『つないでゆくおもい…』 |
世間一般では3/3は桃の節句。
そう、ひな祭りである。 勿論その行事は魔物娘達にも当てはまりこれを祝うのがジハーングの慣わしでもあった。 その3/3の宵ノ宮。 中心街のとある二階建ての一軒家、そのリビングに飾られるお雛様があった。 ただそのお雛様…両隣に飾ってある同じようなお雛様よりお世辞にもきれいとは言いづらい。 「お母さん! 招(しょう)お母さん!」 「はいはい、どうしたの? 京(きょう)ちゃん?」 「このお雛様…」 そして朝方一番に元気よく動き回る妖狐の女の子はそのお雛様を指差して不思議そうな顔をするとその後ろから近づき歩み追いついた母であろう妖狐が屈んで女の子の頭に手をのせてナデナデしながら優しく問いかける。 「どうして『古里瀬』のお雛様は汚れてるの? お内裏さまの顔がないの? 葉佳(ようか)ちゃんの家も皐月(さつき)ちゃんの家もおっきくて綺麗なのに…」 「葉仁(ようにん)や卯月(うづき)の所のは確かに綺麗でデカイよね。でも…」 「でも?」 といいつつ母親は屈んで子供を後ろから抱きしめたまま『古里瀬家』と貼られた正面の雛壇の左右、『役堂家』『御門家』のものと視線を移し再び『古里瀬家』へ視線を戻して自身の腕に収まっている娘へ視線を落す。 すると娘のほうも視線を点を仰ぐ如く見上げる形で止まっていたので母親と視線がピッタリと合う。 自然と「ふふふ♪」と声を出して微笑みあう親子はとても暖かい印象を見るものに与えていたが自身に近づきつつある影達に気がついていないようだ。 「ウチらもその話混ぜたってぇなぁ、な?」 「私も興味があるから聞いてもいいか?」 「え、うーん…構わないけどさ…」 同じ家に住む刑部狸とアヌビスの親子が妖狐の親子の背中側からやってくると人懐こい笑顔の刑部狸の母が妖狐の母へと声を掛ける。 アヌビスの母親もだ。 それを仕方ないなぁ、とは言うものの何所となくうれしそうなのは妖狐の母。 それぞれの母娘が手近にあった椅子などを持ってきて円陣を組み準備が整ったのを見やる。 ーーそして妖狐母親は語りだす。 「じゃあ話すよ、母から教えてもらったこのお雛様に籠められた『おもい』を、さ…」 ーー雛人形へ視線を移しながら… _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「はぁ〜…だるいなぁ〜…」 「ちょ、花魁様っ! いくら準備中といっても場所は弁えて…」 「あぁ〜はいはい。」 時はまだ武士が治世を行っていた頃、宵ノ宮と呼ばれる様になる数年前のこと。 奉行所を中心にして栄えだした『街』から半里ほど離れた場所に設けられたソコに水を湛えた堀で囲まれるもう一つの『町』がある。 そこでは何処も彼処も女が男に色目を使いあの手この手で男を誘おうと躍起になっている風景がありふれており、その女達を囲う建物は見るも色彩鮮やかで華やかな二階立ての建物が所狭しと軒を連ねていた。 俗に言う『遊郭』である。 その中でも最も豪華な建物の二階、その手すりに肘を掛けて道行く人々を気だるそうに見下ろす女性は付き添いと思われる女性から幾重にも羽織った着物がずれてしまい肩が露出しあわや乳房までが見えそうな所を直して貰っていたところだった。 「梨花様…こうだらし無くては下の者への示しが…」 「そんなものはいいのよ。皆が皆自分を綺麗にするためにココに入るんだもの…勝手に 己の襟元を正すことくらい出来なくて何が芸子か」 「…仰るとおりで…」 服を直してもらっている間も全く見向きもしない彼女は変わりに自分の頭に生える金毛の三角耳を小刻みに起伏させて恰も手話でもしているように動かし、相槌を打つようにたゆやかに揺れる一本の尻尾は絶えず付き人のフサフサな手をぺちぺちと叩く。 対して付添い人は「はぁ…」と小さくため息を漏らすと頭頂点についたトンガリ耳をぺたりと寝かせて二本の猫そのものの尻尾もだらりと垂らす様子から察するにどうやら困っているようで…。 「それにしても…暇ねぇ〜」 「は、はぁ…」 そしてまた最初に戻る、という感じで梨花と呼ばれた妖狐の花魁と付き添いのネコマタの彼女は悪戯に時間すごしているのだが… 如何せん彼女の言う通り暇なのだ。 一日中開放されている全国的にも珍しい遊郭といえども…いくらなんでも真昼間から遊ぶものは流石にいない。 いたとしてもよほどの遊び人くらいである。 そしてもし普通の遊女で且つ人間であれば生活周期を夜に合わせるべく今の時間は夢の中であろう。 しかし残念ながらココの遊女は全員妖怪…魔物娘である。 …ということは? 「ちょいと、おにぃさん♪ アタシと遊んでいかないかい?」 「それよりウチと遊んでくれへんか♪」 「おにーちゃん! あそぼっ♪」 ちょうど視界に入った若者を例に取るとアカオニ、ジョロウグモ、狐火と三人に三方向から声を掛けられてアタフタしている。 押し問答から腕絡みになりやがて若者はジョロウグモの糸に巻かれてそのまま店の中へ、と思いきや他の二人も一緒に若者の元へとつられて入っていくではないか。 …どうやらジョロウグモの店で四人しっぽりすることになったようだ。 というふうに時間帯的に乱交が成立する時間である。 そして話を戻すと妖狐の彼女は花魁と呼ばれていた、ということはココの街の遊女として最高位に位置する者であり、実質この街の最高指導者ということになる。 が、実際問題彼女は周りからすると高嶺の花すぎて夜の一部でしか本領を発揮できないでいるのもまた事実。 …つまり昼は物凄く暇なのだ。 「はぁ〜…あ! そうだ!!」 「はぇ? 何か閃いたんですか?」 「うん! …じゃあちょっと出かけてくる♪」 握りこぶしを上に向けて開いた手のひらに打ち付けるという在り来たりな動作をして耳と尻尾をぴんと立てるとそのまま妖狐は立ち上がり何処かへいこうとする。 そのあまりにも突飛すぎる行動に思考が置いていかれた付き添いだったがハッ、と我に返るとすぐさま妖狐のだぶついて床を擦っている着物の端を自慢の手で掴んで目一杯後ろへ引っ張ると何とか妖狐の退室を阻止する事が出来たようだ。 「ぐっ!? ちょっと! 離しなさいよ! 鈴歌(すずか)っっ!!」 「い、いいぇっ! 離しませんっ! 第一梨花様がこういう行動をされる時は決まってハメを外されるときですからっっ!!!」 「いいじゃないっ! 暇なのならば暇じゃなくすればいいの! だから私はちょ〜っとお忍びでまた街に行くだけよっ!!」 急に止められて危うく前のめりに転倒しそうになるものの足に力を籠めてその衝撃を耐えた妖狐は不満げな表情を億尾にも隠さず後ろで踏ん張っているネコマタへと首上だけを向ける。 そのネコマタも綱引きのソレよろしく後ろに体が傾斜した状態であり、顔は梅干のようにくしゃりと歪ませて以下にも踏ん張っているという感じだ。 「な、何を考えてるんですっ!? 遊郭の…しかも花魁がまた単独で散歩などっっっ!!」 「えぇぇ〜いいじゃない!! ケチぃ!」 「な、なりませぬ! 今度はなりませぬぅぅ〜〜っっ!!」 だがこのときネコマタは大きな失敗を二つ犯していることに気付いていない。 一つは目を閉じているということ。 踏ん張るときに全身に力を入れているので自然と目を瞑っているようだがソレのせいでこの後の妖狐の行動の初動に気づくのが遅れてしまう。 そして二つ目というのは彼女の性癖のこと。 「…えぃ♪」 「ぐぬぬぅぅぅ…ぅぅぇ!? ええぇぇっっ!!!!???」 「はぁ〜♪ 久々の裸はいいものねっ♪」 彼女は自他共に認める露出癖があるのだがネコマタの彼女はそれを失念していたようだ。 妖狐はネコマタに気付かれないようにそぉっと帯を緩めていきある一定のところまで緩めたらソレを一思いに抜き去ると今まで幾重にも着ていた服が一気にバラけだし見事な早業で裸体をさらした。 裸ということは即ち服を脱いだので今まで後ろ方向へ踏ん張っていたネコマタの彼女は抵抗が無くなったせいで見事に後ろへ転げてしまったがその隙を逃す妖狐ではなかった。 「そいじゃあね♪」 「あ、あぁぁっ!! ま、まってぇぇ梨花さまぁぁぁ!!!」 尻餅ついて尻を摩るネコマタを他所に妖狐は颯爽と全裸のまま部屋を後にすると準備がいいのか運が良いのか洗濯したての服が縁側で山積みにされた所から一着のちょうど町娘が羽織るような着物と帯を掠め取り走りながら早着替えをするとそのまま勝手口に合った草履を履いて店を出る。走る速度はそのままにして遊郭の門を潜り抜けそのまま晴れて妖狐は町への散歩権を勝ち取ったのだ。 そんな妖狐の後ろ、遊郭の方から空しいネコマタの付き人の叫びが聞こえてきたのは余談である…。 「あぁ〜おいしぃ〜♪」 「毎度ありっ!」 そのまま妖狐はまず腹ごしらえと遊郭から目と鼻の先の茶屋でみたらし団子を頬張ってうまい茶を啜る。 普段遊郭から出れない妖狐としては久々の出来立ての団子に舌鼓を打っていると不意に主人らしき男と客の会話が小耳に入ってきた。 「なぁ親父知ってるか? 会沢さんちの娘っこ…もう後先みじけぇみてぇだぜ?」 「あぁ、あの嬢ちゃんか…重度の肺病だろう? 可愛そうに…」 「もう何所の医者もお手上げだとさ…あんまりだぜ…」 妖狐は耳だけをそちらに傾けてまだ団子を頬張っているもののその顔は真剣そのものであるが店の外ということもあり道行く人々以外にその顔をうかがい知ることはない。 「しかも最後にかかった医者から余命一ヶ月ってぇ宣告まで貰っちまったってぇオイラんとこの近所で専らの話よ…」 「何でまたあの娘なんだろうね…」 「……。ごちそうさまぁ〜♪」 何か思うふしがあったのか妖狐は最後の一玉を口に入れると冷めた茶を湯飲みから奪いとりスッ、と串の置かれた皿の脇に団子と茶分の代金を置き謝礼の声と共に立ち上がった。 一歩を踏み出した妖狐はまだ真剣な目をしてその眼差しは迷うことなく町がある方へ向けられる。 気持ち早歩きだった歩調は間をおかずして小走り、駆け足になってある一点へ向けて走り出す。 「…まってて、かをるっ!」 小さく、とても小さく歯噛みしながら呟いた言霊は静かに人ごみの喧騒へかき消されていく…。 疎らだった人が徐々に蜜になっていくとそれに遵い声が活気あふれるものになる。 妖狐はその俊足にて郊外から一足にて中心街へと辿り着くと商家の密集する地まで一度たりとも足を止めることなく進んできた妖狐は不意に一軒の商家の前で立ち止まってそのうちの看板を見上げた。 『人形専門 会沢』 暫しの沈黙を保つも妖狐は一呼吸していきを整えるとすぐさま正面に向き直り何の抵抗もなくその立派な構えの商家へと尾を揺らしながら日よけの代わりとなる大暖簾の横へ身を屈めて中へと入る。 「いらっしゃ…り、梨花ちゃん!?」 「何っ! …おぉぉ!! 梨花ちゃんっっ!!」 「お久しぶりです。叔父さん、叔母さん!」 すると所狭しと並んだ独特の彫り味を出す人形の一角、檀の向こう側から少し線の細い妙齢の女性が来客をおもてなしするための挨拶をしようと何か作業をしていた手元からそこへ視線を移して視界に妖狐をとらえると同時、その女性は大きく目を見開き営業中にも関わらず大声で妖狐の名前を叫ぶ。 その叫びと妖狐の名を聞いておくからドタドタと音を立てて走ってきたのであろう肩を上下させるガタイの良い如何にも頑固そうな皺くちゃの『お爺さん』といわれても仕方ないくらいの男性が顔を出す。 「梨花ちゃん! 体は大丈夫っ!? 病気とかないっ?!!?」 「梨花ちゃん…本当にありがとう! 梨花ちゃんの援助のおかげで潰れかけた店がここまで立ち直れたよ…」 「いいえ、私はずっと居させてくれた恩を返すために進んで遊郭へいったんです。大陸から流れてきた私を本当の家族のようにしてくださったのは本当に嬉しかった…」 対して妖狐も嬉しそうに尻尾と耳をぱたぱたと振りつつ腰をおって挨拶をすると女性に進められるままに壇上に腰を掛けて久々の再開を嬉しがるおしどり夫婦との会話に華をさかせた。 しかし…。 「…ところで『かをる』は?」 「っ」 「…!」 本来ここにいるべきもう一人の家族の名をよんだだけで先ほどまでの和やかな雰囲気が一変し暗く重いものになってしまうと「あぁ…本当だったのね…」と小さく妖狐が呟いた。 「…噂を聞いたの?」 「…うん。余命は…」 「…その通りだ」 誰一人として顔を上げずに俯いている。 いや、上げられないのであろう…。 たった数秒が一時間にも感じられてしまうような、鉛の塊を肩や太腿に乗せられて一切の動作を制限されたような…例えたくとも例えたくないほどの空気の中、先に声を出したのは以外にも女性であった。 「…梨花ちゃん、かをるに会ってあげて?」 「…叔母さん…」 「梨花ちゃん、俺からも頼む。…いつ消えるかわからねぇ命なんだ。…会ってやってくれっ!」 その声を皮切りに皆が皆顔を上げると女性の頬には一滴の線がきらりと光った。 対して顔は笑っている、いや無理に笑っているのが明らかなくらいほほが引きつっているが誰も何も言わない。 男性も顔をぐっと下げて声を上げる。 その顔の舌にある床には雨漏りだろうか、ぽつっぽつっと何処かから雨が漏れていた。 「…いってきます」 妖狐は今まで生きてきた中で最も重い挨拶の言葉を吐き出すと草履を脱ぎ慣れた足取りで店奥にある階段を上り始めた。 そのときの妖狐の顔を表現するならばきっと無表情というべきだろう。 ー…一段。 『どうしたんだい? 嬢ちゃん、こんなところで倒れて?』 『いや、お恥ずかしながら…路銀が尽きてしまいまして…』 『ならウチに来るといい! あぁ…名前はなんてんだい?』 『あぅ、お言葉に甘えさせていただきます……リカ=ペトネー、という妖狐です…』 かつて大陸から渡って来た妖狐はこの町まで辿り着くも行き倒れになりかけていた。 ー…一段。 『わぁ〜綺麗な尻尾ぉ!』 『え、そ、そう? ありがとうね…えっと…かをるちゃん?』 『うん!』 『ははっ! 何か歳の離れた姉妹みてぇだな!』 それを偶々見かけたこの商家、会沢人形が人情で救って居候という形で転がり込んだ。 ー…板が軋んでまた一段。 『へぇ、人形作ってるんだ…』 『うん! まだまだ未熟だけどね…』 『そっか…がんばれ、かをるっ♪』 『あわわ…あ、ありがとう…リカお姉さん…ぅぅ…』 自分より小さい女の子は会沢家の一人娘で、人形作りの腕前はもう職人の域に達しているといっても過言ではなかった。 ー…一段。 『あぁん? 出て行くだぁ?』 『えぇ、いつまでもお世話になるには…』 『ずっと居てよ! リカ姉さん! もう家族じゃな〜い!』 『おぅよ! もうリカちゃんはウチの娘っ子だぜ!』 居候を続けるのも心苦しく思った妖狐は家を出るという話を持ち出すがその話を聞いて「だったらココを第二の家にすりゃあいい!」と豪快に笑って妖狐を家族と呼んだのだ。 ー…一段。 『ごほっ、ごほっ!…くぅ…』 『大丈夫? かをる?』 『う、うん大丈夫だよ…昔からちょっと肺が弱いんだ…私…』 『…うん。私ちょっとかをるの為に働いてくるよ!』 しかしその妹分は天性の才と共に先天性の重度の肺病を患っていた。 妖狐はそんな病弱な小さな職人の為に色々なお店で小間使いとして働き出す…。 ー…さっきより大きな軋みの一段。 『うん? 【梨花】??』 『そう! リカ姉さんってずっとカタカナで呼ぶといつまでも他人行儀なきがして…私が考えたんだけど…どうかな?』 『りか…リカ…梨花…うん! ありがとう、かをるっ! 素敵な名前ね♪』 『よかった♪ これで本当の家族だね!!』 そんなある日、見慣れぬ文字を紙に書かれそれは自分の名の当て字と知らされた妖狐。 妹分が必死に考えたのだろう目にくまを作っていた。 妖狐はあまりの嬉しさに妹分を強く抱きしめたのは仕方がない。 ー…一段。 『え? 財政難?』 『うん…材料が倍以上高くなって…』 『…私、遊郭に行くよ。行ってお世話になったかをる達に恩返しがしたいっ!』 『なっ!? だ、ダメよ梨花姉さん! 考え直して、ね?』 しかしその商家も清貧を心がけてはいたものの妖狐が入って暫くするとまるで謀ったかのように急激な材料の高騰に遭い店がうまく立ち行かなくなってしまった。 そんな恩人達の状況に心苦しい思いをした妖狐は一念発起をして家族に無断で遊女へと身を落してしまった。 ー…一段。 『本当にありがとう…梨花姉さんのおかげで店は何とかなったよ』 『そう、よかった♪』 『でも何でまだ仕送りを?』 『これは…ひ、ヒミツよ♪』 妖狐が遊女になって一月、妖狐がお金を入れに帰ると親父さんからとても大きなカミナリを貰ってお金も突っ返されてしまった。 しかし妖狐の曲がらない思いに根負けした親父は申し訳ないと思いつつそれを受け取り会沢家は事なきを得る。 しかしそれでもまだまだ妖狐は遊郭をやめないで居た。 ー…最後の一段。 『…わかった。かをるには黙っておくよ、梨花ちゃん』 『本当に御免なさい…梨花ちゃんに頼るような形になって…』 『いいえ、いいんです。私が好きでかをるの為にしていることですから♪』 『…本当に、本当にありがとうっ! 梨花ちゃんっっ!』 それは妹の為の治療費のためであった。 更に妖狐は自分の職権を使い腕利きの医者を次々と会沢家に紹介していきなんとか妹の病を治せないかと苦心する。 だがどの医者も首を横に振るばかりだ。 妖狐のほうはソレを聞き一時の気の迷いで「いっそのこと魔物にしてしまえば…」と妹分に大量の魔力を浴びせるも効果は無かった…。 その行為に嫌われると思った妖狐だったが妹分はそれを笑って許したのである。 妖狐は泣いた。 己の愚かさに…。 変えられない真実に…。 妹分の優しさに…。 …一段一段、噛み締めるように過去の出来事を振り返ってゆっくりとあがり、妖狐が階段を上りきると同時に後ろの方から女性の泣く声が聞こえたが妖狐は振り向かず恰も聞こえないというように階段を昇っていた時の歩調を緩めることなく前へ前へと進んでいく。 そして造りに恥じない長い廊下を歩いた突き当たりの部屋の前までやってきた妖狐は中に居るであろう人に声を掛けるため立ち止まる。 が、ふと思う。 「(…なんて顔して合えばいいのよ…っ)」 余命宣告までされた病人で大事な…本当の妹のような家族。 果たしてそんな彼女に一体どういう顔で会えばいいのか。 悩ましい妖狐に対して時間は待ってくれないようだ。 「誰かいるの?」 「っ!!」 それは後ろでも横でも上でも下でもなく、目の前の今まさに妖狐が入ろうとしている部屋の中からの声であった。 思考の渦に溶け込んでいた自我をその声によって引き戻された妖狐は体をビクつかせると次にはふるふると首を横に数往復することで緊張を解く。 未だに驚きのせいで逆毛立つ尻尾と耳を直すことなく妖狐は意を決して彼女の部屋へ作り笑いと分からないような極力笑顔で、そう笑顔で入っていった。 「久しぶり〜♪ かをる!」 「えっ! 梨花姉さん?! 久しぶりっ♪」 その件の彼女は布団に下半身を包まれて起こした上体の手になにやら人形の首とおもしき物と聞き手である左手に筆を持った状態で梨花を見やりながらやはり彼女も先の夫婦と同じように驚いていた。 「ちょっと! 寝ていなさいっ!」 「え、ぁ、いやぁ〜あと少しで完成だから…ついつい筆が…」 そんな病人にあるまじき状態をみた梨花は普段不真面目なのが嘘のように真面目に彼女へと体を気遣う言葉を少々乱暴に紡ぐも問うの彼女は「たはは〜」とばかりに黒髪に筆を持つ手を乗せておちゃらけて見せた。 「ん? 何それ?」 「ん? これ? これは梨花姉さんに送るために作った雛人形達のうちの最後の一人、お内裏様だよ!」 「っっ! わ、私、の…?」 彼女は観念したかのように手に持っていた人形の首を近くにあった卓へと筆と共に置く。 その動作を見ていた妖狐がふと視線をその少し奥へ向けるとそこには床の上に綺麗に並べられた人形たちがあった。 五人囃子、三人官女、随人の左大臣右大臣、そしてお雛様。 見事な出来栄えのそれらの人形は共通して女性を原型にしていることと…笑っていた。 それらを見ていた妖狐に彼女がこれは誰の為に作っているかということを全く隠す気もなく本人に対して笑顔で言うのに妖狐はいろいろな意味で驚かされる。 「でもまだこの子だけ決まらないのよ…顔がね」 「顔?」 「そ、顔。未来の梨花姉さんの旦那さんの顔が全然思い浮かばないのよ…」 と腕を組んで悩みだす彼女。 その間妖狐はそれらの人形に近寄り屈み各々を手にとって尻尾をゆらめかせながら尚のこと細かく見ている。 それぞれの人形の足の裏には「愛」「綾」「招」「陽」「庸」「雪」「夢」「蘭」「琴」「清」、そして一番豪華な雛人形には「梨花」と書かれていて妖狐は何だかむず痒い気持ちになる。 「そんなに大切かな?」 「だめだよ梨花姉さん! これは女の子にとって祝って貰うための行事なんだよ? しかも元気に育つようにって願いも籠めて作るから何所の人形師も手抜きなんてしないよ!」 「そ、そう…なんだ…」 彼女から見えないように顔を紅くしてふと漏らした妖狐の言葉に彼女は機敏に反応して病人とは思えぬ速さで布団を跳ね除けて妖狐に詰め寄る。 彼女の鬼気迫る気迫に驚き彼女と同じように立ち上がってしまった妖狐は彼女の方へ向き直ると成長して妖狐と同じ身長になった彼女と向きあう形で妖狐の両肩に手を乗せてぐらぐらと揺らすものだから妖狐は面食らって目が点になってしまっている。 「でも私がこめるのはそれだけじゃないよ?」 「うぇ? 何を籠めてるの?」 「それはね…」 ぶるぶるから開放された妖狐はその場に腰をとすん、と落として頭のグラつきを押さえ込もうと耳がぺたっと寝てしまった頭を片手で抱えている。 しかしその状態の妖狐に構うことなく彼女は梨花から離れて日の光が差し込む障子の前まで歩くと外に視線を移し笑顔でこういったのだ。 『私の分まで末永く…愛に満たされた幸せに巡り会えるようにって…』 「っ、か、かを、るぅ…っっ」 彼女はまるで世間話をするかのようにその胸中を妖狐に視線を合わせることなく外を見続けながら、でも顔には満面の笑みを携えながら言うその姿に妖狐は何故か天使の翼を見た気がした。 真っ白な…とても真っ白な翼を。 「だから…どうか私の死を悲しまないでね? 梨花姉さん。その悲しみに使うべき時間は真っ直ぐ前を向いてててよ。…じゃないと私、化けてでちゃうかもよ? ふふ…」 「…!」 妖狐はそんな彼女をもうこれ以上直視は出来なかった。 あまりにも真っ直ぐで、純粋で、姉思いで… 触れたら硝子のように砕けてしまいそうなその笑顔で… 目の下にある白粉で誤魔化したくまを見つけて… 涙を必死に堪えるように眉を潜ませている彼女の無理な笑顔で… そして何より… 自身の涙腺がこれ以上は堪え切れなかったから…。 「だから楽しみに待っててよね? 人生で最高の出来の人形なんだからっ!」 「う゛ん…う゛んっ! だのじみにじでるっっ! むずめがっ…でぎだらっっ…そのこっ…だちにもっ…」 「うん♪ 是非っ♪」 目を開けることを拒絶する瞼を無理やりに開けて滲む視界を気にも掛けずに妖狐は咽びながらも彼女へと信念の篭った視線と声で約束を交わす。 友として、職人として最高のほめ言葉と共に。 彼女はそれに納得してくれたのか本日で一番晴れやかな笑顔で妖狐の信念に答えるのであった。 「それじゃあ梨花姉さん、私は残りの寿命を使ってこれを完成させるから今日はここまででいいかな?」 「…うん、わかった。今日はこれでお開きね…またね、かをる!」 「うん、またね! 梨花姉さん!」 やがて妖狐の呼吸が落ち着いたのを見計らって彼女は再び作業をし始めようと人形の首を手にとって妖狐に静かに退室を促すと妖狐もそれを理解してゆっくりと緩慢な動作で部屋の出口へと歩いていく。 そして出口で振り返り共に笑顔で挨拶を交わし別れたのであった。 しかし彼女たちが言葉を交わしたのはこれが最後だった…。 『会沢 かをる、享年22歳。お通夜は…』 彼女と別れた二日後に遊郭の妖狐の下へ訃報を知らせる速達が届きそれを読んだ妖狐は人目を憚らず大きな声で泣き叫んだ。 「かをるぅ…かをるーーっっ!! ぅあぁぁぁーーっっっっ!!」 遊郭一の美女が天に向かい、天に毒を吐くようにして泣くその様は全く事情を知らない人々ですら自ずと目頭が熱くなり涙を流すという不思議な光景であった…。 そして通夜から数日後、妖狐の元へ彼女の遺作が届けられた。 だがその中のお内裏様には未だに顔が入っていなく代わりにお内裏様の足元に紙が張られているだけでだったが妖狐はその紙を見て流しすぎてかれたはずの涙が再び頬を伝って流れ出す。 『やっぱり本人に書かせるのが一番だと思いました。だから梨花姉さんに伴侶が出来たらその人の顔を掘るなり思い浮かべるなりしてみてください♪ かをる』 その雛人形を作った彼女の命日は奇しくも三月三日であった…。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「…というお話でした、まるっと」 「その妖狐さんの妹、なんだかかわいそう…」 「ううん、そんなことないと思うよ?」 話が終わったリビングには沈黙と数名の啜り泣く音があり妖狐の子が母親の話の中に出てきた友達を哀れむようなことを言うと母妖狐は娘の頭を撫でながらこういう。 「彼女はね、どうしようもないと普通の人なら諦める人生を彼女はその友達の妖狐の為に何かを残そうとしたんだよ? それってつまり…その友達が生きていたという証にならないかな?」 「…」 「あ、う、うーん…ちょっと難しいかな??」 母妖狐が子妖狐に説明をしようとするもうまく伝わらないのか子妖狐は首と尻尾と耳を傾げてしまったので母妖狐はどう説明しようか考えているその横では…。 「う゛ぅ゛っ!! な、なんて…なんてえぇ話なんやぁぁぁっっ!!」 「グスッ…うぅっ…なんと美しい姉妹なんだっ…ヒグッ…」 「お母さん?」 「かかぁ?」 母狸と母黒狗は涙がボロボロ流れて会話の途中途中が途切れ途切れな上に濁音交じりである。 そんなボロ泣きする母親達を不思議そうな目で見つめる子二人は子妖狐と同じように耳首尻尾を傾けるのはご愛嬌。 「ねぇ母さん?」 「ん? なにかな? 京ちゃん?」 「その子…またその妖狐の妹になれないのかなぁ?」 ー…ふわっ… 「ん? …あ」 その時一陣の柔らかい春風が開いてる窓から吹き込んできた。 ただその風は温かさと共に…【白い羽】を運んで。 「ふふ♪ えぇ! きっとその妖狐とまたなれるね♪」 『…???』 その根拠の無い力強い母妖狐の返答にその場に居た全員が首をかしげたのだった。 再び春風は舞うとその羽をまた何処かへ運んでいくのであった…。 ーそして…ー 「…かをる。これで何百回目かな? 待ってた? …一年ぶりだね」 その家族達とは対照的にただ一人宵ノ宮の墓苑の一角で佇む妖狐がいた。 古めかしい藍染の無地の着物に黄帯という佇まいの九尾の妖狐は手に持った幾つかの草木や花のうち桃の花をそっと小さい墓石に添える。 「叔父さんも叔母さんも元気でやってる? 相変わらずの夫婦っぷりかしら?」 そして残りの花を傍に寄り添うようにして立てられた二つの墓石へ添える。 「貴女が残した雛人形…私の子供達さえも祝ってくれる貴女の心が宿った雛人形は今も子供達の間で飾られているわ」 そして妖狐はゆっくりと墓石から距離を置き、手を合わせて目を瞑る。 「…やっぱりかをるは天才だったわ。未だにちょっとの汚れだけで人形達に解れや欠けが無いんだもの。…貴女が生きていればぎゅぅ、って抱きしめて褒めて上げられるのに…」 「…じゃあ今してよ? 梨花姉さん♪」 「っっ! …う、うそっ…かを…る…??」 妖狐が投げかけた言葉は本来返ってくるものではないが声がはっきりと返ってきたのに妖狐は目を大きく開けて驚き一色に顔を染め上げると声がした後ろへ慌てて振り返ると… 「…ただいま、梨花姉さん。…天使になって帰って来ちゃった♪」 「…るっ、かをるぅぅ!」 「梨花…姉さんっ!」 そこには白い翼を生やした金髪に所々黒のメッシュが入った天使が立っていた。 その面影は妖狐の中で色あせることなく残っている妹のものの正にそれである。 その天使ははにかみながらも妖狐に面と向かって嬉しそうに微笑むと感極まった妖狐が走り寄って力強く天使を抱きとめるとボロボロと涙を流し始めてしまい天使の方もそれにつられたのか妖狐と同じように涙を流し始めてしまう。 …人間だった義妹と妖狐だった義姉の再会に春風は桃の花びらの花吹雪という粋な送り物を届けた。 ーおもい、おもえば、いつかまた…ー 【完】 |
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どうもワッショイ。jackryでふ。
3/3ということでひな祭りですね。 女の子の日です。 魔物娘の日です。 皆さんの嫁の日ですっっ!!!!(迫真 さぁ! 皆さん! アナタの心の嫁と存分にイチャイチャしてくださいっ! なんせ3/3は(ry あと小話をひとつ。 実は今回出てきた人形の足に書かれた名前…うちの看板娘の一人、梨花の娘達につけられた名前です。 ただしまだ出てきていない娘もいるので…そのうち書きますっ!(ヲィ いかがだったでしょうか?(´・ω・`) 感想お待ちしております…。 12/03/04 23:25 じゃっくりー |