停戦交渉、開始
反魔物領地「メンセマト」が、親魔物領「佐羽都街」に対して一週間前に宣戦布告を行った。
そして予告通りメンセマトの軍は佐羽都街に対して攻撃を仕掛けようとしていた。
佐羽都街を攻める方法は大きく分けて2つ。
街の正門以外をぐるりと囲む山から侵入するか、
正門から攻撃を行うかのどちらかである。
今回メンセマトの軍は、正面からの攻撃を選んだ。
あまり卑劣な戦いが得意そうでは無いメンセマトの騎士さん達が、慣れぬ土地で山の中でのゲリラ戦を魔物娘の軍に挑む程無謀とは思えない為、俺達も正面からの攻撃に備えた。
しかし、それだけでは足りない。
俺達は事前に、メンセマトの軍が見えた時点で使者を出す事に決めていた。
向こうに交戦する意思があるのか、無いのか。
それらを確かめる為に使者を出す。
相手に敵意が全く無いのなら、攻撃を仕掛けても意味が無いからだ。
メンセマト側は、こちらに交戦の意思が無いと見るや、
一旦だけではあるが攻撃の手を止めてくれた。
多分メンセマト側の意向は、
「こちらには攻撃の意思を取り下げるつもりは無いが、話があるなら少しだけ聞いてやろう」という事だろう。
どうやら3年前に起こった戦いでも似たようなやり取りがあったらしく、
使者として向こうへ向かった魔物娘達は、誰一人として傷付く事無く帰って来た。
前回は魔物というだけで攻撃を仕掛けられたが、今回はそれを「領主が止めた」という。
これによりメンセマトの意向は、明らかに前回とは違う事が明らかになった。
向こうが攻撃の意思のみを持っていて、
こちらの話を聞くつもりが何一つ無いのなら力による衝突しか無い……が。
今、こうして俺達とメンセマトの軍が向い合っての睨み合いになっている時点で、
敵側のリーダーであるメンセマトの領主が「俺達と真っ当にぶつかる以外にも何らかの思惑を持っている」という事である。
「メンセマト側の初手は、様子見……。
お主の読み通りじゃの、軍師殿?」
「読みが当たったのは嬉しいのですが、
『軍師殿』は止めて下さい」
幸先良く読みが当たり、俺はバフォメットさんにからかわれていた。
俺は向こうがこういう動きをすると予め予想していて、
佐羽都街の皆にも一応伝えておいた。
――何故、俺がメンセマトのこういった動きを読めたのかと言えば、
3年前に、メンセマトの軍は佐羽都街の軍に対して「普通に戦って大敗を喫している」からだ。
だから、今回は「以前と同じようにいきなり普通に攻撃を仕掛けて来る事はして来ない」と予想出来た。
「本当、初っ端からアオイさんの出番にならなくて良かった」
「ええ、全くです」
もしも、メンセマト側の攻撃がどうにも止まらない場合は、
アオイさんに「分身の術」と「魔界銀炸裂爆弾」の合わせ技で、敵側の戦力を大幅に削ってもらうつもりだった。
……魔界銀炸裂爆弾の製作者であるアオオニさん曰く、魔界銀の破片を火薬の爆発によって大量に散らして「非殺傷の広範囲攻撃」を行う魔界銀炸裂爆弾は火薬にも特殊な魔力が込められたものを使用しているらしく、至近距離でブッ放しても死人は出ないとの事だ。
汎用性の高い切り札を序盤から晒す事無く、俺達はメンセマトとの交渉を始められる。
佐羽都街の軍、約300。
メンセマトの軍、約500。
こうして睨み合っているだけでも、とてつもない緊張感だ。
今でさえ辛いのだから、2つの軍が実際に衝突してしまえば俺の心は折れてしまうだろう、
バフォメットさん曰く、3年前の戦いではお互い250程度だったが、
今回の戦いでは向こうは数を増やして来たとの事。
おそらく、前回とは違ってメンセマトの戦力全てを此処へ連れてきたのだろう。
……ちなみに、こちらの数が増えているのは、元メンセマトの勇者であるハリーさんを始めとする「元メンセマト軍の戦力」が佐羽都街の軍に加入したからだ。
戦いが始まるまでの間に、ハリーさんが元同僚に声を掛けてくれたらしい。
今回は「国と国」ではなく「街と街」程度の争いであるため、極端な大規模では無い。
しかし、これだけの数がぶつかり合えば極めて高い確率で死傷者が出る。
何としてもそれは止めなければいけない。
「それでは、我々はメンセマトとの交渉を始めるのじゃ。
マモル殿、宜しく頼むぞ」
「交渉が決裂しそうだと思ったら、無理をしないでくれ。
無理をせず、君達自身の安全を最優先するんだ。
どうにもならなくなったら、皆で一緒に戦おう」
バフォメットさんとハリーさんが俺を励ましてくれた。
自分だけが全てを背負う必要は無いという安心感と、
自分に応援や心配をしてくれる皆の為に結果を残したいという気持ちが混ざり合い、
適度な緊張感となって俺の背中を押してくれる。
「…………」
アオイさんが、何も言わず俺の手を握ってくれた。
細くて、白くて、綺麗で……俺の手よりも少しだけ冷たい。
けど、そこから彼女の暖かく力強い心がとても良く伝わって来る。
いざとなったら、私が貴方を守る。
アオイさんの目は、そう言っていた。
「皆さん、本当にありがとうございます。
……それでは、行ってきます」
皆に対して確かにお礼を告げた後、
俺は、アオイさんと傭兵さん達を引き連れてメンセマト側との対話に向かう。
――俺達の背中を、頼れる仲間達が見守ってくれている。
メンセマトと佐羽都街の軍が並ぶ、ちょうど真ん中。
そこが、佐羽都街からの使者とメンセマトの領主が決めた交渉の地点だ。
…………さて、と。
交渉が始まる前に、今回の目標をもう一度整理しておこう。
1、メンセマトと佐羽都街を戦争状態に突入させない。
2、アオイさんの記憶が混乱している原因を究明し、再発防止の為に排除する。
3、今回のいざこざを起こした原因であるメンセマト領主及び、その奥に居ると思われる『黒幕』をブッ倒す。
――これらの目標3つ、どれか1つでも達成出来なければ「俺の負け」だ。
「……マモル樣」
「いよいよ、ですね」
メンセマト側から騎士と思われる2人がやって来ている。
よし。
交渉、開始だ。
向こうからやって来ている2人の顔が見え始めた。
……2人とも、確かに覚えのある顔だった。
メンセマトの騎士団、団長のティアさんと、騎士団員のマーカスさんだ。
この2人は、異世界へ召喚されたばかりで分からない事だらけの俺に対して、
親切にこの世界の事を説明してくれた。
そして……そんな恩人達だからこそ、こうして戦場になるかもしれない場所で再会するような事は望んでいなかったのだが。
「久しぶり」
「ええ、お久しぶりです」
俺を見ながら、マーカスさんはこちらに対して気楽に話しかけてくれた。
「以外に元気そうだな?」
「ええ、彼女が俺を救ってくれましたから」
そう言って、俺は隣に居るアオイさんを彼等に紹介するように仰ぎ見る。
「そうだったのか……!?」
以外そうなマーカスさんの態度。
それを見た騎士さん達は、今までよりも遥かにキツい視線でアオイさんを睨みつける。
……あれ?
なんか、騎士さん達の反応が予想していたような感じとは違う。
騎士さん達、アオイさんがメンセマトに侵入したって知ってると思ったんだけどな……!
マーカスさんは、俺を助けに来てくれたアオイさんの手で気絶させられていた筈だが、その時のアオイさんは変装していた。
だから、彼女とマーカスさんが初対面では無い事に気が付いていないのだろうか?
――何にせよ。
騎士さん達の言動全てを信じる訳にはいかないが、
「アオイさんがメンセマトに侵入したという事実が、騎士さん達には知れ渡っていない」という事は信じても良さそうだ。
「おい、マーカス。
何を気楽に話しかけているんだ。
相手は、敵なんだぞ」
「……?」
対して、ティアさんは俺を完全に敵視しているようだ。
俺の隣に居るアオイさんに対しても、同様に睨みを効かせている。
「俺は、貴方がたにとって……敵ですか?」
「そうだ」
ティアさんは相変わらずこちらを睨んでいる。
即答で敵だと言われてしまった。
「では、ハリーさん達はどうですか?」
そう言って、俺は後ろを振り返り……ハリーさんと彼が集めた仲間達の集団を仰ぎ見る。
彼等は、元々メンセマトに居た者達だ。
その中には、現メンセマト騎士団長のティアさんの兄も居る。
元々彼等は皆メンセマト側の戦力だったが、
3年前に起こった佐羽都街との戦いで捕まったり、魔物娘の正しき姿を理解したりして戦意を失った者達だ。
ハリーさん曰く、その時の仲間全員揃っている訳では無いらしい……が。
「捕虜となって捕まった者達の殆どが無事な姿でこの場に居る」と言うのは、
佐羽都街側がメンセマトに対して敵意悪意を持っていないという証明にはならないだろうか?
「……彼等は、ダメだ」
マーカスさんが、そう呟いた。
今までは決して暗くなかった彼の表情に、影が差している。
「あそこに居るのは、確かに我々の元同僚とそっくりな連中だ。
だが、もう彼等は我々の知る者達では無い……!」
元々は味方だった人たちが相手でも、魔物となってしまえば敵対せざるを得ない、か。
こりゃ、俺自身がインキュバス化しないように気を付けたのは正解だったな。
「異世界人よ、貴殿だって本当はそうなんだ。
我々は、かつて貴殿に対して大きな『貸し』を作ってしまった。
そうでなければ、とっくに叩き切っている……!!」
……ゲッ!?
マズイ、マズイ、マズイ。
ティアさんを怒らせてしまった。
成程、そりゃそうだ。
ティアさん達だって、好きでこちらとこうしている訳じゃない。
「『反魔物領』であるメンセマトの騎士」という立場があれば、相手がなんであろうと敵対せざるを得ない。
……多分、ティアさん達は元々仲間だった者達を相手に戦わねばならないというのを覚悟で来ていたのだろう。
佐羽都街側から持ち掛けられた交渉を受け入れた領主の意向はともかくとして、
ティアさんとマーカスさんは俺個人に対して『貸し』があるから、一応、話を聞いてくれているのであって、本来ならば佐羽都街の側に居るというだけで、敵視しなければならないのだ。
「申し訳ございませんでした。
ですが、我々は貴方がたに対して敵対するつもりは無いという事を分かって欲しかったのです」
「……分かってくれたのならば、良い」
ティアさんの言っていた『貸し』とは、
メンセマトで行われた勇者召喚の儀式によって俺が「俺自身の意思とは関係無く」この世界に呼ばれた事だろう。
だから、彼女はわざと俺の事を「異世界人」と呼んだのだ。
「……まあ、そちら側が捕虜を意味もなく傷付けるような連中じゃないって分かっただけでも良かったよ。そんな連中とはそもそも話にすらならんからな」
表情に悲しみを残しつつも、ティアさん若干の安堵を見せた。
立場故に表立って喜ぶ事は出来ずとも、家族やかつての仲間達が無事だったというのは嬉しかったのだろうか。
騎士さん達に立場がある事も考えないで、本当、申し訳無い事をしたな……。
……。
…………。
……いや、待て。
俺が今やるべき事は、ティアさん達に同情する事じゃ無い。
俺が今やるべき事は、やれ人間だ魔物だという違いだけで立場の違いが生まれ、敵対しなきゃならんようなメンセマトと佐羽都街の関係を変える事。
――俺が今考えるべき事は「目的に辿り着く為の手段」だ。
今の行動は、失態だった。
だけど、今までの会話では得るものもあった。
騎士さん達全員がそうかは分からないが、
幸い、今のティアさん達は魔物に対して激しい敵愾心を持っていないらしいという事が分かった。
そして何より、
「魔物に対して大した敵愾心は無いが、立場故にそうあらねばならない」という心をほぼ確定で持っている人が目の前に居る。利用しない手は無い。
悪知恵を絞り出す時に限ってやたら良く回る自分の頭が、今だけは頼もしい。
目標到達にはまだまだ遠いが、その切欠となる地点への道筋がはっきりと見えた。
「ところで、さっき『こちらは敵対するつもりは無い』という言葉が聞こえたが、
それだけじゃ、俺達は止まれないぜ?」
マーカスさんが俺の発した言葉に対してそう言ってくれた。
ティアさんの話を聞いた今ならば、その意味が良く分かる。
騎士さん達には、立場がある。
佐羽都街側に戦う理由は無い、魔物娘は人を傷付けるような存在じゃ無いと証明するだけではダメなのだ。
「勿論、こちらもそれだけで交渉を行おうとは思ってはいません。
その辺は、領主様も交えて詳しくお話したいですね」
多分、領主もその辺はしっかりと理解している。
立場による敵対だけでは、味方の士気が上がらない。
だから、魔物は人を傷付ける怪物であるという嘘の記憶を騎士さん達に植えつけた。
そして、これから俺達は洗脳行為が行われた事を騎士さん達に証明するんだ。
でも、それだけでは無い。
俺には未だ理解出来ていないが、極めて高い確率で【領主は領主で何らかの目的を持って佐羽都街の攻撃に参加している】と思う。
でなければ前回の戦いと同じ結果になってしまう。
意図が分からない領主の行動は不気味だが、まずはヤツを引きずり出さねば話にならない。
「領主樣を貴殿と話させる訳にはいかん。
貴殿は、信用出来ない……!」
ティアさんが、俺の提案を断った。
「そもそも、私には貴殿が『こちらに対して敵意を持っていない』という事自体が信じられん」
領主を出せという提案が断られる事は想定済みだったが、
敵意を持っていないというのが信じられない、と言われるのは想定外だった。
「貴殿をそちらへ迎えに行った老魔導師が殺されているんだ。
敵意が無いというのなら、彼と一緒にこちらへ帰って来ても良かったと思うのだが?」
ああ、成程。
あの事がメンセマトじゃ「俺が裏切った」という事になってるのか。
だから、ティアさんは最初から俺を信用していなかったんだな。
俺を召喚した老魔導師は、異世界の人間をこの世界に召喚したのは良いものの、
「勇者では無い、只の人間を召喚してしまった」という事実を揉み消す為に、
わざわざ佐羽都街へと赴いて俺を殺そうとした。
……けどその途中で、彼は何者かが仕込んだ毒によって亡くなってしまった。
けど、メンセマトの中では「俺達が彼を殺した」という事になってしまっているらしい。
彼は佐羽都街にて亡くなったが、決して俺達が殺したという訳じゃ無い。
事実とは違う、おそらくは向こうにとって都合の良いようにメンセマトの騎士さん達の記憶が改ざんされているのだろう。
「彼が亡くなったという事実は、確かにこちらで確認しました。
ですが、決して俺達が悪意を持ってそうした訳じゃありません」
俺は、この誤解を解く為に、
騎士さん達へ、爺さんがメンセマトで何をしたか、
どういう経緯を経て彼が亡くなったのかを簡単に説明した。
「……という訳で俺は、あの老人に殺されそうになりました」
「そんな都合の良い話などある訳が無いだろう。
大体、何だ? 老人の歯に何故か毒が仕込まれていたなどと……!?」
一応の説明はしたが、騎士さん達はそう簡単には信じてくれなかった。
まあ、内容が内容だ。
――「爺さんの歯に毒を仕込んで命を奪い、それを口実としてこちらに戦争を仕掛ける」という手段は随分大胆だな……と、思ったものだが。
『それ』を仕組んだ何者かは、俺達がその事を正直にメンセマト側へ話した所で簡単に信じて貰える訳が無いという事まで見越していたのだろうか。
知らず知らずに一本取られた気分だ。
けど、こっちにはまだ手はある。
俺が人間ではあるが、向こうが話を聞いてくれるかどうかは分からない。
だから、俺は「彼等」をあらかじめ味方に付けておいたんだ。
「まあ、俺が言っても信じて頂けない事は想定していました。
ですので、皆さん……お願いします」
「おう、俺達に任せろ」
佐羽都街側とも、メンセマト側とも言えない……ニュートラルな存在。
かつての敵で、今は味方の……傭兵さん達だ。
「……彼等は、一体?」
ティアさんは、俺やアオイさんに対して向けていた敵意を、傭兵さん達には向けていない。
少なくとも、顔見知りでは無いという事だろうか。
「あの爺さんが俺を殺す為に雇った傭兵さん達です」
「何?
あの御老人、何だって傭兵なんか雇ってんだ?」
マーカスさんが俺にこういう質問をしてきたという事は、
メンセマト側は今まで、爺さんが傭兵さん達を雇っていたって事を知らなかったという事だ。
ティアさんの反応も考慮すれば、ほぼ確定だろう。
「俺達は、あの爺さんに雇われた。
『裏切り者の勇者を殺す』と、言ってな」
「殺す、だと?
連れ戻す、では無かったのか……!?」
メンセマトの皆は、ティアさんとマーカスさんに限らず皆驚いていた。
自分達の信じている情報と、実際の情報にズレが生じて来ているのだ。
「あの老人からは、標的は裏切り者の勇者だと聞いていた。
……が、実際は違った」
「ああ。
しかもあの爺さん……魔法で俺達ごと殺そうとしやがった」
「なっ!?
どういう事か詳しい説明を頼む……!!」
傭兵さん達は、自分達とアオイさんの戦いの様子を詳しく騎士さん達に対して口々に説明を始めた。
「あの爺さん、俺達を差し向けた理由を黒髪の兄ちゃんに看破されててな……、
怒った爺さんが、俺達に命令を下して兄ちゃんを殺そうとしたんだ」
「『勇者の召喚』に失敗したからといって、それをもみ消そうとするとは……。
しかも、その為に人殺しまでしようしていたのか……!?」
「まあ、俺達の刃が彼に届く寸前で、魔物の姉ちゃんが助けに来て失敗したんだけどな」
「彼の隣に居る、強そうな魔物か……!」
ティアさん達は皆、傭兵さん達の話を全てが本当だと信じていた訳では無かったのだろう。
しかし、今となっては騎士さん達全員が……かじりつくように傭兵さん達の話を聞いている。
俺は騎士さん達の気を引く為に、
最初の説明で、あえてアオイさんと爺さんの戦闘内容については詳しく言及しなかった。
この事をあえて自分では喋らず、
俺や佐羽都街の魔物娘達よりはメンセマト側に近い、中立寄りの傭兵さん達にそれを喋らせる事で、説得力の高い説明になると考えたのだ。
「……で、あの爺さんは、俺達を、
最後になって『俺達ごと』魔法で消そうとしやがった」
「あの御老人が味方を……?」
「ああっ、それもとっさにやったとかじゃ無い。
最初っから、俺達を捨て駒にするつもりだったのさ!」
「……何故、そう言い切れる?」
「敵である筈の魔物が、いきなり爺さんの攻撃から俺達を庇おうとしてくれたんだ」
「なっ!?」
「それを見てあの爺さんは思いきりニヤついてたよ。
魔物が、人の死を嫌うって事を利用したのさ。
――クソッ! 今、思い出しても腹が立ってきた……!!」
自分達が裏切られた時の事を思い出したのか、傭兵さん達は皆、怒りを隠せなくなっている。
中には舌打ちをしたり、手の骨を鳴らしている者も居る。
さっき俺に対して怒ったティアさんもそうだったが、感情が乗った声や態度には相応の迫力が出る。
……そんな傭兵さん達を前に、今度は騎士さん達が何も言えず黙ってしまった。
今のように、傭兵さん達が騎士さん達を説得してくれると思った理由はもう1つある。
向こうは魔物に対する恨みを抱えている者が居たとしても、それは領主によって刷り込まれた偽物の記憶や感情となる。
――それに対して、傭兵さん達一人一人が抱える……自分達を裏切った爺さんに対する怒りや憎しみは……本物。
偽物の感情では、本物の感情を全否定する事は不可能だ。
立場云々だけでは、この差はひっくり返せまい?
「最終的にはすっかり良い気になって油断してた爺さん相手に、
標的だったコイツが『落ちてた石ころをぶん投げてくれたお陰で』助かったんだけどな」
「むう……。
こちらにも立場がある故、そちらの言葉を全て信じる訳にはいかないが。
気が狂っていたり、意図的に嘘をついているという訳では無さそうだな」
ティアさんの言葉に、改めて俺は心の中でニヤついた。
その言葉に乗っている感情「は」全て本物でも、
喋っている事が全て本当の事とは限らないし、その裏に意図が無いとも限らない。
傭兵さん達には「魔物は人の死を嫌う」という事をちゃっかり喋ってもらった。
さらに俺が爺さんに対して投げたのは石ころでは無く『スマホ』である。
――傭兵さん達は、騎士さん達に対して各々が勝手に喋っているように振る舞って貰ったが、その会話内容の殆どが事前の打ち合わせ通りである。
彼等は、確かに俺がこれから策を為す為の布石を作ってくれた。
「こちらは、貴方がたの問いに対して誠意を持って答えました。
次は、メンセマト側にこちらの願いを聞いて欲しいです」
そして、俺と傭兵さん達はそんな事を一切表情には出さなかった。
だから、こんな事を騎士さん達に対して平然と喋っていられる。
「願いとは?」
「そちらの領主様と、話をさせて下さい」
ティアさんとマーカスさんは、熟考していた。
さっきまでのように、即答で断られるという事は無い。
「俺が信用出来ないのなら、お2方にも同席して頂いて構いません」
「…………良いだろう」
ティアさんが、渋々といった感じではあるが……ついに俺達の提案に乗ってくれた。
「……くれぐれも、気を付けてくれよ?」
マーカスさんが、溜息のような声で忠告してくれた。
俺達の雰囲気から「くれぐれも、領主に対して無礼な事をするな」とは言えなかったらしい。
まあ、むしろこれから思いっきりヤツには無礼な事をするんだけども。
ヤツが隠している真実を暴く……という形でね。
ティアさんとマーカスさんが、領主に今の件を伝えに行った。
「…………」
交渉が始まってから一言も喋らずにただ俺の隣に佇むアオイさんは、
相変わらず綺麗なポーカーフェイスで沈黙を貫いている。
表情や沈黙を崩す必要すら無い。
貴方ならば、この程度は出来ると信じていた。
アオイさんが、何も言わずそう伝えてくれているのが分かる。
……よし。
こっからが、本番だ。
命綱無しで行うロッククライミングのような、メンセマトと佐羽都街の停戦交渉。
それは、確かに少しだけ前に進んだ。
そして予告通りメンセマトの軍は佐羽都街に対して攻撃を仕掛けようとしていた。
佐羽都街を攻める方法は大きく分けて2つ。
街の正門以外をぐるりと囲む山から侵入するか、
正門から攻撃を行うかのどちらかである。
今回メンセマトの軍は、正面からの攻撃を選んだ。
あまり卑劣な戦いが得意そうでは無いメンセマトの騎士さん達が、慣れぬ土地で山の中でのゲリラ戦を魔物娘の軍に挑む程無謀とは思えない為、俺達も正面からの攻撃に備えた。
しかし、それだけでは足りない。
俺達は事前に、メンセマトの軍が見えた時点で使者を出す事に決めていた。
向こうに交戦する意思があるのか、無いのか。
それらを確かめる為に使者を出す。
相手に敵意が全く無いのなら、攻撃を仕掛けても意味が無いからだ。
メンセマト側は、こちらに交戦の意思が無いと見るや、
一旦だけではあるが攻撃の手を止めてくれた。
多分メンセマト側の意向は、
「こちらには攻撃の意思を取り下げるつもりは無いが、話があるなら少しだけ聞いてやろう」という事だろう。
どうやら3年前に起こった戦いでも似たようなやり取りがあったらしく、
使者として向こうへ向かった魔物娘達は、誰一人として傷付く事無く帰って来た。
前回は魔物というだけで攻撃を仕掛けられたが、今回はそれを「領主が止めた」という。
これによりメンセマトの意向は、明らかに前回とは違う事が明らかになった。
向こうが攻撃の意思のみを持っていて、
こちらの話を聞くつもりが何一つ無いのなら力による衝突しか無い……が。
今、こうして俺達とメンセマトの軍が向い合っての睨み合いになっている時点で、
敵側のリーダーであるメンセマトの領主が「俺達と真っ当にぶつかる以外にも何らかの思惑を持っている」という事である。
「メンセマト側の初手は、様子見……。
お主の読み通りじゃの、軍師殿?」
「読みが当たったのは嬉しいのですが、
『軍師殿』は止めて下さい」
幸先良く読みが当たり、俺はバフォメットさんにからかわれていた。
俺は向こうがこういう動きをすると予め予想していて、
佐羽都街の皆にも一応伝えておいた。
――何故、俺がメンセマトのこういった動きを読めたのかと言えば、
3年前に、メンセマトの軍は佐羽都街の軍に対して「普通に戦って大敗を喫している」からだ。
だから、今回は「以前と同じようにいきなり普通に攻撃を仕掛けて来る事はして来ない」と予想出来た。
「本当、初っ端からアオイさんの出番にならなくて良かった」
「ええ、全くです」
もしも、メンセマト側の攻撃がどうにも止まらない場合は、
アオイさんに「分身の術」と「魔界銀炸裂爆弾」の合わせ技で、敵側の戦力を大幅に削ってもらうつもりだった。
……魔界銀炸裂爆弾の製作者であるアオオニさん曰く、魔界銀の破片を火薬の爆発によって大量に散らして「非殺傷の広範囲攻撃」を行う魔界銀炸裂爆弾は火薬にも特殊な魔力が込められたものを使用しているらしく、至近距離でブッ放しても死人は出ないとの事だ。
汎用性の高い切り札を序盤から晒す事無く、俺達はメンセマトとの交渉を始められる。
佐羽都街の軍、約300。
メンセマトの軍、約500。
こうして睨み合っているだけでも、とてつもない緊張感だ。
今でさえ辛いのだから、2つの軍が実際に衝突してしまえば俺の心は折れてしまうだろう、
バフォメットさん曰く、3年前の戦いではお互い250程度だったが、
今回の戦いでは向こうは数を増やして来たとの事。
おそらく、前回とは違ってメンセマトの戦力全てを此処へ連れてきたのだろう。
……ちなみに、こちらの数が増えているのは、元メンセマトの勇者であるハリーさんを始めとする「元メンセマト軍の戦力」が佐羽都街の軍に加入したからだ。
戦いが始まるまでの間に、ハリーさんが元同僚に声を掛けてくれたらしい。
今回は「国と国」ではなく「街と街」程度の争いであるため、極端な大規模では無い。
しかし、これだけの数がぶつかり合えば極めて高い確率で死傷者が出る。
何としてもそれは止めなければいけない。
「それでは、我々はメンセマトとの交渉を始めるのじゃ。
マモル殿、宜しく頼むぞ」
「交渉が決裂しそうだと思ったら、無理をしないでくれ。
無理をせず、君達自身の安全を最優先するんだ。
どうにもならなくなったら、皆で一緒に戦おう」
バフォメットさんとハリーさんが俺を励ましてくれた。
自分だけが全てを背負う必要は無いという安心感と、
自分に応援や心配をしてくれる皆の為に結果を残したいという気持ちが混ざり合い、
適度な緊張感となって俺の背中を押してくれる。
「…………」
アオイさんが、何も言わず俺の手を握ってくれた。
細くて、白くて、綺麗で……俺の手よりも少しだけ冷たい。
けど、そこから彼女の暖かく力強い心がとても良く伝わって来る。
いざとなったら、私が貴方を守る。
アオイさんの目は、そう言っていた。
「皆さん、本当にありがとうございます。
……それでは、行ってきます」
皆に対して確かにお礼を告げた後、
俺は、アオイさんと傭兵さん達を引き連れてメンセマト側との対話に向かう。
――俺達の背中を、頼れる仲間達が見守ってくれている。
メンセマトと佐羽都街の軍が並ぶ、ちょうど真ん中。
そこが、佐羽都街からの使者とメンセマトの領主が決めた交渉の地点だ。
…………さて、と。
交渉が始まる前に、今回の目標をもう一度整理しておこう。
1、メンセマトと佐羽都街を戦争状態に突入させない。
2、アオイさんの記憶が混乱している原因を究明し、再発防止の為に排除する。
3、今回のいざこざを起こした原因であるメンセマト領主及び、その奥に居ると思われる『黒幕』をブッ倒す。
――これらの目標3つ、どれか1つでも達成出来なければ「俺の負け」だ。
「……マモル樣」
「いよいよ、ですね」
メンセマト側から騎士と思われる2人がやって来ている。
よし。
交渉、開始だ。
向こうからやって来ている2人の顔が見え始めた。
……2人とも、確かに覚えのある顔だった。
メンセマトの騎士団、団長のティアさんと、騎士団員のマーカスさんだ。
この2人は、異世界へ召喚されたばかりで分からない事だらけの俺に対して、
親切にこの世界の事を説明してくれた。
そして……そんな恩人達だからこそ、こうして戦場になるかもしれない場所で再会するような事は望んでいなかったのだが。
「久しぶり」
「ええ、お久しぶりです」
俺を見ながら、マーカスさんはこちらに対して気楽に話しかけてくれた。
「以外に元気そうだな?」
「ええ、彼女が俺を救ってくれましたから」
そう言って、俺は隣に居るアオイさんを彼等に紹介するように仰ぎ見る。
「そうだったのか……!?」
以外そうなマーカスさんの態度。
それを見た騎士さん達は、今までよりも遥かにキツい視線でアオイさんを睨みつける。
……あれ?
なんか、騎士さん達の反応が予想していたような感じとは違う。
騎士さん達、アオイさんがメンセマトに侵入したって知ってると思ったんだけどな……!
マーカスさんは、俺を助けに来てくれたアオイさんの手で気絶させられていた筈だが、その時のアオイさんは変装していた。
だから、彼女とマーカスさんが初対面では無い事に気が付いていないのだろうか?
――何にせよ。
騎士さん達の言動全てを信じる訳にはいかないが、
「アオイさんがメンセマトに侵入したという事実が、騎士さん達には知れ渡っていない」という事は信じても良さそうだ。
「おい、マーカス。
何を気楽に話しかけているんだ。
相手は、敵なんだぞ」
「……?」
対して、ティアさんは俺を完全に敵視しているようだ。
俺の隣に居るアオイさんに対しても、同様に睨みを効かせている。
「俺は、貴方がたにとって……敵ですか?」
「そうだ」
ティアさんは相変わらずこちらを睨んでいる。
即答で敵だと言われてしまった。
「では、ハリーさん達はどうですか?」
そう言って、俺は後ろを振り返り……ハリーさんと彼が集めた仲間達の集団を仰ぎ見る。
彼等は、元々メンセマトに居た者達だ。
その中には、現メンセマト騎士団長のティアさんの兄も居る。
元々彼等は皆メンセマト側の戦力だったが、
3年前に起こった佐羽都街との戦いで捕まったり、魔物娘の正しき姿を理解したりして戦意を失った者達だ。
ハリーさん曰く、その時の仲間全員揃っている訳では無いらしい……が。
「捕虜となって捕まった者達の殆どが無事な姿でこの場に居る」と言うのは、
佐羽都街側がメンセマトに対して敵意悪意を持っていないという証明にはならないだろうか?
「……彼等は、ダメだ」
マーカスさんが、そう呟いた。
今までは決して暗くなかった彼の表情に、影が差している。
「あそこに居るのは、確かに我々の元同僚とそっくりな連中だ。
だが、もう彼等は我々の知る者達では無い……!」
元々は味方だった人たちが相手でも、魔物となってしまえば敵対せざるを得ない、か。
こりゃ、俺自身がインキュバス化しないように気を付けたのは正解だったな。
「異世界人よ、貴殿だって本当はそうなんだ。
我々は、かつて貴殿に対して大きな『貸し』を作ってしまった。
そうでなければ、とっくに叩き切っている……!!」
……ゲッ!?
マズイ、マズイ、マズイ。
ティアさんを怒らせてしまった。
成程、そりゃそうだ。
ティアさん達だって、好きでこちらとこうしている訳じゃない。
「『反魔物領』であるメンセマトの騎士」という立場があれば、相手がなんであろうと敵対せざるを得ない。
……多分、ティアさん達は元々仲間だった者達を相手に戦わねばならないというのを覚悟で来ていたのだろう。
佐羽都街側から持ち掛けられた交渉を受け入れた領主の意向はともかくとして、
ティアさんとマーカスさんは俺個人に対して『貸し』があるから、一応、話を聞いてくれているのであって、本来ならば佐羽都街の側に居るというだけで、敵視しなければならないのだ。
「申し訳ございませんでした。
ですが、我々は貴方がたに対して敵対するつもりは無いという事を分かって欲しかったのです」
「……分かってくれたのならば、良い」
ティアさんの言っていた『貸し』とは、
メンセマトで行われた勇者召喚の儀式によって俺が「俺自身の意思とは関係無く」この世界に呼ばれた事だろう。
だから、彼女はわざと俺の事を「異世界人」と呼んだのだ。
「……まあ、そちら側が捕虜を意味もなく傷付けるような連中じゃないって分かっただけでも良かったよ。そんな連中とはそもそも話にすらならんからな」
表情に悲しみを残しつつも、ティアさん若干の安堵を見せた。
立場故に表立って喜ぶ事は出来ずとも、家族やかつての仲間達が無事だったというのは嬉しかったのだろうか。
騎士さん達に立場がある事も考えないで、本当、申し訳無い事をしたな……。
……。
…………。
……いや、待て。
俺が今やるべき事は、ティアさん達に同情する事じゃ無い。
俺が今やるべき事は、やれ人間だ魔物だという違いだけで立場の違いが生まれ、敵対しなきゃならんようなメンセマトと佐羽都街の関係を変える事。
――俺が今考えるべき事は「目的に辿り着く為の手段」だ。
今の行動は、失態だった。
だけど、今までの会話では得るものもあった。
騎士さん達全員がそうかは分からないが、
幸い、今のティアさん達は魔物に対して激しい敵愾心を持っていないらしいという事が分かった。
そして何より、
「魔物に対して大した敵愾心は無いが、立場故にそうあらねばならない」という心をほぼ確定で持っている人が目の前に居る。利用しない手は無い。
悪知恵を絞り出す時に限ってやたら良く回る自分の頭が、今だけは頼もしい。
目標到達にはまだまだ遠いが、その切欠となる地点への道筋がはっきりと見えた。
「ところで、さっき『こちらは敵対するつもりは無い』という言葉が聞こえたが、
それだけじゃ、俺達は止まれないぜ?」
マーカスさんが俺の発した言葉に対してそう言ってくれた。
ティアさんの話を聞いた今ならば、その意味が良く分かる。
騎士さん達には、立場がある。
佐羽都街側に戦う理由は無い、魔物娘は人を傷付けるような存在じゃ無いと証明するだけではダメなのだ。
「勿論、こちらもそれだけで交渉を行おうとは思ってはいません。
その辺は、領主様も交えて詳しくお話したいですね」
多分、領主もその辺はしっかりと理解している。
立場による敵対だけでは、味方の士気が上がらない。
だから、魔物は人を傷付ける怪物であるという嘘の記憶を騎士さん達に植えつけた。
そして、これから俺達は洗脳行為が行われた事を騎士さん達に証明するんだ。
でも、それだけでは無い。
俺には未だ理解出来ていないが、極めて高い確率で【領主は領主で何らかの目的を持って佐羽都街の攻撃に参加している】と思う。
でなければ前回の戦いと同じ結果になってしまう。
意図が分からない領主の行動は不気味だが、まずはヤツを引きずり出さねば話にならない。
「領主樣を貴殿と話させる訳にはいかん。
貴殿は、信用出来ない……!」
ティアさんが、俺の提案を断った。
「そもそも、私には貴殿が『こちらに対して敵意を持っていない』という事自体が信じられん」
領主を出せという提案が断られる事は想定済みだったが、
敵意を持っていないというのが信じられない、と言われるのは想定外だった。
「貴殿をそちらへ迎えに行った老魔導師が殺されているんだ。
敵意が無いというのなら、彼と一緒にこちらへ帰って来ても良かったと思うのだが?」
ああ、成程。
あの事がメンセマトじゃ「俺が裏切った」という事になってるのか。
だから、ティアさんは最初から俺を信用していなかったんだな。
俺を召喚した老魔導師は、異世界の人間をこの世界に召喚したのは良いものの、
「勇者では無い、只の人間を召喚してしまった」という事実を揉み消す為に、
わざわざ佐羽都街へと赴いて俺を殺そうとした。
……けどその途中で、彼は何者かが仕込んだ毒によって亡くなってしまった。
けど、メンセマトの中では「俺達が彼を殺した」という事になってしまっているらしい。
彼は佐羽都街にて亡くなったが、決して俺達が殺したという訳じゃ無い。
事実とは違う、おそらくは向こうにとって都合の良いようにメンセマトの騎士さん達の記憶が改ざんされているのだろう。
「彼が亡くなったという事実は、確かにこちらで確認しました。
ですが、決して俺達が悪意を持ってそうした訳じゃありません」
俺は、この誤解を解く為に、
騎士さん達へ、爺さんがメンセマトで何をしたか、
どういう経緯を経て彼が亡くなったのかを簡単に説明した。
「……という訳で俺は、あの老人に殺されそうになりました」
「そんな都合の良い話などある訳が無いだろう。
大体、何だ? 老人の歯に何故か毒が仕込まれていたなどと……!?」
一応の説明はしたが、騎士さん達はそう簡単には信じてくれなかった。
まあ、内容が内容だ。
――「爺さんの歯に毒を仕込んで命を奪い、それを口実としてこちらに戦争を仕掛ける」という手段は随分大胆だな……と、思ったものだが。
『それ』を仕組んだ何者かは、俺達がその事を正直にメンセマト側へ話した所で簡単に信じて貰える訳が無いという事まで見越していたのだろうか。
知らず知らずに一本取られた気分だ。
けど、こっちにはまだ手はある。
俺が人間ではあるが、向こうが話を聞いてくれるかどうかは分からない。
だから、俺は「彼等」をあらかじめ味方に付けておいたんだ。
「まあ、俺が言っても信じて頂けない事は想定していました。
ですので、皆さん……お願いします」
「おう、俺達に任せろ」
佐羽都街側とも、メンセマト側とも言えない……ニュートラルな存在。
かつての敵で、今は味方の……傭兵さん達だ。
「……彼等は、一体?」
ティアさんは、俺やアオイさんに対して向けていた敵意を、傭兵さん達には向けていない。
少なくとも、顔見知りでは無いという事だろうか。
「あの爺さんが俺を殺す為に雇った傭兵さん達です」
「何?
あの御老人、何だって傭兵なんか雇ってんだ?」
マーカスさんが俺にこういう質問をしてきたという事は、
メンセマト側は今まで、爺さんが傭兵さん達を雇っていたって事を知らなかったという事だ。
ティアさんの反応も考慮すれば、ほぼ確定だろう。
「俺達は、あの爺さんに雇われた。
『裏切り者の勇者を殺す』と、言ってな」
「殺す、だと?
連れ戻す、では無かったのか……!?」
メンセマトの皆は、ティアさんとマーカスさんに限らず皆驚いていた。
自分達の信じている情報と、実際の情報にズレが生じて来ているのだ。
「あの老人からは、標的は裏切り者の勇者だと聞いていた。
……が、実際は違った」
「ああ。
しかもあの爺さん……魔法で俺達ごと殺そうとしやがった」
「なっ!?
どういう事か詳しい説明を頼む……!!」
傭兵さん達は、自分達とアオイさんの戦いの様子を詳しく騎士さん達に対して口々に説明を始めた。
「あの爺さん、俺達を差し向けた理由を黒髪の兄ちゃんに看破されててな……、
怒った爺さんが、俺達に命令を下して兄ちゃんを殺そうとしたんだ」
「『勇者の召喚』に失敗したからといって、それをもみ消そうとするとは……。
しかも、その為に人殺しまでしようしていたのか……!?」
「まあ、俺達の刃が彼に届く寸前で、魔物の姉ちゃんが助けに来て失敗したんだけどな」
「彼の隣に居る、強そうな魔物か……!」
ティアさん達は皆、傭兵さん達の話を全てが本当だと信じていた訳では無かったのだろう。
しかし、今となっては騎士さん達全員が……かじりつくように傭兵さん達の話を聞いている。
俺は騎士さん達の気を引く為に、
最初の説明で、あえてアオイさんと爺さんの戦闘内容については詳しく言及しなかった。
この事をあえて自分では喋らず、
俺や佐羽都街の魔物娘達よりはメンセマト側に近い、中立寄りの傭兵さん達にそれを喋らせる事で、説得力の高い説明になると考えたのだ。
「……で、あの爺さんは、俺達を、
最後になって『俺達ごと』魔法で消そうとしやがった」
「あの御老人が味方を……?」
「ああっ、それもとっさにやったとかじゃ無い。
最初っから、俺達を捨て駒にするつもりだったのさ!」
「……何故、そう言い切れる?」
「敵である筈の魔物が、いきなり爺さんの攻撃から俺達を庇おうとしてくれたんだ」
「なっ!?」
「それを見てあの爺さんは思いきりニヤついてたよ。
魔物が、人の死を嫌うって事を利用したのさ。
――クソッ! 今、思い出しても腹が立ってきた……!!」
自分達が裏切られた時の事を思い出したのか、傭兵さん達は皆、怒りを隠せなくなっている。
中には舌打ちをしたり、手の骨を鳴らしている者も居る。
さっき俺に対して怒ったティアさんもそうだったが、感情が乗った声や態度には相応の迫力が出る。
……そんな傭兵さん達を前に、今度は騎士さん達が何も言えず黙ってしまった。
今のように、傭兵さん達が騎士さん達を説得してくれると思った理由はもう1つある。
向こうは魔物に対する恨みを抱えている者が居たとしても、それは領主によって刷り込まれた偽物の記憶や感情となる。
――それに対して、傭兵さん達一人一人が抱える……自分達を裏切った爺さんに対する怒りや憎しみは……本物。
偽物の感情では、本物の感情を全否定する事は不可能だ。
立場云々だけでは、この差はひっくり返せまい?
「最終的にはすっかり良い気になって油断してた爺さん相手に、
標的だったコイツが『落ちてた石ころをぶん投げてくれたお陰で』助かったんだけどな」
「むう……。
こちらにも立場がある故、そちらの言葉を全て信じる訳にはいかないが。
気が狂っていたり、意図的に嘘をついているという訳では無さそうだな」
ティアさんの言葉に、改めて俺は心の中でニヤついた。
その言葉に乗っている感情「は」全て本物でも、
喋っている事が全て本当の事とは限らないし、その裏に意図が無いとも限らない。
傭兵さん達には「魔物は人の死を嫌う」という事をちゃっかり喋ってもらった。
さらに俺が爺さんに対して投げたのは石ころでは無く『スマホ』である。
――傭兵さん達は、騎士さん達に対して各々が勝手に喋っているように振る舞って貰ったが、その会話内容の殆どが事前の打ち合わせ通りである。
彼等は、確かに俺がこれから策を為す為の布石を作ってくれた。
「こちらは、貴方がたの問いに対して誠意を持って答えました。
次は、メンセマト側にこちらの願いを聞いて欲しいです」
そして、俺と傭兵さん達はそんな事を一切表情には出さなかった。
だから、こんな事を騎士さん達に対して平然と喋っていられる。
「願いとは?」
「そちらの領主様と、話をさせて下さい」
ティアさんとマーカスさんは、熟考していた。
さっきまでのように、即答で断られるという事は無い。
「俺が信用出来ないのなら、お2方にも同席して頂いて構いません」
「…………良いだろう」
ティアさんが、渋々といった感じではあるが……ついに俺達の提案に乗ってくれた。
「……くれぐれも、気を付けてくれよ?」
マーカスさんが、溜息のような声で忠告してくれた。
俺達の雰囲気から「くれぐれも、領主に対して無礼な事をするな」とは言えなかったらしい。
まあ、むしろこれから思いっきりヤツには無礼な事をするんだけども。
ヤツが隠している真実を暴く……という形でね。
ティアさんとマーカスさんが、領主に今の件を伝えに行った。
「…………」
交渉が始まってから一言も喋らずにただ俺の隣に佇むアオイさんは、
相変わらず綺麗なポーカーフェイスで沈黙を貫いている。
表情や沈黙を崩す必要すら無い。
貴方ならば、この程度は出来ると信じていた。
アオイさんが、何も言わずそう伝えてくれているのが分かる。
……よし。
こっからが、本番だ。
命綱無しで行うロッククライミングのような、メンセマトと佐羽都街の停戦交渉。
それは、確かに少しだけ前に進んだ。
15/06/09 00:08更新 / じゃむぱん
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