」
仲間の2人との温度差は相当なものだ。
それは当然といえば当然の事である。
こんなあからさまな場所に宝の山だけがポンと置いてあるハズもない。
絶対魔物が居る。
穴などに住むタイプの魔物は少々厄介だ。
引きずり込まれたら二度と帰る事は叶わないかもしれない。
「多少のリスクは付き物だろう…冒険には」
「だからやりたきゃお前だけやってろよ」
「俺ら食い物探して帰るからさ」
当たり前と言えば当たり前の反応だ。
そもそも、当初の目的から完全に逸脱している。
いきなり埋蔵金探しだと言い出したと思えば、いつの間にか金探しに変わっていた。
仮に金銀財宝を見つけたとしても、この人数では持ち運べる量も限られる。
それよりも、先生に見つかれば恐らく拳骨くらいでは済まないだろう。
「怒られるの怖いじゃん」
「勝手に洞窟荒らして帰ってくるとかイン○ィーかお前は」
世界一有名な考古学者を例に挙げて何とか説得を試みる。
しかし、金に目が眩んだ人間の何と浅ましい事か。
全く聞く耳を持たない。
「ジパングと俺らの国じゃあ金相場が全然違うんだよ」
「だから何だよ」
「仮にだぞ?ほんのちょびーっとでも金を持って帰ってだ、銀に交換するとどうなると思う?」
「…どうなるんだ?」
「なんと!15倍になる!」
「「な、何だってー!?」」
金銀交換比率は、諸外国が概ね1:15なのに対してジパングは1:5くらいらしい。
ので、これからどんどんジパングの金が外国へと流出していくだろう。
つまり、ジパングから持ち帰った金を銀と交換すれば、莫大な財産が手に入る。
と、アホな頭なりに一生懸命考え抜いた結論であった。
「いや、いいんだよ。どぉーしても行きたくないってんならさ」
「…」
「そこらの茸でも拾ってさっさと戻ればいいじゃん?別に強制はしないからさ」
「…」
「いやぁ〜残念だなぁ…せっかく金を見つけたら山分けしようかと思ってたんだけどなぁ〜」
「…!!」
「なん…だと…!?」
「じゃあ俺は行ってくるからさ、お前らは食い物探しに戻れよ」
「ちょっと待ってくださいよリーダー!」
「あっしらもお供させてくだせぇ!!」
金の魔力には誰も逆らえないのだ。
「いや〜…意外と広いな」
いざ進め!と思ったのだが洞窟の中は真っ暗だった。
用意していた道具の中から松明を取り出し、それに火をつける。
火が消えなければ、空気があると言う事になる。
明かりや空気チェックなどにも役立つ優れものだ。
イザと言うときは武器にして振り回したりもできる。
松明は万能なのだ。
「そこまで万能じゃないだろ」
「と言うか最後の使い方は明らかに間違ってないか?」
正直どうでもいい。
それよりも、まず中に入って気付いたのは洞窟の広さ。
入り口は人間が通るのでやっとと言った感じだったのだが…
中に進むにつれて、徐々に広がっていく。
「すっげぇな…」
手を伸ばしても、天井まで届かないくらいだ。
はたして、これ程の広さが必要なものなのだろうか。
鉱山の中に入った事は無いのでよくわからない。
「まるで巨大生物でも住んでそうだなぁ…」
ふと、そんな事を口走ってしまう。
「ハハハ…化け物でも居るってのか?」
「ありえねぇよハハハ…ハハハ…」
「ですよねーハハハ…」
急に不安になる。
「そういえば」
「何だ?」
「何でこの洞窟に金があるって思ったんだ?」
「そういえばそうだった」
実を言えば、穴の類はここに入るまで幾つか発見していた。
しかし、それらには見向きもせずに、あえてここを選んだ。
その理由が、今一2人にはわからなかった。
「入り口さ、ボロボロの立札あったじゃん?」
「…あったっけ?」
「知らん」
「あったんだよ、もう殆ど何書いてるか読めなかったけど、少しだけ何とか読めたんだ」
「で、なんて書いてあったんだ?」
「キンって、確かに書いてあった」
確証を掴むまでにはいかないが、可能性としては大いにあり得る。
しかし、もう長い間人の手が入っていない荒廃っぷりである。
既に金など産出し尽されているかもしれない。
「大体金山の類ってさ、まだ取れるんなら厳重に守られてるよな」
「こんな場所だしなぁ…取れても警備出来ないだろ?」
いくら金が産出するとは言え、魑魅魍魎が蠢くこんな所を必死で守るだろうか。
途中で放り出してそのまま、と言う話なら納得が行くだろう。
それも、ここが金山だったという大前提が必要だが…
「何も無いじゃん」
「そもそも金って、どうやって採掘すんの?」
「知らん」
「おい」
ここに居る全員、鉱山に関して言えば全くのド素人である。
まるで魚屋に売ってある切り身を見て、切り身が海の中を泳いでいる!
と考える子供のように、とりあえず鉱山に行けば金がある!
という浅はかでバカな考えのもとに行動している。
救いようのない集団なのだ。
「何かボロクソ言われてる気がする…」
会話も途切れ、ただ黙々と先へと進む。
意外な事に、この洞窟はほぼ一直線の道のりだったので、迷う事はない。
それは良いのだが、いい加減変わり映えのないこの光景にも焦れてきた。
延々続く土の壁、金どころか、他の鉱物なども見えやしない。
やはり、もう根こそぎ採掘し尽くされたのだろうか。
「何もねえな…」
言い出しっぺの生徒も、落胆の色を隠せない。
「…戻るか?」
「結構歩いたけど、まだ続いてるな」
結構な距離を歩いたハズなのだが、終点はまだ見えなかった。
さすがに歩き疲れた。少し休憩しようと足を止め、腰を下ろす。
「どうする?」
「やっぱり戻った方が良くないか?明らかにおかしいよここ」
「今さら戻るのもなぁ…」
このまま戻っても、今までの努力はすべて無駄となってしまう。
せめて、せめて金の一粒でも見つけて帰らなければ!
「金の亡者め」
「いい死に方しないわお前」
「凄い態度の変わりようだな」
見つけても絶対分けてやらねぇ。
そう心に誓う。
とにかく、ここまで来たら先に進もうという事になった。
再び腰を上げ、歩き出す。
しばらく進むと、今度は微妙な変化が現れた。
「おっ!道が分かれてる」
「ご丁寧に三方向に分かれてやがる」
「なにこのご都合主義」
お話だからいいのである。
となると、取るべき手段は1つ。
1人づつ、別の道を行くことになる。
「ほら、火分けてやるよ」
「これが生命線か…」
「何かあったときは心の中で必死に呼びかけろ」
「心の声が聞けるのかお前」
「いや、そうすりゃ気休めにでもなるだろ」
つまり何かあっても自力で何とかしてくださいという事だ。
と言う訳で、言い出しっぺの生徒が正面の道を。
残り2人が左右の道へ進む事になった。
「よっしゃ、行くか」
「何もありませんように」
「…」
「寒いな…」
左の道へと進んだ生徒が、微妙な変化に気付いた。
先の方から空気が流れ込んで来ている。
冷たい風だ。
「やっとここから抜け出せる!」
そう思うと、足取りも軽くなる。
しばらく駆けると、うっすらとだが、明かりが見えてきた。
「出口だ!」
やっとこの閉塞感から解放される!
そう思い、一気に光の先へと飛び出した。
までは良かったのだが、やはり考えなしに突っ込むのは良くない。
光に包まれた瞬間、躓いて地面に顔から突っ込んでしまった。
「ぶへぇ!!」
だが不思議な事に、痛みは無かった。
その変わりに感じたのは、冷たさだった。
「…雪か、これ…」
白くて冷たいものが顔に張り付く。
それを手で払いのけ、立ち上がる。
何という事でしょう、洞窟を抜けるとそこは…
「雪の国でした…」
見渡す限り一面の銀世界。
とても幻想的な…
バチバチバチ…
幻想的な…
バチバチバチ…
幻想的な…
バチバチバチ…
「痛ッ!!雪痛い!」
猛吹雪だった。
横から殴りつけるような雪が体にぶつかる。
非常に痛い。
辺り一面銀世界と言うより、殆ど視界がきかない。
さらに不幸な事に、さっき転倒した拍子に分けてもらった松明を手放してしまった。
どこにあるのか皆目見当もつかない。
「…寒い」
防寒対策は一応してきたのだが、こんな状況を想定した装備は無い。
一旦洞窟まで戻ろうかと思ったが、明かりが無いと駄目だ。
「八方塞がりじゃねえか…」
今、自分がどこに居るのか、それさえさっぱりわからない。
まさか、洞窟を出てすぐに遭難するハメになるとは思わなかった。
痛い程の横風と、寒さでどんどん体力が削られていくのがわかる。
この場所に留まっていれば、凍死してしまう。
とりあえず、何かを探すために歩き出す。
「でもなぁ…一体どこに行けばいいんだ?」
自分が前に進んでいるのか、後ろに引き返しているのか。
それさえも、さっぱりわからない。
相変わらず視界はゼロに近い。
「ハァ…ハァ…」
何も見えない、吹き荒ぶ嵐のせいで、全く前に進まない。
それでも、歩き続ければ何かがある、そう信じるしかない。
手足の感覚が徐々に無くなってくる。
「…あれ…これ…ヤバくね…?」
というより、体の感覚がおかしい。
何がおかしいって一番おかしいのは…
「暑い…」
そう、暑いのだ。
頭がおかしくなったのだろうか。
何でこんな雪の中で暑いんだろう。
今すぐ、この服を脱ぎ棄てて全裸で雪の中で飛び込みたい。
「あつ…暑い…」
ついに立ち止まり、その場に膝をついてしまった。
「こんなに着込んでるから暑いんだよ…」
全裸と言う訳にはいかない。
でも上着の一枚くらいなら脱いでも大丈夫だろう。
きっとそれなら平気だ…
そう思って、上着に手をかける。
しかし、手が悴んで中々上着を脱げない。
「クソッ…脱げない…」
今すぐ、この暑さから解放されたい。
そんな気持ちで頭が一杯だった。
とうとう強引に上着を脱いで、それを放り投げた。
少しは楽になっただろうか…
「駄目だ…ハハッ…あっついなぁ…」
自然と笑いがこみ上げてくる。
何でこんな事をしているんだ、俺は…
頭悪いなぁ…異国の地で雪山で遭難するなんて。
アイツの誘いに乗ったのが運の尽きだったのかな。
「もういいや…全部脱ごう…」
こうなると、総てどうでもよくなる。
もうどうでもいい、それよりも…
今一番やりたい事をしよう、どうせ死ぬなら…
いっそ少しの間だけでも気持ち良くなる為に…
「手…手ってどこまでだっけ…」
もう感覚が殆ど無い。今自分が体のどの部分を動かしているのか。
それすらわからない。
「ハッ…ハッ…ハッ…」
ようやく、指が服のボタンにひっかかった。
しかし指先の感覚も無く、ボタンを外すような動作は出来ない。
そう思って、服の間に手を引っ掛けて、思い切り破り取ろうとする。
「ウアァァッ!!…クソッ!」
必死に服を破ろうとするが、それさえ思うようにいかない。
意識も朦朧として来た、目蓋が重い。
目を閉じたら、二度と開く事は無い。
わかりきった事なのに、目を閉じる誘惑に逆らえない。
「何か…音が…」
風が吹き荒ぶ音に混じって、微かに聞こえる。
チリン…チリン…
確かに、そんな音が耳に入る。
誰か人が居たのか?もしかしたら助かるかもしれない。
だが同時に、もしこれが幻聴の類であったらどうしよう。
いや、多分そうだろう、これは…
体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
もう駄目だ、目も開けていられない…
「あ…暑い…」
最後に発した言葉がこれとは、何とも締まらない一生だ。
目を閉じる、またあの音が聞こえた気がした。
やっぱり幻聴だったんだ。
とても温かい、柔らかいものが上から覆いかぶさっている。
そんな感触がして、うっすらと目を開けてみる。
「…うん…?」
まず見えたのは、天井。
どうやらここは家の中のようだ。
今度はパチッパチッと何かが爆ぜるような音が聞こえる。
首を横に向けてみると、その正体がわかった。
囲炉裏の火元の炭が、音を立てながら燃えている。
「…助かった…のか…?」
反対方向に顔を向けると、縦長の箱が置いてある。
その箱の中から光が漏れている。
照明器具のようなものだろうか…
中に蝋燭でも入っているのかな、とそんな事を呟く。
「そんな高級なものはありませんよ…」
すると、どこからともなく返事が返って来た。
「あれは行灯と言うものです、中で菜種油を燃やしておるんです」
声のする方向は、近かった。
いや、近いと言う言葉で片付けていいものか迷う。
だって、その声の主は、今自分の上に覆いかぶさっていたのだ。
「たまに魚油も使いますけど…安いんですが臭いが悪くてねぇ」
そう言って、にっこりと微笑む女性。
いきなりの事態に思考が停止する。
「よかった…目を覚まされたんですね」
「えっ…ああ…」
青い肌、銀色の髪。
それを見ても、彼女が人ならざるものだと言うのがよくわかる。
「顔にも生気が戻ったようですね」
この人が、自分の上に覆いかぶさっていたのだ。
見た目は冷たいが、その肌の温もりは確かに伝わってくる。
と言うか伝わりすぎじゃないか?まるで裸同士のような…
「うん?」
何故か、自分が上半身裸だった。
「あ…あの…これはッ」
「ああ、お召し物ですか?あれはもうずぶ濡れでしたから…」
いや、そうじゃない。
別にこっちが裸でもまあいいだろう。
問題はだ。
「何で…貴女も服を脱いでるんですか?」
「いいえ、脱いではいませんよ…ちょっと帯を緩めただけです」
顔を上げて確認する。
確かに、着物を全部脱いでいるわけではなかった。
だが、はだけた着物から覗く胸が目に入ると、慌てて視線を逸らす。
いつまでもこの体勢では駄目だ。そう思い上体を起こそうとするが。
「まだ動いてはいけませんよ、死にかけだったんですから」
そう言って、ガッチリと両肩を掴まれてしまった。
「お召し物は乾かしておりますから、もう少し休んでくださいな」
いや、別に服の心配をしてるわけじゃないんだが…
と言うかこの状況はマズイ、意識すると駄目だ。
「いや、もう大丈夫ですから、だから離れて下さいお願いします!」
必死で訴える。
「…そうですか?名残惜しいですが…」
意外と素直に、体を離してくれた。
着る物が無いだろうと、浴衣のような着物も用意していてくれた。
それに袖を通し、改めて聞いてみる。
一体ここは何処なのか。
「ここは…旅籠みたいなものです」
「旅籠?」
「食事の出る宿泊所とでも言いましょうか」
「はあ」
ホテルみたいな感じだろうか?
とりあえずわかった。
「私は、この旅籠を管理しております…オユキと申します」
そう言って頭を下げる。
彼女が、自分を救ってくれたのだ。
「ああ…いや、こちらこそ。本当に助かりました」
「いえいえ、最近はすっかり人の出入りもなくなりましたので…歓迎いたしますよ」
旅籠、とは言うが、現在は訪れる者も無く閉店状態だったとか。
自分は久しぶりの客人らしく、彼女も大層喜んでいる。
「あの…持ち合わせがサッパリなんですけど」
「お金なんてよろしいんです…」
金は取らないらしい。
至れり尽くせりとは正にこの事だ。
ここはご厚意に甘えて…じゃなかった、そういうわけにもいかないんだ。
「あの、ちょっと質問があるんですけど?」
「はい?なんでしょう」
「ここら辺って…金山があるんですか?」
「おや、ご存じ無かったんですか?」
「えっ?」
彼女の話では、ここは予想通り金山だった。
昔は金の産出で、そこそこ栄えていたそうな。
この旅籠も、その頃作られたものだとか。
「他にも、神社なんかも作られたりしましたねぇ」
「神社?」
「洞窟を通って来たのでしたら、右の道を行けば、神社がございます」
「成程…」
なら、右を選んだアイツは神社に向かっているのか…
しかし、こっちも向こうも、肝心の金を見つける事は無理そうだ。
「なら、真ん中の道は何処へ通じてるんです?」
「……さて、では食事の準備でもして来ましょうか」
そう言って、会話を強制的に切り上げられてしまった。
明らかに、聞かれたくない事を聞かれたような反応だ。
何かあるんだろうか?
まさか、実はその道が金へと通じている!?
「無いか…」
流石にそこまで都合よく物事が運ぶわけがない。
個人的にアイツは死ぬほどひどい目にあってほしい。
危うく凍死しかけたのも元はと言えば無謀な洞窟探検に参加させられたせいだ。
そんな事を思っていると、どこからともなく視線を感じた。
「…そこか!?」
「…!?」
振り返ると、そこに居たのはこれまた予想外なものだった。
「…子供?」
小さな子供が、襖の隙間からこちらを覗き見ていた。
それと目が合い、お互いの動きが止まる。
「…」
「…」
しばしの沈黙。
「…あの」
「…ヒィッ!?」
声を掛けると、驚いて顔を引っ込めてしまった。
驚かせてしまったか。
「…」
しばらく間を置いて、また顔を覗かせてきた。
「…」
「…!」
今度はこっちも無言でそれを受けて立つ。
「…!!」
「…!!!」
なかなかやるな…
「…!!!!」
「…!!!!!」
フッ…まさかこの俺を本気にさせる女が居るとは思わなかった。
ならばこっちも本気を出して…
「あの…?」
「…ひゃっ!?」
突然、後ろから声を掛けられて驚いた。
こっちが先に声を上げてしまったので俺の負けのようだ。
「何をしてるんですか?」
膳を運んできたオユキさんだった。
「いや…少女が」
「少女…?ああ…あの子ですか」
あの子の事を知っているのか。
「娘です」
「へぇ…娘さんですか」
「ほら…そんな所に居ないで、お客様に挨拶なさい」
膳を目の前に置くと、おもむろに襖の前まで移動する。
そして、勢いよく襖を横に開く。
「うわ…!」
その中から、勢いよく少女が飛び出してくる。
そしてこけた。
「うう…」
「大丈夫?」
「全く、どんくさい子ですねぇ」
「ユキメともうします…」
そう言ってぎこちなく、こちらに向かって頭を下げる。
母親をそのまま小さくしたような、よく似ている。
違うと言えば、長い髪の母親とは対照的な短い髪。
おかっぱと言うやつだろうか。
娘さん、と聞いて正直安心した。
何故かって?だってそうだろう、娘さんが居るという事はだ。
旦那さんが居るハズだ。
となれば、自分が襲われる心配は無いと言い切れる。
考えてもみれば、この旅籠を女手一つで切り盛りしているとは思えない。
しかも子持ちと来たら余計大変だろう。
じゃあ何で目覚めにあんな事をしてたんだと言われると言葉に詰まる。
まあ、そういうサービスもあるだろうと勝手に納得しておこう、うん。
「頂きます」
とりあえず、出されたものは食べねばなるまい。
遅い昼食だ、歩き疲れて腹が減っていたのでこれはありがたい。
主食の白飯、汁物の味噌汁、惣菜の焼き魚に香の物。
とりわけ豪華でもないが、今の状態ではこういうものの方が有難い。
「大したものではありませんが、おかわりはいくらでもありますので…」
「とんでもない、一文無しの身でここまでしていただけるとは…」
まずは味噌汁、容器を持ち、ゆっくりと口元へ運ぶ。
体が芯から温まる、そんな心地だ。
何となく箸の使い方を知っていてよかった。素直にそう思う。
やっぱりその国のしきたりや作法を知っていてこその郷土料理だ。
なんてどこぞの美食家集団紛いの事を思ってみる。
「ところで」
「はい、何でしょうか?」
「旦那さんは…家には居ないんですか?」
思い切って聞いてみる事にする。
疑っている訳じゃ無いが、確信が欲しかった。
自分が安全であるという確信が。
「あ…ああ〜…そうですね、やっぱり気になられますか?」
「まあ、やっぱりそうですかね」
この話を切り出すと、オユキさんが少々申し訳ないと言った表情を見せた。
あれ?これってまさか…
「旦那は、いましたよ」
「いました?今は、ここに居ないんですか?」
「今は…」
マズイ、非常にマズイ、これは…
「今はもう、居ません」
やってもうた…地雷や、地雷を踏んでしもうた…
「…あ、あははははは…はぁ…」
何とか平静を装うとするが、声が上擦ってしまう。
「女子供2人で…それはもう寂しい思いをしていたのです…」
「そ、そりゃ大変ですねぇ」
箸の先が震える、上手く漬物を掴めない。
平常心平常心…耐えろ、ここを耐えたらさっさと帰り道を教えてもらおう。
そして帰るんだ、仲間が待っているであろう洞窟へ。
味がさっぱりわからなくなった昼飯を、一気に腹の中へと詰め込む。
その様子を、オユキさんは目を細めながら黙って眺めていた。
「食い過ぎた…」
さっさと食ってお暇しようと思ったが、食い過ぎた。
しばらく休まないと駄目だ。
「参ったなぁ…」
寝転がり、自分の腹を手で擦りながら、今後の身の処し方を考える。
オユキさんは、膳を下げに部屋を出て行った。
まさに上げ膳据え膳だ、こっちは何もしなくていい。
徐々にこの場所が心地よくなっていく。
いっそずっと居てもいいかなぁ…なんて思ったりもする。
「…いかんいかん!」
こうやって、じわじわと籠絡されていくのを黙って受け入れる訳にはいかない。
そう思い、上体を起こしてみると、目の前にあの少女、ユキメが居た。
「…」
「…」
また、お互い無言になる。
「…」
「…!」
「いや、またやるのかよ」
ループしそうになったので止める。
子供は何を考えているのかさっぱりわからん。
苦手だ。
「なんか用かい?」
「遊んで」
「遊んでって…」
そう言うと、勢いよく腹の上に圧し掛かってくる。
「ちょっと…やめて」
「遊んで」
「何でよ」
初対面であんなにも火花を散らしたと言うのに、何だこの懐かれっぷりは。
「私とあそこまで渡り合えたのは…おじさんが初めて」
「はぁ?」
「だから…好敵手として認める」
「…」
どうしよう、自分の思考が完全に少女と同レベルだった。
しかもおじさんとは。
「まだ花の十代真っ盛りなんですけど…」
「いいから遊んで、おっさん」
「微妙に偉そうになってないか?」
正直このまま横になりたいのだが、遊べとしつこくせがまれるので仕方なく付き合う。
「よ〜し、じゃあ何して遊ぶ?」
おっさんもやる気モードになった。
「おままごと」
「おう、歳相応だね」
もっと妙な事を言われると思ったが、これなら大丈夫だろう。
「じゃあおっさんがお父さん役ね…」
「"お兄さん"が父さんね」
「で、私がお母さん役…」
「うむ」
「で、母さんが…」
「お母さん要るの?」
「母さんが愛人役…」
「おいクソガキ」
妙にマセていた。
「夫の不倫現場に殴りこんだ妻、と言う状況で…」
「なあそれ面白いと思うか?それやって本当に面白いと思うか!?」
胃が痛くなるだけだ。
つらいのは自分だけ。
一体どういう教育してるんだあの人。
「この…泥棒猫ッ…」
「やらんでいいやらんでいい」
本人はすっかり乗り気だ。
こんな子供嫌だなぁ。
「私が愛人役ですか?」
いつに間にか戻ってきたオユキさんだ。
「中々発想豊かなお子さんですね…」
「卑しいでしょう?」
「いや、そこまでは…」
「私とよく似て、卑しい子です」
そう言うと、何故かこっちに擦り寄ってくる。
なんでや。
「あら、私が愛人ですよね?」
「やるんすか?」
「面白そうですし…」
親子だなぁ。
「じゃあ、私が家に帰ってくるとお父さんと愛人が仲良くしてるってシチュエーションで…」
「俺すっごい駄目なお父さんじゃない?」
「リアリティ…」
そう言うと、ユキメは部屋から出て行った。
普通に横文字使ってませんか、あの子。
「…」
オユキさんと2人、部屋に取り残されてしまった。
どうしよう。
「では、仲良くしましょうか?」
「ええっ!?」
一方のオユキさんはノリノリである。
仲良くする、と言って体を密着させてきた。
腕に胸が押し付けられる感触。
いかんな、目覚めた時を思い出しそうだ。
「ちょっと…やり過ぎですよ?子供の遊びですし…」
「最近の子供は、これくらいリアリティが無いと駄目なんですよ」
更に、体を押し付けてくる。
意識してはならんと自分に言い聞かせているのだが。
どうしても着物の合わせ目から覗く胸元に目が行ってしまう。
「…そうだ」
何かを思いついたのか、オユキさんが体を離す。
すると、袖の中に手を突っ込み、棒状の金属を取り出した。
「一服しますか」
小さい箱の中から、葉っぱのようなものを摘み、それを金属の先端に詰める。
それに火をつけ、反対側の先端を口に咥える。
「スーッ…ハァーッ…」
吸い込み、口を離すと、煙が吐き出される。
煙草か?
「煙管です」
「煙草っすか」
煙草を吸うと言うイメージが無かったので、今の出来事に少々驚く。
まあ、魔物でも煙草くらい吸うだろう。
「いかがです?」
そう言うと、手にしている煙管をこっちに差し出してくる。
流石に煙草を嗜む趣味は無いので、丁寧にお断りする。
「フフッ…アハハハハッ!!」
すると、対応が悪かったのだろうか。
口を大きく開けて、笑い出した。
「えっ?えっ!?」
「ふぅ…やっぱり、私の見込んだ通りのお人」
また煙管を口に咥え、一服する。
小馬鹿にされているようで少し気分が悪い。
「ちゃんと教育を受けおられるようで…」
「はい?」
「並の男なら、女に煙管を差し出されたら…」
「…」
「すぐ、その肩を抱き寄せるものですよ?」
「そ、そうなんですか!?」
そんな仕来り知らんがな。
大体国が違うし…
「まだ知らないんですか、女の味を?」
図星です。
ええ、そうですとも、まだ知りませんよ。
「おやおや、やはりそうですか」
煙管を逆さに持ち、葉っぱを囲炉裏の火元へ捨てる。
手早く小箱へ煙管を仕舞うと、またしてもこちらへ擦り寄ってきた。
「御指南して差し上げても宜しいんですよ?」
「な…!?」
「それとも、こんな年増ではお嫌ですか?」
「年増だなんてそんな…」
経産婦独特の、その柔らかな身体つきが、目に入る。
改めて意識し出すと、視線を逸らす事が出来ない。
「…」
「おやおや、ここをこんなにして…」
「そこはッ!?」
彼女の手が、大事な所に優しく触れる。
既にそこは、臨戦態勢に入っていた。
正直者の息子を見ると、涙が出てくる。
「やっぱり駄目ですよ…こんなッ!娘さんも居るし…」
「娘は空気の読める子ですから、大丈夫です」
「何が大丈夫なんですか!それに、旦那さんだって!」
「旦那は…随分前に死にました」
未亡人かぁ〜…
そっちの属性は無いんだけどなぁ…
「どうか、どうかこの哀れな女に、一度だけお情けを頂けないでしょうか…」
「お情けってあーた…」
「あなたも、人肌恋しくなって来たでしょう?」
「はい?」
「私の体を、温かいと感じたはずです」
「あっ…!?」
言われてみれば、雪女の体を温かいと感じるハズが無い。
と言う事はだ、まさか…
「氷の吐息を…」
「お互い、似たもの同士ですから…何の心配もいりません」
気を失っているうちに、色々やられていたようだ。
流石にここまでくると身の危険さえ感じてくる。
早くこの場から離れないとヤバイ、長居すると、離れられなくなる。
戻らないと、連れも心配してるよな…うん。
「さあ、いらして下さい…」
「あ、ああ…はい…」
そう言われるままに、立ち上がった彼女の後を追う。
襖一枚隔てた隣の部屋へと、誘われるように入っていく。
そこは、畳が敷かれた小さな部屋だった。
部屋の隅には、照明器具の行灯が置かれている。
それが優しく、部屋を照らしている。
部屋の中央には、布団が一枚敷いてあった。
どうやらここは寝室のようだ。
その上に、彼女が身を横たわった。
「来て…」
そう言って、手を伸ばしてくる。
この手を握ってしまえば、もう後戻りは出来ない。
いいのか、それで…いいのか。
「クソッ…!」
頭でわかっていても、体が言う事を聞かない。
ぎこちなく出された自分の手を、彼女がしっかりと掴んだ。
そして、力強くそれを自分の元へ引き寄せる。
勢いよく、彼女の上に覆いかぶさる形になった。
「あっ…」
自分の手が、豊かな乳房に触れる。
すると、彼女の口から小さく声が漏れた。
頭の中で、何かがプツンと切れた気がした。
もう抑えがきかない。
乱暴に、彼女の乳房を揉みしだく。
指に食い込む柔らかい感触が、病み付きになりそうだ。
「んっ…もう少し…優しくっ…」
「…あっすいません…」
彼女の訴えを聞いて、慌てて手を離す。
胸を揉む事に夢中になってしまった。
「んふっ…どうでした…母親以外の女の胸を揉んだ感触は…?」
「や、柔らかかったです…」
「素直でよろしいです…」
答えに満足したのか、淫靡に笑う。
今度は、お互いに唇を合わせる。
下を絡めたり、吸ったり吐いたりと。
忙しなく口の中を動かす。
仄かに、煙草の臭いがする。
それに加えて、冷気のようなものが送られてくる。
心が寒い、もっと、もっと人肌で温まりたい。
そんな気持ちが、体の底から湧き出てくる。
「もう…駄目なのか…」
やっとの思いで口を離す。
抗おうにも抵抗する術が無い。
言われるままに、今度は彼女の下腹部へと手を伸ばす。
着物の隙間から、うっすらとだが、体液に塗れた秘部が見える。
指で優しく、触る。
すると、彼女の口から嬌声が漏れる。
「ああっ…」
「こっちの毛も銀色なんだ…」
「もう、我慢出来ません…だからっ…来て下さいっ…」
ついにこの時が来た。
既にマイサンは痛い程反り立ち、脈打っている。
それを、秘部にあてがい、一気に中へと差し込む。
「ああぅんっ…久しぶりの感触がぁっ…!」
「くはっ…これは…すげぇ…」
初めて味わう女の感触に戸惑いながらも、自然と腰を動かしていた。
しかし、慣れていない事をするとすぐに終わりが訪れる。
「あっ…!?もう、出…」
「はあっ…ああっ…いいんですよっ…中にっ…中に下さい!」
「駄目です…足…足を離して!」
腰を引こうとするが、彼女の足がそれを許さない。
むう…この技は…古より伝わるだいしゅきホールド!
なんて余計な事を考えている内に、彼女の中で達してしまった。
「ああああ!!…っなんちゅうこっちゃ…」
妙な事は考えないに限るな、うん…
次があればだけど。
「まだ、まだ…いけますよね?」
「えっ…」
「いけますよね?」
「はい…」
満面の笑みを浮かべながら、そう言う。
逆らうと怖いので、従うほかない。
余韻に浸っている間も無く、再び繋がったまま腰を動かそうとする。
「ちょっと待った!」
思い切り襖を開け放ち、怒鳴り込んできた声の正体。
ユキメだった。
「ウチの旦那に手出すなんてええ度胸やないの…!」
「…」
「…へ?」
2人ともキョトンとした顔になる。
どう反応していいのかわからない。
「さっさと旦那から離れや…!この泥棒猫!」
「ああ、そうか!」
これはさっき言ってたままごとだったんだ。
なら、こっちも役になりきらないと。
「ち、違うんだマイハニー!これは誤解だよ!」
そう大げさに言い放ち、オユキさんから離れる。
「あっ…ちょっと!」
「僕が愛してるのは君だけだよ!」
「じゃあその女は何なの…!」
「か、彼女が嫌がる僕を無理やり襲ったんだ!本当だよ、信じてお願い!」
我ながら完璧な演技だ。
これなら大丈夫だろう。
そう思ってオユキさんの方へ首を向けると、凄いものを見てしまった。
「あらあら、随分と仲のいい事ですねぇ…」
引き攣った笑顔でそう言い放つ。
口元はピクピク痙攣し、こめかみに青筋が立っている。
すっごい怖い。
とにかく、殺気を背後に感じながらもおままごとを続ける。
チッっと舌打ちする音が聞こえた気がしたが、気のせいだ、多分。
再び、囲炉裏の前へと集まる。
お互い乱れた衣服を直し、無言のまま火元を見つめている。
ユキメはと言えば、母親の膝の上で規則正しく寝息をたてている。
寝顔は凄く可愛い。
「…」
「…」
意識を外に向けると、やはりまだ吹雪は収まっていないようだ。
そろそろ出発しないと夜になる。
だが今外に出るのは自殺行為だ。
「ここは…」
「え?」
「ここは…旅籠と言うよりは、飯盛旅籠…のような場所だったのですよ」
「飯盛?」
「遊女紛いのサービスを提供する宿場…ですかね」
こっちで言う売春宿みたいなものだろうか。
オユキさんが、ポツポツと語り始めた。
ここは、先程述べた通り昔は金山として栄えていたと言う。
「でもある時、悲劇が起こったんです」
「悲劇?」
「ある事が原因で、金山が閉鎖されまして」
「閉鎖?」
「確か入り口に立札があったハズですが…」
「…それって、何て書いてあったんですか?」
「立ち入りを禁ずる…とかだったと思いますけど」
ああ、あの野郎…
なまじ文字がちょっと読めるからこんな事態に…
殺意が芽生えてきた。
と、ここで思い出す。
言い出しっぺのあいつが選んだ道は、真ん中だった。
「結局、真ん中の道を進んだ先には何があるんですか!」
ここまではぐらかされたら、やっぱり知りたい。
「わかりました…そこまで仰るのならお教えしましょう」
「…」
ついに聞かされる、その真相。
どんな衝撃事実かと身構えたが、答えは予想外のものだった。
「あそこの、真ん中の道を行った先に居るのは…」
「居るのは…!?」
「竜です」
………
……
…
「はぁ?」
「あ、あら?」
こっちの反応が想定外なものだったのか、オユキさんも微妙な表情になる。
「竜って…ドラゴンですよね」
「どらごん?」
「ほら…こう大きな羽があって」
「ええ、長い尻尾がありまして」
「硬い鱗に覆われて」
「長い牙を持つ」
「デッカイ蜥蜴のような」
「それがドラゴン」
「それが竜」
うん、同じイメージだ。
なんだ…あれだけ勿体付けた答えがそれかよ。
「竜を怖れぬとは…一体どういう事ですか?」
「いや〜だってドラゴンですよね?」
ドラゴン、確かにその力は強大だ。
高位の魔物であることに変わりはない。
でも、正直そんな恐ろしい印象は無い。
別に親魔物領出身だからとかじゃなく、基本的に話せばわかるだろう。
大体、あんな頭の悪いアホを襲ったりするものか。
軽くあしらわれるだけじゃないのか。
「その竜が、金脈の場所に居座り始めてから、人が居なくなったんです」
「へぇ…何かやったんすか、そのドラ…竜」
「人を襲いました」
「…」
「竜を退治しようと腕に覚えのある者が何人も挑戦しましたが…」
「倒せました?」
「誰一人として帰っては来ませんでした」
相当気性が荒いみたいだ。
まあ…ドラゴン見たら一目散に逃げ帰るだろ、アイツも。
そして気付く、ドラゴンは自分の住処に宝物を貯める習性がある事を。
それに手出したら、やっぱり怒るよな…ドラゴン。
「あいつアホだしなぁ…」
馬鹿は死ななきゃ治らんとは言え、やっぱり心配だ。
なので、予め言われていたように心の声で必死に呼びかけてみる。
(そこは危険だ!早く逃げろ!)
よし、心配終了!
右に行ったあいつは心配無いとしてだ…
後は自分の心配をしないと。
「あの…結局、俺を帰してくれないんですか?」
「はい?帰すとは?」
「だってこの吹雪は貴女の仕業なんでしょ?俺を帰さないつもりなんでしょ?」
「お帰りになられたいのでしたら、どうぞご自由に」
「え、いいの?」
「あの…いつ、私が帰らせないなどと申しました?」
「そう言えば…」
そんな事一言も言ってなかったな。
なんだ、じゃあ別にここに残らなくていいんだ。
「じゃあ、俺戻ります…遅くなると皆心配するだろうし…」
「はいはい、わかりました…では準備を整えてきますので」
そう言うと、寝ていたユキメを起こし、足早に部屋を後にした。
「…」
今までの心配は一体なんだったんだ。
やっぱり魔物だからって設定どおりの先入観を持っちゃいかんね。これ大事な事。
こっちも素早く身支度を整える。
濡れた服はもう乾いていたので一安心だ。
「晴れたな…」
先程の猛吹雪はどこへやら、晴天である。
そして初めて気付く、洞窟からこの屋敷までそんなに距離が無い事を。
オユキさんの話では、同じ所をグルグル回っていたらしい。
方向感覚も狂っていたから、まっすぐ進んでるつもりがそうじゃなかったのか。
山の天候は変わりやすい、これはオユキさんの仕業ではなさそうだ。
一緒についてきたユキメはと言うと、雪玉を作ってこっちに投げつけてきたり。
雪ライフを満喫していた。
「雪なんて嫌になるほど見てるだろ?」
「誰かと一緒に遊んだ事無かったし…」
泣かせるやないか。
不憫に思い、こっちも雪玉を作ってそれを投げ返す。
雪合戦だ。
しばらくは、帰るのも忘れて遊びに夢中になった。
それから、お互い疲れて雪合戦が終了し、とうとう洞窟の手前まで辿り着いた。
「いままでお世話になりました…じゃあ、俺はこれで」
そう言って頭を下げ、2人に背を向け歩き出す。
「ちょっと待って」
歩き出そうと思ったのだが、後ろからオユキさんが首根っこを掴む。
「なんすか?」
せっかくきれいに纏まったと思ったのに。
「いえ、ちゃんと道案内して頂かないと…」
「どこに」
「その、貴方達が集まっている場所までですよ」
「何で?」
「何でって…私たちもついていくんですから」
「………」
なんでやねん。
「お互いもう離れられない体になりましたし…」
「アンタがやったんでしょうが」
ついて来る!?一緒に?何で!?
いきなり告げられた衝撃事実に、頭が混乱する。
「一度手に入れた男を、そう簡単に手放すとお思いですか?」
「お子さんどうすんのさ」
「連れていきます」
えー…嘘…
百歩譲ってオユキさんはいいとしてもだ、ユキメは駄目だろう。
「コブ付きはお嫌ですか…?」
「俺まだ学生なんですけど」
どうしよう、父さん母さん…
嫁と子供がいっぺんに出来そうです。
いや、出来た。
「大体こっちが断れない状況にしておいて…ずるいよ」
言ってわかってもらえる状況でもないだろう。
もう諦めよう、これも入っちゃいけない場所に入った報いなのか。
「ああ、それと…」
今までの砕けた表情から一変、真剣な顔のオユキさんが顔を近づけてくる。
「な、なんすか?」
「娘に手を出したら、承知しませんよ?」
「…」
そう言って、ニッコリと微笑む。
先程の一件を未だに根に持っている。
雪女の執念深さを垣間見た気がした。
というかそんな目で見られてたのか俺…
結局、食料も見つからず、お目当ての金さえこの手にはない。
強制的に出来た妻と、娘を従えて、元来た道を戻る。
絶対皆に弄られる、ヤダなぁ…先生どんな顔するかな。
せめて単位だけはしっかり取らないと、さっさと卒業して働いて…
嫁と娘を養わなければいけない。
新しい目標を胸に秘め、力強く、地面を踏みしめた。
「やっぱり不安だなぁ…」
正直、お先真っ暗だ。
11/01/04 00:11更新 / 白出汁
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