爆弾×忍術
……最愛のクノイチ曰く、
クノイチとは、伴侶と認めた者以外の前では感情を殆ど出さぬようにするらしい。
まあ、その辺の意識の差はクノイチ個人によって異なるらしいが。
アオイは、2人きりとそうで無い時の区別をキッチリ付けるのが好きらしい。
俺も、そんな彼女の見せるギャップが大好きである。
だから、俺も2人きりの時は彼女を「アオイ」と呼ぶ事にしている。
傭兵さん達への頼み事を終えた俺達は、部屋の中で2人きり。
と言っても、バフォメットさんの館にある部屋を借りている訳だが。
魔物娘が多数いるこの館では夜に交わりを行う事など普通であり、
過度に部屋を汚したりしない限り構わないらしい。
つまり、俺達が躊躇する理由など何も無く淫らにはっちゃけられるのだ。
「んん……れるぅ」
「っちゅ……んん……!!」
まずはディープキス。
といっても、クノイチの高い技量にこっちが翻弄されているのが殆どだ。
「ちゅぱ…んっふ……じゅるるう……❤」
艶めかしく動く彼女の舌が俺の舌を絡め取り、口内を舐り回す。
ふふ……と、至近距離で惚けた微笑を浮かべるアオイはあまりにも美しい。
このままちょっぴりSなアオイに弄ばれるのも良いが、
俺もまた、彼女を気持ち良くさせてあげたい!
……そう思った俺は、彼女の身体を出来るだけ近くに引き寄せる。
自分の舌をアオイの口に入れて、
撫でるように、愛おしむ事を意識して舐めまくる。
何度もネットリと口付けをした俺達は、どちらからでも無く口を離す。
ぐちゃぐちゃになった互いの口に銀色の糸が掛かる。
互いの身体に、相手の唾液が滴り落ちる。
互いに、もう限界だった。
俺の一物はアオイの腹に当たりビクビクと震え、
彼女の性器もまた、俺の足にとろとろと蜜を垂らしていた。
何時もに比べて、少しだけ多く甘えたがるアオイさんに覆い被さる。
「自分の記憶が敵によって操作されている可能性が高い」という現実に直面した彼女は、
本当は怖い筈なのだ。
極力、それを見せないようにしていたアオイだが、2人きりの今ではそれを隠す必要なんて無い。
「アオイ、俺はどんな時でも貴女が大好きだ」
「私も、大好きです」
この後……俺達は明日に疲労を残さぬ程度に、程々に交わった。
アオイに抱かれ、俺もまた彼女を抱きしめながら眠りに落ちる。
「お休みなさいませ、マモル」
……ありがとう、アオイ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
頭のスッキリしている朝一で、アオイに色々とネタばらしだ。
傭兵さん達と俺が手を組んで行う「万が一の時のアオイ救出作戦」の部分だけは、
アオイにはあえて何も教えない。
アオイもまた、そうした方が良いと思っているらしく、
その事には何も触れて来ないし、作戦に対する詮索やそれに繋がりかねないような行動を一切しようとしない。
しかし、その部分以外の全てはアオイにネタばらしを行った上で、彼女と共に策を進める。
そちらの方が何倍も効率的だ。
「前まで話してた作戦通りだと、ここで壁にブチ当たるだろうから更にこうして……!」
「成程……、
そうであれば、先にあの方々へ話を付けて置いた方が宜しいかと」
「それも、そうか……!」
前々から話していた部分に加えて、
自分では気が付かぬ策の欠点も、アオイの助言によりどんどん埋まってゆく。
「策の中間時点での状況次第で、その後の行動を分けよう」
「そうした方が良いでしょうね。
では、まずは最善の場合は――!」
俺の策は、何から何まで敵や味方の行動を計算している訳では無い。
むしろ、その時の状況に応じて臨機応変に動けるよう、可能な限り多くの状況を想定して、出来るだけ柔軟に動けるような工夫をしてある。
ネタばらしと作戦の改良が終わった頃、バフォメットさんから直筆の書状が届いた。
「……」
書状に書いてある予想以上の内容に、絶句してしまった。
マジかよ。
昨日バフォメットさんから『貴殿が望む時、望む助けを得られるように手配して置こう』という言葉を頂いていたが、コイツは予想以上だ。
俺はアオイさんにもそれを見せた。
書状を見たアオイさんは、俺と同様に乾いた笑みを浮かべて何も言えないようだ。
書状に書かれている内容を要約すると、こうだ。
・この書状の有効期間はメンセマトと佐羽都街の戦いが始まる(予定の)前の日まで。
・黒田マモルが佐羽都街の為の「策」に用いる物を購入したり、誰かに協力を依頼したりする費用は全てバフォメットさん達に請求を回すように……というものだった。
つまり、俺がこの書状を持っているという事は、
俺がバフォメットさんのクレジットカードを借りた上、自由に使えるのと同じ状態である。
勿論、俺がこの書状を使って何をどうしたかは後でキッチリと精査されるだろう。
俺がこれを良からぬ事をしようものなら相応の報いを受けるだろうが、それについては何も心配は要らない。
この書状の最後は、
「儂らに気を遣って必要な物をケチった挙句、作戦を失敗するような事など無いように!」
という、涙が出る程に有り難い信頼が篭った言葉で締めくくられている。
これ程までの信頼を受けて、誰がそれを裏切れようか。
……いよっし!
やってやろうじゃねえか!!
「それじゃ『アオイさん』お互いに行動開始といこうか」
「……御意!」
2人きりの時間は、一旦終わりだ。
続きは、今日やるべき事を全て終えた後の夜からだ。
俺とアオイさんは、
予め打ち合わせしていた通り、別々の行動を開始する。
まずは、これからの為に必要となるであろう『爆弾』の作成を行う。
その為にまず用意しなければならないのは「火薬」である。
アオイさんは『火薬』が使用可能となる為の材料と人員の調達を行い、
俺はその間に「火薬及び、それを用いる爆弾を使って何をするのか」を、
この世界の人間や魔物にも分かりやすいように纏めておく。
……俺が『爆弾』を用いてやろうとしている事は、2つ。
「もしもの時にアオイさんを救う事」と、
「アオイさんの力を借りて爆弾をさらに強力なものへと変える事」である。
後者は、アオイさんの協力が絶対に必要となる。
それ故に、アオイさんにはなるべく火薬や爆弾の事を知っといて欲しいのだ。
俺が「爆弾を使ってアオイさんにやって貰おうとしている事」は、
昨日、あらかじめバフォメットさんに伝えて置いてあるから既にある程度話は進んでいる。
しかし、それだけでは協力者全てに理解して貰うのは難しい。
だから、予め説明をしやすいように考えを纏めて図に記しておく必要がある。
アオイさんから貰った筆と紙で、早速、図を描く。
未だに書き慣れぬ筆では、最初から正確な図など書けやしない。
詳細な寸法は、この世界での専門家にお任せしよう。
「俺がそれを使って何をしたいか」を最優先で理解して貰えるように気を付けて筆を進める。
1つの対象物を、
正面から、側面から、上から見た時、どんな形になるか記した図面を1枚づつそれぞれ描く。
おっと、何箇所か適宜に断面図も追加しとかなきゃ何が何だか分からないな。
こっちが爆薬で、ここからが魔界銀の破片で、っと。
よし、爆弾を正面から見た時の図が出来た。
んじゃ、次は平面の投影図(爆弾を上から見た時の図)を書こう。
……。
…………。
………………。
「出来た、っと」
爆弾の図面は書き終わった。
アオイさんが呼んで来るという爆弾及び火薬の専門家との打ち合わせの後、
さらなる改良が必要になるだろうが、取り敢えずは一区切りついた。
そして、今日のメインとなる仕込みはここから。
次に描く図は、爆弾とは異なる道具。
刃と柄を合わせてだいたい半尺(15センチメートル)の脇差し。
脇差しというよりは、大きさ的にナイフというイメージだ。
使うのは、俺。
コイツは、サイクロプスさんの所の鍛冶屋で作って貰うのが一番良いだろうな。
脇差といっても、俺はこれを武器として使うつもりは無い。
というか、設計強度が普通の武器よりも遥かに低い故に使えない。
これで普通にチャンバラをしようものなら、1回ですぐに壊れてしまうだろう・
しかし、この世界の人間には思いつかぬような『トリック』を仕込む予定だ。
………………よし。
図は書けた。
とりあえず、サイクロプスさんの所へ出かけるか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「着いた……と」
以前、バフォメットさんに紹介して貰った鍛冶屋に到着した。
俺は此処で働こうとしていたが、その時はまだ色々あって精神が病んでいた為に仕事にならなかったんだっけ。
「……久しぶり」
「あ、どうも」
工房の中に居たのは、サイクロプスさんだけだった。
どうやら、他の従業員は仕事で出払っているようだ。
「前に見た時は、
放っとけば首吊りそうな程憔悴していたのに、ずいぶん良い目をするようになった」
おおう……傍から見ればそんなにヤバかったんだ、俺。
かつての俺は、本当に廃人寸前だった訳か。
「様子を見る限り、もう大丈夫そうね」
「ええ、皆様のお陰で救われました」
けど、以前に比べて俺は変わった筈だろう。
この街の皆が支えてくれたお陰で、俺はこうしてまともに生きている。
「それで、作って欲しいものって?」
「これ、です」
俺はサイクロプスさんに「脇差し」の図面を渡す。
彼女はそれを見た途端に眼の色が変わった。
「ここの細いのは、何……?」
「ああ、コレは針金を巻いたもので、こうやって……!」
サイクロプスさんと図面の詳細について打ち合わせを進める。
流石は鍛冶屋と言うべきか、素人相手の質疑応答でも彼女はすぐに俺の望みを理解してくれた。
彼女の様子を見る限り、コレを作るのは不可能では無さそうだ。
後は、コレを作って貰えるか否かだけだ。
「サイクロプスさん、お願いします。
何に使うかは申し上げられませんが、どうしても必要なものなんです」
「……分かった。
人殺しに使う道具で無いのなら、喜んで」
サイクロプスさんは、
その大きな目でバフォメットさんの書状と俺の書いた図をじーっと見てから、
俺の為に「脇差し」を作ってくれると約束してくれた。
彼女は俺を信用しているというより、
この書状を俺に贈ったバフォメットさんを信用して頷いてくれたみたいだ。
それと『この道具には殺傷能力が無い』のもポイントか。
何にせよ、こんな急なお願いを聞いてくれるのは有り難い。
「……明日、取りに来て」
「分かりました。
では、宜しくお願いします」
世話になったというか、これからも世話になるであろう鍛冶屋を出て帰り道を歩く。
次は何処へ向かおうか……と。
ん?
あれは……!
「……あっ、こんにちは!」
「こんにちは、マモル君」
サイクロプスさんに「脇差し」の作成を依頼した帰り道、
俺は「メンセマトの元勇者」であるハリーさんと、その妻である白蛇さん2人と遭遇した。
白蛇さんは相変わらずハリーさんに抱き着いていて、
ハリーさんの挨拶と同時にぺこりと頭を下げてくれた。
何時いかなる時も仲睦まじいこの夫婦は、
俺とアオイさんもこんな風になれたら、という理想でもある。
「話は聴かせて貰ったよ。
アオイさんが色々大変らしいね」
「まだ『そういう可能性がある』ってだけですけどね」
どうやら、ハリーさんはバフォメットさん経由で「アオイさんの記憶がおかしくなってしまっている事」を聞いていてくれたらしい。
「君が事態を解決する為に色々と奔走しているみたいだけど、
僕達にも何か協力出来る事は無いかな?」
「ええ。
ちょうどお話したい事があって、お二人を探していたんです」
現段階でこちらが持っている情報だけでは、
アオイさんが敵によってどうにかなってしまう可能性など「もしかしたら」程度でしか無い。
けど、もし俺が敵の立場で「アオイさんを操れる」という強力な手札と持っているのなら間違い無く使うし、操った彼女を簡単には手放さないだろう。
きっちりと対策をしておかないと、もしもの時に取り返しの付かない事になる……と。
俺の勘と理性の双方が警鐘を鳴らしているのだ。
「これは、メンセマトと佐羽都街の戦いを止めるのに必要な頼み事です」
昨晩、俺とアオイさんが予め相談して決めた事を2人に対して伝える。
「もうご存知かと思いますが、メンセマトは大きな『間違い』を抱えています」
メンセマトに潜む何者かと領主が良からぬ事をしているせいで、
メンセマトの軍事勢力である聖騎士団の記憶がメチャクチャになっているのだ。
魔王が変わった事により、この世界魔物は魔物娘へと変貌を遂げた。
魔物娘が人を害さないという事実を聖騎士団は3年前に体験しているにも関わらず、
『なぜか』メンセマトの騎士達は未だに魔物娘を化け物として恐れているのだ。
そして、そういった間違いを暴く事こそが、
メンセマトと佐羽都街に無意味な戦いを起こさせない為に極めて有効な手段だと信じている。
「間違いを暴く為に、俺は敵に対してハッタリを用いる予定です。
俺が『計算通り』という単語を喋った時は、敵に対してハッタリを仕掛けている時なんです」
計算通り、という言葉。
俺が敵に対して行うハッタリを、味方に邪魔されないようにする為の合図。
俺がそれを喋った時、その前後の言葉は何一つまともな事を喋っていないだろう。
「俺の喋っている事が気に食わないなら、後で謝罪は幾らでもします。
ですが、どうかその時に喋っている事を真に受けないで頂きたいのです」
敵は勿論、味方に対して誤解される事は対して問題では無い。
しかし、それ故に「味方が実力行使で俺を止めようとした」のでは俺のやっている事はメチャクチャになってしまう。
「……話は、分かった。
だが君はそれ以上、君がやろうとしている事を喋ってはくれないのか?」
俺はハリーさん達に最低限の概要は伝えたが、それ以上の事は何も喋っていない。
「そうしたいのは山々なんですが、出来ません」
人様に頼み事をしておいて、その事の詳細を話さないだけでもとんでもないというのに、
挙句の果てに理由も話さないんじゃ、あんまりだ。
良い機会だから喋っとこう。
「俺の狙いを佐羽都街の皆が知れば、どうやったってそれが表に出てしまいます。
いくら皆が秘密を守ってくれようとしたとしても、皆が役者でも無い限りどうやったって不自然になります。
ですが、それだと俺の狙いがメンセマト側にバレて全部台無しになっちゃうんです」
秘密を知っているのが、限られた人数ならば少し位不自然でも誤魔化せる。
が、こちら側の人間や魔物が殆ど知っているとなればどうしても不自然になってしまう。
「だから、種明かしも最低限の人数にしか出来ない、と」
「ええ」
俺と夫婦の間に、静寂が流れこむ。
静寂が重くなり、どうしようかと思った所で白蛇さんがぽつりと呟いた。
「この事を、アオイは了承しているのかしら?」
白蛇さんは、
俺がアオイさんの意向を無視してこんな事をやろうとしていると判断したのだろうか。
でも、それは違う。
今の俺は、そんな事はしない。
「勿論、アオイさんはこの事を了承しています。
というか、お2方にこの事を相談してはどうかと提案したのはアオイさんなんです」
「はい?」
白蛇さんが、今までで一番驚いた表情を見せた。
今度俺がやろうとしているハッタリは、俺がやるからこそ「ハッタリに成り得る」。
ハリーさんや白蛇さん、もしくはアオイさんがコレをやったんじゃ絶対に上手くいかない。
誰がどう見たってウソを喋っているようにしか見えない。
だからこそ、これは俺がやらねばならない。
アオイさんは、だからこそ協力してくれている。
「正直、今の説明だけじゃ……僕は君を信じる事は出来ない。
だから、君の事を信じているアオイさんを信じる事にするよ」
ハリーさんの言葉。
それが俺にとっても一番助かる言葉だった。
俺がこの夫婦にあえて最低限の情報を渡さなかったのは、
敵に対してのハッタリをスムーズに行う事だけが目的じゃない。
ハリーさん達を利用するようで悪いが、俺は、俺の策に必ずしも皆を乗せるつもりは無い。
勿論味方は沢山必要だが……策がコケた時に、策とは異なる何らかの形で俺達を庇ってくれそうな人達もそれはそれとして確保したいと思ったからだ。
俺がそんな事を考えている事も知らず、ハリーさんと白蛇さんは離れてゆく。
ハリーさん、白蛇さん。
貴方達が俺じゃなくてアオイさんを信じたのは、大正解だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ハリーさん達と打ち合わせを終えた後、
以前世話になった雑貨屋から「食紅」「紙ヤスリ」「革袋」「片栗粉」「大量の塩コショウ」を購入した。
種類がバラバラの道具だが……これらは全て俺が先を見越して購入したもの。
何をどう使うかちゃんと考えた上で買ってある。
暫くすると、アオイさんが帰って来た。
「お帰り、アオイさん。
そっちは、どうでした?」
「火薬の専門家とは連絡が取れました。
明日、この場所に向かって下さいとの事です」
アオイさんから、火薬の専門家が居るであろう場所の地図を受け取る。
「ありがとう、アオイさん」
それにしても、火薬の専門家か。
俺の熱意が少しでも伝われば良いが……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌日。
アオイさんから教えて貰った佐羽都街にある「花火の工房」に向かっていた。
以前、俺が黒色火薬を作ろうとして失敗した時、俺は火薬の原料をすんなり購入出来た。
お陰で「火薬」を作るのには失敗したものの「爆発物」を作る事は素人でも可能だったのだ。
そして、何故材料が佐羽都街にあったかと言えば、
既に、黒色火薬と似たような材料を使って、既に花火が作られていたからだ。
そして、今回会う「火薬の専門家」は佐羽都街で一番と言われている花火職人との事。
本来は爆弾の制作などしないらしいが。
今回がバフォメットさんですら認める緊急事態である事、
俺が制作しようとしている『爆弾』は『相手を殺さずに倒せる』ものである事により、
特別に協力してくれる事になった。
勿論、これは「火薬の専門家」を説得してくれたアオイさんの手柄でもある。
工房には10人程の人間や魔物娘が居て、皆が皆忙しそうにしていた。
そこかしこから、火薬の臭いが立ち込めている。
そんな中で、俺が案内されたのは「お頭」の場所である。
「おはようございます」
「ああ、始めましてだな」
案内された奥の部屋に居たのは、
サイクロプスさんとはまた異なる、青い肌の魔物娘。
アオイさん曰く「アオオニ」という種族の魔物娘らしい。
身長や年齢はサイクロプスさんと同じ位……か。
眼鏡を掛けた青肌の美貌は「クールビューティー」という言葉が良く似合う。
このアオオニさんが「お頭」……か。
「始めまして、俺は黒田マモルって言います。
宜しくお願いします」
「ああ、宜しく」
そこそこに自己紹介を終えた俺とアオオニさんは、
早速、爆弾制作の打ち合わせへと話題を変えた。
早速、俺は描いた図をアオオニさんに見せる。
「成程!
爆発そのものじゃなくて、魔界銀の破片を飛ばすって発想は無かったよ」
「ええ、これなら『不殺』で相手を倒せるかと思いまして」
アオオニさんの表情を見る限り、どうやら俺の考えた図面は好印象だったようだ。
「けど、問題点が2つ」
「……何でしょうか」
とりあえずは「話にならない」とか言われて図面を突っ返されるような事は無くて良かったが、問題があるなら解決しなければ。
「まず1つ、これは『割に合わない』よ。
1個当たりに使用される材料と費用が多すぎる。
これじゃ、戦いが始まるまでに2〜3個しか用意出来ない」
「ああ、それなら問題ありません」
要するに、アオオニさんの言いたい事は、
「これが兵器として非効率的だ」という事だろう。
ならば、むしろ願ったり叶ったりだ。
「問題無い……って、どういう……?」
アオオニさんの指摘した『割に合わない』という問題だが、
俺は最初からあえて割に合わない物を作ろうとしていた。
実はこの爆弾は、俺の世界の「手榴弾」を参考にして描いたものである。
故に、この爆弾の『魔界銀』を『普通の金属』に変えるだけで、強力な殺傷武器が完成するのは間違い無い。
にも関わらず、兵器として量産するのに効率的な大きさにしてしまえば、
あっという間に広がって取り返しの付かない事になりかねない。
確かに強力な武器は欲しいが、それにより『間接的な殺人』が多数発生するのはゴメンだ。
「これはあくまでも『切り札』として使うものなので、兵器として効率的で無くとも構いません。
むしろ少数である方が助かります。
あまりコレが広まってしまうと、俺達の知らぬ所で争いの種となりかねませんので」
「……そうか。
ならば、問題無い」
アオオニさんの瞳に、これまでとは異なる光が灯る。
今までとは違って「やるじゃないか」と言わんばかりだ。
という事は、俺が言わんとしている事を彼女は理解してくれたのだろう。
「それじゃあ、次の問題点だ。
魔界銀には確かに殺傷能力が無いが、副作用がある」
「副作用ですか?」
「それを浴び過ぎた人間は、魔物に変わってしまうんだ」
魔界銀の副作用、ねぇ……。
知らなかったが、魔物化か。
考え無しに使うのは危険だが、今の内に知れて良かった……。
ん?
待てよ……!?
いや、これは使える……!!
っと、魔界銀の副作用を利用する方法については後で考えるとしよう。
とりあえずは、アオオニさんと爆弾の制作を進めなければ。
「これを考え無しに敵へと使えば、その者の一生を変えてしまいかねない……と」
「そう。
それが、問題点の2つ目だ」
俺の目的はあくまでも「戦いを起こさせない事」であるため、
俺は爆弾を敵軍であるメンセマトの騎士団に対して使うつもりは今の所無い……が。
状況次第ではコレを使って自分達の身を守らねばならないかもしれない。
そんな時に「魔界銀の副作用」を知らずに使うのは確かに問題だ。
……アオオニさんの言いたい事は、そういう事なのだろう。
「分かりました。
俺は爆弾を使って無差別に敵を変えたりする予定はありません。
ですが、副作用の事はしっかりと心に留めておきます」
「ああ、頼むよ」
さてと、次は爆弾をどれだけ作って貰えるか……だが。
俺はアオオニさんにある事を伝える為、
回りに誰かが居ないか、念の為に確認した。
「どうしたんだ、マモル君」
「アオオニさん、普通に1つ爆弾を作る他に、
皆に秘密でもう1つ爆弾を作成する事は可能ですか?」
実は、存在を皆に知らせて置きたい爆弾が1つと、
皆が存在を知らないもう1つの爆弾が必要なのだ。
「作る爆弾は、合計2つ。
片方は存在を明かして、もう片方は存在を隠す……か。
ここに居る従業員以外には秘密、という条件なら可能だ」
成程、って事は『彼女』には秘密にしている爆弾の存在は知られないって事だな。
なら、問題無い。
「でも、何故それを秘密に?」
「万が一の為の布石、ですね」
「ふうん……まあ、必要なら、引き受けるよ」
アオオニさんは俺に気を遣って、色々突っ込まないでくれたみたいだ。
そういう気遣いは本当にありがたい。
「ありがとうございます!
必ず、作って頂いたものを役立てます」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アオイさんに、聞きたい事があります」
アオオニさんの工房から帰った俺は、アオイさんに大事な事を確認する。
「何でしょうか?」
「アオイさんが以前使ってた『分身の術』についてなんだけどさ。
分身の術を使って何かを増やすって事は可能なの?」
少し落ち込んだような表情で、アオイさんは考え込む。
やがて、彼女は静かに口を開いた。
「……申し訳ございません。
あの術は私の魔力を使って『一時的に増やしているだけ』なので、
何かを術によって増やすというのは限られた時間しか出来ないのです」
待てよ。
それって『一時的であれば増やせる』って事だよな。
……というかむしろ、要が済んだ後は綺麗に消えてもらった方が好都合だ。
アオイさんの表情を見てダメかと思ったが、良かった……!!
「アオイさんには、ここぞって時にコイツを増やして欲しいんだ」
そう言って俺は、
アオオニさんによって改良が加えられた『爆弾の図面』をアオイさんに見せた。
魔界産の原料を使った黒色火薬と魔界銀の破片をたっぷりと詰め込んだ、一尺の花火玉。
爆発すれば広い範囲に魔界銀の破片をばら撒き、周囲にいる者を『殺さずに』倒せる。
アオオニさんはこれを「魔界銀炸裂爆弾」と名付けた。
「……!」
図面の内容を理解して顔を上げたアオイさんに向かって、笑みを浮かべる。
アオイさんも、俺と同じようにニヤリと笑ってくれた。
「佐羽都街とメンセマトの戦いが始まるまでに、あと2日しか無い。
だから、火薬と魔界銀の破片を大量に使うこの爆弾は『1個』しか作れないみたいなんだ」
火薬や魔界銀がこの世界でどれ程の価値があるのかは分からないが、
高価なものである事は間違い無いだろう。
「爆弾」は短期間でそうそう大量に作れるものでは無いというのは予め予想していた。
故に、俺は爆弾の個数を減らして、その分威力や攻撃範囲をなるべく広げるようなイメージで図面を描き……アオオニさんに制作を頼んだ。
そして、都合の良い時だけ完成品を増やせば良いのだ。
質量保存の法則を完全に超越した『分身の術』。
そんなインチキめいた事が可能なクノイチが此処に居る。
「俺が策を巡らせて、皆と共に黒幕に対して王手を掛ける。
そして、最後の1手を決めるのは……アオイさんに任せるよ」
「お任せ下さい、マモル樣」
俺の意を汲み、自信満々に微笑んでくれたアオイさん。
しかし、彼女は知らなかった。
「魔界銀炸裂爆弾」は、
黒幕に対しての切り札であると同時に、アオイさんに対しての切り札でもあるという事を。
それを知る事など出来なくて当然だろう。
俺は彼女に「爆弾が2つある事を知らせていないのだから。
クノイチとは、伴侶と認めた者以外の前では感情を殆ど出さぬようにするらしい。
まあ、その辺の意識の差はクノイチ個人によって異なるらしいが。
アオイは、2人きりとそうで無い時の区別をキッチリ付けるのが好きらしい。
俺も、そんな彼女の見せるギャップが大好きである。
だから、俺も2人きりの時は彼女を「アオイ」と呼ぶ事にしている。
傭兵さん達への頼み事を終えた俺達は、部屋の中で2人きり。
と言っても、バフォメットさんの館にある部屋を借りている訳だが。
魔物娘が多数いるこの館では夜に交わりを行う事など普通であり、
過度に部屋を汚したりしない限り構わないらしい。
つまり、俺達が躊躇する理由など何も無く淫らにはっちゃけられるのだ。
「んん……れるぅ」
「っちゅ……んん……!!」
まずはディープキス。
といっても、クノイチの高い技量にこっちが翻弄されているのが殆どだ。
「ちゅぱ…んっふ……じゅるるう……❤」
艶めかしく動く彼女の舌が俺の舌を絡め取り、口内を舐り回す。
ふふ……と、至近距離で惚けた微笑を浮かべるアオイはあまりにも美しい。
このままちょっぴりSなアオイに弄ばれるのも良いが、
俺もまた、彼女を気持ち良くさせてあげたい!
……そう思った俺は、彼女の身体を出来るだけ近くに引き寄せる。
自分の舌をアオイの口に入れて、
撫でるように、愛おしむ事を意識して舐めまくる。
何度もネットリと口付けをした俺達は、どちらからでも無く口を離す。
ぐちゃぐちゃになった互いの口に銀色の糸が掛かる。
互いの身体に、相手の唾液が滴り落ちる。
互いに、もう限界だった。
俺の一物はアオイの腹に当たりビクビクと震え、
彼女の性器もまた、俺の足にとろとろと蜜を垂らしていた。
何時もに比べて、少しだけ多く甘えたがるアオイさんに覆い被さる。
「自分の記憶が敵によって操作されている可能性が高い」という現実に直面した彼女は、
本当は怖い筈なのだ。
極力、それを見せないようにしていたアオイだが、2人きりの今ではそれを隠す必要なんて無い。
「アオイ、俺はどんな時でも貴女が大好きだ」
「私も、大好きです」
この後……俺達は明日に疲労を残さぬ程度に、程々に交わった。
アオイに抱かれ、俺もまた彼女を抱きしめながら眠りに落ちる。
「お休みなさいませ、マモル」
……ありがとう、アオイ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
頭のスッキリしている朝一で、アオイに色々とネタばらしだ。
傭兵さん達と俺が手を組んで行う「万が一の時のアオイ救出作戦」の部分だけは、
アオイにはあえて何も教えない。
アオイもまた、そうした方が良いと思っているらしく、
その事には何も触れて来ないし、作戦に対する詮索やそれに繋がりかねないような行動を一切しようとしない。
しかし、その部分以外の全てはアオイにネタばらしを行った上で、彼女と共に策を進める。
そちらの方が何倍も効率的だ。
「前まで話してた作戦通りだと、ここで壁にブチ当たるだろうから更にこうして……!」
「成程……、
そうであれば、先にあの方々へ話を付けて置いた方が宜しいかと」
「それも、そうか……!」
前々から話していた部分に加えて、
自分では気が付かぬ策の欠点も、アオイの助言によりどんどん埋まってゆく。
「策の中間時点での状況次第で、その後の行動を分けよう」
「そうした方が良いでしょうね。
では、まずは最善の場合は――!」
俺の策は、何から何まで敵や味方の行動を計算している訳では無い。
むしろ、その時の状況に応じて臨機応変に動けるよう、可能な限り多くの状況を想定して、出来るだけ柔軟に動けるような工夫をしてある。
ネタばらしと作戦の改良が終わった頃、バフォメットさんから直筆の書状が届いた。
「……」
書状に書いてある予想以上の内容に、絶句してしまった。
マジかよ。
昨日バフォメットさんから『貴殿が望む時、望む助けを得られるように手配して置こう』という言葉を頂いていたが、コイツは予想以上だ。
俺はアオイさんにもそれを見せた。
書状を見たアオイさんは、俺と同様に乾いた笑みを浮かべて何も言えないようだ。
書状に書かれている内容を要約すると、こうだ。
・この書状の有効期間はメンセマトと佐羽都街の戦いが始まる(予定の)前の日まで。
・黒田マモルが佐羽都街の為の「策」に用いる物を購入したり、誰かに協力を依頼したりする費用は全てバフォメットさん達に請求を回すように……というものだった。
つまり、俺がこの書状を持っているという事は、
俺がバフォメットさんのクレジットカードを借りた上、自由に使えるのと同じ状態である。
勿論、俺がこの書状を使って何をどうしたかは後でキッチリと精査されるだろう。
俺がこれを良からぬ事をしようものなら相応の報いを受けるだろうが、それについては何も心配は要らない。
この書状の最後は、
「儂らに気を遣って必要な物をケチった挙句、作戦を失敗するような事など無いように!」
という、涙が出る程に有り難い信頼が篭った言葉で締めくくられている。
これ程までの信頼を受けて、誰がそれを裏切れようか。
……いよっし!
やってやろうじゃねえか!!
「それじゃ『アオイさん』お互いに行動開始といこうか」
「……御意!」
2人きりの時間は、一旦終わりだ。
続きは、今日やるべき事を全て終えた後の夜からだ。
俺とアオイさんは、
予め打ち合わせしていた通り、別々の行動を開始する。
まずは、これからの為に必要となるであろう『爆弾』の作成を行う。
その為にまず用意しなければならないのは「火薬」である。
アオイさんは『火薬』が使用可能となる為の材料と人員の調達を行い、
俺はその間に「火薬及び、それを用いる爆弾を使って何をするのか」を、
この世界の人間や魔物にも分かりやすいように纏めておく。
……俺が『爆弾』を用いてやろうとしている事は、2つ。
「もしもの時にアオイさんを救う事」と、
「アオイさんの力を借りて爆弾をさらに強力なものへと変える事」である。
後者は、アオイさんの協力が絶対に必要となる。
それ故に、アオイさんにはなるべく火薬や爆弾の事を知っといて欲しいのだ。
俺が「爆弾を使ってアオイさんにやって貰おうとしている事」は、
昨日、あらかじめバフォメットさんに伝えて置いてあるから既にある程度話は進んでいる。
しかし、それだけでは協力者全てに理解して貰うのは難しい。
だから、予め説明をしやすいように考えを纏めて図に記しておく必要がある。
アオイさんから貰った筆と紙で、早速、図を描く。
未だに書き慣れぬ筆では、最初から正確な図など書けやしない。
詳細な寸法は、この世界での専門家にお任せしよう。
「俺がそれを使って何をしたいか」を最優先で理解して貰えるように気を付けて筆を進める。
1つの対象物を、
正面から、側面から、上から見た時、どんな形になるか記した図面を1枚づつそれぞれ描く。
おっと、何箇所か適宜に断面図も追加しとかなきゃ何が何だか分からないな。
こっちが爆薬で、ここからが魔界銀の破片で、っと。
よし、爆弾を正面から見た時の図が出来た。
んじゃ、次は平面の投影図(爆弾を上から見た時の図)を書こう。
……。
…………。
………………。
「出来た、っと」
爆弾の図面は書き終わった。
アオイさんが呼んで来るという爆弾及び火薬の専門家との打ち合わせの後、
さらなる改良が必要になるだろうが、取り敢えずは一区切りついた。
そして、今日のメインとなる仕込みはここから。
次に描く図は、爆弾とは異なる道具。
刃と柄を合わせてだいたい半尺(15センチメートル)の脇差し。
脇差しというよりは、大きさ的にナイフというイメージだ。
使うのは、俺。
コイツは、サイクロプスさんの所の鍛冶屋で作って貰うのが一番良いだろうな。
脇差といっても、俺はこれを武器として使うつもりは無い。
というか、設計強度が普通の武器よりも遥かに低い故に使えない。
これで普通にチャンバラをしようものなら、1回ですぐに壊れてしまうだろう・
しかし、この世界の人間には思いつかぬような『トリック』を仕込む予定だ。
………………よし。
図は書けた。
とりあえず、サイクロプスさんの所へ出かけるか。
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「着いた……と」
以前、バフォメットさんに紹介して貰った鍛冶屋に到着した。
俺は此処で働こうとしていたが、その時はまだ色々あって精神が病んでいた為に仕事にならなかったんだっけ。
「……久しぶり」
「あ、どうも」
工房の中に居たのは、サイクロプスさんだけだった。
どうやら、他の従業員は仕事で出払っているようだ。
「前に見た時は、
放っとけば首吊りそうな程憔悴していたのに、ずいぶん良い目をするようになった」
おおう……傍から見ればそんなにヤバかったんだ、俺。
かつての俺は、本当に廃人寸前だった訳か。
「様子を見る限り、もう大丈夫そうね」
「ええ、皆様のお陰で救われました」
けど、以前に比べて俺は変わった筈だろう。
この街の皆が支えてくれたお陰で、俺はこうしてまともに生きている。
「それで、作って欲しいものって?」
「これ、です」
俺はサイクロプスさんに「脇差し」の図面を渡す。
彼女はそれを見た途端に眼の色が変わった。
「ここの細いのは、何……?」
「ああ、コレは針金を巻いたもので、こうやって……!」
サイクロプスさんと図面の詳細について打ち合わせを進める。
流石は鍛冶屋と言うべきか、素人相手の質疑応答でも彼女はすぐに俺の望みを理解してくれた。
彼女の様子を見る限り、コレを作るのは不可能では無さそうだ。
後は、コレを作って貰えるか否かだけだ。
「サイクロプスさん、お願いします。
何に使うかは申し上げられませんが、どうしても必要なものなんです」
「……分かった。
人殺しに使う道具で無いのなら、喜んで」
サイクロプスさんは、
その大きな目でバフォメットさんの書状と俺の書いた図をじーっと見てから、
俺の為に「脇差し」を作ってくれると約束してくれた。
彼女は俺を信用しているというより、
この書状を俺に贈ったバフォメットさんを信用して頷いてくれたみたいだ。
それと『この道具には殺傷能力が無い』のもポイントか。
何にせよ、こんな急なお願いを聞いてくれるのは有り難い。
「……明日、取りに来て」
「分かりました。
では、宜しくお願いします」
世話になったというか、これからも世話になるであろう鍛冶屋を出て帰り道を歩く。
次は何処へ向かおうか……と。
ん?
あれは……!
「……あっ、こんにちは!」
「こんにちは、マモル君」
サイクロプスさんに「脇差し」の作成を依頼した帰り道、
俺は「メンセマトの元勇者」であるハリーさんと、その妻である白蛇さん2人と遭遇した。
白蛇さんは相変わらずハリーさんに抱き着いていて、
ハリーさんの挨拶と同時にぺこりと頭を下げてくれた。
何時いかなる時も仲睦まじいこの夫婦は、
俺とアオイさんもこんな風になれたら、という理想でもある。
「話は聴かせて貰ったよ。
アオイさんが色々大変らしいね」
「まだ『そういう可能性がある』ってだけですけどね」
どうやら、ハリーさんはバフォメットさん経由で「アオイさんの記憶がおかしくなってしまっている事」を聞いていてくれたらしい。
「君が事態を解決する為に色々と奔走しているみたいだけど、
僕達にも何か協力出来る事は無いかな?」
「ええ。
ちょうどお話したい事があって、お二人を探していたんです」
現段階でこちらが持っている情報だけでは、
アオイさんが敵によってどうにかなってしまう可能性など「もしかしたら」程度でしか無い。
けど、もし俺が敵の立場で「アオイさんを操れる」という強力な手札と持っているのなら間違い無く使うし、操った彼女を簡単には手放さないだろう。
きっちりと対策をしておかないと、もしもの時に取り返しの付かない事になる……と。
俺の勘と理性の双方が警鐘を鳴らしているのだ。
「これは、メンセマトと佐羽都街の戦いを止めるのに必要な頼み事です」
昨晩、俺とアオイさんが予め相談して決めた事を2人に対して伝える。
「もうご存知かと思いますが、メンセマトは大きな『間違い』を抱えています」
メンセマトに潜む何者かと領主が良からぬ事をしているせいで、
メンセマトの軍事勢力である聖騎士団の記憶がメチャクチャになっているのだ。
魔王が変わった事により、この世界魔物は魔物娘へと変貌を遂げた。
魔物娘が人を害さないという事実を聖騎士団は3年前に体験しているにも関わらず、
『なぜか』メンセマトの騎士達は未だに魔物娘を化け物として恐れているのだ。
そして、そういった間違いを暴く事こそが、
メンセマトと佐羽都街に無意味な戦いを起こさせない為に極めて有効な手段だと信じている。
「間違いを暴く為に、俺は敵に対してハッタリを用いる予定です。
俺が『計算通り』という単語を喋った時は、敵に対してハッタリを仕掛けている時なんです」
計算通り、という言葉。
俺が敵に対して行うハッタリを、味方に邪魔されないようにする為の合図。
俺がそれを喋った時、その前後の言葉は何一つまともな事を喋っていないだろう。
「俺の喋っている事が気に食わないなら、後で謝罪は幾らでもします。
ですが、どうかその時に喋っている事を真に受けないで頂きたいのです」
敵は勿論、味方に対して誤解される事は対して問題では無い。
しかし、それ故に「味方が実力行使で俺を止めようとした」のでは俺のやっている事はメチャクチャになってしまう。
「……話は、分かった。
だが君はそれ以上、君がやろうとしている事を喋ってはくれないのか?」
俺はハリーさん達に最低限の概要は伝えたが、それ以上の事は何も喋っていない。
「そうしたいのは山々なんですが、出来ません」
人様に頼み事をしておいて、その事の詳細を話さないだけでもとんでもないというのに、
挙句の果てに理由も話さないんじゃ、あんまりだ。
良い機会だから喋っとこう。
「俺の狙いを佐羽都街の皆が知れば、どうやったってそれが表に出てしまいます。
いくら皆が秘密を守ってくれようとしたとしても、皆が役者でも無い限りどうやったって不自然になります。
ですが、それだと俺の狙いがメンセマト側にバレて全部台無しになっちゃうんです」
秘密を知っているのが、限られた人数ならば少し位不自然でも誤魔化せる。
が、こちら側の人間や魔物が殆ど知っているとなればどうしても不自然になってしまう。
「だから、種明かしも最低限の人数にしか出来ない、と」
「ええ」
俺と夫婦の間に、静寂が流れこむ。
静寂が重くなり、どうしようかと思った所で白蛇さんがぽつりと呟いた。
「この事を、アオイは了承しているのかしら?」
白蛇さんは、
俺がアオイさんの意向を無視してこんな事をやろうとしていると判断したのだろうか。
でも、それは違う。
今の俺は、そんな事はしない。
「勿論、アオイさんはこの事を了承しています。
というか、お2方にこの事を相談してはどうかと提案したのはアオイさんなんです」
「はい?」
白蛇さんが、今までで一番驚いた表情を見せた。
今度俺がやろうとしているハッタリは、俺がやるからこそ「ハッタリに成り得る」。
ハリーさんや白蛇さん、もしくはアオイさんがコレをやったんじゃ絶対に上手くいかない。
誰がどう見たってウソを喋っているようにしか見えない。
だからこそ、これは俺がやらねばならない。
アオイさんは、だからこそ協力してくれている。
「正直、今の説明だけじゃ……僕は君を信じる事は出来ない。
だから、君の事を信じているアオイさんを信じる事にするよ」
ハリーさんの言葉。
それが俺にとっても一番助かる言葉だった。
俺がこの夫婦にあえて最低限の情報を渡さなかったのは、
敵に対してのハッタリをスムーズに行う事だけが目的じゃない。
ハリーさん達を利用するようで悪いが、俺は、俺の策に必ずしも皆を乗せるつもりは無い。
勿論味方は沢山必要だが……策がコケた時に、策とは異なる何らかの形で俺達を庇ってくれそうな人達もそれはそれとして確保したいと思ったからだ。
俺がそんな事を考えている事も知らず、ハリーさんと白蛇さんは離れてゆく。
ハリーさん、白蛇さん。
貴方達が俺じゃなくてアオイさんを信じたのは、大正解だ。
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ハリーさん達と打ち合わせを終えた後、
以前世話になった雑貨屋から「食紅」「紙ヤスリ」「革袋」「片栗粉」「大量の塩コショウ」を購入した。
種類がバラバラの道具だが……これらは全て俺が先を見越して購入したもの。
何をどう使うかちゃんと考えた上で買ってある。
暫くすると、アオイさんが帰って来た。
「お帰り、アオイさん。
そっちは、どうでした?」
「火薬の専門家とは連絡が取れました。
明日、この場所に向かって下さいとの事です」
アオイさんから、火薬の専門家が居るであろう場所の地図を受け取る。
「ありがとう、アオイさん」
それにしても、火薬の専門家か。
俺の熱意が少しでも伝われば良いが……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌日。
アオイさんから教えて貰った佐羽都街にある「花火の工房」に向かっていた。
以前、俺が黒色火薬を作ろうとして失敗した時、俺は火薬の原料をすんなり購入出来た。
お陰で「火薬」を作るのには失敗したものの「爆発物」を作る事は素人でも可能だったのだ。
そして、何故材料が佐羽都街にあったかと言えば、
既に、黒色火薬と似たような材料を使って、既に花火が作られていたからだ。
そして、今回会う「火薬の専門家」は佐羽都街で一番と言われている花火職人との事。
本来は爆弾の制作などしないらしいが。
今回がバフォメットさんですら認める緊急事態である事、
俺が制作しようとしている『爆弾』は『相手を殺さずに倒せる』ものである事により、
特別に協力してくれる事になった。
勿論、これは「火薬の専門家」を説得してくれたアオイさんの手柄でもある。
工房には10人程の人間や魔物娘が居て、皆が皆忙しそうにしていた。
そこかしこから、火薬の臭いが立ち込めている。
そんな中で、俺が案内されたのは「お頭」の場所である。
「おはようございます」
「ああ、始めましてだな」
案内された奥の部屋に居たのは、
サイクロプスさんとはまた異なる、青い肌の魔物娘。
アオイさん曰く「アオオニ」という種族の魔物娘らしい。
身長や年齢はサイクロプスさんと同じ位……か。
眼鏡を掛けた青肌の美貌は「クールビューティー」という言葉が良く似合う。
このアオオニさんが「お頭」……か。
「始めまして、俺は黒田マモルって言います。
宜しくお願いします」
「ああ、宜しく」
そこそこに自己紹介を終えた俺とアオオニさんは、
早速、爆弾制作の打ち合わせへと話題を変えた。
早速、俺は描いた図をアオオニさんに見せる。
「成程!
爆発そのものじゃなくて、魔界銀の破片を飛ばすって発想は無かったよ」
「ええ、これなら『不殺』で相手を倒せるかと思いまして」
アオオニさんの表情を見る限り、どうやら俺の考えた図面は好印象だったようだ。
「けど、問題点が2つ」
「……何でしょうか」
とりあえずは「話にならない」とか言われて図面を突っ返されるような事は無くて良かったが、問題があるなら解決しなければ。
「まず1つ、これは『割に合わない』よ。
1個当たりに使用される材料と費用が多すぎる。
これじゃ、戦いが始まるまでに2〜3個しか用意出来ない」
「ああ、それなら問題ありません」
要するに、アオオニさんの言いたい事は、
「これが兵器として非効率的だ」という事だろう。
ならば、むしろ願ったり叶ったりだ。
「問題無い……って、どういう……?」
アオオニさんの指摘した『割に合わない』という問題だが、
俺は最初からあえて割に合わない物を作ろうとしていた。
実はこの爆弾は、俺の世界の「手榴弾」を参考にして描いたものである。
故に、この爆弾の『魔界銀』を『普通の金属』に変えるだけで、強力な殺傷武器が完成するのは間違い無い。
にも関わらず、兵器として量産するのに効率的な大きさにしてしまえば、
あっという間に広がって取り返しの付かない事になりかねない。
確かに強力な武器は欲しいが、それにより『間接的な殺人』が多数発生するのはゴメンだ。
「これはあくまでも『切り札』として使うものなので、兵器として効率的で無くとも構いません。
むしろ少数である方が助かります。
あまりコレが広まってしまうと、俺達の知らぬ所で争いの種となりかねませんので」
「……そうか。
ならば、問題無い」
アオオニさんの瞳に、これまでとは異なる光が灯る。
今までとは違って「やるじゃないか」と言わんばかりだ。
という事は、俺が言わんとしている事を彼女は理解してくれたのだろう。
「それじゃあ、次の問題点だ。
魔界銀には確かに殺傷能力が無いが、副作用がある」
「副作用ですか?」
「それを浴び過ぎた人間は、魔物に変わってしまうんだ」
魔界銀の副作用、ねぇ……。
知らなかったが、魔物化か。
考え無しに使うのは危険だが、今の内に知れて良かった……。
ん?
待てよ……!?
いや、これは使える……!!
っと、魔界銀の副作用を利用する方法については後で考えるとしよう。
とりあえずは、アオオニさんと爆弾の制作を進めなければ。
「これを考え無しに敵へと使えば、その者の一生を変えてしまいかねない……と」
「そう。
それが、問題点の2つ目だ」
俺の目的はあくまでも「戦いを起こさせない事」であるため、
俺は爆弾を敵軍であるメンセマトの騎士団に対して使うつもりは今の所無い……が。
状況次第ではコレを使って自分達の身を守らねばならないかもしれない。
そんな時に「魔界銀の副作用」を知らずに使うのは確かに問題だ。
……アオオニさんの言いたい事は、そういう事なのだろう。
「分かりました。
俺は爆弾を使って無差別に敵を変えたりする予定はありません。
ですが、副作用の事はしっかりと心に留めておきます」
「ああ、頼むよ」
さてと、次は爆弾をどれだけ作って貰えるか……だが。
俺はアオオニさんにある事を伝える為、
回りに誰かが居ないか、念の為に確認した。
「どうしたんだ、マモル君」
「アオオニさん、普通に1つ爆弾を作る他に、
皆に秘密でもう1つ爆弾を作成する事は可能ですか?」
実は、存在を皆に知らせて置きたい爆弾が1つと、
皆が存在を知らないもう1つの爆弾が必要なのだ。
「作る爆弾は、合計2つ。
片方は存在を明かして、もう片方は存在を隠す……か。
ここに居る従業員以外には秘密、という条件なら可能だ」
成程、って事は『彼女』には秘密にしている爆弾の存在は知られないって事だな。
なら、問題無い。
「でも、何故それを秘密に?」
「万が一の為の布石、ですね」
「ふうん……まあ、必要なら、引き受けるよ」
アオオニさんは俺に気を遣って、色々突っ込まないでくれたみたいだ。
そういう気遣いは本当にありがたい。
「ありがとうございます!
必ず、作って頂いたものを役立てます」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アオイさんに、聞きたい事があります」
アオオニさんの工房から帰った俺は、アオイさんに大事な事を確認する。
「何でしょうか?」
「アオイさんが以前使ってた『分身の術』についてなんだけどさ。
分身の術を使って何かを増やすって事は可能なの?」
少し落ち込んだような表情で、アオイさんは考え込む。
やがて、彼女は静かに口を開いた。
「……申し訳ございません。
あの術は私の魔力を使って『一時的に増やしているだけ』なので、
何かを術によって増やすというのは限られた時間しか出来ないのです」
待てよ。
それって『一時的であれば増やせる』って事だよな。
……というかむしろ、要が済んだ後は綺麗に消えてもらった方が好都合だ。
アオイさんの表情を見てダメかと思ったが、良かった……!!
「アオイさんには、ここぞって時にコイツを増やして欲しいんだ」
そう言って俺は、
アオオニさんによって改良が加えられた『爆弾の図面』をアオイさんに見せた。
魔界産の原料を使った黒色火薬と魔界銀の破片をたっぷりと詰め込んだ、一尺の花火玉。
爆発すれば広い範囲に魔界銀の破片をばら撒き、周囲にいる者を『殺さずに』倒せる。
アオオニさんはこれを「魔界銀炸裂爆弾」と名付けた。
「……!」
図面の内容を理解して顔を上げたアオイさんに向かって、笑みを浮かべる。
アオイさんも、俺と同じようにニヤリと笑ってくれた。
「佐羽都街とメンセマトの戦いが始まるまでに、あと2日しか無い。
だから、火薬と魔界銀の破片を大量に使うこの爆弾は『1個』しか作れないみたいなんだ」
火薬や魔界銀がこの世界でどれ程の価値があるのかは分からないが、
高価なものである事は間違い無いだろう。
「爆弾」は短期間でそうそう大量に作れるものでは無いというのは予め予想していた。
故に、俺は爆弾の個数を減らして、その分威力や攻撃範囲をなるべく広げるようなイメージで図面を描き……アオオニさんに制作を頼んだ。
そして、都合の良い時だけ完成品を増やせば良いのだ。
質量保存の法則を完全に超越した『分身の術』。
そんなインチキめいた事が可能なクノイチが此処に居る。
「俺が策を巡らせて、皆と共に黒幕に対して王手を掛ける。
そして、最後の1手を決めるのは……アオイさんに任せるよ」
「お任せ下さい、マモル樣」
俺の意を汲み、自信満々に微笑んでくれたアオイさん。
しかし、彼女は知らなかった。
「魔界銀炸裂爆弾」は、
黒幕に対しての切り札であると同時に、アオイさんに対しての切り札でもあるという事を。
それを知る事など出来なくて当然だろう。
俺は彼女に「爆弾が2つある事を知らせていないのだから。
15/02/02 01:06更新 / じゃむぱん
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