連載小説
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親魔物領 佐羽都街
「ん……?」

俺が目を覚ますと、日本でよく見かける布団に寝せられていて、浴衣のような風通しの良い寝間着を着せられていた。
辺りを見回すと、そこは和室だった。

襖越しに朝日がこの部屋を照らしている。
どうやら、俺が寝ている間に夜が明けたようだ。

……中世ファンタジー全開の異世界に、どうして和室が?

「知らない天井ではあるが、とりあえず牢屋じゃないな。
何処だ、此処……?」

「此処はジパングの『佐羽都(サバト)』街でございます、マモル様」

「うわわあっ!?」

聞き覚えのある声に、俺は思いっきりビビってしまう。
そうだ。俺は昨日このアオイさんと思いっきりセックスした後、気絶したんだ。

……男として、情けない事この上無いな。

「えと、その。おはようございます。
俺の着ていた服ってどうなったんですか?」

「ああ、あれですか。
昨日、色々な意味で汚れてしまったので、我々の方で洗濯をしています。」

「スミマセン、ご迷惑お掛けして」

「……いえ、それは良いのですが。
今の状況をマモル様に説明するのに、
会って頂かなければならない方々が居るのです。
私に、付いて来て頂けますか?」

初めて会った時よりも、
アオイさんの表情が暗いような気がする。
彼女の身体を見た途端、昨日の激しい情事を思い出して、
愚息が硬くなる……という事になっても可怪しくは無いのだが、
酷く落ち込んでいて、なおかつそれを表に出すまいとしているような表情のアオイさんを見るとそんな気は起こらなかった。

「分かりました」

だが、今それを彼女に確認した所でどうこう出来る訳じゃないので。
あえて放って置こう。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





部屋を出て暫くアオイさんに付いて行くと、
少し豪華に見える部屋の前で彼女は立ち止まる。

彼女が部屋の襖を開けると、
そこには一組の男女が座っていて、俺を待ち構えていた。
2人とも着物を着ていて、片方はどう見ても黒髪黒目の「日本人」に見えた。

(……ん? 幼女?)

男女の見た目は、おじさんと幼女だった。
幼女の方は、頭に山羊のような角が、手足には獣のような体毛が生えていた。
モフモフの手足に可愛らしい着物が良く似合っている。
……この子も「魔物」か。

「この方々はこの佐羽都村の村長夫妻でございます」

「……は、はぁ」

アオイさん曰く、この2人は夫妻らしい。

……夫妻?
親子ってんならまだ分かるけども。

「こう見えて、わしらはどちらも齢70を超えとるでな。
心配は要らんぞ、異世界人殿」

「は、はい。失礼しました」

おじさんは30歳、幼女に至っては10歳位にしか見えなかったのに。
……もう、何があっても驚けなくなってきた。

「俺が、今の状況説明を受けるのにあなた方に会う必要がある……、
とアオイさんから伺ったのですけれど」

「……そうか。
正直、今の君には理解し難い事、そして耐え難い事も話すと思う。
だが今は、どうか我々の話を最後まで聞いて欲しい」

どれだけ重い話が出てくるのかは知らないが、最後まで話を聞けって事か。
良いだろう、文句をなら最後まで向こうの言い分を確認した後だ。

「……承知しました。
では、説明をお願いします」

何かの覚悟を決めたような表情と共に、3人は俺に説明を始めた。

まず、此処はジパングの佐羽都街という場所らしい。

見た目が10歳程の村長は「バフォメット」と呼ばれる魔物で、魔物の中でも最高峰の実力を持つ種族らしい。村長夫妻が若く見えるのは彼女の魔力による影響だとか。

まだ状況を飲み込めた訳では無いが、
ジパングというのは昔の日本とよく似た異世界だという事だろう。

この佐羽都街を含むジパングの国は古くから「妖怪」と呼ばれている魔物達と人が共に生きて来た「親魔物領」であり「反魔物領」の隣国の人々からは敵視されていて、いきなりの武力による攻撃を受けた事もあるそうだ。

比較的穏やかな人が多いジパング人の気質として、
戦争を仕掛けたれたからと言って、相手を殴り返して滅ぼすような事はしなかった。しかし、相手に対しての警戒を緩める事は無かった。

密偵や工作員を密かに隣国へ送っていたのだ。

そして、隣国が「異世界人の勇者を召喚する」という情報を入手した佐羽都街の首脳部は勇者召喚の妨害を工作員に命じた。
その工作員こそが「クノイチ」という種族の魔物のアオイさんとの事。
彼女ら「クノイチ」はどうやらサキュバスの亜種にあたるらしい。

アオイさんは召喚の儀を妨害する為に奔走するものの、
「異世界の勇者」を期待する騎士達による予想以上に厳戒な警備や、
他人の言った事を殆ど信じない隣国の上層部によって妨害工作は難航。

結果、半端に成功した召喚の儀によって、
「異世界人ではあるが、唯の人間である」俺……黒田衛が召喚されたという訳である。

アオイさんは警備が厳重だったあの場に居合わせる事は出来なかったものの、
「唯の異世界人」が召喚されたという情報は入手。

自らの任務が失敗したせいで召喚された者へのせめてもの罪滅ぼしとして、
彼女は異世界人を佐羽都街にて保護する事に決めた。

しかし俺が彼女の予想を超える抵抗を見せた為に、
彼女は自分のやるべき事を俺の「暗殺」へと切り替えた。

……ちなみに「クノイチ流の暗殺」とは、
暗殺対象を房中術によって自らの虜にしてしまう事を指すらしい。

アオイさんの圧倒的な性技によって気絶した俺を、
彼女が佐羽都街に運んで今に至るという訳だ。

ちなみに、なぜ、この世界での「魔物」が人間に対して友好的かと言えば、
今の魔王がサキュバスに変わった事により、魔物は皆……美女、美少女の姿へと変わり、
男の精液が彼女達にとっての、子孫繁栄の糧となったのだそうだ。
彼女達が人間を唯の餌として見ているのでは無く、
心から愛しているのだと強調された。

魔物であるアオイさんに。
貴方を暗殺する……と言われて、実際にされた事は子種を搾り取られた事。

正直信じられない話ではあるが、
この話が正しくない限り、俺がされた事の説明が付かない。

「事情は把握しました。
ですが、アオイさんはどうして俺をわざわざ『保護』しようと思ったんですか?」

ここまでは、あり得ないと思っていた話ではあるが何とか飲み込めた。
……取り返しの付かないことなんて無いと「思っていた」から。

「それは……その……。
マモル様を元居た世界に返して差し上げるのは、
この世界の魔法技術ではほぼ不可能なんです」

俺は、目眩を起こしてしまった。

「マモル君、大丈夫か!?」

バフォメットさんの旦那さん……英次さんが倒れそうになった俺の肩を支える。

「……マジ、か」

ラノベなどで異世界に召喚された人間は、大抵、元の世界に帰れない。
俺もそうなのではないか……と思った事もあったが、
実際そうだと言われた時のショックは俺が想像していたよりも遙かに大きかった。

「俺が元の世界に帰れない、って話……。
出来るだけ詳しく説明して頂けませんか……?」

「う、うむ……!」

バフォメットさんの話によると、
俺が元の世界へと帰れないと判明したのは「今朝」の事らしい。

異世界の人間をその世界に返すのは決して不可能では無い。
そいつが居た世界に魔法が存在すれば、
召喚した時とは真逆の術式を使ってその世界に送る事が出来る。

しかし、魔法が無い世界から召喚された場合、
一方通行にしかならないそうだ。

昨日の夜、意識を失った俺を葵さんはジパングの佐羽都村へと連れ帰った。
しかし俺は朝まで目を覚まさなかったため、バフォメットさんが俺を診察した。
すると、俺の魔力はこの世界での平均的な人間より遥かに低い事が分かった。

この世界の人間は、魔法は使えなくとも多少の魔力はあるらしいが、
俺にはそれが無かった。
昨日アオイさんと交わった事により、
彼女の魔力がほんの少しだけ俺に流れ込んでいただけなのだ。

疑問に思ったバフォメットさんが、アオイさんに相談。
その結果、アオイさんが敵国で入手した情報と合わせて、
俺が魔法の無い世界から来たという事が分かって今に至る……といった感じらしい。

……アオイさんが、俺が俺の世界に帰れぬと知ったのはあくまでも「今朝」の話で、彼女が俺をメンセマトから佐羽都街へ連れ出したのは別の理由が有るのだが。
俺がそれについて詳しく知るのは後の話である。

「でも、
向こうの騎士さん達は俺が帰れないって事は言ってませんでしたよ?」

「異世界の人間を召喚する術について詳しく知っている者などそう居まい?
向こうの騎士達も悪意あってそなたを騙した訳では無いと思うのじゃ」

「ああ……成程……。
やっぱり、帰れないか」

俺が「俺の世界に魔法が無い」って言った時に、
黒ローブの爺さんだけがやたら驚いていた。
「異世界人を召喚する魔術」を良く知っていたであろう爺さんは、
あの時点で、俺を元の世界に返せないって分かっていたんだ……!

「申し訳ございません、マモル様。
この事態を招いてしまった原因は全て、私の力不足……。
貴方様が死ねと命ずるなら、私は喜んで腹を切りましょう」

アオイさんが、目に涙を溜めて震えながら土下座した。

……正直、今そんな事を言われても迷惑だ。
貴方が今死んだ所で、俺が元の世界に帰れる訳じゃ無いのだろう?

「は、早まるアオイ君!
君に任務を与えた我々にだって責任はある!」

「そうじゃ! 今そなたが死んだ所で誰も得をせんじゃろ!
それに、悪いのは異世界人の召喚を行った隣国の連中じゃ!」

村長夫妻が、俺よりも早くアオイさんを庇う。

「何だよ、コレ……!!」

今回行われた「異世界の勇者召喚」は、
誰かが誰かを陥れようとした……とかでは無く、
公国の皆が国を守ろうとした為である。
そして、それを止めようとした「佐羽都街」の人達も、
自分達を守ろうとしたが故。

誰も、悪意など持っていない。
しかし、こんな事になってしまった。
……故に、俺は誰に対しても怒りをぶつけられない。

今、俺の為に命を掛けて謝罪するアオイさんと、
それを止める村長夫妻の双方を責められないように。

俺は大学で材料力学を専攻していて、無事卒業した。
内定先も決まっていた。
叶えたい夢もあった。
だが、それらが全部台無しになってしまった。
そして、それを応援してくれた家族や友人にも、もう会えない。

それでも俺が勇者として真っ当に召喚されたのなら、
まだがんばろうという気が起こったかも知れない。
しかし、俺は勇者でも何でも無い唯の異世界人。
俺を召喚した連中と、この佐羽都街の双方にまるで必要とされていない。

俺が、俺の人生を台無しにしてまでこの世界に居る意味など全く無いのだ。

ドウシテ コンナコトニ?

自分の心に湧いて来た、理不尽に対するどうしようも無い怒り。
それが、抑えきれなくなって爆発した時……。

「……う、おアアアアアアアアアーーーー!!!!」

俺は、発狂した。





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…………俺は気が付いた時、今朝起きた時と同じ布団に再び寝せられていた。

「お…俺……一体、何を……痛っ!?」

「マモル様! 右腕は動かさず、どうか安静になさいませ……!」

先程と異なるのは、俺の右腕が包帯でがっちりと固定されていた事。
そして、右腕を動かすと、拳を中心に鈍い痛みが広がる事。

今になって気が付いたが、右腕程では無いが全身も少し痛い。
打撲のような物理的な痛みと、筋肉痛のような体の内側から来る痛みと半々だ。

そんな俺を心配するように、
村長夫妻と葵さんが寝ている俺を見下ろしていた。

3人から聞いた話によると、
俺は正気を失って直ぐに、
泣きながら、大声で言葉にならぬ何かを叫びながら、
村長夫妻の部屋にある、屋敷の中で一番頑丈な大黒柱をひたすら殴り続けたらしい。

このままでは俺の心身共に危険だと判断した3人は俺を止めようとするものの、声を掛けても気が付かない、英次さんが羽交い締めにしても止まらない。

そんな俺にバフォメットさんが眠りの魔法を掛けても、
動きが鈍くなっただけで、今度は柱に対して蹴りや頭付きを始めた。

3人が俺を最早力づくで止めるしか無いか……と思った所で、俺は力尽きて再び気絶した。
そして、バフォメットさんの魔法と包帯による応急処置を施して今に至るという訳だ。

ちなみに、俺の右拳を含む全身は既にバフォメットさんの魔法による治療を受けた後でこの状態である。
俺の右拳は、バフォメットさんの魔法が無ければ再起不能になっていたかもしれぬ程に重症で、魔法による治療を施した後でも暫く固定が必要との事。

「済みません。
色々と、ご迷惑をお掛けして」

「良いんだよ、迷惑を掛けたのはむしろ此方の方さ」

やや心配そうに、英次さんが俺を慰める。

「なんと言うか、その。 ……ありがとうございました。
色々正直に話して頂いたり、
暴れた俺に対して治療や介抱をして頂いたり……。
お陰で、気が晴れました」

正直、まだ気分は優れない。
自分の世界に帰れないという事に対して気持ちの整理がつかない。
だがこれだけ他人の家で暴れておいて、今更被害者面は出来ないだろう。

「……そうか。
ならば、今回の件はお互い様という事で良いかの?」

「分かりました」

その後、半日程横になって体力を回復した俺は夕方には動けるようになった。
バフォメットさんに追加で治癒魔術を掛けてもらったお陰で俺の傷は回復して包帯は不要となった。

まほうの ちからって すげー! ……とでも言っとこうか。

だが、額と右拳に傷跡が残ってしまった。
お主、治癒魔術の効きが圧倒的に悪いのう……と、バフォメットさんは俺を心配していたが、生活に支障は無いので大丈夫です、と言っておいた。

バフォメットさん曰く、
俺は魔力を持たぬ人間であるが故に治癒魔法などの有益な魔術も効きにくいが、眠りの魔法や魅了の術などの不利益な魔術も効きにくいのだろう……と言われた。

これは俺の勝手な推測だが、
元居た世界で「質量保存の法則」にどっぷり浸かったこの身体を、
それから外れた何かで無理矢理どうこうしようというのは難しいのだと思う。
元々、霊感はとかまるで無かったし、俺の身体と『そういうもの』は相性が悪いのだろうか?

恐らく、俺が昨晩……奇跡的に葵さんの術から逃れる事が出来たのは、
この体質があったからこそなのだろう。

だがしかし、火の玉が飛んでくる等の直接的な攻撃魔法に対しては俺の身体は何の耐性も無いので気をつけろとの事。

「それじゃ、行く宛が出来るまで此処に居るが良い」

「……良いんですか?」

「勿論じゃ!
でもまぁ、異世界の知識で何か我々の役に立ちそうなものがあれば教えて欲しいのじゃ」

「勿論、マモル殿が良ければだけどね」

向こうにはやはり打算があったか。
まあ、こっちもタダで施しを受けるのは精神衛生上良く無いし。

「分かりました。
じゃあ、何かやってみますね」

「うむ!」

この後、村長夫妻と俺は明日からの予定について色々と話し合ったが、
その間、アオイさんは俯いて黙ったままだった。





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村長夫妻と話した後、俺は夜食を摂る事となった。
俺はこの世界に来てからまともな飯を食べておらずとても腹が減っていた。
お粥などの、蛋白な病人食のような晩餐だったが、大いに満足だった。

食事の後、風呂に入った。

「公衆浴場は此処です、マモル様」

「そうなんですか、ありがとうございます。
……あれ? ここって男湯と女湯が分かれてないんですか?」

「……はい。此処は混浴ですから」

「……なん、だと……?」

そこは男女混合の公衆浴場で、俺はこの世界の文化を改めて目撃する事となった。

「朧……射精するよ……!」

「あんっ……2回目なのにこんなに一杯……!
子宮の中、たっぷたぷ……もっと、頂戴……❤」

「ふふふ、お姉ちゃん、此処が感じるんだね……?」

「ちょっと、虎太郎、そこはダメ……!
ああっ……! あ゛ーっ❤ あ゛ーっ❤」

「………………うっそん」

俺の目の前で、魔物と人が互いに愛しあっていた。

いかにも侍といった感じのちょんまげ美男子が妖艶な狐の耳と尻尾を持つ美女がラブラブセックスをしていたり、十歳程と思われる少年が真っ赤な肌で頭に角の生えたお姉さんを後背位であひんあひん言わせていたり……。

これほどまでにカオスな光景でありながら、誰もそれを止めようとしない。
むしろ、自分達も負けてられないと言わんばかりにより激しく性交を行っている。

しかし、相手が居ない独身の男には目の毒だ。
俺は、身体を素早く洗いさっさと風呂場を出た。

色んな意味で衝撃的な光景だったが、これで1つ分かった。
魔物が、人を愛しているというのは本当だ。
最早疑いようが無い。

佐羽都街の隣の、俺が召喚された場所がある街……メンセマト……。
そこの、俺を役立たず呼ばわりして牢屋へ放り込んだ領主……。
そいつは魔物の事をずっと調べていたらしいが、3年も掛かって「魔物が、人を愛している」という事を理解出来なかったのだろうか?
親魔物領で1日も暮らしていない俺がこれを理解出来たというのに。

……?
どうして、俺は今わざわざ「領主」の事を考えたんだ?

まあ良い。
さっさと部屋に戻って寝よう。

「……あれ? 居ないのかな?」

俺が風呂から上がった時には、葵さんは何処かに忽然と姿を消していた。

彼女にはまだ色々と聞きたい事もあったのだが、姿が見えない以上は仕方が無い。
この街に居ればまた会えるだろう。

この後すぐに俺が村長夫妻から借りた部屋へ戻ると、
布団の枕元に俺のスマホが置かれていた。

葵さんが気を利かせて置いてくれたのだろうか?

そして、いつもの癖でスマホの画面を見ると「圏外」と表示されていた。
いつもなら他愛のないメールのやりとりをする友人や家族と二度と会えないのだと理解して、急に寂しくなった。

俺は寂しさから逃げるように布団に入り、そのまま眠りに付いた。





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「今日からお世話になる黒田衛です。よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」

「……よろしく」

翌日、俺は佐羽都街のとある鍛冶屋を訪れた。
「バフォ様から話は聞いている」と言って、鍛冶屋で働いていた人達は俺を暖かく迎え入れてくれた。

俺がさっき挨拶を済ませたのは鍛冶屋の棟梁である、可愛らしく大きな1つ目が特徴の「サイクロプス」さんと、副棟梁である「アカオニ」さんである。

アカオニさんの方は昨日風呂場で見かけた気もするが、
わざわざこの場で蒸し返すような事でも無いので黙っておこう。

現在、この鍛冶屋では「魔界銀」の武器が一番人気である。
「魔界銀」とは、魔界にのみ存在する特殊な銀鉱石であり、それによって攻撃された者は傷がつかず、欲情や絶頂をするだけという……色んな意味でとんでも無い金属である。

バフォメットさんが俺に此処を紹介した理由は、
俺が大学で色々な物の「材料」を中心に学んだという事を伝えたら、
現在、魔物の中で一番人気の武器の材料である「魔界銀」について研究してくれ……と頼まれて此処に居るという訳である。

そしてなぜ俺が……質量保存の法則に喧嘩を売っているかのような魔界銀の性質を信じたかと言えば、実際にサイクロプスさんがソレの効果を見せてくれたからである。
……自分の旦那さんにそれを使う事で。

「…………えい」

「うわああぁっ!? 魔界銀の針!?
一体どうし……」

「…………えい」

「んおおおっ……!?」

銀色の針で2回腕を刺されただけで、サイクロプスさんの旦那さんは射精した。針が人の身体に確かに刺さっている筈なのに、出血や傷跡は全く見当たらない。

「…………えい」

「……うぐぅ!?
ああもう、ちょっと厠を借りるよ?」

「…………❤」

サイクロプスさんの旦那さんは、3回目の針が自らに刺さると同時に彼自身の妻をお姫様抱っこで抱きかかえ、そのまま厠へ直行した。
現在、厠からはずっと2人の嬌声が聞こえる。

魔界銀の針はドサクサの間にサイクロプスさんによって抜かれて、今は机の上に置かれている。

どうやらサイクロプスさんは、俺に魔界銀の効果を見せるという名目で、旦那さんを欲情させ、そのままセックスへと持ち込んで仕事をサボりたかったらしい。

「あの2人、不真面目な癖に腕はスッゲェ良くて仕事も納期までにはしっかり終えるから文句を言いにくいんだよな……!」

「なら、良いんですかねぇ。
……いや、良くないか……!?」

残された俺とアカオニさんに出来るのは苦笑いだけである。
周りの人間や魔物達があまり驚いていない事から、今回のような事は良くあるのだろう。

彼等の行動が、この時は「この世界はトチ狂っている」としか思えなかったものの。彼等は彼等なりに、俺を元気づけようとしてくれていたと気が付けなかった。
あの夫婦は既に気づいていた。
今の俺が『まともに仕事が出来る状態では無い』と。
だからこそ、彼等は俺に気を遣ってまともに仕事をしなかったのだ。

それと、これは後から聞いた話だが、一昨日、葵さんをマーカスさんがブン殴る時に使った杖もコレらしい。
マーカスさんはあの時うつ伏せの状態で気絶していたので分からなかったが、おそらくは魔界銀の効果で射精していたのだろう。

どうして魔物がわざわざこんな回りくどい事をするかと言えば、
単純に、
この世界の魔物は人間を傷つけるという事を本能的に嫌っているらしい。
誰かを「殺す」と考えただけで胸の痛みや吐き気が止まらなくなるとの事。
故に、武器を持つ魔物娘は魔界銀製以外の武器を殆ど使用しないのだとか。

「お前さん、元の世界で『ザイリョウリキガク』とやらを学んで来たらしいが、此処でそれは役に立ちそうか?」

「それは実際に仕事をやってみなければ分かりませんが、
やってみたいと思う事は沢山出来ましたね。
……というか、元から色んな鉱石とか好きですしね」

「ほう? そいつは楽しみだな。
んで、やってみたい事ってのはどんな事だ……?」

「まずは魔界銀と普通の銀の違いを確かめる事ですかね……。
魔界銀というのは普通の銀の同位体なのか、それとも化合物なのか。
それとも魔界銀が『銀っぽい』ってだけで、実はまったく別の物質なのか。
とにかく、魔界銀というのがどんなものかハッキリ定義出来れば、
いずれは人の手で、ただの銀を魔界銀に変えるとか……魔界銀と似たような性質を持つ、より武器に適した別の金属を生産するって事が可能になるかもしれないと思うんです」

「ドーイタイ? カゴウブツ?
……う〜ん、よく分からんが、
魔界銀がどんなものか定義する、か。考えた事も無かったな」

こうして色々考えていると、
右も左も分からず皆と一緒に卒業研究を行っていた大学時代を思い出す。

「……う゛っ……!」

そして、俺は急な脱力感に襲われる。
『俺が仮にこの世界で研究をして魔界銀に関する何かを見つけたとしても、
また別の世界へ飛ばされて全てが「台無し」になってしまうのではないか。
だって、そうだろう? 
俺が大学で学んだ材料力学だって、俺の世界ならそれを生かせる仕事に就職出来たのに。
この世界では殆ど役に立たない。 無いよりマシってだけ。
だったら、この世界で何かを成し遂げたって意味なんて無いだろう?』
そんな消極的な考えが浮かんでしまう。何もかもが馬鹿らしくなってゆく。

ダメ、だ……!
俺は自分の心に生まれた弱音を振り払おうとする。

「……おい、大丈夫か……?」

「え? ええ。 大丈夫ですが……?」

アカオニさんが俺を心配してくれた。
正直な所大丈夫では無いが、こんな所で仕事をクビになってしまえば路頭に迷ってしまう。
故に、大丈夫だと言うしか無かった。

「アホ。んな事は大丈夫な顔をしてから言え」

「ですが、衣食住の世話と仕事の紹介までして貰って、
それでも期待に応えられなければ、俺は……!」

俺の焦った表情と言葉から、アカオニさんは俺の本音を察したのだろう。

「ばあか。お前が仕事サボったってんならともかく、
何にも悪い事をしてないのに路頭へ放り出すような事をアタシ達はしないっての。
ただでさえ、こっちはお前が色んな意味で大変な目にあった事は聞いてるんだ。
それに、少し話をした時点でお前が仕事に対してやる気を持ってるって分かったしな。
……だから、今は休め……!」

「……分かりました。
お先に、失礼します……!」

「おう、お疲れ」

どうやら、向こうには俺が異世界の人間だって事も伝わっていたようだ。

俺は、仕事を切り上げて早めに村長夫妻から借りた部屋へ戻る事にした。

「……はぁ」

自分でも意図せず、ため息が出る。
今日の所は助かったが、
明日からは気持ちの整理を何とかして付けないと……!

「ゴブリンの里名産の良質な鉱石、安いよ〜!」

「……ん?」

頭に小さな角の生えた女の子が、色々な鉱石を沢山積んでいる台車を引いている。
石を沢山積んでいてかなり重そうな台車だが、彼女は軽々とそれを動かしている。

どうやらこの子は「ゴブリン」という種族の魔物娘のようだ・

「お? これは……!?」

俺がふと台車を見ると、そこには俺の知っている鉱石の原石が沢山あった。
傍から見ればただの石ころだが、小さい頃からそういったものが好きな俺にとっては宝の山である。
鉄や銅の鉱石から、
アルミニウムの原料となるボーキサイトらしきものだけでは無く、
ルビーやサファイアの原石であろう綺麗な石まで選り取りみどりである。

「ん……? これは硝石……!?」

そして俺は、荷台の中から硝石と思われるものを発見した。
硝石とは普通人の手によって作られるものだが、
まれに自然でも発見されていて、
俺の世界では「チリ硝石」や「ソーダ硝石」とも呼ばれている。
今、ゴブリンちゃんの荷台に積んである物はこの世界での天然硝石だろう。

硝石……硫黄……木炭……。
それらを正しく調合すれば「黒色火薬」が出来る筈だ。
それにこの世界の「魔界銀」を組み合わせて鉄砲の弾にするとか、手榴弾のようなものを作れば、魔物娘でも使える……人を傷つけず倒せる強力な飛び道具が出来るかもしれない。
俺はこの世界で弓は見た事が有るが、未だに鉄砲の類を見た事が無い。
これは、いけるんじゃないか?

俺は前もってバフォメットさんから、
何かあった時の為にこの世界の金を少し貰っていた。
値札を見て……と、いよっし。この値段なら普通に買える……!

「すいませ〜ん、これ下さい」

……この人、これを何に使うんだろう?
そんな事を言いたげなゴブリンちゃんの視線を背中に受けながら、
俺は次なる目的地に向かって歩き出す。

この佐羽都街では硝石は花火の原料として使われていたようだが、
俺の使用目的はまた別である。

彼女の歩いて行った方向から察するに、
ゴブリンちゃんはおそらく、俺がさっきまで居た鍛冶屋に鉄鋼の原料を卸して、そのついでに商売をしていたのだろう。

その後、半日程掛けて街の色んな場所を適当に歩き回り、
薬屋で「硫黄」を。雑貨屋で「木炭」と、木鉢などの調合に使う道具を購入した。

あくまでも俺自身の実験に使う為なので、買った量は少量。
故に、持ち合わせの金で何とか購入出来た。

「あ〜あ、世も末ですわねぇ。
こんな平和な街で戦争がまた起きるなんて……!」

「全くだよねぇ」

「……!?」

帰り道、俺はこんな会話を耳にした。
着物を着た、下半身が蜘蛛のようになっている女性と、
狐の形をした青い炎のような何かを纏っている巫女服の女性が話していた。
いわゆる、井戸端会議というものだろうか。

平和な佐羽都街に、戦争が再び起こる理由。

ただでさえ、メンセマトは佐羽都街と戦争をする気マンマンなのに、
そこへ「俺が連れ去られた」という口実を与えるような真似をしたら……!?

隣の国で色々体験した俺はそれを、ある程度予測出来てしまった。
だからこそ、願う。
悪い予感よ、どうか当たらないでくれ……と。

「……そういえば、どうしていきなり隣国の連中は戦争を仕掛けて来たのかしらね?
3年もの間、こっちにチョッカイ出して来る事は無かったのに」

「なんでも、こっちが向こうに居た『異世界の勇者』を誘拐したとか……!」

「なんですって? そんなの私達は知らないわよ……!?」

「…………!!」

……わあい。悪い予感が見事に当たっちまった。

「わざわざ異世界から私達の事を傷付ける為に来たなんて、酷いわね。
その『勇者』とやら」

「ホントよね〜!」

やっぱり、俺のせいじゃねーか。
俺がこの世界に居るせいで、戦争が起こっちまうじゃねーか。
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!

そうだ。

火薬(コレ)だ。

コレを完成させてを作って皆に渡せば……。

俺は、戦犯呼ばわりされずに済むかも知れない……!





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「ねえ、美月。
今歩いていった男性、凄い表情してなかった?
まるで、この世の終わりみたいな暗い顔……!」

「あら本当だわ。
珍しいわね、この街で独身男性が1人で歩いてるなんて。
一体、どうしたのかしら?」

そよ風が吹き、彼女達を静寂が包む。

「う〜ん、珍しい男……ねぇ。
…………あっ!?」

「どうしたの? 何か分かった?」

「……もしかして。
もしかしてだけどね……。
今、歩いていった男性が『異世界の勇者』で。
なおかつ、私達の話を『自分のせいで戦争が起きた』と解釈してしまったのなら、この世の終わりみたいな表情を浮かべたって可怪しくないわ」

「え〜?
そんな偶然、ある筈ないでしょ?」

「というか、むしろそう考えないとあり得ないのよ。
新魔物領をあんなに無防備な独身男性が歩き回るなんて、あまりにも非常識よ。
相手が居ない魔物娘に会おうものなら、既に捕まってる筈。
鴨がネギ背負って歩いているどころの話じゃないわよ」

「……う〜ん、私達は、勇者に対して悪意なんて無いし。
仮にそういう誤解をされたのだとしたら、
早めに誤解を解かない、と……!?」

会話をしていた魔物娘達は、突如、凍りつくような殺気に襲われる。
彼女達が振り返ると、
そこに居たのは般若のような表情を浮かべた……クノイチ。

愛する者の為に怒る魔物娘は、この世の何よりも恐ろしい。

「今の話……。
詳 し く 聞 か せ て 頂 け ま せ ん か ?」

「「……は、はいぃ!!」」

故に、さっきまで元気に話していた狐憑きと女郎蜘蛛は互いに抱き合いブルブルと震える事しか出来なかった。





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正直、俺は、あの後の事を詳しく覚えていない。
一つだけ確実なのは、俺が黒色火薬の調合に失敗したという事であり、
爆発によって死にかけた俺を、アオイさんが命賭けで助けてくれたという事である。
14/05/13 22:23更新 / じゃむぱん
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■作者メッセージ
元居た世界に帰れぬと知って絶望した上に、自分が居た世界とは異なる文化に戸惑い心が不安定になってしまったマモル君。

そんな心理状態で……どこぞの「俺tueee」小説みたいに、
現代知識をポンポン異世界で再現出来る訳が無いですね。

でも、彼がまともな心理状態で、
なおかつ、人知を超えた力と頭脳を持つ魔物娘達が本気で彼に協力したら……?

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