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『フルフルの場合』 |
「ハァハァハァ・・・・っぐぅっ!・・・ゼェハァゼェハァ・・・」 ヒカリゴケのおかげで少し明るい洞窟内。そこから少し遠くを望めば密林特有の木々が少し見えるその場所で男ハンターは必死になって何かから逃げていた。 髪の毛をアフロにして所々焦げ付いている肌を随分と涼しい格好になった防具から晒しているがそんな恥も外聞も構わず只管洞窟から見える密林に向かって全力で走り抜ける。 そんな男の後ろから洞窟内に不釣りあいなほど重々しい低い足音が徐々に迫っていたのだがやはり男ハンターはそんなことをいちいち気になどしておれず、スタミナがもうすぐ切れようかというその刹那。 「っ!! ひぃぃ!!・・・ま、まだ・・・死にたくねぇぇってうをっ!?・・・・・・・・・・・・・・くっ!!」 独特の方向が洞窟内ということもあって反響し、嫌がおうにも耳にへばりつく様に聞こえて男ハンターはその恐怖に耐え切れずに洞窟の外にあったキャンプベースの見える崖から身を縮込ませてダイビングを決行。勿論唯でさえ薄かった防具のせいで体中に打撲の跡がコレでもかとついたのは言うまでも無い。 ベースキャンプに満身創痍でついた男はベッドに寝込むなり震えた声でこう呟く。 『こぇぇ・・・フル・・フ・・・ル』 対してこちらは例の竜、フルフル。 侵入者に対して少々警戒してその場に留まっていたが、暫く経ってもやってこないハンターに警戒を解いてその重々しい図体をのそりと反転させて洞窟奥にあるであろう自身の住処に向けて歩き始める。その洞窟に低くよく響く足音には一歩一歩に怒りが篭っているようで必要以上に足を力強く踏み出しているせいで洞窟全体が地震にでもあっているかのような振動に包まれていた。 (もぅ・・・ゆっくりと寝られないじゃないっ・・・・そもそもナルガちゃんが森にいて中々来れないはずなのに・・・どうしてココ最近頻繁にやってくるのかしら?) 目が無いためその表情を伺うことはできないが、ふと漏らした鳴き声には苦悶の感情が含まれていたのは確かだ。 (はぁ、とりあえずねようかしr・・・) そんな彼女が自身の巣についたとき音も無く地面が光って『また』円を書き始めたが如何せん目が見えない彼女はそれに気付かずにどんどん歩みを進める。 すると線だったものが複雑な文様の魔方陣に瞬く間に変わりちょうどその上に彼女が足を置いた瞬間に一際強く眩しい位の光を発して・・・・消えた。 彼女もろとも。 ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 「ふぅ・・・1ヶ月前は酷い目に会った上にトルネオ様に怒られたけど・・・」 ここはとある親魔領のサバトの地下室、ではなくてどこかの洞窟。 やはりココで前回と同じように魔方陣を書いてブツブツ独り言を呟く魔女アスコットがおり、その目は死んだ魚のように濁りきっている。 「フフ・・・今度こそ・・・今度こそっっ!!」 そしてまた最後の円を繋いだ瞬間、再び強い発光が発生しアスコットは期待に胸膨らませ・・・否、期待を胸に秘めて光が落ち着くのを待っていた。 が、アスコットはまたやらかしたのであった。 「フフッ・・・オニイチャン・・・オニイ・・ぃ・・・ぃぁ!? ま、またドラゴンっ!?!?」 光が収まっていくにつれて目以外向日葵のようににこやかだった顔がみるみるくすんでいき、キョヌーを自慢されて超えられない壁を垣間見た瞬間のような絶望に染め上げられた。 「な、なにこの(ピーーッ)コみたいなドラゴンっ!?」 と大声を出すのも当たり前。フルフルの彼女は場所が悪かったらしくちょうど首半分まで魔方陣の近くにあった岩の中に埋まってしまっていた。 勿論竜であって呼吸していることには変わらない。呼吸が出来なかったらどうするか自明の理というもの。 『〜ぅぅ〜っ!! 〜ぅぅ〜〜ぅぅぅ〜っっっ!!!!!』 フルフルは埋まった首を出そうと必死に翼や尻尾をところ構わず振り回し脱出を試みると洞窟が激しく振動を始めたのだった。 その頃街ではちょうどトルネオとアリアの二人が街を散歩していた。 「どうじゃ? 一月も経てばこの世界も慣れてきたじゃろ?」 「はい、トルネオのおかげでね♪(グラグラグラッ!!)・・・っ!?」 天高く持ち上げられた両手の荷物を軽々と持ちトルネオとの談笑していたアリアだったが不意に地震とは違う揺れを感じその和やかだった談笑は中断させられてしまう。 「な、なんじゃっ!? 地震かのぅ?!」 「地震で・・・ん? ・・・クンクン・・・・あれ? コッチから『懐かしい匂い』がする??」 「なにっ? ・・・アリア、それは何処からじゃ!?」 その揺れの中、風に乗ってフワリと香った懐かしい匂いに首を傾げるアリア。 その事を聞いたトルネオは背中に嫌な汗を流しつつアリア先導のもと、匂いの発信源に向かって走り出したのであった。 余談だが荷物は途中で合流したインテグラルにお願いしていった。 そしてその匂いの元は街を一望できる岩山の下腹部にある大口を開けた洞窟だった。 更に汗の量を増やしてトルネオが中に駆け込んでいくとやっぱり彼女、アスコットはその場で腰を抜かしていた。 「・・・またかっ!? アスコットォォォ!!!」 「待ってよっ!!・・・・あれ!? フルフルさん!?」 「ぁぅぁ・・・トルネオ様・・・ぁぅ・・・」 このことによって暫く放心していたアスコットだったが、フルフルが暴れたせいでサバト長のバフォメット・トルネオと暫定警備員になっていた元ナルガクルガ・アリアに知られてしまった。 「・・・んで? このチ(ピーー)はなんじゃ?」 「トルネオさん! 言っちゃダメっ!!・・・・この人(?)はフルフルさん。目が見えないドラゴンさんで・・・・、・・・、・・・・。・・・、・・・。」 やがて酸欠になってぐったりと脱力しているフルフルを横にアスコットを正座させて説教を始めるトルネオ。 30分してトルネオが説教を終えてその岩から生えているチン・・・フルフルを指差して首を傾げてしまったのに対してアリアは比較的分かりやすく簡素に説明をするのであった。 「ほぅ・・・そんなドラゴンがおったのか・・・」 「さて、説明が終わったので・・・よいしょっ、と・・・〜〜〜っっっっ!!!』 説明が終わったと述べた瞬間、アリアはゆっくりと地面に四つんばいになったかと思うと全身の毛を逆立てて骨や肉が軋み音を上げてアリアの体全体が膨張をしていく。 すると以前の世界の頃のナルガクルガへ変体になり一声啼いたかと思うと右手を振り上げて徐にフルフルが刺さっている岩に一撃を入れる。そして流石はドラゴンと言わんばかりに固そうな岩は土粘土で作った団子のように砕けて辺りに小石を飛ばして粉々になった。 そうなると今まで支えていたものが無くなるわけで、フルフルは地面に突っ伏すようにして土煙と砂を巻き上がらせて倒れこんだ。 『じゃあこのまま運んで・・・あれれ?』 「おぉ、頼m・・・むむ? またか・・・」 倒れたフルフルの後ろにゆっくりと歩を進めたアリアは竜形態のまま口で咥えてフルフルを持っていこうとするもフルフルが月光のようにポゥッと光に包まれ始めてしまい、口を開けたまま一切の動作を止めてしまう。 トルネオもその光景に溜息と共に両手を天に向け『やれやれ』のポーズをとって光が止むのを待っている。 やがて光が止むとそこに現れたのは真っ白な白磁のような肌で、ミスリル銀に負けず劣らぬの髪色を腰まで垂らしており、妖艶な顔の下がり眉の下の目は閉じられていた。 またその肉付きはオークのようにムチッとした感じで胸はアリア以上にあった。 体から出ている人ではないパーツは重圧な革がダボついており、さながらコチラの世界の象のようだが指が左右それぞれ4本あり尻尾は両太ももよりは2周りほど細いものが腕と同じ長さになっいる。 翼は背についてはいるがかなり小さくて、恐らく自力で飛ぶことはできない。 「・・・」 『あのぅ・・・トルネオさん? そんなに怒ってどうしたんですかぁ?」 トルネオはとある一点だけを穴が開くのではというほど見つめて拳を握り締めているのを見ていたアリアが竜形態から話しかけながらドラゴン娘形態に変体しながら心配そうに声をかけたのだった。 「・・・っと、いかんいかん。・・・異世界のドラゴンは敵ばかりじゃな(ボソッ」 「・・・??」 そんな愚痴を聞いてか聞かずかアリアはまた悩殺ポーズ『ふみぃ?』をして首を傾げてしまったのはいうまでもない。 ※悩殺ポーズ『ふみぃ?』・・・トルネオと初めて会ったときにしたポーズ。『ナルガ・クルガの場合』参照。 「うむ、いつまでもこのままでは寒かろう。一先ずこのデカパイ女を街に連れて行き看病をするのじゃ。」 「え? う、うん、分かった。」 一息吐いていつもの調子に戻ったトルネオは岩肌に突っ伏した元フルフルを指さしてやけに言葉に棘を持った命令口調でアリアに指示を飛ばして一行は下山するのであった。 ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ (・・・あ、暖かい・・・なんでしょう、この感じは?・・・それに懐かしいにおいがします・・・) ふわりと香る同郷のものが放つ懐かしい匂いで彼女の意識は混濁したまどろみから徐々に覚醒していく。 そして目を閉じたまま辺りの気配、匂い、音を観察していると不意に真横から女の声が聞こえてきた。 「あ、フルフルさん。目がさめましたか??」 「っ!? ・・・ん?? この匂いは・・・ナルガちゃん?」 突然の呼びかけに思わず目を開いて体中の細胞から放電をし電気を帯びて警戒したが懐かしの、しかも良く嗅いでいた匂いに気付きすぐにその警戒は解かれたのだった。 「はいッ! 今はアリアと名乗っていますが・・・」 「アリア? んん? どういうことなの? それに・・・ここは何処なの?」 開かれた曇りガラスのような灰色の瞳孔をアリアの居る方へ向けるもどこかその視線がズレているあたり目が見えないのだろうか? フルフルは眉を顰めて苦悩をしているところに音からして年季の入った木製であろうドアが小気味良い音とともに開けられてそこから動物の蹄を思わせるような足音が徐々にコチラへ近づいてくる。 「その説明はワシがしよう。フルフルとやら。」 「・・・アナタは? ニンゲンではないようですが・・・」 フルフルはその入室者、トルネオに対して帯電したまま問いた。 「ワシはバフォメットという魔物での、ココはサバトの運営している宿の一室じゃ。といっても分からんじゃろうからその事も踏まえてアリアと一緒に説明しよう。」 「はい。フルフルさん、この世界は・・・」 フルフルは大人しく2人の説明を聞いていく。 ただ黙って。 話の腰を折らず、最後まで聞く。 やがて説明が終わる頃にはすでに一時間も経っていた。 「・・・なるほど。この世界では一部を除いてニンゲンは私達・・・えっと魔物? ・・・には手を出さない安全な世界ということね?」 「うむ。それで差し支えない。」 「はい。あとは何か聞きたいことってありますか?」 っとアリアが一言述べたとき不意にドアが開いて皆の視線がソチラに向けられた。 「失礼します。食事の用意が出来たのですが・・・いかがなさいますか?」 紅い服に紅いリボンを頭に結わいてある魔女が食事をどうするか尋ねにきたのだった。 「むぅ? もう昼か・・・よし、たべるぞ。」 「私もー!」 「・・・では私も・・・。」 「畏まりました。ではこちらにお持ちいたします。」 そうして魔女は一礼をして部屋から出て行ってしまった。 「あ、そうじゃった・・・のぅフルフル? とやら。」 「はい? なんでしょうか?」 フルフルはアリアではなくトルネオに呼ばれたことにちょっと驚いた表情をするもトルネオの声が真剣なことを聞き別けてすぐに顔を真剣なものにした。 「魔方陣は一方通行じゃ。それにその体はこの世界に適応してしまったために元のただのドラゴンには戻れん。・・・こうなってしまったのもワシの監督不届きが原因じゃ。どうか償わせて欲しい。」 「ではとりあえず食と住をください。恒久的に。あと・・・もっとこの世界について知りたいのでその道に詳しい方々と対話をしてみたいのでよろしくお願いします。」 「「即答!? というか切り替え早くないですか!?」」 トルネオの放った一言で重い雰囲気になるかと思いきや刹那的にすっぱりと切って、現実を受け入れ暫く先の安全まで確保したフルフル。 そのあまりの適応力に驚きを隠せないアリアとトルネオであった。 そして三人は時を置かずして先の魔女が押してきたキャビンに乗った昼餉を食すのだが、そこでは重い空気など無く変わりに女子特有のトークで場が盛り上がっていたのはいうまでも無い。 ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 「ふぅ・・・街に着てみたはいいのものの・・・なにか視線を感じるのよね・・・」 「ふふ♪ だってフルフルさん綺麗だもの。みんなそれで見ているんですよ♪」 「そう・・・かしら? 自分の姿なんて元々見えないし・・・どうなのかしら?」 そんな言葉のラリーをするドラゴン二匹は昼下がりの街の散策をしていた。 先の昼餉後にトルネオから「街を見て回ってみては?」という提案があったからだ。 ちなみにトルネオが居ないのはアスコットに処罰を与えているためである。 「・・・ねぇ、フルフルs」 「待ってアリアちゃん。・・・う〜ん・・・そうねぇ・・・うん! これから私のことは ゛シィアズィー ゛ って呼んで頂戴。『ナマエ』というのがこの世界の呼び名で常識なのでしょう?」 「ふぇ? なんですか? 急に。」 アリアは本日二度目の『ふみぃ?』をした事でそれを見ていた周りの老若男女が身悶えていたのは、きっと気のせいだろう・・・きっと。 「いえ・・・ね? 何か私だけずっと種族で言われ続けているのも何かと思ってね。」 「なるほど、分かりましたシィアズィーさん♪・・・・ところで質問なんですけど・・・」 「はい、アリアちゃん。どうぞ?」 フワリと微笑んだフルフル改めシィアズィーはアリアがおずおずと手を上げるのを察知して手のひらをアリアに向けて続きを促した。 「どうしてシィアズィーさんはこんなに人が多い場所でも誰にも当たらずに歩けるんですか?? 確か光の強弱も見えないんですよね???」 それは先ほどからずっと誰にも当たらず、何にも躓かず、本当は見えているのではないかという疑問すら浮かぶほどに普通に歩いている不思議についてであった。 「あぁ、なるほど。それはねアリアちゃん? 私が帯電竜って呼ばれていたのは知っているかしら? その帯電状態で今歩いているのよ。電気自体は微弱だけれどね。他の人や小石や段差とかが私の近くに寄ったり寄ってきたりするとそれを感じ取ることが出来るの。それで全くぶつからないで歩いているのよ。・・・分かったかしら?」 「うん。全然♪」 「でしょぅね・・・要はアレね。天然レーダーというわけよ。」 アリアに対して分かりやすく説明するも頭から煙が出始めたアリアには理解しろというのが無理なようだった。 「はぁ・・・ねぇアリア? ちょっと喉が乾いたんだけど・・・」 「あ、ならこの先においしい果物ジュースのお店がありまして・・・」 と煙を噴いていた頭を左右に2、3回ふってイイ笑顔になったアリアは行き着けとかした果物屋に向けて歩き出した。 「・・・・今の人・・・」 その様子を人ごみの中から見ている少年とも青年とも言えぬ感じのする男の子が顔を少し紅くして視線の先、シィアズィーに向けていた。 「・・・あ、着きましたよ! シィアズィーさん♪ ここがその店『フルーティア・フルール』です♪」 「ほんと・・・フルーツがとってもいい香り・・・でも違う匂い・・・なんというか・・・もっと甘ったるい匂いがするんだけど・・・」 「あ、それは多分『アルラウネの蜜』ですよ! 凄くおいしいですよ♪・・・・ただ、食べるときは注意が必要ですけどね・・・」 それほど時を経たずしてたどり着いたのは店の外に居るにもかかわらず果物特有の甘いにおいが大通りまで漂うレストランみたいなところだった。 そして一際敏感なシィアズィーの鼻はその果物臭の中に異なる匂いがあるのを敏感に察知したのだが、その説明をアリアに顔を向けることで求めたが最後のほうは小声で喋られてシィアズィーですら聞き取れなかった。 「さて・・・私は一押しのものをお願いしますわ。」 「分かりました。では注文する為にカウンターへ行きましょう♪」 「いらっしゃいませ〜。あ、アリアさん! いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます。」 その店の独特のマークが入ったエプロンを着た触手みたいなツタが足元からウネウネとしている翠肌のアルラウネの店員がカウンター越しに頭を他の客の時より少し多めに下げていた。 「いえいえ、では『いつもの』を二つ・・・一方には蜜いりで。」 「畏まりました。・・・オーダー! 『南国スペシャル』2つぅ!!」 『イエス、サー!』 軍隊のような掛け声で働く店員が返事をすると瞬く間にジュースが作られていく。 「おまたせしました! 『南国スペシャル』ですっ! ・・・こちらのほうが蜜入りですのでご注意ください♪」 「はい、ありがとう。」 「・・・(そんなに蜜は危ないのかしら?)」 外に備え付けられたパラソルつきのテーブルに向かい合って座る二人の下へマンドラゴラの店員がお盆を高く掲げて例の飲み物をアリア達の下へ運んできた。 マンドラゴラの店員がうんしょ、と一滴たりとも零さないようにテーブルに置く様はまさしくロリコンほいほいの状態であったのはいうまでも無い。 そしてジュースを置いて店員が奥へ行ったのを見送った二人はジュースを飲むのであったが、ココでちょっと問題が発生した。 「あれ? アリア、そちらの方は?」 「あ、インテ♪」 偶々仕事で通りかかったインテがアリア達を見つけてテーブル近くまでやってきたのだ。 そしてアリアはと言うとテーブルから立ち上がりインテのところまで駆け寄って、もう尻尾が左右にコレでもかと揺れていた。 すると突然、その尻尾の振りを見たこの街にすむ住人が一斉に何かの物陰に隠れ始めてしまってその様子を気配で察知したシィアズィーが何事か、と疑問符でイスに座ったまま周りを観察しているとカツンと不意に自分の隣から音が聞こえるではないか。 恐る恐る手でその音を出した物体を触ってみるシィアズィーはその形の物体を良く知っていた。 冷や汗をかきながらなんで周りの人達が物陰に隠れたか分かった瞬間シィアズィーも近くの物陰に急ぎ隠れたのは言うまでも無い。 インテから注意を受けてやっと自分がしたことを認識したアリアは赤面になりながら周りの人々に謝罪をして回ったが誰一人として怒るものはおらず皆笑っていた。 「どうもはじめまして。アリアの夫のインテです。」 「結婚してまだ一月の新婚ですっ♪」 最後にシィアズィーに謝りそのついでみたく自分の自慢の夫をするアリアの顔は向日葵のように満開の笑顔だった。 シィアズィーはそれを聞いて最初は驚いていたが次第に笑顔に変わり「おめでとう」と祝福するのだったが、ここでその問題がでた。 「・・・あれ? どっちが『蜜入り』??」 「・・・多分こっちかしら?」 とシィアズィーは指で片方のグラスをさすとアリアが「じゃあコッチは・・・」とシィアズィーが指差した方を飲み始めたのを皮切りにシィアズィーも自分のと思われるグラスをグイッと天を仰いで一気に飲み干した。 「・・・なんていう香りの洪水っ! 芳醇な中にも際立つ精錬されたこのシャープな感じっ! なんという旨さっっっ!! アリアちゃん! 私は凄く感動したわ! 」 「?、??、??? 」 行き成りイスを立ち上がったせいでイスが後ろに倒れるも気にせず熱弁を振るい始めた。笑顔を貼り付けたアリアはあまりの豹変振りに汗を流しているもののそれに気付かぬシィアズィーは両手をガッチリとアリアにテーブル越しに組んで上下にシェイクでもするかのように激しく振っている。 「・・・あら・・ごめんなさいアリアちゃん、私どうしてもオイシイものに目が無くて・・・」 「い、いえいえ、お気になさらずっ!(・・・ダジャレ??)」 熱弁を振るっていたシィアズィーだったが自分がヒートアップしていることを感じ取って静かに着席したのだった。 その後インテを交えての歓談になり幾許か時間が流れた。 やがてインテが仕事に復帰するため席を立つとアリア達もそれに習い店を出て行った。 だがココで問題の種が開花してしまった。 「・・ぅぅ・・・ア、アリアちゃん・・・ちょっとトイレに行きたいのだけど・・・」 「うぇ? 大丈夫ですか? ・・・トイレはこの先の路地裏を曲がったとこにあります。やり方は・・・」 なんとシィアズィーが急に尿意に苛まれてしまったのである。 あまりの切羽詰まった表情にアリアはすぐさま公衆トイレの場所と使用方法を完結に説明するとシィアズィーはありがとう、と一言だけ短く言うとあまり刺激しないようにしながらも小走りでソコに向かっていた。 だが実はコレ、尿意ではなくて『アルラウネの蜜』の効果であった。 つまりあの時間違えて蜜入りを飲んでしまったのである。 つまり今シィアズィーが感じているのは尿意ではなくて・・・。 そしてなんとか路地裏までついた時、二つの糸が結ばれた。 「あ、あのっ!」 「えっ!? 」 不意に路地裏の中ほどで後ろから声をかけられたシィアズィーはすでに上気した顔になっており息も違う意味で荒くなっていた。 そして後ろへと振り向いてみるとそこには先ほど人ごみでシィアズィーに熱い視線を向けていた男の子であった。 「い、いきなり呼び止めてすいませんっ!・・・そ、その僕・・・な、名前を ゛シィアルヴィー ゛ っていいます! し、親しい人とかはヴィーって呼んでくれます・・・じゃなくてっ!」 「ハァハァ・・・(なにこの子・・・イイニオイガ・・・スル・・・)」 シィアズィーはその見えない目で男の子の方を見ているが男の子はそれにも気付かずあたふたしている途中だった。 「え、えっとですね・・・その・・・あ、あなたのことを・・・ひ、一目見たときから好きになりましたっ!」 「ハァハァ・・・(ホシィ・・・コノコノ・・・セイガ・・・ホシイ・・・)」 シィアズィーはゆっくりと一歩一歩その少年に近づいていくがその雰囲気はすでに狩人の雰囲気になっていた。 しかし少年改めヴィーはそれに気付けないで一目ぼれの下りから目を瞑ったままになってしまった。 それゆえにコレから起こることも反応が遅れたのだ。 「だ、だから・・・ぼくと『付き合って』くd・・・ふぐぅ!?!?!」 「アムッ・・・チュルッ・・・・っぱぁ! ・・・・ふふ、いいわぁ。私がボウヤと『突き合って』ア・ゲ・ル・♪」 完全に蜜のおかげで発情してしまったシィアズィーは少年の両腕の上から少年の体をがっちりと固定し少年の口をむさぼり始めた。 それに驚き目を開けた少年の蒼い目はすぐ目の前の白いシィアズィーの目に反射していた。 そしてヴィーはそのまま路地裏の更に暗いところへ引きづられて不本意な形で思いを結んだのであった。 ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 「本当にあの時はごめんなさいね・・・ヴィーちゃん。」 「あの、ちゃん付けは辞めてくれませんか? ズィーさん・・・いいですよ。あのおかげで2人とも結ばれたんですから・・・」 そしてあの繋がりの日から一年が経過するというある日、とある図書館のテーブルの一席に一組のカップルが座っていた。 ただし彼女の上に彼が、だが。 「それにしても・・・一年近くなるのにほとんど背が伸びないのね♪ そっちのほうが抱き心地がいいのだけれどね♪」 「うぅ・・・ほっといて下さい。僕のコンプレックスなのに・・・」 ヴィーは彼女のおっぱいクッションに頭が当たっているくらい伸張が低いことを嫌っていたが彼女はあえてソコを突いてくるのでヴィーとしては愛する者といえどちょっと辞めてほしい、とも思っていた。 結局あの後、我に帰ったシィアズィーが全裸で倒れている彼を見て全てを悟って彼に「責任を取らせて。」といって彼に服を買いそのままアリアと合流してトルネオの所に駆け込み事の顛末を説明して彼は晴れて街公認のシィアズィーの夫になったのだ。 そんな過去の話などをしているとき不意に笑顔だったシィアズィーが曇った表情になってヴィーに変なことを聞いてきた。 「ねぇ、ヴィーちゃん・・・今、幸せ?」 「えっ?・・・うん、幸せです。」 「そう・・・私はね・・・幸せじゃないかな・・・」 愛する者から出たその一言にヴィーは一瞬時が止まった。 「ど、どうしてです?」 「だって・・・・」 驚きのあまり後ろへと勢い良く振り返る不安でいっぱいのヴィーの顔の輪郭を確かめるように耳元に右手の指を当てるシィアズィーは続けて囁くように喋り始める。 「ヴィーの体や輪郭、鼻、目、眉毛、口、ぬくもり・・・これは触覚でわかる。」 ツツツ・・・と耳、頬、目、鼻とヴィーをなぞる様に手を動かしていく。 「ヴィーの唾液や精液・・・これは嗅覚と味覚でわかるわ。」 ヴィーの口を指で円を書くようにしてなぞる。 「ヴィーの愛を紡ぐ声や息遣い・・・これは聴覚でわかる。でも・・・・っ!」 さらに指は下へと移動していくが心なしか声が震えて涙ぐんでいき、そして指が 胸板についた瞬間にヴィーは後ろからシィアズィーにギュッと力強く抱きしめられた。 「でもっ・・・ヴィーの・・・ヴィーの『色』が私には・・・わからないっ・・・それが・・・それが・・・」 ヴィーは抱きしめられているとヴィーの肩にポタリ、と『何か』が垂れてヴィーの服を濡らし始めた。 それはどんどんとシィアズィーの瞳から溢れ出し、ヴィーの肩を徐々に濡らしていった。 やがてほとんど貸切の図書館の中に女性の咽び泣く声が響くのはすぐのことだった。 このとき自分の為に苦悩し涙するシィアズィーの姿を見てシィアルヴィーの胸の中で愛すべき彼女の為に『あるモノ』を送る覚悟が固まった。 それは一年前彼女が目が見えないと言う告白を受けた頃から抱いていた一つの希望。 彼はシィアズィーのことをあやして彼女を先に家に送らせて彼は覚悟を胸にとある場所へと向かった。 そこはトルネオのサバト支部。更に言えばトルネオの自室だ。 「失礼します。」 「んぅ? おぉ、ヴィーか一体どうしたのじゃ?」 「トルネオさん・・・お願いがあります。」 真剣な表情を崩さぬヴィーに何かを感じ取ったトルネオは書類整理中だった腕を止めヴィーに続きを促してヴィーの『贈り物』の話を最後まで聞いたのであった。 そしてヴィーが全て話し終わると同時に暫しの沈黙が訪れた。 1分、5分、10分・・・ その永遠とも思える時間を割いたのはトルネオだった。 「・・・それは可能だが・・・本当に良いのじゃな?」 「はい。彼女の為に是非お願いしますっっ!!!」 最後通牒。 彼女の放った言葉にコレほど重みをもった言葉は無いだろう。 その最終確認に対して彼はなんの臆面もなく真っ直ぐな蒼い瞳でトルネオを見つめ頭を下げた。 「・・・明日、シィアズィーとともにここに来るんじゃ。・・・その覚悟ムダにはせんよ、絶対に成功させてやるぞっ!」 「っ! ありがとうございますっっ!!」 かくしてシィアズィーに知られること無く『贈り物』の密談は成立したのであった。 次の日何も知らないシィアズィーはヴィーと共にトルネオの自室に招かれた。 名目はシィアズィーのこちらに来ての一周年記念として。 「ささやかながらパーティーを開いたのじゃ! 」 「ありがとうございます。皆さん。」 ソコにはいつもの面々が連なっておりパーティは滞りなく進んでいたがシィアズィーは急に眠気を覚えてしまった。 「あ、あら・・・なにか・・ねむ・・・い・・・(ドサッ」 「・・・トルネオ様・・・お願いします。」 「うむ。皆のもの、これより術を施す。全員部屋の外へ出よ!!」 先ほどの雰囲気から一変し皆緊張感が漂う空気になった。 その空気の中トルネオは例の2人以外を外に出して急遽術式を開始した。 「・・・成功してっ!」 「・・・っ・・」 アリア夫婦は肩を寄せ合い祈っていた。 その他の面々も・・・祈った。 やがて部屋の中から眩い閃光が発生し暫くすると収束して言った。 そして少しの静寂の後、部屋の扉が開かれ汗で全身が濡れたトルネオが俯いて出てきた。 「・・・成功じゃっ!!」 『『『っ!! 〜〜〜〜〜〜っっ!!!』』』 トルネオが成功と宣言した瞬間サバト支部は歓喜の声で満たされた。 その部屋の奥ではちょうど横になっていたヴィーが気だるそうに起き上がったところだった。 「ぅぁっ・・・ぁ! シィアズィー、シィアズィー!! おきて、おきてって!」 「んぁ・・・んぅぅ・・・何・・・ヴィー・・・・っっっっっっっっっ!!!!!!」 そしてヴィーは隣で寝ていた彼女をユサユサと揺さぶって起こした。 彼女は眠そうに目を擦りながら上体を起こしてヴィーの方を見た。 そう、見たのだ。 彼女は自分の目で初めて色のある世界を、色のある部屋を、何より・・・ 愛しの彼を・・・ 彼もまた彼女を見る。 ただし左の蒼い目で。 左の目が灰色の瞳の彼女を。 彼女は彼を見る。 ただし右の蒼い目で。 右目が灰色の瞳の彼を。 「ヴィーっ! あ、あなた・・・」 「ようこそ、ズィー。色のある世界へ。そして・・・」 ーーーようこそ、僕らの世界へ!ーーー ちょうどその日彼女が来て一年になり、ちょうど彼と知り合って一年になり、ちょうど彼女のめが見えるようになった日でもあった。 【完】 |