連載小説
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驚異!幻の民族は密林奥地に実在した!!

さてさて、鉄砲というものがこの国に伝来した経緯を諸君は知っているかな?
細かい説明は省くが、ある島の島主が異国の船が来航した際、二丁の銃を購入したのが始まりである。
その鉄砲により、一大軍事革命をもたらした。
しかしそれは単に鉄砲のみが伝来したことではなく、諸々の製造方法が獲得された事を意味する。
鉄砲本体のみではなく、火薬、弾丸、火縄などの付属品を含めた総合的な製作、製造技術。
それらが移転される必要がある。
では今回は、その技術移転の実態からその問題点を見ていこうと…
ああ、どいつもこいつも寝とる…







「何だっけ…?」

「どうした急に」

食料を探す傍ら、頭に浮かんできたのは前に行われた授業の風景だった。
話が話しなので、みな睡眠を貪っている。
かく言う自分もその中の1人だった。
朦朧とする意識の中で、それを聞いていた?のを思い出す。

「いやぁ…なんか問題点がどうのこうのと」

「だから何の話よ」

草木を掻き分けて、とりあえず食べられそうな物を探す。
しかし、やっぱり素人目には何が食用に適しているのかサッパリだ。

「確か縦に裂ける茸は食える…って」

「迷信らしいぞ、それ」

「マジで?」

手にした茸を捨てる。
もう1人の友人は、自分より知識があるようだが、それでも通説の域を出ない。

「熊に出会った時の対処法は知ってるか?」

「確か死んだフリは駄目なんだよな?」

熊は雑食らしいので死肉も食らうとか。
グリズリーなんかに会った時も同様だ。
お持ち帰りされてしまう。
「音を出す?」

「あと目を見る」

「坂道は登るのが苦手なんだっけ?下るのだっけ?」

「…わかんねぇ」

出会わない事を祈るしかない。
音を出して存在を知らせる、と言う方法は知っている。
でもそれは逆効果かもしれない。
敵は野生動物だけではないから。

「甘いもん食いたいな」

「蜂蜜とかあるんじゃねえの?」

「いや…それ危険過ぎないか?」

どっちにしろ襲われる危険が多い。
慎重にならざるを得ないので、作業は全く捗らない。

「茸の類は先生に見分けて貰えばいいんじゃないか?」

「あの人絶対面白がって毒茸食わせたりするじゃん」

「そこで即座に否定出来ないのが凄く辛いんだよな…」

先ほどまで他の組の連中と一緒に居たのだが。
急に埋蔵金だのマイ雑巾だのを見つけると意気込んで走り去ってしまった。
完全にノリが探検隊とかのそれである。
そうして、いつ来るともしれない襲撃者の影に怯えながらも、更に奥へと足を進める。
しばらく歩いていると、友人があるものを見つけた。

「おい、あれ家じゃね?」

「うん…だな」

友人に指摘される前から、その建物の存在に気付いてはいた。
その建物は、小さな茅葺屋根の平屋がぽつんとそこに立っていた。
屋根からは煙が立ち昇っており、生き物が生活している証拠が見て取れる。
普通なら、喜び勇んで扉を叩くのだが、今回はそうはいかない。

「魔物だよねぇ」

「だって人居ないってアカオニさん言ってたもんな」

必然的に、あの家に居るのは魔物と言う事になる。
問題はその種類だ。
話のわかるタイプなら、何とか交渉出来る余地はある。
逆に最も恐れるのは、問答無用で襲い掛かるタイプ。
その見極めも重要だ。

「う〜む…」

「行こうぜ?」

などと頭を悩ませている自分を尻目に、友人は歩き出す。

「おい、もうちょっと悩めよ」

「バッカだなぁお前、よく考えてみろよ?」

確かに危険はあるだろう。
しかし、民家を構えていると言う事は、ある程度人間と交流出来るハズなのだと友人は言う。
いきなり襲い掛かってくるような種類の魔物が、そもそも家など構えるか。
火なんておこせるもんか、と胸を張り説明する。
最後のはどうか知らないが、成程確かに一理ある…かもしれない。

「それにこっちは2人だぜ?何かあったら」

「協力して立ち向かえばいいと?」

「お前を犠牲にして逃げられるし」

「俺たち親友だよな?なぁ?」

友人が目を逸らす。
友情などと言うものは、容易く亀裂が入るものだと誰かが言っていた。
その通りなのかもしれない。

意を決して、扉の前まで来る。
深呼吸をしてから扉を数回、コツコツ叩く。
すると、扉の向こうから声がする。
やはり若い女の声だ。
身構えてい待つ事数十秒。
扉が勢いよく横に開かれる。

「引き戸か…」

すると、部屋の中から熱気が勢い良く襲ってきた。

「熱ッ!?」

「なんだここ…」

更に奥からは、何か硬い物を勢い良く打ち付ける音が響いている。

「こんな所にお客さんとは…珍しい事もあるもんだ」

声がする、先程と同じ、若い女の声だ。

「しかも異国の若い男たぁ鴨が葱背負って来たようなもんじゃねえか…」

声はすれど姿が見えず。
奥のほうかと頭を覗かせてみるが、誰も居ない。

「まさか透明人間…」

「おいおい、そんなニッチな新種が追加されたなんて聞いてねぇぞ」

まさかの新種発見現場に立ち会う事になるとは…
これはいよいよもって探検隊染みて来たな。

「おい、馬鹿にしてんのかお前ら」

「クソッ!どこに居るんだ…」

「姿を見せやがれ!」

思わず身構える。
だが、姿が見えない敵を相手に、それがどれ程意味のある事かわからない。

「イラつくなぁ…こいつら」

「焦れ出したぞ!」

「この野郎、姿を見せやがれ卑怯者!」

汗が首筋を伝うのがわかる。
必死に周囲に目を配るり気配を読む。

「チッ…あーもう、これしかないか」

「来るぞ!」

「…!」

ついに攻撃が始まるのか!?

「下見ろ下!」

「うん…うわぁ!?」

「居た!?」

声に従い、足元を見下ろす。
すると、幼女が足元に立っていた。
声の主はこの子だ。

「何でこんなコントじみた事しなきゃなんねんだよ!」

必死で何かを訴えて来た。
いったいどうしたと言うのだろうか。
その真意は定かではない。


























「よし、茶飲んだら帰れ」

家に上げて貰って早々、幼女がそう切り出した。
先程の一件で気分を害したようで、対応が雑だ。
ドンと湯飲みを乱暴に置くと、それっきり何も言わなくなった。
腕を組み、円座に胡坐をかいて座っている。
その表情は険しいものだ。

「対応は完璧だと思ったんだけどなぁ」

「何が悪かったんだろ」

よくわからない。
このぱっと見幼女にしか見えない彼女は、ドワーフだった。

「何でドワーフが居るのよ」

「インターナショナル過ぎるだろこの森…」

実はこの森自体が盛大なドッキリ会場なのではないかと疑ってしまう。

「この様子が全国中継されてるとか…」

「絶対抗議の電話殺到するレベルだよこれ」

時代は変わっている。

「何だよ、ジパングにドワーフが居ちゃ悪いのか?」

「いや、そういうワケじゃないんですけど」

「違和感が半端無いだけで俺はオッケーだと思います」

とにかく、彼女の機嫌を直す事が先決だ。
ここは話題を変えて、交流を深める必要がある。

「ところで…」

「何だ?」

「食い物下さい!」

駄目だった。














「あれかお前ら、新手の盗賊とか野伏とかか?」

「いや、違いまんねん…」

「語尾おかしいぞ」

思い切り頭を殴られてしまった。
原住民の過激な歓迎に、早くも困惑してしまう。

「歓迎してねーし」

「またまた〜実はうれしいんでしょ?」

「うっぜぇ…お前らマジうぜぇわ」

引いて駄目なら押してみる。
少々強引だが、仲の良いように振舞ってみる。

「でさ、ちょっと悪いんだけど…食料もらえないかな?」

「だから無理だって…ただでさえ冬篭りの時期で食いもん足りてねえのに…」

「そこを何とか」

「無理」

「俺たち仲間だろ!?」

「ほぼ初対面じゃねえか」

これでは埒が明かない。
堂々巡りを続けているだけだ。

「駄目かぁ〜」

困り果ててしまった。
ようやっと食料がありそうな場所を見つけたのだが…
全く相手が心を開こうとしない。

「こんなもんで開く奴がおかしいわ」

完全に自分の殻に篭ってしまった。
やはり人里離れた森の中では、人と交流する事が少ないのだろう。
本来、人と友好的なドワーフでさえこの有様である。

「なぁ、本気で怒っていいか?」

冗談はこの辺にしておこう。
とにかく、こちらの事情を話す必要がある。

「と言うか普通は最初にそれするだろ?」

全くだ。


















「へぇ、バフォメットがねぇ」

意外な事に、こちらの説明は素直に聞いてくれた。
やはり外との交流に飢えているのだろう。
狙い通りだ。
好感触である。

「お前らアホだろ」

やはり駄目だった。

「…お客さん…?」

また別の女性の声がした。
奥の部屋から、ひょっこりと顔を覗かせている。
大きな目をした…単眼の少女。
サイクロプスである。

「どうした?何か用か?」

「いや…何か…あったのかなと思って…」

「変な客がきやがったんだよ」

サイクロプスも、この話に加わる。
円座に姿勢良く正座するその姿は対照的である。
サイクロプスが出て来た事で、大体わかってきた。
この家は、鍛冶屋か何かだろう。
ドワーフもサイクロプスも、言ってみれば職人である。

「オイラがイヴァネッテで、こっちのサイクロプスがイレーネってんだ」

「呼び辛いんでイヴァちゃんって呼んでいいですか?」

「失礼すぎるだろお前」

また怒られた。

「お二人は鍛冶屋でもやってるんですか?」

先程から聞こえていた何かを叩くような音はもう聞こえてこない。
つまりそれはこのイレーネがやっていたのだろう。
サイクロプスの作る剣といえば、高値で取引される高級品だ。
ドワーフも、元々は鉱夫のようなものだが工芸品や武器などを作るのが上手い。

「鍛冶屋か…まあ半分正解かな」

イヴァちゃんが含みのある事を言う。

「イヴァちゃん言うな!」

「今は…やってない…」

今は鍛冶屋をお休みしているらしい。
ならさっき聞こえていた音は何なのか。

「…あれは…」

「おい、言うな」

イヴァちゃんが止めに入る。

「だからイヴァちゃん言うな!」

「別にいいんじゃないですか…?彼らは別に…関係なさそうだし…」

「む〜…まあいいか」

そう言うとイヴァちゃんはおもむろに立ち上がり、奥の方へ消えていった。
戻って来た時には、手に何か持っている。
それは細長い、筒のようなものだった。

「ほれ、これだよ」

無造作にそれをこちらへと投げてよこして来た。
慌ててそれを受け取るる。
ズシリと重い、その筒状のものを一目見て気付く。

「これって…」

「そう…それは」

種子島だよ、とイヴァちゃんが笑った。
どうやらここで今作っているのは、鉄砲らしい。










「鉄砲ですか…」

手にしたそれを眺めてみる。
焦げ茶色の細長い銃床に、鈍い光を放つ筒が差し込まれている。
八角形の形をした銃口、その上に付いている照準をつけるために照星。
銃身の下には、カルカと呼ばれる弾薬を装填するロッドが納められている。
銃腔を見ると中は平滑だが、光をあててみると円状に研磨の後が見える。

「結構なお手前で…」

「何だお前、わかるのか?」

「まあ、少しは…」

非常に丁寧な仕事だ。

「良い軟銅ですね」

「炭素量0.2%の高純度だぜ」

「これなら弾を撃つときのガス圧に耐えられますね」

銃身に最も適した材料は、軟銅だ。
粘性と延性を兼ね備えた清浄な軟銅が、最も相応しい。
銃身を作るには、まず瓦金とよばれる平らな軟鉄を使う。
それを熱して丸め、真金と言う棒のようなものに巻きつける。
巻きつけた瓦金の接合部を叩きながら接合する。
鍛接すると呼ばれる作業だ。
そうして出来たものが真筒と呼ばれる。

「捲成法って技法だ」

しかし、この真筒が銃身になるわけではない。
これでは強度が足りないからだ。
そこで行うのが葛と呼ばれる、長いリボン状の鉄板を巻きつける工程。
鉄板の側面同士で螺旋状の継ぎ目が出来る、それを鍛接で接合する。
銃身は二重構造なのだ。
とりあえず銃身の形が出来たら、これの内外を研磨して形を整える。
外部の研磨は簡単だが、内部の研磨は難しい。
どうやらここでは、モミシロなる棒錐を使っているようだ。

「モミシロ…?」

「杭に固定して、手もみで磨いて、四角い錐で仕上げるんだよ」

勿論、全てが手作業だ。
そして、その銃身の後ろをネジで塞げば完成なのだが…

「おや?ネジは…」

「んっ…それがなぁ」

「まだ…作り方が…わからなくて…」

イレーネが申し訳なさそうに口を挟む。
やはりネックになったのはネジのようだ。

「殆ど出来たんだけど…まだネジは…出てない…」

「この国に元々そんな技術ねえからなぁ…」

鉄砲を作るのに必要な工程は大まかに分けて3つある。
まずは銃身の作成、これは鍛冶師の仕事なのでイレーネだ。
次に銃床、これはイヴァちゃんが担当している。
最後に銃のカラクリ、つまり発射装置の作成だが…
これも、イヴァちゃんの金具師の領分だ。
他の部分は、本当に良く出来ている。
なのでネジさえ出来れば後は完成だ。

「と言うか、何で鉄砲を作ろうと思ったんですか?」

鉄砲をイヴァちゃんに返し、疑問に思ったことを聞いてみる。

「だからイヴァちゃん言うな…はぁ、面倒だなぁ」

気だるそうに頭を掻きながら、イヴァちゃんが話し出した。
彼女たちは、ジパング出身ではない。
それは名前を聞けばまあわかる。
元々は、ジパングで刀鍛冶の鍛造技術を学びに来たのだと言う。

「実際ちゃんと学べたよ、刀作って売ったりもしてたさ」

今は閑古鳥が鳴いているが、昔はそこそこ盛況していたらしい。
こんな場所だが、態々自分の刀を作ってくれと尋ねる者も多かったとか。

「まぁ、それで食っていける程甘くは無かったんだよ」

そして鉄砲が伝来してから、状況が一変した。
わずかな期間で、それが全国へと広まった。
するとどうだろう、刀の需要は一気に減った。
こうなってしまっては、生活の術がなくなってしまう。
そう思い、鉄砲作りに手を出したのだとか。

「大量生産は出来ないけどなぁ…サイクロプスの作った鉄砲!って謳い文句があれば…」

「確かに、欲しがる人は多そうですね」

ブランド物と言うわけだ、縁起を担ぐ大名などはいい顧客になるだろう。
また、物が良ければ狩猟用などにも転用出来る。
需要は大きいはずだ。

「全く、気がついた時にゃあ流行に乗り遅れちまって参ったよ」

交流のあった鍛冶屋なども、次々と鉄砲作りに参入しているらしい。
出遅れている状況なので、非常に焦っているのだとか。

「なら、その鍛冶屋さんにネジの作り方教えて貰えばいいんじゃないですか?」

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

今まで黙って話を聞いていた友人が口を開いた。
しかし、イヴァちゃんの反応を見てわかるように、非常に空気の読めない発言だ。

「あれ、何か俺悪い事言った?」

言ったのだ。
こればかりは素人考えだと言わざるを得ない。

「いいかい兄ちゃん、鉄砲作れる技術があるってことはだ、それだけで武器になるんだぜ?」

「武器?」

「技術って言うのはな、独占してこそ意味があるんだよ」

技術は財産でもある。
それを皆にただで広めるなどと言うのは自殺行為に等しい。

「仮にオイラ達がそれを知っていたとしても、絶対他人にゃ教えねえよ」

鉄砲製造のノウハウは、秘伝化されている。
身内の集団でその技術を受け継ぐので、記録や文献も殆ど無い。
交流のあった鍛冶屋で鉄砲を作り出した所も、そういった事情による。
そういう集団の中に居なければ、甘い汁を吸う事は難しい。

「と、言う訳で…完全に煮詰まってんだよ」

「ネジさえ出来れば…完成なのに…ッ」

イレーネが唇を噛む。
この工程は、彼女の担当なのだ。

「あんまり自分を追い込むなって、それに別に出来ないのはお前のせいでもねぇ」

「でもッ…後はこれだけなのに…」

彼女の大きな目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
今まで溜まっていたものが一気に決壊した。
それから堰を切ったように、涙があふれ出る。

「いいんだって、お前はよくやってるよ」

イヴァちゃんがそれを宥める。
確かに、知識が全く無い状況からここまで仕上げられるのは凄い事だ。
だからこそ、後一歩の所で行き詰っている状況に我慢出来ないのだろう。
気持ちはよくわかる。

「…イヴァちゃん、ちょっといいかな」

「だからイヴァちゃん言うな…っどうした?」

「紙、ある?」

「紙?紙ならあるが、紙は食えねえぜ?」

「いいから持ってきて下さい」

先程までアホな事を言い合っていたのがうそのようだ。
その真剣さに押されて、イヴァちゃんが言われる通り紙を取りに席を外す。
一体何をしようと言うのか、友人やイレーネも目を丸くしてその様子を見守っている。





















「ほれ、紙だ」

しばらくして、イヴァちゃんが紙を持ってきてくれた。
これでなにをしようというのか、全員の目がその紙に集中する。

「ネジには、雄と雌があるのは知ってますね?」

「陰陽だな…」

「ではまず、雄ネジを作りましょう」

「出来るのか!?」

「どうやって…?」

「イレーネさんも手伝って下さい」

まず、ネジと同じ長さと幅の長方形の紙を用意する。
それをネジの素材にねじ山の数だけ巻き付けて長さを決める。
巻きつけた紙をほどいたら、対角線方向に切断して細長い直角三角形を作る、
それがネジの型紙だ。
その型紙を、ネジ素材の丸棒部分に巻き付けて糊付けする。
後はその方紙の合わせ目をネジ山の峰にしてヤスリで削る。
これで雄ネジが完成するワケだ。

「わかった?」

「…えっ!?…ああ…うん…わかった」

顔を上げたイレーネは戸惑いの表情を見せる。
ちゃんと話は聞いていたようだが、驚くのは無理もない。
いきなりそんな事を言われたら、誰だって戸惑うだろう。

「…お前、一体何なんだ?」

イヴァちゃんも同じような表情だ。

「イヴァちゃんにも手伝ってほしいんだ」

「ん?オイラもやんのか」

「雌ネジ作るのは多分イヴァちゃんの方が適任だよ」

雌ネジを作る方法は二つある。
一つは、先に作った雄ネジを使う方法だが、まだ出来ていないので今は無理だ。

「出来てたら、どうやって作るんだ?」

「銃身を熱して雄ネジを元口から差し込んで、鍛打してから抜き取るんだよ」

「ああ、熱間鋳造か」

そうすると、雄ネジの山と谷が逆にコピーされて雌ネジが出来るわけだ。
この作業は、温度が下がらぬうちに急いで銃身の外周をまんべんなく均等に鍛打する。
これにはかなりの技術を要するが、サイクロプスなら容易だろう。
そしてもう一つの方法、こっちは削り出すやり方だ。
具体的には、捻錐を使って銃身を切る。
T字型や蜘手、あるいは柄が輪っか状のものを使う。

後者の方が、技術的難易度は高い。
だがドワーフの腕なら出来る可能性は高い。

「どっちにする?」

イヴァちゃんに聞いてみる。
こういうのは本人の得意な方でやるのが一番だ。
こちらの問いかけに、顎に手を当て考えている。
イヴァちゃんの見た目は、どう見ても幼女だ。
ロリというよりは、最早ペドと言える。
長い髪を左右でまとめ、頭には鉢巻のようなものを付けている。
大きい目や時折犬歯が覗く口など。
どこを取っても幼女のそれである。
しかし、その仕草がどうにもオッサン臭い。
それが、アンバランスさを際立たせている。

「う〜ん…とりあえず、先に雄ネジ作るか」

「師匠…!?」

「寸法もわかんねえしな、とりあえず雄が出来なきゃ雌も乗ってこないだろ?」

例えがよくわからないが、まずは雄ネジから作る事に決まった。
今の会話から、この二人の関係が師弟の間柄だと言うことがわかる。
どうやらイヴァちゃんが師匠のようだ。

「似合わねぇ〜」

「イヴァちゃん…師匠は無いわ」

「どうでもいいけどナチュラルにイヴァちゃん言うのやめてくれねえかな」

どうやらイヴァちゃんと呼ばれるのをまだ気にしている様子だ。
これもめげずに言い続ければ慣れてくれるだろう。

「はぁ…本当にどうしたもんかね」

「大丈夫ですか…イヴァちゃん師匠…」

「お前も言うか」

徐々にイヴァちゃんが広まりつつある。
とにかく、先に雄ネジを作る事に決まった。
ここからはイレーネの出番である。




制作方法を教えられたイレーネは、善は急げと言わんばかりに鍛冶場へと姿を消した。
残された3人は、ネジが出来上がるのを待つだけだ。
手持無沙汰になっている所で、イヴァちゃんがこう切り出した。

「じゃあ待ってる間に玉と火薬作るかー」

「イヴァちゃんお腹減ったー」

「何か食べさせてー」

「よーしよしお前らも手伝えよー」

イヴァちゃんがスルーを覚えた。
まずは玉の制作である。
使用される玉は、大きく分けて3つの種類がある。
1つは鉄の玉だ。
鉄玉の長所は、材料に事欠かないくらいだ。
欠点としては重くて遠くに飛ばない。
融解点が高く製造が困難な事。
最後に発射の度に銃腔内にカスが残る事だ。

「あんまり鉄玉はオススメしないな」

2つ目は鉛玉である。
鉛玉は、素人でも制作が容易である。
戦場で作る事などもあると言う。
欠点としては、破壊力の弱さ。
だが、人馬に対する殺傷力は申し分ない。
今最も使われているのは、この鉛玉だ。

最後に合金の玉である。
これは鉛玉より破壊力、殺傷力に優れている。
だが比重の違う金属を均質に混ぜる必要がある。

「めんどいからこれはナシな」

「イヴァちゃん…それ職人が一番言っちゃいけない事じゃないの」

結局、玉は鉛に決まった。
これは簡単である。
型に鉛を流し込めばそれで完成だ。
イヴァちゃんが手早く鉛玉を作る。
全部で3個、これで試し撃ちを行うらしい。

「次、火薬だな」

「そういえば火薬って…」

銃を撃つために必要な火薬は2種類ある。
1つは装薬と呼ばれる、玉を発射する為に必要な火薬。
もう一つは、伝火薬と言う火縄の火を着火させる火薬だ。
どちらも黒色火薬を使うのだが、問題が1つある。

「ジパングに硝石ねえんだよな」

黒色火薬の原料は、硝酸カリウム(硝石)・木炭・硫黄である。
これを、大体75、15、10%の割合で混ぜれば完成だ。
木炭と硫黄は、ジパングでも産出する。
問題は硝石、これは元々ジパングには無いのだ。

「輸入が主だからね」

「こればっかりは揃えるのが骨だぜ」

実は、鉄砲それ自体よりも、火薬などを集める方が大変なのだ。
貿易などで、海外から硝石を輸入する。
それが一番纏まった数をそろえる方法だが。
やはりそれは大名や商人などに独占されている。
結局は力がものを言う世界なのだ。

「まあ、備えが無いってわけでもないんだがよ」

そう言うと、イヴァちゃんはおもむろに立ち上がった。
木炭と硫黄が入った容器を、棚から出して持ってくる。
薬研も人数分用意されている。

「わーこれ知ってる、薬とかゴリゴリつぶすやつだよね」

真ん中が窪んでいる小舟型の器具と、軸を通した車輪のような物。
これに薬材を入れ、軸を両手で持ち前後に往復させてすり潰す。
一度はやってみたい物ランキングでも結構な上位に入る代物だ。

これを使い、火薬を作るのだと言う。

「で、問題の硝石どうすんのさ」

「言ったろ?備えあれば憂いなしってな」

そう言うイヴァちゃんは、囲炉裏の近くの床を弄っている。
何をしようと言うのか興味深く眺めていると、床の一部が外れた。

「イヴァちゃん、何してんの」

「土硝法って知ってるか?」

「土硝法!?」

「大量生産出来なくてもな、作れるんだよ硝石を!」





ジパングの風土では、古い民家の床下などから硝石を採取出来るとか。
まずは囲炉裏の周りに有機物と土を交互に埋める。
それを囲炉裏の熱で蒸発させ水分を飛ばす。
すると塩硝土が出来るワケだ。
年に3回程、それに蚕糞や尿などを加え上下に切り返すと、5年程で硝石土になる。
そして、硝石を取った土を元に戻して培養土にすると、連年硝石が採取出来ると言う訳だ。

「わかったか?」

「尿!?」

「イヴァちゃんの尿!?」

「そこだけに興味持つな!」

手に持った床板で思い切り頭を叩かれてしまった。
流石に今のは調子に乗りすぎた。
素直に謝って許してもらう。

「火薬は2種類なー」

「へーい」

「うぇーい」

予め、硝石にしたものを用意していたのだとか。
煮詰めて乾燥させる工程を繰り返し、出来たものが手元にある。
これを使い、比率に従い残りの材料と混ぜて薬研に入れる。
湿らない程度に茶筅で水を落として、摩り下ろす。

「うはーこれ楽しいわ」

ゴリゴリと言う音が部屋に響き渡る。
3人とも黙々と、その作業を行っている。

「装薬はあんまり潰すなよー」

「あいさー」

装薬は、粒子が大きい。
一方の伝火薬の粒子はほぼ粉末状にする。

「潰せ潰せー」

「うっほっほーい」

3人だと作業も捗る。
頃合いを見て、完成だ。
完成した火薬は紙で包み、さらに布で三重に包む。
口をキッチリ留めたら、足でよく踏み固める。

「オラオラァ!死ね!死ね!」

「イヴァちゃん怖い!」

「明らかに別の鬱憤晴らしてる!」

そして、細かく刻んで真の完成を見る。

「出来た!」

「イエス!」

「よっしゃ、これでOKだ」

これで準備が出来た、後はネジの完成を待つばかり。















「…出来たッ!!」

玉や火薬が完成してからしばらくして、イレーネが戻ってきた。
その手には、小さい捻じりのある金属が握られている。
ついに雄ネジが完成したのだ。

「やったか!!」

「師匠…ついに…出来ました…」

「イレーネ…よくやった!」

「はい…ありがとう…ございます!」

ようやく、イレーネの顔にも笑顔が戻った。
最大の障害となっていたネジが完成した。
これで、全工程の殆どが終了したと言える。
後は、雄ネジを差し込み雌ネジを作り合わせる。

「後はこっちでやるよ」

残りの工程は、イヴァちゃんがパパっとこなしてしまった。
流石に師匠と呼ばれるだけはある。
初めてイヴァちゃんに感心した。

「よし、後は組み立てだな」

ネジ以外の部品は、既に出来ている。
それを組み上げつつ、イヴァちゃんが話を振ってくる。

「なぁ…気になってたんだけどよ、何でお前はネジの作り方知ってたんだ?」

「ああ、やっぱり気になる?」

「そりゃあそうだろう」

「うーん…そんな特別な理由があるわけじゃないよ?」

「はぐらかすなよ」

実の所、あまり言いたくはない。
言えば、確実にイヴァちゃんに怒られるからだ。

「こいつの親がですね」

「あ…お前!」

「大砲職人のギルトなんすよ」

空気の読めない友人が口を滑らせてしまった。

「本職だったか…」

イヴァちゃんが作業を止めて、こちらを見据える。
その目は、今まで見た事も無いような真剣な眼差しだった。

「お前…さっきオイラが言った事覚えてるか?」

「ええ…よくわかっていますよ」

技術は独占してこそ意味がある。
それを他者に教えるのは自殺行為に等しいと。
イヴァちゃんの考えは最もだ。

「全く…それじゃあこっちも何かしないと駄目だな」

「えっ!?」

「見返りは何がいいかって聞いてんだよ」

予想外の答えが返って来た。
見返りとはなんぞや?
言葉の意味を理解出来ず、思わず首をかしげてしまう。

「そういや食いものが欲しいって言ってたな」

「ああ…そういえば」

ここに来た目的をすっかり忘れていた。
食料探しが、いつの間にか鉄砲作りになっていた。
自分でも驚きだ。

「イレーネ…」

「はい…」

「裏にある食いもの、全部持ってこい」

「わかりました…」

イヴァちゃんに言われて、イレーネが外に出ていく。
戻ってきた時には、大量の食料を腕一杯に抱えていた。

「これ全部!?」

干した野菜などが多いが、少量の魚や肉も混じっている。
それに驚いたのが、結構な量の米。

「お米も貰っていいんですか?」

「玄米だけどな、別にいいさ…もってけ」

「でもこれが無いと冬は…」

「こっちの心配はいいんだよ…これっぽっちしか用意出来なくてすまねえな」

「いや、そんなことは…」

この量なら、全員で分けても数日は持つ。
見返りとしは十分過ぎる程だ。

「これで取引成立だ…」

そう言ってイヴァちゃんが手を差し出してくる。
その表情は、先程の真剣なものではなく。
元の温和な表情に戻っている。

「まあいいか、これで…」

向こうが納得してくれたのならそれでいいだろう。
こちらも手を差し出し、その小さな手と握手を交わす。
















「じゃあ撃ってみるか」

イヴァちゃんがそう言いだしたので、全員で家の裏庭へと足を運んだ。
試し撃ちをする為である。
一応は完成した鉄砲だが、実際の運用に耐えられるものかまだわからない。
致命的な欠陥がある可能性も否定出来ない。
何せ初めて作ったのだ、総てが手探りの状態。

火縄に着火し、玉と装薬を銃口から詰める。
この時、銃身の下についているカルカを使う。
そして、火皿と呼ばれる銃身右側に張り出したようにつけられた場所に伝火薬を盛る。
火蓋を閉じて、火縄の先を火挟に挟む。
これで準備が出来た。
余談だが、この鉄砲の大きさは130cm程。
イヴァちゃんより、鉄砲の方が大きいくらいだ。
その鉄砲の射撃準備をする幼女。
非常にシュールな光景である。

「イレーネ、お前が撃て」

「えっ…?私が…ですか?」

「こりゃお前が作ったようなもんだしな、お前が撃つのが筋ってもんだ」

そう言って、手に持った鉄砲をイレーネに渡す。

「これを…私が…」

「外すなよ?」

目標は、ここから約300m程先にある立てかけた竹の束。
ほぼ射程内、殺傷範囲である。
それを撃つ。

しばし手に持った鉄砲を見つめていたイレーネだったが、意を決して火蓋を切る。
足を肩幅ほどに開き、鉄砲を水平に構える。
立ち射ちの体勢だ。

「…」

大きな目を細め、慎重に照準を合わせる。
ゆっくりと、引き金に手をかける。

「スゥーッ…」

大きく息を吸い込み、呼吸を止める。
そうすると、手のブレが収まる。

「……!!」

そして、引き金を引く。

ズドンッ!!と静寂を破る轟音が辺りに響く。
下からハンマーを思い切り打ち上げられたような衝撃が腕に走る。
銃口は跳ね上がり、イレーネも体勢を崩してその場に尻餅をついてしまう。
そして、黒い煙が辺りを覆い、一時的に視界が奪われる。

「ぶわっぷ!」

「こりゃぁ火薬の質が悪かったかなぁ」

「イレーネさん、大丈夫ですか?」

「いたた…私は大丈夫…それより…ちゃんと当たったかな…?」

煙が晴れるまで、しばらく待つ。
視界が戻ったら、全員で標的の確認に向かう。




「おお!」

「ど真ん中じゃないか」

標的となった竹の束には、確かに銃弾がメリ込んだ跡があった。
成功だ。

「…よっしゃあああああああ!!」

「上手くいったみたいだね」

「すげー」

「…やった…!!」

皆でお互いの健闘を讃えあう。
殆どイヴァちゃんとイレーネの功績なのだが、まあいいだろう。
素直に喜ぶ事にする。
すると、イレーネが突然こちらに抱きついてきた。

「イレーネさん…!?」

「ありがとう…本当にッ…ありがとう!」

その目には、またしても大粒の涙を流している。
しかし、その表情は、こぼれるような笑みを浮かべている。
笑うと凄く可愛い…そう意識してしまうと、こっちも顔が赤くなってしまう。

「おーおー、やっぱりか」

「何がやっぱりなのさイヴァちゃん」

「イレーネの奴、アイツに惚れたようだぜ」

「えー!?マジで…」

「ありゃ惚れるわな、オイラもヘタすりゃ転んでたかもしれねぇ」

「転ぶって?」

「いや、こっちの話だよ」

取り合いにならずに済んだよ…と小さい声で呟いた。
その声を友人が聞いていたかどうかは定かではない。






そして、一行は一旦家の中に戻ることにした。
帰るにしても、荷物を纏めなくてはいけない。
ついでに米の糠取りもやろうと友人が言い出したので、それを行う。
臼や杵を使って、手作業で行う。
大変な作業になってしまった、面倒なので友人に任せる。

「おい、手伝ってくれよ」

「言い出しっぺが頑張れ」

「そんな殺生な」

こっちはこっちで忙しい。
食料を分けて貰ったはいいが、予想以上に量が多い。
これを二人で運ぶのは骨だ。
なるべく持ち運び安いように荷造りしなくては。

「俺米ナメてたわ…」

「オイラも手伝ってやっから、手動かせ」

「イヴァちゃん…!!」

見かねたイヴァちゃんが友人に加勢する。
あっちはあっちで上手くやってるようだ、何だか微笑ましい。

「ところでイレーネさんはどこに行ったんだ?」

もう一人の功労者、イレーネの姿が無かった。

「アイツなら鍛冶場に居るんじゃねえかな」

そうイヴァちゃんが言う。
まだ何か作業をしているんだろうか。

「準備してるんだろ」

「何の準備を?」

「さーて、何だろうな」

イヴァちゃんが悪い笑顔を見せる。
何か企んでいるのか。

そうこうしている間に、そろそろ太陽も西へ傾き始めて来た。
長居は出来ない、早く戻らなければ。
案の定、荷物は膨大な量になった。
出来るだけ纏めたのだが、それでも二人でギリギリ運べる量だ。
ノロノロ荷物を担いで歩くわけにもいかない。
日が暮れる前に、皆の居る所に戻らないと駄目だ。
別れの時が、近づいている。
そう思うと、胸が痛む。
彼女の…イレーネの笑顔を思い出すと、気が沈む。
もう二度と、彼女に会えないと思うと…

「イヴァちゃんも一緒に行こうよ」

「はぁ?」

黙々と糠取をしていた友人が、不意にそんな事を言い出した。
隣で手伝っていたイヴァちゃんが素っ頓狂な声を上げる。

「だってイレーネさんついて来るだよね?」

「おう」

「おい、サラっと重大な事言ってないか?」

思わず口を挟んでしまう。
イレーネがついてくる?何でだ。

「だーから、オイラは鉄砲作ってだな…」

「鉄砲作った後はどうすんのさ」

「何が言いたいんだお前」

質問の意味がよくわからない。
と言うかアイツは一体何を考えているんだ。

「鉄砲作って、売って、それを続けていけるうちはいいと思うよ」

「何も問題ねぇじゃねぇか」

「まあ聞いて、仮にだよ?平和な世の中になったとするじゃん?」

「平和?」

「鉄砲が必要なくなった後は、一体どうするのかな〜って疑問に思うんだ」

「必要…なくなる?」

友人の話はこうだ。
仮に鉄砲を作り続けたとしよう。
しかし、急激な技術的進歩は、逆に言えばその衰退も早い。
天下泰平の世になった後は、鉄砲を作る職人の需要は減る。
その時、どうやって生活していくつもりか。
掻い摘んで言えばこういう事だ。

「そりゃあ…猟師とか商売相手が居ないワケでも…」

「1人じゃあ、ほかの事まで気がまわらないと思うんだよね」

「…」

「ドワーフってさ、装飾品とか作るのも得意らしいし」

「…らしいな…」

「イヴァちゃんも、そういうの作らない?1人じゃなくて、一緒に」

「お前…はぁ…」

イヴァちゃんがため息をつく。
何だろうこの展開…と言うかこれってまさか…

「何で食い物たかりに来たガキに口説かれなきゃならんのよ…」

ですよねー、これどう見ても。

「知らんかった…お前ペドフィリアだったのか」

友人の趣向を初めて知った。
これは危険だ。

「人を犯罪者みたいな目で見るなよ」

「いや、正しい反応だな」

「イヴァちゃんまで…せめてロリコンにしてよ」

友人の味方は居なかった。

「厳密にジャンル分けして欲しいのかお前?どっちも異常者なのは変わりはないぞ?」

イヴァちゃんの言う事はいつも正しい。



「まあ、そんな事はどうでもいいとしてだ」

「いいのかよ」

「イレーネさん、ついて来るってどういう事よ」

こっちの方が重要なのだ。

「本人に聞いた方が早いだろ」

「えっ?」

そう言われ、後ろを振り返ると、大きな荷物を背負ったイレーネ本人が立っていた。

「イレーネさん…」

「あの…その…これは…」

もじもじしながら話を切り出した。
何でも俺に惚れたらしい。

うん?

「えっ!?何で?」

「あんなに簡単に…ネジの作り方を…教えてくれた…」

その事なら、見返りに食料を貰ったのでこちがら損をしているわけでもない。

「だから…私も…貰ってほしい…」

「何言ってんの!?」

大きな目を潤ませて、こっちをジッと見つめてくる。
はっきり言って大歓迎なのだが、即答出来ない理由もある。
先だってリザードマンを連れてきた生徒が居た。
羨望や嫉妬の入り交じり合った視線を向けられていたのを覚えている。
ああいう状況にイレーナを置きたくない。
あのリザードマンくらい大雑把な性格ならあまり気にならないだろうが。
イレーナは見た感じ繊細な子だと思う。
耐えられるか心配だ。

「…」

もう1つ、仮に連れて帰ったとしよう。
そうなれば、もうここには戻ってこられない。

「勢いで言っちゃ駄目だよ、それは」

考え直した方が良い。
このまま流れに任せるのは、彼女の為にならない。

「ごちゃごちゃ言ってねぇで貰ってやってくれよ」

「イヴァちゃんまで…」

「こいつが自分で決めた事なんだ、オイラからも頼むよ」

師匠からも頼まれてしまった。

「それにオイラ達はジパングの生まれじゃねえし、大丈夫だよ」

そう言えばそうだった、移り住んで来たんだったな。

「オイラ"達"!?」

「目ざとい野郎だなお前」

と言うことはだ、イヴァちゃんも…

「お互い未婚だしな…そろそろ落ち着いてもいい頃だろうよ」

「イヴァちゃん!!」

「ただし、1つ条件がある」

「えっ…何?」

「ちゃんと名前で呼べ」

確かに、一度もちゃんと名前を呼んだ事はなかったな。

「…わかったよ、イヴァネッテ」

「うん、よろしい」

そう言って、満足そうに頷くイヴァちゃ…イヴァネッテであった。

「で、そっちはどうなんだ?」

今度はこちらの番だ。
こうなってしまっては、イレーネの願いを断る理由も無い。
返事は勿論…

「じゃあ、君を貰うよ…イレーネ」

「…はいッ!!」

差し出した手に、彼女の指先が、ゆっくりと触れて来た。















「よーし、準備は出来たな」

「鍛冶場も…火を落としてきた…」

そうと決まれば話は早い。
イレーナとイヴァネッテはさっさと荷物を纏め、家の中を整理した。
もう戻ってくることはないだろう。
今までの感謝を込めて、出来るだけ片づけて置きたいのだと二人は言う。
自分たちもそれを手伝った。

元々あまり大きくない家なので、4人でやればすぐに片付いた。
持っていく荷物も、両者とも自前の工具などが多い。
それだけでも、膨大な量になる。

「あれ?鉄砲は持っていかないの?」

意外な事に、あれほど苦労して完成させた鉄砲は置いていくと言う。

「思えば、コイツに固執してたのが間違いだったのかもしれねぇしな…」

「技術は覚えた…だからもう…大丈夫…」

本当にいいのだろうか、少し勿体無い気もする。
だが本人たちが良いと言うのなら、最早何も言うまい。

「わりぃな…一発だけしか使ってやれなくて」

そう言って、イヴァネッテが床に広げた布の上に、丁重に鉄砲を置く。

「でも…これで…良かったのかもしれない…」

イレーネも、残った火薬や玉を鉄砲の傍らに並べる。
火薬はいずれ湿気って、使い物にならなくなるだろう。
玉や銃本体も、この人里離れた森の中で、ひっそりと朽ちていく。
それが最も相応しい終わり方かもしれない。

「さて、出発しようか」

ついに出発の時を迎えた。
食料を抱えた2人と、荷物を背負った魔物が2人、並んで歩きだす。
もうすぐ日が沈む、戻った頃には夕食に丁度いい時間帯だろう。
当初の目的とは若干異なった結果になったが、悪くない結果だ。
先生もきっと認めてくれるハズだ。

「鉄砲が繋いだ縁か…」

足を止め、一度だけ家の方へ振り返ったイヴァネッテが、そう呟いた。

「イヴァちゃん、どうしたんだい?」

「いや、なんでもねぇよ…あとちゃんと名前で呼べっつってんだろ!」

再び、イヴァネッテが歩き出す。




技術が格段に進歩するのは、やはり戦乱の世である。
しかし、そうやって得た技術をどうやって平和な世の中の為に使い、発展させていくか。
これが大きな問題になるわけだ。
…みたいな事を言ってた気がする。

「さーて、どうなるかな…」

「…どうしたの?」

「いや、なんでもないよイレーネ」

戻ったら皆びっくりするだろうな。
その顔を見るのが、今から楽しみだ。
10/12/23 00:39更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
これがやりたかっただけなんです
鉄砲作ろうぜ!!
ヒャッハー!!もうジパング関係ねぇ!!

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