読切小説
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囁く声
 静かな稽古場に金属同士がぶつかる音が響いた。剣を手にした男女が真剣な表情で互いの剣をぶつけ合っていた。
 一人は動きやすそうな服装の青年。身体つきはしっかりしているものの、まだその顔には幼さが残っているという、まさに成長途中といった容姿だ。
 彼に対するは青を基調とした絢爛な鎧に身を包み、艶やかな銀髪を背中まで垂らした美しい女性。それだけでなく、純白の羽まで有していて、清楚や高貴といった言葉がこれ以上なく似合っていた。
 一組の男女はそのまましばらく無言で剣を打ち合わせていたが、疲労が限界に達したのか、ふとした拍子に青年が手にしていた剣が彼女の剣によって弾き飛ばされた。ぴたりと動きを止める青年の眼前に剣が突きつけられる。そこで彼は両手を肩の高さに上げた。
「参った、降参」
 緊張が解け、軽く上がった息を整えながらの降参宣言に、彼女は剣を納める。
「大分動けるようになってきましたね。しかし、武器を手放すことは、戦場では死を意味します。例えどんな状況に置かれようと、今後そんな真似はしないように」
「厳しいな。俺はディアナについていくのがやっとなのに」
「泣き事は認めません。あなたはもうすぐ訓練を終えて一人前の勇者になるのですから、そういう軽はずみな言動も控えるように」
 じろりと睨むと、青年アーネストはバツが悪そうに頭をかいた。
「悪い。気をつける」
「よろしい。では、今日の訓練はここまでにしましょう。明日は魔法中心に訓練しますから、一通り復習しておくように」
「わかった。それでだなディアナ」
「なんですか」
 目を向けると、アーネストは視線だけを別方向に逃がした。
「その、今夜、空いてる時間はあるか? 大事な話があるんだが……」
「大事な話? それなら今ここですればいいでしょう。幸い、この後はそこまで時間を取られる用事もありませんし」
「いや、今じゃ駄目なんだ。夜で頼む」
 慌てたように手を振るアーネストの頬が僅かに赤い。しかし、ディアナは彼の言葉が気になってそちらには気付かなかった。
「なぜ夜なのです。訓練の後は早めに休むようにいつも言っているでしょう」
「いや、分かってる。ただ、色々と準備が必要でだな……」
「準備? 話すのに準備が必要なのですか? 一体、どんな話を……」
「だ、だからっ! それは夜に話す! 時間はあるのか!? ないのか!?」
 喚くようにまくし立てるアーネストは少し見苦しかった。それにため息をつきつつ、彼を見つめる。
「……わかりました。では、今夜、お話を聞かせてもらいます。そこまで言うからには大事な話なのでしょうし」
「ほんとか!?」
 パッと彼の顔が明るくなる。そんな様子は子供そのもので、ディアナは今後彼が勇者としてしっかりやっていけるか不安を感じてしまう。今夜会ったときに注意しておいた方がいいかもしれない。
「ええ。それで、お話というのはどこでするのです。私があなたの部屋へ行けばいいですか」
「い、いや、俺の部屋は駄目だ」
「では、どこで?」
「十時にここでっ!」
 ディアナは首を捻った。大事な話なのに、こんな場所でいいのだろうかと。
「ここでですか? まさかアーネスト、大事な話というのは明日の魔法の訓練についてなのでは……」
 アーネストは魔法の扱いがあまり上手い方ではない。もちろん一通りの魔法は教えたし、扱えるのだが、彼は魔法よりも剣で戦う方が向いているらしく、ディアナもアーネストの得意な方を伸ばすようにはしている。だからといって魔法をないがしろにしていいわけでもないので、定期的に魔法も訓練しているのだ。
「いや、それも大事だが、そうじゃない……」
「そうですか。まあ、どうせ会うのですから、その時に少し復習の手伝いもしてあげましょう」
「あ、ああ……。じゃあ、また夜になっ」
 曖昧な返事を残すと、アーネストは足早に稽古場を去っていった。それを見送ると、ディアナは稽古場に目を戻す。端の方につい先程までアーネストが使っていた剣が転がっていた。
「まったく、使った物はきちんと片付けなさいと言っているのに……」
 アーネストはだらしないところがある。彼の部屋がそのいい例で、なぜこんな状態で平気なのかと正気を疑いたくなるくらいに散らかっている。今夜の大事な話とやらも、自分の部屋では散らかっていてディアナのいる場所がないからだろう。
 今夜会ったらまずは説教から始めようと思いながら、ディアナは剣を拾い上げた。


 時計の針が間もなく約束の時間になることを示していた。
 それを確認したディアナは椅子から腰を上げ、部屋の扉に向かいかけたところで足を止める。
「今夜は復習するだけですし、鎧は必要ありませんね……」
 魔法の鎧なので、別に身につけていても重さはまったく感じないのだが、夜にまで鎧姿で外を歩いているとさすがに目立つ。そう判断したディアナは手早く鎧を脱いで身軽な姿になると、今度こそは部屋を出た。
 時間通りに稽古場に赴くと、アーネストがそわそわした様子で待っていた。
「こんばんは、待たせたようですね」
「お、おう……。いや、そこまで待ってはいないな。緊張して時間の感覚なかったし……」
 最後の方は小声で聞き取れなかった。
「そうですか。では、魔法の復習の前にあなたの話から聞きましょう。さあ、話して下さい」
「あー……そうだな……」
 話を促すと、アーネストは途端に決まり悪そうに頬をかき、視線を逸らした。
「どうしたのです。話があるのでしょう?」
「あ、ああ、そうだ。そう、なんだけど、な……」
 歯切れが悪いことこの上ない。
 それにいらついたディアナは厳しい声で告げた。
「話す気がないのなら帰ります。そこでいつまでもまごついていなさい」
「ま、待ってくれ! 言う! 言うから!」
 くるりと背中を向けたところで、取り乱しているのが丸分かりのアーネストの言葉が耳に届く。
「では早く言いなさい。この後は復習をするのでしょう? それにどれだけ時間がかかるか分からないのですから、あなたの話にばかり時間を食うわけにはいかないはずです」
 振り向くと、アーネストは盛大なため息をついていた。どうやら、話をする気になったらしい。
「あー、わかったわかったよ! いいか、これは紛れもなく俺の本心だからな!」
 そう前置きし、アーネストはしっかりとディアナを見つめ、口を開いた。
「俺はディアナが好きだ」
 まったく想像すらしてなかった言葉に、ディアナは思わず「……え?」と漏らしていた。
「俺は一人の男としてお前が好きだって言ったんだよ」
 不貞腐れるようにアーネストがもう一度その言葉を言う。
 これはつまり、告白というやつだろうか。混乱するディアナの頭でもそれくらいは理解できた。だが、理解すると、今度は頭がますます混乱してくる。
「い、いきなり、何を言い出すのです! 私は神に仕える身です! その私に告白など、自分が何を言っているのか、わかっているのですか!?」
「わかってるよ! ヴァルキリーのディアナさんに惚れて、我慢できなくなって告白したんだよ! 悪いか!?」
「悪いに決まっています! あなたは勇者になる人です! そのあなたが色恋などにうつつを抜かしていては、凡俗な男となんら変わりないではないですか!」
「そんなこと言ったって好きになったものは仕方ないだろ! おかげで、好きになってからはお前のことばかり考えて、まったく眠れないんだぞ!?」
 妙な告白まで追加してくるアーネスト。ただでさえ混乱しているところに余計な負荷を与えられ、ディアナは我慢ならないとばかりに足を踏み鳴らした。
「いい加減になさい! だ、大体、私に告白してどうするつもりですか!?」
「恋人になりたいに決まってるだろ!」
「あなたは馬鹿ですか! さっきも言ったように、私は神に仕える身です! あなたと、いえ、他の誰であっても、恋仲になるなどありえません! それだというのに、あなたは私と恋人になりたいなどと考え、それによって満足に睡眠もとれなかったというのですか!?」
「仕方ないだろ! 勇者だって人間なんだよ! だから好きな人のことは考えちまうし、色々想像だってしちまうんだ!」 
 自分の育て上げた未来の勇者からあまりにも低俗な返答が返ってきて、ディアナは頭に上っていた血がすーっと下りていくのを感じた。
 勇者に恋人がいるなんてことになれば、それは大問題だ。人が相手であってもそうなのだから、その相手がヴァルキリーなんてことになれば、下手をしたら死刑になってもおかしくない。
 これは考え方から教育しなければと、なんとか気を持ち直そうとするディアナ。まずは正座させようと口を開きかけた時だった。
『彼がどんなことを想像したか尋ねるのです』
 囁くような声が頭に響き、思わず背筋が伸びていた。ディアナ達ヴァルキリーが絶対の服従を誓う神の声である。だが、その内容には疑問が残った。なぜ彼の想像を問う必要があるのか、さっぱりわからなかった。しかし、いくら疑問には思っても、神の意思である。それには従うしかなかった。
 ディアナは不満をぐっと飲み込んだ。
「……どんな想像をしたのです」
 まさか詳しく訊かれるとは思っていなかったのか、アーネストの顔に動揺が走った。
「どんなって、そりゃ……まあ、恋人として色々していることをだな……」
 言葉を濁したのは、きっとその辺の町娘するような、見ていて甘ったらしくなるようなやり取りなのだろう。自分を相手に、アーネストがそんな想像をしていたこと自体がディアナにはため息ものだったが、そこで再び声が囁く。
『具体的に尋ねなさい』
「馬鹿な……」
 その言葉にはさすがにディアナも驚いた。これは絶対に意味なんてないことだ。それを訊き出すことに一体どんな必要性があるというのだろう。
 思わず呟いてしまったが、きっと何か深い考えがあるのだ、そうに違いないと無理矢理自分に言い聞かせた。
「具体的に……言ってみなさい……」
「もっとか……? その、恋人として仲良く町に行ったりとか、腕を組んでみたりとか……」
 戸惑いながらも語られるアーネストの言葉に、ディアナは頭が痛くなってくる。まさか、世界を平和に導いてくれるようにと願って育てていた彼が、こんな俗なことを考えていたとは思わなかった。想像さえしなかった。
『他にもあるはずです。もっと語らせなさい』
「他には」
 声に従い、ディアナは事務的に尋ねる。
「まだか……? そ、そりゃ、深い関係になったら、その、そういうこともしてもらいたいとは思っているが……。さすがにそれは……」
 言い淀むアーネスト。さすがに思ってはいても、口にするのは抵抗があるらしい。ディアナも、普段ならそうやって歯切れの悪い態度を取ったらはっきり言うように注意するのだが、この時ばかりは感謝した。
 そこで神の声が信じられないことを囁く。
『隠すことは許されません。彼がどんなことをしてもらいたいのか、はっきりと聞き出しなさい』
「……それは、しかし……」
『これは彼のために必要なことです』
 ディアナは顔を俯けた。
「……はっきりと言いなさい。私はいつも、そう、注意しているでしょう……」
「いや、しかし……」
 アーネストはまだ口を割らない。
 言うな。言うな。言うな。言うなっ。
 ディアナは心の中でそう言い続けた。言ってしまったら、何かが決定的に壊れる気がしたのだ。
 だが、ディアナが黙っていることを、はっきり言わないから怒っているとでも思ったのだろう。ディアナの願いも虚しく、根負けしたアーネストがついに言ってしまった。
「その、手でしてもらったり、とか……」
 予想はしていたが、彼がその望みを口にした瞬間、声が脳内に響き渡った。
『彼の望みを叶えてあげなさい』
 息が詰まった。アーネストの望みは、勇者が望んではいけないことだ。それを神に仕えるヴァルキリーが叶えるなど、もはや狂気としか思えない。
 ディアナが神の命令に葛藤していると、再び声が囁いた。
『これは彼に必要なこと。彼が立派な勇者となるために必要なことなのです』
 まるでディアナの心を見透かしたかのような言葉だった。だが、これが彼のためになるのなら。自分がおかしいと思っても、最終的にはアーネストが立派な勇者になれるのなら。
 ディアナは彼のためと自分に何度も言い聞かせ、感情を殺す。
「……ズボンを脱ぎなさい」
「え……?」
 間抜けな声を上げてアーネストが固まった。どうも、事態を飲み込めていないようだった。
「ズボンを脱げと言ったのです。……今回だけ、特別にしてあげます……」
 こんなことを言わなければならない屈辱から、なるべく彼の方を見ないように顔を背ける。
「いや、え……? いい、のか……?」
 自分で言ったくせに、戸惑うような声がディアナを苛立たせる。
「早くしなさい! それとも、しなくていいのですか!? だったら私は帰ります!」
「ま、待った! わかった、わかったから!」
 慌てた声とともに、カチャカチャとベルトを弄る音。それが聞こえなくなると、ぎこちない感じの声がディアナを呼んだ。
「その……脱いだ、ぞ……」
 ちらりと目を向けると、ズボンを下ろして下半身を露出した酷い姿のアーネストがなんとも曖昧な表情でこちらを見ていた。 思わず目を背けたくなるが、彼にあんな格好になるように言ったのはディアナなのだ。その責任は果たさねばと、ぎこちない足取りで彼に歩み寄る。
「その……本当にしてくれるのか……?」
「黙っていなさい……!」
 顔を見るなんてできず、ディアナは顔を俯かせる。そうすると、自然に彼の陰茎が目に入ってしまう。
 肥大化、という表現がぴったりなほどに膨らんだ彼のモノ。こんなに大きくなるものなのかとディアナは驚かざるを得ないが、彼が自分に対して興奮しているというのは、羞恥の他になぜかまんざらでもなく思ってしまい、慌てて首を振ることでそれを打ち消す。
「いきますよ……」
 そっと、彼の性器へと手を伸ばす。初めて触れた彼の陰茎はそこに熱が集中しているじゃないかと思えるほどに熱く、そっと包むようにするとびくりと震え、表面に浮かんだ血管の感触がはっきりと手のひらに伝わってくる。
「これでいいですか……?」
 右手に感じる性器の感触から逃げるようにそっぽを向きつつ、彼に尋ねる。
「お、おう……。できれば、もっとこう、扱いてくれると……」
「なっ! あ、あなたという人は、私にこんな真似をさせただけでは飽き足らず、更に要求をしようと―!」
『彼の要望に応えるのです』
 怒鳴る直前で、なだめるように神の声がした。
「っ〜〜〜〜!」
 仕方なくだ。これは神の意思だから。彼のためだから。
 苛立ちをぶつけるように、自分の剣の柄よりも太い彼の陰茎を上下に扱き始める。
「っ! ちょ、おま、いきなりすんな……!」
「黙りなさいと言ったはずです! あなたは大人しく私にされていればいいのです!」
「いや、だってこれ、気持ち良すぎて……!」
 手の中で、彼が震えている。
 こんな淫らなことをするのは初めてだっただが、それでもアーネストの発言から、彼が感じていることは理解できた。
 これ以上厄介な事態になる前に終わらせようと、ディアナはリズミカルに彼の陰茎を扱き続けた。
「っ……もう無理……!」
 呻き声のようなものが聞こえたと同時に、手の中で彼が大きく震えた。
 次の瞬間、手のひらに精が勢いよく飛び出し、手をべたつかせていく。
「あ……」
 手のひらに広がる温かさに驚き、ディアナは思わず手を止める。だが、扱く手を止めても一度始まった射精が止まることはなく、次々に精を吐き出してはディアナの手を白濁で染め上げていく。それが、ディアナの手には納まらずに指の間から床に垂れる頃になって、ようやくアーネストの射精は止まった。
「あ、あー……。その……すごく気持ちよかった……」
「そう、ですか……」
 一応、褒めてくれているのだろう。
 初めてにしては上手くできたらしいと一瞬安心するディアナだったが、次の瞬間には意識が現実に戻り、顔に血が上っていくを感じた。
「っぅ〜〜〜〜! 満足したのならすぐに下着を着なさい! いつまでそんな破廉恥な格好でいるつもりですか!」
 慌てて彼の陰茎から手を離すと、すぐにアーネストから離れて彼を指差し、糾弾する。
「い、いや、さすがに今下着着たら悲惨なことになるだろ……」
「そんなことは知りません! いいから早く着なさい! それから、床もきちんと掃除しておくように! 私はもう帰ります!」
 くるりと背中を見せると、稽古場の入口に向かって歩き出す。手がべたべたで気持ち悪く、すぐにでも洗いたかった。
「あ、おいディアナ! こんなことしてくれたってことは、その、返事はOKってことでいいのか!?」
 その言葉にディアナの足が止まる。そこで大きく息を吸った。
「今回は特別です! あなたの想いに応えたわけじゃありませんっ! 勘違いしないで下さい!」
 それだけ言い捨てると、早足で稽古場を去っていく。後ろでアーネストが何か言っていたような気がするが、振り返らなかった。
 運よく誰にも会わずに自分の部屋へと戻ってきたディアナは後ろ手で扉を閉めると、そのまま扉に寄りかかり、右手を眺める。ここに戻って来るまでに大分渇いてしまったようだが、それでも粘体に近い白濁は未だにディアナの手に付着したままだった。
「……」
 例えようのない匂いを放つこれはアーネストの精だ。仮にこれが女性の子宮に入れば、卵子と結合し、受精卵となり、着床してやがては胎児になる。それは自分でも同じことで―。
「馬鹿なことを……」
 精の香りで変なことを考えたディアナは慌てて頭を振ると、丹念に手を洗い流したのだった。


ひゅっという空気を切る音とともに木剣が振り下ろされ、続いてアーネストの悲鳴が稽古場に響いた。
「でっ!」
「魔力が乱れています。さっきからまるで集中できていません。さあ、もう一度です」
 変な唸り声を上げつつアーネストは目を閉じ、再び集中する姿勢に入る。
 今、彼が行っているのは自身の魔力を放出して自分の身体を覆う、いわば結界のような魔法の一種だ。こうすることによって攻撃魔法はもちろん、魅了のような感覚に作用するタイプの魔法にも耐性を持つことができる。
 ディアナに言われて再びアーネストの身体が魔力に包まれていく。だが、身体を包みこんだ瞬間、彼の魔力はシャボン玉のように弾けてしまった。失敗である。
「今日はやけに下手ですね。普段なら最初の身体を覆う段階は問題なくできるはずなのに。もっと集中なさい」
「そんなこと言われても仕方ないだろ。告白の返事ももらってないし、あんなことはしてくれるしで、昨日の今日でそう簡単に切り替えができるほど俺は器用じゃないんだよっ」
 不満げな顔で集中できない理由を暴露するアーネスト。もちろん、言われたディアナは赤面ものである。
「あ、あれはっ! 特別だと言ったでしょう! そもそも、私は神に仕える身です! あなたと恋仲になるなどありません! 返事はNOです! これで満足ですか!?」
 早口にまくし立てると、アーネストは露骨にがっかりした表情で肩を落とした。
「振られた……。あんなことしてくれたから、ちょっと期待してたのに……。恋人になったら、もっと色々してもらえるとか思ってたのに……」
 アーネストの中でどういう結論になっているのかは分からないが、昨日の行いは特別中の特別だ。神に仕える身であるヴァルキリーが、理由もなくあんなことをするわけがない。
『どんなことをしてもらいたかったのか、彼にききなさい』
 ……そう、この指令さえなければ。
「色々とは、どんなことですか……」
 ディアナの口から意思から反する声が出る。
「あー……フェ、フェラ、とか……?」
 昨日のせいか、今日はすんなりと欲望を口にするアーネスト。その言葉が引き金となって、声が囁く。
『聞きましたね? 訓練に集中できていない今の状況を改善するためにも、彼の願いに応じるのです』
 神の指示は相変わらず納得がいかないものだった。だが、訓練に集中できていない状況はディアナとしてもどうにかしたい。
 不本意だが、従わないわけにはいかないディアナは、くるりと身体の向きを変えると、稽古場を中心に人払いの魔法と、防音の魔法を張り巡らせる。
「お、おい。なにもそこまでしなくても、誰も来ないと思うぞ……?」
「黙りなさい! 誰かに見られたどうするのです! おしゃべりはいいから、早く脱ぎなさい!」
 状況というものをまるで理解していないアーネストに怒鳴ると、彼は慌ててベルトいじくり、ズボンを下ろした。
 ディアナはもう一度、人払いと防音の魔法がしっかりかかっているのを確認すると、アーネストの前に膝立ちになる。
 露わになった彼のペニスは当然の如く勃起していて、その存在を主張している。それを前にすると、どうしても思ってしまう。人の身体とは不思議なものだと。普段はそう大きくないのに、興奮すると手に納まらないほどに膨張する。膣に入るのか疑わしいこれを、今から口に咥えるのだ。
「いきますよ……」
 緊張から、生唾を飲み込むと、彼の腰に手を添える。
 目の前のペニスは例えようのない匂いを放っている上に、血管が浮き上がっていて少し気味が悪かったが、なにも毒を吐くわけではない。
 おずおずと顔を近づけると、そっと口を開いて彼を咥え込む。
「ん……」
「っ……」
 口の中に入れただけで、口内に閉じ込められた精の匂いが味覚を刺激する。そもそも精は食するものではないはずだが、なぜか美味に感じる。ただ、それを彼に悟られたくない。
 そっと上目遣いでアーネストの様子を窺うと、彼もまたディアナを見ていた。その表情には隠しようのない喜びが現れている。
 自分の性器を咥えてもらうことがなぜ嬉しいのか理解できないが、今のディアナは文句を言えない状態だ。だから、不満の感情を隠すように目を閉じると、ペニスへとそっと舌を絡ませた。
「っぉ……!」
 たったそれだけのことで、ペニスが激しくびくつく。どうやら、感じているらしい。その証拠に、より浮き上がった血管を舌で感じる。
 それをなぞるように、ゆっくりと舌を動かしていく。合わせて、彼の精の味が口に広がる。
「っぁ……! 手コキだけじゃなくて、フェラも上手いのかよ……!」
 舌を這わせる度にぴくぴくと震えるペニス。分かりやすいことこの上ない。
 いくら神の命とはいえ、性的なご奉仕をしている今の状況に不満だったディアナは行為を素早く終わらせようと、飴を舐めまわすように舌を動かした。一部分に集中せず、丹念に全体を舐め回していく。
 そして先端の割れ目を舐め上げた時だった。
「わり……もう限界だ……!」
 一際ペニスが固くなった瞬間、口の中で精が迸った。
「んむっ!?」
 いきなり口内に注がれる白濁に、ディアナは目を見開いて白黒させる。口に広がる濃厚な精の味と香り。あまりの濃さに反射的に吐き出しかけたが、次々に口に注がれ、そんな余裕はなかった。結果、きゅっと目を閉じて彼の放った精を飲み下す。喉を精が滑り落ちていく感覚が嫌にはっきりと分かった。
 射精の終わったペニスを解放すると、ディアナは即座に立ち上がって背中を向ける。つい今まで淫らな行為をしていたせいで、顔を見せたくなかった。
「あー……サンキュな。おかげですっきりした」
 本意からの感謝の言葉が聞こえた。だが、しぶしぶご奉仕させられたディアナからしてみれば、それは火に油を注ぐようなものだった。
「っ〜〜〜〜! すっきりしたのならすぐに訓練を再開しなさい!」
「あ、ああ」
 しばらくは背後でカチャカチャとベルトを弄る音がしていた。それが終わると、すぐに魔力が生じて一か所に留まっているのを感じる。
 仕方なく振り向くと、アーネストが真面目な顔で魔力を展開し、身体を覆っていた。理由はどうあれ、一応集中できているらしい。
「普段からそうしてくれればいいのに……」
 不満の声が耳に届いたらしい。アーネストがこちらを見て憎たらしい笑みを浮かべた。
「それは俺も言いたいな。普段からディアナがああやって気持ち良くしてくれれば、俺、訓練なんていくらでも頑張れるんだが」
「調子に乗らないでください! あなたがどう言おうと、あれ以上のことは絶対にしませんからね!」
 そう言い捨てると、木剣を拾い上げてアーネストの背後に回る。
「私はあなたの望み通りにしたんですから、これで今日の訓練が情けない結果だったら覚悟して下さいね!」
 この時、ディアナは頭に血が上っていたせいで、自ら墓穴を掘ってしまっていたことに気付いていなかった。


 翌日から、アーネストは訓練で目覚ましい成果を挙げるようになった。得意な剣はもちろん、苦手な魔法も今までとは比べ物にならないくらい上手くなった。問題は、その結果を出すのに、ディアナがご奉仕しなければならないことだった。あれ以上のことをするつもりはないとはっきり告げたのがまずかったのだ。アーネストはそれを、フェラまでならOKと判断したらしく、ことあるごとにディアナにご奉仕を頼んできた。
 ディアナもディアナで、それに応じるように必ず神から指示されるので、仕方なく彼の望むようにしてやった。
 この状況は決していいとは思えなかったが、実際に訓練はしっかりとやれているため、ディアナとしても不満の言葉を口にはできなかった。
 そしてある日。訓練を終えてディアナが部屋へ向かっていると、同僚のヴァルキリーに出会った。
「お疲れ様です、ディアナさん。今日もアーネスト様の訓練ですか?」
「あなたもお疲れ様です、クー。ええ、もうじき勇者として初の任務ですから。きちんと仕上げなくてなりません」
「ふふっ。アーネスト様が勇者として魔物を討伐するようになれば、あの方を育てたあなたとしては誇らしいでしょうね。きっと主神様も喜んで下さることでしょう」
 穏やかな笑みを浮かべてクーの言葉を聞いていたディアナだったが、ふと思った。魔が差したといってもいい。
「そういえばクー。あなたは最近、主神様の言葉を聞きますか?」
「言葉ですか? いいえ、私は特に……」
「そうですか……」
 ということは、自分だけなのだろうか。
 ディアナが難しい顔をしたからか、クーが首を傾げて覗きこんできた。
「それがどうかなさったんですか?」
「いえ、大したことではないのです。ただ、時々、訓練の時にここまでする必要があるのかと思うことがありまして……」
「そんなにすごいことを指示されるのですか?」
 クーに問われ、口が滑ったと自覚したディアナは慌てて首を振った。
「いいえ、私の個人的な感想にすぎません。現に、アーネストはもうじき勇者となるわけですし、私の勘違いですよ」
 これ以上追及されるのは避けたかったディアナは、身体を向きを変えた。
「つまらない話で時間を取らせましたね。どうやら、少々疲れているようです。私はそろそろ部屋に戻らせていただきますね」
「あ、はい。お疲れ様です」
 軽く頭を下げるクーにディアナも会釈すると、すぐに部屋に戻った。
 扉を閉めたところで口からため息が漏れる。
「聞こえるのは私だけ……? なぜ、私だけが……」
 絶えず聞こえる神の声。クーはそれが聞こえないという。では、なぜ自分だけが聞こえるのか。
 考えてみるが、答えは見つからない。自分は別に特別なヴァルキリーでもなんでもない。せいぜい、アーネストの教育係というだけだ。
「アーネストの教育係だから……?」
 思えば、神の指示は常に彼に関わることだった。だが、アーネストは主神が加護を授けた勇者の一人だ。そのアーネストが一人前になれるように、教育係である自分に指示を出すのは決しておかしなことではない。おかしいのは、その内容だ。邪悪な魔物と戦えるように、きちんと教育する内容の指示ならいい。だが、ディアナが指示されたのは、魔物と戦うこととはおよそ無縁の淫らな行為だけだ。これは、本当に神の指示なのだろうか。
 そこで何か、妙なことが引っかかった。神の指示を疑うなど許されないことだが、もしもだ。その指示が、神のものではなかったとしたら。別の、他の誰かのものだったら。
 その瞬間、耳に押し付けられたんじゃないかと思うくらいにはっきりと心臓が脈動する音を聞いた。
「え……?」
 クーは神の声が聞こえないと言っていた。だが、自分にだけは聞こえる、囁く声。彼に淫ら行為を強要するあの声の正体は―。
『そう、私』
 背中に鳥肌が走った。
「私……? 私、自身だというのですか……?」
『そうです、私。あなたに囁きかけていたのは、他の誰でもないあなた。あなたの心の声なのです』
 目眩がした。足がふらつき、机に手をつく。
「馬鹿な……。私が、私に命じたと……? 今までの淫ら行為を私が私自身に……?」
『ええ、そうです。あれはあなたの欲望の声。世の男女がそうするように、あなたもまた、彼とそうしたいと思っていたのです』
 頭で囁く自分が信じられない、いや、信じたくない事実を告げる。
「ち、違う……! 私はヴァルキリーだ……! 神に忠誠を誓う天使だ……! その私が、あんな淫らなことを望むわけが……!」
『嘘をつくのはやめなさい。あなたがどういったところで無駄というものです。なぜなら、私はあなたなのだから。口でご奉仕する度に彼が感じてくれて、嬉しかったでしょう? 彼の精を口にする度に、この精を独占したいと思っていたでしょう? もっと彼に尽くしたいと、ずっと思っていたでしょう?』
 立て続けに語られる言葉の一つ一つが激しくディアナの心を乱していく。
「違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う! 私はそんな淫らな女じゃ……!」
『いいえ、ふしだらで淫乱な女ですよ。彼のペニスを咥えて喜んでいたのですから、否定のしようがないではないですか。あなたは間違いなく淫らな女です。でも、彼が受け入れてくれるなら、それでいいでしょう? 神は許してくれずとも、彼が許してくれるなら、それでいいではないですか』
 どくん、どくんと心臓の音が高鳴っていく。それに合わせて身体が急速に熱を帯び、中から焼けていくようだった。
「あ、あぁ……」
 純白の羽が暗い部屋へと同化していった。


「今日もお疲れ様です、アーネストさん」
「ああ、クーもお疲れ」
 男を略奪しにきた魔物の団体さんを追い払い、アーネストとクーは互いに労いの言葉をかけあった。
 晴れて勇者になったアーネストの最初の任務は、親魔物領と隣接する町の防衛だった。さすがに新人だからか、ヴァルキリーであるクーがサポート役として一緒に来ている。数か月はこの状態で、時期を見てアーネスト一人での防衛に移行する予定らしい。
「ふふ、最初は危なっかしかったですけど、一月もすると見違えるくらいに動きが良くなりましたね。さすがは勇者様です」
「そりゃ、負けたら即お持ち帰りされるんだからな。嫌でも良くなるさ」
 笑って剣を納めると、空から降り立ったクーが思い出したように言った。
「ああ、そうそう。一月経過ということで、一旦本部に戻って報告しろとのことです」
 本部、という言葉にアーネストの顔から笑みが消える。
「本部、か……」
 知らず、呟いた言葉にクーがハッとしたように眉を寄せた。
「あ……その……すいません……」
 アーネストが何を思ったのか、すぐに分かったらしかった。
「いや、気にしなくていい。どうせ報告だけだろうからな。さっさと行って戻ってくるさ」
 無理に笑うと、クーの顔になんとも言えない表情が浮かんだ。
「もう、一ヶ月前のことなんですね……」
「ああ、そうだな……」
 主語がなくとも何を意味するかすぐに理解し、アーネストは顔を逸らした。
 一ヶ月前、ディアナは唐突に行方をくらませたのだ。アーネストはもちろん、クーでさえもその行方を知らず、現在も行方不明。
 この一月、時間があれば彼女の行方を探したのだが、誰もディアナの姿を見た者はいなかった。アーネストは彼女を探すように本部に報告したのだが、返ってきた返答は彼女の探索よりも世界を救う方が優先だというもので、アーネストを大いに落胆させた。
 そんな理由と、ディアナのことを思い出してしまうこともあって、本部にはあまり戻りたくないのだが、仕方ない。
「俺が戻っている間はクーが一人でこの町を守るのか?」
「いえ、本部から小部隊を送ってもらえるみたいです。ですから、心配はいりませんよ」
「そうか。分かった。じゃあ、なるべく早く戻るようにする」


 数日をかけて本部に戻り、報告を済ませたアーネストは宿舎へと続く渡り廊下を歩いていた。
 空はあかね色に染まり、雲がゆっくりと移動している。一日が終わるとはっきり体感できる時間帯なだけに、気分は少し憂鬱だ。ただ、その理由の大部分はここにディアナがいないからなのだが。
 ほんの少し前までは、訓練を終えてだらけきったアーネストをディアナが口うるさく注意していた。あれがもう何年も前のことのように感じられた。
 ぼんやりと過ぎ去った日々を思い出しているうちに、いつの間にか自分の部屋の前へと到着していた。微妙に懐かしく感じる扉を眺め、ノブに手を置く。
「おっと、鍵かけてあったんだった」
 残念ながら室内は勇者の部屋とは思えないほど散らかっているので、誰かに見られてはまずいと思い、初任務で町へと赴く際に鍵をかけたのだ。
 ポケットから鍵を取り出し、鍵穴へと挿し込むと、くるりと回す。そこで異常に気付いた。扉の鍵がかかっていなかったのだ。
「あ?」
 開錠する手応えがなかったアーネストは不思議に思ってノブを回す。すると、すんなりと扉は開いてしまった。
 アーネストの顔が真剣なものになる。鍵をかけたことは間違いないのだ。だとすれば、後から誰かがこの部屋に侵入したことになる。
 腰の剣に手をかけながら、暗い部屋にゆっくりと入っていく。ところどころに積み上げられた戦術や魔法に関する本、脱ぎ散らかした服、空き瓶と、見慣れた部屋が視界に映る。だが、部屋の中央に来ても、誰かが潜んでいる気配はなかった。なにより、散らかりすぎていて、身を隠すスペースもないのだ。小人でもなければ、この部屋に隠れることは不可能だった。
「どういうことだ……?」
 誰かが待ち伏せしていないとなると、泥棒だろうか。そうなると、今度は散らかっていることが仇になってくる。なにを盗られたのか、さっぱりわからない。ただ、この部屋に盗まれて困るようなものもないので、仮に泥棒だったとしたら、入っただけ時間の無駄だろう。
 とりあえず、何者かが待ち伏せしているような事態でなくてよかった。高まっていた緊張がほぐれ、アーネストはふっと息を吐く。そしてあるものが目についた。
 乱雑に散らかった部屋の端に置かれた丸テーブル。最後に見た時にはそこには確か薬関係を入れた箱が置いてあったはずだ。任務で町へと向かう際に、そこからいくつかの薬を取り出した覚えがあるから間違いない。だが、今その箱はテーブルの下に置かれていた。代わりに、テーブルの上には別の物が置かれている。
 近寄ってみると、テーブルの上にあったのは、一枚の紙切れと文字を書くのに使ったと思われる白い羽ペン。とりあえず、何かが書かれている紙切れの方を手に取った。そこには流麗な文字で短い文章が綴られていた。
「南東の洞窟で待っています」
 挨拶もなにもない、用件だけの文章。
 他人の部屋に侵入した挙句に書き置きを残していくとはいい度胸だ。
 アーネストは紙切れをくしゃくしゃに握り潰すと、テーブルに残された羽ペンに目を向ける。そして、次の瞬間には背中に鳥肌が走っていた。
 羽ペンだと思っていたものは、純白の羽だった。それも、野生の鳥から抜け落ちたようなものではない。もっと高潔な、気品を感じさせる羽だった。
「この羽は……!」
 脳裏に蘇るのは彼女。
 これが彼女のものなのだと直感した瞬間、アーネストは部屋を飛び出していた。


 本部を出てすぐ右手に広がる林を抜けた先に目的の洞窟はあった。こういった場所に住む魔物と戦うことを想定した訓練場所だ。アーネストも何度も来たことがあるから覚えている。その時はもちろんディアナが一緒だった。
 この中で、彼女が待っている。
 アーネストは魔法で光の玉を作り出すと、躊躇うことなく中に入った。
 教団が利用するだけあって足場は悪くなく、洞窟特有の湿った土の香りがする中をどんどん進んでいく。訓練の際に、どこが進む道でどこが行き止まりかは全て把握しているので、途中で道が枝分かれしていようと、アーネストには関係なかった。
 やがて急な曲がり道に差しかかった。これを進めば、先にあるのは開けた空間だ。アーネストは逸る気持ちを抑えながら、足早に道を進む。
 そしてぽっかりとした空間を目にした瞬間、足がぴたりと止まった。
 薄暗い闇に、銀色の髪が浮かんでいた。見間違えるはずがなかった。
「ディアナ!」
「ふふっ、待っていましたよアーネスト。よかった、あなたが来てくれなかったら、どうしようかと思っていました」
 懐かしいディアナの声。堪えていた感情が溢れ出し、足が駆け出そうとする。だが、振り向いたディアナを見た瞬間、アーネストの足は駆け出そうとして止まった。
「ディアナ……? どうして……」
「どうしたのですアーネスト。久しぶりの再会なのですから、もっと喜んだらどうですか」
 ディアナの顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「喜べないだろ……。だってお前、その顔は……」
「私の顔は何も変わっていませんよ。顔だけでなく、身体もね。ほら、よく見てください」
 言葉と同時に、洞窟内にいくつもの光球が放たれた。あちこちに放たれた光球は壁にぶつかるとそこに定着し、空間を照らし出す。
「……!」
 明るみに出たディアナの姿を見て、アーネストは息を飲んだ。
 銀色の髪や、瞳の色は変わっていない。だが、白かった肌はいまや青く変色し、純白の翼は闇を凝縮したような黒へと染まっていた。それに合わせて魔法の鎧も黒く禍々しいものへと変化しており、以前よりも肌の露出面積が増えている。
 ディアナの姿は何も変化していないのに、肌と翼の色、装いが変わっただけでこうも別人に見えるのはなぜなのか。
「ほら、何も変わっていないでしょう?」
「変わってるだろっ! どうしてだよ……! なんで、お前が魔物になってるんだよ……! 姿を消したのは、魔物になったからなのかっ!? 答えろディアナ!」
 怒りと混乱とでぐちゃぐちゃになった感情が言葉という形で現れる。それらをディアナは笑って受け流した。
「順を追って説明しましょう。まず、私が魔物になったのは、私の本質がそうなのだと自覚したからです」
「本質が魔物って、嘘だろ……。だって、お前はあんなに……」
「いやいやあなたにご奉仕していた、ですか? いいえ、違いますよ。口や素振りでは嫌がっていても、心の中では喜んでいたのです。あなたに求められ、ご奉仕できることにね」
 以前のディアナだったら、間違ってもご奉仕なんてことは言わなかっただろう。それを照れもなく口にしている時点で、もう昔の彼女ではないのだと痛感させられる。
「だからこそ、もう一度、今度はあの時の告白の正しい返事を返しましょう。アーネスト、あなたと恋人になります」
 以前、アーネストがディアナに求めたのは恋人になることだった。それが、昔のディアナだったら、きっとアーネストは飛び上がって喜んでいたことだろう。だが、今は―。
「無理だろ……。あの時と今では、状況がまるで違う。今の俺は勇者で、お前は魔物だ。有り得ないんだよっ!」
 めちゃくちゃになってしまった二人の状況を断ち切るべく、アーネストは剣を抜く。だが、アーネストが戦闘態勢に入っても、ディアナは微笑んだままで、微動だにしなかった。
「今の私は受け入れてはもらえませんか。愛の告白だというのに、残念です。しかしアーネスト、まずはあなたの残りの質問に答えましょう。戦うのは後です」
 戦う意思はないというつもりなのか、ディアナは剣を手にするどころか、腕を組んで微笑を浮かべる。そして続けた。
「あなたの言った通り、私が行方をくらませたのは、半分は魔物になったからです。もう半分は、あなたのために行かなくてはいけないところがあったから」
「俺のため? どこだよ」
 問うと、ディアナは嬉しそうに人差し指を立てて、唇に当てた。
「秘密です。あなたが私を受け入れてくれるのなら、すぐにでもお教えしますが」
「話す気がないならもういい!」
 これ以上ディアナと、いや、かつてディアナだったものと言葉を交わしたくなかった。剣の切っ先を真っ直ぐに向け、話は終わりだと睨みつける。
「ふふっ、そうやって想いを押し殺して勇者であろうとするあなたも素敵ですね。そんなあなたと戦うのも悪くはないですが、やはり穏便にすませましょう。アーネスト、一つ提案です」
「聞くつもりはない」
「聞くだけ聞いて下さい。これは大事な話なのです」
 そう言うと、ディアナはすぐ傍に自分の魔力を放った。一瞬、不意打ちの魔法かと身体を硬直させるアーネストだったが、放たれた黒い魔力はそこに留まり、大きな球体となるだけだった。
「なんの真似だよ?」
 油断なく球体とディアナとを睨むと、彼女は微笑みながら言った。
「アーネスト、私と夫婦になりませんか」
「……は?」
「夫婦になろうと言ったのです。世の男女がそうしているように、私達もお互いを愛し合う夫婦になりませんか」
 馬鹿馬鹿しい提案だった。
「ありえないな。俺がそれに応じるとでも?」
「では、これでどうです?」
 怪しい笑みを浮かべつつ、ディアナが左手の小手を外した。それを投げ捨てると肩当てを外し、今度は右手に移る。
「お、おい! いきなり、なにしてんだ!」
「ふふっ……♥」
 アーネストの声には答えず、今度はレガースを脱ぎ捨てて、すらりと長い青肌の素足を晒すディアナ。それだけでは終わらず、今度は胸当てを外して灰色のレオタード姿になった。
「おいディアナ! いい加減に……!」
「大人しく見ていて下さい」
 ぴしゃりと言われ、アーネストは言いかけた言葉を飲み込む。
 そうしている間にもディアナの手は止まらずに動き、レオタードがするりと脱げ落ちていく。
「っ!」
 ついにディアナの肌を覆っていたものがなくなった瞬間、アーネストは慌てて顔を俯けた。
「いいのですか? 顔を逸らして。私はまだ武器を持っているのですよ?」
「くっ……!」
 仕方なくアーネストは顔を上げた。その瞬間にディアナと目が合い、彼女は無言で笑みを浮かべる。
 そのまま顔だけを見ていられれればよかったのだが、一度その姿を視界に収めると、どうしても他の個所に目が行ってしまった。
 すらりと伸びた手足にくびれた腰。それらを有する身体の中央には豊かに実った二つの胸。青い乳房の先端にあるピンクの乳輪が怪しい色香を放っている。見てはいけないと分かっているのに、目が吸い寄せられてしまう。
「どうですかアーネスト。私の生まれた姿は」
「……剣を持ってるだろ」
 苦し紛れに指摘すると、ディアナはふと笑った。
「ああ、そうでしたね。では」
 言ったと同時に、手にしていた剣が高速で投げられた。あまりにも一瞬の出来事で、アーネストは反応できなかった。だが、投げられた剣はアーネストには向かっていなかった。剣はディアナの右方向へと投げられていて、その先の壁へと突き刺さる。
「さて、これでもう何もありませんね」
 武器を自分から放棄するという行動にアーネストが固まっていると、ディアナはその間に黒い球体へと腰かけた。弾性を持っているらしく、ディアナの座った部分がぐにゃりと形を変える。
「さあアーネスト。もう一度聞きましょうか。いえ、そちらは聞かずとも分かっていますから、質問を変えましょう。この身体が欲しくはないですか?」
「誰が……」
「いらないのですか? 私の夫になってくれれば、この身体を好きにしていいのですよ? この口も、胸も、全てあなたの望むようにしてくれていいのです」
 ディアナの手がそっと股へと伸びる。そして、二本の指で秘裂を開いてみせた。青い肌の真ん中にできたピンクの洞窟がひくひくと蠢いている。まるで、入ってこいと誘っているようだった。
「もちろん、ここも好きにしてくれて構いません。本当は、ずっと私のことを抱きたかったのでしょう? 口だけでなく、こちらにもペニスを入れ、思う存分、私の身体を堪能したいと思っていたでしょう?」
「ち、ちが……、俺は、そんなことは……!」
「ふふっ、少し前の私を見ている気分ですね。本当はそうしたくてたまらないのに、口ではまったく逆のことを言ってしまう。あなたに抱いてほしい私と、抱きたいのに、素直になれないあなた。まるで昔の私達の立場が入れ替わったようです」
「黙れぇぇぇぇっ!」
 ディアナの言葉を遮るように叫び、アーネストは一気にディアナへと詰め寄り、剣を突きつけた。
「俺は勇者だ! そんなことをしたいとは思わない!」
 息荒く睨みつけると、ディアナの顔が初めて陰った。
「そうですか……。では、私を殺して下さい。私にとって、生涯を添い遂げたいと思うのはあなただけです。そのあなたに拒まれたら、生きていても仕方ありませんから」
 すっと、ディアナは目を閉じた。対するアーネストは心臓を鷲掴みにされた気分だった。ディアナは魔物だ。殺さなくてはならないのだ。それなのに、手が動かない。
 勇者とディアナ、自分はどちらを取るべきなのか、心中の天秤が揺れ動く。だが、すれはすぐにある方へと傾いた。
「っ!」
 声にならない悲鳴を上げ、アーネストは剣を投げ捨てた。
「思ってたよ! 恋人になって、もっと親密になったら、そういうこともしたいって思ってた! 一人前の勇者になったら、プロポーズだってするつもりだった! それなのに、なんで魔物になるんだよ!」
「あなたと同じくらい、淫らなことをしたいと思っていたからですよ」
 目を開いたディアナが小さく笑った。
「さあアーネスト、あなたの答えを聞かせて下さい」
 剣を捨てた時点で、アーネストの答えは決まっていた。
 ディアナへ覆い被さるように、球体へと上がる。見ただけでは想像もつかなかったが、黒い球体は柔らかく、まるでクッションのようだった。その球体に寝転んだ裸のディアナを前にして、アーネストは迅速にベルトを外して下着ごとズボンを下ろし、完全に勃起したペニスを解放した。
「あぁ……今から私はそれで貫かれるのですね。ふふっ、想像しただけで身体が疼いてしまいます。でもいいのですかアーネスト。最後に忠告しておきますが、一度私を抱いたらもう勇者には戻れません。あなたはそれでも―」
「うるせぇ! もう我慢できねーんだよ!」
 ディアナの言葉が終わらないうちに、アーネストはペニスを突き入れていた。一瞬にして柔壁が蠢く膣穴へとペニスが埋没していく。いきなりの剛直の侵入に、ディアナの身体が大きくビクつく。
「あっ……♥ アーネ、ス、いきなり……♥」
「誘ったのはお前だからなっ!」
 ディアナの身体から発せられているであろう甘い香りが思考を鈍らせ、性欲を煽る。それに任せて、腰を何度も叩きつける。
「恋人にはならないって!」
「んっ♥ 擦れ、て……♥」
「言ったくせに! 夫婦になろうって!」
「あっ……♥ 形が、変わっちゃ……♥」
「素っ裸で誘いやがって! 馬鹿にしてんのか!」
 性欲と今までの不満とを全てぶつけるように、何度も容赦なく突き込む。その度にあのディアナから嬌声が漏れるのだから、興奮は青天井状態だ。
 ディアナも喜んでいるのか、突き入れる度に柔壁とヒダに熱烈な歓迎をされ、その快感がよりペニスを固くしていく。それに歓喜した膣が更にすごい快感を返す。
 性器による快楽の応酬は永遠に続きそうだったが、アーネストに限界が近づいたことで唐突に終わりが見えた。
「ぐぅっ! おい、中に出すからな! 夫婦になるなら構わないよなっ!?」
「もち、ろんです……♥ あっ♥ ナカに、出しなさい……♥ 外など許しませんから……♥」
 既に快楽に参っているのか、抱きついてくるディアナの腕には力がない。それでも膣はしっかりと動き、ペニスを万遍なく刺激して射精までのカウントダウンを助長する。
「っぅ!」
 身体中の血が爆発したようだった。カッと身体の奥が煮え立つような感覚とともに、暴発寸前だったペニスが射精を開始する。
「……! ……!」
 どくどくと注がれるおびただしい量の精に、ディアナは目を白黒させ、声も上げられないようだった。
 本人がそんな様子でも、膣はしっかりとその役目を遂行し、きゅっと締め付けて射精を促す。
「ふ、ぅ……」
 ありったけの精を残さず放ち、強張った身体が脱力する。訪れる倦怠感と満足感。ディアナがいなくなってからは自慰に耽ることもなかったので、久しぶりの射精は信じられない快感だった。
「はっ……はぁ……ふ、ふふっ……♥」
 身体の下で、ディアナが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「な、なんだよ……その笑い方は……」
 いきなりディアナが抱きついてきた。それに驚く暇もなく、今度は視界がぐるりと反転する。次いで、背中が球体へと沈んでいく感覚があった。
「は?」
 体勢が入れ替わったのだと理解したのは、嬉しそうなディアナに見下ろされてからだった。
「な、なんだよディアナ。その顔は……」
「アーネスト、あなたを勇者から普通の男へと堕落させてしまった責任は取ります」
「な、なんだよ改まって。それくらい、俺は覚悟の上で……」
 ディアナを選んだ時点で、勇者を辞める覚悟は完了していたも同然だ。それに対して責任を取れなどと言うつもりはまったくない。だが、続くディアナの言葉で身体が硬直した。
「そして、あなたにも責任を取ってもらいます」
「……は? 責任って、何に対してだよ?」
「私を孕ませてしまった責任ですよ♥」
 言われたことが理解できなかった。
「は、孕ませたって……は?」
 混乱するアーネストを、ディアナは心底楽しそうに見つめた。
「私が行方をくらませたもう一つの理由、それははあなたのためだと言いましたね。こうして子作りもしたことですし、教えてあげましょう」
 蕩けた笑みを浮かべ、ディアナは続けた。
「魔物になった私は、あなたと結ばれるにはどうすればいいのか、その目的を達するために親魔物領を訪れました。そこで、素晴らしい方法を聞いたのです。それを実行するべく、次に触手の森へと向かいました」
「しょ、触手の森……?」
「森についての詳細は省きましょう。その森の奥に宝樹と呼ばれる大樹があるのですが、その大樹が伸ばす触手が放つ粘液を身体に取り入れると、確実に子を孕むことができるのです」
 背筋に嫌な汗が流れるのをアーネストは感じた。
「まさか、お前……」
 ディアナはにこりと微笑んだ。
「本来なら、夫婦で訪れるものらしいのですが、理解のある触手で助かりました♥」
 そう言って、自分の腹に手を当てる。
「これで理解できたでしょう。今の私は確実に子を孕む状態です。そしてあなたは、そんな私に種付けしてしまった。先程の交わりは、ただの愛情確認ではありません。子作りだったのですよ♥」
 アーネストの目が嫌でもディアナの腹に向かう。今もペニスを咥え込んでいるそこに、アーネストはたっぷりと射精してしまった。あれがディアナの腹で芽吹き、新しい命になるというのだ。そうなれば、自分は父親である。
 アーネストが状況を理解したことを察したのだろう。ディアナはアーネストに跨ったまま、腰を振り始めた。それに合わせて柔壁にぎゅうぎゅうとペニスが絞められ、硬度を取り戻していく。
「お、おいディアナ! なにを……!」
「まだ出るでしょう? この一月、私はいなかったわけですからね。それとも、他の女に性欲処理をしてもらったのですか?」
「いや、してもらってないけどんむっ!?」
 言いかけた言葉は、ディアナの唇によって塞がれた。柔らかな感触が口に押し付けられ、そこから温かい舌が伸びてきて口内に侵入する。そしてすぐにアーネストの舌を発見すると、絡みついてきた。フェラをしてくれていた時と同様の動きで、アーネストの舌を舐め上げていく。ディアナの味が、強制的に味わわされる。
「ふふっ、そうですか。えらいですよアーネスト。それでこそ私の夫です。では、この一月に溜め込んだ精を全て搾り取り、子宮に受け入れてあげましょう。その中から、最も優れた子種を受精させるのです……♥」
「いや、落ち着けって……! ちょっとまっあぁっ!?」
 先程よりも格段に膣の動きが活発だった。ディアナの身体が、アーネストが感じるように変化し始めているのだ。
「夫婦になるのですから、なにもまずことなどないでしょう。既に一度種付けしているのですから、結果は同じですよ。だったら、優秀な子種で受精したいじゃないですか。ほらアーネスト、もっと私の子宮に子種を注いで、しっかり孕ませてくれないと。んっ♥」
 昔では考えられないほどの過激ワードを連発しながら腰を振るディアナ。その動きがだんだんと激しくなり、結合部から卑猥な音がする。合わせて、豊満な胸がリズミカルに躍る。それに目を奪われたアーネストは上半身を起こしてディアナに抱きつくと、それにしゃぶりついた。こりこりとした乳首を舐めてみると、ほんのりと甘い。
「やぁっ……♥ もう、まだミルクは出ませんよ……♥ だからアーネスト、あなたのミルクで私を孕ませて、おっぱいが出るようにして下さい♥」
「任せろ……!」
 抱き寄せられ、柔らかな胸に顔が沈んでいく。二つの柔らかな果実からなる谷間はむわりと甘い香りが立ち上り、一息嗅ぐだけで体中の血が沸騰するようだった。
 ディアナの動きに合わせてアーネストも腰を突き上げる。熱くぬめった蜜壺へとペニスが呑み込まれていく。そして先端にぶつかる弾性のあるモノ。
「んっ♥ 感じますかアーネスト、子宮が下りてます。私の身体があなたの子を孕もうとしていますよ♥」
「俺も、出すからな……! またお前の中に種付けするからな……!」
「ふふっ、どんな気分ですかアーネスト。確実に妊娠すると分かっている子作りは?」
「最高、だ……! ディアナとの子作り、最高すぎる……!」
「ふふっ、私もですよ♥ さあ、そろそろ二回目の種付けです♥」
 腰が深く落とされて亀頭がぶつかると、子宮口がぐりぐりと動き、もっとも敏感なところへ快楽の集中攻撃がなされる。
「お、おっ、おおおおお……!」
 先端が爆発するような感覚とともに、本日二度目の精がすごい勢いで飛び出していく。膣が絞り、子宮口が吸い上げるように動き、搾精されているとはっきり実感できるほどだったが、同時に与えられる快感が余計な考えを全て放棄させる。
 確実に妊娠すると分かっているからか、それともしっかり孕ませるためか、射精は信じられないほど長く続いた。
 一回目を遥かに上回る精を子宮へと納め、ディアナは満足そうに下腹部を撫でる。
「あぁ……♥ 子宮の中があなたの子種で満たされているのを感じます。また種付けされてしまったのですね、私は♥」
「何度でもしてやるっ」
 ディアナの身体を押し倒すとともに、その体をしっかりと抱きしめる。
 ディアナはそれに目をぱちくりとさせていたが、アーネストの頬に手を伸ばし、すぐににんまりとした笑みを浮かべた。
「怖い顔……♥ 無理矢理二人目を孕まされそうです……♥」
「こんの腹黒エロ天使! 覚悟しろよ、何回でも孕ませてやるからな!」
 そう叫ぶと、アーネストはまったく萎えないペニスを容赦なく突き込む。休む間もなく三回戦が始まった。


 安らかなまどろみから唐突にディアナは目が覚めた。視界に映るのは、なんの面白みもない洞窟の天井。だから、すぐに体を起して隣りに顔を向けた。
 そこには、世界中でなによりも誰よりも愛しい彼が裸で眠っている。あれから、体力が果てるまで愛し合ったので、まだ目覚めることはないだろう。
 彼の寝顔から、自分の下腹部に目を向ける。そこは僅かながらも、はっきりと膨らんでいるのが分かる。途中からインキュバスになり、ほとんど絶倫状態になったアーネストの精を全て子宮へと納めたためだ。おかげで、お腹が張っている感覚がする。
「ふふっ、そろそろ着床を終えたでしょうか……」
 僅かに膨れた自分の腹をそっと撫でる。洞窟内なので時間の経過が分からないが、体内時計は数時間の経過を告げている。それだけあれば、アーネストの子種を受精し、受精卵が着床していておかしくない。
「ふふふ……」
 既に妊娠しているだろう腹を撫でつつ、ディアナは小さく微笑む。やがては子宮内で彼の子が育ち、この腹は今とは比べ物にならないくらい大きく膨らむことになる。そうなるのが楽しみで仕方ない。
「とりあえず、この後は万魔殿ですね……」
 アーネストが起きたら、すぐにでも行こう。その後はただひたすらに愛し合うだけ。そうしているうちに腹が膨らみ、やがて彼の子を産むのだ。その時が来たら、彼の目の前で産んであげよう。
 年内に起こる事を想像しただけで、どうしても笑みが浮かんでしまう。
「愛していますよ、アーネスト……」
 隣りで眠る彼に囁くと、ディアナも彼にぴったりと寄り添って横になる。
 彼の匂いと温もりを感じながら、ディアナは再び眠りにつく。そしてすぐに、幸せそうな寝顔が浮かんだ。
14/06/03 22:18更新 / エンプティ

■作者メッセージ
連載を書く気力が起きず、なんとなく読切を書いたら思いのほか進んじゃったエンプティです。
また浮気ですとも。でも仕方ない。だって頭の中で悪魔担当のダークヴァルキリーさんが「書きなさい」と囁き、天使担当(そのまま)のヴァルキリーさんが「仕方ないから書いてもいいのですよ」とやはり書くように囁くんですから。天使がちっとも止める気ない。
こうして頭の中で満場一致で書くことが決定し、こんな話が出来上がりました。次はきちんと連載を更新します。…よほど心の琴線をかき鳴らす娘さんが更新されない限りは。

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