領主との策略合戦 〜序〜
メンセマトの宣戦布告によって、佐羽都街との戦闘が始まる予定だったが。
双方がいきなりドンパチをやるつもりは無く、何らかの意思を持って此処へ来た事で、
最初っからの戦闘にはならなかった。
俺達には、メンセマトと佐羽都街が戦うべきでは無いと胸を張って言える理由がある。
それを証明するには、その原因となっているであろう領主を引っ張り出す必要がある。
その為に俺達はメンセマトの騎士であるティアさん、マーカスさんと交渉し、
領主との会話が決定したのだった。
とうとう、俺達は領主を引きずり出せたのだ。
高価そうな服の上にそのまま騎士の鎧を着た領主が歩いて着た。
かなり、こちらに来るのが面倒だといった感じである。
ヤツの様子を見る限り、何と言うか……一応形式的に鎧は着ているものの、
物理的な戦闘を自分が行うつもりは無さそうだ。
特にこれと言った証拠がある訳でも無く、俺個人の主観でなんとなくそう見えるというだけだが。
「ご足労頂きまして、ありがとうございます」
とりあえず、領主に挨拶でもしておく。
いきなり色々訪ねても、既にヤツの機嫌が悪い以上……すぐに交渉を打ち切られるかもしれない。
「下らん社交辞令はいい。
さっさと本題へ入れ……!」
言質は取った。
いきなりだが、話すしかない。
「貴方は、メンセマトの騎士さん達を洗脳していますね?」
あまりに唐突過ぎるが、本題に入れと言われればコレを言うしか無い。
「……!!」
領主は、俺の言葉を聞いて……暫くの間、表情が消えた。
そして、ふいに笑い出した。
「ククク……。
随分、面白い寝言を言うではないか」
「残念ですが、私は起きてます」
まあ、こういう反応になるよな。
今の俺を傍から見れば、タダのキチガイにしか見えないだろう。
自分がとんでもない事を言っているのは、俺自身が一番強く自覚している。
何言っているんだ、コイツは……と。
メンセマトと、佐羽都街側の事情を知らぬ者達の殆どが一斉にざわついた。
……ただ、ヤツの顔色は「全く心当たりが無い」という感じでは無かった。
全く知らないと言わんばかりにポカンとするでも無く、
俺の事を「コイツは頭がおかしいんだ」といった感じで見る訳でも無い。
むしろ「どうせそれが真実だと立証出来ないだろう」と開き直っているように見えた。
これだけでも、大きな収穫だ。
「領主樣は、命令によって他人の意思を無視して強制的に動かしている。
そういう能力を、貴方は持っている」
「何故、そう言える?」
「貴方が、こちらへ寄越した御老人が言ってましたよ?」
まずは牽制として、魔法使いの爺さんが言っていた言葉を使う。
爺さんは俺に「領主の命令では、細かな事はできんわい」と確かに言っていた
「さあ……、知らんな。
あの老いぼれをそちらへ遣わしたのは我では無い」
領主が爺さんを佐羽都街に遣わしたではない……か。
領主はそう言っているが、この事は嘘か本当かは今の所は判断出来ないな。
「それは、本当でしょうか」
「ああ、本当だ」
領主が今言った言葉が本当だとしたら、
爺さんを佐羽都街に向かわせたのは「黒幕」って事か。
何にせよ。
領主が爺さんを遣わした事を立証出来ない以上、爺さんの言葉は交渉の約には立たない。
けど俺は元々爺さんが言っていた言葉を交渉のアテにするつもりは無かった。
第一、爺さんも「それっぽい事を言っていただけ」だし。
彼の発言についてこちらもそれ程詳しく色々知っている訳では無い。
要するに、爺さんが喋った言葉は領主と話をする切欠に出来ればそれで十分である。
「まさか、それだけを理由に我々と交渉をしようというのではあるまいな?」
「いえいえ、理由は別にあります」
「スマホ、ですよ」
「……すま?
何だって!?」
爺さんの話が使えなくなった以上、こちらも次の手札を使わねばならない。
いきなりコレを出したんじゃ、あっさり反論されて潰されかねない。
だから、さっきは傭兵さん達にコレの存在を伏せて置いて貰った。
「これが、スマートフォン……。
略して、スマホと呼ばれる異世界の道具です」
俺は懐からスマホを出して領主に見せる。
スマホは、爺さんに向かってブン投げた時に壊れてもう電源が入らない。
しかし、証拠品としては十分だ。
「何だ、その割れかけた四角いのは」
「俺が異世界から持ってきた唯一の道具です。
今は壊れてもう使えませんけどね」
俺の言葉に、領主は改めて失望したと言わんばかりの表情を見せた。
異世界の道具と聞いて明るくなった表情が一気に陰る。
「そんなガラクタを我々に見せて、貴様は一体何がしたいのだ」
「今は、コレはガラクタ同然です。
しかし、コレが凄い道具でなおかつ異世界の道具であると知って頂かなければ、
話を次の段階に進める事が出来ないのです」
「ほう……!」
「これは、似たようなものを持っている者どうしであれば遠く離れた者どうしでも会話が可能となる道具です。
その他にも、音の記録や再生を始めとする様々な機能が付属した高性能の道具なんです」
「そんな道具が実在するのか……!?」
「ええ、俺の世界では広く普及しています」
もっとも、この世界では使えませんけどね……と付け加えて、そのまま話を続けようと思ったが、一旦それを辞めた。
さっき領主に対しても口にしたが、
俺がスマホについて皆に認識して欲しいポイントは、
「スマホが俺の世界にしか無い道具である事」と「スマホが凄い道具である事」の2つだ。
しかし、それを口だけで説明するのは難しい。
「スマホが動いている所はお見せ出来ませんが、代わりにコレの中身をご覧に入れましょう。
そうすれば、私の話を信じて頂ける筈です」
「ほう、面白い。
良いだろう、やってみろ」
俺の提案に、領主は頷いた。
説明の手段として、俺はスマホを分解する事を思いついた。
いくらスマホが凄い道具だと口だけで説明しても意味が無い。
だったら、その事を皆に見せれば良いと思ったのだ。
「アオイさん、手を貸してくれないかな」
「……はっ」
あらかじめ領主に許可を貰った上で、アオイさんにから苦無を借りる。
そして、それを工具代わり使ってスマホを完全にバラバラにする。
ドライバー等の工具が無いと解体出来ない所は、苦無を使って力ずくで破壊した。
アオイさんに両手の平を器のように広げて貰い、そこへ解体したスマホの部品を置いてゆく。
「おお……!!」
「何だ、これは……!?」
解体作業を見ているメンセマトの面々から感嘆の声が上がる。
スマホの中に組み込める位小さな……アンテナ、カメラ、バイブレータ、スピーカー。
この世界ではどうやっても作れなそうな極小の精密な部品が次々と出てきて、皆を驚かせた。
これで、スマホがただの道具では無いと皆に知って貰えただろう。
百聞は一見に如かず、である。
「もう良い。
貴様の道具が、異世界の道具だと認めよう」
領主が認めてくれたのを聞いて、俺はスマホの残骸をアオイさんの手からポケットに戻す。
同時に苦無も彼女に返す。
「ええ、これで話を次の段階に進められます」
俺は、これからスマホと領主の怪しさを繋げなければならない。
「スマホは、私がこの世界に召喚された時に持っていた唯一の道具です。
そして、私が今コレを持っているのは本来ならば有り得ないのです」
「有り得ない、とはどういう事だ?
貴殿は、それを貴殿の世界から持ってきただけなのだろう?」
ティアさんが、スマホに関してコレはどういう事かと俺に聞いた。
一番それを俺に聞いてはいけない人が、俺にそういった質問をしてしまっている。
「私はこれを『召喚される時に持っていた』だけです。
メンセマトに居た時に取り上げられたりしませんでした」
「「え!?」」
ティアさん、マーカスさんが寝耳に水だといった感じで驚いてしまった。
しかし、スマホの事を今まで彼等は知らなかったのだから仕方が無い。
「先程も説明しました通り、スマホは使用が可能なら便利で悪用も可能な道具です。
そんな道具を、領主に対して失言をして牢屋に入れられた人間に持たせておくのは異常なんですよ」
俺はこの世界に召喚されて、訳が分からないままに「魔物と戦え」と言われ、腹が立ってそのまま領主を罵倒してしまった。
それ故に、牢屋へと連行されてしまった。
そして、俺を牢屋へ入れるという事を渋る騎士さん達を領主は『命令』を使って操った。
「何故俺がスマホを今でも持っていられたかと言えば、
領主樣が騎士さん達を無理矢理操ったからです。
でなければ、私は貴方を罵倒して牢へ入れられる段階でそれを取られていたでしょう」
領主が騎士さん達を操ってなどいなければ、牢屋へ入る前に持ち物検査などが行われ……そこで「スマホ」はメンセマト側の人達に見つかっていた筈である。
しかし命令により騎士さん達は「俺を牢屋へ入れる事意外の行動が不可能だった」から、
俺はスマホを持っていたまま、アオイさんによって助けられ佐羽都街に移動した。
「先程の道具は、貴様がメンセマトを出てから用意したのでは無いのか!?」
「俺の世界の道具は、この世界では作れません」
さらにスマホは、この世界には無く俺の世界でしか作れない道具である。
この世界へ来て、メンセマトを脱出してからスマホを用意出来る筈が無いというのは先程証明したばかりだ。
「ぐっ……確かに、それならば貴様がスマホとやらを持っていたのは本来有りえん事だ。
しかし、その原因が『私が騎士を操ったから』だという証拠は何処にある!?」
領主は俺に対してそう叫ぶと、今度はティアさんを睨んだ。
「此奴が『スマホ』とやらを持っているのは、貴様達の責任では無いのか!?」
「そ、それは……!」
いきなり意味不明な事を自分達の責任にされそうになり、戸惑うティアさん。
しかし、そんな彼女に領主は無慈悲に追い打ちをかける。
「だいたい、ヤツの言っている『私が誰かを操る力を持っている』などと、
そんな馬鹿げた事を、有り得ると認めるとでも!?」
確かに、俺の言っている事は傍から見ればバカバカしい事でしか無い。
実際、俺だってアオイさんの記憶がおかしくなっているという事が証明されるまでは半信半疑だった。
けど、それが本当に有り得ない事ならば……領主は最初から今のような態度を取れば良かったのではないかと思う。
「どうなのだ!!」
領主が、ティアさんに向かってまた怒鳴る。
これでは、領主が怒っているというよりも「今回の件を自分達のミスだと認めろ」という恫喝に近い。
「……今回の件は、私のミスです。
牢に入れる人間の持ち物を『調べ忘れる』など、あってはならない事でした」
領主の勢いに負けて、ティアさんはスマホの異変を自分の不手際だと認めてしまった。
彼女は、あの時の出来事を「調べ忘れた」という事にしてしまった。
「ちょっ……!
団長、良いんですか!?」
「良いんだ。理由はどうあれ、我々が彼のスマホとやらを見つけられなかったのは事実だ」
困惑するマーカスさんをよそに、自分がそう言えば全て丸く収まるだろうと言わんばかりにティアさんは全てを背負い込んでしまった。
今までであれば……俺が今でもスマホを持っている事が「本来ならば起こり得ない事」だから、領主が怪しい力を使ったのではないかという追求が可能だった。
しかしティアさんの言う通り、騎士さん達の「調べ忘れ」という単なるミスという事になってしまえば、スマホの件が「起こり得る」事となってしまう。
これで、俺達が『領主を』糾弾する理由は途切れたという事になる。
「……ククク。
今回の件は此奴らの単なる不手際だそうだが?」
「そうですか。
では、ティアさん達に色々お聞きしますね」
「はあっ!?」
スマホの件をティアさんに押し付けて勝った気になっていたであろう領主のドヤ顔が、
あっけなく崩れて驚愕へと染まった。
こちらの切り札であった筈のスマホによる追求を躱したにも関わらず、
俺はその事をまるで気にする様子も無く騎士さん達への質問を始めたからだ。
領主は今回の一件の責任を騎士さん達に嘘をつかせる事で押し付けた。
しかし、それは「領主だったらそうするだろう」という俺の思惑と完全に一致していた。
要するに、俺達と領主が会話を初めた時からの出来事ほぼ全てがこちらの思惑通りなのだ。
俺の手にあるスマホは、既に十分過ぎる程に役立ってくれた。
スマホによって今までの会話が成立したからこそ、俺は「今回の真なるターゲット」であるティアさん、マーカスさんに対して違和感無く追求を行う事が可能となった。
――そもそも、俺が今回の異変に気が付いたのはスマホの一件があったからでは無い。
メンセマトにて領主が『命令により騎士さん達を操っているのを目撃した』からだ。
たったそれだけで、俺はそれが異常であると自覚していた。
スマホ云々は、あくまでも俺がその違和感を皆に伝える為の拙い証拠に過ぎない。
ところが。
あの時俺と同じ場所に居て、同じ光景を見た筈の騎士さん達は今日の「スマホの一件」があるまで自分達の置かれていた状況が異常であるという自覚さえ無かった。
この矛盾が、真実を暴く為の決定打となるだろう。
「それではティアさん、マーカスさん。
何故今回のような事が起こったか、詳しくお聞かせ願います」
「ええと、それはだな……!」
「おい、待て!!」
俺の質問にティアさんが答えようとした所、領主に止められた。
「……何か?」
「何か、では無い!
この話はこれで終わりでは無いのか!?」
「いいえ。
原因が騎士さん達にあるというのなら、その理由を詳しく聞かねばなりません。
元メンセマトの勇者であるハリーさん曰く、ティアさんの隊はメンセマトの中でも精鋭らしいですし。
そんな精鋭が……牢屋に入れる人間の持ち物を調べる事を単に忘れる、というミスを何の理由も無いド忘れでやるとは思えませんからね」
元メンセマトの勇者という単語が出た途端、領主は辺りを改めて見渡した。
俺が領主の力に付いて言及したり、スマホの件が分かると、それを聞いている者の多くが驚いていたが「佐羽都街側の最初から事情を知る一部の人間」や魔物は全く驚いていなかった。
今だって、佐羽都街のリーダーである村長夫妻やメンセマトの元勇者であるハリーさんと彼の妻である白蛇さんの夫妻は最初からこの事を知っていた為に全く動揺していない。
スマホの件や領主の力について皆が知っていながら俺にそれを喋らせている以上、
俺の勝手に喋っているのでは無く、佐羽都街の意向でもある。
実際、俺はこの場でこれらの事を話す許可を以前からバフォメットさん達にはとってある。
いくら領主と言えども、正当な理由なく止める事は出来ない。
現状を理解したヤツは、何かを言いたげな表情のまますごすごと引き下がった。
俺にこれ以上好きに行動させない為の行動なのだろうが、
その行動は、俺自身の狙いが正しいという確信を得る為の布石となってしまった。
「それでは……俺が牢屋へ連れて行かれるまでの間、
誰が何を言っていたかを詳しく説明して頂けますか?」
「え、ええと……!」
俺はティアさんに改めて質問する。
彼女は、少し考えた後に口を開いた。
「マモル殿が領主樣に悪口を言って、
それから、我々が貴方を牢へ連行して……!」
詳しく説明してくれとリクエストしたにも関わらず、
ティアさんの答えは非常にアバウトな答えだった。
「だいたいの流れは俺が理解しているものと同じですね。
それでは最初の方から詳しくじっくり質問させて頂きますが、宜しいですか?」
詳しく聞く、とうざったい程に強調するとティアさんの表情が改めて硬直した。
それを見て、俺は今の自分がすべき事を改めて確信する。
ティアさんがさっきから、俺が領主を罵倒して牢屋へ連行されるまでの事を詳しく話そうとはしない。
それは多分『ティアさんがその時の事を詳しく覚えていない』からだ。
領主の命令された事により記憶が無いのなら、それをそのまま言えば良い。
しかし、それでは領主の立場が危うくなってしまう。
勿論、領主だってその事は理解している。
領主が命令で誰かを操っただけならば、その事に違和感を覚える者も居るだろう。
しかし、ヤツが皆の記憶を自分にとって都合の良い方向へ弄っているならば、違和感を唱える者はだれも居なくなる。
ティアさんの様子を見る限り、彼女もまた領主によって「俺を牢へ連行しろという命令をうけた時の前後の記憶」を領主の都合の良いように変えられてしまったのだろう。
命令を受けた時及びその前後の記憶をそのまま消されたか、代わりに別な記憶に書き換えられたかのどちらかだ。
――つまり、
ティアさんの嘘を暴く事によって、
「ティアさんを含む騎士さん達の『存在する筈の記憶が無い』事」を暴く。
それが出来ればさっきのスマホの話も合わさり、領主はもう言い逃れが出来なくなるだろう。
けど、失敗すれば証拠不十分で……俺の負け。
佐羽都街でアオイさん相手に似たような事をやった時には失敗同然の結果に終わったが、
今度こそは必ず成功させる……!!
ティアさんを通じて領主を追い詰める為に、俺はまた口を開く。
海千山千の領主相手に対して正直に舌戦で勝負を挑んで真実を暴こうとするのでは無く、
ティアさんのような誠実で正直な人間が嘘を付かざるを得ないような状況を作り、
その状況下で自分のやりたい追求をこれから好きなだけ行う。
具体的な道筋が見えたのは領主との交渉になる直前だが、
スマホで話を繋ぐ事でなんとかそれを形にする事が出来た。
――極力自分にとって有利な土俵を作ってから勝負を仕掛ける。
これが、今日の交渉で対領主用に用意した策である。
双方がいきなりドンパチをやるつもりは無く、何らかの意思を持って此処へ来た事で、
最初っからの戦闘にはならなかった。
俺達には、メンセマトと佐羽都街が戦うべきでは無いと胸を張って言える理由がある。
それを証明するには、その原因となっているであろう領主を引っ張り出す必要がある。
その為に俺達はメンセマトの騎士であるティアさん、マーカスさんと交渉し、
領主との会話が決定したのだった。
とうとう、俺達は領主を引きずり出せたのだ。
高価そうな服の上にそのまま騎士の鎧を着た領主が歩いて着た。
かなり、こちらに来るのが面倒だといった感じである。
ヤツの様子を見る限り、何と言うか……一応形式的に鎧は着ているものの、
物理的な戦闘を自分が行うつもりは無さそうだ。
特にこれと言った証拠がある訳でも無く、俺個人の主観でなんとなくそう見えるというだけだが。
「ご足労頂きまして、ありがとうございます」
とりあえず、領主に挨拶でもしておく。
いきなり色々訪ねても、既にヤツの機嫌が悪い以上……すぐに交渉を打ち切られるかもしれない。
「下らん社交辞令はいい。
さっさと本題へ入れ……!」
言質は取った。
いきなりだが、話すしかない。
「貴方は、メンセマトの騎士さん達を洗脳していますね?」
あまりに唐突過ぎるが、本題に入れと言われればコレを言うしか無い。
「……!!」
領主は、俺の言葉を聞いて……暫くの間、表情が消えた。
そして、ふいに笑い出した。
「ククク……。
随分、面白い寝言を言うではないか」
「残念ですが、私は起きてます」
まあ、こういう反応になるよな。
今の俺を傍から見れば、タダのキチガイにしか見えないだろう。
自分がとんでもない事を言っているのは、俺自身が一番強く自覚している。
何言っているんだ、コイツは……と。
メンセマトと、佐羽都街側の事情を知らぬ者達の殆どが一斉にざわついた。
……ただ、ヤツの顔色は「全く心当たりが無い」という感じでは無かった。
全く知らないと言わんばかりにポカンとするでも無く、
俺の事を「コイツは頭がおかしいんだ」といった感じで見る訳でも無い。
むしろ「どうせそれが真実だと立証出来ないだろう」と開き直っているように見えた。
これだけでも、大きな収穫だ。
「領主樣は、命令によって他人の意思を無視して強制的に動かしている。
そういう能力を、貴方は持っている」
「何故、そう言える?」
「貴方が、こちらへ寄越した御老人が言ってましたよ?」
まずは牽制として、魔法使いの爺さんが言っていた言葉を使う。
爺さんは俺に「領主の命令では、細かな事はできんわい」と確かに言っていた
「さあ……、知らんな。
あの老いぼれをそちらへ遣わしたのは我では無い」
領主が爺さんを佐羽都街に遣わしたではない……か。
領主はそう言っているが、この事は嘘か本当かは今の所は判断出来ないな。
「それは、本当でしょうか」
「ああ、本当だ」
領主が今言った言葉が本当だとしたら、
爺さんを佐羽都街に向かわせたのは「黒幕」って事か。
何にせよ。
領主が爺さんを遣わした事を立証出来ない以上、爺さんの言葉は交渉の約には立たない。
けど俺は元々爺さんが言っていた言葉を交渉のアテにするつもりは無かった。
第一、爺さんも「それっぽい事を言っていただけ」だし。
彼の発言についてこちらもそれ程詳しく色々知っている訳では無い。
要するに、爺さんが喋った言葉は領主と話をする切欠に出来ればそれで十分である。
「まさか、それだけを理由に我々と交渉をしようというのではあるまいな?」
「いえいえ、理由は別にあります」
「スマホ、ですよ」
「……すま?
何だって!?」
爺さんの話が使えなくなった以上、こちらも次の手札を使わねばならない。
いきなりコレを出したんじゃ、あっさり反論されて潰されかねない。
だから、さっきは傭兵さん達にコレの存在を伏せて置いて貰った。
「これが、スマートフォン……。
略して、スマホと呼ばれる異世界の道具です」
俺は懐からスマホを出して領主に見せる。
スマホは、爺さんに向かってブン投げた時に壊れてもう電源が入らない。
しかし、証拠品としては十分だ。
「何だ、その割れかけた四角いのは」
「俺が異世界から持ってきた唯一の道具です。
今は壊れてもう使えませんけどね」
俺の言葉に、領主は改めて失望したと言わんばかりの表情を見せた。
異世界の道具と聞いて明るくなった表情が一気に陰る。
「そんなガラクタを我々に見せて、貴様は一体何がしたいのだ」
「今は、コレはガラクタ同然です。
しかし、コレが凄い道具でなおかつ異世界の道具であると知って頂かなければ、
話を次の段階に進める事が出来ないのです」
「ほう……!」
「これは、似たようなものを持っている者どうしであれば遠く離れた者どうしでも会話が可能となる道具です。
その他にも、音の記録や再生を始めとする様々な機能が付属した高性能の道具なんです」
「そんな道具が実在するのか……!?」
「ええ、俺の世界では広く普及しています」
もっとも、この世界では使えませんけどね……と付け加えて、そのまま話を続けようと思ったが、一旦それを辞めた。
さっき領主に対しても口にしたが、
俺がスマホについて皆に認識して欲しいポイントは、
「スマホが俺の世界にしか無い道具である事」と「スマホが凄い道具である事」の2つだ。
しかし、それを口だけで説明するのは難しい。
「スマホが動いている所はお見せ出来ませんが、代わりにコレの中身をご覧に入れましょう。
そうすれば、私の話を信じて頂ける筈です」
「ほう、面白い。
良いだろう、やってみろ」
俺の提案に、領主は頷いた。
説明の手段として、俺はスマホを分解する事を思いついた。
いくらスマホが凄い道具だと口だけで説明しても意味が無い。
だったら、その事を皆に見せれば良いと思ったのだ。
「アオイさん、手を貸してくれないかな」
「……はっ」
あらかじめ領主に許可を貰った上で、アオイさんにから苦無を借りる。
そして、それを工具代わり使ってスマホを完全にバラバラにする。
ドライバー等の工具が無いと解体出来ない所は、苦無を使って力ずくで破壊した。
アオイさんに両手の平を器のように広げて貰い、そこへ解体したスマホの部品を置いてゆく。
「おお……!!」
「何だ、これは……!?」
解体作業を見ているメンセマトの面々から感嘆の声が上がる。
スマホの中に組み込める位小さな……アンテナ、カメラ、バイブレータ、スピーカー。
この世界ではどうやっても作れなそうな極小の精密な部品が次々と出てきて、皆を驚かせた。
これで、スマホがただの道具では無いと皆に知って貰えただろう。
百聞は一見に如かず、である。
「もう良い。
貴様の道具が、異世界の道具だと認めよう」
領主が認めてくれたのを聞いて、俺はスマホの残骸をアオイさんの手からポケットに戻す。
同時に苦無も彼女に返す。
「ええ、これで話を次の段階に進められます」
俺は、これからスマホと領主の怪しさを繋げなければならない。
「スマホは、私がこの世界に召喚された時に持っていた唯一の道具です。
そして、私が今コレを持っているのは本来ならば有り得ないのです」
「有り得ない、とはどういう事だ?
貴殿は、それを貴殿の世界から持ってきただけなのだろう?」
ティアさんが、スマホに関してコレはどういう事かと俺に聞いた。
一番それを俺に聞いてはいけない人が、俺にそういった質問をしてしまっている。
「私はこれを『召喚される時に持っていた』だけです。
メンセマトに居た時に取り上げられたりしませんでした」
「「え!?」」
ティアさん、マーカスさんが寝耳に水だといった感じで驚いてしまった。
しかし、スマホの事を今まで彼等は知らなかったのだから仕方が無い。
「先程も説明しました通り、スマホは使用が可能なら便利で悪用も可能な道具です。
そんな道具を、領主に対して失言をして牢屋に入れられた人間に持たせておくのは異常なんですよ」
俺はこの世界に召喚されて、訳が分からないままに「魔物と戦え」と言われ、腹が立ってそのまま領主を罵倒してしまった。
それ故に、牢屋へと連行されてしまった。
そして、俺を牢屋へ入れるという事を渋る騎士さん達を領主は『命令』を使って操った。
「何故俺がスマホを今でも持っていられたかと言えば、
領主樣が騎士さん達を無理矢理操ったからです。
でなければ、私は貴方を罵倒して牢へ入れられる段階でそれを取られていたでしょう」
領主が騎士さん達を操ってなどいなければ、牢屋へ入る前に持ち物検査などが行われ……そこで「スマホ」はメンセマト側の人達に見つかっていた筈である。
しかし命令により騎士さん達は「俺を牢屋へ入れる事意外の行動が不可能だった」から、
俺はスマホを持っていたまま、アオイさんによって助けられ佐羽都街に移動した。
「先程の道具は、貴様がメンセマトを出てから用意したのでは無いのか!?」
「俺の世界の道具は、この世界では作れません」
さらにスマホは、この世界には無く俺の世界でしか作れない道具である。
この世界へ来て、メンセマトを脱出してからスマホを用意出来る筈が無いというのは先程証明したばかりだ。
「ぐっ……確かに、それならば貴様がスマホとやらを持っていたのは本来有りえん事だ。
しかし、その原因が『私が騎士を操ったから』だという証拠は何処にある!?」
領主は俺に対してそう叫ぶと、今度はティアさんを睨んだ。
「此奴が『スマホ』とやらを持っているのは、貴様達の責任では無いのか!?」
「そ、それは……!」
いきなり意味不明な事を自分達の責任にされそうになり、戸惑うティアさん。
しかし、そんな彼女に領主は無慈悲に追い打ちをかける。
「だいたい、ヤツの言っている『私が誰かを操る力を持っている』などと、
そんな馬鹿げた事を、有り得ると認めるとでも!?」
確かに、俺の言っている事は傍から見ればバカバカしい事でしか無い。
実際、俺だってアオイさんの記憶がおかしくなっているという事が証明されるまでは半信半疑だった。
けど、それが本当に有り得ない事ならば……領主は最初から今のような態度を取れば良かったのではないかと思う。
「どうなのだ!!」
領主が、ティアさんに向かってまた怒鳴る。
これでは、領主が怒っているというよりも「今回の件を自分達のミスだと認めろ」という恫喝に近い。
「……今回の件は、私のミスです。
牢に入れる人間の持ち物を『調べ忘れる』など、あってはならない事でした」
領主の勢いに負けて、ティアさんはスマホの異変を自分の不手際だと認めてしまった。
彼女は、あの時の出来事を「調べ忘れた」という事にしてしまった。
「ちょっ……!
団長、良いんですか!?」
「良いんだ。理由はどうあれ、我々が彼のスマホとやらを見つけられなかったのは事実だ」
困惑するマーカスさんをよそに、自分がそう言えば全て丸く収まるだろうと言わんばかりにティアさんは全てを背負い込んでしまった。
今までであれば……俺が今でもスマホを持っている事が「本来ならば起こり得ない事」だから、領主が怪しい力を使ったのではないかという追求が可能だった。
しかしティアさんの言う通り、騎士さん達の「調べ忘れ」という単なるミスという事になってしまえば、スマホの件が「起こり得る」事となってしまう。
これで、俺達が『領主を』糾弾する理由は途切れたという事になる。
「……ククク。
今回の件は此奴らの単なる不手際だそうだが?」
「そうですか。
では、ティアさん達に色々お聞きしますね」
「はあっ!?」
スマホの件をティアさんに押し付けて勝った気になっていたであろう領主のドヤ顔が、
あっけなく崩れて驚愕へと染まった。
こちらの切り札であった筈のスマホによる追求を躱したにも関わらず、
俺はその事をまるで気にする様子も無く騎士さん達への質問を始めたからだ。
領主は今回の一件の責任を騎士さん達に嘘をつかせる事で押し付けた。
しかし、それは「領主だったらそうするだろう」という俺の思惑と完全に一致していた。
要するに、俺達と領主が会話を初めた時からの出来事ほぼ全てがこちらの思惑通りなのだ。
俺の手にあるスマホは、既に十分過ぎる程に役立ってくれた。
スマホによって今までの会話が成立したからこそ、俺は「今回の真なるターゲット」であるティアさん、マーカスさんに対して違和感無く追求を行う事が可能となった。
――そもそも、俺が今回の異変に気が付いたのはスマホの一件があったからでは無い。
メンセマトにて領主が『命令により騎士さん達を操っているのを目撃した』からだ。
たったそれだけで、俺はそれが異常であると自覚していた。
スマホ云々は、あくまでも俺がその違和感を皆に伝える為の拙い証拠に過ぎない。
ところが。
あの時俺と同じ場所に居て、同じ光景を見た筈の騎士さん達は今日の「スマホの一件」があるまで自分達の置かれていた状況が異常であるという自覚さえ無かった。
この矛盾が、真実を暴く為の決定打となるだろう。
「それではティアさん、マーカスさん。
何故今回のような事が起こったか、詳しくお聞かせ願います」
「ええと、それはだな……!」
「おい、待て!!」
俺の質問にティアさんが答えようとした所、領主に止められた。
「……何か?」
「何か、では無い!
この話はこれで終わりでは無いのか!?」
「いいえ。
原因が騎士さん達にあるというのなら、その理由を詳しく聞かねばなりません。
元メンセマトの勇者であるハリーさん曰く、ティアさんの隊はメンセマトの中でも精鋭らしいですし。
そんな精鋭が……牢屋に入れる人間の持ち物を調べる事を単に忘れる、というミスを何の理由も無いド忘れでやるとは思えませんからね」
元メンセマトの勇者という単語が出た途端、領主は辺りを改めて見渡した。
俺が領主の力に付いて言及したり、スマホの件が分かると、それを聞いている者の多くが驚いていたが「佐羽都街側の最初から事情を知る一部の人間」や魔物は全く驚いていなかった。
今だって、佐羽都街のリーダーである村長夫妻やメンセマトの元勇者であるハリーさんと彼の妻である白蛇さんの夫妻は最初からこの事を知っていた為に全く動揺していない。
スマホの件や領主の力について皆が知っていながら俺にそれを喋らせている以上、
俺の勝手に喋っているのでは無く、佐羽都街の意向でもある。
実際、俺はこの場でこれらの事を話す許可を以前からバフォメットさん達にはとってある。
いくら領主と言えども、正当な理由なく止める事は出来ない。
現状を理解したヤツは、何かを言いたげな表情のまますごすごと引き下がった。
俺にこれ以上好きに行動させない為の行動なのだろうが、
その行動は、俺自身の狙いが正しいという確信を得る為の布石となってしまった。
「それでは……俺が牢屋へ連れて行かれるまでの間、
誰が何を言っていたかを詳しく説明して頂けますか?」
「え、ええと……!」
俺はティアさんに改めて質問する。
彼女は、少し考えた後に口を開いた。
「マモル殿が領主樣に悪口を言って、
それから、我々が貴方を牢へ連行して……!」
詳しく説明してくれとリクエストしたにも関わらず、
ティアさんの答えは非常にアバウトな答えだった。
「だいたいの流れは俺が理解しているものと同じですね。
それでは最初の方から詳しくじっくり質問させて頂きますが、宜しいですか?」
詳しく聞く、とうざったい程に強調するとティアさんの表情が改めて硬直した。
それを見て、俺は今の自分がすべき事を改めて確信する。
ティアさんがさっきから、俺が領主を罵倒して牢屋へ連行されるまでの事を詳しく話そうとはしない。
それは多分『ティアさんがその時の事を詳しく覚えていない』からだ。
領主の命令された事により記憶が無いのなら、それをそのまま言えば良い。
しかし、それでは領主の立場が危うくなってしまう。
勿論、領主だってその事は理解している。
領主が命令で誰かを操っただけならば、その事に違和感を覚える者も居るだろう。
しかし、ヤツが皆の記憶を自分にとって都合の良い方向へ弄っているならば、違和感を唱える者はだれも居なくなる。
ティアさんの様子を見る限り、彼女もまた領主によって「俺を牢へ連行しろという命令をうけた時の前後の記憶」を領主の都合の良いように変えられてしまったのだろう。
命令を受けた時及びその前後の記憶をそのまま消されたか、代わりに別な記憶に書き換えられたかのどちらかだ。
――つまり、
ティアさんの嘘を暴く事によって、
「ティアさんを含む騎士さん達の『存在する筈の記憶が無い』事」を暴く。
それが出来ればさっきのスマホの話も合わさり、領主はもう言い逃れが出来なくなるだろう。
けど、失敗すれば証拠不十分で……俺の負け。
佐羽都街でアオイさん相手に似たような事をやった時には失敗同然の結果に終わったが、
今度こそは必ず成功させる……!!
ティアさんを通じて領主を追い詰める為に、俺はまた口を開く。
海千山千の領主相手に対して正直に舌戦で勝負を挑んで真実を暴こうとするのでは無く、
ティアさんのような誠実で正直な人間が嘘を付かざるを得ないような状況を作り、
その状況下で自分のやりたい追求をこれから好きなだけ行う。
具体的な道筋が見えたのは領主との交渉になる直前だが、
スマホで話を繋ぐ事でなんとかそれを形にする事が出来た。
――極力自分にとって有利な土俵を作ってから勝負を仕掛ける。
これが、今日の交渉で対領主用に用意した策である。
15/10/13 00:28更新 / じゃむぱん
戻る
次へ