連載小説
[TOP][目次]
辿り着いた町で
 視界に広がっていた光がゆっくり薄れていくと、ルーク達を取り囲む景色は一変していた。真っ先に目に入るのは奇妙な建物の群れ。ねじれていたり、歪んでいたりと、まともな形をしたものがない。それらが密集しているので、どうやら町らしい。冗談みたいな光景にルークは声も出ず、ミーネもぽかんと歪な建物を眺めるだけだった。
 ルーク達が棒立ちになるなか、一人ついてきたグレンと呼ばれた男だけが当然のように町へと歩き出した。
「お、おい! 待て! ここはなんなんだ!」
 慌てて呼び止めるとグレンは小さく振り向いた。
「バロックの町だ。形が奇妙に映るだろうが、魔界では珍しいことでもないから気にしなくていい」
「そうじゃねぇ! 俺達をここに連れてきてどうするつもりだ!」
「とりあえずここを拠点にしろ。しばらくは魔界と魔物がどういう存在なのか暮らしてみて実感するといい」
「暮らすって、俺達はまだそんなこと考えてもないって待てよ!」
 話は終わりだとでも言うように、それ以上ルークに取り合うことなくグレンは歩きだしてしまった。つい先程対峙した時といい、どうもこの手の男は苦手だと頭をかきながら、隣りのミーネを見る。
「どうする? 一応ついていくか? お前が嫌だってんなら別の場所に行くが」
「うーん……。でも、あの人、悪い人じゃない、と思うよ?」
 それはルークも理解していた。ただなんとなく、とっつきにくい上に自分よりずっと強いであろうグレンが少し癪だったのだ。
「ま、他に当てもないし、とりあえず行くか」
 肩をすくめ、ミーネと並んで黒い背中を追って行く。グレンに続いて町に入るとルークは自然と辺りを警戒したが、異形の町はルークが予想したような場所ではなかった。
「魔物だ……」
 ミーネが言ったように、当たり前のように通りを様々な魔物が歩いている。仮装の祭りだと疑いたくなるが、恐ろしいことに全て本物だ。しかし、その行動は人となにも変わらなかった。知り合いと会って道端で雑談に興じる者もいれば、恋人らしき男と腕を組んで嬉しそうに歩いている。その光景はルークが知る普通の町となんら変わりがない。
 ミーネと並んで景色を眺めながら歩いていたルークだったが、ふと思うことがあって聞いていた。
「なあ、ちょっといいか?」
 語りかけたのはミーネではなく少し前を行くグレンに対してだ。無視されるかとも思ったが、彼は足を止めて肩越しに振り向いた。
「なんで、あんたはそんなに強くなったんだ?」
「……」
 どういう意味だと目が無言で聞いている。口数は少ないが、答えようとする意思はあるらしい。
「別に変な意味じゃない。単純に俺自身が興味あるからだ。どういうわけか、こいつを選んじまったからな。なんとしてでもこいつだけは守りたいんだよ」
 隣りでミーネが息を飲む音がした。次いで揺れる尻尾がルークの足をぱしぱし叩いてくるが、ルークはそちらを見ないようにした。そうでないと、恥ずかしくて死にそうになる。
「お前が俺を強いと感じるのは単純に経験の差だ」
 じっと見つめていたグレンはそうとだけ呟くと、再び歩き出した。これで話は終わりだという態度にルークはため息をつく。こういう口数少ない男を知らないわけではないので、答えてくれただけでもマシな方だろう。
「かつては俺も騎士だった。もっとも、お前のように穏やかさを味わうことは一度もなかったが」
 少し歩き始めた頃、グレンは唐突にそう言った。変わらずに静かな言い方だったが、それははっきりとルークの耳に届く。数少ない言葉が意味することに気づき、今度はルークが足を止めていた。ミーネも同じだったのか、ハッとしたようにグレンを見つめる。
「それはつまり……」
 ルークの呟きにグレンも歩みを止め、先程と同じように肩越しに振り向いた。
「普通に生きているだけでは辿り着けない場所がある。だがそれには代償が伴う。しなくていい経験をすることもあるだろう。お前が俺に感じる強さは、俺がそんな道を歩いてきたからだ」
 簡単に手が届く距離にグレンはいる。しかし、ルークとの間にはどうしようもない隔絶があるのだと気づかされる。その事実にルークが何も言えないでいるからか、グレンは前を向いた。
「お前は光照らす道を歩いて行け。わざわざ夜の道を行く必要はない」
 静かに歩きだすグレンの背中を見つめる。大して年齢が変わらないように見えるが、歩いてきた道は比べ物にならないらしい。遥か遠くにいるグレンとの距離になんとも言えない気持ちになっていると、そっと右手に温かい手が重ねられる。目を向けるとミーネと目が合う。
「なんだ」
「行こう? ここなら、わたしはルークに守ってもらわなくてもきっと大丈夫だよ」
 根拠もないくせに、なぜかミーネは少し得意そうだ。色々言ってやろうかと思ったが、恐らく聞いていて恥ずかしくなる返事が返ってきそうなのでやめておく。代わりに、握っている手に少しだけ力を込めた。
「そうかよ。じゃ、行くぞ」
 少々恥ずかしくはあったが、ミーネと手を繋いだままグレンの後を歩いていく。そのまま五分は歩いただろうか。唐突にグレンが足を止めた。なにか話があると瞬時に察知し、ミーネと繋いでいた手を離す。
「どうしたんだ?」
「手を出せ」
 説明もなにもない、ものすごくシンプルな言葉にルークは眉を寄せる。
「あ? なんだ急に」
 せめてもっと詳しく言ってくれと喉まで声が出かかったが、ミーネがすかさず両手を出し、ルークはため息を漏らした。
「お前な……」
 ルークが呆れるなか、グレンはミーネの手に二つの鍵を置いた。同じデザインなので、片方はスペアだろう。
「鍵? これ、なんの鍵ですか?」
 手に置かれた物を見て、ミーネは不思議そうに首を傾げる。
「この家の鍵だ」
 グレンの顔が向いた先に目をやると、二階建ての一軒家があった。窓がハート型だったり、扉がどぎついピンク色だったりと奇抜なデザインであることには変わりないが、他に比べて割と人の家に近い。
「いや、意味がわからん。なんでこの家の鍵を俺達に渡すんだよ」
「しばらくはここに住め。そこまで広い家ではないが、新婚の夫婦が住むには充分なはずだ」
 グレンの言葉にミーネの耳がぴくりと動き、「新婚……?」という呟きが聞こえたが、綺麗に無視する。
「住めって、ここ貸家なのかよ?」
「それは違う。空家になったところを妻が買い取った。よって、所有権は彼女にある」
「ますます意味がわからねー。だったらなんでその家を鍵を俺達に渡すんだ」
「お前達に譲渡するためだ」
 淡々と語られた言葉に、ルークは思考が停止しそうになった。
「待て待て待て。譲渡って、あんた達が使うために買ったんだろ?」
「その認識が間違っている。俺達ではなく、お前達の住む場所として買ったにすぎない。彼女曰く、新婚祝いだそうだ」
 ルークは絶句した。新婚祝いはまだわかる。しかしだ。その祝いに家をプレゼントなんて話は聞いたことがない。
「どこの貴族だよ、あんたの妻は」
「貴族ではなく、王女の一人にあたる。もっとも、本人はあまりその気がないらしいが」
「王女様……」
 ミーネもこれには驚いたらしく、ぽかんとした顔をしている。
「だったら尚更だ。なんで王女様が俺達なんかを気にかけるんだよ?」
「彼女の仕事だからだ。よって、お前達ではなくてもミリアはそうしただろう」
 そして、グレンは足の向きを変えた。
「鍵は渡した。俺の役目はここまでだ。後は好きにするといい。困ったことがあれば、ここから南西の方角にある狐の尻尾という料理店に行け。店主はお前と同じ妖狐だ。妻の、ミリアの名を出せば色々と面倒を見てくれるだろう」
「わたしと同じ……?」
 そう言われたミーネは困ったようにこちらを見てくるが、ルークとしても色々と非現実的すぎて対応が追いつかない。追いつかないが、これだけは言わなくてはならない。
「待てよ」
 グレンが足を止めて振り向いた。
「なんだ」
「あんたの嫁さんに言っといてくれ。感謝してるって」
 降って湧いたような事態は全てルーク達にとって都合が良すぎた。あまりにも都合が良すぎてそれを素直に受け取っていいのか悩んだが、占い師であった時も、先程再会した時も、ルークに対して嘘を言っている感じはしなかった。だから信じることにしたのだ。この冗談みたいな現実を。
 グレンはしばらくルークを観察するように見ていたが、やがて了承の意を示すように小さく頷いた。
「彼女の代わりに言っておこう。お前達に、良き日々が多くあるよう祈っている」
 今度こそ話は終わりらしく、グレンは目礼すると静かに歩き出し、町の雑踏に消えていく。その姿が完全に見えなくなるまで見送ると、見計らったかのようにミーネと目が合った。
「えと、その……」
「なんだよ」
 少し顔を赤くするミーネを見て、これはろくでもないことを言うぞとルークは身構える。
「その……わたし、ルークのお嫁さんになるんだよね? なっていいんだよね?」
 ルークはどう言うべきか迷って、結局はため息をついた。そして、ミーネの頭を強引に撫でてやる。
「俺、責任取れって言ったよな。やっぱり嫌だってか?」
「なる!」
 即答と返事をし、ミーネがぎゅっと抱きついてくる。往来で恥ずかしい真似をされてルークは焦るが、回りを歩く魔物はといえば特に気にする様子もない。むしろ、ルーク達よりもよほどいちゃいちゃしている男女の方が多い。それを眺めて、改めて自分が全く違う場所に来たのだと実感する。
「さてと、じゃ、とりあえず家に入るか。何が必要か調べて買い足すことになるだろうしな」
「あ、わたしも買い物行く! そのままデートしたい!」
「アホ。デートじゃなくて買い物だ」
「一緒に行けばデートだもん!」
 尻尾をこれでもかと揺らし、ミーネは早速その気になっているらしい。それを見て苦笑しながら、ルークは家の前に立った。
「はいはい、デートな。じゃ、さっさと必要なものを調べないとな。ほら、さっさと開けてくれ」
「うん」
 頷き、鍵を差し込んで回すと扉が開く。玄関から見える廊下は綺麗なもので、中古という感じはしない。それを見て、ミーネの手がルークの手に重ねられる。
「ルーク、これからよろしくね?」
「こちらこそよろしくな、お姫様」
 恥ずかしくはあったが、それでもこの手は離さない。
「ルーク」
「なんだ」
「ルーク」
「だからなんだよ」
「えへへ。なんとなく、かな」
「変なヤツだな……」
 ご機嫌であると尻尾を揺らすミーネとそんなやり取りをしながら家に入る。きっと、いつまでもこんなやり取りを続けていくのだろう。今までと同じようで、違う日々が始まる。そう実感しながら、ルークはミーネと共に新しい家に入ったのだった。
 その日のミーネの日記には短く「ルーク、大好き!」とだけ書かれた。
 後日、偶然それを見たルークは「日記じゃねぇ……」と頭を抑えて呻くことになる。
15/07/21 08:51更新 / エンプティ
戻る 次へ

■作者メッセージ
お久しぶりです。エンプティです。
ようやく最終回をお届けすることができました。案の定二本立てになりましたが、ミラの結末を書くとどうしても長くなって分けた次第です。
この作品に限らず言えることですが、長編になるとキャラに愛着がわくもので「おい隊長、殴るなら言えって言ったろ!」「うるさい馬鹿ルーク!」みたいなやり取りを書くことももうないんだなと思うと感慨深いものがあります。
とりあえず、抱えている連載が一つ終わったので、残るもう一つはまとめて書いてから投稿する予定です。その間に気分転換の読切を気力次第でいくつか。
それでは最後までお付き合いいただきありがとうございました。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33