連載小説
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昔の話と今日の事件

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また余計な事を思い出してしまった。気を引き締めていこう。

気を取り直して駐車場を出ると北門に並ぶ人の列が見えてくる。
この『街』は魔物との共生を実現しているが、それは外周市場限定で
中心部に入る為には北門にて審査を受けて許可証を発行する必要がある。
大抵は簡易パスの発行なので最長で3日ほどしか使えない。
ごく一部の人間は長期あるいは永久許可証を持っていて東門や南門から
待ち時間なしで通り抜けができる。ウチの大将も永久許可証持ちだ
ちなみに西門は軍事的な施設も兼ねていて非常時以外封印されている。
もっとも 魔物は例外なく中心部立ち入り禁止でアタシには関係ない話だが。

店への道すがら通り過ぎる市場からの声が心地よく耳に響く。
「さぁ!いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!」
「本日のお買い得はコレ!河童も認めた極太きゅうり!」
「マンドラゴラのつま先だよ〜!今月もキレイに伸びました!」
「選ばれたオークしか見つけられない最高級トリュフ!少量入荷!」
「桃のアルラウネ蜜付け、再入荷!次はいつ入るかわかりませんよ!」
「アカオニも唸る酒の肴!いぶりがっこ!日本酒とセットでこのお値段!」
「ワーキャットとの甘い夜を演出する!ドリアードが宿る木のマタタビだ!」
「安いよ安いよ安いよ安いよっときたもんだ!」

商売文句の中に魔物の名がこれだけ挙がるのは、この「街」くらいのものだ。
以前は魔物ゆかりの品といえば非常に高価だった。入手ルートが無いからだ。
たまに魔物の集落を襲った連中が戦利品を商人に売りつけて
その品が法外な値段で金持ちのコレクションとして納品されていた。
この街のあり方が、そんな図式を徐々に変えてきているのだ。
人間には品物を、魔物には出会いを与えるこの街は急速に発展した。
中でも外周市場は常に新陳代謝と拡大を繰り返している。

前回立ち寄ったときに開店した店が、もう違う店になっていたり

何年たっても衰えない、元気な爺さんが野菜を売っていたり

「旦那に山芋はいかがかね〜 っと 嬢ちゃんじゃないか!元気かね!?」
側頭部と後頭部に若干残った髪とたっぷりのヒゲが真っ白な爺さんが
年齢にそぐわない大声で呼びかけながらアタシに向かって手を振ってきた。
「なんとかやってるよ。爺さんは相変わらずデカい声だね。」
「おうともさ!まだまだ若いモンには負けんぞい!」
握りこぶしを胸に当てて爺さんが笑う。こりゃ死神も当分ほっとくだろうさ。
ひとしきり笑うと爺さんは皮袋を取り出して野菜をいくつか放り込む。
「今日は『アレ』も旨いのが採れたんじゃ。持っていきな。」
苦笑を浮かべつつ財布を取り出すと、拒むように手の平を突き出された。
「今日は『特別な日』なんじゃろ?金はいらん。頑張ってこい」
爺さんは含みのある笑みを浮かべてこちらを見ている。
「何でわかったの?」と聞くと「伊達に年は取っとらん!」と返された。
首筋から血が上ってくる音が聞こえる。頭に到達する前に乱暴に皮袋を掴む。
「いってくる」 「がんばれ若人!」
爺さんに見送られながらアタシは雑踏の波にまぎれ込んだ。

そうさ あの日決めたんだ 手に入れるって

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「昔話をしても いいですか?」

いつものように抱き合った後、ネモが微笑みながら囁く。
その笑みは普段とは違う、微かな愁いを帯びたものだった。
出会って半年、商品の搬入で『街』に来るたび逢瀬を重ねるアタシ達だが
ネモが時折、この儚い微笑を浮かべるようになったのは最近のことだ。
こんなに近くにいるのに、遠くから見守るような目で見るのだ。
その目を見ると何故か悲しくなって、今も声をかけることが出来ずにいた。
沈黙を肯定と判断したのか、ゆっくりとネモが語りだす。

「僕の両親は この『街』で商売をしていました」
「それなりに名の知れた商人だったようです」
「月に一度、自ら商品を仕入れるほど品質にこだわっていたそうです」
「ある日、教育のために僕も仕入れに参加することになって」
「親子三人で この『街』を離れました」
「仕入れを済ませた帰り道 僕達は盗賊に襲われました。」

「父さんは 盗賊の一人に殴られて動かなくなりました」
「母さんは 盗賊のリーダーに連れて行かれて それっきり・・・」
「僕は・・・奴隷商人に売り渡されて市場に並べられました」

「そのとき 魔法研究家を自称する男の実験動物として買われたんです」
「その男は『人工的にインキュバスを造る』実験をしていました」
「僕の異常な肉棒と精液の量は繰り返された実験の結果です」
「理由は不明ですが、自慰では射精できなくなる呪いもかけられました」

「更に三日に一度 射精しないと死んでしまう副作用まで・・・」

「僕は失敗作として奴隷市場に逆戻りして男娼として売りに出されて」
「幸運にも娼館を営んでいた叔父に見つけてもらえました」

「あの後 盗賊はすぐに捕まって処刑されたそうです」
「父さんと母さんは 襲われた日に死んでいたそうです」
「僕が売られたという証言は処刑前の尋問で得た不確かなものでした」
「そんな嘘かもしれない情報を元に、叔父はずっと探してくれていたんです」

「『お前だけでも生きていて良かった』と言われて涙が止まりませんでした」
「叔父は僕を日常に連れ戻そうと手を尽くしてくれましたが」
「『街』一番の医者は『元通りにする事は不可能だ』と診断を下しました」

「実験の副作用は僕の日常生活に支障が出るほどのものでした」
「成長が止まってしまい子供の姿のまま、三日に一度の発作に怯える日々」
「娼館の人達に助けてもらわなければ狂い死にしていたでしょう」
「娼館でお世話になるうちに僕に残された道はこれしかないと思ったので」
「叔父を説き伏せて、僕は男娼になりました」

いつもと違う 渇いた笑みを貼り付けてネモが訥々と語る。
アタシは聞くことしか出来ないから 黙って聞いていた。

先に目をそらしたのは ネモだった。
アタシに背を向けて 肩を震わせながら 搾り出すように呻く。
「お客様の相手をする事で、僕は永らえているんです」
月夜を受けた雫がシーツに落ちるのを肩越しに見つめる。
「僕には こんな 卑しい生き方しか ないんです」

呻くネモの体を引き寄せて 自慢の胸に挟み込む

「なんか 寒くなっちゃってさ」
ネモは 温かい
「少し・・・このままでいさせてくれ」
行為の後だからか 感情が爆発しているからか

いや 違う

とても楽しい日々だったから
ネモに負担をかけると思ったから
溢れそうな気持ちを胸の奥に必死で隠した。
アタシだけの問題だと 思っていた。

ネモが泣いて アタシは自分の間違いに気付いた。
ただの『客』に こんな話をするような奴じゃない。
ネモの方が 心をあらわに出来ない立場である事にすら気付けなかった。
らしくなかったのは アタシの方だ。

「アタシもネモに 大事な話があるんだ」

嗚咽が収まったのを機に耳元で囁く。
「準備しないといけないから 次に会う時に 必ず」
いつの間にか背中に回っていたネモの腕が キュッと締まる。
「きっと ネモにとっても いい話だと思う」
こんな言い方は傲慢だろうか と別の言葉を捜していた。

そのせいで 反応できなかった

「んっ・・・」
胸の谷間から這い出たネモがアタシの唇を奪っていた。
それは 一瞬触れただけのキス
バカみたいに呆けているアタシに
ネモが涙まみれの顔で微笑みながら

「待っています」

と言ってくれた。

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『身請け』という言葉がある。
大金と引き換えに気に入った男娼・娼婦を娼館から譲り受ける事を指す。
娼館ニュクスにも当然このシステムは存在する。
アタシは娼館ニュクスからネモを買い取る決心をしたんだ。

ネモの叔父であるニュクスの支配人は、法外な値段をネモにつけた。
ネモと出会ってからの半年間、ネモの縁者とも浅からぬ親交を持ってきた。
その中に目の前の男も入っている。実直で真面目な人間だ。
伊達や酔狂でこの値段を提示するような人間ではない。
私は一言「その額でいい」と答えた。

約束した日から、ちょうど一週間経った今日。
用意した金を持って娼館ニュクスの前に立っている。
荒ぶる鼓動を静めるために大きく深呼吸。
意を決して店内に踏み込んでみると

1階ロビーが なにやら騒がしい

人もまばらなはずのフロアに人だかりができている。
狼狽する支配人を従業員達が必死でなだめているようだ。
「どうしたんだ?」
人垣を掻き分けて支配人に声をかけると支配人は大声で叫んだ。

「ガロアさん!大変だ!ネモが誘拐された!」

頭を殴られたような衝撃に襲われた。

「手がかりが無い どうしたらいいんだ・・・」

思考が真っ白になって何もわからない。

「もう二日経っちまったんだよぉ・・・」

モウ フツカ タッチマッタ?

「おい・・それって・・・」
「あぁ 今日中に見つけないとネモが・・・」
「なんか無いのかよ!怪しい奴がいたとか!何でもいい!」
「全く手がかりが無いんだ!部屋にいたはずなのに・・・」

ダメだ。ここにいても時間を浪費するだけだ。何か無いか 何か・・・

!?

あった 一つだけ いや でも・・・ダメで元々か!
藁にもすがるような思いでアタシはある場所を目指して駆け出した。
アイツが本物だったら わかるはずだ。

――――――――――――――

客のいない酒場は静かすぎて、アタシの荒い呼吸だけが重く響いている。
焦りつつ左右に首を巡らせると、カウンターで皿の肉をつつく女が一人。

「アイギス!」

ショートドレッドを揺らしながら振り返るのは、あの夜の女。
自称占い師 それ以外は不明の美人 アイギス
この女がどれほどの能力を持っているのかアタシにはわからない。
だけど もう あてがない。

「ガロア・・・だっけ? 怖い顔して・・・」
アイギスは言葉を不自然に切ってアタシを見つめている。
「・・・そう・・・あの子が・・・」
「!? わかるのか? ネモは無事か!?」
掴みかかる手を器用に避けてアイギスがアタシと距離をとる。
その目はアタシを見ているようで、しかしまったく別のものを『視て』いる。

「今すぐ行けば 間に合うよ」
その言葉を聞いて緩んだ心に一匹の毒蛇が牙をむく。
「見料を払ってくれれば 教えてあげようじゃないか」
アイギスが懐から出した羊皮紙は見料のリストだった。
失せモノの項目、最上位『行方不明者の捜索』の値段は

アタシがネモを身請けする為に用意した金額と ほぼ同じだった。

「私も売れっ子なんでね。はした金では動かないよ」
挑むような瞳でアイギスが笑う。「払えるのか?」と言いたげに。
足元が崩れ落ちるような虚脱感に襲われた。心が冷たくなっていく。

不意に思い出したのは 初めての笑顔

気がついたらアイギスとアタシの間にあるテーブルに皮袋を置いていた。
重みで軋むテーブルを睨みながらアイギスが問う。
「大事な金じゃないの?」
「ああ そうさ でもな」
握り締めた拳を皮袋から引き剥がしながら言い放つ。

「ネモがいなきゃ 必要ないんだ」

しばし睨みあった後、アイギスは内圧を緩めるように息を吐きながら告げた。
「2ブロック先 青い屋根の廃屋 貯蔵用の地下室 敵は四人」
聞き終わる前に出口に向かって駆け出していた。既に日差しが赤らんでいる。
後ろに背負った『得物』目掛けて言葉が飛ぶ。
「魔法使いもいるけど 『ソレ』を使えば大丈夫!」

一刻の猶予も無い。今はただ走る。目指すは青い屋根。
10/06/23 03:42更新 / Junk-Kids
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