うるさい男と怪しい女
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「荷を降ろせ!」
思い出に浸っている間に『街』に着いたようだ。
老若男女の喜怒哀楽が馬車のホロを通り越して耳に届いた。
いつ来ても『街』は活気に満ちている。
酔狂な領主が気まぐれに作らせた経済特区は商いをする者にとって
ボロ儲けのチャンスが湧き出す泉に見えることだろうよ。
そんな商人たちも売るモンが無いとあっては お話にならない。
アタシを雇った大将は他人の売り物を仕入れる能力に長けている。
いつだったか『集めた品を自分で売らないのかい?』と聞くと
『俺には商才が無い』と情け無いツラで答えた。世の中ままならんねぇ。
しかし、そんな情け無い大将でもアタシの給料を保障するだけの器量は
持ち合わせているらしい。その点は褒めてもいいだろう。
得意先の宝石商が運ばれてきた品々を見て目を丸くして驚いている。
「キミィ この指輪の石は まさか・・・」
「はい!前回のお取引で話題に上ったゴブリン族がカットした宝石です!」
「通りで・・・人の磨いたものと比べると輝きが違う・・・」
宝石商の男は感嘆の吐息で体がしぼみそうだ。完全に魅了されている。
「ゴブリンの細工師とは話がついているので安定供給が可能です!」
「本当か!?是非頼みたい!」
「まぁ お値段は張りますが・・・」
サッと取り出した契約書の数字を見て宝石商の眉がピクリと上がる。
「・・・たしかに高いが ゴブリン製としては破格だな」
その言葉にウチの大将もホッと胸を撫で下ろす。
「交渉しだいでは徐々に値下げも可能かと思います。ご期待ください」
「ああ キミに頼んでよかったよ!」
宝石商と大将は満面の笑みで握手している。
商談成立だ。
「ボロい商売だな」
交易馬車の駐車場で停車の指示を出している大将に問いかける。
「人聞きが悪いねぇ。適正価格だよ?」
大将は悪びれない様子でニコニコしている。あぁ 殴りたい。
「あの指輪は、若いゴブリンが作った『習作』じゃないか」
そう、大将が用意した指輪は駆け出しの若手ゴブリンが師匠の作品を
お手本にして作った品で人の世なら『贋作』とも言える物だ。
幸いにもゴブリンが作る品は職人の名前で売れているわけではないので
『贋作』扱いされる事も無いのだが、それでもこの商品が
『ゴブリンが作った品』の中ではランクが低いモノである事に違いは無い。
「大丈夫、コトがバレてもトラブルにならない値段設定だよ」
飄々と大将が答える。憎々しいことこの上ない。
「ほーら!今日は大事な日だろ?そんな顔をしていたらダメだ」
大将が荷台から皮袋を取り出してアタシに差し出した。
ここ数年の勤労の成果を両腕で受け取る。
「君なら大丈夫。必ず上手くいくさ」
内心の不安を見透かされた様な気がした。 やはり殴ろうか コイツ
「我がアーツ入荷代行社の無敵の用心棒『眠りのガロア』に不可能は無い!」
「その名で呼ぶな バカヤロウ!」
殴ると殺してしまうのでデコピンを食らわせてアタシは踵を返す。
こんな奴に構っている余裕など今のアタシには無いんだ。
足早に歩く傍らで、荷物管理の若者達がエール片手に騒いでいる。
どこの娘がどうの と訳知り顔で話している顔を横目で見てしまったからか
あまり思い出したくない男の顔が脳裏に浮かんでいた。
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娼館ニュクスは東門と南門の間の奥まった路地裏に店を構えている。
娼館にしては規模の大きい建物はつぶれた宿屋を改装したものらしい。
『街』を造る際に必要な作業員向けの宿屋が当時はたくさんあったのだが
中心部に立派な宿泊所ができたとき、そのほとんどが役目を終えることとなり
当時のまま経営してる例は希少で、ほとんどの建物が主と商売を換えている。
娼館ニュクスもその中の一つで、1階ロビーは元々食堂だったところだ。
今でも軽い食事と酒が用意されていて、指名した者と楽しむ事ができる。
本来ならアタシもネモと二人っきりで食事を楽しむところなんだが
何故かアタシ達のテーブルで軽薄そうな男が旨そうにエールをあおっている。
歳は20代半ばだろうか、引き締まった体は肉体労働の賜物だろう。
後ろでまとめた長い髪を馬のしっぽのように振りたてている。
そこそこ顔つきは整っていてトータルバランスは『良』をつけてもいい。
「くっはぁ!やっぱり仕事明けのエールはクソ旨いぜ!なぁネモ!」
・・・口を開かなければ の話だが
「相変わらずですねぇファイスさん。女性の前ですよ?」
「俺は女性を差別することができねぇ!だからいつも通りしゃべる!」
胸を張って『どや?』と言いたげに笑う このファイスという男
以前はこの店で男娼をしていたと聞いたときにはエールを吹きそうになった。
「ネモの次に人気があったんだぜ」と誇らしげに語るが到底信じられない。
引退した後『街』の南門を守っていると聞かされたときは頭が痛くなった。
いったいこの『街』の行政はどうなっているんだ。
「ガロアちゃんだっけ?どんどん喰いねぇ!今日は俺のおごりだ!」
いつの間にか『ちゃん』づけだよ・・・殴ろうかな 本気で
「ネモは俺の弟みたいなもんだ!よろしく頼むぜ!だぁ〜〜っはっはっは!」
「ファイスさんったら・・・もぅ・・・」
ネモが真っ赤になって暴れるファイスを抑えようと抱きついているが
何故かそこからステップ踏んでダンスを始める始末・・・フリーダムすぎる。
『無法 天に通ず』とでも言うのか? 世が世なら天下も狙えたかもね。
「あらあら 今日は元気な人がいるのね」
すぐ傍らで声がした。気配は無かった。怖気を御しつつ振り向くと
黒のノースリーブで谷間を強調した巨乳が目の前にあった。 むぅ 互角か。
視線を上に向けると輝く銀髪をショートドレッドでキメた美女が
狐目レンズの眼鏡ごしに値踏みするようにアタシの顔色をうかがっていた。
「あの彼、なかなか良いじゃない。声かけてもいい?」
「勝手にしろ。隣の子には手を出すな」
「あら 意外ね あーゆうのが好みなんだ」
「なんとでも言え」
こいつ・・・まさか・・・いや 詮索はやめておこう。
謎の美女は微笑むとマキシ丈のシーススカートを悩ましげに揺らしながら
陽気に歩み寄りアタシ達が確保していた4人席の最後の一つに座る。
「私はアイギス。近くの酒場で占い師をしているの」
「ガロアだ。交易馬車の護衛をしている」
アタシはエールのジョッキを、アイギスはシェリーのグラスを掲げた。
澄んだ音を響かせて出会いの儀式に華を添える。
杯を干しつつネモ達を見る。ファイスがネモを右に左に、更には縦にまで
振り回して豪快に踊るのを見て弾き語りが面白がって曲をあてがっている。
最後にネモを頭上に掲げ持ちポーズを決めてフィニッシュ! 拍手の嵐!
満足げなファイスがフラフラのネモをエスコートしながら席に戻ってくる。
「おっ! 俺好みのイカした女がいる!ガロアちゃんがナンパしたの?」
「アタシはノンケだ!・・・この人はおまえに用があるみたいだぞ」
「俺かよ!? あぁ・・・苦節ウン年。俺にもやっと春が来たか・・・」
「占い師のアイギスよ よろしく」
「アイギスちゃんか・・・いい名前だ!俺ファイス!ヨロシク!」
「ネモです。よろしく アイギスさん」
自己紹介を済ませたあと、ファイスが突然カウンターに向かって叫んだ。
「マスター!『魅惑のテソロ』四つ!俺のおごりで!」
「ファっ ファイスさん!それはっ・・ んむぅ モゴモゴ」
ネモが何か言おうとしたがファイスが口にピザを放り込んで黙らせた。
一度に三つも口に突っ込まれて悶絶しているネモに そっとジュースを渡す。
「んくっ んっ んっ ぷはぁ た 助かりました・・・」
必死でジュースを嚥下する様を見ていたら情事の時の光景を思い出してしまい
一人で悶えていると、マスターが直々に盆を持ってやってきた。
「お待たせしました。娼館ニュクス食堂の特製『魅惑のテソロ』です」
先程ファイスが頼んだ品だ。さてどんなものかと視線を向けると
グラスの中に 真っ赤な液体が入っていた。
ファイスとアイギスはニコニコ笑っている。知っていたのだろう。
ネモはオロオロしながら見上げてくる。さっき言いかけたのは これか。
・・・過ぎた事は 仕方が無い なるようにしか ならない
アタシは目の前のタンブラーを掴んで一気に飲み干した。
「おー」と無責任に歓声を上げる二人を睨み付けた。 ダメだ もう。
「ふぁいす・・・カクゴハ デキテ イルカ?」
「へっへーん 俺に構ってる余裕なんかなさそうだっぜ!」
ファイスの言うとおり私の内圧は臨界寸前だった。
今まさに頭の端に引っかかった理性が転落しようとしていた。
「ガロアさん」
不意に手の甲にぬくもりを感じて目を向けると、小さな手が添えられている。
先程までうろたえていたネモが 全てを受け止めるように微笑んでいる。
気がつくと両手で抱えていた。『お姫様抱っこ』という奴だ。
他に何も考えられず ふたりっきりになるために 部屋に急いだ。
この日、ネモは一日の射精回数の新記録を更新したそうだ。
それまでネモが怪我しそうで出来なかった騎乗位や座位などの体位を
ファイスの策略で陥ったスタンピード脳が断行してしまい
アタシの全力をネモの小さな体にぶちまけてしまった。
空が白む頃、ようやく正気に戻った私を待っていたのは
汚れていない箇所を見つけられないシーツと
度重なる上下運動にに耐え切れず傾いたベッド そして
息も絶え絶えで放心した ネモ
終わった
今までにもあったことだ
スタンピード状態で蹂躙した男は
アタシに 二度と 近づかない
「ごめん ネモ・・・」
汗で張り付いているネモの前髪を指で整えながら告げる。
次第にネモの目に光が戻ってきた。
潤み震える眼差しをこちらに向けてネモが呟いた。
「ずるいですよ ガロアさん・・・」
・・・え?
「どうして好きな体位を隠していたんですか?あんなにすごいのに・・・」
珍しくネモがむくれているが、この時のアタシはその可愛さに気付けない。
「だって・・・ネモの体には負担が大きいと思ったから・・・」
「・・・とっても 気持ちよかった・・・」
呆けた表情でネモがあさっての方向を見ている。おーい 帰っておいでー
一つ溜息をついた後、ネモが私の手に触れる。
「もう 我慢しないでいいです」
小さな手で私の腕をすくい上げて手の甲にキスをする。
「僕が絶対 受け止めますから」
いつもの笑顔で宣言されて もう何も言えなくて
いつもより強く ネモを抱きしめた。
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アタシの 記憶が 確かならば
『魅惑のテソロ』は本来、別の名前のカクテルだったはずである。
どうにも納得いかなくてマスターに話しを聞いたところ
「女性の名前が入ったカクテルは娼館向きじゃない気がしたので変えました」
と実に朗らかな顔でお答えいただけました。全くまぎらわしい。
後日、ファイスに制裁を加えようとしたところ
「ネモと上手くイったんだろ? ん〜〜?」
とぬかしたので、極上のデコピンを喰らわせてやった。
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10/06/23 03:36更新 / Junk-Kids
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