･･･衝撃的な別れから数分が経ち･･･

「･･･ス････いに････ロ･･･････季････････せない････」
膝立ちになったまま下を向きぶつぶつと何かを呟く奈々だが･･･

･･･その瞳に･･･『光は無かった』････

と、突然すくっと立ち上がり･･･床に刺さった太刀へ････『八音の形見の大太刀』へ近づいていった。そして････

「・・・・・・・・」

･･･無言で･･･
･･･腰の鞘から『逆刃刀』をゆっくりと引き抜き･･･
･･･床に寝かせた。


･･･と同時に、形見の大太刀の柄を握り･･･一息に抜いた。

･･･その大太刀、刀身がかなり長くて･･･女性としては平均身長より頭一つ分背の高い奈々が腕を水平にしてやっと切っ先が地面を離れるくらいであり、薄く蒼色がかった色をしていた。
柄は黒塗りだが所々剥げていて･･･くすんだ金の装飾が気持ち程度に彫られており、柄頭には長い年月で薄汚れた萌黄色の房がついていた。

そして最も特筆すべきは･･･
五年間･･･持ち主である八音の体を貫いていたはずなのに･･･


刀身には『全く錆がなく、刃こぼれもない』ということだろう･･･


･･･そして、『逆刃刀』を抜いた速さと同速度で『腰の鞘』に収めていく。
･･･違う刀同士であるはずなのに･･･
･･･その『蒼い大太刀』はごく自然に･･･

･･･まるで『元の鞘』と云わんばかりに小気味良い小さな金属音とともに･･･


・・・ピタリと収まった・・・


「コ･･ロス･･･コロス･･･殺すッ」
黒い氣が爆発したかのように膨れだし、怒気を多分に含んだ怨嗟の声は徐々に言葉を成していき大きくなっていく。
その瞳に『紅い怒り』と『黒い復讐心』を宿した奈々の顔は･･･


まさしく･･･『阿修羅』と呼ばれるものだった･･･


･･･奈々は再び黙ると振り返り
････鉄扉に向けてゆったりと、しかし確実に

･･･歩き始めた･･･

「っ! おい、まてっ!」
逸早く奈々が『なに』をしようとしているか気付いた長海は止めに入り、通り過ぎる寸前だった奈々の肩を制する･･･が･･･

･･･パシンっと裏拳で弾かれた。････

･･･奈々の歩みは止まらず、とうとう春の直前の所まできた･･･

･･･その瞬間･･･

「っ!? 春っ、しゃがめぇっ!!」
「･･びぐっ･･･えっ? ････っ!! ･･･き、きゃぁぁぁぁっ!?」
春は咽び泣いていたが、目の前の恐怖に声を出し脅えながらもしゃがんだ･･･

なぜなら･･･

光のない紅い瞳で目の前しか見ていない奈々が････刀を横一文字に振りぬこうとしていたから･･･

『春がいるのに』･･･である･･･



そして･･･



シィーーーンっ!!



････････眼に『写らぬ』抜刀が鋭い風きり音とともに放たれ、斬撃が鉄扉に･･･


･･･チンっ･････


･･･軽い金属音がなって納刀した奈々･･･すると･･･



･･･ズ･･･ズズズズ･･･ドゴォォォン････････



一瞬の無音の後･･･その重々しい扉は低く響く音と一緒に･･･『六枚』になっていた･･･
支えを失ったのか一気に瓦解し、黒い闇が口をあけた･･･

「まっまてっ、奈々っ! はやまr」
再び歩みだした奈々を長海が必死で止める････しかし･･･


ドンっ!!･･ミシッ･････････････ドゴンッ!!


「っくぅぅっ･･･」
その長海に･･･鈍い音がやってきた･･･ミシリと軋み、体が浮くと････壁に叩きつけられた･･･

「っあがっ!?」
外傷もなく内臓も大丈夫なようだが･･･頭を打ち付けてしまったらしく体が動かない長海･･･

･･･そして奈々は闇に消える直前に、真っ黒な笑みをしてこう呟いた･･･


『タダじゃ･･･殺さない････まず･･･周りをそぎ落として･･･ふふ････ふふふ･･････』


･･･腹の底から紡ぎ出したであろう言葉に戦慄を覚え、身の毛がよだつ長海と春。
すぐに回復して体を動かせるようになった長海と春は奈々を追いかけ『扉だった所』をくぐるも･･･


・・・・もう奈々の姿は無かった・・・・・


「･･まずいぞ･･･」
「･･は、はやく姫に伝えないと･･･」

『計画が狂う』
･･･二人はほぼ同時に発声し、同時に走り出した。

･････････

･････

･･･


「････たしかに不味いわ。不確定要素がでかすぎる･･･っ」

そしてココは葛篭の部屋。夜枷から帰ってきたばかりだったが、二人の氣わ感じ取りいつぞやのように『人除けの術』と『絶音の術』を施して血相を変えて息を切らして走ってきた春と、普通の汗とは違う汗を流した長海を招きいれ、ことの詳細を伺っていた。･･･そのあとの焔の第一声がコレである。

「ぅぅ･･･私が･･･私が奈々に･･･」
「･･お前は悪くない。」
「春さん、ご自身を攻めないでください･･･」
自分が悪いと攻める春を慰める葛篭と長海をみつつ･･･

「あたしの計画通りであれば･･･季夫人を【落とす】のはあと半年先･･･これでは早すぎるっ」
親指の先を噛み悔しそうにする焔。

「････長海」
先ほどまで春を慰めていた葛篭が一呼吸おいて沈黙し････そして何かを思った顔をして長海に語りかけた。

「･･･なんだ?」
「『奈々姫を止めてください。』計画の破綻もそうですが･･･何よりも･･･これでは妹さんも奈々姫も･･･『可哀想』すぎます･･･」
顔を俯き涙を一粒流す葛篭･･･

「･･･焔。『任務中は』姫の安全･･･任せたぞ?」
「･･･ふふっ、何を今更。」
微笑でお願いする長海に微笑みで返す焔。そして･･･

「御意。必ずや止めて見せましょう。」
拝命の構えでもって姫の命を受ける長海だった･･･

そんな時、奈々は･･･

･････････

･････

･･･


･･･ここは【とある】屋敷。

そこでは白髪の老人の男が壁際でへたり込んでいた･･･

「ひっ、ひぃぃ! く、くるなっ! 【化け物】がっ!」
「････････」
血の滴る『蒼い大太刀』を握り締めて男に向かって･･･まるで散歩でも楽しむかのように微笑みながら歩み寄る影があった･･･

奈々だ。

そしてその奈々が歩いてきたところを良く見ると･･･










両手両足ではとても数え切れない･･･老若男女、兵士、貴族、平民の人間の死体が無造作に【散らばっていた】･･･
そう･･･【散らばっている】のだ･･･


一人は、首を一太刀で･･･
一人は、両手足を削がれ･･･
一人は、腹から二つに斬られて内臓が･･･
一人は、左の五指と右腕が斬られて･･･
一人は、自分の腕を抱くようにして･･･
一人は、赤子を庇うようにして･･･
一人は、血の池に細切れの肉片になって･･･


･･･そこにある死体は誰一人として【五体満足】の死体はなかった･･･


･･･シィィィーーッ･････････ザンッ!!

「ふふふ･･･恨むなら････【ココの家から輩出された】季夫人を恨みなさいな?」
「なっ何をすr････あがぁっ」
･･･屋敷で最後の生き残りのその老人は【縦に二つ】になって死んだ････

「次は････季夫人･･･貴女の番よ････ふふ、ふふふふ･････あっはっははははは････」

ヒュンっ････ぺた･･･ぺた･･･ぺた･･･ぺた･･･

血払いをして大太刀を納めた。そして･･･
･･･とても綺麗だが･･･余りにも場違いな笑顔を振りまき奈々はもと来た道を振り返り･･･悠々と歩き･･･








【季家本家】の屋敷を後にした････








･････････

･････

･･･

そして翌日の宮殿･･･朝議にて･･･

ふらふらと玉座に座る【眠そうな眼】をした帝王が声高々に昨日あった襲撃事件を家臣に言い放ち･･･

「なお未だに賊はつかまっとらんっ! よって各人注意しろっ! あれだけの大惨事･･･とても【一人】でやったとは考えられんっ! ････怪しいヤツらを発見し次第即時報告せよっ」
･･･と最後に注意を促した。

･･･その朝議、件の季夫人の姿がない･･･

朝議後、臣下達は緊迫した空気の中その日一日の仕事を終えた･･･

･････････

･････

･･･


時間が進み夜となり･･･


葛篭の部屋にて･･･

「･･･今夜、間違いなく動くね･･･」
「 ? 」
夜空に輝く月を肘を立てて頬杖をついて座椅子から見ながら何かを呟いた焔に少し疑問な表情をする葛葉が居た･･･

そして、夜枷に呼ばれて出かけていった･･･


同時刻、後宮の一室にて･･･

「っ････ぅ･･･っぅ･･･」
･･･寝具の上に幾重にも布団が重なって山になっていたものが震えている･･･

････ふっ･･･････

「っひぃ･･･」
風でも吹いたのか･･･明かりを灯していた蝋燭が急に消えてしまった････
その現象に異常なほど驚く塊･･･
･･･時折、歯がなる音が断続的に聞こえてくる辺り何かに恐怖しているに違いない･･･

と、その時･･･

ふいに扉が開く音が･･･



「･･･季夫人･･･」
「っ!?････な、なっ･･･奈々････なのっ?」
･･･いつもより【明るい声で話しかけてきた】奈々に･･･
･･･寝具上の塊･･･季夫人はかの声を確認すると安心感からか布団から這い出てきた。
････奈々の顔を見れないがゆえに････【出てきてしまった】･･･

(ふぅ･･･手駒の中で最も強い奈々が居れば･･･安心よ･･･)
そして安著の表情を浮かべて季夫人は奈々を見た････


そこには･･･






無表情だが、紅い一対の輝きが･････烈火の如き激しい負の感情を露にした輝きの瞳が季夫人を直にでも殺さんとする殺気と共に･･･季夫人を射抜いた･･･

余りの恐怖で腰が抜け寝具の上にへたり込んでしまい･･･失禁してしまった････

「････よくも･････よくも妹を････『殺して』くれたな････」
「っ!? な、なな何故それをっ!?」
･･･季夫人と一部の人間しか知らないはずの秘密を暴かれ狼藉して････




「・・・黙れ・・・・」



･･･静かな声だった。だがそこには怨嗟など生ぬるい位の黒々とした殺気が詰まっていた･･･

ズ･･ズ･･ズ････ガタンっ･･･

「すべての諸悪の根源･･･ここで『浄化』してやる････」
「ひっ、こ･･こないでぇっ!」
季夫人は寝具の上で尻を引き摺りながらも後ずさり･･･寝具から落ちた。

･･･ズ･･ズ･･ズ･･･がんっ･･･

「お前さえ･･･この国さえ･･･ナケレバ････」
ゆっくりと歩み寄ってくる奈々に更に後ずさり距離をとろうとするも･････

壁に当たり････退路を絶たれた･････

･･･シィィーーッ･････････チャキッ･･･

「･･･シネェェェェっ!!」
刀を抜いて振り下ろ･････



ドグンっ



･････バタッ･･･

･･･そうとした奈々が急に倒れた。倒れた奈々の後ろ･･･そこには･･･
【全身黒尽くめの長身の者】が指を揃えて伸ばした手を宙に浮かべて立っていた･･･
･･･どうやら手刀を奈々にいれて気絶させたようだ･･･

「あ、あぁ･･･た、助かったわ･･･貴方にお礼をS」
「･･･お前をココで殺すのは簡単だ･･･だが･･」
一難さってまた一難･･･季夫人は奈々の凶刃から助かったことに礼を述べようとした瞬間に先ほどの奈々以上の殺気を当てられて････黙った。
･･･声からして男のようだ･･･

「･･･ココで殺してしまうと他のマジメに生きているモノや国のモノに要らぬ迷惑をかけてしまう。よって、ココでは殺さない。だが････その気になれば････」



その男は････長海は一呼吸の間をおいて･･･



『何時、如何なる時でも貴様の粗末な命は奪えるのだから････それを忘れるなよ･･･』
そういうとまるで汚物を見るかのような眼で一睨みすると一瞬で季夫人の部屋から居なくなった･･･奈々もだ･･･


季夫人は････暫く放心状態であった････


･････････

･････

･･･

･･･ここは長海の部屋。
あの後直ぐに移動でき最も近かったのが偶々長海の部屋だった為、自室の寝具に奈々を寝かせていた。

「･･･んっ････ぅぅ･･」
「･･･気付いたか? 」
･･･眠り姫は目覚めた。

「･･･ここは･･････っ! 季夫人はっ!?」
「･･･生かしておいt」

ドグッ!

･･･長海は殴られ、床に倒された････『奈々』に･･･

「･･なんだと･････もう一回言ってみろ･･･」
「･･･生かしt」

ドゴッ!

･･･腹上に跨られ更に殴れた･･･『奈々』に･･･

「なぜ･･･なぜっ! 邪魔をっ! したんだぁっ!」
「･･っ･･･っ･･･ぁがっ･･･っつ･･･」

ドグン･･･ドカッ･･･ドスッ･･･ドグッ･･･

･･･更に殴っていく奈々･･･その拳に怨嗟わ込めて･･･涙を流しながら･･･

「何故だ･･･答えろっ!! 長海っ!」
「･･･っぁ･････そ、それはな･･･」

ドゴッ････ガシッ! グイッ!

･･･襟首を掴まれ無理やり上体を起こされた長海は･･･奈々の問いに･･･

「命だったから･･･頼まれたからだ････そして･･･」

『お前にこれ以上【汚い血】で汚れて欲しくないと思ったからだっ!!』

「っ･･････」
･･･叫ぶように返した問いに奈々は体から力が抜けていき････長海を離した･･･

「ごふっ････ぺっ････それに･･･こんなこと言うのもなんだが･･･」
口を切ったのか血溜まりを吐き出して続けて長海は･･･

「会ったのはあの時の短い間だったが･･･八音さんは･･･こんな事を望んでないだろう!? 違うかっ、奈々っ!?」
「･･･っぁ･･･ぁぁぁ･････」

握り拳は次第に開いていき･･･両手を･･･ぶるぶると震えながら顔の下半分にそって当てられ･･･

「･･･奈々はもしあそこで季夫人を斬ったらそのあと･･･自害するつもりだっただろう? ････それこそ妹さんは望んでないよ････」
「ぁぁ･･･ぁぁ･･うぁぁぁーーーっ!!」
･･･涙の堰が切れ、床に寝ている長海に倒れこみ泣き崩れる奈々。

･･･もうその瞳に怨嗟の感情は無かった･･･


･････････

･････

･･･

「･･･ごめん･･･本当に･･･」
「いいさ。憎まれ役は････なれているから･･･」
長海の寝具に腰掛けた二人。長海があまりに酷い状態だったので治療を施した奈々
だった･･･
そして治療が終わった瞬間に謝罪であった。

「･･･長海、礼をしたい。【姫】としてではなく･･･【奈々】として･･･」
「礼なんて要らないって････っ!?」
眼を閉じて首を振って拒否の意を示す長海が首をずらし眼を開けると･･･

･･･シュルル････パサッ････

･･･そこには着衣を全て床に落とし･･･生まれたままの姿の奈々が左腕で胸を、右腕で下半身を隠して･･･耳を伏せ、尻尾を緩く振りながら立っていた。

･･･月明かりに照らされて。

「･･･っは!? 奈々、【体で】･･･だったら受け取れないよ?」
「【体】じゃない。･･･【私の思いと妹の気持ち】だ･･･」
そういいながらも･･･耳が上下に忙しなく動いている･･･緊張しているようだ･･･

「それでも････【体】は受け取れなよ･･･」
「･･･なら･･･今日一日だけ････お前と一緒に寝かせて････くれないか･･･?」
･･･道端に捨てられたような子犬の目で訴える奈々に･･･流石の長海も折れた。

「･･･はぁ･･･････今日だけだぞ?」
「･･･っ」
途端に尻尾が千切れそうな勢いで振られる。････正直、長海は理性が揺さぶられかけた･･･
そしてお互い寝具の中に入り･･･

「･･･おい奈々。」
「なんだ? 長海?」
「服を着ろ。」
･･･間髪入れず奈々に注意をする長海。

「すまんが･･･寝るときは服を着ない主義だ。」
「･････さいでっか･･･」
･･･だが諦めた。

と、その瞬間･･･



チュッ･･･



「････お、おやすみ･･･」
「････へっ?」
不意打ちで唇を奪われる長海であった。

そして間も無く････

「･･･ｽｩｰ････ｽｩｰ････」
「よほど心労がたたったんだな････」
･･･無理も無いか････と呟く長海はさらに････

ふわっ･･･すりすり･･･すりすり･･･

･･･奈々の頭を撫でながら･･･

「･･･ごめんな、オレは････」
「(････ふむ。脈ありか。だが･･･先約がいるみたいだな････【今夜は】諦めてやるか･･･ふふふっ･･･)」
その態度を薄目で見ていた奈々は････まだ諦めていないようであった･･･


･･･そして二人は抱き合ったままで･･･ちょうど初夜から一週間目の朝を迎えた･･･


【続】