優しきクノイチのファインプレー
さっきまで話して分かった事実から見出した推測をアオイさんに伝えた。
「貴方が、一度以上メンセマトで記憶操作を受けている可能性が高い」と。
「な……何を……言ってるんですか、マモル樣?」
アオイさんが、青ざめた顔で、意味が分からないと言わんばかりに俺へ問い返す。
そりゃそうだ。
いきなりこんな事を言われたら誰だって混乱するに決まっている。
ただ、それでもアオイさんの表情が青ざめているのは、
アオイさんには何らかの心当たりがあるのだろうか。
それとも、俺に心外な事を言われて混乱しているだけだろうか。
それを確かめる為にも、今は話を進めねばならない。
「俺は、これからアオイさんにいくつか質問をします。
貴方にとって不快となるような事も聞くでしょう。
ですが、俺は決してアオイさんを責めようとしている訳じゃありません」
「は、はあ……?」
俺が突拍子も無い事を言っても、段々2人は驚かないようになって来た。
自分の喋った事を嘘と疑わぬアオイさんとバフォメットさん。
……色々な意味で普通じゃない事を喋っているという自覚がある以上、こういった感じで話を聞いてくれるのは本当に助かる。
「質問は構わないのですが、
まずはマモル樣がそう思うだけの理由を、話して下さいませんか?」
「……分かりました」
アオイさんに促されて、俺は推測の内容を話し始める。
彼女の記憶が操作されたかもしれないと考えた理由はいくつもある。
そして、それらを簡単に纏めてしまえば……こうだ。
「俺の目から見て今のメンセマトは異常です。
俺が知らなかった事でも、叩けば叩く程にホコリが出てくるような状態です。
にも関わらず『メンセマトが異常だ』って事を最初に言い出したのが、
アオイさんじゃ無くて、この俺だって事がどうしても腑に落ちないんですよ」
「「あっ……!!」」
アオイさんが虚を突かれたような表情となり、
バフォメットさんが隣に居るクノイチと似たような表情のまま彼女を凝視する。
2人共、今のざっくりとした理由だけで俺の言わんとしている事に辿り着いたようだ。
前まで佐羽都街の皆と話していた事の中でも……、
メンセマトの騎士達は3年前に魔物娘の詳細を知った筈なのに皆それを忘れている事、
領主の「命令」を受けた人間は操り人形のようになってしまう可能性が高い事……位は、
俺に会う前にアオイさんが既に発見していても可怪しくない筈だ。
これだけならば、偶然……アオイさんがそういった状況に遭遇しなかっただけかもしれない。
しかし、
ついさっきバフォメットさん話した「異常」を始めとするアレもコレも全部……、
メンセマトに関する具体的な情報を言い出したのは、アオイさんでは無い誰かだ。
つまり、アオイさんは、
メンセマトに関する数多くの「間違い」を『何一つ自分から言い出していない』のだ。
いくら普段は無口なアオイさんでも、俺や皆がメンセマト関連の話をしている時に、
何か自分の知っている情報が有るならば話してくれるだろう。
……アオイさんがそうしなかったという事は、
彼女がそういった矛盾を何一つ発見出来ていない事となる。
――けど、それはどう考えても不自然なのだ。
任務で俺よりもメンセマトに長く潜入しているアオイさんが、
俺があそこに1日足らず居ただけで発見出来た異常を全然見つけられなかったとは考えにくい。
観察眼や動体視力だって、俺よりも彼女の方が上である筈だろう。
ところが「アオイさんがメンセマトの矛盾に関する何らかの手掛かりを掴んだにも関わらず、何者かにその記憶を消されてしまった」と考えると筋が通ってしまう。
だから、俺はその可能性が真実か思い違いかを確かめねばならないのだ。
「そういう訳ですんで、
アオイさんは此方の問いに対して正直に応える事だけを心掛けて頂ければ結構です。
……質問を始めても宜しいですか?」
だから、俺は今……アオイさんにこの推理が合っているかどうかを確かめるべく質問を重ねようとしている。
「……分かりました。
私は、マモル樣の問いに全て正直……にっ!?」
「「!?」」
アオイさんが、突然頭を押さえた。
「……!?
どうしたんじゃ、アオイよ!?」
「アオイさん、何処か痛むんですか!?」
突然様子が変になったアオイさんを心配した俺とバフォメットさんだったが、
彼女は穏やかな表情で「心配は要らない」と言わんばかりにゆっくりと頷いた。
「一瞬だけ、頭の中に不快感を覚えただけですので、心配は無用です」
「不快感って、本当に大丈夫何ですか……!?」
「また何か変な感じがあったらすぐ言うのじゃぞ?」
アオイさんの表情からして彼女は痛みは感じていないようだったが、一体何だったのだろうか?
原因が分からないってのが余計に心配だ。
バフォメットさんも首を捻っていて、心当たりは無さそうだし。
本当、アオイさんに何も無ければ良いのだが。
「ご心配をお掛けしました。
改めて、質問をお願いします」
アオイさんが、改めて俺達に向き合う。
彼女の「異変」は心配だが、今は様子を見守るしか無い。
「…………」
何も言わずこちらを真っ直ぐ見つめるアオイさんの瞳には、俺への信頼が伺える。
彼女を疑うような真似は心が痛むが、アオイさんはそれ以上に苦しい筈だ。
少しでも早く真実に辿り着かなければ……!
「それじゃ、アオイさんは『異世界人召喚の儀式が行われている間』は何をしていましたか?」
「それは……」
俺はアオイさんに質問を重ねて、
彼女が何処に居て、何をしていたか。
メンセマトではどんな情報を誰から入手していたかなどを色々聞いた。
アオイさんの話を纏めると、
彼女は、警備が厳戒であったが故に異世界人召喚の儀が行われる場所には近付けなかったが、異世界人である俺が召喚されたという情報は手に入れた。
しかし、その異世界人が「魔法の使えない、戦闘能力の無い、只の人間」であるが故に、
メンセマトに残して置いては冷遇されてしまうと判断した。
それ故に、アオイさんは儀式を阻止出来なかった事への罪滅ぼしを兼ねて俺を助けてくれたという訳だ。
……だいたい、アオイさんが前に話してくれた内容と同じである。
彼女の話はどこも破綻していないように聞こえていたが、
しつこくネチネチと質問を繰り返し、俺から聞ける事は殆ど聞きつくした時点で、
自身の異変に気が付いたのは……アオイさん自身だった。
「あれ……!?」
「どうしたんですか、アオイさん?」
今までこっちの質問に答えるだけに徹していたアオイさんが、
急に何か大切な事を思い出したかのような表情に変わったのだ。
「え、あれっ……?
私は、どうして……あの時確かに情報を知っていた筈なのに、
何で? 私は誰からそれを入手したのか覚えていない……えっ……!?」
「……!?
アオイさん、落ち着いて下さい!
貴方自身に何があったか、ゆっくりで良いので落ち着いて説明して下さい!!」
またしても様子がおかしくなってしまったアオイさんに対して、
自分が極力冷静になるよう心がけながら、彼女に問いかけを行う。
異常の連続によって一番混乱しているのはアオイさんだ。
にも関わらず此方まで混乱してしまってはいけない……!!
「マモル樣の質問に答えながら自分の記憶を振り返ったら、変な記憶があって……!?」
「変な記憶、ですか……!?」
「……はい。
私は『マモル樣』に関する間違った記憶が頭の中に有ります。
にも関わらず、私がそれを誰から聞いたのか分からないんです……!!」
何だって!?
アオイさんが、俺に関する間違った記憶を……?
間違った、記憶?
いや、待てよ。
確かにそうかも知れない。
俺は只の人間だと思っていたが、実際は特異体質を持っていた。
それを知っていた誰かが、アオイさんに対してあえて間違った記憶を植えつけたとしたら?
「アオイさん!
貴方は俺に関する記憶を『誰かから聞いた』んですか?
それとも『いつの間にかそうだと思っていた』んですか?」
「……間違い無く、後者です。
私は誰かからその人がどんな人かを聞かされたとしても、
件の人間を実際に見るまではその方を評価するような事は致しません。
ましてや、それが『任務』に関わるような事ならなおさら……!!」
任務を最も大事にするアオイさんなら、先入観を持って任務を行うような事はしないだろう。
にも関わらずアオイさんの脳内ではいつの間にか「俺が只の人間だ」という事になっていたという事だろうか。
アオイさんが今言った事が真実なら、俺の推測がほぼ当たっていた事になるのだが。
彼女がこんな大事な事を今まで忘れるような大ポカをするだろうか?
「……これは多分、暗示か何かじゃの」
バフォメットさんが、何かを確信したように重々しく呟いた。
「「暗示、ですか……!?」」
バフォメットさんが発した「暗示」という単語に対して、
俺とアオイさんは偶然にもドンピシャな反応をしてしまった。
「どういう事かと言うと、アオイは――」
バフォメットさんの推測によると、
アオイさんは記憶を操作されていただけでは無く、それが発覚しないように暗示を掛けられていた可能性が高いらしい。
その暗示がどんなものかと言えば、
アオイさんの中にある本来ならば不自然な筈の記憶を彼女にとって自然な記憶に思えるように、
記憶操作とはまた別系統の催眠術のような何かを掛けられていたみたいだ。
しかし、俺が「特異体質持ち」である事が分かった事と、
俺がアオイさんに「記憶操作を受けているんじゃないか」と疑った事と、
その理由として「アオイさんがメンセマトで黒田マモルよりも情報を見つけられていないのは変だ」と言った事で、暗示が壊れてしまった。
……要するに、アオイさんの中で、
本来ならば不自然な筈の記憶が、どう考えても不自然な記憶に戻ったのだ。
多分、アオイさんが頭の不快感を訴えたタイミングで暗示の崩壊が起こったのだろう。
そして……俺に色々質問されたアオイさんが彼女自身の記憶と向き合った時、
アオイさんは自分の中の「不自然な記憶」を「不自然」だと自覚出来た。
これが、バフォメットさんが俺達に話してくれた仮説の概要である。
「――という訳じゃが、2人共儂の言いたい事を分かってくれたかの?」
「……ええ、良くわかりました」
俺は質量保存を超える何かに対してはアッパッパーだし、
アオイさんもそんなには詳しく無いみたいだから、
こういう話をする時にバフォメットさんが居てくれると本当に助かるな……!
多分、アオイさんに記憶操作と暗示を行ったのは領主じゃなくて、その他に居る「黒幕」だ。
領主は、俺が特異体質持ちだと知らなかった。
だから、アオイさんにウソの記憶を植え付けるような真似をしたとはそもそも考えられない。
それに、領主は俺に対して何度もボロを出してしまっている。
実際、ヤツの発言が切欠で俺はメンセマトに対して疑問を抱き始めたのだから。
メンセマトで暗躍しているのがアイツだけなら、街1つが混沌に陥るような大事にはならない筈だ。
何より、そもそも領主がそうする「切欠」が無い。
いくらこの世界の人間が凄くとも、何の前触れも無く他人を操るような力を得る事は出来ない。
前々から領主以外にも誰かを操る力を持つ黒幕がメンセマトの何処かにいるのではないか、と思っていたが。
アオイさんの記憶に異常が見付かった今、それが確定的になったな……!!
俺は考えた。
アオイさんが何故こんな事になってしまったのか。
普通に考えていたつもりが、気が付けば考え方を切り替えていた。
俺が黒幕の立場ならメンセマトに潜入して来たアオイさんに対してどうするか、と。
その途端に、思考回路が調子良く回り始めた。
次々に浮かんできた考えの中から、今有る情報と照らしあわせると成り立たない仮説を除外。
可能性の極端に低いもの、残虐過ぎるだけで無意味なものなども除外。
残った考えを使って、
頭の中でアオイさんの行動と黒幕の「間違い」がどんなものかを構築する。
……アオイさんとの交わりで自覚した『心の黒い部分』が、こんな所で約に立つとはね。
「アオイさんが正体不明の何かに記憶操作をされたのは、多分こういう事だと思います」
多分、今回の「間違い」の原因はコレだろう。
ゲスな黒幕と、優しいアオイさん。
前者がもう後者の行動を読み違えたが故に発生した……敵側の、痛恨のミス。
黒幕が黒田マモルをこの世界に召喚した理由は、
多分俺の「特異体質」を使って何か良からぬ事をしようとしていたのだろう。
領主のような力を使って俺を操り人形にしようとしていたのかも知れないし、
良からぬ事を吹き込んで俺自身に何かをさせようとしていたのかも知れない。
……この事については今ある情報だけでは満足な推理を行うのは不可能だが、
今の問題はその先である為に、後で十分に考察を行う事としよう。
まあ理由はどうであれ、
異世界人を利用する為にはソイツの居る世界から人間を召喚するのが必須となる。
しかし、その為に儀式を行うという情報を佐羽都街の魔物達に知られてしまった。
そこで黒幕の取った行動とは、
佐羽都街から儀式を止める為に来たアオイさんに「今回召喚された人間は無力な者だ」という黒幕側にとって都合の良い記憶を植え付けて、佐羽都街に送り返すというものだった。
もしかしたらアオイさんは、
俺がメンセマトで見つけたような矛盾をその時に何かしら発見出来ていたのかも知れないが、
そういった記憶があったとしても、この時点で記憶を消されてしまっていたのだろう。
だが、此処から敵にとっての誤算が始まってしまう。
アオイさんが黒幕の予想した行動とは正反対の行動を取ってしまったからだ。
黒幕は「無力な人間が召喚された」という情報により、
アオイさんが俺に対する興味を失うと思っていたのだろう。
ところが、心優しきクノイチであるアオイさんは「俺がこのままでは無力であるが故にメンセマトで冷遇を受ける」と判断して、そのまま俺を救ってくれたのだ。
その結果が、これだ。
俺が記憶を消されたりする事無くメンセマトの情報を佐羽都街に持ち帰り、矛盾が露呈した。
さらに、アオイさんの記憶に有る筈の情報が無く、無い筈の情報が彼女の記憶に存在する。
この事実が、今回のいざこざの裏に「とんでも無い黒幕」が居るという事を証明してくれた。
アオイさんのファインプレーが無ければ、
俺が発見した「間違い」ですら、領主や黒幕に記憶を消されていたかもしれない。
事実、領主は俺がメンセマトの矛盾を発見する切欠となった情報を喋ってしまっている。
アオイさんがメンセマトに潜入している間に彼女は記憶を操作されてしまった事となるが、
そもそも敵側の領地に1人で潜入して儀式を止めて来いなどという依頼がそもそもとんでもないものであって、アオイさんが無力だなどという事にはならない。
今回、メンセマトへの潜入と儀式の妨害をアオイさんに依頼したのはバフォメットさんらしいが、バフォメットさんのアオイさんに対する信頼から察するに、
アオイさんは「敵の領地に潜入して儀式を妨害するだけ」なら十分に可能だと
判断していたのだろう。
傍から見ればどう考えても不可能な任務でも何とかして達成しまうのが、アオイさんのようなクノイチがクノイチたる所以なのだろうが……、
今回ばかりはどうにも相手が悪過ぎたという事だったのだろう。
「魔法が届かぬ筈の世界から人間を召喚する」という世界の理すら超えるような相手では、彼女がどれだけ強くとも1人だけでは敵わぬ可能性も十分に有り得るのだ。
「そんな……!」
俺の話によりアオイさんがかなりの高確率で記憶操作を受けている事がとなり、
彼女は傍目から見ても激しく落ち込んでしまっている。
無理をしてまでクノイチらしく感情を抑えようとしているのが余計に痛々しい。
「アオイさん……最初に言ったけど、俺は貴方を責める気は無いよ」
アオイさんやバフォメットさんの意思がどうであろうと、
これだけは真っ先に言っておかねばならない。
極めて、当たり前の事を。
「俺は貴方が操られた事がある可能性が高いからと言って、
アオイさんの事を敵方だと疑うことは勿論しないし。
また操られるかもしれないからと言って何処かの柱に縛り付けて置くような事もしない」
俺にとっては当たり前の事。
そもそも、俺は質問の結果次第でアオイさんを責める気は最初から無い。
「ですが、私は……!」
しかし、今のアオイさんは自分自身を信用出来ないようだ。
なら、今度は俺が彼女を信じよう。
アオイさんが今まで何度もそうしてくれたように……!!
「アオイさんはメンセマトと佐羽都街との戦いを止めるべく思いっきり無茶をすると決めた俺を信じて俺と共に行く道を選んでくれたんだ。
……今度は、俺が貴方を信じてやれなくてどうする?」
アオイさんに対して当たり前の事を言いながらそれっぽく格好つけた時点で、
心の中を整理しつつ、俺の中に1つの考えを構築する事が出来ていた。
――『もし、アオイさんが敵に操られてしまったら、どうやって彼女を救い出すか』である。
「マモル様、ありがとうございます……!!」
アオイさんの表情には多くの不安が未だに残っているが、
俺の言葉でほんの少しだけだが安心して貰えたようだ。
だが、問題はこの先どうすべきかなんだよな。
「そうは言っても、どうするんじゃ?
万が一アオイに何かあれば、それをお主にどうにか出来るのか?」
此方を心配してくれるバフォメットさんだが……その瞳が、心なしか少し冷やかな気がする。
まあ、当然だろう。
……俺にアオイさんが何かあった時に彼女を止められる実力など無い。
にも関わらずそんな事を言うなど大言壮語も良い所である。
「まあ、確かに俺1人では無理ですから……協力者が必要です。
あと……それから、道具の準備と裏工作もしないといけませんね」
「ん?
お主、もしかしてアオイを止められる方法を既に思い付いているとでも言うのかの?」
どうやら、バフォメットさんは俺がアオイさんの事を口だけで信じているとか言ってるだけだと思っていたようだ。
そして、俺自身が彼女からそういった評価を受けているという事を理解した上で、
俺はこっそりと心の中だけでほくそ笑んでいた。
コレは、使える……と。
そんな胸中を極力出さぬようにしつつ、何食わぬ顔でバフォメットさんに応答する。
「でなきゃ、アオイさんを却って心配させちゃうだけですから。
愛しい人を思う気持ち『だけ』だと奇跡は起こせませんからね」
っと、いけない。
ちょっと、刺のある言い方になっちまったな。
「む、それはすまんかったのぅ……!」
まあ、周囲の俺に対する評価がその程度だって事はむしろ当然だろう。
俺は自分の中でやるべき事は決まっているものの、
まだこの世界では何一つ皆の約に立つような何かを成し遂げられていないのだ。
「とにかく、これは緊急事態じゃ。
マモル殿、戦いを止める為に、そしてアオイにもしもの事があった時の為に……、
貴殿が望む時、望む助けを得られるように手配して置こう。
後で、正式な書状を届けるからの」
これまで見た中で一番真剣な表情で、バフォメットさんはとんでも無い事を言ってくれた。
彼女から出された提案は俺にとっては渡りの船だが、
これだけ旨過ぎる話に対して簡単に乗ってしまって良いのだろうか?
「い、良いんですか?
自分で言って置いて何ですけど、俺はムチャクチャな事言ってますよ?」
「まあ、お伽話のような話が現実を帯びつつあるからの。
今まで通りのやり方だけではこちらが痛い目を見る確率が高いのじゃ」
アオイさんが記憶操作を受けたとしたら、
その時に佐羽都街の機密とかもメンセマト側に漏れているかもしれない。
そうだとしたら、力押しで戦うのは分が悪くなる。
こりゃ、ますますメンセマトと佐羽都街を戦わせる訳にはいかなくなったな。
「何より、アオイを救いたいというのはお主だけでは無い。
この街の皆がそうなのじゃ!」
「分かりました。
微力ながら、アオイさんとこの街を守る為に力を尽くします」
成程、アオイさんを助けたいという思いは街の総意、か……!
「うむ、それで……、
さっきはアオイを止めるのに1人じゃ無理だとか言ってたが、
協力者や道具の用意が必要なら今のうちに手配しておくぞ?」
「ええ、では……!」
俺は、バフォメットさんに告げた。
アオイさんにもしもの時が起こった時、彼女を救う為に協力して貰う人達が誰なのかを。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アオイさんやバフォメットさんと、今後の行動について色々話しこんでいる内にすっかり日が暮れて夜になってしまった。
俺は今……バフォメットさんの館のとある広間に来ている。
そして、アオイさんはあえてこの場所から遠く離れた場所に居る。
なぜなら俺が今から呼び出した人達と話すのは、
万が一の事態が起こった時の「アオイさん救出作戦」だからだ。
そして、今。
バフォメットさん経由で俺が呼びたした人達がこちらへ向かって来ている。
見覚えのある顔の男達が俺の前にぞろぞろと並んだ。
「よう、また会ったな……黒髪の兄ちゃん」
俺が裏工作の仲間として選んだのは、かつての敵だった男共。
以前爺さんが雇っていた傭兵さん達だった。
俺がわざわざ彼等を呼んだのは佐羽都街の味方を信頼していないからじゃない。
傭兵さん達だからこそ可能な事が、アオイさんを止める為の布石として必要なのだ。
……俺が心の中で「爺さん」と呼んでいた今は亡きメンセマトの老魔導師は、
他国人間である傭兵さん達を雇い、俺やアオイさんを殺そうとして来た。
爺さんはアオイさんを確実に殺す為に、
傭兵さん達を使って時間稼ぎをして、彼等ごとアオイさんを魔法で焼き殺そうとした。
そんな無慈悲な攻撃の前に、アオイさんは身を呈してまで彼等を庇おうとしたのだ。
実際は、その攻撃が彼等やアオイさんに届く事は無かった。
俺がヤケクソでぶん投げたスマホがまぐれで爺さんに命中し、凶悪な攻撃は成功しなかった。
けど、彼等にとってその時の出来事がアオイさんへの「借り」である事には代わり無いのだ。
だから、今回……わざわざ俺なんかの話に耳を傾けようとしてくれている。
「それで、クノイチの姉ちゃんを止めるってのはどうするんだ?
言わなくても分かってると思うが、俺らが束になってもあの子にゃ勝てねえぜ」
傭兵さん達の中から1人の男が俺に手段を聞いて来た。
周りの皆も彼に同調するように頷いている。
以前の戦いで、傭兵さん達は皆一斉にアオイさんへ襲い掛かったが、
彼等はアオイさん1人に圧倒されてしまった。
傭兵さん達の言わんとしている事は分かっている。
例え彼女が操られているだけだったとしても、
アオイさんに対してバカ正直に真正面から相対したって絶対に勝てやしない。
……だが、今回の目的は『操られたアオイさんを救う事』であり、
『アオイさんに勝利する事』じゃあない。
要はアオイさんの動きをこっちが殺されない程度に制限しつつ、
彼女を操っている者を倒してしまえば良いのだ。
「魔界銀の性質を利用して、アオイさんを騙すんですよ」
「魔界銀だあ……!?」
魔界銀。
……相手に衝撃や快楽を与えても、その者に傷を付けず決して命を奪わない。
俺の世界には存在しない、この世界ならではのスーパーメタルが、
アオイさんを救う事と、メンセマトの敵勢力を打倒する為の重要な鍵となるだろう。
「もうご存知かと思いますが、魔界銀というのは――」
まずは、傭兵さん達に魔界銀の性質を簡単に説明する。
彼等はアオイさんに魔界銀の武器で攻撃されていたが故にその性質を十分理解しているだろうが、この後の説明を滞り無く行う為に一応の説明を行っておく。
バフォメットさんから紹介された、
サイクロプスさん夫婦とアカオニさんの鍛冶屋で魔界銀の性質は予習済みだ。
「ですから――」
続いて、アオイさんを救うための作戦の前半部分を話す。
とある行動によって俺がアオイさんの動きを止めて、
その隙に傭兵さん達が彼女を操っている者を撃破するという作戦だ。
「お前が、わざわざ他の連中じゃなくて俺達を呼んだ理由は分かった。
だが、そんなに上手くいくか?
何かが失敗したり、敵が予想以上だったりすればお前の策は簡単に破綻するぞ?」
この時点で、傭兵さん達が俺に疑問を呈した。
「ええ、それは貴方の仰る通りです。
ですが、これは言わば作戦の前半部分ですから。
そして後半部分はと言うと……!」
前半部分の作戦だけでアオイさんが止まってくれれば、良し。
そうならなければ「前半部分の作戦失敗」が布石となる後半部分の作戦がある。
そして、此処から先は冗談抜きの命懸け。
コレを実行した後は……本当にどうなるかは分からない。
しかし、それでも俺はやらねばならないのだ。
俺が最優先すべき事は、アオイさんが最も悲しむであろう事を防ぐ事。
それは「アオイさんに誰も殺させない」という事だ。
アオイさんは普段は無口で無表情で凛々しく、時には冷たくも見えるクノイチだが、
実際の所……彼女は誰よりも暖かく、優しい。
例え操られているだけだったとしても、仮に彼女が誰かを手に掛けてしまったのなら、
アオイさんは……深く、深く悲しむだろう。
ましてや犠牲者が彼女と親しい人間だったりしたらもう、目も当てられない。
もしも、俺とアオイさんの立場が逆で。
俺が操られたせいでアオイさんを手に掛けてしまった……何て事になったとしたら。
俺はもう、心が折れて二度と立ち上がれなくなるだろう。
だからこそ、アオイさんをそんな状況に陥らせる訳にはいかない。
如何なる手段を使ってでも、絶っ対に……!!
「――そして、至近距離で……ドカーン!! という訳です」
俺が自分の考えを話し終えた時、傭兵さん達は皆……絶句していた。
「わ、分かった。
お前にそこまでの覚悟が有るなら、俺達も付き合うぜ……!」
「本当ですか!?
ありがとうございます……!!
ありがとうございますっ!!!!」
作戦を話した結果、俺は傭兵さん達を味方に付ける事が出来た。
さらに、アオイさんが操られているかもしれないという緊急事態により、
バフォメットさんが俺に全面協力を約束してくれている。
彼女の協力により、での裏工作を滞りなく出来るだろう。
――これで、俺がこの世界に来てからの積み重ねとも言える作戦を実行出来る。
アオイさんを何らかの洗脳行為を施したであろう、黒幕。
ソイツが力を与えたであろう領主がアオイさんに何かしたのか、
黒幕自身が彼女に何かをしたのかは……まだ分からない。
だが、一つだけ確かな事がある。
それは、アオイさんをそういった連中の手から救い出さなければならないという事だ。
そして……彼女を最も確実に呪縛から解き放つ方法とは、
黒幕もろとも敵勢力に存在する闇を確実に排除する事だろう。
その為に、俺はこれから文字通り全てを利用する。
俺が前々から考えていた「メンセマトと佐羽都街を戦争状態にさせない為の考え」だが、
それは『メンセマトの闇に関する真実を暴く事で、領主と黒幕を両軍にとっての共通の敵へと仕立て上げる』というだけの、抽象的な目標に過ぎなかった。
だがアオイさんが極めて高い可能性で記憶操作をされている事を受けて、考えを改めた。
一度はアオイさんと意見をぶつけ合う事により考えは一段階先に進んだが、
それだけではまだ足りない。
敵は恐らく、こっちが想定しているよりも狡猾で……強大。
今まで通りの考えだけでは倒せない可能性が高い。
――だから、俺は計画をさらに発展させた。
万が一、アオイさんが敵に操られてしまった時の対処法と、
彼女を操ったと思われる強敵への対策を含めて策を練り直した。
アオイさんを何とかして守りたいという気持ちと、
彼女の記憶を奪い、改ざんした連中への怒りが、
俺の思考回路をかつて無い程の早さで回転させてくれた。
そのお陰で、今ははっきりとその終着点が見えた。
メンセマトと佐羽都街の皆に囲まれ、ボッコボコにされ、
『何故だ、どうしてこうなった』と喚きながら崩れ落ちる黒幕……!
それが、俺がこれから描こうとしている方程式だ。
さらに、その為の布石を……メンセマトと佐羽都街の戦いが始まるまでの、
残り4日足らずでどうやって仕込んで行くかの計算も済んでいる。
……後は計画を実行に映すだけだ。
俺は、
この世界に来てから、皆に対して何一つカッコ良い所を見せる事が出来ていない。
戦闘能力は皆無。
かろうじて特異体質を持った人間ではあるが、それは限られた状況でしか約に立たないだろう。
そして何より性格が極めて自己中心的だ。
――『俺が』俺の世界に帰れない。
――『俺が』弱いから皆の約に立てない、そんなの嫌だ。
――『俺が』アオイさんに吊り合わない人間のままじゃ嫌だから、何かを成し遂げたい。
……この世界に来てから、そんなんばっかである。
だが、そんな俺だからこそ実行可能となる『奇策』ってヤツをご覧に入れよう。
俺達の敵となる者共に対して、ありったけの悪意を込めて……!
「貴方が、一度以上メンセマトで記憶操作を受けている可能性が高い」と。
「な……何を……言ってるんですか、マモル樣?」
アオイさんが、青ざめた顔で、意味が分からないと言わんばかりに俺へ問い返す。
そりゃそうだ。
いきなりこんな事を言われたら誰だって混乱するに決まっている。
ただ、それでもアオイさんの表情が青ざめているのは、
アオイさんには何らかの心当たりがあるのだろうか。
それとも、俺に心外な事を言われて混乱しているだけだろうか。
それを確かめる為にも、今は話を進めねばならない。
「俺は、これからアオイさんにいくつか質問をします。
貴方にとって不快となるような事も聞くでしょう。
ですが、俺は決してアオイさんを責めようとしている訳じゃありません」
「は、はあ……?」
俺が突拍子も無い事を言っても、段々2人は驚かないようになって来た。
自分の喋った事を嘘と疑わぬアオイさんとバフォメットさん。
……色々な意味で普通じゃない事を喋っているという自覚がある以上、こういった感じで話を聞いてくれるのは本当に助かる。
「質問は構わないのですが、
まずはマモル樣がそう思うだけの理由を、話して下さいませんか?」
「……分かりました」
アオイさんに促されて、俺は推測の内容を話し始める。
彼女の記憶が操作されたかもしれないと考えた理由はいくつもある。
そして、それらを簡単に纏めてしまえば……こうだ。
「俺の目から見て今のメンセマトは異常です。
俺が知らなかった事でも、叩けば叩く程にホコリが出てくるような状態です。
にも関わらず『メンセマトが異常だ』って事を最初に言い出したのが、
アオイさんじゃ無くて、この俺だって事がどうしても腑に落ちないんですよ」
「「あっ……!!」」
アオイさんが虚を突かれたような表情となり、
バフォメットさんが隣に居るクノイチと似たような表情のまま彼女を凝視する。
2人共、今のざっくりとした理由だけで俺の言わんとしている事に辿り着いたようだ。
前まで佐羽都街の皆と話していた事の中でも……、
メンセマトの騎士達は3年前に魔物娘の詳細を知った筈なのに皆それを忘れている事、
領主の「命令」を受けた人間は操り人形のようになってしまう可能性が高い事……位は、
俺に会う前にアオイさんが既に発見していても可怪しくない筈だ。
これだけならば、偶然……アオイさんがそういった状況に遭遇しなかっただけかもしれない。
しかし、
ついさっきバフォメットさん話した「異常」を始めとするアレもコレも全部……、
メンセマトに関する具体的な情報を言い出したのは、アオイさんでは無い誰かだ。
つまり、アオイさんは、
メンセマトに関する数多くの「間違い」を『何一つ自分から言い出していない』のだ。
いくら普段は無口なアオイさんでも、俺や皆がメンセマト関連の話をしている時に、
何か自分の知っている情報が有るならば話してくれるだろう。
……アオイさんがそうしなかったという事は、
彼女がそういった矛盾を何一つ発見出来ていない事となる。
――けど、それはどう考えても不自然なのだ。
任務で俺よりもメンセマトに長く潜入しているアオイさんが、
俺があそこに1日足らず居ただけで発見出来た異常を全然見つけられなかったとは考えにくい。
観察眼や動体視力だって、俺よりも彼女の方が上である筈だろう。
ところが「アオイさんがメンセマトの矛盾に関する何らかの手掛かりを掴んだにも関わらず、何者かにその記憶を消されてしまった」と考えると筋が通ってしまう。
だから、俺はその可能性が真実か思い違いかを確かめねばならないのだ。
「そういう訳ですんで、
アオイさんは此方の問いに対して正直に応える事だけを心掛けて頂ければ結構です。
……質問を始めても宜しいですか?」
だから、俺は今……アオイさんにこの推理が合っているかどうかを確かめるべく質問を重ねようとしている。
「……分かりました。
私は、マモル樣の問いに全て正直……にっ!?」
「「!?」」
アオイさんが、突然頭を押さえた。
「……!?
どうしたんじゃ、アオイよ!?」
「アオイさん、何処か痛むんですか!?」
突然様子が変になったアオイさんを心配した俺とバフォメットさんだったが、
彼女は穏やかな表情で「心配は要らない」と言わんばかりにゆっくりと頷いた。
「一瞬だけ、頭の中に不快感を覚えただけですので、心配は無用です」
「不快感って、本当に大丈夫何ですか……!?」
「また何か変な感じがあったらすぐ言うのじゃぞ?」
アオイさんの表情からして彼女は痛みは感じていないようだったが、一体何だったのだろうか?
原因が分からないってのが余計に心配だ。
バフォメットさんも首を捻っていて、心当たりは無さそうだし。
本当、アオイさんに何も無ければ良いのだが。
「ご心配をお掛けしました。
改めて、質問をお願いします」
アオイさんが、改めて俺達に向き合う。
彼女の「異変」は心配だが、今は様子を見守るしか無い。
「…………」
何も言わずこちらを真っ直ぐ見つめるアオイさんの瞳には、俺への信頼が伺える。
彼女を疑うような真似は心が痛むが、アオイさんはそれ以上に苦しい筈だ。
少しでも早く真実に辿り着かなければ……!
「それじゃ、アオイさんは『異世界人召喚の儀式が行われている間』は何をしていましたか?」
「それは……」
俺はアオイさんに質問を重ねて、
彼女が何処に居て、何をしていたか。
メンセマトではどんな情報を誰から入手していたかなどを色々聞いた。
アオイさんの話を纏めると、
彼女は、警備が厳戒であったが故に異世界人召喚の儀が行われる場所には近付けなかったが、異世界人である俺が召喚されたという情報は手に入れた。
しかし、その異世界人が「魔法の使えない、戦闘能力の無い、只の人間」であるが故に、
メンセマトに残して置いては冷遇されてしまうと判断した。
それ故に、アオイさんは儀式を阻止出来なかった事への罪滅ぼしを兼ねて俺を助けてくれたという訳だ。
……だいたい、アオイさんが前に話してくれた内容と同じである。
彼女の話はどこも破綻していないように聞こえていたが、
しつこくネチネチと質問を繰り返し、俺から聞ける事は殆ど聞きつくした時点で、
自身の異変に気が付いたのは……アオイさん自身だった。
「あれ……!?」
「どうしたんですか、アオイさん?」
今までこっちの質問に答えるだけに徹していたアオイさんが、
急に何か大切な事を思い出したかのような表情に変わったのだ。
「え、あれっ……?
私は、どうして……あの時確かに情報を知っていた筈なのに、
何で? 私は誰からそれを入手したのか覚えていない……えっ……!?」
「……!?
アオイさん、落ち着いて下さい!
貴方自身に何があったか、ゆっくりで良いので落ち着いて説明して下さい!!」
またしても様子がおかしくなってしまったアオイさんに対して、
自分が極力冷静になるよう心がけながら、彼女に問いかけを行う。
異常の連続によって一番混乱しているのはアオイさんだ。
にも関わらず此方まで混乱してしまってはいけない……!!
「マモル樣の質問に答えながら自分の記憶を振り返ったら、変な記憶があって……!?」
「変な記憶、ですか……!?」
「……はい。
私は『マモル樣』に関する間違った記憶が頭の中に有ります。
にも関わらず、私がそれを誰から聞いたのか分からないんです……!!」
何だって!?
アオイさんが、俺に関する間違った記憶を……?
間違った、記憶?
いや、待てよ。
確かにそうかも知れない。
俺は只の人間だと思っていたが、実際は特異体質を持っていた。
それを知っていた誰かが、アオイさんに対してあえて間違った記憶を植えつけたとしたら?
「アオイさん!
貴方は俺に関する記憶を『誰かから聞いた』んですか?
それとも『いつの間にかそうだと思っていた』んですか?」
「……間違い無く、後者です。
私は誰かからその人がどんな人かを聞かされたとしても、
件の人間を実際に見るまではその方を評価するような事は致しません。
ましてや、それが『任務』に関わるような事ならなおさら……!!」
任務を最も大事にするアオイさんなら、先入観を持って任務を行うような事はしないだろう。
にも関わらずアオイさんの脳内ではいつの間にか「俺が只の人間だ」という事になっていたという事だろうか。
アオイさんが今言った事が真実なら、俺の推測がほぼ当たっていた事になるのだが。
彼女がこんな大事な事を今まで忘れるような大ポカをするだろうか?
「……これは多分、暗示か何かじゃの」
バフォメットさんが、何かを確信したように重々しく呟いた。
「「暗示、ですか……!?」」
バフォメットさんが発した「暗示」という単語に対して、
俺とアオイさんは偶然にもドンピシャな反応をしてしまった。
「どういう事かと言うと、アオイは――」
バフォメットさんの推測によると、
アオイさんは記憶を操作されていただけでは無く、それが発覚しないように暗示を掛けられていた可能性が高いらしい。
その暗示がどんなものかと言えば、
アオイさんの中にある本来ならば不自然な筈の記憶を彼女にとって自然な記憶に思えるように、
記憶操作とはまた別系統の催眠術のような何かを掛けられていたみたいだ。
しかし、俺が「特異体質持ち」である事が分かった事と、
俺がアオイさんに「記憶操作を受けているんじゃないか」と疑った事と、
その理由として「アオイさんがメンセマトで黒田マモルよりも情報を見つけられていないのは変だ」と言った事で、暗示が壊れてしまった。
……要するに、アオイさんの中で、
本来ならば不自然な筈の記憶が、どう考えても不自然な記憶に戻ったのだ。
多分、アオイさんが頭の不快感を訴えたタイミングで暗示の崩壊が起こったのだろう。
そして……俺に色々質問されたアオイさんが彼女自身の記憶と向き合った時、
アオイさんは自分の中の「不自然な記憶」を「不自然」だと自覚出来た。
これが、バフォメットさんが俺達に話してくれた仮説の概要である。
「――という訳じゃが、2人共儂の言いたい事を分かってくれたかの?」
「……ええ、良くわかりました」
俺は質量保存を超える何かに対してはアッパッパーだし、
アオイさんもそんなには詳しく無いみたいだから、
こういう話をする時にバフォメットさんが居てくれると本当に助かるな……!
多分、アオイさんに記憶操作と暗示を行ったのは領主じゃなくて、その他に居る「黒幕」だ。
領主は、俺が特異体質持ちだと知らなかった。
だから、アオイさんにウソの記憶を植え付けるような真似をしたとはそもそも考えられない。
それに、領主は俺に対して何度もボロを出してしまっている。
実際、ヤツの発言が切欠で俺はメンセマトに対して疑問を抱き始めたのだから。
メンセマトで暗躍しているのがアイツだけなら、街1つが混沌に陥るような大事にはならない筈だ。
何より、そもそも領主がそうする「切欠」が無い。
いくらこの世界の人間が凄くとも、何の前触れも無く他人を操るような力を得る事は出来ない。
前々から領主以外にも誰かを操る力を持つ黒幕がメンセマトの何処かにいるのではないか、と思っていたが。
アオイさんの記憶に異常が見付かった今、それが確定的になったな……!!
俺は考えた。
アオイさんが何故こんな事になってしまったのか。
普通に考えていたつもりが、気が付けば考え方を切り替えていた。
俺が黒幕の立場ならメンセマトに潜入して来たアオイさんに対してどうするか、と。
その途端に、思考回路が調子良く回り始めた。
次々に浮かんできた考えの中から、今有る情報と照らしあわせると成り立たない仮説を除外。
可能性の極端に低いもの、残虐過ぎるだけで無意味なものなども除外。
残った考えを使って、
頭の中でアオイさんの行動と黒幕の「間違い」がどんなものかを構築する。
……アオイさんとの交わりで自覚した『心の黒い部分』が、こんな所で約に立つとはね。
「アオイさんが正体不明の何かに記憶操作をされたのは、多分こういう事だと思います」
多分、今回の「間違い」の原因はコレだろう。
ゲスな黒幕と、優しいアオイさん。
前者がもう後者の行動を読み違えたが故に発生した……敵側の、痛恨のミス。
黒幕が黒田マモルをこの世界に召喚した理由は、
多分俺の「特異体質」を使って何か良からぬ事をしようとしていたのだろう。
領主のような力を使って俺を操り人形にしようとしていたのかも知れないし、
良からぬ事を吹き込んで俺自身に何かをさせようとしていたのかも知れない。
……この事については今ある情報だけでは満足な推理を行うのは不可能だが、
今の問題はその先である為に、後で十分に考察を行う事としよう。
まあ理由はどうであれ、
異世界人を利用する為にはソイツの居る世界から人間を召喚するのが必須となる。
しかし、その為に儀式を行うという情報を佐羽都街の魔物達に知られてしまった。
そこで黒幕の取った行動とは、
佐羽都街から儀式を止める為に来たアオイさんに「今回召喚された人間は無力な者だ」という黒幕側にとって都合の良い記憶を植え付けて、佐羽都街に送り返すというものだった。
もしかしたらアオイさんは、
俺がメンセマトで見つけたような矛盾をその時に何かしら発見出来ていたのかも知れないが、
そういった記憶があったとしても、この時点で記憶を消されてしまっていたのだろう。
だが、此処から敵にとっての誤算が始まってしまう。
アオイさんが黒幕の予想した行動とは正反対の行動を取ってしまったからだ。
黒幕は「無力な人間が召喚された」という情報により、
アオイさんが俺に対する興味を失うと思っていたのだろう。
ところが、心優しきクノイチであるアオイさんは「俺がこのままでは無力であるが故にメンセマトで冷遇を受ける」と判断して、そのまま俺を救ってくれたのだ。
その結果が、これだ。
俺が記憶を消されたりする事無くメンセマトの情報を佐羽都街に持ち帰り、矛盾が露呈した。
さらに、アオイさんの記憶に有る筈の情報が無く、無い筈の情報が彼女の記憶に存在する。
この事実が、今回のいざこざの裏に「とんでも無い黒幕」が居るという事を証明してくれた。
アオイさんのファインプレーが無ければ、
俺が発見した「間違い」ですら、領主や黒幕に記憶を消されていたかもしれない。
事実、領主は俺がメンセマトの矛盾を発見する切欠となった情報を喋ってしまっている。
アオイさんがメンセマトに潜入している間に彼女は記憶を操作されてしまった事となるが、
そもそも敵側の領地に1人で潜入して儀式を止めて来いなどという依頼がそもそもとんでもないものであって、アオイさんが無力だなどという事にはならない。
今回、メンセマトへの潜入と儀式の妨害をアオイさんに依頼したのはバフォメットさんらしいが、バフォメットさんのアオイさんに対する信頼から察するに、
アオイさんは「敵の領地に潜入して儀式を妨害するだけ」なら十分に可能だと
判断していたのだろう。
傍から見ればどう考えても不可能な任務でも何とかして達成しまうのが、アオイさんのようなクノイチがクノイチたる所以なのだろうが……、
今回ばかりはどうにも相手が悪過ぎたという事だったのだろう。
「魔法が届かぬ筈の世界から人間を召喚する」という世界の理すら超えるような相手では、彼女がどれだけ強くとも1人だけでは敵わぬ可能性も十分に有り得るのだ。
「そんな……!」
俺の話によりアオイさんがかなりの高確率で記憶操作を受けている事がとなり、
彼女は傍目から見ても激しく落ち込んでしまっている。
無理をしてまでクノイチらしく感情を抑えようとしているのが余計に痛々しい。
「アオイさん……最初に言ったけど、俺は貴方を責める気は無いよ」
アオイさんやバフォメットさんの意思がどうであろうと、
これだけは真っ先に言っておかねばならない。
極めて、当たり前の事を。
「俺は貴方が操られた事がある可能性が高いからと言って、
アオイさんの事を敵方だと疑うことは勿論しないし。
また操られるかもしれないからと言って何処かの柱に縛り付けて置くような事もしない」
俺にとっては当たり前の事。
そもそも、俺は質問の結果次第でアオイさんを責める気は最初から無い。
「ですが、私は……!」
しかし、今のアオイさんは自分自身を信用出来ないようだ。
なら、今度は俺が彼女を信じよう。
アオイさんが今まで何度もそうしてくれたように……!!
「アオイさんはメンセマトと佐羽都街との戦いを止めるべく思いっきり無茶をすると決めた俺を信じて俺と共に行く道を選んでくれたんだ。
……今度は、俺が貴方を信じてやれなくてどうする?」
アオイさんに対して当たり前の事を言いながらそれっぽく格好つけた時点で、
心の中を整理しつつ、俺の中に1つの考えを構築する事が出来ていた。
――『もし、アオイさんが敵に操られてしまったら、どうやって彼女を救い出すか』である。
「マモル様、ありがとうございます……!!」
アオイさんの表情には多くの不安が未だに残っているが、
俺の言葉でほんの少しだけだが安心して貰えたようだ。
だが、問題はこの先どうすべきかなんだよな。
「そうは言っても、どうするんじゃ?
万が一アオイに何かあれば、それをお主にどうにか出来るのか?」
此方を心配してくれるバフォメットさんだが……その瞳が、心なしか少し冷やかな気がする。
まあ、当然だろう。
……俺にアオイさんが何かあった時に彼女を止められる実力など無い。
にも関わらずそんな事を言うなど大言壮語も良い所である。
「まあ、確かに俺1人では無理ですから……協力者が必要です。
あと……それから、道具の準備と裏工作もしないといけませんね」
「ん?
お主、もしかしてアオイを止められる方法を既に思い付いているとでも言うのかの?」
どうやら、バフォメットさんは俺がアオイさんの事を口だけで信じているとか言ってるだけだと思っていたようだ。
そして、俺自身が彼女からそういった評価を受けているという事を理解した上で、
俺はこっそりと心の中だけでほくそ笑んでいた。
コレは、使える……と。
そんな胸中を極力出さぬようにしつつ、何食わぬ顔でバフォメットさんに応答する。
「でなきゃ、アオイさんを却って心配させちゃうだけですから。
愛しい人を思う気持ち『だけ』だと奇跡は起こせませんからね」
っと、いけない。
ちょっと、刺のある言い方になっちまったな。
「む、それはすまんかったのぅ……!」
まあ、周囲の俺に対する評価がその程度だって事はむしろ当然だろう。
俺は自分の中でやるべき事は決まっているものの、
まだこの世界では何一つ皆の約に立つような何かを成し遂げられていないのだ。
「とにかく、これは緊急事態じゃ。
マモル殿、戦いを止める為に、そしてアオイにもしもの事があった時の為に……、
貴殿が望む時、望む助けを得られるように手配して置こう。
後で、正式な書状を届けるからの」
これまで見た中で一番真剣な表情で、バフォメットさんはとんでも無い事を言ってくれた。
彼女から出された提案は俺にとっては渡りの船だが、
これだけ旨過ぎる話に対して簡単に乗ってしまって良いのだろうか?
「い、良いんですか?
自分で言って置いて何ですけど、俺はムチャクチャな事言ってますよ?」
「まあ、お伽話のような話が現実を帯びつつあるからの。
今まで通りのやり方だけではこちらが痛い目を見る確率が高いのじゃ」
アオイさんが記憶操作を受けたとしたら、
その時に佐羽都街の機密とかもメンセマト側に漏れているかもしれない。
そうだとしたら、力押しで戦うのは分が悪くなる。
こりゃ、ますますメンセマトと佐羽都街を戦わせる訳にはいかなくなったな。
「何より、アオイを救いたいというのはお主だけでは無い。
この街の皆がそうなのじゃ!」
「分かりました。
微力ながら、アオイさんとこの街を守る為に力を尽くします」
成程、アオイさんを助けたいという思いは街の総意、か……!
「うむ、それで……、
さっきはアオイを止めるのに1人じゃ無理だとか言ってたが、
協力者や道具の用意が必要なら今のうちに手配しておくぞ?」
「ええ、では……!」
俺は、バフォメットさんに告げた。
アオイさんにもしもの時が起こった時、彼女を救う為に協力して貰う人達が誰なのかを。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アオイさんやバフォメットさんと、今後の行動について色々話しこんでいる内にすっかり日が暮れて夜になってしまった。
俺は今……バフォメットさんの館のとある広間に来ている。
そして、アオイさんはあえてこの場所から遠く離れた場所に居る。
なぜなら俺が今から呼び出した人達と話すのは、
万が一の事態が起こった時の「アオイさん救出作戦」だからだ。
そして、今。
バフォメットさん経由で俺が呼びたした人達がこちらへ向かって来ている。
見覚えのある顔の男達が俺の前にぞろぞろと並んだ。
「よう、また会ったな……黒髪の兄ちゃん」
俺が裏工作の仲間として選んだのは、かつての敵だった男共。
以前爺さんが雇っていた傭兵さん達だった。
俺がわざわざ彼等を呼んだのは佐羽都街の味方を信頼していないからじゃない。
傭兵さん達だからこそ可能な事が、アオイさんを止める為の布石として必要なのだ。
……俺が心の中で「爺さん」と呼んでいた今は亡きメンセマトの老魔導師は、
他国人間である傭兵さん達を雇い、俺やアオイさんを殺そうとして来た。
爺さんはアオイさんを確実に殺す為に、
傭兵さん達を使って時間稼ぎをして、彼等ごとアオイさんを魔法で焼き殺そうとした。
そんな無慈悲な攻撃の前に、アオイさんは身を呈してまで彼等を庇おうとしたのだ。
実際は、その攻撃が彼等やアオイさんに届く事は無かった。
俺がヤケクソでぶん投げたスマホがまぐれで爺さんに命中し、凶悪な攻撃は成功しなかった。
けど、彼等にとってその時の出来事がアオイさんへの「借り」である事には代わり無いのだ。
だから、今回……わざわざ俺なんかの話に耳を傾けようとしてくれている。
「それで、クノイチの姉ちゃんを止めるってのはどうするんだ?
言わなくても分かってると思うが、俺らが束になってもあの子にゃ勝てねえぜ」
傭兵さん達の中から1人の男が俺に手段を聞いて来た。
周りの皆も彼に同調するように頷いている。
以前の戦いで、傭兵さん達は皆一斉にアオイさんへ襲い掛かったが、
彼等はアオイさん1人に圧倒されてしまった。
傭兵さん達の言わんとしている事は分かっている。
例え彼女が操られているだけだったとしても、
アオイさんに対してバカ正直に真正面から相対したって絶対に勝てやしない。
……だが、今回の目的は『操られたアオイさんを救う事』であり、
『アオイさんに勝利する事』じゃあない。
要はアオイさんの動きをこっちが殺されない程度に制限しつつ、
彼女を操っている者を倒してしまえば良いのだ。
「魔界銀の性質を利用して、アオイさんを騙すんですよ」
「魔界銀だあ……!?」
魔界銀。
……相手に衝撃や快楽を与えても、その者に傷を付けず決して命を奪わない。
俺の世界には存在しない、この世界ならではのスーパーメタルが、
アオイさんを救う事と、メンセマトの敵勢力を打倒する為の重要な鍵となるだろう。
「もうご存知かと思いますが、魔界銀というのは――」
まずは、傭兵さん達に魔界銀の性質を簡単に説明する。
彼等はアオイさんに魔界銀の武器で攻撃されていたが故にその性質を十分理解しているだろうが、この後の説明を滞り無く行う為に一応の説明を行っておく。
バフォメットさんから紹介された、
サイクロプスさん夫婦とアカオニさんの鍛冶屋で魔界銀の性質は予習済みだ。
「ですから――」
続いて、アオイさんを救うための作戦の前半部分を話す。
とある行動によって俺がアオイさんの動きを止めて、
その隙に傭兵さん達が彼女を操っている者を撃破するという作戦だ。
「お前が、わざわざ他の連中じゃなくて俺達を呼んだ理由は分かった。
だが、そんなに上手くいくか?
何かが失敗したり、敵が予想以上だったりすればお前の策は簡単に破綻するぞ?」
この時点で、傭兵さん達が俺に疑問を呈した。
「ええ、それは貴方の仰る通りです。
ですが、これは言わば作戦の前半部分ですから。
そして後半部分はと言うと……!」
前半部分の作戦だけでアオイさんが止まってくれれば、良し。
そうならなければ「前半部分の作戦失敗」が布石となる後半部分の作戦がある。
そして、此処から先は冗談抜きの命懸け。
コレを実行した後は……本当にどうなるかは分からない。
しかし、それでも俺はやらねばならないのだ。
俺が最優先すべき事は、アオイさんが最も悲しむであろう事を防ぐ事。
それは「アオイさんに誰も殺させない」という事だ。
アオイさんは普段は無口で無表情で凛々しく、時には冷たくも見えるクノイチだが、
実際の所……彼女は誰よりも暖かく、優しい。
例え操られているだけだったとしても、仮に彼女が誰かを手に掛けてしまったのなら、
アオイさんは……深く、深く悲しむだろう。
ましてや犠牲者が彼女と親しい人間だったりしたらもう、目も当てられない。
もしも、俺とアオイさんの立場が逆で。
俺が操られたせいでアオイさんを手に掛けてしまった……何て事になったとしたら。
俺はもう、心が折れて二度と立ち上がれなくなるだろう。
だからこそ、アオイさんをそんな状況に陥らせる訳にはいかない。
如何なる手段を使ってでも、絶っ対に……!!
「――そして、至近距離で……ドカーン!! という訳です」
俺が自分の考えを話し終えた時、傭兵さん達は皆……絶句していた。
「わ、分かった。
お前にそこまでの覚悟が有るなら、俺達も付き合うぜ……!」
「本当ですか!?
ありがとうございます……!!
ありがとうございますっ!!!!」
作戦を話した結果、俺は傭兵さん達を味方に付ける事が出来た。
さらに、アオイさんが操られているかもしれないという緊急事態により、
バフォメットさんが俺に全面協力を約束してくれている。
彼女の協力により、での裏工作を滞りなく出来るだろう。
――これで、俺がこの世界に来てからの積み重ねとも言える作戦を実行出来る。
アオイさんを何らかの洗脳行為を施したであろう、黒幕。
ソイツが力を与えたであろう領主がアオイさんに何かしたのか、
黒幕自身が彼女に何かをしたのかは……まだ分からない。
だが、一つだけ確かな事がある。
それは、アオイさんをそういった連中の手から救い出さなければならないという事だ。
そして……彼女を最も確実に呪縛から解き放つ方法とは、
黒幕もろとも敵勢力に存在する闇を確実に排除する事だろう。
その為に、俺はこれから文字通り全てを利用する。
俺が前々から考えていた「メンセマトと佐羽都街を戦争状態にさせない為の考え」だが、
それは『メンセマトの闇に関する真実を暴く事で、領主と黒幕を両軍にとっての共通の敵へと仕立て上げる』というだけの、抽象的な目標に過ぎなかった。
だがアオイさんが極めて高い可能性で記憶操作をされている事を受けて、考えを改めた。
一度はアオイさんと意見をぶつけ合う事により考えは一段階先に進んだが、
それだけではまだ足りない。
敵は恐らく、こっちが想定しているよりも狡猾で……強大。
今まで通りの考えだけでは倒せない可能性が高い。
――だから、俺は計画をさらに発展させた。
万が一、アオイさんが敵に操られてしまった時の対処法と、
彼女を操ったと思われる強敵への対策を含めて策を練り直した。
アオイさんを何とかして守りたいという気持ちと、
彼女の記憶を奪い、改ざんした連中への怒りが、
俺の思考回路をかつて無い程の早さで回転させてくれた。
そのお陰で、今ははっきりとその終着点が見えた。
メンセマトと佐羽都街の皆に囲まれ、ボッコボコにされ、
『何故だ、どうしてこうなった』と喚きながら崩れ落ちる黒幕……!
それが、俺がこれから描こうとしている方程式だ。
さらに、その為の布石を……メンセマトと佐羽都街の戦いが始まるまでの、
残り4日足らずでどうやって仕込んで行くかの計算も済んでいる。
……後は計画を実行に映すだけだ。
俺は、
この世界に来てから、皆に対して何一つカッコ良い所を見せる事が出来ていない。
戦闘能力は皆無。
かろうじて特異体質を持った人間ではあるが、それは限られた状況でしか約に立たないだろう。
そして何より性格が極めて自己中心的だ。
――『俺が』俺の世界に帰れない。
――『俺が』弱いから皆の約に立てない、そんなの嫌だ。
――『俺が』アオイさんに吊り合わない人間のままじゃ嫌だから、何かを成し遂げたい。
……この世界に来てから、そんなんばっかである。
だが、そんな俺だからこそ実行可能となる『奇策』ってヤツをご覧に入れよう。
俺達の敵となる者共に対して、ありったけの悪意を込めて……!
15/01/05 23:59更新 / じゃむぱん
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