反魔物領 メンセマト
俺……黒田衛(くろだまもる)は人生で初めての体験をしていた。
それは、異世界に召喚される……という事である。
俺の足元で怪しげに光る、六芒星の紋様。
俺の目前に広がるのは、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を絵に書いたような光景。
真っ白な修道服を着た、回復魔法か何かを使えそうなシスター。
とんがり帽子に黒いローブを着ていて、魔法使いを思わせる老人。
いかにも聖騎士……といった感じの十字架の装飾が付いた剣と鎧を着た戦士達。
そして、嫌味な金持ち……という言葉を体現したかのような中年男。
(何だ……コイツは……?)
俺が、自分の置かれた状況を完全に理解する前に抱いた感想がコレだった。
他の人間は、俺の事を驚きと不安が入り混じった表情で見つめていた。
しかし、彼等の真ん中にいる1人だけ豪華な服を着たこの男だけは、
俺に対して「品定め」を行うようなねちっこい視線を向けて居た。
「ほう、お前が異世界の勇者か……!
勇者よ、お前の名は何だ……?」
「俺の名前は黒田衛ですけど。
……勇者とか、一体何の事ですか?」
中年男の言葉に対して一応、とぼけて置きながらも俺はこう思った。
やっぱり、このパターンか……と。
大学の卒業式を終えた後、帰路に着いていた俺の足元が急に光り出した。
これはラノベやネット小説などでたまに見かける「何らかの理由で現代に生きる主人公が異世界へ召喚される」前触れかと思ったが、その時点でもう後の祭り。
……俺には、どうする事も出来なかった。
「あの……俺、家へ帰る途中だったんですけど。
勇者とか言われても、違います。ただの一般人です。
何かの間違いだと思いますんで、返して貰えませんか?」
「ん? お前は勇者では無いのか?
だが、こうして召喚された以上、我々には協力して貰おう」
訳が分からん。
俺を、俺の意思とは関係無くこの世界へ連れて来て「手伝いをしろ」と?
「ええと、意味が分かりません」
「現在、この街の隣にある村は異常に穢れている。
彼処に済む人間は魔物を魔物として扱っているのでは無く、隣人として接しているのだ。
故に、我らは神の名の下に奴等を粛清しなければならない」
「なら、そうして下さい。
少なくとも俺が手伝える事は無いと思うので」
俺は中年男に対して、交渉の余地は一切無いと言わんばかりに言い放つ。
その時に奴が発した「隣人」という言葉に違和感を覚えながら。
「我らの軍は、奴等に対してここ何年か連戦連敗している。
だがしかし、このままではいけない。我らが食われるのも時間の問題だからだ」
うわ、こっちの話聞いてねぇよコイツ。
「そこで、俺を召喚したという訳ですか?」
「そうだ!
こうして、お前は『勇者を呼ぶ儀式』へと応えて此処へ現れたのだ。
何か出来る事はあるだろう?」
「いいえ、有りません。
そこに居る兵士さん。これを見て、どう思います?」
そう言って俺は、スーツの袖を捲って力こぶを作り、周囲に居る兵士へと見せつける。
「ああうん……その……普通?
戦う人間としてはむしろ貧弱な部類か?」
「ですよね。
こんなんじゃあ、皆さんでも中々勝てないような魔物には……!」
「力が無いのなら、魔法とかが有るだろう!」
「有りません」
「えっ」
「俺の世界には、魔法及びそれに近い物は一切有りません」
「ちょっ……! そんな……!?
お主の世界に魔法が無いとか、冗談じゃろう?
そんな世界で、一体、どうやって人が生活するんじゃ!?」
ローブの爺さんが、やたら焦った様子で俺に質問する。
「魔法が無い代わりに、その代わりとなる便利な道具が沢山有るんですよ。
いきなり知らない所に連れて来られたお陰で、
そういった物を持ってくる暇も無かったですけどね」
「うぐ、うむむ……!」
俺には何の力も無い事が皆に伝わったのだろう。
この場の雰囲気が、葬式のようになってしまった。
だが、下手に勇者扱いされて危険な事をさせられるよりはマシだ。
俺は、中年男に再び話しかける。
「これで分かりましたか?
あなた方のやった事はただの『拉致』です」
「黙れ……!
貴様は、我々を見殺しにするつもりか!?」
俺に対して、訳の分からない怒りをぶつける中年男。
正直、こっちもストレスの限界だった。
「先程も言いましたが、俺は『一般人』です。あなた方の奴隷じゃありません。
無理やり知らん場所に連れて来られて、憎くもない連中と戦えと言われて。
……頷く訳が無いじゃないですか!
それでも俺に戦えと言うのなら、あなた方は拉致及び恐喝を行った『犯罪者』ですよ?
そうで無いと言うのなら、俺を元の世界に返して下さい」
俺は言いたい事を勢いのままベラベラ喋ってしまう。
「貴様、我を侮辱するのか……!
光の街メンセマトの領主であり、
伯爵位を持つこのグレル・ギルバートを……!?」
どうやらコイツはこの街の領主で、貴族らしい。
しかし、異世界人である俺にそれは関係無い。
正直怖いが、無理やり「魔物」とやらと戦わされたりしたってこっちの死亡は確定する。
そうならぬよう、言い過ぎって位に向こうを否定しておこうか?
「最終的にはパワハラですか。
……ったく、(魔物とアンタの)どっちが穢れてんだって話だよ」
俺は「どっちが穢れてんだ」という言葉を小さく、
しかし領主にギリギリ聞こえるような小さな声で吐き捨てる。
その結果奴は全身ブルブルと震えて、面白い位に顔が真っ赤になっていた。
「…………だ、黙れえっ!
黙れ、黙れ、黙れぇーー!!」
「領主様!?」
領主が突然、発狂したように叫ぶ。
「我は、あのような売女共とは、違う!
この役立たずを牢屋へ放り込め!!」
(……うん? 売女ぁ?)
「ちょっと待って下さい、領主様!
この人は、ただの一般人で」
あの領主、さっきから「魔物」とやらの事を隣人だの売女だの……?
もしかして、奴は「異種族」を化け物か何かだと勘違いしているのか?
「は、ハヤク、早くしろおっ……!
私は、命令したぞ!!」
「……はい」
俺がそんな事を考える暇は無く、周りに居た騎士達によって俺は捕えられる。
「抵抗しないんで、お手柔らかにお願いしまーす」
「…………」
「あの……?」
「…………」
俺が彼等に言葉を掛けても、気持ち悪い位に彼等は無口で無表情だった。
話を聞く限り、俺がこの世界へ来た時点で「勇者」となる事の拒否権は無いようだ。
故に、捕まるって事はある程度想定していた。
首を刎ねられないだけマシ、という程度だが。
「……くっ、……なる…………サツしなければ。
儂の…に、……が……!」
「……ん?」
俺を召喚する為の魔術を使ったと思われる魔法使いらしき爺さんがぶつくさと小さな声で何か文句のような事を言っていたが、俺にそれを聞き取る事は出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は今、牢屋に入れられていていた。
この牢屋は重罪が確定した罪人のそれとは異なる、いわゆる「留置所」的な扱いらしく、俺が大人しくしていれば決して悪い扱いはしないとの事らしい。
「ああ、そう言えばまだ言っていなかったな。
……済まなかった」
騎士達のリーダーらしき女の人が俺に向かっていきなり謝罪をする。
「何がですか?」
「我々が、貴殿を『誘拐』した事だ。本当に、申し訳無い……!」
女騎士の素直な謝罪に、俺は驚く。
俺が此処へ連行された時には皆無表情だったが故に、
こっちの人間は基本的に俺を勇者として無理矢理戦わせるつもりだと思っていたが、そうでは無いようだ。
「言い出しっぺの俺が言うのも何ですけど、
あなた方がそれを認めて良いんですか?」
「ああ、構わない。いかなる理由があれど、
我々がマモル殿の意思とは関係無く、
貴殿をこの世界に連れて来たのは間違い無いからな」
「じゃあ、どうして俺を牢屋に閉じ込めるんですか?
俺をこの世界に置いといた所で、食い扶持が増えるだけですよ?」
「それなんだが……俺達にも生活ってもんが有るんだ。
そうそう簡単に、主の命に逆らう訳にはいかないんだよ」
俺の言葉に答えたのは、さっき俺の力こぶを「普通だ」と言った兵士だ。
「成程。
じゃあ、話は変わりますけど、
どうして『異世界から勇者を呼ぶ』だなんて話になったんですか?」
2人の表情が、苦虫を噛み潰したようなものへ変わる。
「さっきも話したように、我々教団の軍は魔物の軍勢に連戦連敗をしている。
一度、魔界となってしまった土地を取り返すのは未だに成功していないんだ。
このままバカ正直に戦いを続けたのでは、負ける可能性は極めて高い。
そこで、領主様は『異世界の勇者』という外部の戦力を加える事にしたのだ」
「……教団、ですか。
この街の軍隊とはまた異なるのですか?」
「うーん、この街の軍隊兼教団の軍隊って感じだな」
騎士さん達の説明によると、この世界の領地は「反魔物領」と「親魔物領」の2つに分かれているらしく「親魔物領」の中でも特に魔物の多い領地は「魔界」と呼ばれているらしい。
この街は「反魔物領」であり「親魔物領」の隣町とは対立しているとの事。
「反魔物」的な考え方を持つ集団の筆頭である「主神教の教団」は、
この街の大きなスポンサーである。
それ故にこの街の軍隊は教団の軍隊も兼ねているらしい。
かつてこの街には魔物に対抗する切り札となりうる「勇者」が居た。
勇者とは……生まれ持って強力な神の加護を持って生まれた者であり、
普通の人間に比べてかなり高い身体能力や強力な魔法を使える能力を持つ。
勇者が生まれる可能性は極稀だが、この街にもそんな勇者が居た。
しかし、かつて隣街の軍と戦った時に魔物によって連れ去られてしまったらしい。
既に、この街では彼を死亡扱いとしているとの事。
彼はこの街の現騎士団長、ティアさんの兄らしい。
あの人は、立派な勇者だった……と。
ティアさんが兄の事を語る姿は誇らしげではあったが、
「兄が居なくなって寂しい」という感情を隠しきれておらず痛々しかった。
勇者がこの街から消えてから、
この街は「親魔物領」を攻撃する事は無くなった。
勇者以外にも、この街の戦力となりうる人間が大勢連れ去られた。
それ故に、魔物を異端や穢れとする扱いは変わっていないが、
わざわざ勝てぬ戦いをする程この街の人間は阿呆では無かった。
そんな状態が3年続いた。
領主はこの間に「魔物」の事を調べ尽くしていたが、
ロクな対抗手段は浮かばなかったらしい。
しかし、とうとう彼等のスポンサーである教団が痺れを切らした。
この街の軍隊に、再び隣町を攻撃しろという指令が出たのだ。
3年間「親魔物領」に対して攻撃を加えなかった事も加えて、
今回の指令を拒否すればメンセマトが「親魔物領」扱いされて、教団より粛清を受ける。
しかし、考えも無しに隣町へ攻撃した所で前回と同じどころか、
場合によってはもっと酷い被害を此方が受ける。
そこで領主が考えて出した案が、
「異世界から勇者となりうる者を召喚して戦力に加える」というものらしい。
「それで、俺がこの世界に呼ばれたって訳ですか」
彼等から話を聞くまでは「ふざけるな」という気持ちで一杯だった。
しかし、彼等は藁にもすがる思いで「異世界の勇者召喚」を行ったのだ。
俺はこれ以上、この事で彼等を責める気にはなれなかった。
勿論そこには、
下手に彼等を責めて機嫌を損ねたりすれば立場が悪くなるかもという打算もあったが。
……分から無いのは「どうして俺が召喚されたのか」という事である。
「本来であれば、そちらの世界で活躍した英雄……。
マモル殿の世界で名が広く知られた英傑が呼ばれるようになっていた筈なのだが。
貴殿は、そうでは無いのだろう?」
「……そうですね」
彼等は恐らく、異世界から呼ばれる予定の「勇者」を、
魔物を倒すという事に無条件で協力してくれる守護天使のような存在だと思っていたのだろう。
追い詰められた彼等に、異世界人の人権がどうとかを考える余裕は無かったようだ。
……名を広く知られた英雄、か。
『黒田衛(くろだまもる)』という俺の名前は、
天才軍師と言われ、大河ドラマの主人公ともなった『黒田官兵衛』と微妙に似ている気がしないでも無い。
まさか、ねぇ?
「多分、俺達が『異世界の戦力』に頼るっていうズルをしたのがいけなかったんだ。
それにお前を巻き込んだのは、本当に悪かった……!」
「まあ、俺を元の世界に返してくれると言うのなら構いませんよ。
でも、そういう訳にはいかないのでしょう?」
「……そうだな。
領主様、怒らせたのはマズかったよな……!」
「マモル殿が、我々の要求を強くしっかりと断ったのは良かった。
しかし……魔物の事を『憎くも無い連中』と言ったり、
魔物達と領主様を比べて貶すような発言をしたのは良くなかった。
……前者は、異世界人の貴殿にとっては当然だろうけども」
訳が分からん状況にイライラしていたとは言え、最後辺りは流石に言い過ぎたな。
「ほとぼりが冷めるまでマモル殿は此処に居てもらう事になる。
貴殿を元の世界へ返すのはそれが終わり次第になるだろう。
安心してくれ。私から領主様に時期を見計らって声を掛けるよ」
「あー、はい。
済みません、ご迷惑をお掛けして……!」
「迷惑を掛けたのはむしろ、こちらの方さ。
それじゃあ、何かあったらまた呼んでくれ」
そう言ってティアさん達は仕事へと戻って行く。
俺は牢屋の中で再び1人になった。
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「……うーむ……!」
「どうしたんですか、団長」
「おお、マーカスか。
実はさっき、召喚の間でマモル殿の身柄を拘束した時に、
彼が何かを言っていた気がするんだが、何か覚えていないか?」
「……あれ、そうでしたっけ?
俺もあの辺りの事をあんまり覚えて無いんですよね?」
「むむむ……!
いかんな、2人して集中力が切れていたとは」
「まあ、本当に重要な事であればアイツの方から言ってくると思いますし?」
「そうだな。
また後で彼の様子を見て置いてくれ」
「了解しました」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……暇だ」
あれから暫く後、軽食として出された硬いパンを完食してから俺は考え事をしていた。
そもそも、牢屋の中に居て動けない以上……考え事位しかやる事が無いのだが。
考え事の内容は、さっき聞いた話だ。
余り多くの事を聞く事は出来なかったが、正直突っ込み所が満載だ。
まず、最初におかしいと思ったのは「魔物」についてである。
領主の言った言葉……隣人……売女……。
そこから考え出したのは、この世界の魔物と呼ばれている存在が
「人に近い姿形をした、人に近い思考を持つ種族」なのだろうという事。
でなければ「親魔物領」という言葉は生まれないだろう。
どちらかがどちらかを家畜のように扱っているのであれば「親しい」とは言わないからだ。
そして「魔物」のやっている事も俺には異常に思えた。
以前の戦いでは多くの人間が「その場から連れ去られたらしい」が、
「その場で殺される事は無かった」そうなのだ。
ティアさんの兄が魔物に「連れ去られた」ために死亡扱いとなっているらしいが、
それは本当に正しいのだろうか?
そして、次にあり得ないと思ったのは「隣国」の態度である。
隣国は、この国から最低1度は攻撃を受けた。
にも関わらず、3年間はこの街を「殴り返す」ような事はしていない。
さらに、この国はもっとあり得ない。
異世界からの勇者召喚を、どうして彼等は土壇場になってからやったのだろうか?
教団が痺れを切らす前にさっさと、余裕を持って召喚の儀式をやれば、
もしかしたら召喚が成功して、向こうにとって都合の良い勇者が現れたかもしれないのに。
……っと、いけない。これじゃただの文句だな。
とりあえず、流石は異世界。
分からない事だらけだ。
う〜ん、と呟いて腕を組んだ途端、俺は胸の辺りに違和感を覚えた。
「んん?」
違和感の正体は、スーツの懐にあるポケットに入っていた「スマホ」である。
そう言えば、俺は牢屋に入れられる時に身体検査的な事をされなかった。
嫌なシナリオが頭の中に浮かび、背中に冷や汗が伝う。
向こうが俺の身体検査とかをしなかったにも関わらず、
これを持ってたってバレた時点で「隠し持っていた」って難癖をつけられて切られる……?
「おーい、ちょっと良いか?」
そう言って、牢屋の外から声が掛けられた。
俺に声を掛けてくれたのは、さっきティアさんと一緒にこの世界について色々説明してくれた人……マーカスさんだ。
「そろそろ就寝の時間だが、その前にやって置きたい事はあるか?」
おっと、もうそんな時間か。
「寝る前にトイレ……もとい、厠へ行っときたいので案内して貰えますか?」
「良いだろう。
こっちだ、逃げるなよ?」
そう言って、マーカスさんは牢屋の扉を開けて歩き出す。
俺はそれに付いて行く。
どうやら、向こうは俺がスマホを持っている事に気がついていなかったようだが、
俺は怖くてそれを自分から言う事が出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……ふぅ、すっきりしたっと」
厠で要を足した俺はマーカスさんと共に牢へ帰ろうとするが、そこである人物とすれ違う。
その人は俺がこの世界に召喚された時に居た、魔法使いを思わせるお爺さんだった。
「こんばんは、マモル殿。マーカス殿」
「……こんばんは……?」
「うん? どうしたんだ爺さん、こんな所で」
老人は、俺が召喚された時とはまるで異なる雰囲気だった。
何かしらの決意を固めたかのような表情と、一切隙が見えぬ立ち振舞。
そして、ソイツから発せられる張り詰めた殺気のような何か。
ハッキリ言って、非常に胡散臭い。
「済まぬ、マモル殿。
貴殿がこの世界に召喚されてしまったのは『私』のせいだ」
「……ん? 女言葉……?」
「故に、償いをさせて貰おう」
そう言って老人は、とても老人とは思えぬ速度で持っていた銀色の杖を振り下ろし、
マーカスさんを昏倒させる。
「がっ……!」
為す術も無く、うつ伏せの状態で倒れるマーカスさん。
息はあるようだが、当分目を覚ましそうに無い。
「ちょっ……!
何するんだ、アンタ……!?」
ピンと張り詰めた背筋。
未だに隙が伺えない立ち振舞。
老人特有の腰の曲がりが一切無くなっている。
故に、俺はソイツをこう断定した。
「アンタ、あの時の爺さんじゃねェな!?」
「ご名答です、異世界人殿」
そう言って「ソイツ」は正体を表す。
老人の顔が描かれた厚化粧を顔から剥がし、
持っていた杖や黒いローブと共にそれを投げ捨てる。
「なっ……!?」
そこに居たのは、月明かりに照らされた美しい魔物。
黒と紫が基調の、丈の短い着物のような戦装束。
黒曜石のように煌めく、黒髪の長いポニーテール。
「……忍、者?」
そう。
ソイツは「忍者」の格好をしていた。
時代劇でたまに見かける女忍者の格好を派手にしたような感じである。
だがしかし。
露出度の多い和風の戦装束により強調された、健康的で美しいボディライン。
網タイツのような素材でよりセクシーに際立ったふとももとヒップ。
マフラーのような長い布で下半分を隠された、整った顔。
さらに、爆乳とも呼べる豊かな胸。
男の理想を体現して「忍者」という形にした上で、
人のそれより長く尖った耳と、先がハート形になった細長い尻尾のような、
「人ならざる要素」を加え淫らに昇華させた。
そんな美女が、俺の目の前に現れた。
俺は一目で、ソイツは人ならざる者では無いと分かった。
なぜなら、彼女を人間と呼ぶには美し過ぎたからである。
「ほう、忍(しのび)をご存知とは……!
本気を出せる格好になって正解でしたね」
セクシーなコスプレのような戦装束は、
彼女にとってはガチの戦闘服のようだ。
いくら向こうが痴女めいた格好をしていようと、
彼女は、さっきマーカスさんを一瞬で昏倒させた本物の実力者。
そんな奴が素人に対していきなり本気になったとか、最悪じゃねぇか!?
俺の内心をよそに、彼女はいきなりキラリと光る何かを見せたかと思うと、
ソレからでた大量の煙によって闇夜と同化して姿を眩ます。
煙幕、か……!?
煙が無くなった時には、俺の視界には月明かりと闇しか写っていなかった。
「けほっ、けほっ!
なっ!? 消えやがった……!」
自分でも今、何が起こっているのか分からない。
そんな感情を抱く暇も無く、今度は俺の足元に苦無が飛んで来た。
まさか、と思った時には既に敵の術に嵌っていた。
苦無が俺の影が映った地面に刺さった瞬間、俺は金縛りのように動けなくなってしまった。
「うあ、あ、があっ……!」
これは恐らく「影縫いの術」というやつなのだろう。
俺の世界では科学的にそれは実現不可能。
でも、異世界には存在したらしい。
再び、彼女は闇より姿を現す。
もう狩りは終わった、と言わんばかりに。
ゆっくりと、一歩一歩、彼女は俺に近づいて来る。
そして。
彼女は、布によって隠されていた顔半分を表す。
ふっくらとした唇が現れ、
魔物がウィンクと投げキッスをすると、またしても俺は彼女に見惚れてしまう。
そして、それ以外の全てが考えられなくなってしまう……!
その間に、彼女の唇は吸い寄せられるようにして俺の唇とくっ付く。
「ん…ちゅ……!」
俺と彼女のキスが唯の接吻なら、
ファーストキスが美女との口付けとなった事を内心で大喜びしていただろう。
「うん? ……!!」
だが俺の口内に、彼女の口から何かが流し込まれた。
流し込まれてしまった。
僅かに残っていた理性が、全力で警鐘を鳴らす。
火事場の馬鹿力という物が、本当にあるとは思っていなかった。
「……うおぁあああ!!?」
「え? きゃ……!」
自分に「影縫いの術」が掛かっていた事も忘れ、本能に身を任せる。
残っていた自分の力を全て集めて彼女を突き飛ばし、
そのまま地面に倒れ込む。
口が裂けるのではないかと思う程の勢いで喉に手を突っ込み、
胃の中の物を全て吐き出す。
……自分が死ぬ事への恐怖に震えながら。
今、俺の口に流し込まれた何かが「即効性の猛毒」なら。
この時点で俺は既にゲームオーバーだ。
「う、うヴォえぇ……!」
自分で、自分の体がどんどん変になってゆくのが分かってしまう。
もう、ダメか……?
俺が生きるのを諦めかけた時、突き飛ばされた彼女は立ち上がり……笑った。
芋虫のように地面を這い、敵の前で嘔吐を続ける……。
人として惨めの極みと言っても過言では無い状態の、俺の姿を見ながら。
「ふ、ふふふ……!」
彼女の笑い声を聞いて、俺は顔を上げる。
俺の目には、彼女の姿が……さらに、淫らに写っていた。
辺りにピンク色の霧がかかっているような錯覚に囚われる。
その時、彼女に何かを飲まされてから初めて痛みを感じた。
それは、股間から来ていた。
「な、んな、バカな……?」
自分でもあり得ないという程に、俺の一物が勃起していた。
パンツの中が我慢汁でビショ濡れとなってしまう。
正直、彼女を見ているだけでも射精してしまいそうだ。
「さっきの薬……、即効性の毒じゃなくて、媚薬……?」
コクリ、と美しい魔物は頷く。
俺を殺すつもりならば、こんな回りくどい事はしなくて良いだろう。
彼女の目的は一体何なんだ……!?
「貴方様が、異世界の勇者などでは無く、
唯の一般人であるという情報は既に掴んでおりました。
ですが。
貴方様は、私の『影縫いの術』を退けるだけでは無く、魅了の術も振り払った……!
それだけではありません。
私が、人を殺すような毒をマモル様に飲ませるような悪党だと思われたのは残念です。
しかし、『自分が死ぬかもしれぬ』という極限の状況での判断は、お見事。
誇りも何も全て投げ捨てて必死に生きようとする御姿は、敵ながら天晴で御座います」
彼女は、どうやら俺の事を彼女なりに認めてくれたようだ。
その証拠に、俺の呼び方もかなり変わっている。
それより……俺が、向こうの術を破った? そんなバカな。
向こうが偶然失敗したとかじゃ無かったのか?
そんな俺の思考をよそに、魔物は語り続ける。
「故に、私はこれより、貴方様を本気で……」
……窮鼠、猫を噛むという言葉がある。
だが、追い詰められた鼠が噛んだ相手が獅子や虎の類で。
なおかつ、鼠の噛み付きによって猛獣が本気を出してしまったら?
「『暗殺』致します」
答えは、どう足掻いても、絶望。
向こうは、まだ本気じゃなかったのかよ!?
心が折れそうだぜ、マジで……!
だがこの時、俺は気が付いていなかった。
今の状況が自分に殺意を持った人間と敵対しているのであれば、
「どう足掻いても絶望」でしか無い。
しかし、この状況が普通とは程遠い上に、相手が人では無いという事を。
美しき魔物がやろうとしている事は、彼女流の「暗殺」であるという事を。
魔物が俺の視界から消えたかと思った時には、既に俺の後ろに移動されてしまっていた。
彼女は、器用に俺のベルトとファスナーを外し、スラックスを下ろそうとする。
「ちょっ、ちょっと……!?」
俺は反射的に手を伸ばし、股間を隠そうとする……が。
「御免」
「のわ……!?」
魔物の尻尾によって両手を拘束されてしまう。
彼女は、俺に抱きつくようにして身を寄せる。
柔らかい2つの山が俺の胸板で潰れて、むっちりとしたふとももが俺の足に絡みつく。
そして、限界まで勃起した俺の一物を柔らかい手で揉みしだく。
「ちょ、マジ、ダメだって、そこは……!
あ、おうっ……! ん、んむっ!?」
このままでは射精してしまう……と、意識を股間の方に向けた途端、
彼女は、再び俺にキスをした。
俺はとっさに自分の口内に何か流し込まれる事を警戒したが、そんな事は無かった。
魔物の、本気のキス。
媚薬のような小細工など要らぬとでも言うように、彼女の唇と舌が俺の口内を蹂躙する。
結果、俺の体から力が全て抜けてしまった。
タガの外れた俺の一物がビクビクと震えだす。
彼女が、それを握っていた手で激しくしごき上げる。
媚薬の効果もあってか、それだけでも至上の快楽だった。
「ん、んんんーーーー!!」
俺は激しく、小便でも漏らしているのではないかと思う勢いで射精した。
だが、彼女の指先から肘にかけてこびり付いている液体はまぎれも無く精液で。
そして、それを彼女は満面の笑顔で、愛おしそうにそれらを全て舐め上げた。
「……ああ……美味しい……!」
妖艶な美女の飲精をまざまざと見せつけられた俺は、先程以上の勢いで勃起した。
「では、参ります」
そう言って、彼女は下着の股間辺りをずらし、俺に女性器を見せつける。
そこは既に愛液でびしょ濡れ、準備万端という状態だった。
俺があたふたしている内に、
俺の一物が、彼女の女壺に挿入される……!
「うおぉ、おおおおっ……!!」
「あ、あああああぁーーー❤❤」
俺の想像を遥かに超える、キツく甘い膣圧。
俺の一物は、前回射精した時以上の硬さとなった。
(……え?)
だが、俺の一物が感じた何かを突き破るような感覚。
それを確かめる為に、俺と彼女の繋がっている部分を見ると、そこには鮮血が広がっていた。
「あっ、貴方は、処女、だった……?」
「……はい。
私の純潔は、貴方様に捧げました」
貴方を暗殺すると言われ、
気が付けば処女を捧げられていた。
これ、なんてエロゲ?
余りの意味不明な展開に、俺の思考回路はショートしてしまった。
そして、とりあえず口から出てきた言葉がこれだ。
「だ、だいっ……大丈夫……ですか?」
「ふふ……はい。大丈夫ですよ? アオイは、魔物ですから」
この人……いや、人じゃないか。
名前は「アオイ」というらしい。
「かような時でも私を心配して下さるとは、お優しいのですね」
アオイさんは、優しげに笑う。
「……うっ!?」
彼女の膣の締め付けが強まり、あっという間に俺は射精しそうになってしまう。
アオイさんが腰を動かしていないにも関わらず、
彼女の膣内は常にうねうねと動き、俺の一物を耐えず刺激する。
そんな彼女が俺との「セックス」を本格的にすれば、俺は一体どうなるのだろうか?
そんな疑問は、アオイさんが腰を動かし始めた途端に吹き飛んだ。
本気を出した彼女によって俺は奇妙な体験をさせられた。
あまりの快感により、気絶すら出来ない……というものである。
「ふふ……。気持ち良いですか、マモル様」
「っつ、ぐぅ、気持ち良い……! でも、やばい……!」
なんとなくでしか分からないが、これは危ない。
性的快感が、俺の頭脳の処理能力を完全に超えている。
このままでは、俺は壊れてしまう……!
そう思った俺は、なんとかアオイさんから離れようとするが、
尻尾で拘束された力の入らない両手を、彼女の柔らかい身体に押し付けるのが精一杯だった。
「……❤」
アオイさんは、まるで愛しい物でも見つめるかのように俺を見つめた。
俺の僅かな抵抗ですら、彼女にとっては子供の悪戯同然なのだろう。
赤子の手をひねるように、
アオイさんは俺の両腕をそのまま上へと押し上げた。
そこには、アオイさんが騎乗位でガンガン腰を振ってて、
さっきから揺れまくるエクセレントなお胸が……!
ああ、やわらかい……!
さっき投げキッスをされた時と同じく、俺は彼女に心身共に魅了されてゆく。
もう、戻れなくなる……!!
「っくう……、また、出る……!」
「ああ、私も気をやってしまいます……!」
「くう……ウオオオオオ!?」
「あっ、あん! あああああぁーー❤」
その後俺が意識を手放したのは、
射精をくり返し自分の体力が尽きた後だった。
それは、異世界に召喚される……という事である。
俺の足元で怪しげに光る、六芒星の紋様。
俺の目前に広がるのは、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を絵に書いたような光景。
真っ白な修道服を着た、回復魔法か何かを使えそうなシスター。
とんがり帽子に黒いローブを着ていて、魔法使いを思わせる老人。
いかにも聖騎士……といった感じの十字架の装飾が付いた剣と鎧を着た戦士達。
そして、嫌味な金持ち……という言葉を体現したかのような中年男。
(何だ……コイツは……?)
俺が、自分の置かれた状況を完全に理解する前に抱いた感想がコレだった。
他の人間は、俺の事を驚きと不安が入り混じった表情で見つめていた。
しかし、彼等の真ん中にいる1人だけ豪華な服を着たこの男だけは、
俺に対して「品定め」を行うようなねちっこい視線を向けて居た。
「ほう、お前が異世界の勇者か……!
勇者よ、お前の名は何だ……?」
「俺の名前は黒田衛ですけど。
……勇者とか、一体何の事ですか?」
中年男の言葉に対して一応、とぼけて置きながらも俺はこう思った。
やっぱり、このパターンか……と。
大学の卒業式を終えた後、帰路に着いていた俺の足元が急に光り出した。
これはラノベやネット小説などでたまに見かける「何らかの理由で現代に生きる主人公が異世界へ召喚される」前触れかと思ったが、その時点でもう後の祭り。
……俺には、どうする事も出来なかった。
「あの……俺、家へ帰る途中だったんですけど。
勇者とか言われても、違います。ただの一般人です。
何かの間違いだと思いますんで、返して貰えませんか?」
「ん? お前は勇者では無いのか?
だが、こうして召喚された以上、我々には協力して貰おう」
訳が分からん。
俺を、俺の意思とは関係無くこの世界へ連れて来て「手伝いをしろ」と?
「ええと、意味が分かりません」
「現在、この街の隣にある村は異常に穢れている。
彼処に済む人間は魔物を魔物として扱っているのでは無く、隣人として接しているのだ。
故に、我らは神の名の下に奴等を粛清しなければならない」
「なら、そうして下さい。
少なくとも俺が手伝える事は無いと思うので」
俺は中年男に対して、交渉の余地は一切無いと言わんばかりに言い放つ。
その時に奴が発した「隣人」という言葉に違和感を覚えながら。
「我らの軍は、奴等に対してここ何年か連戦連敗している。
だがしかし、このままではいけない。我らが食われるのも時間の問題だからだ」
うわ、こっちの話聞いてねぇよコイツ。
「そこで、俺を召喚したという訳ですか?」
「そうだ!
こうして、お前は『勇者を呼ぶ儀式』へと応えて此処へ現れたのだ。
何か出来る事はあるだろう?」
「いいえ、有りません。
そこに居る兵士さん。これを見て、どう思います?」
そう言って俺は、スーツの袖を捲って力こぶを作り、周囲に居る兵士へと見せつける。
「ああうん……その……普通?
戦う人間としてはむしろ貧弱な部類か?」
「ですよね。
こんなんじゃあ、皆さんでも中々勝てないような魔物には……!」
「力が無いのなら、魔法とかが有るだろう!」
「有りません」
「えっ」
「俺の世界には、魔法及びそれに近い物は一切有りません」
「ちょっ……! そんな……!?
お主の世界に魔法が無いとか、冗談じゃろう?
そんな世界で、一体、どうやって人が生活するんじゃ!?」
ローブの爺さんが、やたら焦った様子で俺に質問する。
「魔法が無い代わりに、その代わりとなる便利な道具が沢山有るんですよ。
いきなり知らない所に連れて来られたお陰で、
そういった物を持ってくる暇も無かったですけどね」
「うぐ、うむむ……!」
俺には何の力も無い事が皆に伝わったのだろう。
この場の雰囲気が、葬式のようになってしまった。
だが、下手に勇者扱いされて危険な事をさせられるよりはマシだ。
俺は、中年男に再び話しかける。
「これで分かりましたか?
あなた方のやった事はただの『拉致』です」
「黙れ……!
貴様は、我々を見殺しにするつもりか!?」
俺に対して、訳の分からない怒りをぶつける中年男。
正直、こっちもストレスの限界だった。
「先程も言いましたが、俺は『一般人』です。あなた方の奴隷じゃありません。
無理やり知らん場所に連れて来られて、憎くもない連中と戦えと言われて。
……頷く訳が無いじゃないですか!
それでも俺に戦えと言うのなら、あなた方は拉致及び恐喝を行った『犯罪者』ですよ?
そうで無いと言うのなら、俺を元の世界に返して下さい」
俺は言いたい事を勢いのままベラベラ喋ってしまう。
「貴様、我を侮辱するのか……!
光の街メンセマトの領主であり、
伯爵位を持つこのグレル・ギルバートを……!?」
どうやらコイツはこの街の領主で、貴族らしい。
しかし、異世界人である俺にそれは関係無い。
正直怖いが、無理やり「魔物」とやらと戦わされたりしたってこっちの死亡は確定する。
そうならぬよう、言い過ぎって位に向こうを否定しておこうか?
「最終的にはパワハラですか。
……ったく、(魔物とアンタの)どっちが穢れてんだって話だよ」
俺は「どっちが穢れてんだ」という言葉を小さく、
しかし領主にギリギリ聞こえるような小さな声で吐き捨てる。
その結果奴は全身ブルブルと震えて、面白い位に顔が真っ赤になっていた。
「…………だ、黙れえっ!
黙れ、黙れ、黙れぇーー!!」
「領主様!?」
領主が突然、発狂したように叫ぶ。
「我は、あのような売女共とは、違う!
この役立たずを牢屋へ放り込め!!」
(……うん? 売女ぁ?)
「ちょっと待って下さい、領主様!
この人は、ただの一般人で」
あの領主、さっきから「魔物」とやらの事を隣人だの売女だの……?
もしかして、奴は「異種族」を化け物か何かだと勘違いしているのか?
「は、ハヤク、早くしろおっ……!
私は、命令したぞ!!」
「……はい」
俺がそんな事を考える暇は無く、周りに居た騎士達によって俺は捕えられる。
「抵抗しないんで、お手柔らかにお願いしまーす」
「…………」
「あの……?」
「…………」
俺が彼等に言葉を掛けても、気持ち悪い位に彼等は無口で無表情だった。
話を聞く限り、俺がこの世界へ来た時点で「勇者」となる事の拒否権は無いようだ。
故に、捕まるって事はある程度想定していた。
首を刎ねられないだけマシ、という程度だが。
「……くっ、……なる…………サツしなければ。
儂の…に、……が……!」
「……ん?」
俺を召喚する為の魔術を使ったと思われる魔法使いらしき爺さんがぶつくさと小さな声で何か文句のような事を言っていたが、俺にそれを聞き取る事は出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は今、牢屋に入れられていていた。
この牢屋は重罪が確定した罪人のそれとは異なる、いわゆる「留置所」的な扱いらしく、俺が大人しくしていれば決して悪い扱いはしないとの事らしい。
「ああ、そう言えばまだ言っていなかったな。
……済まなかった」
騎士達のリーダーらしき女の人が俺に向かっていきなり謝罪をする。
「何がですか?」
「我々が、貴殿を『誘拐』した事だ。本当に、申し訳無い……!」
女騎士の素直な謝罪に、俺は驚く。
俺が此処へ連行された時には皆無表情だったが故に、
こっちの人間は基本的に俺を勇者として無理矢理戦わせるつもりだと思っていたが、そうでは無いようだ。
「言い出しっぺの俺が言うのも何ですけど、
あなた方がそれを認めて良いんですか?」
「ああ、構わない。いかなる理由があれど、
我々がマモル殿の意思とは関係無く、
貴殿をこの世界に連れて来たのは間違い無いからな」
「じゃあ、どうして俺を牢屋に閉じ込めるんですか?
俺をこの世界に置いといた所で、食い扶持が増えるだけですよ?」
「それなんだが……俺達にも生活ってもんが有るんだ。
そうそう簡単に、主の命に逆らう訳にはいかないんだよ」
俺の言葉に答えたのは、さっき俺の力こぶを「普通だ」と言った兵士だ。
「成程。
じゃあ、話は変わりますけど、
どうして『異世界から勇者を呼ぶ』だなんて話になったんですか?」
2人の表情が、苦虫を噛み潰したようなものへ変わる。
「さっきも話したように、我々教団の軍は魔物の軍勢に連戦連敗をしている。
一度、魔界となってしまった土地を取り返すのは未だに成功していないんだ。
このままバカ正直に戦いを続けたのでは、負ける可能性は極めて高い。
そこで、領主様は『異世界の勇者』という外部の戦力を加える事にしたのだ」
「……教団、ですか。
この街の軍隊とはまた異なるのですか?」
「うーん、この街の軍隊兼教団の軍隊って感じだな」
騎士さん達の説明によると、この世界の領地は「反魔物領」と「親魔物領」の2つに分かれているらしく「親魔物領」の中でも特に魔物の多い領地は「魔界」と呼ばれているらしい。
この街は「反魔物領」であり「親魔物領」の隣町とは対立しているとの事。
「反魔物」的な考え方を持つ集団の筆頭である「主神教の教団」は、
この街の大きなスポンサーである。
それ故にこの街の軍隊は教団の軍隊も兼ねているらしい。
かつてこの街には魔物に対抗する切り札となりうる「勇者」が居た。
勇者とは……生まれ持って強力な神の加護を持って生まれた者であり、
普通の人間に比べてかなり高い身体能力や強力な魔法を使える能力を持つ。
勇者が生まれる可能性は極稀だが、この街にもそんな勇者が居た。
しかし、かつて隣街の軍と戦った時に魔物によって連れ去られてしまったらしい。
既に、この街では彼を死亡扱いとしているとの事。
彼はこの街の現騎士団長、ティアさんの兄らしい。
あの人は、立派な勇者だった……と。
ティアさんが兄の事を語る姿は誇らしげではあったが、
「兄が居なくなって寂しい」という感情を隠しきれておらず痛々しかった。
勇者がこの街から消えてから、
この街は「親魔物領」を攻撃する事は無くなった。
勇者以外にも、この街の戦力となりうる人間が大勢連れ去られた。
それ故に、魔物を異端や穢れとする扱いは変わっていないが、
わざわざ勝てぬ戦いをする程この街の人間は阿呆では無かった。
そんな状態が3年続いた。
領主はこの間に「魔物」の事を調べ尽くしていたが、
ロクな対抗手段は浮かばなかったらしい。
しかし、とうとう彼等のスポンサーである教団が痺れを切らした。
この街の軍隊に、再び隣町を攻撃しろという指令が出たのだ。
3年間「親魔物領」に対して攻撃を加えなかった事も加えて、
今回の指令を拒否すればメンセマトが「親魔物領」扱いされて、教団より粛清を受ける。
しかし、考えも無しに隣町へ攻撃した所で前回と同じどころか、
場合によってはもっと酷い被害を此方が受ける。
そこで領主が考えて出した案が、
「異世界から勇者となりうる者を召喚して戦力に加える」というものらしい。
「それで、俺がこの世界に呼ばれたって訳ですか」
彼等から話を聞くまでは「ふざけるな」という気持ちで一杯だった。
しかし、彼等は藁にもすがる思いで「異世界の勇者召喚」を行ったのだ。
俺はこれ以上、この事で彼等を責める気にはなれなかった。
勿論そこには、
下手に彼等を責めて機嫌を損ねたりすれば立場が悪くなるかもという打算もあったが。
……分から無いのは「どうして俺が召喚されたのか」という事である。
「本来であれば、そちらの世界で活躍した英雄……。
マモル殿の世界で名が広く知られた英傑が呼ばれるようになっていた筈なのだが。
貴殿は、そうでは無いのだろう?」
「……そうですね」
彼等は恐らく、異世界から呼ばれる予定の「勇者」を、
魔物を倒すという事に無条件で協力してくれる守護天使のような存在だと思っていたのだろう。
追い詰められた彼等に、異世界人の人権がどうとかを考える余裕は無かったようだ。
……名を広く知られた英雄、か。
『黒田衛(くろだまもる)』という俺の名前は、
天才軍師と言われ、大河ドラマの主人公ともなった『黒田官兵衛』と微妙に似ている気がしないでも無い。
まさか、ねぇ?
「多分、俺達が『異世界の戦力』に頼るっていうズルをしたのがいけなかったんだ。
それにお前を巻き込んだのは、本当に悪かった……!」
「まあ、俺を元の世界に返してくれると言うのなら構いませんよ。
でも、そういう訳にはいかないのでしょう?」
「……そうだな。
領主様、怒らせたのはマズかったよな……!」
「マモル殿が、我々の要求を強くしっかりと断ったのは良かった。
しかし……魔物の事を『憎くも無い連中』と言ったり、
魔物達と領主様を比べて貶すような発言をしたのは良くなかった。
……前者は、異世界人の貴殿にとっては当然だろうけども」
訳が分からん状況にイライラしていたとは言え、最後辺りは流石に言い過ぎたな。
「ほとぼりが冷めるまでマモル殿は此処に居てもらう事になる。
貴殿を元の世界へ返すのはそれが終わり次第になるだろう。
安心してくれ。私から領主様に時期を見計らって声を掛けるよ」
「あー、はい。
済みません、ご迷惑をお掛けして……!」
「迷惑を掛けたのはむしろ、こちらの方さ。
それじゃあ、何かあったらまた呼んでくれ」
そう言ってティアさん達は仕事へと戻って行く。
俺は牢屋の中で再び1人になった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……うーむ……!」
「どうしたんですか、団長」
「おお、マーカスか。
実はさっき、召喚の間でマモル殿の身柄を拘束した時に、
彼が何かを言っていた気がするんだが、何か覚えていないか?」
「……あれ、そうでしたっけ?
俺もあの辺りの事をあんまり覚えて無いんですよね?」
「むむむ……!
いかんな、2人して集中力が切れていたとは」
「まあ、本当に重要な事であればアイツの方から言ってくると思いますし?」
「そうだな。
また後で彼の様子を見て置いてくれ」
「了解しました」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……暇だ」
あれから暫く後、軽食として出された硬いパンを完食してから俺は考え事をしていた。
そもそも、牢屋の中に居て動けない以上……考え事位しかやる事が無いのだが。
考え事の内容は、さっき聞いた話だ。
余り多くの事を聞く事は出来なかったが、正直突っ込み所が満載だ。
まず、最初におかしいと思ったのは「魔物」についてである。
領主の言った言葉……隣人……売女……。
そこから考え出したのは、この世界の魔物と呼ばれている存在が
「人に近い姿形をした、人に近い思考を持つ種族」なのだろうという事。
でなければ「親魔物領」という言葉は生まれないだろう。
どちらかがどちらかを家畜のように扱っているのであれば「親しい」とは言わないからだ。
そして「魔物」のやっている事も俺には異常に思えた。
以前の戦いでは多くの人間が「その場から連れ去られたらしい」が、
「その場で殺される事は無かった」そうなのだ。
ティアさんの兄が魔物に「連れ去られた」ために死亡扱いとなっているらしいが、
それは本当に正しいのだろうか?
そして、次にあり得ないと思ったのは「隣国」の態度である。
隣国は、この国から最低1度は攻撃を受けた。
にも関わらず、3年間はこの街を「殴り返す」ような事はしていない。
さらに、この国はもっとあり得ない。
異世界からの勇者召喚を、どうして彼等は土壇場になってからやったのだろうか?
教団が痺れを切らす前にさっさと、余裕を持って召喚の儀式をやれば、
もしかしたら召喚が成功して、向こうにとって都合の良い勇者が現れたかもしれないのに。
……っと、いけない。これじゃただの文句だな。
とりあえず、流石は異世界。
分からない事だらけだ。
う〜ん、と呟いて腕を組んだ途端、俺は胸の辺りに違和感を覚えた。
「んん?」
違和感の正体は、スーツの懐にあるポケットに入っていた「スマホ」である。
そう言えば、俺は牢屋に入れられる時に身体検査的な事をされなかった。
嫌なシナリオが頭の中に浮かび、背中に冷や汗が伝う。
向こうが俺の身体検査とかをしなかったにも関わらず、
これを持ってたってバレた時点で「隠し持っていた」って難癖をつけられて切られる……?
「おーい、ちょっと良いか?」
そう言って、牢屋の外から声が掛けられた。
俺に声を掛けてくれたのは、さっきティアさんと一緒にこの世界について色々説明してくれた人……マーカスさんだ。
「そろそろ就寝の時間だが、その前にやって置きたい事はあるか?」
おっと、もうそんな時間か。
「寝る前にトイレ……もとい、厠へ行っときたいので案内して貰えますか?」
「良いだろう。
こっちだ、逃げるなよ?」
そう言って、マーカスさんは牢屋の扉を開けて歩き出す。
俺はそれに付いて行く。
どうやら、向こうは俺がスマホを持っている事に気がついていなかったようだが、
俺は怖くてそれを自分から言う事が出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……ふぅ、すっきりしたっと」
厠で要を足した俺はマーカスさんと共に牢へ帰ろうとするが、そこである人物とすれ違う。
その人は俺がこの世界に召喚された時に居た、魔法使いを思わせるお爺さんだった。
「こんばんは、マモル殿。マーカス殿」
「……こんばんは……?」
「うん? どうしたんだ爺さん、こんな所で」
老人は、俺が召喚された時とはまるで異なる雰囲気だった。
何かしらの決意を固めたかのような表情と、一切隙が見えぬ立ち振舞。
そして、ソイツから発せられる張り詰めた殺気のような何か。
ハッキリ言って、非常に胡散臭い。
「済まぬ、マモル殿。
貴殿がこの世界に召喚されてしまったのは『私』のせいだ」
「……ん? 女言葉……?」
「故に、償いをさせて貰おう」
そう言って老人は、とても老人とは思えぬ速度で持っていた銀色の杖を振り下ろし、
マーカスさんを昏倒させる。
「がっ……!」
為す術も無く、うつ伏せの状態で倒れるマーカスさん。
息はあるようだが、当分目を覚ましそうに無い。
「ちょっ……!
何するんだ、アンタ……!?」
ピンと張り詰めた背筋。
未だに隙が伺えない立ち振舞。
老人特有の腰の曲がりが一切無くなっている。
故に、俺はソイツをこう断定した。
「アンタ、あの時の爺さんじゃねェな!?」
「ご名答です、異世界人殿」
そう言って「ソイツ」は正体を表す。
老人の顔が描かれた厚化粧を顔から剥がし、
持っていた杖や黒いローブと共にそれを投げ捨てる。
「なっ……!?」
そこに居たのは、月明かりに照らされた美しい魔物。
黒と紫が基調の、丈の短い着物のような戦装束。
黒曜石のように煌めく、黒髪の長いポニーテール。
「……忍、者?」
そう。
ソイツは「忍者」の格好をしていた。
時代劇でたまに見かける女忍者の格好を派手にしたような感じである。
だがしかし。
露出度の多い和風の戦装束により強調された、健康的で美しいボディライン。
網タイツのような素材でよりセクシーに際立ったふとももとヒップ。
マフラーのような長い布で下半分を隠された、整った顔。
さらに、爆乳とも呼べる豊かな胸。
男の理想を体現して「忍者」という形にした上で、
人のそれより長く尖った耳と、先がハート形になった細長い尻尾のような、
「人ならざる要素」を加え淫らに昇華させた。
そんな美女が、俺の目の前に現れた。
俺は一目で、ソイツは人ならざる者では無いと分かった。
なぜなら、彼女を人間と呼ぶには美し過ぎたからである。
「ほう、忍(しのび)をご存知とは……!
本気を出せる格好になって正解でしたね」
セクシーなコスプレのような戦装束は、
彼女にとってはガチの戦闘服のようだ。
いくら向こうが痴女めいた格好をしていようと、
彼女は、さっきマーカスさんを一瞬で昏倒させた本物の実力者。
そんな奴が素人に対していきなり本気になったとか、最悪じゃねぇか!?
俺の内心をよそに、彼女はいきなりキラリと光る何かを見せたかと思うと、
ソレからでた大量の煙によって闇夜と同化して姿を眩ます。
煙幕、か……!?
煙が無くなった時には、俺の視界には月明かりと闇しか写っていなかった。
「けほっ、けほっ!
なっ!? 消えやがった……!」
自分でも今、何が起こっているのか分からない。
そんな感情を抱く暇も無く、今度は俺の足元に苦無が飛んで来た。
まさか、と思った時には既に敵の術に嵌っていた。
苦無が俺の影が映った地面に刺さった瞬間、俺は金縛りのように動けなくなってしまった。
「うあ、あ、があっ……!」
これは恐らく「影縫いの術」というやつなのだろう。
俺の世界では科学的にそれは実現不可能。
でも、異世界には存在したらしい。
再び、彼女は闇より姿を現す。
もう狩りは終わった、と言わんばかりに。
ゆっくりと、一歩一歩、彼女は俺に近づいて来る。
そして。
彼女は、布によって隠されていた顔半分を表す。
ふっくらとした唇が現れ、
魔物がウィンクと投げキッスをすると、またしても俺は彼女に見惚れてしまう。
そして、それ以外の全てが考えられなくなってしまう……!
その間に、彼女の唇は吸い寄せられるようにして俺の唇とくっ付く。
「ん…ちゅ……!」
俺と彼女のキスが唯の接吻なら、
ファーストキスが美女との口付けとなった事を内心で大喜びしていただろう。
「うん? ……!!」
だが俺の口内に、彼女の口から何かが流し込まれた。
流し込まれてしまった。
僅かに残っていた理性が、全力で警鐘を鳴らす。
火事場の馬鹿力という物が、本当にあるとは思っていなかった。
「……うおぁあああ!!?」
「え? きゃ……!」
自分に「影縫いの術」が掛かっていた事も忘れ、本能に身を任せる。
残っていた自分の力を全て集めて彼女を突き飛ばし、
そのまま地面に倒れ込む。
口が裂けるのではないかと思う程の勢いで喉に手を突っ込み、
胃の中の物を全て吐き出す。
……自分が死ぬ事への恐怖に震えながら。
今、俺の口に流し込まれた何かが「即効性の猛毒」なら。
この時点で俺は既にゲームオーバーだ。
「う、うヴォえぇ……!」
自分で、自分の体がどんどん変になってゆくのが分かってしまう。
もう、ダメか……?
俺が生きるのを諦めかけた時、突き飛ばされた彼女は立ち上がり……笑った。
芋虫のように地面を這い、敵の前で嘔吐を続ける……。
人として惨めの極みと言っても過言では無い状態の、俺の姿を見ながら。
「ふ、ふふふ……!」
彼女の笑い声を聞いて、俺は顔を上げる。
俺の目には、彼女の姿が……さらに、淫らに写っていた。
辺りにピンク色の霧がかかっているような錯覚に囚われる。
その時、彼女に何かを飲まされてから初めて痛みを感じた。
それは、股間から来ていた。
「な、んな、バカな……?」
自分でもあり得ないという程に、俺の一物が勃起していた。
パンツの中が我慢汁でビショ濡れとなってしまう。
正直、彼女を見ているだけでも射精してしまいそうだ。
「さっきの薬……、即効性の毒じゃなくて、媚薬……?」
コクリ、と美しい魔物は頷く。
俺を殺すつもりならば、こんな回りくどい事はしなくて良いだろう。
彼女の目的は一体何なんだ……!?
「貴方様が、異世界の勇者などでは無く、
唯の一般人であるという情報は既に掴んでおりました。
ですが。
貴方様は、私の『影縫いの術』を退けるだけでは無く、魅了の術も振り払った……!
それだけではありません。
私が、人を殺すような毒をマモル様に飲ませるような悪党だと思われたのは残念です。
しかし、『自分が死ぬかもしれぬ』という極限の状況での判断は、お見事。
誇りも何も全て投げ捨てて必死に生きようとする御姿は、敵ながら天晴で御座います」
彼女は、どうやら俺の事を彼女なりに認めてくれたようだ。
その証拠に、俺の呼び方もかなり変わっている。
それより……俺が、向こうの術を破った? そんなバカな。
向こうが偶然失敗したとかじゃ無かったのか?
そんな俺の思考をよそに、魔物は語り続ける。
「故に、私はこれより、貴方様を本気で……」
……窮鼠、猫を噛むという言葉がある。
だが、追い詰められた鼠が噛んだ相手が獅子や虎の類で。
なおかつ、鼠の噛み付きによって猛獣が本気を出してしまったら?
「『暗殺』致します」
答えは、どう足掻いても、絶望。
向こうは、まだ本気じゃなかったのかよ!?
心が折れそうだぜ、マジで……!
だがこの時、俺は気が付いていなかった。
今の状況が自分に殺意を持った人間と敵対しているのであれば、
「どう足掻いても絶望」でしか無い。
しかし、この状況が普通とは程遠い上に、相手が人では無いという事を。
美しき魔物がやろうとしている事は、彼女流の「暗殺」であるという事を。
魔物が俺の視界から消えたかと思った時には、既に俺の後ろに移動されてしまっていた。
彼女は、器用に俺のベルトとファスナーを外し、スラックスを下ろそうとする。
「ちょっ、ちょっと……!?」
俺は反射的に手を伸ばし、股間を隠そうとする……が。
「御免」
「のわ……!?」
魔物の尻尾によって両手を拘束されてしまう。
彼女は、俺に抱きつくようにして身を寄せる。
柔らかい2つの山が俺の胸板で潰れて、むっちりとしたふとももが俺の足に絡みつく。
そして、限界まで勃起した俺の一物を柔らかい手で揉みしだく。
「ちょ、マジ、ダメだって、そこは……!
あ、おうっ……! ん、んむっ!?」
このままでは射精してしまう……と、意識を股間の方に向けた途端、
彼女は、再び俺にキスをした。
俺はとっさに自分の口内に何か流し込まれる事を警戒したが、そんな事は無かった。
魔物の、本気のキス。
媚薬のような小細工など要らぬとでも言うように、彼女の唇と舌が俺の口内を蹂躙する。
結果、俺の体から力が全て抜けてしまった。
タガの外れた俺の一物がビクビクと震えだす。
彼女が、それを握っていた手で激しくしごき上げる。
媚薬の効果もあってか、それだけでも至上の快楽だった。
「ん、んんんーーーー!!」
俺は激しく、小便でも漏らしているのではないかと思う勢いで射精した。
だが、彼女の指先から肘にかけてこびり付いている液体はまぎれも無く精液で。
そして、それを彼女は満面の笑顔で、愛おしそうにそれらを全て舐め上げた。
「……ああ……美味しい……!」
妖艶な美女の飲精をまざまざと見せつけられた俺は、先程以上の勢いで勃起した。
「では、参ります」
そう言って、彼女は下着の股間辺りをずらし、俺に女性器を見せつける。
そこは既に愛液でびしょ濡れ、準備万端という状態だった。
俺があたふたしている内に、
俺の一物が、彼女の女壺に挿入される……!
「うおぉ、おおおおっ……!!」
「あ、あああああぁーーー❤❤」
俺の想像を遥かに超える、キツく甘い膣圧。
俺の一物は、前回射精した時以上の硬さとなった。
(……え?)
だが、俺の一物が感じた何かを突き破るような感覚。
それを確かめる為に、俺と彼女の繋がっている部分を見ると、そこには鮮血が広がっていた。
「あっ、貴方は、処女、だった……?」
「……はい。
私の純潔は、貴方様に捧げました」
貴方を暗殺すると言われ、
気が付けば処女を捧げられていた。
これ、なんてエロゲ?
余りの意味不明な展開に、俺の思考回路はショートしてしまった。
そして、とりあえず口から出てきた言葉がこれだ。
「だ、だいっ……大丈夫……ですか?」
「ふふ……はい。大丈夫ですよ? アオイは、魔物ですから」
この人……いや、人じゃないか。
名前は「アオイ」というらしい。
「かような時でも私を心配して下さるとは、お優しいのですね」
アオイさんは、優しげに笑う。
「……うっ!?」
彼女の膣の締め付けが強まり、あっという間に俺は射精しそうになってしまう。
アオイさんが腰を動かしていないにも関わらず、
彼女の膣内は常にうねうねと動き、俺の一物を耐えず刺激する。
そんな彼女が俺との「セックス」を本格的にすれば、俺は一体どうなるのだろうか?
そんな疑問は、アオイさんが腰を動かし始めた途端に吹き飛んだ。
本気を出した彼女によって俺は奇妙な体験をさせられた。
あまりの快感により、気絶すら出来ない……というものである。
「ふふ……。気持ち良いですか、マモル様」
「っつ、ぐぅ、気持ち良い……! でも、やばい……!」
なんとなくでしか分からないが、これは危ない。
性的快感が、俺の頭脳の処理能力を完全に超えている。
このままでは、俺は壊れてしまう……!
そう思った俺は、なんとかアオイさんから離れようとするが、
尻尾で拘束された力の入らない両手を、彼女の柔らかい身体に押し付けるのが精一杯だった。
「……❤」
アオイさんは、まるで愛しい物でも見つめるかのように俺を見つめた。
俺の僅かな抵抗ですら、彼女にとっては子供の悪戯同然なのだろう。
赤子の手をひねるように、
アオイさんは俺の両腕をそのまま上へと押し上げた。
そこには、アオイさんが騎乗位でガンガン腰を振ってて、
さっきから揺れまくるエクセレントなお胸が……!
ああ、やわらかい……!
さっき投げキッスをされた時と同じく、俺は彼女に心身共に魅了されてゆく。
もう、戻れなくなる……!!
「っくう……、また、出る……!」
「ああ、私も気をやってしまいます……!」
「くう……ウオオオオオ!?」
「あっ、あん! あああああぁーー❤」
その後俺が意識を手放したのは、
射精をくり返し自分の体力が尽きた後だった。
14/05/12 21:35更新 / じゃむぱん
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