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ーー【傾国】第九章 探し人ーー |
「・・・なぁ、焔。」
「・・・何さ、奈々姫。」 計画の全容を長海らにはなし、これから計画実行に移るというところで奈々が焔に問いかける。 「奈々でいい。・・・【妖狐】にはしないのか?」 「ふざけないでよ・・・『あんな』の同属にするなんて真っ平ごめんだわっ!」 【・・・・・】にするくせになぜ【妖狐】にしないのか、との問いかけにこれ以上にないくらいに顔を顰めて横にずらした。 その表情はまさしく汚物を見るような顔であった。 そしてこのやり取りの後・・・ 各々の『仕事』へ出向き始めた・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ ・・・まず焔が・・葛篭が向かったのは執務室だった。 木でできた朱塗りの美しく飾られた扉を開けると・・・ 数人の文官とともに政務に励んでいる史厳帝王がいた。 ・・・幾ばくか【頬が痩せている】・・・・ 一歩室内へ入ると仕事をしていた文官達が達が気付いて慌てて跪いて礼をとり・・・ 俯くその瞬間・・・「なぜここに?」と疑問の表情を浮かべていた。 奥で政務をしていた史厳帝王も慌しい文官達同様に葛篭に気付き・・・ 「おぉ・・葛篭よ、今ワシは政務中なんだが・・・どうかしたのかのぅ?」 「帝王様、私【帝王様が連れてきた魔物】というものを見てみたいのです。」 ピクリと反応する帝王・・・もし・・・もし彼が正常な思考であれば【ソレ】を誤魔化してはぐらかしていただろうが・・・ 葛篭の魅了にドップリと浸かった帝王にはそんな選択肢はなかった。 「ほほぅ。どこから仕入れた情報かは知らぬが・・・・よかろう。ワシが直々に案内しようかのぅ。」 ・・・今や葛篭にお願いされるとそれを断ることはできないようになっていた。 「えぇっ!? お、お待ちください帝王様っ!」 「まだ本日の仕事が全体の四割も終わっておりませぬっ」 「ど、どうかご自重くださいっ」 自ら案内するという考えられない発言に文官達はこぞって講義を申し立てる。 が・・・ 「そんなもの後に回せ。何だったらお前達でやれ。・・・ワシは忙しいんじゃ。それでは行くかのぅ、葛篭や。」 「ふふっ、罪づくりな帝王様ですね。」 ・・・思いもしない発言に文官一同口をあけて呆けていた。 そんなこと知らん、と葛篭の横に歩き自身の左腕を出す帝王。 その腕をクスクス笑いながら抱きついて部屋を後にする葛篭達であった・・・ ・・・一体この【政務を蔑ろにする事】に何人の臣下が離心しただろうか・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ そして如何ほど歩いたか判らぬ位宮内を歩き、隠し扉を数回潜り、たどり着いた先は・・・ 蝋燭で灯された仄暗い石畳の宮内地下。 ・・・そして目の前には鉄柵で遮られた廊下の入り口があり、そこでは門番らしき者が二人、門の前で仁王立ちしていた。 ・・・見方によっては【鉄檻】ともいえるソレに帝王は近づいていき・・・ 「これは帝王様っ」 「よい、楽にせい。今日は見るだけじゃ。・・・あと葛篭も連れて行く。問題はなかろう?」 「はっ、問題ございませんっ」 帝王の姿を確認した門番達は体を引き締め敬礼をするが、帝王から制されて『女人出入り禁制』と書かれた札を指差す帝王にハキハキと答えた。 「ならば開けてくれぃ。」 「はっ! ・・・・開門。」 そして重そうな【鈍色の鉄檻の扉】は開かれた・・・ 「・・・いつもあの方達はいらっしゃるのですか?」 「うむ。この先はワシか【兵士】しか入れぬからな。」 ・・・どうやら門番はずっとあの位置にて見張っているようである。 しかし・・・ (なぜ・・・兵士なの?) ・・・その答えはすぐにわかった。中に入って歩けば歩くほどに【臭いと声量】が大きくなり・・・ 道中の扉から聞こえるのは・・・ 耳を塞ぎたくなる様な嬌声と悲鳴。 漂う香りは・・・ 雄と雌の濃厚な淫臭とかすかな血の臭い。 覗き窓から覗き込めば・・・ 線の境目が判らぬほどに密集した多くの肉の交わりの光景と、笑いながら女人に鞭を振るう男達。 ・・・【天国と地獄】の縮図とはこれまさに。きっとコレのことを言うのだろう・・・ ・・・そしてその光景に嫌悪を覚えながらも扉一枚一枚を帝王に悟られないように確認して行く葛篭だったが・・・ (いない・・・一体どこにいるの・・・『黒狗理人(アヌビス)』は・・・・) と、ふと帝王が歩みを止めた。 つられて葛篭も歩みを止め前を向くと・・・・ ちょうど行き止まりで目の前には【大きな赤扉】があった。 大人が子供を肩車したくらいの高さのその扉を帝王はゆっくりと開けると・・・ (・・・いたっ! ) 捜し求めた『黒狗理人』を発見した。 ただし・・・ 一糸纏わぬ姿で壁に鎖で四肢を繋がれ様々な体液で濡れた体・・・ 毛艶はなくなっていてボサボサの黒髪、垂れた耳・・・ 尻尾や直ぐ下の地面には汚物と精液と尿と血が垂れ流され・・・ 直ぐ近くの台には【使い古された様々な異形の器具】があり、いくつかには血が付いていて・・・ 目が虚ろになりながら・・・ 五人の全裸の男に犯されていた・・・ 「ほぅ、やっておるのぅ。どうじゃ? 相変わらずか?」 帝王はその様子を見て近くにいた服をきた黒皮の服をきた男に話しかけていた。 「・・・ぁぁ・・・ぇぃ・・・・ぅ・・・・ぁぉ・・・ぁ・・・」 ・・・ふと葛篭に聞こえてきたのは目の前の女の声・・・らしきもの・・・ (・・・っ! まだ【壊れていない】っ!・・・でも自我がもう風前の灯ね・・・まずいわ・・・早くしないと・・・っ!!) 葛篭は焦った。・・・虚ろと思われた瞳には時たま・・・ほんの微かながらも意思があった。 「帝王様。もう十分ですわ。・・・少し気分が悪くなってしまいました・・・」 「おぉっ! それはいかんっ! ・・・では戻るとするぞぃ。」 先ほどまで話していた男との会話を中断し急いで葛篭とともに踵を返しもと来た道を戻る帝王。 赤い大きな扉を出て帝王が閉め、前を向いた・・・ その瞬間!! 葛篭は懐から目にも止まらぬ早業で違う文字がそれぞれ書かれた呪符を『四枚』取り出しそれらを大きな赤扉に貼り付けた。 すると・・・ 呪符は扉に張り付いた瞬間、扉と接触したところから段々透明になっていき・・・ ほどなくしてすべての呪符が・・・見えなくなった。 (これでよし・・・あとは任せたよ・・・長海・・・) そして帝王共々地下を後にする葛篭であった・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ ・・・ここはとある宮内の隠し扉の前・・・ あたりはすっかり静かになり、月明かりがフワリと落ちている時間である。 「・・・よし。いくぞ。」 「・・・おう。・・・しかし・・・サラシが・・・きついな・・・」 「・・・我慢してくれ・・・」 そんな時間に顔から爪先、指先まで全身真っ黒な服に身を包み闇から闇へ紛れて動く影が二つ・・・ 長海と奈々だ。 その二人・・・足音を立てず、風の様に移動するその技量。 『暗殺者』といっても差し支えないくらいだ・・・ そして幾ばくか隠し通路を進み、石畳の廊下になり・・・ 「・・・しっ。」 「・・・。」 壁に張り付き、辻角から長海が覗き込む。 対して奈々は来た道や周囲に気を配る。 ・・・今の二人に死角はない。 長海は暫くして奈々の肩を軽く叩き、先に進むということをその動作のみで伝えて奈々もうなづき・・・先へ進む・・・ そして次の角にて・・・ 目の前に敵兵を発見する。 すぐさま身を隠し二人は敵兵を観察した。 ・・・背を向けて歩いている哨戒兵が二人。 気が抜けているのか一人は短い槍をだらしなく下に提げ、もう一人は武器すら構えず松明をもって欠伸をしていた・・・ 長海らは静かに近づいて・・・ 長海は槍持ちの首へ後ろから手刀で一撃のもと仕留めて・・・一声も上げさせずに寝かせた。 奈々はもう一人の敵の松明を取り上げ、間髪いれずに強く握った拳で顎を打ち抜く。 「ぁぇ・・・?」 奇妙な声を微かに出してうつ伏せに床に倒れこむ兵に追撃として首裏を強く打つ。 ・・・敵兵は完全に沈黙した。 だが腹が動いているので生きてはいるのだろう・・・ 松明を消して・・・その敵兵を拘束したうえで猿轡をして近くの空き部屋へ引き摺り・・・移動した。 しばらくしてその部屋から出てきたのは・・・ 敵兵の兵装に身を固めた長海と奈々だった。 「・・・よし、いくぞ。」 「・・・おう。」 二人は【例の鉄檻】まで急ぎ向かう・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 無事に鉄扉まで着た二人は近くの物陰に隠れて様子を伺っている。 ・・・どこかから兵が二人やってきて鉄檻の前で・・・ 「よぉ、今日も入れてくれ。あとコイツさ、ここ初めてだから。」 ともう一人を指差す兵。 「おぅ、じゃあゆっくりしていけ。・・・・開門。」 門番は軽く流して門を開けた。 そしてその兵二人は奥へと消えていった・・・ 「・・・これでいくか。」 「・・・あたしは・・・どうすればいい?」 「・・・一言もしゃべるな。」 物陰から然も今さっきまで歩いていましたというくらい自然な動作で門へちかづく。 二人とも違和感のない動作だ。 「・・・やぁ。今日シタくなったから入れてくれないか?」 「・・・ん? おぅ、いいぞ。」 ・・・監視はザルのようで・・・長海がそれとなく挨拶しただけで門番は門を開けた。 「ほら、はいれ。」 「いやぁ、すまんな。」 と軽く左手を上げて門を潜る長海。 そして直ぐ後を奈々が・・・ 「まて。」 過ぎようとしたら門番に止められた。 (・・・っ・・・まずい・・・・) 長海は焦った・・・ 「お前さん・・・中々綺麗な顔立ちだが・・・【まさか女じゃあるまいな】・・・」 「・・・。」 「・・・何だ? 喋らんのか?」 呼び止めた門番は奈々の前に周り、兜で見えないはずの顔をジロジロみていた。 問いても一言も話さない奈々に女性ではないのかと疑惑をかけてくる・・・ (・・・どうする、どうする・・・) 長海の頬を・・・汗が一筋垂れる・・・・ その時。 「・・・男のくせに声が高いから【よく女と間違われるんだ】。だからあまり喋りたくはないんだが?」 「そうか・・・それは悪いことしたな。・・・通っていいぞ。」 ・・・奈々が即席の言い訳をソレらしく言うことで門番はソレを真実と思い、謝罪をし、申し訳なさそうな顔をしながら通行許可を出した。 門を潜り無事長海と合流した奈々へ長海は・・・ 「・・・冷や汗かいたぞ。」 「・・・すまんな。」 そんなやり取りの後、足早に奥へと歩を進める二人であった。 ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ 「・・・ここか? 」 「・・・みたいだな。【焔と春】の言うとおりなら・・・な・・・」 人の気配に注意しながら・・・何事も無くこの【大きな赤扉】までくると・・・ 「・・・あった。『睡眠』。」 長海は扉を弄って・・・ちょうど焔が呪符を貼ったあたりを長海が触れた瞬間に淡く光り・・・呪符が現れた。 その一枚に触れながら呪文を唱えると・・・ 扉の中から何人もの【人が倒れる音】がきこえた。 ・・・暫くすると静かになり・・・ 「・・・よし、いくぞ。」 「・・・おう。」 鼻を押さえながらも返事をすると同時に片手で扉をゆっくりと注意深く開ける奈々。 ・・・室内の臭いが外に溢れたとたんに・・・顰め面になり涙を流す奈々。 鼻が良過ぎる奈々にとってはかなり辛い臭いだ・・・ ・・・そして中には男数人と女が・・・【黒狗理人】が寝ていた。 ただし、壁に縛られたままだが・・・ 「・・・鎖を頼む。」 「うぐっ・・・はいよ・・・っぁ」 腰に挿した兵から奪った剣で必死に涙をこらえながら女の四肢を縛っている鎖を断ち切る奈々。 密度の高い金属同士のぶつかる甲高い音とともに鎖は粉々になった・・・ しかしそれでも剣には刃毀れは見受けられない・・・ それは奈々が武人として腕が立つということでもあった。 ・・・と、同時に倒れこむ女を長海が受け止めて赤扉に貼ってあった二枚目の呪符を女に向かって掲げて・・・ 「・・・『清掃』」 呪符を唱えた瞬間女は体全体が淡く白く光り・・・水浴びでもしたかのように清潔になっていた。 そして綺麗にし、【臭い】を消したその女を長海は背中に背負い、ゆっくりと立ち上がる。 奈々はどこからか持ってきた大きい布を長海の後ろ・・・女の全体が隠れるように包んだ。 そして・・・ 「よし・・・『不可視』」 ・・・布に三枚目の呪符を貼り付けた途端、布が段々とボヤケテいき・・・ とうとう見えなくなった。 ・・・長海はできるだけ自然体に近いように抱えなおして部屋を出る。 奈々も同じように部屋を出る。 そして扉を閉めた所で長海は・・・ 「・・・『忘却』」 最後の札を扉に貼ったまま呪文を唱えた。呪符が淡く紅く光って・・・呪符が燃えて消えた・・・ 「・・・なにをしたんだい? 長海。」 「なに、ここ数十年の記憶を消しただけさ。・・・まぁ人によっては・・・赤ん坊くらいまで知能が戻るがな・・・くっくっくっ」 と、焔バリの黒い笑顔をみせる長海に少し身震いした奈々。 「・・・さて、皆が起きる前に出るぞ。」 「お、おう・・・」 どもりながらも返事した奈々とともに長海らは門まで足早に向かった。 ・・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・ ・・・そして誰にも会うことなく門の前までやってきた二人。 「・・・・。」 「・・・・。」 奈々のほうへ振り返り視線を合わせて・・・奈々が頷いたのを見て・・・門番へ向かって歩いていく。 「・・・ん? なんだお前達、もう帰るのか?」 「あぁ、ヤりたかったヤツが先約だったんで萎えちまってよ・・・今日は早く帰ることにしたんだ。」 長海は門番へ大げさに首を振りながら言うと・・・ 「ははっ、ちげぇねぇっ!」 「だろう?」 同意の返事が返ってきた。 「んじゃ・・・ほらよ、通っていいぞ。」 と門を笑顔で開ける門番。 「おう、じゃあまたな。」 「またな。」 「おう。」 門番から別れの挨拶を受けた二人は適当にあわせてその場を離れる。 (これで後はこの女を焔に届けt・・・) その時・・・ 「・・・ん・・・んぁっ・・・」 声が・・・『女の声が』あたりに響く。 その声の発生源は・・・・・・・長海の背中からだ。 (っ!? ま、まずい・・・起きちまったのかっ!?) 時期悪く背中の女が起きてしまった。 「んぁ? なんだ? 『女の声』が聞こえたぞ?」 門を出たばかりで背中を向けていた二人に視線を送る門番・・・ ・・・周りをよく確認すると門番二人の他に正面から三人、門の後ろから二人の気配が・・・ (・・・くっ、門番を倒しても他のやつ等に・・・だからといって走ってしまえば・・・叫ばれる可能性が・・・そんなことになったら救出作戦が台無しに・・・っ・・・・・やばいっ!) 先ほどの比ではない焦りを見せる長海。 それでも門番はこちらを見ている。しかも「何事だ?」と先ほどの気配の兵達五人が集まり始めた。 (どうすr・・・) すると突然・・・ 「何を女みたいな声をだしているんだっ!」 隣の奈々が篭手で武装した手で長海の【背中】を思いっきり叩いた。 「ぅぐぅ・・・」 背中からは微かな声でうめき声が・・・そして静かになった。 (・・・気絶したか?) 「いや悪い、何かこの前のが燻っていてな・・・」 「へぇ・・・・だったら【俺】が鎮めてあげようか?」 機転をきかせた奈々による助け舟でなんとか難を逃れた長海ら。ちなみに・・・奈々の目は本気だった。 「ぁぁ・・・・お前ら・・・そのぅ・・・【そういう関係】だったんか・・・」 ただ難を逃れた代償に・・・長海に『若衆道』の疑惑がかけられたのだった・・・・・・・・・ 【続】 |
無事にアヌビスを見つけ出してつれて帰ることに成功した長海と奈々。
しかし、女は未だ廃人と正気をさまよっている・・・ はたして焔達は計画通りに事を進めることができるのか・・・次回へ続く。 11/06/07 23:28 じゃっくりー |