女王とあなたとオレと王 前編
どれくらい洞窟内を歩いていただろうか…。
時間にして約10分。
距離もそれなりに歩いていたとき、それは聞こえた。
ぺたぺたっ
なにか湿ったものがくっつくような音。
足音にも聞こえなくもないその音は明らかにオレこと黒崎ゆうたの背後から響いてきた。
…人か?
こんな洞窟に来る人なんていったいどんな用件があるのだろう。
…もしかして死体を隠すためなんてないよな。
音は徐々に近づく。
それもさっきよりかなり近くで。
意外と早いな…。これは…一応迎撃の構えをとっていた方がよさそうだ。
オレはそう思い足を引き、拳を構えた。
カウンターを狙った構え。
向かってくる敵に対して絶大な威力を誇るのもの。
相手が敵意あるようなら容赦せずに拳を叩き込む。
そのためにもオレは拳を限界まで引き、そのままとどまった。
音はすぐそこから聞こえる。
来たか…っ!
その音の正体を見ようと目を細めた。
「おや…?人…ですか?」
声。
それも女性のような高い透き通った声。
その声にオレは拳を下ろした。
敵意はなさそうだ。
その声の主を見る。
ローブのようなものを頭から被った彼女。
服は見えない。
ローブに包まれているから当たり前なのだが…むしろ隠すようにそのローブを纏っているかのように見受けられた。
紙袋を抱えるように持っていた。
中には赤い果実がたくさん詰まっている。
「貴方は…?」
「あ、どうも。黒崎ゆうたです。」
とりあえず自己紹介をする。
礼儀は大切にしないとね。
「黒崎…ゆうた…その黒髪黒目からするにジパング人ですね。」
「はぁ…。」
ジパング人…ではなくジャパニーズなんですけどね。
ジパングなんて随分と古い呼び名だし。
「ユウタ様はこのような場所へどうしたのですか?」
ユウタ様…なんだろう、くすぐったい響きだ。
様付けなんて手紙ぐらいだったしな。
「はぁ…実は…ここに洞窟があったからちょっと興味本位で入ってみました。」
とりあえず思いついたことを言った。
光に包まれて気がついたらここにましたなんて言えない。
言ったところで信じてはもらえないだろう。
不審がられて終わりだ。
「そうですか…ちょうどよかった。」
女性はローブの下で小さく笑った。
よくは見えなかったが微笑むように笑っていた。
「この先に私の女王様がいられるのです。」
女王…様…?
なんだそれ、今の世の中には聞かない言葉だぞ。
せいぜい世界史の教科書かゲームに出てくるぐらいだぞそれ。
はたまたどこかのゲームの中とか。
「外から訪れてくれる人は今までにいませんでした。それなので女王様もさぞかし退屈されておりますでしょう…どうかこのまま私と共に来て女王様の話相手になってもらえませんか?」
話…相手ね。
それくらいならいいかな。
ちょうどこの洞窟の奥まで行こうとしてたつもりだし。
これからすることもないわけだし。
ついでにここがどこだかわかるとありがたいし。
「いいですよ。」
「ありがとうございます。」
そうしてオレは彼女の後を付いていくことにした。
「荷物、持ちますよ。」
オレは女性の隣で手を出して言った。
さっきから重そうに抱えているその紙袋。
揺れに揺れて危ないったらありゃしない。
「いいえ、お客様に持たせるわけにはいけません。」
「いいから。」
半ばひったくるようにして彼女の荷物を取った。
おっと?意外と軽いな。
中には果物がはいっているからだろう、甘い香りがする。
「あ、ちょっと!ユウタ様!」
「いいから。女性に重いものは持たせていいわけないでしょ?」
お客様として扱いを受けるのだからせめてこれくらいはしないと。
男らしく女性には優しく接しないと。
前なんて「ゆうた、持て。」だったからな…。
あの暴君(双子の姉)…。
観念したのだろう、女性はため息をつく。
少し呆れているかのように。あきらめたように。
「優しいのですね。」
「どうでしょうね。」
優しいというよりはただ単に女の尻に敷かれやすいというところだろう。
今までだって散々だったし。
「それよりも…あなたの女王様ってどんな方なんですか?」
かなり気になっていたこと。
女王様っていうんだから女性なのは当たり前だろう。
いったいどんな性格なのか。いったいどんな人柄なのか。
どんな国を統べているのか。
気にかかることばかりだ。
「優しいお方ですよ。」
彼女は言った。
「従者の私にも優しく接してくれて、あの方ほど女王にふさわしい方はいないと思うくらいに。」
慕われているんだ。
悪い女王様じゃなさそうだ。少なくともオレのとこの暴君(双子の姉)とは違うと思ってよさそうだな。
「一国…とは言いがたい大きさのわが国です。いるのは私と女王様含めてまだ二人。」
「二人?」
二人だけの王国?小規模だな…。
没落した王族とか…だったりするのか?
「ええ、未だに王となるものが見当たらないのですよ。」
「王…ですか。」
王がいない王国というのもおかしなものだけど。
でも早々王になる器をもった人物はいないよな。
そんな逸材がいたら他国で出世出世と忙しそうだし。
「もしよければ…ユウタ様。私達の王となりませんか?」
「え?」
思わぬ勧誘がきた。
王がいないから焦っているのかと思えばそうでもない。
声は落ち着いているし緊張している様子もない。
真面目な話…ですか?
っていうか…こんな偶然出会った一般人を王に抜擢するのはどうかと…。
「ははは…考えておきますよ。」
はっきりとは断らずに。
オレは彼女に向けてそんなあやふやな返事を返した。
「ここです。」
女性は言った。
洞窟には不釣合いな豪勢な扉の前で。
何だろう…。この扉の先からか変な感じがする。
あまり上手く表現できないが…何かを肌で感じる。
師匠と対峙したときに感じさせられる圧倒的な実力の差とかではない、別のもの。
言葉にするなら…厳粛。
厳粛な雰囲気が扉越しに伝わってきた。
女王様ね。
果たしてどんな女王様なんだろうか。
威厳溢れたクールなお方か?
それともわがままな人か?
はたまた暴君だったりしたら…最悪だな。
「開けますよ。」
そんなことを考えていると女性にの手によって扉が開く。
中から溢れる光。
暗い洞窟内にいたオレにとってその光に慣れるには少し時間がかかった。
その光にも慣れ、目を向けるとそこには―
「ようこそ。ユウタ様。」
一人の女性がいた。
洞窟内とは思えないほど豪華で広い部屋の奥。
階段があり、その最上位のところにある青い椅子。
これまた豪華で二人くらいなら楽に座れる玉座らしきものにゆったりと座る一人の女性。
予想していたのとまったく違う。
威厳が溢れているがそれ以上に優しさが溢れていて。
わがままではなく素直といえそうな表情で。
暴君なんて言葉は似合わない良き王の姿がそこにあった。
すらりと伸ばした両足を斜めに揃え、背筋を伸ばしたその姿はまさに王。
だが威厳に溢れて過ぎていなく、堅苦しさを微塵も感じさせない。
優しそうな雰囲気を出しつつ浮かべる微笑は慈愛が満ち溢れていた。
見た目はかなりの美女。
よくファンタジーでは一国の王族は美男美女が多いなんて思ってたけど本当だったらしい。
びっくりだ。
傾国の美女だ。
さらにスタイルも良い。
出るところは出ていて引っ込むべきところは引っ込んでいる。
さらに言えばボインだ。中々豊満な胸だ。
すげぇ…。あんなのアダルトなビデオとかネットとかにしかないもんだと思ってた。
ナイススタイルで綺麗な女性。
完全無欠の女王。
ただ一つ予想外なことは―
―人間じゃなかった。
肌の色が青い。真っ青だ。
湿っているのか光り輝いている。
なんていうか…ゼリー質とでもいうのだろうか。
ゲームなんかで出てきそうな…そう、ゲームにいる!
スライムだ!
スライムを人の形にしたらあんなふうになりそうだ。
「はじめまして。私クイーンスライムのヴェロニカ・ハーリーと申します。」
クイーン…スライム…?
スライムの女王ですか?
つか、あんなゼリー質のものが意思を持っているんですか?
え?マジで?
ゲームみたいなものじゃなくて現実で!?
…オレはいったいどんな世界に来たんだよ。
そんなことを考えていると後ろにいた女性―もといヴェロニカ女王様の従者はローブを脱いだ。
「遅れながら…私の名前はポーラです。よろしくお願いします、ユウタ様。」
目に映るのはヴェロニカ女王様と同じ青い肌。
…この女性もスライムだったのか。
道理で洞窟内歩いてたときに変わった足音してたわけだ。
ぺたぺたいうわけだ。
納得。
「それではようこそ、ユウタ様。私たちのスライムの王国へ。」
「…?ユウタ様ってなんでオレの名前を知っているんですか?」
最初に名前を呼ばれたときにも思った。
なんでこの女性は初対面のオレの名前を呼んだんだ?
ポーラさんには自己紹介をしたけどヴェロニカ女王様にはしてないし。
「不思議ですか?」
「そりゃ…。」
まるで以心伝心してるかのようだ。
オレと…双子の姉みたいに…。
「ふふふ、実は私とそのポーラは同一人物なのですよ。」
人じゃないだろなんて突っ込みはしたかったがあえて我慢。
さすがに失礼だ。
「同一…ですか?」
「ええ、クイーンスライムの体の一部とでも言いましょうか。彼女は私の手であり、足であり、鼻であり、耳であり、目でもあるのですよ。だからユウタ様と話していたのはポーラであって私でもあるわけです。」
ヴェロニカ女王様は微笑みながらオレに言った。
頭の中が混乱してきたぞ。
複雑なこと言わなかった?
ポーラさんがヴェロニカ女王様でヴェロニカ女王様がポーラさん?
え?何?スライムって皆そうなのか?
…すげーな。
「せっかくここまでいらしたのですからどうですか?ご一緒に食事でも?」
「はぁ…。」
とりあえずその誘いを受けておこう。
女性からの、それも女王様からのせっかくのお誘いなんだし。
断ったら失礼だよな。
ポーラさんに荷物を渡して、部屋の中を進む。
進んでみるとよくわかるがここの部屋は何なんだろう?
まさしく城の一室。玉座の間。
白い柱が建ててあるし、豪華な椅子が並んでいる。
下に敷いてある赤い絨毯なんかどっかの俳優とかが歩きそうなものだ。
足の裏から伝わるふかふかした感触。
すげぇ。豪勢だ。
スライムといってもさすが女王。住んでいるところからして違う。
階段を上り終え、ヴェロニカ女王様の前まで来た。
近づいたらわかるが…この女性ほんとに綺麗だな。
人間らしくない美しさがあるというか。
スライムだからこそ出せる妖艶さがあるというか…不思議だ。
「それではこちらに腰掛けてくださいまし。」
そう言ってヴェロニカ女王様は玉座から立ち、オレに座るように進めた。
…え?
玉座に座れって言うのか?
え?
ちょっと待った!いくらこんなスライムやら女王やらとは縁のないところにいたからといってもこれはわかるぞ!
どこにでもいる一般人が女王様の座っていた玉座に座れ?
できるか!
失礼だろ!
一国の主が腰掛けるところに座るなんて首がとなされてもおかしくはない!
「いやいやいや!さすがに女王様が座っていたところに座るのは…。」
「…私の座っていたところに座るのは御嫌ですか?」
「いえいえいえ!そんなんじゃなくて、一国の王が座るところに腰掛けるのは気が進まないなーというか…萎縮してしまうというか…。」
というか、肝が冷える。
「それだったらオレはそこにあった椅子でお願いしたいなーって思ったり…。」
この部屋の中央あたりを歩いていたときに見つけたいくつかの椅子。
豪華な造りだったが玉座に座るくらいなら向こうに座るほうが良いだろう。
そう思ってその椅子があるところに目を向けると…。
「…。」
「あら、片付けられてしまいましたね。」
ポーラさんが椅子を全部運んでいた。
力あるなーあのスライム。
って、ポーラさんもヴェロニカ女王様も同一なんだよな?
…計画的犯行!?オレ嵌められてる!?
「椅子はこれひとつです。さぁどうぞお座りになってくださいまし。」
「いやー…。」
「お座りになってくださいまし。」
「えーっと…。」
「まし。」
「…はい。」
負けた。押し負けた。
やっぱりオレは押しには弱いな…。
誘われるままに腰を下ろした。
「ぉわっ…!」
座ってみたらすごくよくわかる。
この玉座がとても高価なものだと。
オレの背に、腰に吸い付くかのような座り心地。
まるで水を集めて玉座にしたかのように柔らかく、上質なものだった。
一国の主が座るところだ。座り心地が悪いわけない。
オレが玉座に座るとそれをみてヴェロニカ女王様は嬉しそうに微笑んだ。
「よくお似合いですね。」
…反応に困るな。
女王様にそんなこと言われると変な気分になる。
まるで…オレが王な気分がする…というか。
そのままヴェロニカ女王様はごく当たり前、当然であるとでも言うかのように。
オレの隣に座った。
「…。」
うん、女王様が玉座に腰掛けるのは当然だ。
でも、その玉座にはオレが座っていて、あえてその隣に座ってきた。
え?なんで?
確かにこの玉座は二人座れるぐらいの大きさはある。
だけどさ…なんで隣?
初対面の人の隣に座るか!?
「おや?どうかしましたか?」
「…えっと…この体勢は?」
「これですか?」
ヴェロニカ女王様は微笑みを向けてきた。
綺麗だ…。
じゃなくてっ!
「一国の女王として客人であるユウタ様への礼儀です。」
どこら辺に礼儀?
「どうか、この女王にユウタ様をもてなさせてくださいまし。」
そして彼女は頭を垂れた。
一般人のオレに頭を下げてもらいたくないなぁ。
でもこれはヴェロニカ女王様の意思であり善意。
受け取らないわけにはいかないか。
「それじゃ…よろしくお願いします。」
「はい!」
ヴェロニカ女王は様オレの手をとった。
ひんやりとして柔らかなその手。まるでゼリーに包まれているかのようだ。
ってスライムはゼリーと似たようなもんか。
「ポーラ、お食事を。」
「御意。」
気づけばヴェロニカ女王様のすぐ隣にいつの間にかポーラさんが佇んでいた。
手にはいつの間にか用意していたらしい食べ物。
オレがここに来るまでに運んでいたあの紙袋内にあった赤い果物だ。
それを手に持っていた包丁で皮を剥き、適度な一口サイズへと切り分ける。
その間30秒足らず。
すげー…。見とれるような包丁捌きだ。
そしてその切り分けた果物をこれまたどこから出したのか白い皿に載せ、ヴェロニカ女王様に手渡す。
フォークも一本手渡した。
…一本?
「ユウタ様。」
ヴェロニカ女王様はオレに向かってちょうどオレの口の高さにフォークを刺した果物を持ってきた。
…はい?
え?何この状況?
女王様がなんでオレに果物を食べさせようとしてるんですか?
「はい、ユウタ様。あーん。」
「あ、いえ、一人で食べられますから。」
「ユウタ様、あーん。」
「いえ、だから。」
「あ・あ・ん。」
「………あーん。」
負けた。押し負けた。
てかこの女王様なんだよ。
オレの双子の姉とは対極の位置にいる暴君だな。
優しさある命令というか…慈しみ溢れるわがままというか…。
仕方ないので運ばれた果物をしぶしぶと食べる。
しゃくりっとした食感。
それはまるでリンゴのような硬さだったが味はそうではなかった。
甘酸っぱい味。
桃のみたいな蕩ける甘さがありその後にすっきりとしたグレープフルーツのような後味。
苦味を感じさせずに甘味をより深く引き出す。
食べたことのない果物だ。
「美味しい…!」
それもかなり。
思わず口から言葉が漏れてしまうくらいに。
その言葉を聞いてかヴェロニカ女王様は微笑を向ける。
「この果物はこの地方にしかない上質なものなのです。どうぞ、もっとたくさんお召し上がりになって…。」
その言葉に甘えるように、ヴェロニカ女王様の厚意に甘えるように運ばれるままに果実を口にする。
何度も広がっていく甘酸っぱい味。
体に染み渡る無知なる味への感動。
微笑みながら差し出された果実をなんの疑いもなく食べる。
―それがいけなかったとわかるのはずっと後。
果物をちょうど三個分食べたところだろうか。
それは急に体の底からやってきた。
「…あれ?」
不思議と急に眠気が襲ってきた。
何でだ…?そんなに体は疲れてはいないはずなのに。
昨日だってちゃんと寝たし、学校でも授業中にちゃんと寝た…。
こっちに来た際になにか疲労を伴ったのか…理由もわからない眠気が体を包む。
「お疲れですか?」
ヴェロニカ女王様が心配そうにオレの顔を覗き込んだ。
「あ…はい、なんだか…急に眠気が…。」
「旅の疲れですね。それならばここでお眠りになっても構いませんよ。」
「え?」
この玉座で寝ろと?
確かに座り心地は抜群。
ここで寝れば安っぽいベッドで寝るよりも十分に眠れることだろう。
それに…眠気はオレの気持ちも知らないで徐々に大きくなっていく。
もう歩けないほどに眠い。
おかしなほどに、眠い。
「ポーラに部屋まで運ばせますから、どうぞ。」
「それじゃぁ…。」
その言葉に甘えるように瞼を閉じた。
そのまますぐに沈む意識。
異常なほどに深く、沈んだ。
「ようこそ、わが王よ…。」
暗闇へ意識が落ちる前にそんな言葉が聞こえたような…気がした。
第一 玉座
埋 席
時間にして約10分。
距離もそれなりに歩いていたとき、それは聞こえた。
ぺたぺたっ
なにか湿ったものがくっつくような音。
足音にも聞こえなくもないその音は明らかにオレこと黒崎ゆうたの背後から響いてきた。
…人か?
こんな洞窟に来る人なんていったいどんな用件があるのだろう。
…もしかして死体を隠すためなんてないよな。
音は徐々に近づく。
それもさっきよりかなり近くで。
意外と早いな…。これは…一応迎撃の構えをとっていた方がよさそうだ。
オレはそう思い足を引き、拳を構えた。
カウンターを狙った構え。
向かってくる敵に対して絶大な威力を誇るのもの。
相手が敵意あるようなら容赦せずに拳を叩き込む。
そのためにもオレは拳を限界まで引き、そのままとどまった。
音はすぐそこから聞こえる。
来たか…っ!
その音の正体を見ようと目を細めた。
「おや…?人…ですか?」
声。
それも女性のような高い透き通った声。
その声にオレは拳を下ろした。
敵意はなさそうだ。
その声の主を見る。
ローブのようなものを頭から被った彼女。
服は見えない。
ローブに包まれているから当たり前なのだが…むしろ隠すようにそのローブを纏っているかのように見受けられた。
紙袋を抱えるように持っていた。
中には赤い果実がたくさん詰まっている。
「貴方は…?」
「あ、どうも。黒崎ゆうたです。」
とりあえず自己紹介をする。
礼儀は大切にしないとね。
「黒崎…ゆうた…その黒髪黒目からするにジパング人ですね。」
「はぁ…。」
ジパング人…ではなくジャパニーズなんですけどね。
ジパングなんて随分と古い呼び名だし。
「ユウタ様はこのような場所へどうしたのですか?」
ユウタ様…なんだろう、くすぐったい響きだ。
様付けなんて手紙ぐらいだったしな。
「はぁ…実は…ここに洞窟があったからちょっと興味本位で入ってみました。」
とりあえず思いついたことを言った。
光に包まれて気がついたらここにましたなんて言えない。
言ったところで信じてはもらえないだろう。
不審がられて終わりだ。
「そうですか…ちょうどよかった。」
女性はローブの下で小さく笑った。
よくは見えなかったが微笑むように笑っていた。
「この先に私の女王様がいられるのです。」
女王…様…?
なんだそれ、今の世の中には聞かない言葉だぞ。
せいぜい世界史の教科書かゲームに出てくるぐらいだぞそれ。
はたまたどこかのゲームの中とか。
「外から訪れてくれる人は今までにいませんでした。それなので女王様もさぞかし退屈されておりますでしょう…どうかこのまま私と共に来て女王様の話相手になってもらえませんか?」
話…相手ね。
それくらいならいいかな。
ちょうどこの洞窟の奥まで行こうとしてたつもりだし。
これからすることもないわけだし。
ついでにここがどこだかわかるとありがたいし。
「いいですよ。」
「ありがとうございます。」
そうしてオレは彼女の後を付いていくことにした。
「荷物、持ちますよ。」
オレは女性の隣で手を出して言った。
さっきから重そうに抱えているその紙袋。
揺れに揺れて危ないったらありゃしない。
「いいえ、お客様に持たせるわけにはいけません。」
「いいから。」
半ばひったくるようにして彼女の荷物を取った。
おっと?意外と軽いな。
中には果物がはいっているからだろう、甘い香りがする。
「あ、ちょっと!ユウタ様!」
「いいから。女性に重いものは持たせていいわけないでしょ?」
お客様として扱いを受けるのだからせめてこれくらいはしないと。
男らしく女性には優しく接しないと。
前なんて「ゆうた、持て。」だったからな…。
あの暴君(双子の姉)…。
観念したのだろう、女性はため息をつく。
少し呆れているかのように。あきらめたように。
「優しいのですね。」
「どうでしょうね。」
優しいというよりはただ単に女の尻に敷かれやすいというところだろう。
今までだって散々だったし。
「それよりも…あなたの女王様ってどんな方なんですか?」
かなり気になっていたこと。
女王様っていうんだから女性なのは当たり前だろう。
いったいどんな性格なのか。いったいどんな人柄なのか。
どんな国を統べているのか。
気にかかることばかりだ。
「優しいお方ですよ。」
彼女は言った。
「従者の私にも優しく接してくれて、あの方ほど女王にふさわしい方はいないと思うくらいに。」
慕われているんだ。
悪い女王様じゃなさそうだ。少なくともオレのとこの暴君(双子の姉)とは違うと思ってよさそうだな。
「一国…とは言いがたい大きさのわが国です。いるのは私と女王様含めてまだ二人。」
「二人?」
二人だけの王国?小規模だな…。
没落した王族とか…だったりするのか?
「ええ、未だに王となるものが見当たらないのですよ。」
「王…ですか。」
王がいない王国というのもおかしなものだけど。
でも早々王になる器をもった人物はいないよな。
そんな逸材がいたら他国で出世出世と忙しそうだし。
「もしよければ…ユウタ様。私達の王となりませんか?」
「え?」
思わぬ勧誘がきた。
王がいないから焦っているのかと思えばそうでもない。
声は落ち着いているし緊張している様子もない。
真面目な話…ですか?
っていうか…こんな偶然出会った一般人を王に抜擢するのはどうかと…。
「ははは…考えておきますよ。」
はっきりとは断らずに。
オレは彼女に向けてそんなあやふやな返事を返した。
「ここです。」
女性は言った。
洞窟には不釣合いな豪勢な扉の前で。
何だろう…。この扉の先からか変な感じがする。
あまり上手く表現できないが…何かを肌で感じる。
師匠と対峙したときに感じさせられる圧倒的な実力の差とかではない、別のもの。
言葉にするなら…厳粛。
厳粛な雰囲気が扉越しに伝わってきた。
女王様ね。
果たしてどんな女王様なんだろうか。
威厳溢れたクールなお方か?
それともわがままな人か?
はたまた暴君だったりしたら…最悪だな。
「開けますよ。」
そんなことを考えていると女性にの手によって扉が開く。
中から溢れる光。
暗い洞窟内にいたオレにとってその光に慣れるには少し時間がかかった。
その光にも慣れ、目を向けるとそこには―
「ようこそ。ユウタ様。」
一人の女性がいた。
洞窟内とは思えないほど豪華で広い部屋の奥。
階段があり、その最上位のところにある青い椅子。
これまた豪華で二人くらいなら楽に座れる玉座らしきものにゆったりと座る一人の女性。
予想していたのとまったく違う。
威厳が溢れているがそれ以上に優しさが溢れていて。
わがままではなく素直といえそうな表情で。
暴君なんて言葉は似合わない良き王の姿がそこにあった。
すらりと伸ばした両足を斜めに揃え、背筋を伸ばしたその姿はまさに王。
だが威厳に溢れて過ぎていなく、堅苦しさを微塵も感じさせない。
優しそうな雰囲気を出しつつ浮かべる微笑は慈愛が満ち溢れていた。
見た目はかなりの美女。
よくファンタジーでは一国の王族は美男美女が多いなんて思ってたけど本当だったらしい。
びっくりだ。
傾国の美女だ。
さらにスタイルも良い。
出るところは出ていて引っ込むべきところは引っ込んでいる。
さらに言えばボインだ。中々豊満な胸だ。
すげぇ…。あんなのアダルトなビデオとかネットとかにしかないもんだと思ってた。
ナイススタイルで綺麗な女性。
完全無欠の女王。
ただ一つ予想外なことは―
―人間じゃなかった。
肌の色が青い。真っ青だ。
湿っているのか光り輝いている。
なんていうか…ゼリー質とでもいうのだろうか。
ゲームなんかで出てきそうな…そう、ゲームにいる!
スライムだ!
スライムを人の形にしたらあんなふうになりそうだ。
「はじめまして。私クイーンスライムのヴェロニカ・ハーリーと申します。」
クイーン…スライム…?
スライムの女王ですか?
つか、あんなゼリー質のものが意思を持っているんですか?
え?マジで?
ゲームみたいなものじゃなくて現実で!?
…オレはいったいどんな世界に来たんだよ。
そんなことを考えていると後ろにいた女性―もといヴェロニカ女王様の従者はローブを脱いだ。
「遅れながら…私の名前はポーラです。よろしくお願いします、ユウタ様。」
目に映るのはヴェロニカ女王様と同じ青い肌。
…この女性もスライムだったのか。
道理で洞窟内歩いてたときに変わった足音してたわけだ。
ぺたぺたいうわけだ。
納得。
「それではようこそ、ユウタ様。私たちのスライムの王国へ。」
「…?ユウタ様ってなんでオレの名前を知っているんですか?」
最初に名前を呼ばれたときにも思った。
なんでこの女性は初対面のオレの名前を呼んだんだ?
ポーラさんには自己紹介をしたけどヴェロニカ女王様にはしてないし。
「不思議ですか?」
「そりゃ…。」
まるで以心伝心してるかのようだ。
オレと…双子の姉みたいに…。
「ふふふ、実は私とそのポーラは同一人物なのですよ。」
人じゃないだろなんて突っ込みはしたかったがあえて我慢。
さすがに失礼だ。
「同一…ですか?」
「ええ、クイーンスライムの体の一部とでも言いましょうか。彼女は私の手であり、足であり、鼻であり、耳であり、目でもあるのですよ。だからユウタ様と話していたのはポーラであって私でもあるわけです。」
ヴェロニカ女王様は微笑みながらオレに言った。
頭の中が混乱してきたぞ。
複雑なこと言わなかった?
ポーラさんがヴェロニカ女王様でヴェロニカ女王様がポーラさん?
え?何?スライムって皆そうなのか?
…すげーな。
「せっかくここまでいらしたのですからどうですか?ご一緒に食事でも?」
「はぁ…。」
とりあえずその誘いを受けておこう。
女性からの、それも女王様からのせっかくのお誘いなんだし。
断ったら失礼だよな。
ポーラさんに荷物を渡して、部屋の中を進む。
進んでみるとよくわかるがここの部屋は何なんだろう?
まさしく城の一室。玉座の間。
白い柱が建ててあるし、豪華な椅子が並んでいる。
下に敷いてある赤い絨毯なんかどっかの俳優とかが歩きそうなものだ。
足の裏から伝わるふかふかした感触。
すげぇ。豪勢だ。
スライムといってもさすが女王。住んでいるところからして違う。
階段を上り終え、ヴェロニカ女王様の前まで来た。
近づいたらわかるが…この女性ほんとに綺麗だな。
人間らしくない美しさがあるというか。
スライムだからこそ出せる妖艶さがあるというか…不思議だ。
「それではこちらに腰掛けてくださいまし。」
そう言ってヴェロニカ女王様は玉座から立ち、オレに座るように進めた。
…え?
玉座に座れって言うのか?
え?
ちょっと待った!いくらこんなスライムやら女王やらとは縁のないところにいたからといってもこれはわかるぞ!
どこにでもいる一般人が女王様の座っていた玉座に座れ?
できるか!
失礼だろ!
一国の主が腰掛けるところに座るなんて首がとなされてもおかしくはない!
「いやいやいや!さすがに女王様が座っていたところに座るのは…。」
「…私の座っていたところに座るのは御嫌ですか?」
「いえいえいえ!そんなんじゃなくて、一国の王が座るところに腰掛けるのは気が進まないなーというか…萎縮してしまうというか…。」
というか、肝が冷える。
「それだったらオレはそこにあった椅子でお願いしたいなーって思ったり…。」
この部屋の中央あたりを歩いていたときに見つけたいくつかの椅子。
豪華な造りだったが玉座に座るくらいなら向こうに座るほうが良いだろう。
そう思ってその椅子があるところに目を向けると…。
「…。」
「あら、片付けられてしまいましたね。」
ポーラさんが椅子を全部運んでいた。
力あるなーあのスライム。
って、ポーラさんもヴェロニカ女王様も同一なんだよな?
…計画的犯行!?オレ嵌められてる!?
「椅子はこれひとつです。さぁどうぞお座りになってくださいまし。」
「いやー…。」
「お座りになってくださいまし。」
「えーっと…。」
「まし。」
「…はい。」
負けた。押し負けた。
やっぱりオレは押しには弱いな…。
誘われるままに腰を下ろした。
「ぉわっ…!」
座ってみたらすごくよくわかる。
この玉座がとても高価なものだと。
オレの背に、腰に吸い付くかのような座り心地。
まるで水を集めて玉座にしたかのように柔らかく、上質なものだった。
一国の主が座るところだ。座り心地が悪いわけない。
オレが玉座に座るとそれをみてヴェロニカ女王様は嬉しそうに微笑んだ。
「よくお似合いですね。」
…反応に困るな。
女王様にそんなこと言われると変な気分になる。
まるで…オレが王な気分がする…というか。
そのままヴェロニカ女王様はごく当たり前、当然であるとでも言うかのように。
オレの隣に座った。
「…。」
うん、女王様が玉座に腰掛けるのは当然だ。
でも、その玉座にはオレが座っていて、あえてその隣に座ってきた。
え?なんで?
確かにこの玉座は二人座れるぐらいの大きさはある。
だけどさ…なんで隣?
初対面の人の隣に座るか!?
「おや?どうかしましたか?」
「…えっと…この体勢は?」
「これですか?」
ヴェロニカ女王様は微笑みを向けてきた。
綺麗だ…。
じゃなくてっ!
「一国の女王として客人であるユウタ様への礼儀です。」
どこら辺に礼儀?
「どうか、この女王にユウタ様をもてなさせてくださいまし。」
そして彼女は頭を垂れた。
一般人のオレに頭を下げてもらいたくないなぁ。
でもこれはヴェロニカ女王様の意思であり善意。
受け取らないわけにはいかないか。
「それじゃ…よろしくお願いします。」
「はい!」
ヴェロニカ女王は様オレの手をとった。
ひんやりとして柔らかなその手。まるでゼリーに包まれているかのようだ。
ってスライムはゼリーと似たようなもんか。
「ポーラ、お食事を。」
「御意。」
気づけばヴェロニカ女王様のすぐ隣にいつの間にかポーラさんが佇んでいた。
手にはいつの間にか用意していたらしい食べ物。
オレがここに来るまでに運んでいたあの紙袋内にあった赤い果物だ。
それを手に持っていた包丁で皮を剥き、適度な一口サイズへと切り分ける。
その間30秒足らず。
すげー…。見とれるような包丁捌きだ。
そしてその切り分けた果物をこれまたどこから出したのか白い皿に載せ、ヴェロニカ女王様に手渡す。
フォークも一本手渡した。
…一本?
「ユウタ様。」
ヴェロニカ女王様はオレに向かってちょうどオレの口の高さにフォークを刺した果物を持ってきた。
…はい?
え?何この状況?
女王様がなんでオレに果物を食べさせようとしてるんですか?
「はい、ユウタ様。あーん。」
「あ、いえ、一人で食べられますから。」
「ユウタ様、あーん。」
「いえ、だから。」
「あ・あ・ん。」
「………あーん。」
負けた。押し負けた。
てかこの女王様なんだよ。
オレの双子の姉とは対極の位置にいる暴君だな。
優しさある命令というか…慈しみ溢れるわがままというか…。
仕方ないので運ばれた果物をしぶしぶと食べる。
しゃくりっとした食感。
それはまるでリンゴのような硬さだったが味はそうではなかった。
甘酸っぱい味。
桃のみたいな蕩ける甘さがありその後にすっきりとしたグレープフルーツのような後味。
苦味を感じさせずに甘味をより深く引き出す。
食べたことのない果物だ。
「美味しい…!」
それもかなり。
思わず口から言葉が漏れてしまうくらいに。
その言葉を聞いてかヴェロニカ女王様は微笑を向ける。
「この果物はこの地方にしかない上質なものなのです。どうぞ、もっとたくさんお召し上がりになって…。」
その言葉に甘えるように、ヴェロニカ女王様の厚意に甘えるように運ばれるままに果実を口にする。
何度も広がっていく甘酸っぱい味。
体に染み渡る無知なる味への感動。
微笑みながら差し出された果実をなんの疑いもなく食べる。
―それがいけなかったとわかるのはずっと後。
果物をちょうど三個分食べたところだろうか。
それは急に体の底からやってきた。
「…あれ?」
不思議と急に眠気が襲ってきた。
何でだ…?そんなに体は疲れてはいないはずなのに。
昨日だってちゃんと寝たし、学校でも授業中にちゃんと寝た…。
こっちに来た際になにか疲労を伴ったのか…理由もわからない眠気が体を包む。
「お疲れですか?」
ヴェロニカ女王様が心配そうにオレの顔を覗き込んだ。
「あ…はい、なんだか…急に眠気が…。」
「旅の疲れですね。それならばここでお眠りになっても構いませんよ。」
「え?」
この玉座で寝ろと?
確かに座り心地は抜群。
ここで寝れば安っぽいベッドで寝るよりも十分に眠れることだろう。
それに…眠気はオレの気持ちも知らないで徐々に大きくなっていく。
もう歩けないほどに眠い。
おかしなほどに、眠い。
「ポーラに部屋まで運ばせますから、どうぞ。」
「それじゃぁ…。」
その言葉に甘えるように瞼を閉じた。
そのまますぐに沈む意識。
異常なほどに深く、沈んだ。
「ようこそ、わが王よ…。」
暗闇へ意識が落ちる前にそんな言葉が聞こえたような…気がした。
第一 玉座
埋 席
11/03/06 20:44更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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