You give love a bad name
早い時間でもすっかり暗くなった道を職場から歩いて自宅に帰り、いつものように部屋でギターの練習をしていると、友人から電話が来た。
「なぁなぁ、夢を見に行かないか？」
「いいよお前らで行ってこいよ。俺は次のオーディションにかけてんだ」
「またかよ……お前そろそろ諦めて社会人したらどうよ？」
「うるせえ大きなお世話だ。俺はこのギターで世界に出るんだよ」
「ああそうかい……」
夢を見に行く、とは別に寝るわけでもなければクスリをキメるわけでもない。最近近くに出来た複合施設、Dreamsに行く事を言う。この世に居るとは思えないほどの美人たちが間近で見れて、かつ優しく接客してくれるとのことらしく――接客業なら店員が優しいのは当たり前の話なのだが――あいつらは暇があれば通っている。
俺だってそれを聞いて興味を持たなかったわけではない。今やってるギターだって、始めたきっかけは女の子にモテたいからだ。ただ、ある程度初めて来るとギターを触ることそのものが楽しくなってくる。切れそうな弦を張り替える作業だけでも嬉しくなるし、新しい音を求めて楽器屋やＣＤショップに向かう日も増え、いつの間にか引きこもってギター弾いてばかりの日々を送るようになった。
その結果腕は間違いなく上達していくし、新しいフレーズやテクニックを覚えると使いたくて仕方なくなり、挙句自分で作曲するためにパソコンやソフトなどを一式揃えていた。既に何曲かは動画サイトに上げているが、再生数は……聞かないで欲しい。
だからというべきか、今は音楽以外に金と時間を使うことを極力避けている。気付けば大好きだったカラオケも、楽しかったはずの友人との語らいも面倒くさがるようになってしまった。これではいけない、誘ってくれる友人たちにも悪いと思いつつもなかなか変えられず、ただひとり虚しくギターを弾く日々を送っていた。
「本当は行きたいはずなのになぁ……」
今の世の中、底辺を這いずり回ると言われているフリーターなんてごまんといる。夢を叶えるため、就職できなかった、あるいはしたくなかったためと、個人により理由は様々あるだろう。自分だってこのままでいいなんて思っていないし、抜け出す術はわかっているはずなのに、それでもまだ半端に燻っている夢を捨てきれずにいる。
「……あいつらにはああいったけど、就職しないとなぁ……」
ひとりごちるも、一日のメニューをこなさないまま寝るわけにもいかず、ひたすらギターと格闘していた。
だがそれからしばらくして、俺はDreamsに行くことになった。とは言っても遊びに行くわけではなく――いや、ある意味では遊びのようなものだが――とあるバンドが参加するライブにゲストとして出演するためだ。きっかけは、主催者がたまたま俺ととあるサイトで繋がったことから。ちなみにこのライブ、出演する際の規定が客集めできるかどうかではなく、童貞かどうか、また現在恋人がいないかどうかというのが含まれていたのがよくわからなかった。まぁ、あそこはもともと儲けは度外視らしいからかも知れないが、それにしたって某音楽利権会社への支払いとかどうしてるんだろうか。俺が心配することでもないか。
ライブ当日を向かえ、リハーサルも問題なく終了、後は本番を待つだけ。開演前のスタンバイ中に、こっそりステージ脇から覗いてみる。
「さて、お客さんの入りようは……おぉう！？」
リハーサルの時には見かけなかったが、どうやら相当の大物でも来るのだろうか。キャパ150人と聞いていたこの箱がほぼ満員に近い状態だった。俺自身ライブ経験がないわけではないが、これだけのお客さんを前にするのは初めてで流石に緊張する。普段はスッカスカの箱で、アコギを抱えて虚しく弾き語りをするばかりなのに。
「お、どうやら相当盛り上がってるな、まだ始まる前だってのに」
「そりゃそうでしょ。今日やるセットリストでたぎらないロックファンはいないわよ」
後ろから一緒に覗きに来たのか、このライブを主催した夫婦が俺の後ろに居た。ちなみに俺が彼らと知り合った時には、こんなライブを主催し、かつ何度も成功させているなど知らなかった。まぁ、俺が音楽を捨てきれずにいることをふと漏らしたから呼んでくれたのだろう。
「ヤッホ。逃げずに来たようで何よりだ」
「まぁ、来るっていった以上はね」
ちなみに、まぁこんなところを使う以上、この人の嫁さんも魔物娘だ。異界から現れたリリムらしいが、もはや元々こっちに住んでたんじゃないかと思うくらい人間社会に馴染んでいる。
「しかし、客集めできるかどうかは関係ないって言ってたのは、誰か大物でも来るのか？」
「いんや、そういうわけじゃない。元々こういう連中の行き場が少ないし、人間社会のイベントだと彼女たちじゃちょっと窮屈な思いをしなきゃならんだろ？」
「まぁ、いくら魔物娘が世の中に浸透してきたとは言え、慣れてなかったら怖がる奴もいるだろうからなぁ」
「人種や血統、信仰する宗教が違うだけでなく、自分の利益だけで殺し合いができちまう生き物だからな、人間ってのは」
「競争が技術を高めるとは言え、残酷な生き物だよ、全く」
世の中にはこの平和至上主義の日本では考えられないような残酷な世界がある。いや、世界からすれば、戦争をここまで忌避する現代日本の考え方こそが異端なのだ。麻薬で狂った少年少女が親を銃殺し、自身の体にダイナマイトを巻きつけて自らの信じる者のために死んでいく。日本も例外ではなかったのだが、なぜここまで腑抜けに、そして自己中心的で傲慢な国民性になったのか。仮説では、第二次大戦時の日本人の底力を恐れたアメリカの国策というのが一番有力らしいが、真相は闇の中。と、考えがそれてしまった。
「そこまで語れるって、お前は何を見てきたんだ一体」
「音楽を使って政治や思想を語る。そういう人間は日本じゃレアケースでね……」
「ああ、なんとなく察した。まぁいないこともないんだろうが、そういうジャンルはアンダーグラウンドでこそ意味が有ると考えられているから、まず自分から興味を持たんと知ることすらないわな」
「おかげでグロ画像をやたら見てしまったがな。中南米とアラブ地域とアフリカは酷いもんだったよ」
「ま、いい加減こんな暗い話はこれくらいにして、今夜は精一杯楽しんでくれ」
「おう」
そして俺たちは裏へと引っ込んでいった。
主催者による挨拶が終わり、ライブが始まると一気に空気がヒートアップした。激しく鋭く重いバンドが多数参加しており、飛べや踊れや暴れや叫べとまさに阿鼻叫喚。音によって狂える人達が集う、まさにダーク・カーニバル。どのバンドも男女問わずパワフルで、出番が近づくにつれて緊張感で心臓がおかしくなりそうだ。
「大丈夫？」
俺の出番ではツインギターの相方を勤めてくれるマイカさんが優しく声をかけてくれた。空を飛ぶために軽く細い体をしているハーピィ属では珍しく、あちこちふくよかな体型が特徴であるガンダルヴァであり、大きく広がっていることも手伝ってか燃えているような黄金の輝きを放つ翼を持つ。熱帯地域のようなところで育ったのか、褐色の肌も非常に色気がある。服装はいたってシンプルで、翼を出すためか背中をぱっくり開けた黒いレザージャケット、下半身に纏うのは青いホットパンツに赤いスニーカーと、とてつもない露出度。そも、こんな格好した物凄い美人とセッションできるというのも緊張する理由の一つだし、ヘタレな俺には手を出す度胸はない。
「ビビリもするさ。楽曲は好きだしよく聞くが、実際にこういったライブは出たことも見たこともないんだ」
「ふーん……じゃあさ、ちょっとしたおまじない、かけてあげよっか？」
「どんなのだ？」
「こういう音楽はさ、もちろん正確に演奏することも大事だけど、それよりもお客さんを興奮させなきゃいけないわけじゃない？」
それはその通りだ。そのためには演奏する側が本当に楽しんで演奏ができなくては意味がない。
「だからさ、君がトコトンまで熱くなれるようにしてあげるよ」
「なるほど、それは……ん？」
おかしい、ほんのついさっきまでかなりガチガチに緊張していたはずなのに、今は体が軽い。何かの興奮剤とまではいかなくとも、ハイになり始めている。ついでに股間がマズイ。動きやすいものを選んだためゆったりとしたズボンを選んできたからそうそうそこが立ち上がっているのはバレないだろうが……
「あら、どうやら必要なかったみたいね」
「あ、ああ。気が楽になったよ」
「そうそう、固く考えるから緊張しちゃうんだよ。男の子が固くするのは大事なところだけでいいの」
「うぐっ」
何故かバレているようだ。マイカさんはケラケラ笑っていたが、多分こうやってお喋りをすることがおまじないだったんじゃないかとすら思えてくる。それに彼女は香水か何かを使っているのか、官能的でありながらどこか優しいような香りを放っていたことも関係がないとは言い切れない。とにもかくにも、マイカさんと楽器の話をしながら、ヘッドフォンモニターを使って自分の相棒のチェックに入る俺であった。
「さぁてみなさんお待ちかね、今回のトリ、スペシャルセッションのお時間です！今回のメンバーはなんと、無名ながらも本格派のテクニシャンを揃えてきております！まずはドラマー、もうこのライブでは常連、ウシオニの響ィ！」
「よろしくゥ！ちな、あたしは既に旦那がいるんで誰も襲わんから安心しな！」
そういって響さんはウシオニならではのパワーでスネアドラムとシンバルをブッ叩くと、超速タム回しを披露。まるで要塞か何かのようなドラムセットを余すことなく使い切るそのパフォーマンスは圧巻の一言。
「次からは新顔が続きます。ベース、サンダーバードのナナさん！」
「呼んでくれてありがとォ！今夜は精一杯頑張っちゃうぞ！」
ピックを使わず、三本の指で弾きまくるナナさん。そのスピードといいタッピングも使っていくスタイルといい、Mr.BIGのビリー・シーンを彷彿とさせる。さっきは別のバンドで演奏していたのだが、ジャンプするわ寝転がって床の上で翼を軸に仰向けのまま回転しながらソロをやるなど、その無駄な肉など一切見れないスレンダーなスタイルのどこからあれだけパワフルな動きができるだけのパワーが沸いて出るのかは謎だ。
「次、ガンダルヴァのマイカさんです！」
「よろしくぅ」
吐息たっぷりに甘く低い声で答えると、構えたフライングVでパンキッシュなリフをまるでスラッシュメタルかのようなスピードで披露する。ここまでされると俺は何をしたらいいのかわからなくなってきたが、やれるだけやるしかない。
「そして最後、このスペシャルセッションの中心メンバーでありギターヴォーカルを務める男、酒井 俊彦ォ！」
一際大きな歓声の中ステージへ上がる。さぁ、ここからが俺の戦場だ。
「じゃあ、俺はここまでだ。また後で会おう！」
そして俺は、意識を完全に自らの内にある興奮に任せ、思うがままに相棒であるエクスプローラーに指を走らせた。
１５分程度のステージを終え、無事ライブは成功。その後の打ち上げは、参加したメンバーとスタッフで居酒屋の宴会用の座敷を借りることができた。
「お疲れ様でしたー！」
主催者による音頭もそこそこに、一気にドリンクを煽っていく。俺も調子にのってか、生中を一気に流し込む。
「よかったよー、おまじない、効いたみたいだね」
「ああ、うん。ありがとうマイカさん」
なんだかんだであっという間の１５分だった。テクニカルな楽曲はあえて避け、パンクやモダンへヴィネスで固めてテンポを上げたのが功を奏したか、お客さんもすごく楽しんでくれた。
「本当、カッコよかった……」
「あれ？マイカさんお酒弱いの？」
「うーん、普段はそんなことないんだけどねー…」
といいつつ、彼女の体は熱く火照っており、俺の右肩にもたれかかっている。ステージに立つ前に感じたあの香りが強烈に感じられる。香水ではなく彼女自身が体から発するものだったらしい。
「トシさん、ちょっと抜けない？フラフラしちゃって」
「ああ、うん、出ようか」
傍から見たらどう見てもお持ち帰りにしか見えないためにヤジが飛ぶが無視だ無視。
「はぁ……」
ため息もつこうもんである。ああいう集まりは貴重なため、もう少しいろんな話を聞きたかったのだが、まさかこんな勢いで店を出ることになろうとは。この建物の上層階はホテルとなっており、施設を利用した際の宿泊料はかなり格安となっている。
「ほとんど飲まず食わずで出てきちゃったけど、お腹空いてない？」
「うーん、とりあえずゆっくりできるところぉ……」
完全にフラフラで息も絶え絶えなマイカさんに肩を貸しながらチェックインし、案内された部屋に入る。冷蔵庫の中にあったペットボトルの水を二本取り出して、二人で一気に煽る。
「どう？ちょっとは楽に……」
それ以上は続けられなかった。視界がいつの間にか天井を向いており、自分の体の上には熱く柔らかいものの感触が。
「え、ちょ、マイカさん……？」
「もう無理ぃ、我慢できない……」
何がだ、と思うまもなく、ズボンと下着を一気に脱がされたと思うと、股間の息子を暖かい肉の感触が襲う。
「何やって……ええっ！？」
マイカさんの顔が股間のすぐ前に来ていた、ということは……
「んばっ……おいひいこれ……」
突然過ぎる展開に頭が追いつかないものの、快感だけは容赦なく自分の背筋を震わせる。熱く柔らかな感触が俺の太ももあたりに密着しており、そこからも快感が来る。
「何……くぅっ……やってんですか……」
しかし彼女は答えない。見ればわかるだろうと言わんばかりに俺を見上げるその顔は、まさしく獲物を狩る狩人のようなものだった。それでも彼女自身の魅力は薄れることなく、むしろ俺の欲望を強く燃え上がらせようとする。
「そろそろ出そうかな……」
彼女が一旦息子から口を離したつぶやきの通り、俺の股間は我慢の限界を迎えようとしていた。魔物娘は人間を愛し、その愛情に燃やされた欲望のままにこうした行為に出ることが多いとは聞いていたが、これほどとは思っていなかったのだ。その顔を、その口を自らのもので汚すのはためらわれ、顔に手を当てて離そうとするも、彼女自身俺の腰に腕をしっかり回しており、離す意思はなかった。
「んんっ！？」
ついに決壊を迎え、彼女の中へと濁流が押し流されていく。しかしそれを嫌がるどころか、むしろ喜々として迎え入れ、残すところなく吸い取っていく。その快感に我が肉銃は鎮まるところを知らず、彼女が口を離してなお雄々しく聳えていた。
「……まだ元気なんだ……ふふふ」
その魅惑的な微笑みを向けられ、さらに先程の射精で全身が脱力しており、全く体が動かせない。
「んじゃあ、本番しよっか……」
そして彼女は、身につけているものをすべて脱ぎ去って俺の太ももの上に乗ると、いまだ萎えずにいる肉棒を両手で捧げるように持ち、腰を上げた。
「んんっ……私の初めて……受け取ってぇっ……」
「え？」
その一言に気を取られた瞬間、彼女は俺に食いついた。その快感たるや先ほどの比ではない。ものすごく狭い穴に無理矢理ねじ込んでいくようで、擦れる肉の感触が尋常じゃないほどの震えを俺にもたらした。
「はぁっ……全部、入ったね……あつぅい……」
「マイカさん……なんで、俺に？」
このタイミングで聞くことかと自分でも呆れるが、それだけ時間にも俺自身にも余裕がなかったのだ。とろけたような表情を俺の目の前まで近づけると、質問に答えないまま唇を貪った。荒い鼻息をお互いにぶつけ合い、心臓の脈動がシンクロする。
「んんっ……確かに私たちは今日が初めましてだよ。でもね、私は君の事は知ってたんだ……」
「どういうこと……？」
一旦落ち着けようと顔を離すも、彼女の顔は俺の首筋に吸い付いてくる。
「動画だよ……音源の動画も弾き語りの動画も見たし、カラオケで撮影したのもあったよね……」
「ああ……」
「それを見て、そして撮影された店舗を見たら近所で……もうそこまで見ちゃったら一瞬で体が燃えたかと思ったんだよ」
大体の想像がついた。しかし、とろけた顔と甘い声で耳元で囁かれると余計に快楽が俺を襲う。
「それでぇ、ここの主催者夫婦が君と繋がったって聞いたら、気付いたらお願いしちゃってたんだぁ……」
「……そう、なのか……」
「ごめんね、こんな無理矢理で……でもね、もう私には君しかいないの、我慢できなかった……」
首筋に感じられる熱い水分は彼女の涙だろうか、わずかに鼻を啜るような音も聞こえてくる。
「お願い……」
マイカさんはそれがなんのことか具体的には言わなかったが、それでもここまで言わせて、さらにこんな表情までさせてしまっては男が廃る。
「マイカさん……泣かないで」
「ごめんね……」
「謝らなくていいよ」
その返事は俺からの口づけ。首筋に吸い付いてくる顔を引き離すと、そのまま奪った。反論など許さない。
「俺があなたに落ちる代わりに、貴方も俺に落ちてもらうから」
その時の彼女の表情を、俺は忘れることはないだろう。美しい涙、泣きながらも喜びを隠しきれないその表情を。
「うん、落ちよう、一緒に」
夜が明けるまで、俺たちは空腹も渇きも忘れて互を貪りあった。
それから数日後、俺は婚姻届を提出した。お互いにフリーターを卒業し、就職した。互いで作った家族計画のためにも、いつまでもフラフラしているわけには行かない。誰かが言った。魔物娘はセックスにしか目がなく人を堕落させると。確かにそういう者もいるだろう。だが、それは人間側に頑張る気がないだけだ。だから魔物娘の側としても、セックスしかすることがないからそうなるのだ。ありふれた平凡な日常であっても、気力に満ちた山も谷もある人生を送ることはできる。その証拠に、月に一回はDreamsのイベントにマイカと参加するし、お互いに一人でできる趣味に没頭することもある。ああ、いずれは彼女を連れて、世界一周とかしてみたいものだ。いつの話になるかはわからないが、楽しみは膨らむばかり。孫を親に見せてやれるのは、いつの話だろうな。
「なぁなぁ、夢を見に行かないか？」
「いいよお前らで行ってこいよ。俺は次のオーディションにかけてんだ」
「またかよ……お前そろそろ諦めて社会人したらどうよ？」
「うるせえ大きなお世話だ。俺はこのギターで世界に出るんだよ」
「ああそうかい……」
夢を見に行く、とは別に寝るわけでもなければクスリをキメるわけでもない。最近近くに出来た複合施設、Dreamsに行く事を言う。この世に居るとは思えないほどの美人たちが間近で見れて、かつ優しく接客してくれるとのことらしく――接客業なら店員が優しいのは当たり前の話なのだが――あいつらは暇があれば通っている。
俺だってそれを聞いて興味を持たなかったわけではない。今やってるギターだって、始めたきっかけは女の子にモテたいからだ。ただ、ある程度初めて来るとギターを触ることそのものが楽しくなってくる。切れそうな弦を張り替える作業だけでも嬉しくなるし、新しい音を求めて楽器屋やＣＤショップに向かう日も増え、いつの間にか引きこもってギター弾いてばかりの日々を送るようになった。
その結果腕は間違いなく上達していくし、新しいフレーズやテクニックを覚えると使いたくて仕方なくなり、挙句自分で作曲するためにパソコンやソフトなどを一式揃えていた。既に何曲かは動画サイトに上げているが、再生数は……聞かないで欲しい。
だからというべきか、今は音楽以外に金と時間を使うことを極力避けている。気付けば大好きだったカラオケも、楽しかったはずの友人との語らいも面倒くさがるようになってしまった。これではいけない、誘ってくれる友人たちにも悪いと思いつつもなかなか変えられず、ただひとり虚しくギターを弾く日々を送っていた。
「本当は行きたいはずなのになぁ……」
今の世の中、底辺を這いずり回ると言われているフリーターなんてごまんといる。夢を叶えるため、就職できなかった、あるいはしたくなかったためと、個人により理由は様々あるだろう。自分だってこのままでいいなんて思っていないし、抜け出す術はわかっているはずなのに、それでもまだ半端に燻っている夢を捨てきれずにいる。
「……あいつらにはああいったけど、就職しないとなぁ……」
ひとりごちるも、一日のメニューをこなさないまま寝るわけにもいかず、ひたすらギターと格闘していた。
だがそれからしばらくして、俺はDreamsに行くことになった。とは言っても遊びに行くわけではなく――いや、ある意味では遊びのようなものだが――とあるバンドが参加するライブにゲストとして出演するためだ。きっかけは、主催者がたまたま俺ととあるサイトで繋がったことから。ちなみにこのライブ、出演する際の規定が客集めできるかどうかではなく、童貞かどうか、また現在恋人がいないかどうかというのが含まれていたのがよくわからなかった。まぁ、あそこはもともと儲けは度外視らしいからかも知れないが、それにしたって某音楽利権会社への支払いとかどうしてるんだろうか。俺が心配することでもないか。
ライブ当日を向かえ、リハーサルも問題なく終了、後は本番を待つだけ。開演前のスタンバイ中に、こっそりステージ脇から覗いてみる。
「さて、お客さんの入りようは……おぉう！？」
リハーサルの時には見かけなかったが、どうやら相当の大物でも来るのだろうか。キャパ150人と聞いていたこの箱がほぼ満員に近い状態だった。俺自身ライブ経験がないわけではないが、これだけのお客さんを前にするのは初めてで流石に緊張する。普段はスッカスカの箱で、アコギを抱えて虚しく弾き語りをするばかりなのに。
「お、どうやら相当盛り上がってるな、まだ始まる前だってのに」
「そりゃそうでしょ。今日やるセットリストでたぎらないロックファンはいないわよ」
後ろから一緒に覗きに来たのか、このライブを主催した夫婦が俺の後ろに居た。ちなみに俺が彼らと知り合った時には、こんなライブを主催し、かつ何度も成功させているなど知らなかった。まぁ、俺が音楽を捨てきれずにいることをふと漏らしたから呼んでくれたのだろう。
「ヤッホ。逃げずに来たようで何よりだ」
「まぁ、来るっていった以上はね」
ちなみに、まぁこんなところを使う以上、この人の嫁さんも魔物娘だ。異界から現れたリリムらしいが、もはや元々こっちに住んでたんじゃないかと思うくらい人間社会に馴染んでいる。
「しかし、客集めできるかどうかは関係ないって言ってたのは、誰か大物でも来るのか？」
「いんや、そういうわけじゃない。元々こういう連中の行き場が少ないし、人間社会のイベントだと彼女たちじゃちょっと窮屈な思いをしなきゃならんだろ？」
「まぁ、いくら魔物娘が世の中に浸透してきたとは言え、慣れてなかったら怖がる奴もいるだろうからなぁ」
「人種や血統、信仰する宗教が違うだけでなく、自分の利益だけで殺し合いができちまう生き物だからな、人間ってのは」
「競争が技術を高めるとは言え、残酷な生き物だよ、全く」
世の中にはこの平和至上主義の日本では考えられないような残酷な世界がある。いや、世界からすれば、戦争をここまで忌避する現代日本の考え方こそが異端なのだ。麻薬で狂った少年少女が親を銃殺し、自身の体にダイナマイトを巻きつけて自らの信じる者のために死んでいく。日本も例外ではなかったのだが、なぜここまで腑抜けに、そして自己中心的で傲慢な国民性になったのか。仮説では、第二次大戦時の日本人の底力を恐れたアメリカの国策というのが一番有力らしいが、真相は闇の中。と、考えがそれてしまった。
「そこまで語れるって、お前は何を見てきたんだ一体」
「音楽を使って政治や思想を語る。そういう人間は日本じゃレアケースでね……」
「ああ、なんとなく察した。まぁいないこともないんだろうが、そういうジャンルはアンダーグラウンドでこそ意味が有ると考えられているから、まず自分から興味を持たんと知ることすらないわな」
「おかげでグロ画像をやたら見てしまったがな。中南米とアラブ地域とアフリカは酷いもんだったよ」
「ま、いい加減こんな暗い話はこれくらいにして、今夜は精一杯楽しんでくれ」
「おう」
そして俺たちは裏へと引っ込んでいった。
主催者による挨拶が終わり、ライブが始まると一気に空気がヒートアップした。激しく鋭く重いバンドが多数参加しており、飛べや踊れや暴れや叫べとまさに阿鼻叫喚。音によって狂える人達が集う、まさにダーク・カーニバル。どのバンドも男女問わずパワフルで、出番が近づくにつれて緊張感で心臓がおかしくなりそうだ。
「大丈夫？」
俺の出番ではツインギターの相方を勤めてくれるマイカさんが優しく声をかけてくれた。空を飛ぶために軽く細い体をしているハーピィ属では珍しく、あちこちふくよかな体型が特徴であるガンダルヴァであり、大きく広がっていることも手伝ってか燃えているような黄金の輝きを放つ翼を持つ。熱帯地域のようなところで育ったのか、褐色の肌も非常に色気がある。服装はいたってシンプルで、翼を出すためか背中をぱっくり開けた黒いレザージャケット、下半身に纏うのは青いホットパンツに赤いスニーカーと、とてつもない露出度。そも、こんな格好した物凄い美人とセッションできるというのも緊張する理由の一つだし、ヘタレな俺には手を出す度胸はない。
「ビビリもするさ。楽曲は好きだしよく聞くが、実際にこういったライブは出たことも見たこともないんだ」
「ふーん……じゃあさ、ちょっとしたおまじない、かけてあげよっか？」
「どんなのだ？」
「こういう音楽はさ、もちろん正確に演奏することも大事だけど、それよりもお客さんを興奮させなきゃいけないわけじゃない？」
それはその通りだ。そのためには演奏する側が本当に楽しんで演奏ができなくては意味がない。
「だからさ、君がトコトンまで熱くなれるようにしてあげるよ」
「なるほど、それは……ん？」
おかしい、ほんのついさっきまでかなりガチガチに緊張していたはずなのに、今は体が軽い。何かの興奮剤とまではいかなくとも、ハイになり始めている。ついでに股間がマズイ。動きやすいものを選んだためゆったりとしたズボンを選んできたからそうそうそこが立ち上がっているのはバレないだろうが……
「あら、どうやら必要なかったみたいね」
「あ、ああ。気が楽になったよ」
「そうそう、固く考えるから緊張しちゃうんだよ。男の子が固くするのは大事なところだけでいいの」
「うぐっ」
何故かバレているようだ。マイカさんはケラケラ笑っていたが、多分こうやってお喋りをすることがおまじないだったんじゃないかとすら思えてくる。それに彼女は香水か何かを使っているのか、官能的でありながらどこか優しいような香りを放っていたことも関係がないとは言い切れない。とにもかくにも、マイカさんと楽器の話をしながら、ヘッドフォンモニターを使って自分の相棒のチェックに入る俺であった。
「さぁてみなさんお待ちかね、今回のトリ、スペシャルセッションのお時間です！今回のメンバーはなんと、無名ながらも本格派のテクニシャンを揃えてきております！まずはドラマー、もうこのライブでは常連、ウシオニの響ィ！」
「よろしくゥ！ちな、あたしは既に旦那がいるんで誰も襲わんから安心しな！」
そういって響さんはウシオニならではのパワーでスネアドラムとシンバルをブッ叩くと、超速タム回しを披露。まるで要塞か何かのようなドラムセットを余すことなく使い切るそのパフォーマンスは圧巻の一言。
「次からは新顔が続きます。ベース、サンダーバードのナナさん！」
「呼んでくれてありがとォ！今夜は精一杯頑張っちゃうぞ！」
ピックを使わず、三本の指で弾きまくるナナさん。そのスピードといいタッピングも使っていくスタイルといい、Mr.BIGのビリー・シーンを彷彿とさせる。さっきは別のバンドで演奏していたのだが、ジャンプするわ寝転がって床の上で翼を軸に仰向けのまま回転しながらソロをやるなど、その無駄な肉など一切見れないスレンダーなスタイルのどこからあれだけパワフルな動きができるだけのパワーが沸いて出るのかは謎だ。
「次、ガンダルヴァのマイカさんです！」
「よろしくぅ」
吐息たっぷりに甘く低い声で答えると、構えたフライングVでパンキッシュなリフをまるでスラッシュメタルかのようなスピードで披露する。ここまでされると俺は何をしたらいいのかわからなくなってきたが、やれるだけやるしかない。
「そして最後、このスペシャルセッションの中心メンバーでありギターヴォーカルを務める男、酒井 俊彦ォ！」
一際大きな歓声の中ステージへ上がる。さぁ、ここからが俺の戦場だ。
「じゃあ、俺はここまでだ。また後で会おう！」
そして俺は、意識を完全に自らの内にある興奮に任せ、思うがままに相棒であるエクスプローラーに指を走らせた。
１５分程度のステージを終え、無事ライブは成功。その後の打ち上げは、参加したメンバーとスタッフで居酒屋の宴会用の座敷を借りることができた。
「お疲れ様でしたー！」
主催者による音頭もそこそこに、一気にドリンクを煽っていく。俺も調子にのってか、生中を一気に流し込む。
「よかったよー、おまじない、効いたみたいだね」
「ああ、うん。ありがとうマイカさん」
なんだかんだであっという間の１５分だった。テクニカルな楽曲はあえて避け、パンクやモダンへヴィネスで固めてテンポを上げたのが功を奏したか、お客さんもすごく楽しんでくれた。
「本当、カッコよかった……」
「あれ？マイカさんお酒弱いの？」
「うーん、普段はそんなことないんだけどねー…」
といいつつ、彼女の体は熱く火照っており、俺の右肩にもたれかかっている。ステージに立つ前に感じたあの香りが強烈に感じられる。香水ではなく彼女自身が体から発するものだったらしい。
「トシさん、ちょっと抜けない？フラフラしちゃって」
「ああ、うん、出ようか」
傍から見たらどう見てもお持ち帰りにしか見えないためにヤジが飛ぶが無視だ無視。
「はぁ……」
ため息もつこうもんである。ああいう集まりは貴重なため、もう少しいろんな話を聞きたかったのだが、まさかこんな勢いで店を出ることになろうとは。この建物の上層階はホテルとなっており、施設を利用した際の宿泊料はかなり格安となっている。
「ほとんど飲まず食わずで出てきちゃったけど、お腹空いてない？」
「うーん、とりあえずゆっくりできるところぉ……」
完全にフラフラで息も絶え絶えなマイカさんに肩を貸しながらチェックインし、案内された部屋に入る。冷蔵庫の中にあったペットボトルの水を二本取り出して、二人で一気に煽る。
「どう？ちょっとは楽に……」
それ以上は続けられなかった。視界がいつの間にか天井を向いており、自分の体の上には熱く柔らかいものの感触が。
「え、ちょ、マイカさん……？」
「もう無理ぃ、我慢できない……」
何がだ、と思うまもなく、ズボンと下着を一気に脱がされたと思うと、股間の息子を暖かい肉の感触が襲う。
「何やって……ええっ！？」
マイカさんの顔が股間のすぐ前に来ていた、ということは……
「んばっ……おいひいこれ……」
突然過ぎる展開に頭が追いつかないものの、快感だけは容赦なく自分の背筋を震わせる。熱く柔らかな感触が俺の太ももあたりに密着しており、そこからも快感が来る。
「何……くぅっ……やってんですか……」
しかし彼女は答えない。見ればわかるだろうと言わんばかりに俺を見上げるその顔は、まさしく獲物を狩る狩人のようなものだった。それでも彼女自身の魅力は薄れることなく、むしろ俺の欲望を強く燃え上がらせようとする。
「そろそろ出そうかな……」
彼女が一旦息子から口を離したつぶやきの通り、俺の股間は我慢の限界を迎えようとしていた。魔物娘は人間を愛し、その愛情に燃やされた欲望のままにこうした行為に出ることが多いとは聞いていたが、これほどとは思っていなかったのだ。その顔を、その口を自らのもので汚すのはためらわれ、顔に手を当てて離そうとするも、彼女自身俺の腰に腕をしっかり回しており、離す意思はなかった。
「んんっ！？」
ついに決壊を迎え、彼女の中へと濁流が押し流されていく。しかしそれを嫌がるどころか、むしろ喜々として迎え入れ、残すところなく吸い取っていく。その快感に我が肉銃は鎮まるところを知らず、彼女が口を離してなお雄々しく聳えていた。
「……まだ元気なんだ……ふふふ」
その魅惑的な微笑みを向けられ、さらに先程の射精で全身が脱力しており、全く体が動かせない。
「んじゃあ、本番しよっか……」
そして彼女は、身につけているものをすべて脱ぎ去って俺の太ももの上に乗ると、いまだ萎えずにいる肉棒を両手で捧げるように持ち、腰を上げた。
「んんっ……私の初めて……受け取ってぇっ……」
「え？」
その一言に気を取られた瞬間、彼女は俺に食いついた。その快感たるや先ほどの比ではない。ものすごく狭い穴に無理矢理ねじ込んでいくようで、擦れる肉の感触が尋常じゃないほどの震えを俺にもたらした。
「はぁっ……全部、入ったね……あつぅい……」
「マイカさん……なんで、俺に？」
このタイミングで聞くことかと自分でも呆れるが、それだけ時間にも俺自身にも余裕がなかったのだ。とろけたような表情を俺の目の前まで近づけると、質問に答えないまま唇を貪った。荒い鼻息をお互いにぶつけ合い、心臓の脈動がシンクロする。
「んんっ……確かに私たちは今日が初めましてだよ。でもね、私は君の事は知ってたんだ……」
「どういうこと……？」
一旦落ち着けようと顔を離すも、彼女の顔は俺の首筋に吸い付いてくる。
「動画だよ……音源の動画も弾き語りの動画も見たし、カラオケで撮影したのもあったよね……」
「ああ……」
「それを見て、そして撮影された店舗を見たら近所で……もうそこまで見ちゃったら一瞬で体が燃えたかと思ったんだよ」
大体の想像がついた。しかし、とろけた顔と甘い声で耳元で囁かれると余計に快楽が俺を襲う。
「それでぇ、ここの主催者夫婦が君と繋がったって聞いたら、気付いたらお願いしちゃってたんだぁ……」
「……そう、なのか……」
「ごめんね、こんな無理矢理で……でもね、もう私には君しかいないの、我慢できなかった……」
首筋に感じられる熱い水分は彼女の涙だろうか、わずかに鼻を啜るような音も聞こえてくる。
「お願い……」
マイカさんはそれがなんのことか具体的には言わなかったが、それでもここまで言わせて、さらにこんな表情までさせてしまっては男が廃る。
「マイカさん……泣かないで」
「ごめんね……」
「謝らなくていいよ」
その返事は俺からの口づけ。首筋に吸い付いてくる顔を引き離すと、そのまま奪った。反論など許さない。
「俺があなたに落ちる代わりに、貴方も俺に落ちてもらうから」
その時の彼女の表情を、俺は忘れることはないだろう。美しい涙、泣きながらも喜びを隠しきれないその表情を。
「うん、落ちよう、一緒に」
夜が明けるまで、俺たちは空腹も渇きも忘れて互を貪りあった。
それから数日後、俺は婚姻届を提出した。お互いにフリーターを卒業し、就職した。互いで作った家族計画のためにも、いつまでもフラフラしているわけには行かない。誰かが言った。魔物娘はセックスにしか目がなく人を堕落させると。確かにそういう者もいるだろう。だが、それは人間側に頑張る気がないだけだ。だから魔物娘の側としても、セックスしかすることがないからそうなるのだ。ありふれた平凡な日常であっても、気力に満ちた山も谷もある人生を送ることはできる。その証拠に、月に一回はDreamsのイベントにマイカと参加するし、お互いに一人でできる趣味に没頭することもある。ああ、いずれは彼女を連れて、世界一周とかしてみたいものだ。いつの話になるかはわからないが、楽しみは膨らむばかり。孫を親に見せてやれるのは、いつの話だろうな。
15/02/11 19:14更新 / ☆カノン
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