連載小説
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しつこい奴らと少ない時間

――――――――――――――

心臓の音が うるさい
目の前が真っ赤に染まっている
息をするたびに血の味と匂いで満たされる

「やはり放置すると こうなるのですね」

僕を誘拐した男がローブの隙間から嬉々とした声を漏らす
忘れようとした 思い出したくない声を
この呪われた体に染み付いて離れない恐怖を具現化した声を

「実験は数年前に実用化の目処が立ちました。やはり私は天才ですね」

そういえば この男は ことあるごとに自画自賛していたな
当時は怖いだけだったのに 今では酷く滑稽に見える

「ただ・・・研究資金の足しに失敗作を売ったのは間違いでした」

人の体を弄んでおいて 勝手な事を言うな
その一言すら言えないくらい 肉体の変調が加速してきた

「失敗作は処分しないと 完璧な私は安心できないのですよ」

・・・熱い
体が破裂しそう

「精液は血液から作られるので 君の体は過剰造血するように調整してある」
「数日間射精できなかった君の体は精液も血液も有り余っている 致命的に」

ぶっ と音を立てて 鼻血の勢いが酷くなる

「太い血管が破裂するのが先か 重要臓器の死滅が先か 興味深い実験です」

戯言が遠く聞こえるほど 意識が曖昧になってきた

もう だめ かな

ごめんなさい ガロアさん

「待っています」って言ったのに

約束 守れな か っ

――――――――――――――

青い屋根の廃屋。その入り口の前には見張りらしき男が立っていた。
煙草を吸いつつ柱にもたれているソイツに向かってスピードを上げる。
巡らせていた首がこちらに向いた時にはもう遅い。
腰の剣に手をかけた姿勢で男はアタシの体ごと屋内に吹っ飛んだ。
「ゲッ は・・・」

勢い余って壁に激突。挟まれた男が泡を吹いて崩れ落ちる。
まずは一人。崩れてしまった体勢を整えているとガラスが割れる音が響く。
振り向くと二人のゴロツキが慌ててテーブルから離れる姿を捉えた。
足元には割れたグラスとこぼれた酒が夕日を受けて場違いに輝いている。
「なんだテメェ」「死にてぇのか! クソが!」

残った二人は既に剣を構えている。奇襲は大失敗だ。
頭に血が上りすぎていると自覚するも、冷静になることもできず。
とりあえず力任せに傍らのテーブルを掴んで奥の男に投げつけていた。
「ぅおっ!」「あ アニキ!」
奥の男が怯んでいる隙に手前の男にまたも渾身の突撃を敢行する。
慌てて振りかぶった剣が落ちる間も無く胴を自慢の腕で薙ぎ払った。
床に後頭部を打ち付けて二人目が白目を剥いて気を失ったのを確認しつつ
アタシは三人目を補足すべく先程テーブルを投げたほうを見た。

「なめんじゃねーぞ このアマァ!」
三人目は腰溜めに剣を構えてあろう事かこのアタシに突進してきた。
冗談じゃない。なめられてるのは こっちの方だ。

「誰の男に 手ェ出してんだ!」

こちらも負けじと突進。三人目はビビリやがったのか歩調が乱れた。
腕の鉄輪で切っ先を弾き、がら空きの顎に拳を叩き付けた。
三人目はその場で一回転して腹から着地した。

・・・三人しかいない。あと 一人は

「騒々しい!実験の邪魔です!」

怒声と共に放たれた炎弾を背中に喰らって
視界が真っ白に染まった。

――――――――――――――

「がっ ・・・ぃいっ!? ぁぁぁぁぁぁっ!」
熱くて転げまわるうちに壁にぶつかっちまった。
壁に体を預け、ひりつく背中に利き手を伸ばしつつ敵を探すと
炎弾が飛んできたほうに漆黒のローブで身を包んだ怪しい影が佇んでいた。

「やはり魔物というのは品性の欠片も無い。無様だな」
何もかもを見下したような淀んだ眼でこちらを観察している。
「テメェは何だ ネモ出せ いるんだろ!」
交易馬車で世話になる前の粗野な自分に立ち返ったように罵声を放つ。
「おぉ 外見通りの思慮に乏しい言語、翻訳に困りますねぇ」
肩を震わせて大げさな身振りをしているようだがローブでわからない。
ヤツの後ろには貯蔵庫に続く階段が見えている。

「ネモ ねぇ・・・被検体NP3228のことかな? いるよ?下に・・・」
「番号で呼ぶんじゃねぇ!」
「君はアレの知り合いかい?アレがなんだかわかっててそばにいるのかい?」
ローブの隙間から虫でも見るような目でこちらをあざ笑ってやがる・・・
ヤツが執拗に煽ってるのは判っている。判っているけど・・・
目の前でケタケタ笑う外道を 黙らせたい

「アレは僕が手がけた作品の中でも なかなかの代物でね」

!?

「でも 所詮は失敗作だから、この世に残したくないんだよ」

そうか・・・

「もうそろそろ限界みたいでね。最期がどうなるか 楽しみなのだよ」

おまえかぁ

「早く戻らないと・・・魔物風情が手間を取らせないでくれたまえ!」
ローブの男がそれぞれの手で炎弾を形成し、交互に放ってきた。

アタシは背中に回した手を大きく振り出して
目の前で炎弾が破裂した。

――――――――――――――

「牛は焼かれる運命なのですよ。往生しなさい・・・ ? 」

目の前でゆっくりと炎弾がほどけていく

余剰魔力が熱と共に

”アタシの得物”に 喰われていく

「な 何ですか その斧は!」
さっきまでの余裕が嘘のようにローブの男が狼狽している。

アタシが握っているのは 一振りの斧。
刃の側面に荘厳かつ緻密な彫刻が隙間無く施され
柄の部分には等間隔で色とりどりの宝石が埋め込まれている。
その宝石が、破裂音と共に一つ足元に転がり落ちる。
落ちた宝石は無傷で、脈動するような光を発し薄闇を切り裂いている。

「アタシが牛だってんなら わかるだろ?」

斧を正眼に構えて一歩ずつ前進するとローブの男は焦って炎弾を連発した。
威力は大きいが速度に欠ける炎弾を斧で捌く。
時折弾け飛ぶ宝石が足元で明滅の道と化し、辺りを照らしていた。

「牛が怒ると 止まらないって さ」

後退り続けたローブの男は部屋の隅に背中がついた瞬間、愕然としたようだ。
貯蔵庫への階段からコイツが離れるよう追い詰めた事に今更気がついている。

「お得意の実験と勘違いしてるんじゃねぇよ 馬鹿野郎」

手に馴染んだ斧を掲げ、袈裟懸けに振り下ろした。
目障りなローブが裂け、貧相な胸板から鮮血がほとばしる。
脚の弛緩に合わせて尻餅をつき、男はそれっきり動かなくなった。

血のついた斧の柄を見ると数点を残し宝石が外れてしまっていた。
実戦で初めて使った斧は期待以上の性能でこの身を守った。
吸い切れなかった炎で火傷を負った手の平の疼きに我に返って
足早に貯蔵庫への階段を目指す。

「待てよ 牝牛」

――――――――――――――

振り返ると、先程倒した三人のゴロツキが目を覚ましてやがった。
こんな奴らに構ってる暇なんか無いのに・・・

「ひょ ひょのひゃは ぷっぽろふ」
「アニキ〜 顎砕けちまってるよ〜」
「ちくしょー 右肩が上がんねぇ 鎖骨逝ってるし」

剣を構えてジリジリと三人が近づいてくる。
この短時間で起き上がってくるとは完全に想定外だった。
血の気が多いらしく戦意はまだまだ十分にあるようだ。

時間があれば 簡単に片付ける事ができる。
その時間が 金より貴重なのに!

「ぴぺ〜!」「くたばれ!」「逝っとけ!」

三人がそれぞれ襲い掛かり、やむなく臨戦態勢をとったとき。

先頭にいた一人の横面に、ブーツの靴底がめり込んでいた。

「ドーーーーーーーン!」

反動で宙返りを決めた男が、結った後ろ髪をなびかせて立ち上がる。
腰から警棒を抜いて構える姿からは、いつもの軽薄な印象は抜けている。
その背中からは鍛錬を欠かさぬ者の風格さえ醸し出していた。

「遅れて飛び出てジャジャジャジャ〜ン! みんなのファイス様が来たぜ!」
「コレでガロアちゃんも惚れ直しただろ?モテるって辛いねぇ!」

・・・口を開かなければ の話だが

「この袋、ガロアちゃんのだろ?持ってけ!」
器用に振った腰には八百屋の爺さんから貰った皮袋が下がっていた。
どうやらアイギスの所に忘れていったらしい。
「ガロアちゃんが金払ったから俺にも場所教えてくれたぜ。サービスだとよ」
・・・まいった この展開も『視えて』いたのか。

油断無くゴロツキを睨みながらファイスが吼える。
「この後もう一人来るから、ここはまかせろ!俺の弟分の事・・・頼んだぜ」
「・・・わかった 死ぬなよ」
ファイスの腰から皮袋を引き抜き、アタシは階段を駆け下りた。
10/06/23 03:50更新 / Junk-Kids
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■作者メッセージ

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「やっぱり美人からの頼まれ事は断れねーな!てめーら!覚悟しろや!」
「ぽぺふぁ!」「調子のんな!」「カッコ付けが!」

背後を取られないように動いてるけど室内での戦闘では限界が近いぜ。
こいつら連携がとれてねぇが、さすがに一人は辛い・・・
「まだかよ〜 あのノロマが! 奥さんにある事無い事タレ込むぞ!」

「テメェ やったら許さねェぞ・・・」

廃屋の入り口から俺の愛しい熊ちゃんが のっそり入ってきやがった。
「はれふぁ へめへ」「新手か!」「お おい そいつ・・・」

入り口に近かった二人に襲われる熊ちゃんは、遮るように片手を伸ばして
「サークル!」と叫んだ。
熊ちゃんの手の平を中心にニュクスのピザくらいある半透明の盾が
空間を侵すように現れてゴロツキの攻撃を防いでいる。

「はわわわ」「なんだよ・・・これぇ」「嘘だろ・・・まじかよ・・・」
アタックをかけなかった俺の前のヤツが急にガタガタ震え始めた。
「・・・『D・D』」「ぽぴゃ!」「えっ えぇぇぇぇぇ!」
・・・やっばー 熊ちゃんの額に青筋ががが

「『D・D』ってことは」「こいつら『馬熊』かよ!」「ほひゅ ほひゅ」
あ やばい 半物質ナントカが拳からダダ漏れてるよ・・・ひゃー

「その名で呼ぶんじゃねぇ!」

・・・皆様のご想像の通り
この後の見せ場は熊ちゃんに持ってかれました。

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