(104)提灯おばけ
日が沈み、夕餉の時刻を迎えた頃、軒を連ねる家の一つから、子供の声が響いていた。
「いーやーだー！食べたくなーいー！」
囲炉裏を囲みお膳を前にした子供が、夕食の献立に不満の声を上げていた。
「ほら、なに言ってるの。メザシ食べなかったら、ご飯はないわよ？」
「いーやーだー！」
食べたくないが、ご飯がないのもイヤだ。子供の駄々をこねる様子に、母親はため息をついた。
「全く･･･あんまり駄々をこねていると、『オバンデス』がもらいにくるよ！」
『オバンデス』という言葉に、子供は一瞬泣き声を止めた。
だが、止めたのは一瞬のことで、再び声を上げながら泣き叫ぶ。
子供は知っているのだ。『オバンデス』は大人が子供を脅すために考え出した妖怪で、実在などしないと言うことを。
「あーもう･･･」
『オバンデス』の御利益も消えてしまったことに、母親はため息をついた。
すると、家の戸をとんとんと何かが打った。
「はーい」
突然の来客に子供が声を潜め、母親が席を立って戸口に向かう。
そして、防犯のためのつっかい棒を外して戸を開けると、外に大きな影が立っていた。
影が、戸をくぐってのっそりと家の中に入る。
戸口の上端はもちろん、一段低い土間にいるはずなのに天井に頭が着きそうなほど背が高く、頭から黒い布をすっぽりとかぶっている。
そして本来ならば人の顔があるべき場所では、燃えるような光が布の間からのぞいていた。
「･･･！」
来客の姿に、子供の目が見開かれる。
背が高く、真っ黒で、大きな一つ目の妖怪。
言うことを聞かない悪い子を貰っていくという、『オバンデス』の姿そのものだった。
すると、子供の心を読みとったのか、背の高い来訪者は身を折りながら、布の下から声を出した。
「オバンデス」
名乗りとも挨拶ともつかない、男と女の声に、子供は確信を深める。
「モライニキマシタ」
母親に向けて、『オバンデス』が言った。
その一言に、子供の背筋が凍り付く。この妖怪は、自分をもらいにきたのだ。
聞き分けのない悪い子を、『オバンデス』は貰っていく。貰われた子がどうなるかは、誰も知らない。
「はあ･･･でも、家には今悪い子は･･･」
「いい子にします！いい子にしますからもらわないで！」
母親の返答に割り込むように、子供は母の腰にすがりつきながら声を上げた。
「いい子にするって、本当？」
「はい、いい子にします！」
「好き嫌いしない？」
「しません！めざしも食べますから！」
すがりつく子供と問答を交わしてから、母親は背の高い来客に顔を向けた。
「すみませんねえ、今家には、上げられる子供がいません」
「ハイ」
来客は、母親の言葉に短く応じると、くるりと母子に背を向けて、きたときと同じく身を折りながら戸をくぐっていった。
「あ･･･ああ･･･あ･･･」
実在しないとばかり思っていた妖怪の存在への恐怖と、自分が貰われずにすんだという安堵、そして妖怪が立ち去って緊張の糸が切れ、子供は母の腰から離れながら、戸口を見ながら声を漏らしていた。
「ほら、『オバンデス』行っちゃったよ。悪い子にしてると、戻ってくるかもしれないよ？」
戸を閉めながらの母の言葉に子供ははじかれるように自分の膳に向かい、メザシにかみついていった。
（『オバンデス』様様だね）
文句も言わず、メザシを食べる子供の姿に、母親は内心妖怪に向けて感謝した。
明日、直接礼を言わねば。
子供の鳴き声が聞こえなくなった頃、並ぶ家の間を一組の男女が歩いていた。
黒い布を抱えた男と、男の胸ほどの背丈の女だ。
「いやあ、本当に驚いてたねえ、あの子」
女が男を見上げながら、にこにこと口を開く。
「ああ、そりゃあ嘘っぱちだと思っていた妖怪が、実在してたんだもんな」
女の言葉に、男が応じた。
もうおわかりだと思うが、この二人こそが『オバンデス』の正体であった。
二人で肩車をし、頭から布をかぶって姿を隠し、同時に声を出す。
これだけで、子を貰っていく妖怪『オバンデス』を演じていたのだ。
「でも、これであの子が聞き分けのいい子になるんなら、お安いご用だね」
「こっちとしたら、肩車して布かぶるだけでいいからな」
口が裂けたような化粧をする必要もない、手軽な仮装だ。
それもそのはず、女の方はすでに提灯お化けという妖怪なのだから。
「ふふ･･･」
ふと、提灯お化けが低く笑みをこぼすと、透き通った彼女の腹の中で火がゆらゆらと踊った。
「どうした？」
「いや、もし私たちの子供にオバンデスを教えなきゃいけなくなったら、誰がオバンデスをやってくれるのかなあって･･･」
「ああ･･･そのときは、どうしようかな」
男は提灯お化けの言葉に、はぐらかすように答えた。
「その時はその時、ね？」
「ああ」
胸中で、まずその時はこないだろうと付け加えながら、男は頷いた。
やがて二人は小道をすすみ、明かりの消えた家に入った。
「うー、寒い寒い･･･」
提灯お化けが家に上がり、囲炉裏の炭に向けて腹から取り出した鬼火を振りかけた。
赤い鬼火は炭に染み入り、やがて炭を燃え上がらせた。
「はぁ･･･」
手をかざしているだけで暖まる、炭の発する赤い光に、提灯お化けは声を漏らした。
「うう、寒い寒い･･･」
『オバンデス』の黒い布を片づけていた男が、遅れて囲炉裏のそばにくる。
彼は提灯お化けの傍らに腰を下ろすと、彼女に倣うようにして炭に手をかざした。
手のひらを柔らかな熱が撫でる。
「はぁ･･･」
「ふふ、ん･･･」
自分と同じ仕草でため息をつく男に、提灯お化けはほほえむと、彼の側に身を寄せ、肩に頭を乗せた。
炭の発する熱も温いが、こうして体を接する方がより温かく感じられた。
「どうした？」
「ん、ちょっと外は寒かったなあ、って･･･」
男に触れたかった、という本心を胸に収めたまま、彼女はそう応えた。
「そうか」
男は、ちらりと提灯お化けの腹を見た。透き通った腹部の炎は、穏やかではあるものの、いつもよりやや大きく揺れている。
落ち着いてはいるが、こうして肩を触れ合わせているのが楽しいといったところだろうか。
彼は提灯お化けの本心を推測すると、そっと彼女の肩に腕を回した。
「あ･･･」
「こっちの方がもっと温かいだろ」
男の言葉に、提灯お化けの腹の火が、ゆらりと大きくなる。
彼女は、男の突然の動きに、言葉もなく目をさまよわせるしかできなかった。だが、彼女の腹の中で、炎は震えるように揺れていた。
「ん･･･俺が言うのも難だが、温かいな」
肩を組んだまま、男が漏らす。
「そりゃそうだよ。だって、あたしは･･･」
「お前の中で火が燃えているとか、そういう話じゃない。お前は温かいな」
男はふと思いついたように胡座をかくと、肩を組んでいた提灯お化けを抱き寄せた。
「な、何･･･」
「ちょっとここに座れ」
胡座をかいた膝の上に、男は提灯お化けを座らせた。
「尻、温かいか？」
「うん･･･ちょっと、固いけどね」
提灯お化けの、照れ隠しめいた言葉に、男は笑みをこぼす。
「それより、重くない？」
「うーん･･･少し、な･･･いてて」
正直な男の評価に、彼の太腿を提灯お化けが摘む。
「何だ、正直に答えたのに･･･」
「そういうときは、嘘でもいいから重くない、って言うのよ」
「はいはい、重くない重くない･･･」
「うーん、まあよし」
男の胸板に背を預けながら、提灯お化けは頷いた。
「これで･･･お前が子供でも抱いていたら、もう少し温かくなるんだろうな」
「ははは、まあそのうち、ね･･･」
男のふともらした言葉に、彼女はどこか話題を流そうという口調で、軽く応じた。だが、男は提灯お化けの言葉を相づち代わりに続ける。
「生まれるとしたら、お前によく似た娘なんだろうな」
「そうだね」
「赤ん坊のうちは、俺が抱くと泣いたりして、お前にしか寝かしつけられないんだろうな」
「その時にならないとわからないわよ」
「そして一丁前に立ってしゃべるようになったら、どっちに懐くんだろうな？俺としては俺に懐いてほしいが、やっぱりお母さんの方が」
「ねえ、もう止めて」
提灯お化けの、やや強い声に男は言葉を切った。
「すまない･･･すまない･･･」
男は、提灯お化けに向けて、二度謝った。
「謝るのは一度でいいよ。まだ決まった訳じゃないし」
「でも･･･」
「口答えはナシ。ちゃんとやることやってるんだから、そのうちきっと･･･ね？」
提灯お化けは、男の顔を見上げてから、続けて言葉を紡いだ。
「それより、抱いてくれない？」
「こうか？」
男が、自分の胡座の上に腰を下ろす提灯お化けの肩に、両腕を回した。
自分の、下手すれば半分ほどしかないのではないかという華奢な体は、彼の腕の中にすっぽりと収まった。
「ん、落ち着く･･･」
男の腕の中を堪能しながら、提灯お化けは目蓋をおろした。
透き通った腹の中では、大きな炎が燃えている。だが、肩に腕を回されたり、胡座の上に座らせられたときほど揺れてはいない。
ただ静かに、彼女の中で火が燃えているだけだった。
（落ち着いたな）
肩を抱き、提灯お化けの腹に触れる腕が感じる、ごく僅かな炎の由良気の感覚に、男は彼女の鎮まりを察知した。
ただ、落ち着いているとはいえ、炎自体は大きい。ふとしたことで燃え上がる可能性がある。
「･･･ー･･･」
男がそう踏んだとき、提灯お化けが深呼吸を一つした。
同時に、彼女の腹の炎が大きく揺れながら燃え上がった。
「ねえ･･･そろそろ、しない？」
いったい何に反応したのか、突然情欲の炎を燃え上がらせた提灯お化けが、表面上は穏やかな口調でそう問いかけた。
「なんだ突然」
「ちょっと息を吸ったら、あなたの香りがして」
音こそないが、ごうごうと音が聞こえそうなほどの炎を腹に宿したまま、提灯お化けが男を見上げる。
「ねえ･･･？」
そう問いかけながら、彼女は腰を軽く動かした。
提灯お化けの尻が、数枚の布越しに男の腰の辺りをこする。
肉付きのあまりよくない、どちらかというと薄い尻が、男の肉棒を刺激した。
ぐい、と揉むような動きに、肉棒が勃起していく。
「ん･･･」
固さを帯び、尻を押し上げてくる屹立の感触に、提灯お化けは声を漏らした。
そして彼女は一度腰を浮かすと、そのままくるりと男の方に向き直り、再び胡座の上に座った。
「どうした」
「いや、こっちの方がやりやすくて」
尻が股間から離れたため、圧迫から解放された屹立が、男の着物の腰の辺りを突き上げている。
提灯お化けは、布を押し上げる肉棒に手を伸ばし、触れた。
「う･･･」
「ん･･･これならできるね」
提灯お化けは、男の屹立を確かめると、自信の着物の裾を広げて足をむき出しにした。
膝から続くすべすべとした太腿が、彼女の腰の辺りへ延びていく。
そして両足の付け根では、陰唇が愛液に艶めいていた。
「ほら、あたしももうこんなになってる･･･」
透明な腹を突き破り、自身と男を焼き付くさんばかりに揺れる炎を腹に抱えたまま、彼女が男に言う。
「入れるよ･･･」
「ああ」
二人が短く言葉を交わすと、提灯お化けの腰が浮かび、着物の家から取り出された屹立の上に降りる。
薄く口を開いていた陰唇が、男の肉棒をぬるりと受け入れていった。
肉の亀裂が押し広げられ、屹立が提灯お化けの胎内に入っていく。
「ん･･･」
提灯お化けが小さくうめき、彼女の透明な腹の中で炎が揺れる。
しかし、透明な彼女の内側に肉棒の先端が現れる様子はなかった。
彼の勃起では長さが足りないのか。それとも透明な腹の中で炎が燃えているように見えているだけなのか。
男に判断は付かなかったが、彼女と交わっていることに代わりはなかった。
「ん･･･うぅ･･･」
提灯お化けの小さな声がしばらく響き、ついに彼女の膣内に男の肉棒が根本まで収まる。
「うご、くよ･･･」
男の返事を待たず、提灯お化けが腰を動かし始めた。
丸く、円を描くように右に左に。体格に見合った狭い膣が、彼女自身の動きにあわせて、肉棒によってごりごりと押し広げられていく。
「ふ･･･く･･･う･･･」
「大丈夫か？」
苦しげに声を漏らしながら、腰を使う提灯お化けの姿に、男は思わず問いかけていた。
「だい、じょうぶ･･･！」
腹の中で燃え上がる情欲の炎を、時折大きく震わせながら、彼女が答える。
炎の揺れは快感によるものか、膣に走る痛みによるものか。男にはどちらかわからない。
「あまり無理は･･･」
「無理、してない･･･！」
男の気遣いに、彼女が言い返すように言った。
「今度こそ、できそうな気がするから･･･だから、だから･･･！」
「やめろ」
男は必死に腰を揺する提灯お化けの肩をつかむと、彼女の目をのぞき込みながら言った。
「あ･･･」
男の突然の大声に、透き通った腹の中で炎が弱まる。
「前に、龍神様から言われただろう。こういうことは夫婦で頑張るものだって。お前一人が無理をするもんじゃないんだ」
「ご、ごめんなさい･･･」
男を気持ちよくさせ、精を腹に受ける。そのためだけに、自分の快感をないがしろにして腰を揺すっていた提灯お化けは、小さな声で謝った。
「俺はお前をはらませるために頑張る。だからお前も約束してくれ、はらむためにがんばりながら、気持ちよくなると」
「うん･･･必ず、あなたの子をはらむから。だから、あたしを気持ちよくして」
一度は弱まった情欲の炎が、提灯お化けの内側で燃え上がっていく。
男は、向かい合うようにつながったまま、提灯お化けの体にそっと手を伸ばした。
腰に巻き付く帯を緩め、着物をはだけさせる。
同時に、男も着物の袖から腕を抜きながら、彼女を抱き寄せた。
「ん･･･」
むき出しの胸板と控えめな乳房が、互いの抱擁によって触れ合う。
男は、提灯お化けの体温を感じながら、彼女の背中に指を這わせた。
「･･････っ！」
きめ細やかな彼女の背中を男の指がなでるにつれ、提灯お化けが体を震わせる。
それにあわせ、肉棒を咥えたままの膣が、きゅっと締まった。
やはり膣だけの快感より、全身への愛撫の快感の方が彼女はお好みらしい。
男は、彼女の肩口に唇を触れさせながら、考えた。
そしてそのまま、男の指が、唇が、提灯お化けの首筋や顔、肩や太腿に触れていく。
指先を触れるか触れぬかといったところで止め、くすぐるように動かすと、彼女の体が小さく震えた。
快感のあえぎを出入りさせる彼女に顔を寄せ、濡れた唇に舌を這わせると、彼女の膣が少しだけ締まる。
そして、彼女の背中からわき腹を伝い、腰へと手のひらを移動させると、透き通った原の中の炎が震えながら燃え上がる。
「ああ･･･！」
瞳を潤ませ、天井を仰ぎながら声を漏らす提灯お化けは、まるで自分の情欲の炎で内側から焼かれているように顔を赤くしていた。
同時に、男の肉棒を受け入れる膣からは、胎内を炎に溶かされたように熱くぬめる愛液が懇々とあふれていた。
「ん･･･ちゅ･･･んむ･･･」
「んむぁ･･･ん･･･んひゅ･･･」
どちらからともなく唇を重ねあい、互いに吸いあいながら、二人は脳裏のどこかで自分の限界が近いことを悟っていた。
つながったまま愛撫を交わし合い、時折身じろぎした際に性器を刺激が走る。
ただそれだけだというのに、二人の快感は高まりきっていた。
やがて、男の屹立が脈打ち始め、それに呼応するように膣が肉棒を締める。
そして、彼女の胎内に白濁が溢れた。
叩きつけるように腰を動かし、膣奥めがけて打ち込むような勢いのよい射精ではない。
腰の奥から、ただ射精の勢いに任せて放つだけの、比較的穏やかな射精だった。
だが、提灯お化けにとっては、腹の奥に生じる熱がただただ心地よかった。
二人はつながり合ったまま、静かに絶頂を楽しんでいた。
「考えてみると、俺たちには結構子供がいるのかもしれない」
数度の交合の後、提灯お化けを仰向けに寝かせ、尻の下に自身の太腿を敷かせて腰を持ち上げている男が、ふとつぶやいた。
「･･･どういう意味？」
「オバンデス、だ」
提灯お化けの問いに、男が答える。
「俺とお前の共同作業で、言うことを聞かない子がいい子に生まれ変わる。これはもう俺たちの子供といってもいいのではないのか」
「はあ･･･」
あきれたような声を漏らしながらも、提灯お化けは内心感心していた。
考えてみればそうだ。そう考えると、自分たちはこの辺りで一番の子宝に恵まれているかもしれない。
「俺たちには子供がたくさんいるんだ。焦らなくてもいいじゃないか」
「ん･･･そうだね」
焦らなくていい。その時を待とう。
男の言葉に、提灯お化けは腹の炎を静かに燃やしながら、ちいさく頷いた。
「いーやーだー！食べたくなーいー！」
囲炉裏を囲みお膳を前にした子供が、夕食の献立に不満の声を上げていた。
「ほら、なに言ってるの。メザシ食べなかったら、ご飯はないわよ？」
「いーやーだー！」
食べたくないが、ご飯がないのもイヤだ。子供の駄々をこねる様子に、母親はため息をついた。
「全く･･･あんまり駄々をこねていると、『オバンデス』がもらいにくるよ！」
『オバンデス』という言葉に、子供は一瞬泣き声を止めた。
だが、止めたのは一瞬のことで、再び声を上げながら泣き叫ぶ。
子供は知っているのだ。『オバンデス』は大人が子供を脅すために考え出した妖怪で、実在などしないと言うことを。
「あーもう･･･」
『オバンデス』の御利益も消えてしまったことに、母親はため息をついた。
すると、家の戸をとんとんと何かが打った。
「はーい」
突然の来客に子供が声を潜め、母親が席を立って戸口に向かう。
そして、防犯のためのつっかい棒を外して戸を開けると、外に大きな影が立っていた。
影が、戸をくぐってのっそりと家の中に入る。
戸口の上端はもちろん、一段低い土間にいるはずなのに天井に頭が着きそうなほど背が高く、頭から黒い布をすっぽりとかぶっている。
そして本来ならば人の顔があるべき場所では、燃えるような光が布の間からのぞいていた。
「･･･！」
来客の姿に、子供の目が見開かれる。
背が高く、真っ黒で、大きな一つ目の妖怪。
言うことを聞かない悪い子を貰っていくという、『オバンデス』の姿そのものだった。
すると、子供の心を読みとったのか、背の高い来訪者は身を折りながら、布の下から声を出した。
「オバンデス」
名乗りとも挨拶ともつかない、男と女の声に、子供は確信を深める。
「モライニキマシタ」
母親に向けて、『オバンデス』が言った。
その一言に、子供の背筋が凍り付く。この妖怪は、自分をもらいにきたのだ。
聞き分けのない悪い子を、『オバンデス』は貰っていく。貰われた子がどうなるかは、誰も知らない。
「はあ･･･でも、家には今悪い子は･･･」
「いい子にします！いい子にしますからもらわないで！」
母親の返答に割り込むように、子供は母の腰にすがりつきながら声を上げた。
「いい子にするって、本当？」
「はい、いい子にします！」
「好き嫌いしない？」
「しません！めざしも食べますから！」
すがりつく子供と問答を交わしてから、母親は背の高い来客に顔を向けた。
「すみませんねえ、今家には、上げられる子供がいません」
「ハイ」
来客は、母親の言葉に短く応じると、くるりと母子に背を向けて、きたときと同じく身を折りながら戸をくぐっていった。
「あ･･･ああ･･･あ･･･」
実在しないとばかり思っていた妖怪の存在への恐怖と、自分が貰われずにすんだという安堵、そして妖怪が立ち去って緊張の糸が切れ、子供は母の腰から離れながら、戸口を見ながら声を漏らしていた。
「ほら、『オバンデス』行っちゃったよ。悪い子にしてると、戻ってくるかもしれないよ？」
戸を閉めながらの母の言葉に子供ははじかれるように自分の膳に向かい、メザシにかみついていった。
（『オバンデス』様様だね）
文句も言わず、メザシを食べる子供の姿に、母親は内心妖怪に向けて感謝した。
明日、直接礼を言わねば。
子供の鳴き声が聞こえなくなった頃、並ぶ家の間を一組の男女が歩いていた。
黒い布を抱えた男と、男の胸ほどの背丈の女だ。
「いやあ、本当に驚いてたねえ、あの子」
女が男を見上げながら、にこにこと口を開く。
「ああ、そりゃあ嘘っぱちだと思っていた妖怪が、実在してたんだもんな」
女の言葉に、男が応じた。
もうおわかりだと思うが、この二人こそが『オバンデス』の正体であった。
二人で肩車をし、頭から布をかぶって姿を隠し、同時に声を出す。
これだけで、子を貰っていく妖怪『オバンデス』を演じていたのだ。
「でも、これであの子が聞き分けのいい子になるんなら、お安いご用だね」
「こっちとしたら、肩車して布かぶるだけでいいからな」
口が裂けたような化粧をする必要もない、手軽な仮装だ。
それもそのはず、女の方はすでに提灯お化けという妖怪なのだから。
「ふふ･･･」
ふと、提灯お化けが低く笑みをこぼすと、透き通った彼女の腹の中で火がゆらゆらと踊った。
「どうした？」
「いや、もし私たちの子供にオバンデスを教えなきゃいけなくなったら、誰がオバンデスをやってくれるのかなあって･･･」
「ああ･･･そのときは、どうしようかな」
男は提灯お化けの言葉に、はぐらかすように答えた。
「その時はその時、ね？」
「ああ」
胸中で、まずその時はこないだろうと付け加えながら、男は頷いた。
やがて二人は小道をすすみ、明かりの消えた家に入った。
「うー、寒い寒い･･･」
提灯お化けが家に上がり、囲炉裏の炭に向けて腹から取り出した鬼火を振りかけた。
赤い鬼火は炭に染み入り、やがて炭を燃え上がらせた。
「はぁ･･･」
手をかざしているだけで暖まる、炭の発する赤い光に、提灯お化けは声を漏らした。
「うう、寒い寒い･･･」
『オバンデス』の黒い布を片づけていた男が、遅れて囲炉裏のそばにくる。
彼は提灯お化けの傍らに腰を下ろすと、彼女に倣うようにして炭に手をかざした。
手のひらを柔らかな熱が撫でる。
「はぁ･･･」
「ふふ、ん･･･」
自分と同じ仕草でため息をつく男に、提灯お化けはほほえむと、彼の側に身を寄せ、肩に頭を乗せた。
炭の発する熱も温いが、こうして体を接する方がより温かく感じられた。
「どうした？」
「ん、ちょっと外は寒かったなあ、って･･･」
男に触れたかった、という本心を胸に収めたまま、彼女はそう応えた。
「そうか」
男は、ちらりと提灯お化けの腹を見た。透き通った腹部の炎は、穏やかではあるものの、いつもよりやや大きく揺れている。
落ち着いてはいるが、こうして肩を触れ合わせているのが楽しいといったところだろうか。
彼は提灯お化けの本心を推測すると、そっと彼女の肩に腕を回した。
「あ･･･」
「こっちの方がもっと温かいだろ」
男の言葉に、提灯お化けの腹の火が、ゆらりと大きくなる。
彼女は、男の突然の動きに、言葉もなく目をさまよわせるしかできなかった。だが、彼女の腹の中で、炎は震えるように揺れていた。
「ん･･･俺が言うのも難だが、温かいな」
肩を組んだまま、男が漏らす。
「そりゃそうだよ。だって、あたしは･･･」
「お前の中で火が燃えているとか、そういう話じゃない。お前は温かいな」
男はふと思いついたように胡座をかくと、肩を組んでいた提灯お化けを抱き寄せた。
「な、何･･･」
「ちょっとここに座れ」
胡座をかいた膝の上に、男は提灯お化けを座らせた。
「尻、温かいか？」
「うん･･･ちょっと、固いけどね」
提灯お化けの、照れ隠しめいた言葉に、男は笑みをこぼす。
「それより、重くない？」
「うーん･･･少し、な･･･いてて」
正直な男の評価に、彼の太腿を提灯お化けが摘む。
「何だ、正直に答えたのに･･･」
「そういうときは、嘘でもいいから重くない、って言うのよ」
「はいはい、重くない重くない･･･」
「うーん、まあよし」
男の胸板に背を預けながら、提灯お化けは頷いた。
「これで･･･お前が子供でも抱いていたら、もう少し温かくなるんだろうな」
「ははは、まあそのうち、ね･･･」
男のふともらした言葉に、彼女はどこか話題を流そうという口調で、軽く応じた。だが、男は提灯お化けの言葉を相づち代わりに続ける。
「生まれるとしたら、お前によく似た娘なんだろうな」
「そうだね」
「赤ん坊のうちは、俺が抱くと泣いたりして、お前にしか寝かしつけられないんだろうな」
「その時にならないとわからないわよ」
「そして一丁前に立ってしゃべるようになったら、どっちに懐くんだろうな？俺としては俺に懐いてほしいが、やっぱりお母さんの方が」
「ねえ、もう止めて」
提灯お化けの、やや強い声に男は言葉を切った。
「すまない･･･すまない･･･」
男は、提灯お化けに向けて、二度謝った。
「謝るのは一度でいいよ。まだ決まった訳じゃないし」
「でも･･･」
「口答えはナシ。ちゃんとやることやってるんだから、そのうちきっと･･･ね？」
提灯お化けは、男の顔を見上げてから、続けて言葉を紡いだ。
「それより、抱いてくれない？」
「こうか？」
男が、自分の胡座の上に腰を下ろす提灯お化けの肩に、両腕を回した。
自分の、下手すれば半分ほどしかないのではないかという華奢な体は、彼の腕の中にすっぽりと収まった。
「ん、落ち着く･･･」
男の腕の中を堪能しながら、提灯お化けは目蓋をおろした。
透き通った腹の中では、大きな炎が燃えている。だが、肩に腕を回されたり、胡座の上に座らせられたときほど揺れてはいない。
ただ静かに、彼女の中で火が燃えているだけだった。
（落ち着いたな）
肩を抱き、提灯お化けの腹に触れる腕が感じる、ごく僅かな炎の由良気の感覚に、男は彼女の鎮まりを察知した。
ただ、落ち着いているとはいえ、炎自体は大きい。ふとしたことで燃え上がる可能性がある。
「･･･ー･･･」
男がそう踏んだとき、提灯お化けが深呼吸を一つした。
同時に、彼女の腹の炎が大きく揺れながら燃え上がった。
「ねえ･･･そろそろ、しない？」
いったい何に反応したのか、突然情欲の炎を燃え上がらせた提灯お化けが、表面上は穏やかな口調でそう問いかけた。
「なんだ突然」
「ちょっと息を吸ったら、あなたの香りがして」
音こそないが、ごうごうと音が聞こえそうなほどの炎を腹に宿したまま、提灯お化けが男を見上げる。
「ねえ･･･？」
そう問いかけながら、彼女は腰を軽く動かした。
提灯お化けの尻が、数枚の布越しに男の腰の辺りをこする。
肉付きのあまりよくない、どちらかというと薄い尻が、男の肉棒を刺激した。
ぐい、と揉むような動きに、肉棒が勃起していく。
「ん･･･」
固さを帯び、尻を押し上げてくる屹立の感触に、提灯お化けは声を漏らした。
そして彼女は一度腰を浮かすと、そのままくるりと男の方に向き直り、再び胡座の上に座った。
「どうした」
「いや、こっちの方がやりやすくて」
尻が股間から離れたため、圧迫から解放された屹立が、男の着物の腰の辺りを突き上げている。
提灯お化けは、布を押し上げる肉棒に手を伸ばし、触れた。
「う･･･」
「ん･･･これならできるね」
提灯お化けは、男の屹立を確かめると、自信の着物の裾を広げて足をむき出しにした。
膝から続くすべすべとした太腿が、彼女の腰の辺りへ延びていく。
そして両足の付け根では、陰唇が愛液に艶めいていた。
「ほら、あたしももうこんなになってる･･･」
透明な腹を突き破り、自身と男を焼き付くさんばかりに揺れる炎を腹に抱えたまま、彼女が男に言う。
「入れるよ･･･」
「ああ」
二人が短く言葉を交わすと、提灯お化けの腰が浮かび、着物の家から取り出された屹立の上に降りる。
薄く口を開いていた陰唇が、男の肉棒をぬるりと受け入れていった。
肉の亀裂が押し広げられ、屹立が提灯お化けの胎内に入っていく。
「ん･･･」
提灯お化けが小さくうめき、彼女の透明な腹の中で炎が揺れる。
しかし、透明な彼女の内側に肉棒の先端が現れる様子はなかった。
彼の勃起では長さが足りないのか。それとも透明な腹の中で炎が燃えているように見えているだけなのか。
男に判断は付かなかったが、彼女と交わっていることに代わりはなかった。
「ん･･･うぅ･･･」
提灯お化けの小さな声がしばらく響き、ついに彼女の膣内に男の肉棒が根本まで収まる。
「うご、くよ･･･」
男の返事を待たず、提灯お化けが腰を動かし始めた。
丸く、円を描くように右に左に。体格に見合った狭い膣が、彼女自身の動きにあわせて、肉棒によってごりごりと押し広げられていく。
「ふ･･･く･･･う･･･」
「大丈夫か？」
苦しげに声を漏らしながら、腰を使う提灯お化けの姿に、男は思わず問いかけていた。
「だい、じょうぶ･･･！」
腹の中で燃え上がる情欲の炎を、時折大きく震わせながら、彼女が答える。
炎の揺れは快感によるものか、膣に走る痛みによるものか。男にはどちらかわからない。
「あまり無理は･･･」
「無理、してない･･･！」
男の気遣いに、彼女が言い返すように言った。
「今度こそ、できそうな気がするから･･･だから、だから･･･！」
「やめろ」
男は必死に腰を揺する提灯お化けの肩をつかむと、彼女の目をのぞき込みながら言った。
「あ･･･」
男の突然の大声に、透き通った腹の中で炎が弱まる。
「前に、龍神様から言われただろう。こういうことは夫婦で頑張るものだって。お前一人が無理をするもんじゃないんだ」
「ご、ごめんなさい･･･」
男を気持ちよくさせ、精を腹に受ける。そのためだけに、自分の快感をないがしろにして腰を揺すっていた提灯お化けは、小さな声で謝った。
「俺はお前をはらませるために頑張る。だからお前も約束してくれ、はらむためにがんばりながら、気持ちよくなると」
「うん･･･必ず、あなたの子をはらむから。だから、あたしを気持ちよくして」
一度は弱まった情欲の炎が、提灯お化けの内側で燃え上がっていく。
男は、向かい合うようにつながったまま、提灯お化けの体にそっと手を伸ばした。
腰に巻き付く帯を緩め、着物をはだけさせる。
同時に、男も着物の袖から腕を抜きながら、彼女を抱き寄せた。
「ん･･･」
むき出しの胸板と控えめな乳房が、互いの抱擁によって触れ合う。
男は、提灯お化けの体温を感じながら、彼女の背中に指を這わせた。
「･･････っ！」
きめ細やかな彼女の背中を男の指がなでるにつれ、提灯お化けが体を震わせる。
それにあわせ、肉棒を咥えたままの膣が、きゅっと締まった。
やはり膣だけの快感より、全身への愛撫の快感の方が彼女はお好みらしい。
男は、彼女の肩口に唇を触れさせながら、考えた。
そしてそのまま、男の指が、唇が、提灯お化けの首筋や顔、肩や太腿に触れていく。
指先を触れるか触れぬかといったところで止め、くすぐるように動かすと、彼女の体が小さく震えた。
快感のあえぎを出入りさせる彼女に顔を寄せ、濡れた唇に舌を這わせると、彼女の膣が少しだけ締まる。
そして、彼女の背中からわき腹を伝い、腰へと手のひらを移動させると、透き通った原の中の炎が震えながら燃え上がる。
「ああ･･･！」
瞳を潤ませ、天井を仰ぎながら声を漏らす提灯お化けは、まるで自分の情欲の炎で内側から焼かれているように顔を赤くしていた。
同時に、男の肉棒を受け入れる膣からは、胎内を炎に溶かされたように熱くぬめる愛液が懇々とあふれていた。
「ん･･･ちゅ･･･んむ･･･」
「んむぁ･･･ん･･･んひゅ･･･」
どちらからともなく唇を重ねあい、互いに吸いあいながら、二人は脳裏のどこかで自分の限界が近いことを悟っていた。
つながったまま愛撫を交わし合い、時折身じろぎした際に性器を刺激が走る。
ただそれだけだというのに、二人の快感は高まりきっていた。
やがて、男の屹立が脈打ち始め、それに呼応するように膣が肉棒を締める。
そして、彼女の胎内に白濁が溢れた。
叩きつけるように腰を動かし、膣奥めがけて打ち込むような勢いのよい射精ではない。
腰の奥から、ただ射精の勢いに任せて放つだけの、比較的穏やかな射精だった。
だが、提灯お化けにとっては、腹の奥に生じる熱がただただ心地よかった。
二人はつながり合ったまま、静かに絶頂を楽しんでいた。
「考えてみると、俺たちには結構子供がいるのかもしれない」
数度の交合の後、提灯お化けを仰向けに寝かせ、尻の下に自身の太腿を敷かせて腰を持ち上げている男が、ふとつぶやいた。
「･･･どういう意味？」
「オバンデス、だ」
提灯お化けの問いに、男が答える。
「俺とお前の共同作業で、言うことを聞かない子がいい子に生まれ変わる。これはもう俺たちの子供といってもいいのではないのか」
「はあ･･･」
あきれたような声を漏らしながらも、提灯お化けは内心感心していた。
考えてみればそうだ。そう考えると、自分たちはこの辺りで一番の子宝に恵まれているかもしれない。
「俺たちには子供がたくさんいるんだ。焦らなくてもいいじゃないか」
「ん･･･そうだね」
焦らなくていい。その時を待とう。
男の言葉に、提灯お化けは腹の炎を静かに燃やしながら、ちいさく頷いた。
13/01/27 14:42更新 / 十二屋月蝕
戻る
次へ