連載小説
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理性の喪失と知らない寝床

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階段を駆け下りながら、鼻を突く血臭に粟立つ心をなだめる。
大丈夫だ 間に合ってる アタシが信じないでどうする。
自分を説得しなければ足が止まってしまいそうだった。
宿屋の貯蔵庫なんて、そう深いわけが無い。すぐに階段を下りきった。

ランプ一つの暗い部屋で捨てられたように転がっていた。

幼児の絵画のように赤い跡が横たわる体を中心に描かれて
傍らには用途不明の器具が散乱していた。
それらを蹴散らすように歩み寄り、震える手で そっと 抱き上げる。

「・・・ねも ねもっ」

意識が無いものを揺すってはいけない。場違いに冷めた頭が呟く。
右手で肩を抱き 左手で頭を固定し 血で汚れた顔を舌で拭う。
暴行の後は無いが細い血管から出血しているようだ。
鼻に詰まった血を口で吸出し、嚥下する。

「・・・ロ・・さ・・・」
「! ねも ねも イキテル?」
「きて・・くれ・・た・・・の?」
「アタリマエダ!」
「うれ・・・し・・」
「ねも・・・」

ゆっくりと口付けて癒すように舌を巡らせる。
あんなにもアタシを溶かした舌が か細く震えるだけ
口の中の血を拭い取り、唇を離した。

「おか・・し・て・・・」
「ナニ?」
「犯して・・・くださ・・い」
「ナニイッテル!死ヌゾ!」
「精液・・限界・・・」

見ればネモの大砲がいつもより更に大きくなっていた。
タマ袋も充血して今にも破裂しそうだ。
恐る恐る触れてみたら それだけで射精した。

「あぁっ・・・」
「ねも・・・」
「三日分・・・犯して・・・ください」
若干呼吸が落ち着いたネモが懇願するように見上げてくる。
「ワカッタ・・・三日分・・・愛スル」
譲れない一部分を訂正して、アタシはもう一度唇を奪う。
一瞬、驚きに目を見開いたネモがゆっくりと目を閉じて
ピンク色の涙が目尻から溢れた。

「ねも ソロソロ あたしモ 限界ダ」
「わかって・・ます・・・」
ネモの血で染まった部屋を見てから、ずっと猛りを持て余していた。
今の今まで抑えていたこと自体、奇跡のような話である。

「全力で・・愛してください」
「・・・ワカッタ」
アタシは頷くと持ってきた皮袋を開いて野菜を一つ取り出した。
いつかの酒の材料に使われた。アタシを狂わす罪な一品。
豪快に丸かじりして噛み砕き、おもむろにネモと唇を合わせる。
「んぅ んぐ んぐ」「ん・・・」
互いに喉を潤した後、様子を窺っていたアタシに

やっと満面の笑みを見せたネモの姿を最後に

アタシの意識は理性と共に吹き飛んだ。

――――――――――――――

気絶した誘拐犯を縛り上げていると、貯蔵庫から甘い嬌声が聞こえてきた。

「おい なんか熱々だぞ。重病人を探してたんじゃねぇのか?」
今日一日俺を使いまわした馬尻尾の相棒がケヒヒと笑いながら答える。
「あぁ心配ねぇ。抱かれねぇと死んじまう病気なんだよ」
「あぁ?テメェ・・・この期に及んで誤魔化すのかよ」
「マジなんだって。一心地ついたら病院まで運ばねーと・・・」

いつだって軽薄な笑みを絶やさないファイスが安堵に脱力している。
短くない期間を共にした同僚の初めて見る姿が興味深くて
無遠慮に見つめていると、とたんに嫌そうな顔を晒してきた。
「あぁん?なんか文句あっか糞が!」
「おまえにも女以外に大切なものがあると知って感動していた」
「ぬかせよ・・・ボケが・・・」

ファイスは踵を返すと床にしゃがみこんで何やら拾っている。
「何やってんだ?」
「いや・・・場違いな落し物があるんで回収してる」
背中越しに放り投げてきた物を掴むと、それは光を帯びた宝石だった。
「身代金代わりか? ・・・・って これは!」
「あぁ・・・魔力持ってる。んで そこの斧 見ろ」
ファイスが指差す先には緻密な彫刻が施された斧が一振り床に刺さっていた。
柄の部分には所々に何かが欠けたような跡がある。
「ちょうどコレ はまりそうだろ?」
「あぁ・・・ってことは」
「ガロアちゃんの物なんだろうな・・・」

詳しい事はわからないが、この斧は『呪具』に相当する代物だ。
取り扱いには十分な知識が必要で、滅多にお目にかかるものではない。
ちなみに『街』では中心部への持込を原則禁止としている。つまり・・・

「外周だから問題ないだろ」
「まぁな 高そうだから無くさないように さ」
・・・マメなくせに ナンパは成功しないんだよな コイツ
相棒の不遇を嘆いていると、見知った顔が一人現れた。

「患者さんは、どこだい?」
「ナイジェルか。嫁さんはどうした?」
「病院で常駐。当院は医者が少ないからね。で?患者さんは?」
「お楽しみ中。」
ファイスがニヤケながら貯蔵庫への階段を親指で示す。

「・・・そっか よかった 僕が処置しないで済んだか」

「んなっ!」「はぁっ!?」「・・・?」
「おまえ なんでネモの体のこと知ってんだ!」
「いやぁ 彼は先生の患者さんでね 僕も薬方面で尽力してるんだよ」
・・・先生 アンタどんだけ顔が広いんだよ・・・

久しぶりに三人そろったせいもあるのか
階下の嬌声がやむまで俺たちのグダグダトークは続くのであった。

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目が覚めると

両手がスライムの体の中だった。

「ぅはぁっ!」
「起きた起きた」 「先生に報告」
右手を咥えていたスライムが器用にドアを開けて廊下に消えていく。
突然の事で目を回していると左手を引かれた。
「右手も私の体に入れて下さい。火傷の治療にはもう少々かかります」
言われて空気に触れた右手がヒリヒリしてくるのを感じた。
同時に火傷の原因が何かを思い出す。

「ネモはどこだ!」
「一緒に収容された男性でしたら治療を終えてこちらのベッドですよ」
スライム越しに隣のベッドを見るとネモが穏やかに寝息を立てていた。
包帯が痛々しかったが命に別状はないようである。
「さあ、あなたの治療をしないと」
促されるままに右手をスライムの体に差し込む。
中は暖かくて心地よく、微妙に振動していた。

「ここが噂のスライム病院かい?」
「そうです。街長公認で魔物でも安く治療できるので安心してください」
この街に来るまで魔物を見てくれる病院をほとんど見た事が無かった。
あったとしてもモグリで法外な値段をつける奴ばかり。
そういった意味でもこの街は他とは一線を画している

「アタシはどれくらい寝ていた?」
「収容されてから半日といったところですね。もうすぐお夕飯ですよ」
『お夕飯』の一言で腹が減っている事に気付いた。
病院食で満足できるか今から不安になってくる。

「気分はどうだい?」

突然目の前に現れた聴診器の先がアタシの心臓を強く揺さぶった。
この街には足音を立てない奴が多すぎる。
聴診器はベッドの脇で前屈み気味に覗き込む男の首から下がっている。
男の顔は絵に書いたような笑顔だ。笑顔のはずだ。
その男の笑顔はネモの笑顔が与える安らぎや慈しみとは違う
決して崩れない安定感と全てを見抜かれているような焦燥感が混じった
矛盾ともいえる感情をアタシに強いた。

「私の名はトーマス・キャンベル。先生と呼んで下さい。約束ですよ♪」

・・・前言撤回 この街には喋らせてはいけない奴が多すぎる。
10/06/23 03:56更新 / Junk-Kids
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