連載小説
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(105)アオオニ
ゲートが開いて、数十年が経過した。
当初は細々であった人やものの行き来も、今ではそこそこ活発になった。
こちら側へ来る人間も、向こう側へと行く魔物娘も増え、向こうで魔物の姿を見る機会も多い。
しかし、向こう側へ行きたいと願う魔物のすべてが向こう側へいけるとは限らない。
それでも向こう側へのあこがれを抱く魔物や人は多いそこで、彼女らや彼らに向こうを経験した者が、その知識を伝える場所としてスクールが作られた。
向こうの文化風習や、向こうの言葉、あるいは向こうで見聞きした体験を人や魔物に伝える。
スクールは、向こうでの留学危険者が知識を還元する場として、そして向こうの情報を手軽に得られる場として、人気だった。
そして私も、スクールで知識の還元を行う者の一人だった。
「このように、サーティーンは必ずしも感情のない機械ではないということはわかったわね?」
教材からピックアップした事例を並べながら、私は教室を見回す。
並べられた二十の席のうち、十五が埋まっており、魔物や人間が私の方を見ていた。
「『白夜』しかり、『エバ』しかり、『アクシデンタル』しかり、サーティーンはその内に感情を抱え込み、時には表に出しているのよ」
「先生」
前列の席に腰を下ろしていたサキュバスが、手を挙げる。
「何?」
「確かに先生のおっしゃるとおり、感情が表に現れる場も多くありますけど・・・どちらかというと初期ばかりではないでしょうか?後期、から現在にかけてはほとんど出てないように思われますが・・・」
「確かにその通りよ」
サキュバスの指摘に、私は頷く。
「サーティーンが『ふふふ』と声を出して笑うのも、仕事の場を見られたにも関わらず明らかに目撃者を始末するのをためらうのも、初期の話ね。でも、表情を変えたり声に出したりするばかりが感情ではないわ。『・・・・・・』って六つの点の中にも・・・」
そこまで言ったところで、カランカランと鐘の音が響いた。
授業時間の終わりだ。
「時間ね。途中だけど今日はここでおしまい。表さずとも表に出ている感情については、来週話すわ」
私の言葉に、後列の生徒たちが教材本やノートを閉じる。
「まだ終わってないわよ。来週の予習として、『錆びた金』と『黄金の犬』と『災いなすもの』を読んできなさい」
そう言うと、ノートを閉じていた者たちは、慌てたようにノートを開いてメモを始めた。
毎週のことだから、いい加減学習すればいいのに。
「それと、何か質問は?」
「せんせーい!」
列の真ん中ほどに腰掛けていた男が、どこか楽しげに手を挙げる。
「サーティーンはいろんな女性と寝てますけど、先生はサーティーンみたいな男性が・・・」
「それは答えなければいけない質問?」
私の問いかけに、オークが口をつぐむ。
「私は、サーティーンを向こうの風習を学びつつ、感情表現などを学べる教材として使ってるだけで、彼自身には好きも嫌いもないわ。だから、私の個人的嗜好とサーティーンの間に関わりはあまりないの。いい?」
「は、はい・・・」
オークが、気まずそうに頷く。
「ほかに質問は?」
むろん、何もなかった。
「では、今日はこれでおしまい。解散」
私の一言に、生徒たちが立ち上がった。
言葉を交わす者や、さっさと教室を出て行く者、そして先ほどの授業の内容を振り返る者など、様々だった。
私は、折り目やしおりの挟み込まれた教材本と、授業用のノートを手に取ると、机の間を通り抜けて教室を後にした。
そして、魔物や人間の行き交う廊下を通り抜け、講師の控え室を目指す。
角を二つ曲がり、階段を下りる。すると途中の踊り場で、男と稲荷のカップルが抱き合い、唇を重ねていた。
通行を妨げないようにと言う配慮のつもりだろうか、二人は踊り場の隅にいたが、それでも往来のある場所で足を止めている時点で邪魔だった。
「・・・」
私は階段を下りつつ横目で男と稲荷を見、内心顔をしかめた。
ここ、スクールは向こうの知識を学ぶための場所だ。だというのに、こうしてほかの生徒の集中を乱すような輩がいて困る。
確かに、魔物娘は肉体の欲求に多少流されやすいという事実はある。
だが、私のように魔物でありながら、肉欲を御している者もいるのだ。
「・・・ふん」
踊り場で、二人の横を通り過ぎざまに、私は鼻を一つならした。
だが、二人には届かなかったようで、唇を重ね合わせたままだった。
全く。
内心ため息をつき、私は眼鏡の位置を直そうと手を目元に伸ばす。
視界に青い肌に包まれた私の手が入り、左右のレンズをつなぐツルを摘んで、軽く持ち上げた。
すこしだけぼやけているようにも見えていた視界が、ピントを結ぶ。
これでいい。
頭の裏から、稲荷と男の姿を消し去りながら、私は講師控え室に入った。
「戻りました」
控え室にいるであろう講師に向け、私はそう声を上げる。
しかし、部屋にいるのは一人の男性講師だけだった。
「あ、お疲れさまです、先生」
イスに腰を下ろしていた彼が、私に向けてほほえみながら頭を下げた。
そのいたわりの言葉に、私の胸の中で心臓が跳ねる。
「あれ?他の先生は?」
いつもならば、もう三、四人はいるはずなのに。
心臓の妙な脈動をごまかすように、私はそう問いかけた。
「ええ、それが夕方以降のコマ担当の先生が休みらしくて」
「ああ、なるほど」
毎日授業を受け持つ講師ならば専用の部屋が与えられ、私のように週一程度の講師ならこの共同の控え室を使う。
だから、一部の講師が休めば、講師控え室が無人になることもあるのだ。
「でも、先生は?確か先生の授業は・・・」
「ええ、今日は午前中まででした」
男性講師が、私の言葉に頷く。
「今日はちょっと、先生を食事に誘おうと思いまして」
「は、へ?」
思いも寄らない彼の申し出に、私は間の抜けた声を漏らしてしまっていた。
「先生、今日この後は授業ないんですよね?でしたらご一緒にいかがですか?」
「そ、そんな急に言われても・・・」
突然の誘いの言葉に、私は慌てていた。
今日はこのまま帰るつもりだったため、身だしなみも授業用のもので、どこかに食事に行くほどの気合いは入れていない。
それに、突然誘われても、何を彼と話せばいいのかわからないので困る。
「まあ、お食事しながら向こうでの思い出でも交換しませんか?私、向こうでは暑い国に滞在していたんで・・・」
彼の言葉に、私はほっとした。そう、私が滞在したのはジパングと同じく四季のある国だった。
だから、暑い国の話を聞きつつ、ジパングと向こうの四季折々の違いについて話せばいいんだ。
なんだ問題ない。いや、問題大ありだ。
「でも、生徒の手前、スクールから一緒に出ていくのはちょっと・・・」
「じゃあ、時間をずらして出て、どこかで待ち合わせは?」
「それも人目に付くかもしれません。だから、日を改めてということで・・・」
そう、後日気合いを入れておめかししてからなら、喜んで食事にいこうじゃないか。
「そうですか・・・ちょっと残念です」
だが、彼は何かを誤解したのか、そう肩を落とした。
「いやあの、そういう意味ではなくて・・・」
「ええ、こちらこそ無理にお誘いしてすみませんでした」
男性講師は立ち上がり、軽く頭を下げた。
「いや、あのその・・・」
弁解しようとするが、舌は空回りするばかりで言葉にならない。
すると、彼は頭を上げ、鞄から小さな箱を取り出した。
「では、どちらかというとこちらが本題のつもりでしたが、受け取ってもらえませんか?」
「これは・・・?」
小さな箱を差し出すという仕草に、向こうの求婚の風習を思い出してしまうが、指輪の箱にしては少々大きい気がする。
「向こうに旅行に行っていた知り合いのおみやげです。講師の皆さんに、お裾分けしようと思いまして」
開けてみると、彼の言葉通り黒褐色の丸いものが、いくつか箱の中に入っていた。
「チョコレートですね、懐かしい・・・」
こちらではほとんど見かけない、向こうのお菓子に私は声を上げた。
一瞬求婚が脳裏をよぎって舌が強ばったためか、舌の空回りはなくなっていた。
私のための特別な品物でないのは残念だが、それでもこうして好物をもらえるというのは嬉しい。
「知り合いによると、ジパングのお茶と組み合わせると美味しいらしくて・・・お茶を淹れているので、今いかがですか?」
「はい、いただきます」
彼の申し出に、私は素直に応じた。
すると彼は、控え室の隅に設けられた給湯設備に向かい、急須に茶葉を入れて熱々のお湯を注いだ。
湯気が一瞬立ち上り、遅れてほのかな香りが広がっていく。
茶葉が湯の中でほぐれるのを待つ間、私は控え室に並ぶイスの一つに腰を下ろし、持ったままだった教材本やノートを傍らに置いた。
そして、急須から湯を茶碗に注ぎ、彼は備品のお盆にそれを載せて、座る私の方にやってくる。
「お待たせしました」
湯気を立ち上らせる茶碗を、彼は差し出した。
「ありがとうございます」
私は礼の言葉とともに茶碗を受け取り、少し唇をつけた。
熱すぎず、香りが程良く出ている。おいしいお茶だ。
「あぁ・・・いい香り」
「さ、そのままお菓子を」
「はい」
彼の薦めに、私は口の中の温もりが消えぬうちに、箱の中からチョコを一つ取り出し、口に放った。
口中の熱にチョコが溶けだし、甘みとほのかな苦みが口いっぱいに広がる。
「あ、おいひい・・・」
そう漏らしながらチョコを軽く転がしたところで、私は口中の玉が崩れるのを感じた。
内側から、とろりと半分液体のようになものが溢れだした。
熱が芯まで伝わっていたのだろうか?
口内に溢れる液体に、私はそんな考えを抱くが、すぐに違うことに気がついた。
舌にふれる、チョコとは違う種類の苦み。そして口内から鼻へと抜けていく、強い香り。
酒だ。
チョコ菓子に仕込まれていた酒精の香りに、私は意識が少しだけぼやけるのを感じた。
「・・・ひっく・・・」
しゃっくりが腹の底からわき起こり、声とともに飛び出しそうになった口内のチョコレートを私は口を閉じて押さえた。
しかし、口を押さえるにとどまらず、舌が反射的にチョコレートをのどの奥へと送り、飲み下してしまう。
腹の中から、熱が全身に広がるのを感じ、私はもう手遅れであることを悟った。
どうしよう。
「先生?」
突然私が口をつぐんだことに、彼が心配そうに私を呼んだ。
「どうしました?」
私の様子を伺いながら、彼が尋ねる。
わあ優しい。素敵。抱いて。
いや、抱いてもらわなくていい。失態を犯す前に、とっとと帰宅して十回ぐらい自慰しよう。
「大丈夫ですか?」
だが、私の思いと裏腹に、彼は私の側に歩み寄り、私の顔をのぞき込んでくる。
ふわりと、彼の香りがした。
「どこか悪いところでも・・・」
「ああ、悪いところならおおありだよ・・・」
目の前にいる彼の香りで頭がぼうっとしているのに、私の口が勝手に動き、言葉を紡ぐ。
「せ、先生・・・?」
私の言葉遣いの変化に、彼が戸惑うように声を漏らす。少しだけ不安そうにしているところがかわいい。
そう思った瞬間、私はイスから立ち上がりつつ、彼の首に腕を回すようにして抱きついていた。
「な・・・!?」
突然の私の行動に、彼が目を見開くが、私は構わず唇を重ねる。
そして、チョコレート味の唾液にまみれた舌を、彼の口内に押し込んでやる。
「んぶっ・・・」
侵入してきた舌に、彼が吐息を漏らしながら、追い出そうと舌を動かす。
しかし私は、舌を押してくる彼の舌に、自分自身のそれを絡みつかせてやった。
私の唾液と彼の唾液が混ざり合い、チョコレート味の粘つく液体が双方の口に広がる。
「ん、んぅ・・・!」
彼のうめき声によるのどの震えを感じながら、私は思いきり彼の唾液を啜り上げ、唇を話した。
「ぷはっ」
大きく一つあえいで空気を吸ってから、私は言葉を紡いだ。
「いい匂いさせて、誰にも優しくて・・・思わせぶりな態度してるあんたが悪いのよー!」
「え・・・これ、お酒・・・?」
私の回答に耳を傾けず、彼は口中に残る味から、私に食べさせた菓子の中身を推測していた。
「人の話を聞けー!」
彼の態度に何となく腹が立ち、私は腕を解いて彼の肩をつかんだ。
そして、持ち前の力でもって、彼を床の上に押し倒した。
「ふふふー」
床の上から、混乱と驚きの混ざった目で見上げる彼に、私は舌なめずりしながらまたがった。
彼の腰の上に尻を下ろし、起きあがれぬよう肩を押さえたまま、ゆっくりと上体を倒す。
そして、唇と唇が触れ合いそうな距離にまで顔を近づけ、私は唇を軽くなめた。
「今度は、ちゃんとしたキスをしましょ・・・?」
「あの、先生・・・気分がノってるところ悪いんですが・・・んぶ!?」
何事かを紡ごうとする彼の唇を、私は口で押さえ込んだ。
大きく口を開き、彼の唇全体を包み込むように、彼の口にかみつくようにしてキスをする。
口内で無理矢理窄められた彼の唇を、私はたっぷりと舌でなで回した。突然のキスに反射的に引き締められていた口が、粘膜同士のこすれ合う感触に徐々にゆるみ、ついに私の舌を受け入れる。
歯列をこじ開け、再び彼の口内へ、私の舌が入っていく。
「んぶ・・・んちゅ・・・ん・・・」
唾液と粘膜が絡み合い、吐息が喉を震えさせる音を立てながら、私は獣が獲物に食らいつくようなキスをしていた。
そして肩を押さえる手は、いつしか咥えていた力を緩め、彼の首筋から肩口にかけてや、鎖骨から胸板へのラインをなで回していた。
下半身に目を向ければ、両膝を控え室の床に着き、腰をゆっくりと前後に揺すっているのがわかるはずだ。
二人分の衣服に隔てられているとはいえ、両足の付け根で下腹をこすられる感覚は、彼に男としての生理現象を起こさせていた。
つまり、刺激による勃起だ。
むさぼるようなキスと、肩口をなで回す手の感覚の協力もあったが、いつしか彼のズボンに押し込められた肉棒は固く屹立し、ゆっくりとこすりつける私の陰部を刺激した。
固く、熱いものが布地越しに女陰を擦る。
下腹に生じた熱が、徐々に私の全身に広がり、頭をぼうっとさせていく。
そして、嗜好が鈍くなる一方で、くだらない理性の鞘に押し込められていた欲望が、その鋭い刀身を露わにしていく。
欲しい。彼が欲しい。
「んぢゅ・・・んむぅ・・・」
彼の口腔をたっぷりとなめ回し、溢れる唾液を啜りながら、私は決心を固めた。
口をゆるめ、顔を上げ、唾液の糸を幾本も引き延ばしながら、私は身を起こす。
「ああ、わかります・・・?私、もうこんなになってるんですよ・・・」
スカートの裾をめくり、クロッチが濡れた下着をさらしながら、私は彼にそう言う。
「あなたも限界のようですし・・・」
「せ、先生・・・」
彼を誘うように腰を揺すると、彼が低くうめくような声で漏らした。
その瞳には、つい先ほどまで浮かんでいた困惑と驚きの他に、欲情の色が浮かんでいた。
彼自身も、その気になってきたようだ。だが、まだまだ。
「ふふ・・・イヤな人・・・」
私は、布越しに女陰を押し上げる屹立を感じながら、じらすように微笑んだ。
「こんなことしてるのに、私のことを先生、だなんて・・・」
彼の股間に手を伸ばし、ズボンの下から肉棒を取り出しながら、私はささやいた。
「名前で呼んでくれませんか・・・?」
「み、碧さん・・・」
問いかけに対し、間髪入れずの彼の呼びかけに、私はへその裏ほどが熱を帯びるのを感じた。
思いだそうとする間もなく、私の名前を呼んでくれた。
「・・・っ!」
私の意識の中から、もう少しじらそうなどという考えが消し飛んでいた。
下着を脱ぐのも、濡れたクロッチを横にずらすのももどかしく、私は彼の屹立を胎内に受け入れた。
彼の興奮を示すように、熱く固い肉棒が、私の女陰を押し広げていく。
膣口から指では届かぬほど奥まで、彼が入り込んでいく感覚に、私は脳の芯がびりびりとしびれる思いを味わった。
「ん・・・いぃ・・・!」
ぞくぞくと背筋を快感がかけ上り、鼻にかかった声が漏れる。
一方彼の方も、私の胎内の感触に、眉根を寄せながら口を開いていた。
「あああ・・・!」
肉棒を吸われる感触に、彼が身悶えしながら声を漏らす。
「く・・・っふ・・・!」
私は、彼の屹立をもっと味わうべく、軽く腰を揺すり始めた。
上下、左右、前後、少し動かしては動きを変え、動きを変えては少し動かす。
肉棒が膣内を上下し、前後左右に押し広げるように揺れる。
肉棒の反りや、張り出したカリ首など、肉棒の凹凸が私の膣内をえぐり、ひっかき、こすっていく。そのたびに、私の背筋を痺れのようなものがかけ上り、快感として意識にたたき込まれていった。
やがて、私の胎内で彼の肉棒がびくびくと脈打ち始める。
「み、碧さん・・・!」
彼が目を閉じたまま、私の名を呼びつつ手を小さくあげた。
まるで私を求めているかのような彼の手に、私は無意識のうちに彼と指を絡めた。
すると、彼の指がぎゅうと私の青い手を握りしめた。
手をつないだ瞬間、彼と繋がっているという感覚が、一層強く感じられる。
性器同士だけでなく、手と手で私たちは触れ合い、繋がっている。そう感じた瞬間、私の中で彼が弾けた。
「・・・っ・・・!」
低く声を漏らしながら彼が仰け反り、腹の奥に熱いものが噴出する。
膣底を勢いよく叩く精液の感触に、私も背筋を反らしていた。
「・・・っは・・・!」
仰け反りながら口が開き、声が溢れ出す。
意識の芯がぶるぶると震え、視界が、全身の感覚が白く塗りつぶされていく。
「・・・!」
そして、一瞬の失神を挟みながら、絶頂が収まった。
「はぁー、はぁー・・・」
私の下で、彼がゆっくりと荒い呼吸を重ねていた。
膣内を叩く精液の感覚が消えたところをみると、彼も射精を終えたらしい。
「ふふ・・・」
快感と絶頂の残滓に浸る彼の姿を見下ろしながら、私は微笑んだ。
この調子なら、もう少しいけそうだ。
私は手を伸ばすと、先ほどイスの上に放り出していたチョコレートの小箱を手に取り、チョコ菓子を一つ口に放り込む。
味わう前に、奥歯でかみしめると、チョコが割れてとろりとした液体が溢れた。
酒の風味に、私の意識が燃え上がっていく。
「ん・・・!」
私は口内の酒とチョコレートを味わいながら、再び腰を動かし始めた。


それから、私は記憶が消え去るほど、酒入りのチョコ菓子を食べながら彼と交わり続けた。
私が意識を取り戻したのは翌朝、講師控え室でのことだった。
つまりは、一晩中彼とつながり続けていたということだ。
「・・・・・・」
スクールの廊下を進むと、生徒たちの視線が私に刺さるようだった。
そして、階段を下りていると、踊り場でまた男と稲荷のカップルが唇を重ねているのが見えた。
だが、彼らに対して注意しようと言う気持ちはおろか、彼らに対する不快感さえ芽生えなかった。
私は、逃げるように男問いなりの側を通り抜け、講師控え室に飛び込んだ。
「はぁ・・・」
コマの関係上、この時間帯は控え室に私以外の講師がいない。
誰もいない環境にほっとするが、ため息をついたところで思い出した。
私は彼と、この部屋で一晩交わったのだ。
そんなはずはないのに、私と彼の匂いが鼻をくすぐったような気がする。
「うぅ・・・」
何であんなことをしたのか、という後悔が胸中にわき起こるが、どうしようもない。
ヤってしまったという事実は消えないのだ。
生徒や講師の視線や、この控え室そのものが私の一時の暴走を思い起こさせる。
「うぅぅ、やめたい・・・」
「やめるって、スクールをですか?」
私の逃避したいという思いのあまり漏らした言葉に、彼の声が答えた。
「はいぃっ!?」
思わず声のした方に顔を向けると、控え室の入り口からは四角になる場所から、彼が出てくるのが見えた。
「あの、さっきやめたいって聞こえたんですけど・・・どういうことですか、碧さん?」
「いや、あのその・・・」
同僚としてではなく、私個人に対して、彼が心配そうに問いかける。
彼が私を気遣っているという推測と、彼と私がこの部屋で一つになったという事実に、私は意識が飽和していくのを感じた。
「まあ、碧さんはどちらかというと厳しい講師でしたから・・・ああいうことがあって、居づらいと言うのはわかります」
「ああ、あう、あう・・・」
ああいうこと。ぼかしてはいるが明らかにあれのことだ。覚えている限りのあのときの様子が思い浮かんでしまう。
「ですけど、できれば碧さんにはスクールから逃げるようにやめて欲しくないんです」
「そ、そんなこと言われても・・・」
生徒たちのあの視線に耐えられる自信はない。
そう続けようとしたところで、彼が私の側まで歩み寄り、私の手を握りながら続けた。
「碧さん、どうかスクールをやめるのなら、僕との結婚による寿退社にしてください」
「はい!?」
彼の突然の告白に、私は裏がえった声を上げていた。
「寿退社は早すぎるというのならば、どうかおつきあいだけでもお願いします。あのときみたいに、ただ流されるだけではなくて、ちゃんと気持ちを確かめたいと思います。ですから、どうか」
彼が私の瞳をのぞき込みながら、そう続ける。
「は・・・はい・・・」
お付き合い、気持ちの確かめ合い、その先の寿退社。
その辺まで含めて、私はどうにか一つ頷いた。
13/01/28 18:10更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
ゲートが開いて自由にあっちこっちが行き来できるようになったら、文化風習の違いによるぶつかり合いを避けるため、相互について理解を深める場が必要だと思います。
こう、小学校だとかでやってる国際交流的なアレで、魔物娘が教室にやってくるんですよ。
いや、留学生として一年ぐらい一緒のクラスで過ごすのもいいですけど、授業の一環で一時間ぐらいのふれあい体験(そう言う意味ではない)もいいと思います。
一時間ぐらいならお話ぐらいで、淡い恋心は芽生えども肉体関係に至るのはまあ難しいでしょう。
そして魔物娘に対する淡い恋心やあこがれを抱いた少年少女が、図鑑世界にいきたいという一心の下勉強をし、研究者だとか何だとかで向こうに行く。
まあ素敵じゃないですか。
そんな素敵な世界を目指して、私はゲートを開こうとしているわけです。
ゲート開かないかなあ。

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