作戦開始前日
俺は3日後に迫る佐羽都街とメンセマトの戦いにおいて、
2つの街を戦争状態に突入させない為の布石を揃えていた。
佐羽都街を駆け回り、
色々と布石を仕込み、必要な道具を買い、
アオイに俺の策の「最後の一手」を頼んだ……その日の夜。
昼の間一通りやる事を終えた男女が、夜に2人きり。
新魔物領でそんな状況が出来上がれば、やる事は1つ。
……既に他の部屋からは男女の嬌声らしき声が聞こえてきている。
お陰で俺もすっかり「その気」になり、アオイを誘おうとしたのだが。
「……あの」
「ん?」
アオイが少し申し訳無さそうに、こんな事を切り出した。
「私と交わって頂けるのは嬉しいのですが、
完全に『いんきゅばす』になってしまえば、貴方の特異体質が……」
俺は以前アオイが「いんきゅばす」の単語を出した時に、
反射的に彼女を突き飛ばしてしまった事がある。
その時そうしたのは一応、俺が俺なりに彼女を思ったが故の行動なのだが。
アオイさんに対しての配慮が足りていなかったせいで、彼女に誤解を与えてしまった。
その件については彼女と既に和解していたのだが、一応心配してくれたようだ。
「ああ、それなら大丈夫だよ。
俺は今回、特異体質を能動的に使うつもりは無いから」
「そうなのですか?」
「向こうは俺がそういう体質だって知っている可能性が高いからね」
敵の黒幕は、俺が特異体質を持っていると分かってこの世界に召喚した可能性が高い。
であれば、相手に手の内を知られている手段を頼りにするのはあまり良くないと思う。
「けど、今の時点で『インキュバス』になっちゃうのはマズイな。
メンセマトの騎士さん達が俺の話を全く聞いてくれなくなっちゃう可能性がある」
俺がちゃんと自分の意思で佐羽都街の味方についたと話せば、
メンセマトの騎士さん達も「人間の喋っている事」として聞いてくれるだろう。
……というか、彼等にどうやって「そうさせる」かの検討はだいだいついている。
しかし、俺が完全にアオイ達と同じ魔物である「インキュバス」となってしまえば、
騎士さん達の俺に対する扱いが「敵」でしかなくなってしまうだろう。
「魔物は敵である」というのが彼等の大義名分なのだから。
そして、俺達が向こうの大義名分を「間違い」だと証明するまでは、
いきなり敵扱いされるような事をするのはマズイのだ。
「メンセマトの騎士さん達が魔物への敵意を捨ててくれるまでは、
俺は、インキュバスにはなれない」
「仕方ありませんね」
……本当は、もっとアオイとイチャイチャしたいんだが。
ちくしょう。
「ふふ……ご安心を。
私は程々の交わりでも貴方を退屈させたりはしません」
アオイが後ろを向いて床に手を付き、腰を高く上げる。
彼女の局部には、下着が付けられていなかった。
何時も通りの戦小束で、なおかつ下着だけ履いていないのが、かえって俺を興奮させる。
股間が張り詰めて、服を着ているのが煩わしい。
俺は下半身の服を脱ぎ捨て、改めてアオイの局部をまじまじと見る。
あられもなく、美しく淫らな下半身を俺だけに晒す愛しきクノイチ。
大きく、だが確かに締まりのある健康的なヒップ。
ヒクヒクと俺を誘う可愛げな菊座。
準備万端と言わんばかりに濡れているオマンコ。
それら全てが、俺を誘惑する。
すっかり理性の糸が切れた俺は、
アオイを組み伏せるようにして濡れた女陰に暴れる一物を突き入れる。
「う……くっ!」
「はうっ……あはあああああぁ❤」
自分の一物をアオイさんの膣に挿入する。
この瞬間に味わえる至上の快楽は、
この先何度味わっても慣れる事は無いだろう。
でも、いつもとちょっと違う……?
ああ、そうか。
そういえば、後ろからアオイに入れるのは初めてだな。
こりゃ、今夜は退屈しないな……!!
「アオイ、もっとガンガン行って良い?」
「はいい❤
もっと、突いてぇ❤」
バフォメットさんの館の中に響く淫らな合唱に、俺とアオイも加わった。
そして、理性を取り戻した時にはもう次の朝である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は、サイクロプスさんの鍛冶屋へまた向かっていた。
おととい注文した「脇差し」を受け取る為である。
そして、俺は彼女から完成品を受け取った。
「……こんな感じで、どう?」
「おお……これは凄い!!」
俺が脇差しの設計図に描いた『トリック』が完全に再現されている。
注文してからわずか2日足らずで、こちらの要求を完全に満たすクオリティ。
正直、出来の良さがこちらの想像以上である。
脇差しを鞘から抜いて暫く眺めていると、
太陽の光を受けて、脇差しの切先部分がギラリと光る。
「スゲぇ……!」
小さな刀から発せられた威圧的な光に、俺は感動してしまっていた。
この脇差しには、殺傷能力が無い。
しかし、それを知らぬ者がコイツの正体を見破るのは難しいだろう。
「……喜んで貰えたようで良かった」
正直、メチャクチャにテンションが上がっている。
これで、俺は俺の目的にグッと近づいた。
「ありがとうございました。
大事に使わせて貰いますね」
「ええ、がんばってね」
俺はサイクロプスさんに感謝しながら、次の目的地を目指す。
次は傭兵さんに会わねばならないが、
その前に「あの2人」と会って色々と情報を仕入れておかなくちゃな……!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サイクロプスさんから『脇差し』を受け取った俺は、
次の用事を果たす為、とある路地へと向かった。
その先では、見覚えのある2人の魔物娘が会話をしていた。
和服を着た、下半身が蜘蛛の女性と、青い炎のようなものを纏った巫女服の女性である。
もしかしたらと思っていたが、どうやら良いタイミングでここに来れたようだ。
「……最近、そっちの調子はどう?」
「あれを再現するには、もう少し時間が必要かしらね……!」
その2人は『狐憑き』の美月さんと『女郎蜘蛛』の東雲さんだ。
この街で服屋をやっている彼女達には、以前からいろいろと世話になっている。
「すみませ〜ん!!」
俺は、2人に声を掛ける。
2人は、俺とこんな所で会うと思っていなかったらしく、少し驚いている。
「美月さん、東雲さん、おはようございます。
――ええと、急な話で申し訳無いんですけど、少しだけお時間を頂けますか?
お2方に、どうしても伺いたい事があるので……!」
服屋をやっているって事は、染物関係の知識にもある程度明るい筈。
染物関係で、俺は2人にどうしても訪ねたい事があった。
俺が、俺の世界で得た知識を使ってとある物を再現しようとしているのだが、
俺が持っている情報だけではちゃんとした物が作れない。
それ故に、美月さんと東雲さんからアドバイスを貰おうとしているという訳だ。
「――って訳なんですけど……!!」
俺が必要な情報を尋ねた時、2人は怪訝そうな顔になってしまった。
しかし、この2人に限らずとも、誰もが俺の事を怪しいと考えてしまうような質問を彼女達。
「まあ、その事についてなら私達なら詳しいから大丈夫よ
けど、本当にそれが必要なのかしら?」
「うーん、内容がアレですからね……」
……しょうがない、か。
「……という訳です」
俺は美月さんと東雲さんに対して、彼女達が他の誰にも俺が話した目的を口外しないという条件つきで「2人から得た情報」の使用目的を話した。
正直、コレを使う事になるかどうかは分からない。
しかし、とある相手の精神をこちらの都合の良いように誘導するには必要な道具である。
「……といった感じで用意すれば良いんじゃない?」
「そうだったんですね。
全然思い付きませんでした。
本当、ありがとうございました」
そして今、2人から情報を受け取った。
あとは、道具を必要な時に揃えるだけだ。
っと、その前に。
これも聞いておかないと。
「美月さん。
最後に、1つだけ宜しいですか?」
「何かしら?」
「美月さん、自分自身に何か変わった事とかはありましたか?」
「……??
特に何もないけど……?」
美月さんは、何も心当たりが無いようだ。
東雲さんも同様に心当たりが無いようで、少しだけ首を傾げている。
「何も無いならそれで良かったです。
ありがとうございました」
「何も無いなら、別に良いんだけど……!」
こちらの聞きたい事は全て聞いたが、美月さんと東雲さんはまだ不安そうだ。
「さっきの質問は俺自身の変化についての確認なので、
その結果がどうであろうと、お2方には何も影響ありませんよ。
美月さんの言葉で、俺自身の変化にも問題は無いと証明されましたし」
――俺は最初に美月さんを見た時、実はかなり驚いていた。
俺の目から見て、
美月さんが纏っている【青い炎のような何かが以前見た時よりもかなり薄くなっていた】。
彼女が何も変わっていないのなら、今の俺には『そう見える』というだけ。
もしそうなら、これは良い傾向だ。
「それなら、良いのだけど……」
未だ、少しこちらが心配そうな美月さんと東雲さんに背を向けて歩き出す。
2人の表情とは対照的に、俺の心は自信に満ち溢れていた。
歩き出した俺は、貰った助言を早速役立てるべくそのまま雑貨屋へ向かう。
そこで「鍋」と「青と黄色の着色料」と「丈夫な針と糸」を追加で購入。
この雑貨屋には今後も世話になるかもしれないが、
今回の「策」の仕込みに使う道具の購入はこれで終わりだ。
策の仕込みは順調に進んでいる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サイクロプスさんの火事場で脇差しを受け取り、
服屋の2人からアドバイスを貰った後で、
雑貨屋に立ち寄り買い物をした俺は、傭兵さん達の元を訪れていた。
俺は以前から、傭兵さん達にとある頼み事をしていた。
ある程度道具が揃った所で、彼等に指導して貰いたい事があったからだ。
そして……その『頼み事』こそが、俺が他の誰でも無い傭兵さん達に協力を頼んだ一番の理由でもある。
「では、ご指導お願いします」
「ああ」
俺と傭兵さん達の秘密の特訓が始まる……。
念の為、彼等に頼み事をする直前に聞いておいたのだが。
傭兵さん達は、親魔物領で出身では無いため、
ある程度は「殺し合い」の経験もあるそうだ。
そして、その経験が……今、俺の約に立つ。
――と、言っても。
俺と傭兵さん達は「殺し合い」のような物騒な事をするつもりは毛頭無い。
むしろ俺達以外の誰かがこれを見たのなら、
下らない、と笑うか呆れるかのどちらかだろう。
しかしそんな「下らない事」も、
時と場合と相手によっては有効な手段と成り得るのだ。
「大分、形になったな」
「ありがとうございました」
半日程で傭兵さん達との特訓を終えた俺は、
今日の用事を全て終えた事を確認してアオイさんの待つ自分の部屋へ向かう。
そして、ここ何日かしていたのと同じぐらい彼女と交わり、
行為を終えた後、同じ布団に2人で抱き合って入る。
「お休みなさい、マモル」
「お休み、アオイ」
メンセマトと佐羽都街の戦いが近付く度に、不安になる。
俺が策を行う場所は……メンセマトと佐羽都街が以前戦闘を行った場所となるだろう。
メンセマトと佐羽都街の戦いが始まる寸前に、俺が敵側に戦いを止める事を提案する。
そっから先、メンセマトと佐羽都街の戦いが再開するか否かは、俺次第。
今のメンセマトがどうなっているのかは分からない。
だが、俺がメンセマトに居た時は、領主がメンセマトを支配していた。
ならば、向こうがこちらの話を全く聞かず、いきなり戦闘開始という事は無いだろう。
なぜそれが分かるのかと言えば、簡単な事だ。
俺がもし領主の立場に居るのなら、そうするからだ。
領主は強い力を持ち、メンセマトを支配しているだろう……が。
俺の推測が正しければ……ヤツもヤツで複雑な立場に居る可能性が高い。
ヤツに力を与え、今回の戦いの元凶となった『黒幕』となった存在が居るのなら、尚更。
だが、これらの情報はあくまで推測である。
俺が自分の目でメンセマトの現状をしっかり見た訳では無い。
俺の推測とメンセマトの現状が違えば、状況に応じて策の修正が必要だろう。
しかし、修正が不可能になってしまった時にどうなってしまうかは、言うまでも無い。
でも、やるしか無い。
俺達は前へと進まねばならない。
愛する伴侶に、いつも通りの「お休み」と「おはよう」を言える毎日を送る為に。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今日は、メンセマトと佐羽都に攻めて来ると宣言した前の日。
俺が策の土台となる仕込みを行える最後の日だ。
今日のメインは既に仕込んだ布石の最終確認だ。
「……って事でお願いします」
「分かった。
お主が『計算通り』という言葉を発した時には、嘘をついておるんじゃな?」
最初に、朝一番にバフォメットさん夫妻の所へ向かい、
ハッタリの合図である「計算通り」という合言葉を伝えた。
合言葉は、
俺と情報交換を密に行っているアオイさんは言うまでも無く勿論知っているし、
傭兵さん達にも既に伝えてある。
俺をそこそこ知っている、美月さんと東雲さんやサイクロプスさんは今回の戦いには加わらないそうなので、伝える必要は無い。
と、なると……後はアオオニさんだけか。
「お早うございます」
「おお、ちょうど待ってたんだよ」
アオオニさんの元へ向かい、
「魔界銀炸裂爆弾」の確認ついでに、合言葉を伝える。
皆に公開している「魔界銀炸裂爆弾」はアオオニさんが持っていて、
皆に秘密にしている「もう1個の爆弾」はこっそり傭兵さん達に渡してあるそうだ。
よし……これなら、問題無い。
傭兵さん達の所へ向かい……最終確認となる打ち合わせを行った後、道具の仕込みを開始する。
鍋に火を掛け、
雑貨屋で購入した4種の粉末を、バランスを見ながら少量ずつ入れてゆく。
……よし、良い色合いだ。
こんなもんかな。
「あとは、コレが出て来ないように……っと」
完成したドロリとした液体を革袋の中に入れて、
中身が出て来ないように、革袋の穴を折ってから縫い付ける。
この革袋は、予め片側をヤスリで削って薄くしてある。
後はコレを明日、懐に忍ばせるだけ……か。
「おかげ様で、準備は出来ました。
明日は、宜しくお願いします」
「おう、やってやろうぜ!!」
「明日は、任せとけ!」
「頑張んな、兄ちゃん。
俺達も、頑張るからよ」
俺は傭兵さん達一人一人と固い握手を交わして、明日の共闘を約束する。
アオイさん以外にこれ程心強い味方が出来るとは、正直予想していなかった。
……さて、と。
最後に、一番の協力者に伝えるべき事を伝えなくては。
それが、最後の仕込みだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
明日に疲れを残さぬ為に、
今日は交わりをしないでさっさと寝ると決めていた俺とアオイは、
布団に入って手を繋いでいた。
「アオイさん、どう?
俺の身体は……?」
「まだマモル樣が『いんきゅばす』となるにはまだまだ余裕があります。
あと1周間程交わりを繰り返す必要がありますね」
成程、そうか。
アオイが言うならそうなんだろうな。
けど……。
「多分……俺が『インキュバス』になるのは、1周間もかからないと思うよ」
「……?
何故、ですか?」
俺には、分かっている。
多分、そう遠くない未来に俺は変わる。
「なんとなく……分かるんだ。
俺の身体は、もうすぐ人間のそれじゃなくなる。
――その時が楽しみだよ」
「……はあ」
アオイは、なんとなく腑に落ちないといったような表情だ。
そうだ。
それで良い。
…………。
さて……と。
今、最後の仕込みが終わった。
俺が今までに組み上げた方程式に、
皆の善意と敵の悪意が絡み合って、どうなるか。
明日、全てが決まる。
いや……全ての間違いを、明日で終わらせるんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
親魔物領「佐羽都街」で黒田マモルが策の土台を仕込み終わった頃、
反魔物領「メンセマト」では、1人の男が他に誰も居ない部屋で両手を合わせ、天を仰いでいた。
「神よ……」
男は、神へ祈りを捧げながら、涙を流していた。
そんな男の様子を、
黄金の光を放つ「光の塊」がじっと見ていた。
この「光の塊」は、男が信じる神である「主神」の分身である。
光の塊は、男が何故泣いているのかを良く理解した上で、彼に向かって微笑んでいた。
明日に始まる予定の、
メンセマトと佐羽都街の戦いの中で、男は隙を見て「光の塊」と融合する手筈となっている。
まずは、領主率いる聖騎士団を魔物の軍にぶつけて、魔物達に領主を倒させる。
そして、領主の力を奪い返し、男は光の塊と融合して『救世主』となる。
最後に、救世主となった自分が、戦いによって疲弊した敵共を一掃する。
……これらが、男と光の塊が自分達以外の敵全てを葬り去る作戦である。
男と光の塊が一掃する予定の「敵共」には、
男と仲の良い、騎士団の仲間も含まれている。
勿論、魔物娘やその夫も含まれている。
それ故に、男は泣いているのだ。
男が泣きながらも、そういった者達を敵と見なすには理由がある。
自分が過去に体験した事実により、
男は『魔物娘は反魔物領の世間一般で言われているような怪物では無い』事を認識した。
少なくとも、彼女達は絶対に人間を殺そうとはしなかった。
むしろ、自分達に対して好意を持っている者さえ居た。
しかし、このままでは人間は魔物の正体も知らずに虚ろな戦いを続けるだけか、
彼女達の虜となって堕落を続けるだけの二択しか無い。
「人間なんてそんなものか」と絶望した男に、光の塊は希望を見せた。
それが『とある異世界』で人々が暮らす光景ある。
自分達よりも遥かに高い文明を持ちながら、
人外の影に怯える事無く、人々が平和に暮らしているように見えた。
自分達も、あんな風になりたい。
感銘を受けた男に、神はこう説いた。
なら、この世界を変えれば良い……と。
その結果、男は光の塊を敬う『狂信者』となった。
すっかり狂信者となってしまった男は……その後の数日に渡り、
主人の分身である「光の塊」に、教えを請う事によって、
彼自信の中にある正義はさらに過激なものへと進化していた。
生まれながらにして、
優れた容姿、高い能力、優しき心を持つ魔物共が意のままに世界を弄ぶのでは、ダメだ。
生まれながらにして魔物よりも劣る人間が努力を重ね、
苦難と成長の末に勝ち取った世界にこそ、価値がある。
そんな世界を維持出来れば、
人間は堕落する事無く成長を続け、この世界は「あの異世界」のように変われる。
そんな世界に、
悪意さえ抱く事無く人間を堕落させる魔物も、
魔物に悪意が無いからといって彼女達を受け入れる異端者共も、不要。
全て、自分が消し去る。
例えそれが、自分達と苦難を共にしたかつての仲間達であっても。
3年前の戦いで誰一人として自分達を殺さなかった優しき魔物達であっても。
まずは、メンセマトに魔物と異端者が誰一人として居ない「理想郷」を作り上げる。
その為であれば、悪意無き者共への哀れみなど些細な事だ。
自分が提案した「理想郷」に、神の遣いは喜んで賛同してくれたのだから。
男は立ち上がり、明日に備えて動き出す。
その目には、もう涙が浮かんではいなかった。
メンセマトの男が涙を流し終わった頃、
親魔物領『佐羽都街』に居る黒田マモルは策の布石を仕込み終わっていた。
彼も彼で、自分を愛してくれた者達の敵と成り得る者共を倒す為に相当エゲツナイ策を成就させようとしている。
どちらも、自分のやろうとしている事が良からぬ事だと理解していながら、
自分が信ずる者の為に、自分なりの信念を貫こうとしているのだ。
――自らに導きを与え、自分の絶望を希望に変えてくれた神の為に、
罪を背負い、自分の手を返り血で汚してでもメンセマトに「理想郷」を築こうとする、男。
――自らに愛を与え、救ってくれた佐羽都街の皆と愛するクノイチの為に、
策を巡らせ、いかなる手段を使ってでも自分達の敵を潰そうとする黒田マモル。
正しいのは、どちらなのか。
そして、間違っているのはどちらなのか。
その答えは、誰も知らない。
結果が出るのは、明日だ。
2つの街を戦争状態に突入させない為の布石を揃えていた。
佐羽都街を駆け回り、
色々と布石を仕込み、必要な道具を買い、
アオイに俺の策の「最後の一手」を頼んだ……その日の夜。
昼の間一通りやる事を終えた男女が、夜に2人きり。
新魔物領でそんな状況が出来上がれば、やる事は1つ。
……既に他の部屋からは男女の嬌声らしき声が聞こえてきている。
お陰で俺もすっかり「その気」になり、アオイを誘おうとしたのだが。
「……あの」
「ん?」
アオイが少し申し訳無さそうに、こんな事を切り出した。
「私と交わって頂けるのは嬉しいのですが、
完全に『いんきゅばす』になってしまえば、貴方の特異体質が……」
俺は以前アオイが「いんきゅばす」の単語を出した時に、
反射的に彼女を突き飛ばしてしまった事がある。
その時そうしたのは一応、俺が俺なりに彼女を思ったが故の行動なのだが。
アオイさんに対しての配慮が足りていなかったせいで、彼女に誤解を与えてしまった。
その件については彼女と既に和解していたのだが、一応心配してくれたようだ。
「ああ、それなら大丈夫だよ。
俺は今回、特異体質を能動的に使うつもりは無いから」
「そうなのですか?」
「向こうは俺がそういう体質だって知っている可能性が高いからね」
敵の黒幕は、俺が特異体質を持っていると分かってこの世界に召喚した可能性が高い。
であれば、相手に手の内を知られている手段を頼りにするのはあまり良くないと思う。
「けど、今の時点で『インキュバス』になっちゃうのはマズイな。
メンセマトの騎士さん達が俺の話を全く聞いてくれなくなっちゃう可能性がある」
俺がちゃんと自分の意思で佐羽都街の味方についたと話せば、
メンセマトの騎士さん達も「人間の喋っている事」として聞いてくれるだろう。
……というか、彼等にどうやって「そうさせる」かの検討はだいだいついている。
しかし、俺が完全にアオイ達と同じ魔物である「インキュバス」となってしまえば、
騎士さん達の俺に対する扱いが「敵」でしかなくなってしまうだろう。
「魔物は敵である」というのが彼等の大義名分なのだから。
そして、俺達が向こうの大義名分を「間違い」だと証明するまでは、
いきなり敵扱いされるような事をするのはマズイのだ。
「メンセマトの騎士さん達が魔物への敵意を捨ててくれるまでは、
俺は、インキュバスにはなれない」
「仕方ありませんね」
……本当は、もっとアオイとイチャイチャしたいんだが。
ちくしょう。
「ふふ……ご安心を。
私は程々の交わりでも貴方を退屈させたりはしません」
アオイが後ろを向いて床に手を付き、腰を高く上げる。
彼女の局部には、下着が付けられていなかった。
何時も通りの戦小束で、なおかつ下着だけ履いていないのが、かえって俺を興奮させる。
股間が張り詰めて、服を着ているのが煩わしい。
俺は下半身の服を脱ぎ捨て、改めてアオイの局部をまじまじと見る。
あられもなく、美しく淫らな下半身を俺だけに晒す愛しきクノイチ。
大きく、だが確かに締まりのある健康的なヒップ。
ヒクヒクと俺を誘う可愛げな菊座。
準備万端と言わんばかりに濡れているオマンコ。
それら全てが、俺を誘惑する。
すっかり理性の糸が切れた俺は、
アオイを組み伏せるようにして濡れた女陰に暴れる一物を突き入れる。
「う……くっ!」
「はうっ……あはあああああぁ❤」
自分の一物をアオイさんの膣に挿入する。
この瞬間に味わえる至上の快楽は、
この先何度味わっても慣れる事は無いだろう。
でも、いつもとちょっと違う……?
ああ、そうか。
そういえば、後ろからアオイに入れるのは初めてだな。
こりゃ、今夜は退屈しないな……!!
「アオイ、もっとガンガン行って良い?」
「はいい❤
もっと、突いてぇ❤」
バフォメットさんの館の中に響く淫らな合唱に、俺とアオイも加わった。
そして、理性を取り戻した時にはもう次の朝である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は、サイクロプスさんの鍛冶屋へまた向かっていた。
おととい注文した「脇差し」を受け取る為である。
そして、俺は彼女から完成品を受け取った。
「……こんな感じで、どう?」
「おお……これは凄い!!」
俺が脇差しの設計図に描いた『トリック』が完全に再現されている。
注文してからわずか2日足らずで、こちらの要求を完全に満たすクオリティ。
正直、出来の良さがこちらの想像以上である。
脇差しを鞘から抜いて暫く眺めていると、
太陽の光を受けて、脇差しの切先部分がギラリと光る。
「スゲぇ……!」
小さな刀から発せられた威圧的な光に、俺は感動してしまっていた。
この脇差しには、殺傷能力が無い。
しかし、それを知らぬ者がコイツの正体を見破るのは難しいだろう。
「……喜んで貰えたようで良かった」
正直、メチャクチャにテンションが上がっている。
これで、俺は俺の目的にグッと近づいた。
「ありがとうございました。
大事に使わせて貰いますね」
「ええ、がんばってね」
俺はサイクロプスさんに感謝しながら、次の目的地を目指す。
次は傭兵さんに会わねばならないが、
その前に「あの2人」と会って色々と情報を仕入れておかなくちゃな……!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サイクロプスさんから『脇差し』を受け取った俺は、
次の用事を果たす為、とある路地へと向かった。
その先では、見覚えのある2人の魔物娘が会話をしていた。
和服を着た、下半身が蜘蛛の女性と、青い炎のようなものを纏った巫女服の女性である。
もしかしたらと思っていたが、どうやら良いタイミングでここに来れたようだ。
「……最近、そっちの調子はどう?」
「あれを再現するには、もう少し時間が必要かしらね……!」
その2人は『狐憑き』の美月さんと『女郎蜘蛛』の東雲さんだ。
この街で服屋をやっている彼女達には、以前からいろいろと世話になっている。
「すみませ〜ん!!」
俺は、2人に声を掛ける。
2人は、俺とこんな所で会うと思っていなかったらしく、少し驚いている。
「美月さん、東雲さん、おはようございます。
――ええと、急な話で申し訳無いんですけど、少しだけお時間を頂けますか?
お2方に、どうしても伺いたい事があるので……!」
服屋をやっているって事は、染物関係の知識にもある程度明るい筈。
染物関係で、俺は2人にどうしても訪ねたい事があった。
俺が、俺の世界で得た知識を使ってとある物を再現しようとしているのだが、
俺が持っている情報だけではちゃんとした物が作れない。
それ故に、美月さんと東雲さんからアドバイスを貰おうとしているという訳だ。
「――って訳なんですけど……!!」
俺が必要な情報を尋ねた時、2人は怪訝そうな顔になってしまった。
しかし、この2人に限らずとも、誰もが俺の事を怪しいと考えてしまうような質問を彼女達。
「まあ、その事についてなら私達なら詳しいから大丈夫よ
けど、本当にそれが必要なのかしら?」
「うーん、内容がアレですからね……」
……しょうがない、か。
「……という訳です」
俺は美月さんと東雲さんに対して、彼女達が他の誰にも俺が話した目的を口外しないという条件つきで「2人から得た情報」の使用目的を話した。
正直、コレを使う事になるかどうかは分からない。
しかし、とある相手の精神をこちらの都合の良いように誘導するには必要な道具である。
「……といった感じで用意すれば良いんじゃない?」
「そうだったんですね。
全然思い付きませんでした。
本当、ありがとうございました」
そして今、2人から情報を受け取った。
あとは、道具を必要な時に揃えるだけだ。
っと、その前に。
これも聞いておかないと。
「美月さん。
最後に、1つだけ宜しいですか?」
「何かしら?」
「美月さん、自分自身に何か変わった事とかはありましたか?」
「……??
特に何もないけど……?」
美月さんは、何も心当たりが無いようだ。
東雲さんも同様に心当たりが無いようで、少しだけ首を傾げている。
「何も無いならそれで良かったです。
ありがとうございました」
「何も無いなら、別に良いんだけど……!」
こちらの聞きたい事は全て聞いたが、美月さんと東雲さんはまだ不安そうだ。
「さっきの質問は俺自身の変化についての確認なので、
その結果がどうであろうと、お2方には何も影響ありませんよ。
美月さんの言葉で、俺自身の変化にも問題は無いと証明されましたし」
――俺は最初に美月さんを見た時、実はかなり驚いていた。
俺の目から見て、
美月さんが纏っている【青い炎のような何かが以前見た時よりもかなり薄くなっていた】。
彼女が何も変わっていないのなら、今の俺には『そう見える』というだけ。
もしそうなら、これは良い傾向だ。
「それなら、良いのだけど……」
未だ、少しこちらが心配そうな美月さんと東雲さんに背を向けて歩き出す。
2人の表情とは対照的に、俺の心は自信に満ち溢れていた。
歩き出した俺は、貰った助言を早速役立てるべくそのまま雑貨屋へ向かう。
そこで「鍋」と「青と黄色の着色料」と「丈夫な針と糸」を追加で購入。
この雑貨屋には今後も世話になるかもしれないが、
今回の「策」の仕込みに使う道具の購入はこれで終わりだ。
策の仕込みは順調に進んでいる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サイクロプスさんの火事場で脇差しを受け取り、
服屋の2人からアドバイスを貰った後で、
雑貨屋に立ち寄り買い物をした俺は、傭兵さん達の元を訪れていた。
俺は以前から、傭兵さん達にとある頼み事をしていた。
ある程度道具が揃った所で、彼等に指導して貰いたい事があったからだ。
そして……その『頼み事』こそが、俺が他の誰でも無い傭兵さん達に協力を頼んだ一番の理由でもある。
「では、ご指導お願いします」
「ああ」
俺と傭兵さん達の秘密の特訓が始まる……。
念の為、彼等に頼み事をする直前に聞いておいたのだが。
傭兵さん達は、親魔物領で出身では無いため、
ある程度は「殺し合い」の経験もあるそうだ。
そして、その経験が……今、俺の約に立つ。
――と、言っても。
俺と傭兵さん達は「殺し合い」のような物騒な事をするつもりは毛頭無い。
むしろ俺達以外の誰かがこれを見たのなら、
下らない、と笑うか呆れるかのどちらかだろう。
しかしそんな「下らない事」も、
時と場合と相手によっては有効な手段と成り得るのだ。
「大分、形になったな」
「ありがとうございました」
半日程で傭兵さん達との特訓を終えた俺は、
今日の用事を全て終えた事を確認してアオイさんの待つ自分の部屋へ向かう。
そして、ここ何日かしていたのと同じぐらい彼女と交わり、
行為を終えた後、同じ布団に2人で抱き合って入る。
「お休みなさい、マモル」
「お休み、アオイ」
メンセマトと佐羽都街の戦いが近付く度に、不安になる。
俺が策を行う場所は……メンセマトと佐羽都街が以前戦闘を行った場所となるだろう。
メンセマトと佐羽都街の戦いが始まる寸前に、俺が敵側に戦いを止める事を提案する。
そっから先、メンセマトと佐羽都街の戦いが再開するか否かは、俺次第。
今のメンセマトがどうなっているのかは分からない。
だが、俺がメンセマトに居た時は、領主がメンセマトを支配していた。
ならば、向こうがこちらの話を全く聞かず、いきなり戦闘開始という事は無いだろう。
なぜそれが分かるのかと言えば、簡単な事だ。
俺がもし領主の立場に居るのなら、そうするからだ。
領主は強い力を持ち、メンセマトを支配しているだろう……が。
俺の推測が正しければ……ヤツもヤツで複雑な立場に居る可能性が高い。
ヤツに力を与え、今回の戦いの元凶となった『黒幕』となった存在が居るのなら、尚更。
だが、これらの情報はあくまで推測である。
俺が自分の目でメンセマトの現状をしっかり見た訳では無い。
俺の推測とメンセマトの現状が違えば、状況に応じて策の修正が必要だろう。
しかし、修正が不可能になってしまった時にどうなってしまうかは、言うまでも無い。
でも、やるしか無い。
俺達は前へと進まねばならない。
愛する伴侶に、いつも通りの「お休み」と「おはよう」を言える毎日を送る為に。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今日は、メンセマトと佐羽都に攻めて来ると宣言した前の日。
俺が策の土台となる仕込みを行える最後の日だ。
今日のメインは既に仕込んだ布石の最終確認だ。
「……って事でお願いします」
「分かった。
お主が『計算通り』という言葉を発した時には、嘘をついておるんじゃな?」
最初に、朝一番にバフォメットさん夫妻の所へ向かい、
ハッタリの合図である「計算通り」という合言葉を伝えた。
合言葉は、
俺と情報交換を密に行っているアオイさんは言うまでも無く勿論知っているし、
傭兵さん達にも既に伝えてある。
俺をそこそこ知っている、美月さんと東雲さんやサイクロプスさんは今回の戦いには加わらないそうなので、伝える必要は無い。
と、なると……後はアオオニさんだけか。
「お早うございます」
「おお、ちょうど待ってたんだよ」
アオオニさんの元へ向かい、
「魔界銀炸裂爆弾」の確認ついでに、合言葉を伝える。
皆に公開している「魔界銀炸裂爆弾」はアオオニさんが持っていて、
皆に秘密にしている「もう1個の爆弾」はこっそり傭兵さん達に渡してあるそうだ。
よし……これなら、問題無い。
傭兵さん達の所へ向かい……最終確認となる打ち合わせを行った後、道具の仕込みを開始する。
鍋に火を掛け、
雑貨屋で購入した4種の粉末を、バランスを見ながら少量ずつ入れてゆく。
……よし、良い色合いだ。
こんなもんかな。
「あとは、コレが出て来ないように……っと」
完成したドロリとした液体を革袋の中に入れて、
中身が出て来ないように、革袋の穴を折ってから縫い付ける。
この革袋は、予め片側をヤスリで削って薄くしてある。
後はコレを明日、懐に忍ばせるだけ……か。
「おかげ様で、準備は出来ました。
明日は、宜しくお願いします」
「おう、やってやろうぜ!!」
「明日は、任せとけ!」
「頑張んな、兄ちゃん。
俺達も、頑張るからよ」
俺は傭兵さん達一人一人と固い握手を交わして、明日の共闘を約束する。
アオイさん以外にこれ程心強い味方が出来るとは、正直予想していなかった。
……さて、と。
最後に、一番の協力者に伝えるべき事を伝えなくては。
それが、最後の仕込みだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
明日に疲れを残さぬ為に、
今日は交わりをしないでさっさと寝ると決めていた俺とアオイは、
布団に入って手を繋いでいた。
「アオイさん、どう?
俺の身体は……?」
「まだマモル樣が『いんきゅばす』となるにはまだまだ余裕があります。
あと1周間程交わりを繰り返す必要がありますね」
成程、そうか。
アオイが言うならそうなんだろうな。
けど……。
「多分……俺が『インキュバス』になるのは、1周間もかからないと思うよ」
「……?
何故、ですか?」
俺には、分かっている。
多分、そう遠くない未来に俺は変わる。
「なんとなく……分かるんだ。
俺の身体は、もうすぐ人間のそれじゃなくなる。
――その時が楽しみだよ」
「……はあ」
アオイは、なんとなく腑に落ちないといったような表情だ。
そうだ。
それで良い。
…………。
さて……と。
今、最後の仕込みが終わった。
俺が今までに組み上げた方程式に、
皆の善意と敵の悪意が絡み合って、どうなるか。
明日、全てが決まる。
いや……全ての間違いを、明日で終わらせるんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
親魔物領「佐羽都街」で黒田マモルが策の土台を仕込み終わった頃、
反魔物領「メンセマト」では、1人の男が他に誰も居ない部屋で両手を合わせ、天を仰いでいた。
「神よ……」
男は、神へ祈りを捧げながら、涙を流していた。
そんな男の様子を、
黄金の光を放つ「光の塊」がじっと見ていた。
この「光の塊」は、男が信じる神である「主神」の分身である。
光の塊は、男が何故泣いているのかを良く理解した上で、彼に向かって微笑んでいた。
明日に始まる予定の、
メンセマトと佐羽都街の戦いの中で、男は隙を見て「光の塊」と融合する手筈となっている。
まずは、領主率いる聖騎士団を魔物の軍にぶつけて、魔物達に領主を倒させる。
そして、領主の力を奪い返し、男は光の塊と融合して『救世主』となる。
最後に、救世主となった自分が、戦いによって疲弊した敵共を一掃する。
……これらが、男と光の塊が自分達以外の敵全てを葬り去る作戦である。
男と光の塊が一掃する予定の「敵共」には、
男と仲の良い、騎士団の仲間も含まれている。
勿論、魔物娘やその夫も含まれている。
それ故に、男は泣いているのだ。
男が泣きながらも、そういった者達を敵と見なすには理由がある。
自分が過去に体験した事実により、
男は『魔物娘は反魔物領の世間一般で言われているような怪物では無い』事を認識した。
少なくとも、彼女達は絶対に人間を殺そうとはしなかった。
むしろ、自分達に対して好意を持っている者さえ居た。
しかし、このままでは人間は魔物の正体も知らずに虚ろな戦いを続けるだけか、
彼女達の虜となって堕落を続けるだけの二択しか無い。
「人間なんてそんなものか」と絶望した男に、光の塊は希望を見せた。
それが『とある異世界』で人々が暮らす光景ある。
自分達よりも遥かに高い文明を持ちながら、
人外の影に怯える事無く、人々が平和に暮らしているように見えた。
自分達も、あんな風になりたい。
感銘を受けた男に、神はこう説いた。
なら、この世界を変えれば良い……と。
その結果、男は光の塊を敬う『狂信者』となった。
すっかり狂信者となってしまった男は……その後の数日に渡り、
主人の分身である「光の塊」に、教えを請う事によって、
彼自信の中にある正義はさらに過激なものへと進化していた。
生まれながらにして、
優れた容姿、高い能力、優しき心を持つ魔物共が意のままに世界を弄ぶのでは、ダメだ。
生まれながらにして魔物よりも劣る人間が努力を重ね、
苦難と成長の末に勝ち取った世界にこそ、価値がある。
そんな世界を維持出来れば、
人間は堕落する事無く成長を続け、この世界は「あの異世界」のように変われる。
そんな世界に、
悪意さえ抱く事無く人間を堕落させる魔物も、
魔物に悪意が無いからといって彼女達を受け入れる異端者共も、不要。
全て、自分が消し去る。
例えそれが、自分達と苦難を共にしたかつての仲間達であっても。
3年前の戦いで誰一人として自分達を殺さなかった優しき魔物達であっても。
まずは、メンセマトに魔物と異端者が誰一人として居ない「理想郷」を作り上げる。
その為であれば、悪意無き者共への哀れみなど些細な事だ。
自分が提案した「理想郷」に、神の遣いは喜んで賛同してくれたのだから。
男は立ち上がり、明日に備えて動き出す。
その目には、もう涙が浮かんではいなかった。
メンセマトの男が涙を流し終わった頃、
親魔物領『佐羽都街』に居る黒田マモルは策の布石を仕込み終わっていた。
彼も彼で、自分を愛してくれた者達の敵と成り得る者共を倒す為に相当エゲツナイ策を成就させようとしている。
どちらも、自分のやろうとしている事が良からぬ事だと理解していながら、
自分が信ずる者の為に、自分なりの信念を貫こうとしているのだ。
――自らに導きを与え、自分の絶望を希望に変えてくれた神の為に、
罪を背負い、自分の手を返り血で汚してでもメンセマトに「理想郷」を築こうとする、男。
――自らに愛を与え、救ってくれた佐羽都街の皆と愛するクノイチの為に、
策を巡らせ、いかなる手段を使ってでも自分達の敵を潰そうとする黒田マモル。
正しいのは、どちらなのか。
そして、間違っているのはどちらなのか。
その答えは、誰も知らない。
結果が出るのは、明日だ。
15/03/01 02:40更新 / じゃむぱん
戻る
次へ