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第十六話 Under World
ラージマウス撃退(?)から一夜明けた冒険者ギルド(親魔物派)。

亭拉はクエスト掲示板から適当な依頼を探している。
気のせいか昨日よりも尋ね人捜索の依頼が増えているようだ。

大尉「同士テイラ!」
依頼探しに集中していたせいか、突然声をかけられてビクッとなった亭拉が振り返るがそこには誰も居ず辺りをキョロキョロと探す。

大尉「…下だ、同士テイラ…」
テイラ「おおうっ!」
本日二度目のビクッの後、亭拉の視界には口角を吊り上げこめかみに青筋を立てたレッド・キャップ隊長の大尉の姿があった。


……
………

亭拉と大尉はギルドの喫茶スペースで待っていたシルクと合流し休憩を取ることにした。

大尉「同士テイラ、先日は世話になった。」
そう言ってペコリと頭を下げる。
見た目が小さな女の子なのでその姿はとても可愛らしい(中身はとてもじゃないが『粛正!』ウボアァァァァァ!)

テイラ「同士は止せ、俺はこっち側だぞ。」
腰の辺りからコツコツという金属を叩く音がする、テーブルで見えないが『聖騎士の証』を叩いているのだろう。

大尉「いや敢えて『同士』と呼ばせて貰おう、今朝一番に『週刊 魔物娘』の記者が『レッド・キャップ』に来て取材と宣伝の交渉にやって来た」
大尉の言葉に「何の事やら」と惚けて見せる亭拉に大尉は「そう言う事にしておこう」と微笑みながら目を伏せる。

そしてシルクは二人のやり取りを見てクスリと笑う。
彼女には何故かラミア種特有の嫉妬深さが無く、亭拉と他の魔物娘が仲良く話していても間に割って入る様な事はしない。

大尉「おっと、今日はこんな話をしに来たわけでは無いのだ。」
和やかだった雰囲気から一変して真剣な表情になった大尉を見て亭拉達の顔からも笑みが消える。

大尉「我々が盗人に身をやつした理由は知っているだろう?」
ばつが悪そうに話す大尉を察して亭拉も短く「あぁ」とだけ答える。

大尉「あれにはもう一つ理由が有る、我々は本来下水道を住処にしていたのだが…」
一見冷静に話しているようだがその言葉には悔しさがにじみ出ていた。

大尉「下水道を、スライムに乗っ取られた…」

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大尉の話を要約すると以下の通りである。

とある大雨の日(カンバスに洪水をもたらす大雨の事)に大量の土砂と共にスライムが下水道に侵入した。

下水道は人間はおろか魔物娘さえ滅多に近寄らないためスライムは瞬く間に魔力欠乏に陥りラージマウスやデビルバグから見境無く魔力を奪い始める。

デビルバグは早々に逃亡、ラージマウス達は果敢にも抵抗を試みるが敗北。
何故なら侵入してきたスライムは『クイーンスライム』だったからだ。

彼女の『王国』の前ではラージマウスの数の有利は意味をなさず次々と魔力を吸われ地上に放り出された。

そして今度はラージマウス達が魔力欠乏に陥り集団で食料を盗み始めたらしい。

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テイラ「ふーん、それで?下水道に戻りたいからそのスライムを駆除して欲しいと?」
冷めきったコーヒー(自前)をすすりながら同じく冷めきったジト目で聞き返す。
シルクは『駆除』という言葉に耳の先をピクリと反応させるがまだ静観を続けている。

大尉「命までは取らないでやって欲しい、住処を追われた我々だが今となってはヤツの空腹もわからんではない。」
魔力欠乏に陥り相手構わず魔力を奪って回ったスライムと空腹に負けて盗みを働いた自分達を重ねているせいか歯切れが悪い。

大尉「しかしこのままでは地上の人々にも被害がおよぶ可能性がある、そうなっては完全に駆除の対象に…それに何よりも」
そこで一度言葉を区切り、一呼吸おいてから、
大尉「下水道は反魔物区にも繋がっている、もしそこで被害が出た場合スライムを討伐しに行くのは勿論教会側が親魔物区に攻め込む口実を与えかねない。」
どうやら事態は思った以上に深刻なようだ。

大尉「我々にはもう『レッド・キャップ』と言う居場所があるから今更下水道に戻ろうとは思っていない、しかし一度敵対したとはいえ同じ魔物娘の危機を放っては置けない。」
自分の気持ちを上手く言い表せないのか顔を押さえ悩むような仕草をみせる。

テイラ「あー、もう面倒臭いなぁ…」
そう言うと席を立ち親魔物派のクエストカウンターへ向かう。

現代の時間にして十分程度話し込み、受付嬢(ワーラビット)は後半かなり深刻そうに話を聞いた後奥に小さな布袋を取りに行き亭拉に手渡す。

テイラ「ギルドに事情を(かなり盛って)話してきた、この件は今からギルド直轄依頼になったぞ。」
(親魔物派)ギルドとしてもクイーンスライムによる被害が出ることは避けたいらしく、ギルドから報酬と支給品付きで正式に亭拉に依頼をかける事となった。

大尉「同士テイラ…」
シルク「優しい方ですから。」
目に涙を浮かべ軽く頭を下げる大尉にシルクはさも自慢げに声をかける。


……
………

クレバネット『下水道』
現代日本の下水道とは違い西洋式の大きな下水道で左右に人が一人歩ける程度の道がついており、そこを亭拉は鼻と口を布で覆い左手にランプ右手に『ネゴシエーター』を持って歩いている。

今回は相手が餓えた『クイーンスライム』であることと狭い下水道を移動するためシルクは『レッド・キャップ』の有る雑貨屋で留守番をしている。

テイラ「確かこれを撒けば誘き寄せられるんだな?」
下水道の壁にネゴシエーターを立て掛けギルドから支給された袋の中身を少量通路に撒く。

それは『魔結晶』と言われる純粋な魔力の結晶を粉にしたものらしく、本来は魔力欠乏の治療薬として用いられるものらしい。

つまりそれを撒けば腹を空かせたクイーンスライムがよってくるだろうと言うことらしい。

…ズルッ…ジュルジュル…ずぞぞぞぞっ

亭拉の正面、丁字路の先から何かを引き摺るような音が聞こえ始める。

ランプを掲げ丁字路の先を凝視し、スライムの襲撃に備える。

嫌な湿気の充満した下水道の中、亭拉がゴクリと唾を飲み込んだ瞬間。

ザバアッ

亭拉の真横の汚水が跳ね上がりスライムが襲い掛かってきた。

現在の状況を整理すると、

亭拉は下水道の右側の通路を歩いている。
左手にランプ、右手にネゴシエーターを持っている。
従ってスライムは亭拉の左側から飛び出している。

亭拉は咄嗟にネゴシエーターでスライムを凪ぎ払う、斬撃の効果が薄いためネゴシエーターの側面をスライムに当てるように。

しかしこのままでは下水道の壁にネゴシエーターが当たり振り抜くことが出来ない。












だがこれは壁が『障害として機能した場合』の話である。

亭拉の『魔物の領域すら外れた怪力』の前では石造りの壁はビスケット程の強度も無くまるで鍋から立ち上る湯気を凪ぎ払うが如く霧散し、その勢いを一切落とすこと無くスライムに叩き付けられる。

バチィイイイン!

まさに『爆散』。
スライムは一撃で粉々に吹き飛び下水道の壁の染みに変えてしまった。

テイラ「しまった!あれ本体じゃないだろうなぁ?」
???「あら、心配してくれるのかしら?」
突然の事に思わず攻撃してしまった。
その時頭上から声が聞こえ、ランプを掲げて正体を確かめる。
そこには上下逆さまに垂れ下がったクイーンスライムがたわわな胸を左右から押し潰すように腕を組み、妖艶な笑みを浮かべて居た。

女王スライム「でも可愛い召し使いを傷物にしてくれた責任を取って貰おうかしら…」
ズルズルとゆっくり降りて来て、両手を亭拉の頬を包むように伸ばしてくる。
その顔は笑っているようにも見えたが余りの空腹に正気を失った目をしている。

女王スライム「貴方の精で…」
クイーンスライムの両手が亭拉を捕らえる直前、亭拉は石造りの床を蹴り後方へ跳ぶ。
湿った床に足をとられバランスを崩すも直ぐ様体勢を立て直しクイーンスライムを見据える。

テイラ「がっつきなさんな女王様、テーブルマナーがなってないぜ?」
ランプでクイーンスライムを照らしながらネゴシエーターを肩に引っ掻け、魔結晶の入った袋を取り出すとクイーンスライムに向かって投げつける。

テイラ「取り敢えずこれでも食って落ち着きな!」
袋はクイーンスライムの『スライムコア』に向かって一直線に飛んで行く。
しかしそれを阻むようにクイーンスライムの腹から『召し使い』が飛び出し袋を体内に取り込み袋ごと消化してしまう。

テイラ「全くはしたない、女王様は『林檎は皮を剥かず丸かじりする』派なのかい?」
(思った以上に『早い』、スライムと聞いて甘く見ていたか…)

女王スライム「あら、私は『皮を被ってても気にしない』派よ、だけど前菜(サラダ)だけじゃまだまだ満足出来ないわ。」
そこまで言うと頭からグチャリと床に着地し、元の足の位置から新たに頭を形成し立ち上がる。
先程女王の盾となった召し使いは少し腹が満たされたのかうっとりとした表情で女王の脇へと移動する。

女王スライム「主菜(メインディッシュ)は貴方の肉棒(ミート)を頂戴!」
壁や床、天井の石の隙間。
汚水と排水口の出口の中から無数の『召し使い達』が這い出てきて一瞬で亭拉を取り囲んでしまう。

テイラ「しまった!既に『王国』の中に居たのか!?」
目の前の召し使いを凪ぎ払い対岸の通路に跳び移る。
滑らないように強く踏み切ったために足元の石材にヒビが入る。

対岸への着地のついでに壁面のスライムを踏み潰し駆け出すと同時に正面のスライムをネゴシエーターで叩き潰す、背中から飛び付いて来たスライムに『付着の否定』をかけて弾き飛ばす。
丁字路を曲がる時は正面の汚水を飛び越えて壁を走って進む。
通路に着地後汚水から飛び出したスライムに思わず「臭っ!!す」と言うと驚いた表情で自分の手や髪(?)の臭いを確かめ出す(ゴメン)、天井近くの排水口から這い出てきたスライムにはランプを投げつけると床に落ちる寸前でダイビングキャッチしてくれた(良い子だ)。

暫くスライム王国での追い掛けっこの後、亭拉はとうとう行き止まりまで追い詰められてしまう。

しかしそこは地上からの汚水が流れてくる排水口の出口がある。
汚水より上の位置で人が屈んでやっと通れる位の円形の穴が開いており、金属製の格子で塞がれている。

女王スライム「さぁ、ラストオーダーの時間よ。」
王国全員で下水道を塞がんばかりにギュウギュウになったクイーンスライムが亭拉の背後に迫る。

テイラ「まだだぁぁぁああああああ!」
走る勢いそのままに地面を蹴り、ネゴシエーターを突き出して排水口の格子を突き破る。
そのままスライディングの要領で排水口の中を進んで行く。

女王スライム「くっ、往生際の悪い…」
空腹の上亭拉との追い掛けっこもあって苛立ちを隠せないクイーンスライムは体を伸ばし排水口に体をねじ込み始める。

女王スライム「追い掛けっこの次は隠れんぼかしら、そんなに持久力が有るなんてディナーが楽しみね。」
ぷちゅんっと言う音と共に自分の胸の中から先程亭拉の投げたランプを取り出し排水口内を照らす。

テイラ「残念だけど、closed(閉店時間)だ!此処なら絶対外さねぇ!!」
クイーンスライムの掲げたランプの光に照らされた亭拉は身を屈め、両手を突き出してクイーンスライムを見据える。

テイラ「対象『スライムコア』『王国の否定』!!」
ランプに照らされたもう一つの存在。

クイーンスライムの『スライムコア』に否定魔法をかける。

『王国の否定』
膨れ上がったクイーンスライムの王国を否定する。
スライムコアを持った本体以外の召し使い達が湯気のように消えてゆき排水口の出口付近に半透明の全裸の美女だけが残る。

スライム「な、何をしたの!?」
ズルッビチャッと排水口から這い出した『元』クイーンスライムは自らの身体に起こった異変に理解が追い付いていない。

テイラ「食事も儘ならない状態であの大所帯を維持するのは難しいだろ?だから大リストラを敢行したのさ。」
スライムの落としたランプを片手に亭拉も排水口から這い出す。

テイラ「それにこうした方が連れ出し易いしな、マナーの成ってない御嬢さんは退店願おうか。」
ネゴシエーターをカバンにしまい、代わりに大きな樽を引っ張り出すとスライムの腕の当たりを掴んで樽の中に放り込む。


……
………

クレバネット領外の湿地帯

テイラ「此処がギルドの言ってた湿地帯だな。」
回りの景色を見回した後、抱えていた樽を地面に下ろす。
地面は大量の水分を含んでいるものの分厚い苔の様な植物の層が重なっており、足跡に水がにじむ程度である。

他の植物も低木が疎らに生えているくらいでただひたすらに湿地が続いている。

テイラ「もう出て良いぞー。」
亭拉が力任せに捩じ込んだ樽の蓋を強引に引っこ抜くと下水道のスライムが恐る恐る顔を出す。

スライム「わ、わたしは わるい スライム じゃないよ」(プルプル)
樽の縁に指をかけ顔を半分だけ出して亭拉に話しかける。

テイラ「殺すつもりならとっくにやってる、ギルドからの依頼はお前のクレバネットからの脱出の手助けだ。」
出てこようとしないスライムに業を煮やした亭拉は樽を蹴り倒す。

スライム「きゃぶぅ!」
ビチャリと湿地に投げ出されたスライムは地面にびろ〜んと広がり樽に入って居たときと同じように頭の上半分だけ出しておどおどした目でテイラを見つめる。

テイラ「だが只で逃がしてやる訳には行かない。」
そう言って鞄から大量の植物の種の入った袋、苗木をボトボトと落とす。

スライム「これは?」
伸びきった身体から上半身を現し種の入った袋を手に取り苗木と交互に見比べる。

テイラ「お前、此処とカンバスの間に有る山に住んでたんじゃないか?」
その言葉に目を見開き言葉を失うスライム。

テイラ「その山は今植林中だし俺もそこまで送ってやれん。」
種袋を抱き締め集中して話に聞き入っている。

テイラ「だからお前にこの湿地帯を森に変えて貰う。」
ポトリ、と抱えていた種袋を落とす。

スライム「ここにすんでもいいのですか?またおうこくをつくってもいいのですか?」
両手を胸の前で握り締め、ウルウルとした瞳でテイラを見つめる。

テイラ「ただし、条件がある。」
方膝をつき、真っ直ぐにスライムを見つめる。

テイラ「ここを魔界化していない普通の森に育てて貰う。」

テイラ「世界には魔界では生きられない動植物が居る、戦争で焼けたり魔界化して住む場所が無くなった生き物のために普通の森はこの世界に必要なんだ。」
さっきまでのどこか粗野でふざけた印象のない真剣な表情で条件を並べる。

スライム「ありがとう、わたしにいきるばしょといみをあたえてくれて。」
満面の笑みをたたえるスライムの頬を涙が伝う。

テイラ「気にすんな。」
スッと立ち上がりスライムに背を向けクレバネットに向き直る。

テイラ「俺たちはもう『臭い仲』だろう?」
顔だけ振り向き服をつまんで見せる。

スライム(キュン///)

テイラ「じゃあ、頼んだぞ〜。」

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スライムの森

この湿地帯かそう呼ばれるようになるのはまだまだ先の話である。

そこは一人のクイーンスライムが作り上げた緑豊かな広大な森。

木々が生い茂り鳥たちが歌い花が咲き誇り昔ながらの生命の営みに溢れる森。

森に溜まる魔力は全てクイーンスライムが吸い上げるので微塵も魔界化の兆しを見せず、未来永劫原初の自然を残した奇跡の森。

後にその森を訪ねたリリムが何故魔界化させないのかとクイーンスライムに訪ねた所。

「それが『わたし』と『あの方』の約束ですから。」

数え切れない程の召し使い達に囲まれた彼女はそれだけ答えたと言う。

図鑑世界の歴史の中で伝説となるこの森の管理人は生涯独身を貫き森と共に生き続けたと言う。

――――――――――――――――――――――――――――――――












テイラ「あー、やっぱり臭うか…『汚れの否定』『悪臭の否定』」
湿地帯からの帰り道で下水道の汚れと臭いを『否定』したとき、空からふわりと誰かが舞い降りてくる。

シフォン「テイラさん、貴方に御相談したいことがございます。」
13/04/02 13:00更新 / 慈恩堂
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■作者メッセージ
どうも慈恩堂です。

最近地味に忙しくて睡眠時間を削ってSSを書く日々。

今回は追い掛けっこのスピード感がうまく表現出来ていると良いのですが…

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