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ーー【傾国】第六章 別れーー

春と長海により奈々の妹救出作戦が実行されてはや三日・・・
焔の偽りの初夜より・・・実に五日が過ぎていた。

その間も焔による『魅了』を毎晩受けていた帝王は・・・

・・・・・・・・・

・・・・・

・・・

朝方の政務室にて・・・

「帝王様、コチラが新たな書簡でございm・・・帝王様 ? 」
「・・・・・・ぅぁっ・・・なっ、なんだ?」
意思が篭らない眠たげな・・・半眼の状態で外を見ていた帝王が文官の注意で我に帰り・・・

「・・・最近、疲れが溜まっているのではありませんか?」
「はっはっはっ! 何を言うかと思えば・・・ワシはいたって健康じゃい。」

(・・・この頃少し帝王様の様子が変だな・・・軍備も疎かになってきているし・・・)
心配をする文官を一笑して健全と言い切る帝王。

・・・・・・・・・

・・・・・

・・・

・・・この様にここ最近集中力を欠くことが多くなってきた。
・・・じわりと、紙に染み込んでいく毒水のように、ゆっくりと・・・己を『何か』に蝕まれているとは知らないで・・・


さて・・・


今回は長海達に視点を移してみよう・・・

・・・・・・・・・

・・・・・

・・・

・・・ここはとある場所の地下室・・・の一角・・・


「・・・・んん〜っ・・・・ここでも無い・・・か・・・」
一人の小さな少女が蝋燭の明かりを頼りに周囲の部屋を虱潰しに当たっていた・・・
・・・春だ。

「あとは・・・あんまり行きたくないけど・・・仕方ないか・・・はぁ・・・」
・・・よほど嫌なのだろうか、溜息をついて重い足取りで歩き始めた春。・・・尻尾も力なく下がっている・・・

そして、カツンカツンと石畳と石壁の独特の反響音が出る廊下を暫く歩いていった先には・・・

「・・・・・・・・ぅぅ〜っ・・・・・やっぱりココ・・・異常に温度が低い・・・・」
・・・廊下が途中から石畳ではなくなり・・・・変わりに土になった。
その土の廊下に足を踏み入れた瞬間・・・・体に纏わりつく様な肌寒さが襲う・・・

「はぁ・・・ココ・・・昔は氷室だったと聞いたけど・・・ぅぅっ・・・それにしても・・・」
・・・そう、異常なほど寒い。外の日の下では肌着だけでも暑くなってきたというのに、ココは・・・氷水に漬かっているのではないかと錯覚してしまうほどの冷たさなのだ・・・
現に春が吐いた息が白くなっているので・・・どれだけ異常かお解かりいただけるであろう・・・

「・・・なんか・・・いそう・・・・・・・・・・・・・・・・まさかね・・・・」
たらり、と冷や汗を流すも思い違いだと首を左右に振り再び部屋の探索を始めた春であった・・・


そして数分が経ち・・・


「・・・・この部屋で・・・行き止まりね・・・ぅぅ〜っ・・・」
寒さで縮こまりながらも・・・・とうとう最期の部屋に着いた春。

重そうな鉄扉で閉まった部屋だった。

「はぁぁ・・・・本当に・・・・ぅぅ〜っ・・・・何処に居るんだろう・・・八音さん・・・」
と、何気に呟いた春・・・・・・だったが・・・・・





『私に何か御用ですか・・・・・・鼠の方?』





・・・・・あるはずもない返事が・・・・

『目の前の部屋』・・・・もっと詳しく言えば・・・・『扉の上のほう』から・・・声が・・・

「・・・・・・・っっ・・・・・・・・っぇ・・・・・!!!!!??」
ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・顔を音の発信源に向けていく春・・・冷や汗を流し、息を呑みながら・・・・そして・・・・『見えた』・・・・








『鉄扉から半身を出している少女が・・・・・・・』









「っ!!!!?????」
声にならない悲鳴を上げヒンヤリとした地面に尻餅をついた春は地面にお尻を擦りつけながら不恰好に後ろに下がっていくが・・・すぐ壁に当たった。

「・・・ひとの名前を呼んでおいて驚くとは・・・少し失礼ではないですか?」
と、八音の名前に反応した浮遊体・・・『幽霊(ゴースト)』は、するすると扉から全身を出して腰を抜かしている春に一喝した。

「ぁっ・・・えっ・・・す、すいません?!」
酷い恐慌状態だったが・・・その幽霊の一喝により少し落ち着いた春。そこで幽霊は・・・

「おちつかれましたか? ・・・・では改めまして、私『八音』になにか御用ですか?」
再び自分の名を掲示し、春に問いた。

「えっ・・・・う、嘘・・・まさか貴方は・・・・」
「えぇ、そうです。・・・・なんでしたら、その扉を開けて確認していただいても構いませんよ?」
春は目の前に居る幽霊が八音だと信じられない、と顔にでも出ていたのか・・・それを悟った八音が扉の先に証拠があると証言した。
・・・春は腹をくくって・・・・扉を開けた。


そこには・・・・・


・・・・・・・・・

・・・・・

・・・

・・・・ここは王宮の裏手の・・・人目につかない広めの空き地・・・

ソコでは刀を振るう『女性』がいた。
その剣筋・・・とても速く、風が後からくるようだ。・・・・いや、実際に後から来ているっ!?

「・・・ふっ・・・はっ・・・やっ・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・」
綺麗な水平斬り、逆袈裟、袈裟斬りと技を連携させて振り・・・振り下ろした状態で止まっていたが一息吐くと体をだらりと弛緩した。

「・・・・やはり魔物化したせいか・・・以前より速度も力も上がった。・・・・もうこの刀では耐えられないか・・・・」
そういって無造作に前へ投げ出した刀は・・・・酷くゆがんでしまっていた・・・・

と・・・・

ソレを拾い上げる人影が・・・・

「おやまぁ・・・・随分と力んでいるんだな・・・」
「・・・・何のようだ・・・」
その人影に・・・長海に射殺さんとばかりに殺気をのせて睨み、低い声で唸る様に威嚇する女性・・・奈々であった。

「べつに・・・オレも武人なもので・・・ひとつよろしいですか? 『姫様』?」
「・・・誰から聞いたか知らんが・・・私はもう『姫』じゃない。亡国の・・・ただの武人気質な女なだけだ。・・・・いいだろう。武器はあるか?」
まるで自分を卑下する言い方で・・・影がある言い方で自分は姫じゃないと言い切った奈々。
・・・そのときの表情はとても暗く、今にも泣きそうなくらいであった・・・

「・・・あぁ、鍛錬用の・・・・これがある。」
と、自分の腰に下がっている大き目の両刃の剣を抜き放ち・・・奈々に見せた。

「・・・ふむ、刃引きはしてあるのか・・・なら此方もコレを使わせてもらおう。」
と、奈々の腰に差してあった刀を抜くと・・・

「・・・・逆刃刀とは・・・珍しいな・・・」
・・・『長い』鞘に対して『普通の長さ』しかないその刀に違和感を感じつつも・・・

「・・・なに、ちょっとした『形見のようなものだ』・・・・では・・・」
・・・顔に出ていたのか、ソレの説明をサラリと奈々がして・・・

「・・・いざ・・・」
「・・・尋常に・・・」

『『勝負ッ!!』』

お互いの立ち位置から一気に距離を殆ど一足飛びで詰めると・・・長海は振り下ろし、奈々は横薙ぎにそれぞれ振り・・・
ガキンっと鈍い金属音をたてて各々の体を弾き飛ばしあった。

「っとぉ!?」
「っくぅっ!?」
互いに予期せぬ力が加わり、よろけながら後ずさる。
そして先に体勢を立て直した長海が再び走りより奈々へ重い横薙ぎを入れ・・・

「あまいわぁっ!」
・・・ようとしたが、蹴り出しによって阻まれ再び距離があく・・・・

「・・・ふふ、強いな・・・名を・・・名をなんと言う?」
「・・・長海でございます。葛篭姫の護衛として楼坑国からやってまいりました。」
刀を下段・・・いや、右足前に下げて構え直した奈々が心底嬉しそうに長海の名を聞いた。
それに長海は包み隠さず己の素性を話した。・・・『武人』として。

「そうか・・・葛篭姫を監視している最中に感じた視線・・・それと『なにかしたら殺す』とでも言うような殺気も混ざっていたが・・・そうか・・・お前・・・いや、長海のものだったか。」
奈々も同じように一切の虚偽なく答える。・・・・『武人』として。

「・・・では・・・続けようか・・・」
「・・・はい・・・奈々姫様・・・」
『『・・・・・・・・でぇぇぇぇぇぇいっ!』』

・・・・それから何十合も打ち合いは続いたのであった・・・・


・・・・・・・・・

・・・・・

・・・

・・・そして日が傾き始めた頃・・・・

「ぜぇ・・・はぁ・・・ぜぇ・・・はぁ・・・」
「はぁ・・・ふぅ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
・・・お互いの間合い寸前のところでにらみ合う両者・・・

お互い呼吸を整えて・・・

動くっ!



・・・・となろうとした、その瞬間・・・・

「まってっ!」
・・・その勝負に待ったをかける者がいた・・・青い顔をした春だ。

「・・・そうか、春・・・お前そちら側についt」
「そんなことよりっ」
切羽詰ったように焦っている春にただ事ではないと重い黙る奈々。

「・・・・見つかったのか?」
「・・・うん・・・・ただ・・・・」
「・・・何の話をしているっ?」
まだ構えを説かない二人・・・長海の問いに頷き答える春。全く分からない奈々は苛立ち始めたようだが・・・次の春の言葉で一気に白くなった・・・

『・・・八音さんの場所です・・・・』

「っ!? ・・・なん・・・だとっ・・・本当かっ!?」
刀を鞘に急ぎ収め春に駆け寄り眼を見開いて・・・春の肩を鷲掴んで前後に振る奈々は酷く興奮していた・・・

「ここに嫁がされた次の日から『五年間』・・・私が血眼になり探したのに見つからなかったのに・・・お前は見つけたと言うのかっ!」
「い、痛いっ! 痛いですっ! 奈々さんっ」
「ぁ・・・・す、すまん・・・」
刀を握りやすい様に短く切りそろえられている手とはいえ、肩を強く握るとその分食い込み・・・春の肩からは少し血が滲んでいた・・・

「ぁつっ・・・・で、では・・・ご案内いたします。・・・皆さん此方へ・・・」
そして武器をしまった長海と奈々は春の先導で・・・『あの場所へ』行くのであった・・・


・・・・・・・・・

・・・・・

・・・

「っぅ〜・・・さぶいな・・・ココ・・・・」
「黙って歩けんのか・・・長海は・・・」
「・・・・・・・・つきました。・・・・・・・この部屋です・・・・」
春が前に立ち・・・・その鉄の扉を開け放つ・・・・

重々しい音ともに扉が開き・・・部屋が露になった。

そこには天井からだろうか・・・月明かりが満ちていて蝋燭が無くても見えるくらいであった。そして広さ的には八畳ほどの部屋の真ん中に・・・・人が寝ていた。



『胸に刀をまっすぐ刺されている状態で・・・・』



「っ!! 八音っ!?」
「・・・こん・・・なことっ・・・て・・・」
「・・・」
その人物を見るや走りよる奈々はかなり同様していて声が幾ばくか震えていた・・・
長海もあまりの光景に・・・・狼藉していた・・・
・・・春は俯いて眼を閉じていた・・・

そして八音『だったもの』に近づいて跪き・・・両腕を宙に出したままで・・・わなわなと震える奈々・・・

すると・・・

『・・・お姉さん? お姉さんなの?』

「「っ!!」」
なんと目の前の少女から声が聞こえてきた。
春以外の二人はそれに驚いた。
だが奈々はその懐かしい声に・・・

「八音・・・私だ・・・奈々だよっ・・・・」
声を・・・震えた声を出して自分を腕全体で指す奈々。

すると少女の直ぐ上に白く光が集まり・・・
色白の薄っすらと透けている・・・少女が生きていたらこうなるだろうと言う想像通りの姿が出てきたのだ。

「・・・あいたかった・・・あいたかったよぉっ!」
「八音ぇぇ!! 」
・・・抱こうにも通過してしまう・・・そのことで奈々は悟ってしまった・・・

「八音・・・貴女・・・」
「・・・うん・・・もう死んでいるよ・・・・・・・・・・『五年前に』・・・・」
「「っ!?」」
八音から衝撃の事実を聞いて固まってしまった二人・・・
・・・やはり春は俯いて・・・肩を小刻みに震わせていた・・・

「・・・お姉ちゃんと別れた後に季夫人に呼ばれたの。そのままついて行ったらココについて・・・私が不思議そうな顔していたら・・・・『男の兵士』が入ってきたの・・・」
「・・・おい・・」
「八音・・・まさかっ・・・・」
顔から一気に血の気が引いていく二人・・・

「・・・・うん・・・無理やり服を破られて・・・『犯された』の・・・・・そしてその後ろから季夫人がね・・・」




『貴方は体が弱いから帝王に様は預けられないわ・・・・せいぜい兵士の慰め者にでもなりなさいな・・・・・あっはっはっは・・・・』




「・・・・そして処女を失っても・・・・何回も何回も・・・・」
「・・・・ユルセン・・・・」
「・・・・っぎっ・・・・」
額に青筋を立てて、握る拳からは・・・血が出ていた。
長海、奈々共にである。

「・・・私、必死で抵抗したの・・・そしたら・・・」



『ガタガタうるせぇよっ! ・・・・もういい、興ざめした。・・・・・お、お前いい刀持ってんじゃねぇか。・・・・・良く切れそうだ・・・なっと!!』



「・・・・そして私は・・・・『死んじゃった』・・・」
「・・・」
「・・・私達は帝王たち史厳にとっては・・・・道具ってことなのかっ・・・っく・・・・」
「・・・ひぐっ・・・ぐすっ・・・」
長海は静かに聞き・・・・奈々は悔しい表情で俯き・・・・・春は泣いていた・・・・

「でも・・・『お姉ちゃんにどうしても言いたい』『それを言うまで死ねない』って思ったら・・・こうなっていたんだよ?」
「八音・・・ぅぐっ・・・・っく・・・」
とうとう涙がこぼれ始めた奈々・・・

「・・・だから聞いて? お姉ちゃん。・・・・・・」



『・・・弱かった私を今まで守ってくれて有難う。そして・・・こんな形でのお別れになって・・・ごめんなさい・・・。』



「はつ・・・ねぇ・・・ぇぇっ・・・っくぅ・・・ひぐっ・・・・」


『そして・・・・』

「い、いやぁぁっ!! 聞き・・たく・・・ないっ・・・グシュッ・・・」
必死に眼を瞑り頭の耳を両手で塞ぎ叫び始めた奈々・・・・それでも構わず八音はしゃべり続ける・・・

『これからは私を忘れて・・・自由に・・・いき・・・て・・・・・ください。』
・・・心なしか・・・段々と薄くなっていってる八音の幽体・・・言葉も段々途切れてきた・・・

『あ、でも時々・・・・は・・・おも・・いだし・・・て・・・・ね・・・? ・・・・・・』
そして・・・八音の本体が光っていき・・・その光が月へ・・・月に向かって少しずつ・・・少しずつ・・・上りはじめた・・・・

『・さい・・・ご・・・・に・・・・』
そして・・・



『さよう・・なら・・・・・・おねえ・・ちゃん・・・・・・・・』

ふっ・・・・・・・



・・・・・何も聞こえなくなり・・・・『何も無くなった』・・・・
ただソコには・・・・


『一振りの太刀が床に刺さっているだけ』だった・・・・


「・・・ぁ・・はつ・・・ね・・・? はつね・・・!?・・・・はつねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
・・・一匹の狼が天に向かって・・・・悲しみの咆哮を・・・はなった・・・
顔中を涙で濡らして・・・・


しかし、もう返事は・・・聞こえなかった・・・・


「こんなのって・・・ないよぉぉ・・・・うわぁぁぁん」
もらい泣きしてしまう鼠と・・・

「・・・あぁ・・・今日は綺麗な月夜なのに・・・・雨が降っているんだな・・・」
・・・・顔に一筋の雨粒が垂れた人間がいた・・・

そこから見えた月は・・・・とても・・・とても美しい『下弦の三日月』であり・・・まるで・・・


『微笑んで』いるようだった・・・



【続】

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奈々の妹君の行方が判明するも時すでに遅し・・・だが幽霊になってでも言いたかった言葉は・・・『ありがとう。ごめんなさい。そしてさようなら・・・』
姉妹の絆は・・・深い・・・

11/05/22 00:13 じゃっくりー

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