(78)ギルタブリル
宿の一室に入り、荷物を置くと僕は伸びをした。
一日歩き回った疲れが、筋肉が伸びる心地よい痛みとともに解れていく。
仕事柄旅慣れているが、この一時は旅の楽しみの一つだ。
「ふふ、お疲れさまでした」
遅れて部屋に入ってきた連れが、僕に向けてそう言う。
掲げていた両腕を下ろし、振り返ると、褐色の肌に金髪の女が、僕に向けて微笑んでいた。
「確かに疲れたけど、今日は楽しかったよ」
「まるでいつもの旅行が、そう楽しくないみたいですね」
「そりゃあ、いつもの旅は仕事だからね」
そう、今日の旅行はいつもと違う。
「今日と明日はせっかくの新婚旅行だから、たっぷり楽しまないとね、ユーシカ」
「それなら、早いところお風呂をすませて、明日の予定を確かめましょうか、先生」
僕の助手だったユーシカは、そう微笑んだ。
生物学者の僕は『西行紀行』という本を携え、助手のユーシカとともに、未だ発見されていない動物や魔物を求めて世界各地を巡った。
ある時は群生するユニコーンを求めてサイを見つけたり、ある時は旧種サイクロプスの骨格を求めて象の骨を持ち帰ったりと、いろいろなことがあった。
しかしついに、僕たちは大陸北部、海と氷に隔てられた極北の地において、氷上居住者の間でも伝説でしかなかった極北ペンギンを見つけたのだ。
凶暴で巨大な極北ペンギンの探索は長期にわたり、襲いかかってきた極北ペンギンとの死闘は激しかった。
どれほどかというと、僕はその長い足で蹴りとばされ、しばらく生死の境をさまよったほどだ。
しかし、ユーシカはどうにか極北ペンギンをしとめ、その亡骸の腹を捌いて僕を詰め込み、一人氷上居住者の集落まで連れ帰ってくれた。
おかげで僕は一命を取り留め、極北ペンギンとともに大事なものを取り戻すこともできた。
その後、僕は極北ペンギンの剥製と骨格標本を携えて王都に帰還し、生物学会で大々的に発表したのだ。
当初は、そのダチョウにも似た姿から、極北ペンギンはまがい物だとさげすまれた。
しかし友人の死霊術士が、骨格標本にその場で仮初めの命を吹き込んで、学会会場を地獄に落としてから僕の発見は認められた。
子供の頃からの、偉大な生物学者になる、という夢が叶ったのだ。
だが、僕にはその夢よりも大事なことがあった。助手のユーシカだ。
学者と助手という関係を続けるうち、僕は彼女に対していつしか特別な感情を抱き、極北ペンギンとの一件を通じて決心したのだ。
学会の後、僕はユーシカに向かい、プロポーズをした。
彼女は一瞬驚いたようだったが、僕の言葉に頷いてくれた。
それから、僕たちは結婚式を挙げ、新婚旅行に出ているのだった。
「はあぁ･･･」
柔らかなベッドに身を放り、ため息めいた深呼吸をする。
入浴して温まった体は、このまま眠ってしまいたいと僕の意識に訴えていた。
しかし、眠るわけにはいかない。まだ、ユーシカが入浴しているからだ。
部屋の浴室からは水音が響いているため、彼女が風呂から上がるのはもう少し後だと分かる。
そして彼女が風呂から上がったら･･･
「･･････」
僕は、ごくりとのどを鳴らしてつばを飲み込んだ。
手にはじんわりと汗がにじんでおり、緊張しているのが分かる。
無理もない、一糸まとわぬユーシカが、少し先の扉一枚向こうで入浴しているのだ。
学者と助手という間柄で旅行の機会も多かったため、多少彼女の裸体を事故的に見たことはある。
だが、これからは夫婦として過ごすので、必然的に裸と裸のつきあいをこなさなければならないのだ。まずは、今僕が横たわっているベッドの上でだ。
うん。妙に親しかっただけに、一体なにをどうすればいいのか、思いつかない。
どんな言葉をかけようか、どういう風に触れてやろうか、などと考えているうち、僕の耳を浴室の扉が開く音が打った。
どうやら、思ったより長く考え込んでしまっていたらしい。
「上がり、ました･･･」
バスローブを羽織ったユーシカが、どこかぎこちない口調で部屋に戻ってくる。
「あ、ああ･･･こっちへ･･･」
僕は飛び跳ねるように身を起こすと、ベッドの片側に彼女を招いた。
「はい･･･」
ユーシカは、バスローブの裾から伸びるすらりとした褐色の足を操り、僕の傍らにそっと腰を下ろした。
「･･････」
「･･････」
そしてそのまま、僕たちは無言で身を強ばらせていた。
何か言わないと。そう、このままでは朝になってしまう。
「あの、先生･･･」
「ああ、ユーシカ･･･」
ほぼ同時に彼女と僕が口を開き、動きを止めた。
「あ･･･先生からどうぞ･･･」
「いや、ユーシカが先だったから･･･」
「いえ･･･わたしのはどうでもいい話ですから、先生どうぞ･･･」
「じゃあ･･･ユーシカ」
僕は咳払いを一つ挟んでから、続けた。
「その、両足元に戻した方が、リラックスできるんじゃないかな･･･」
「そ、そうですね･･･」
彼女は小さく頷くと、ベッドの上に両足を乗せ、裾から覗く褐色の肌を撫でた。
一瞬、彼女の太腿に文字のような、模様のようなものが浮かび、直後彼女の両脚が『解け』た。
両脚が一瞬のうちに一つの固まりになり太腿のあたりから突起が伸びる、見る見るうちに突起は太さと長さを備え、湾曲して新たな脚を構成した。一方、そろえられた彼女のつま先もまた、脚全体が伸びるのにあわせて鋭く尖り、膝やくるぶしとは異なる関節を増やしながら曲がっていく。
数秒のうちに、ユーシカの下半身は巨大なサソリのそれになっていた。
ギルタブリル。それが、ユーシカの種族であった。
「どう？そっちの方がリラックスできるでしょ」
「はい」
しばらくぶりに解除した擬態に、ユーシカは取り戻した感覚に戸惑う様子を浮かべながらも、頷いた。
王都ではまだまだ反魔物派が多いため、こうして擬態していなければ多少の危険があるのだ。
「じゃあ、ユーシカがリラックスできたところで･･･ユーシカの番だ」
「あの、その･･･実は私も、脚つながりで･･･」
彼女はやや恥ずかしげに微笑むと、サソリのような下半身を撫でながら続けた。
「よく、わたしのことを思い出してくれたな、って･･･」
「･･･忘れててごめん」
僕は彼女に謝った。
彼女と出会ったのは、サイクロプスの骨格を求めて彼女の出身地を訪れたときのことだった。
その際に、いろいろあって彼女を嫁として迎える権利を得たのだが、僕は彼女を残し、象の頭蓋骨だけを持って王都に帰ったのだ。
だが、王都で頭蓋骨から復元された象に踏まれて怪我をし、ユーシカと出会った頃の記憶を失ってしまったのだ。
そして、僕の後を追って王都までやってきたユーシカは、人間だと偽って僕の助手として側についたのだ。
彼女は僕に偽の記憶を植え付けるどころか、本当のことを教えることもせず、僕が自然と思い出すまで助手を偽り、助手として側に居続けようとした。
その健気さと優しさに、僕の頭は下がるばかりだった。
「いいんです。先生が思い出してくださったんだから」
「いや、礼はあの極北ペンギンに言ってくれ」
そう、極北ペンギンに蹴られて生死の境をさまよい、走馬燈を見なければ思い出すことはなかったのだ。
「驚きましたよ･･･付きっきりで看病していたら、先生が目を覚まして、『ユーシカ、寒いんだ』だなんて」
「ユーシカの顔を見て、君の村にいるんだと勘違いしてたんだからなあ」
「その勘違いのおかげで、わたしてっきり先生が死にかけてるんじゃないかってあわてちゃったじゃないですか」
「ごめんごめん」
今となっては笑い話だが、あの時の彼女の慌てぶりと、氷上居住者達の看護には申し訳なくなる。
「もう･･･ごめんじゃすみません！」
「どうしたら許してくれるのかなあ･･･」
「許してほしいんですか？じゃあ･･･」
彼女は不意に言葉を切ると、僕を見上げながら言葉を紡いだ。
「その･･･キス、してくれませんか･･･？」
「･･････キスで、許してくれるの･･･？」
彼女の言葉に緊張を感じ取り、僕も引きずられながらそう問い返す。
「まずは、です。まずは･･･」
「分かった」
僕は頷くと、彼女の肩をバスローブ越しに掴み、ゆっくりと顔を近づけた。
「あ･･･」
思ったよりも力がこもっていたのか、彼女が声を漏らす。
ユーシカとキスを両手で数えられるほどしかしていないせいか、妙に緊張する。
だが、ここは二人きりの部屋。結婚式の時のように、衆人環視の下唇を重ねるわけではない。
僕は目を閉ざし、気恥ずかしさをごまかしながら、細い肩の感触を頼りに彼女と唇を重ねた。
「ちゅ･･･」
小さく音を立てて唇が触れ合う。
吸うわけでも、舌でなめるわけでもなく、ただ唇と唇を重ねるだけの、稚拙なキス。
でも、それだけで彼女の唇の柔らかさと、温もりが伝わった。
「ん･･･」
彼女が小さく声を漏らすと、僕の腰のあたりに何かが触れた。
ユーシカの両手だ。僕を抱くような彼女の腕に応えるべく、僕も肩を掴む指をゆるめ、彼女の背中に手を移した。
バスローブを隔てて、彼女と僕の胴が触れ合い、互いに抱き寄せるような姿勢になる。
「ん･･･む･･･」
唇を重ねているうち、ユーシカの唇が動いた。少しだけ位置がずれ、僕の上唇を緩く挟む。
軽く力が加えられ、唇を揉まれる感触が、じわりと体に広がっていく。
温かく、心地よい。
僕は、彼女のもたらした快感へのお返しに、舌先を出して彼女の唇を舐めた。
すべすべとした桜色の唇の感触の後、一瞬遅れて僕の腕の中で彼女の体がふるえる。
いつの間にか、ユーシカの体はそれと分かるほど、熱を帯びていた。
「んぅ･･･」
彼女が小さく声を漏らし、僕の体に自身の体を押しつけてくる。
いや、僕をベッドの上に倒そうとしているのだ。
僕は力を抜きつつも、腕の中のユーシカを導き、一緒にシーツの上に倒れ込んだ。
ユーシカのサソリのような下半身が脚を動かし、僕の下半身にまたがる。
「ぷはっ･･･」
背筋を反らしながら、ユーシカが唇を離した。目を開くと、ユーシカが潤んだ瞳で、僕を見下ろしているのが見えた。
「先生･･･キスして抱いてもらっただけなのに･･･ここ、こんなになってます･･･」
震える声でそう紡ぐと、彼女は上半身を起こす。彼女の背中に回っていた両腕が、彼女の姿勢の変化によって腰の方へ滑り、彼女の柔らかな尻に触れて止まる。
そしてユーシカは、バスローブの裾を持ち上げた。
サソリのような下半身と、人の上半身の継ぎ目、その少し下のあたりに一筋の亀裂が走っていた
サソリの前足の間、固い甲殻と甲殻の間に刻まれた亀裂は左右に開き、内側の鮮やかな桃色の肉をさらけ出していた。
ユーシカの生殖器だ。
「先生･･･もう、我慢できないんです･･･どうか、先生の･･･下さい･･･」
今にも泣き出してしまいそうな彼女の求めに、僕は頷いた。
彼女の尻に当てていた手を、自分の腰のあたりに移動させ、バスローブの前を開いて下着をずらす。
すると、ユーシカと同様に、キスと抱擁を交わすうちに屹立しきった肉棒が顔を出した。
「ああ･･･先生･･･」
彼女は僕の屹立を目にするやいなや、もどかしげに腰を浮かし、甲殻の間の亀裂に肉棒の先端を当てた。
濡れた肉の感触が亀頭に伝わった直後、ユーシカは腰を下ろした。
折り重なる肉の襞が、肉棒に粘液を塗りたくりながら、屹立を飲み込んでいく。
温もりとともに屹立が締め付けられ、両脚にまたがる彼女の下半身の重みと合わせて、圧迫感が僕を覆っていく。
「は、はいった･･･」
屹立を根本まで挿入すると、ユーシカはそう漏らした。
そして彼女は、ゆっくりゆっくりぎこちなく、腰を上下に動かし始めた。
膣奥からにじむ粘液が、肉棒に絡みつき、ぬちゅぬちゅと濡れた音をたてる。
彼女が腰を沈めれば膣道の締め付けがゆるみ、腰を上げると肉棒を逃すまいとするかのように締め付ける。
変化する肉壷の感触と、愛液のたてる淫猥な音に、僕の背筋をゾクゾクする快感が這い上っていく。
「うぅぅ･･･！」
早くも脈打ち始めた肉棒と、体内で膨れる射精への衝動に、僕は低く呻いた。
「先生･･･気持ちいいんですか･･･？もっと、気持ちよくなって下さい･･･！」
跨り、腰を上下に揺するユーシカが、どこかうれしげに僕にそう言う。
そこには、快感に顔をゆがめる僕への嗜虐や、男を責めることへの悦びはいっさいなく、ただただ僕が心地よさそうなのがうれしい、という気配が滲んでいた。
だが、僕ばかりが気持ちよくなってしまうのも申し訳ない。
何か、返さないと。
下から突き上げようにも、すでに射精を堪えるのは限界に近く、そもそもユーシカのサソリのような下半身が僕の脚を押さえ込んでいるため難しい。
ならば両手だ。
僕は、彼女のわき腹に手を触れ、彼女の腰のあたりの肌を撫でた。
「ん･･･！」
汗を滲ませるすべすべとした褐色の肌に触れると、ユーシカが小さく吐息を漏らした。
引き締まった彼女の腹は、薄く腹筋が浮いているにも関わらず柔らかく、撫でているだけでも心地の良いものだった。
僕は彼女の腰に手を回し、さするように上下に手のひらを動かした。
すると、ユーシカの腰の下、サソリのような下半身に乗った彼女の尻に手が触れた瞬間、ユーシカが小さく声を漏らした。
吐息に紛れるような、かすかなうめき声。
それだけでも、彼女が快感を覚えていると悟るには十分であった。
僕は、彼女の尻に両手を触れさせ、数度軽く撫でた。
柔らかな丸みを擦るに合わせ、ユーシカの体が小さく震える。
そして、僕が彼女の尻に指を食い込ませた瞬間、彼女の体が強ばった。
「あぁ･･･！」
腰の動きを止め、眉根を寄せながら、彼女があえぎ声を漏らした。
どうやら、尻が弱いらしい。
緊張のためか、力のこもる尻を解すように、僕は脂肪を隔てて感じられる筋肉を揉んだ。
一度二度と指を食い込ませるのに合わせ、ユーシカが体を震わせ、五度目には彼女の体が力を失う。
起こしていた上半身が僕の上にくたくたと倒れ込み、柔らかな乳房が僕と彼女の間で押しつぶされた。
「先･･･生･･･それ、だめ･･･！」
ユーシカがささやくように訴えるが、僕は指の動きで応えた。
すると、彼女は快感に身をわななかせながらも、お返しとばかりに膣をうごめかせた。
肉道がきゅっと窄まり、襞が屹立の表面を擦る。
腰の動きに合わせた上下の動きではなく、膣襞全体が複雑に蠢いたのだ。
油断していたところに加えられた刺激に、屹立の先端から少しだけ先走りがほとばしった。
すると、彼女の女陰は精液だと勘違いしたのか、肉棒全体を締めて軽く吸った。
尿道から、鈴口をぬらす程度ににじみ出ていた先走りが吸い上げられ、そのまま精液まで吸い上げられそうになる。
僕は、必死に歯を食いしばって射精を堪え、彼女の尻に指を食い込ませた。
「んっ･･･ふ、ぅ･･･！」
ユーシカが苦しげな声音を漏らし、膣肉の蠢きが強まる。
ぐぢゅぐぢゅと、膣と愛液と肉棒が音をたて、僕の限界が近づいてくる。
そして、互いに互いを高め合ううち、僕の方が先に達した。
膣全体での肉棒を吸う動きに、ついに僕の屹立から、白濁が迸ったのだ。
かすかに滲み出す先走りをちびちびと啜っていた膣肉が、不意に噴出した精液に歓喜し、うち震える。
細かくけいれんする彼女の全身に、ぼくは一瞬遅れてユーシカも絶頂したのを悟った。
僕と彼女は言葉もなく、ただただ快感に身を震わせ、絶頂に浸った。
そして、どちらからともなく興奮の爆発を収め、絶頂の余韻に身を浸らせる。
「はぁ、はぁ、はぁ･･･」
心地よい倦怠感を味わいながら、僕は荒く呼吸を重ねた。
すると、不意に僕の胸中に疑問が浮かんだ。
「ねえ、ユーシカ･･･」
「はい･･･？」
僕の胸の上で、力を失い体重を預ける彼女が、呼び声に応える。
「何で、尾を使わなかったの･･･？」
ギルタブリルの尾の先端には、サソリと同様に針が備わっている。ただし、そこから分泌されるのは、興奮を高める成分だ。
これを注入すれば、疲れ知らずで交わりを楽しむことができるという。だというのに、ユーシカはそれを使わなかった。
彼女は、僕の問いかけにしばし間を置くと、僕と視線を交わしながら答えた。
「それは･･･初めては、本当の先生に捧げる、って決めてましたから･･･」
「そう、か･･･」
薬物を注入されていない、本当の僕自身。彼女の言葉に、僕は頬がゆるむのを感じた。
「それじゃあ、ついでだからこれも言っておこう。もう、先生は止めて名前で呼んでくれないかな、ユーシカ」
「え･･･？」
不意の僕の申し出に、彼女が目を丸くする。
「もう夫婦なんだから、先生と助手じゃなくて、本当の僕と本当のユーシカの間になろうよ。だから･･･」
「･･･わかりました」
彼女は頷くと、口を開いて僕を呼んだ。
彼女が紡いだのは、慣れ親しんだ先生という呼び名でも、偉大なる生物学者の名でもなく、夫である僕自身の名前だった。
一日歩き回った疲れが、筋肉が伸びる心地よい痛みとともに解れていく。
仕事柄旅慣れているが、この一時は旅の楽しみの一つだ。
「ふふ、お疲れさまでした」
遅れて部屋に入ってきた連れが、僕に向けてそう言う。
掲げていた両腕を下ろし、振り返ると、褐色の肌に金髪の女が、僕に向けて微笑んでいた。
「確かに疲れたけど、今日は楽しかったよ」
「まるでいつもの旅行が、そう楽しくないみたいですね」
「そりゃあ、いつもの旅は仕事だからね」
そう、今日の旅行はいつもと違う。
「今日と明日はせっかくの新婚旅行だから、たっぷり楽しまないとね、ユーシカ」
「それなら、早いところお風呂をすませて、明日の予定を確かめましょうか、先生」
僕の助手だったユーシカは、そう微笑んだ。
生物学者の僕は『西行紀行』という本を携え、助手のユーシカとともに、未だ発見されていない動物や魔物を求めて世界各地を巡った。
ある時は群生するユニコーンを求めてサイを見つけたり、ある時は旧種サイクロプスの骨格を求めて象の骨を持ち帰ったりと、いろいろなことがあった。
しかしついに、僕たちは大陸北部、海と氷に隔てられた極北の地において、氷上居住者の間でも伝説でしかなかった極北ペンギンを見つけたのだ。
凶暴で巨大な極北ペンギンの探索は長期にわたり、襲いかかってきた極北ペンギンとの死闘は激しかった。
どれほどかというと、僕はその長い足で蹴りとばされ、しばらく生死の境をさまよったほどだ。
しかし、ユーシカはどうにか極北ペンギンをしとめ、その亡骸の腹を捌いて僕を詰め込み、一人氷上居住者の集落まで連れ帰ってくれた。
おかげで僕は一命を取り留め、極北ペンギンとともに大事なものを取り戻すこともできた。
その後、僕は極北ペンギンの剥製と骨格標本を携えて王都に帰還し、生物学会で大々的に発表したのだ。
当初は、そのダチョウにも似た姿から、極北ペンギンはまがい物だとさげすまれた。
しかし友人の死霊術士が、骨格標本にその場で仮初めの命を吹き込んで、学会会場を地獄に落としてから僕の発見は認められた。
子供の頃からの、偉大な生物学者になる、という夢が叶ったのだ。
だが、僕にはその夢よりも大事なことがあった。助手のユーシカだ。
学者と助手という関係を続けるうち、僕は彼女に対していつしか特別な感情を抱き、極北ペンギンとの一件を通じて決心したのだ。
学会の後、僕はユーシカに向かい、プロポーズをした。
彼女は一瞬驚いたようだったが、僕の言葉に頷いてくれた。
それから、僕たちは結婚式を挙げ、新婚旅行に出ているのだった。
「はあぁ･･･」
柔らかなベッドに身を放り、ため息めいた深呼吸をする。
入浴して温まった体は、このまま眠ってしまいたいと僕の意識に訴えていた。
しかし、眠るわけにはいかない。まだ、ユーシカが入浴しているからだ。
部屋の浴室からは水音が響いているため、彼女が風呂から上がるのはもう少し後だと分かる。
そして彼女が風呂から上がったら･･･
「･･････」
僕は、ごくりとのどを鳴らしてつばを飲み込んだ。
手にはじんわりと汗がにじんでおり、緊張しているのが分かる。
無理もない、一糸まとわぬユーシカが、少し先の扉一枚向こうで入浴しているのだ。
学者と助手という間柄で旅行の機会も多かったため、多少彼女の裸体を事故的に見たことはある。
だが、これからは夫婦として過ごすので、必然的に裸と裸のつきあいをこなさなければならないのだ。まずは、今僕が横たわっているベッドの上でだ。
うん。妙に親しかっただけに、一体なにをどうすればいいのか、思いつかない。
どんな言葉をかけようか、どういう風に触れてやろうか、などと考えているうち、僕の耳を浴室の扉が開く音が打った。
どうやら、思ったより長く考え込んでしまっていたらしい。
「上がり、ました･･･」
バスローブを羽織ったユーシカが、どこかぎこちない口調で部屋に戻ってくる。
「あ、ああ･･･こっちへ･･･」
僕は飛び跳ねるように身を起こすと、ベッドの片側に彼女を招いた。
「はい･･･」
ユーシカは、バスローブの裾から伸びるすらりとした褐色の足を操り、僕の傍らにそっと腰を下ろした。
「･･････」
「･･････」
そしてそのまま、僕たちは無言で身を強ばらせていた。
何か言わないと。そう、このままでは朝になってしまう。
「あの、先生･･･」
「ああ、ユーシカ･･･」
ほぼ同時に彼女と僕が口を開き、動きを止めた。
「あ･･･先生からどうぞ･･･」
「いや、ユーシカが先だったから･･･」
「いえ･･･わたしのはどうでもいい話ですから、先生どうぞ･･･」
「じゃあ･･･ユーシカ」
僕は咳払いを一つ挟んでから、続けた。
「その、両足元に戻した方が、リラックスできるんじゃないかな･･･」
「そ、そうですね･･･」
彼女は小さく頷くと、ベッドの上に両足を乗せ、裾から覗く褐色の肌を撫でた。
一瞬、彼女の太腿に文字のような、模様のようなものが浮かび、直後彼女の両脚が『解け』た。
両脚が一瞬のうちに一つの固まりになり太腿のあたりから突起が伸びる、見る見るうちに突起は太さと長さを備え、湾曲して新たな脚を構成した。一方、そろえられた彼女のつま先もまた、脚全体が伸びるのにあわせて鋭く尖り、膝やくるぶしとは異なる関節を増やしながら曲がっていく。
数秒のうちに、ユーシカの下半身は巨大なサソリのそれになっていた。
ギルタブリル。それが、ユーシカの種族であった。
「どう？そっちの方がリラックスできるでしょ」
「はい」
しばらくぶりに解除した擬態に、ユーシカは取り戻した感覚に戸惑う様子を浮かべながらも、頷いた。
王都ではまだまだ反魔物派が多いため、こうして擬態していなければ多少の危険があるのだ。
「じゃあ、ユーシカがリラックスできたところで･･･ユーシカの番だ」
「あの、その･･･実は私も、脚つながりで･･･」
彼女はやや恥ずかしげに微笑むと、サソリのような下半身を撫でながら続けた。
「よく、わたしのことを思い出してくれたな、って･･･」
「･･･忘れててごめん」
僕は彼女に謝った。
彼女と出会ったのは、サイクロプスの骨格を求めて彼女の出身地を訪れたときのことだった。
その際に、いろいろあって彼女を嫁として迎える権利を得たのだが、僕は彼女を残し、象の頭蓋骨だけを持って王都に帰ったのだ。
だが、王都で頭蓋骨から復元された象に踏まれて怪我をし、ユーシカと出会った頃の記憶を失ってしまったのだ。
そして、僕の後を追って王都までやってきたユーシカは、人間だと偽って僕の助手として側についたのだ。
彼女は僕に偽の記憶を植え付けるどころか、本当のことを教えることもせず、僕が自然と思い出すまで助手を偽り、助手として側に居続けようとした。
その健気さと優しさに、僕の頭は下がるばかりだった。
「いいんです。先生が思い出してくださったんだから」
「いや、礼はあの極北ペンギンに言ってくれ」
そう、極北ペンギンに蹴られて生死の境をさまよい、走馬燈を見なければ思い出すことはなかったのだ。
「驚きましたよ･･･付きっきりで看病していたら、先生が目を覚まして、『ユーシカ、寒いんだ』だなんて」
「ユーシカの顔を見て、君の村にいるんだと勘違いしてたんだからなあ」
「その勘違いのおかげで、わたしてっきり先生が死にかけてるんじゃないかってあわてちゃったじゃないですか」
「ごめんごめん」
今となっては笑い話だが、あの時の彼女の慌てぶりと、氷上居住者達の看護には申し訳なくなる。
「もう･･･ごめんじゃすみません！」
「どうしたら許してくれるのかなあ･･･」
「許してほしいんですか？じゃあ･･･」
彼女は不意に言葉を切ると、僕を見上げながら言葉を紡いだ。
「その･･･キス、してくれませんか･･･？」
「･･････キスで、許してくれるの･･･？」
彼女の言葉に緊張を感じ取り、僕も引きずられながらそう問い返す。
「まずは、です。まずは･･･」
「分かった」
僕は頷くと、彼女の肩をバスローブ越しに掴み、ゆっくりと顔を近づけた。
「あ･･･」
思ったよりも力がこもっていたのか、彼女が声を漏らす。
ユーシカとキスを両手で数えられるほどしかしていないせいか、妙に緊張する。
だが、ここは二人きりの部屋。結婚式の時のように、衆人環視の下唇を重ねるわけではない。
僕は目を閉ざし、気恥ずかしさをごまかしながら、細い肩の感触を頼りに彼女と唇を重ねた。
「ちゅ･･･」
小さく音を立てて唇が触れ合う。
吸うわけでも、舌でなめるわけでもなく、ただ唇と唇を重ねるだけの、稚拙なキス。
でも、それだけで彼女の唇の柔らかさと、温もりが伝わった。
「ん･･･」
彼女が小さく声を漏らすと、僕の腰のあたりに何かが触れた。
ユーシカの両手だ。僕を抱くような彼女の腕に応えるべく、僕も肩を掴む指をゆるめ、彼女の背中に手を移した。
バスローブを隔てて、彼女と僕の胴が触れ合い、互いに抱き寄せるような姿勢になる。
「ん･･･む･･･」
唇を重ねているうち、ユーシカの唇が動いた。少しだけ位置がずれ、僕の上唇を緩く挟む。
軽く力が加えられ、唇を揉まれる感触が、じわりと体に広がっていく。
温かく、心地よい。
僕は、彼女のもたらした快感へのお返しに、舌先を出して彼女の唇を舐めた。
すべすべとした桜色の唇の感触の後、一瞬遅れて僕の腕の中で彼女の体がふるえる。
いつの間にか、ユーシカの体はそれと分かるほど、熱を帯びていた。
「んぅ･･･」
彼女が小さく声を漏らし、僕の体に自身の体を押しつけてくる。
いや、僕をベッドの上に倒そうとしているのだ。
僕は力を抜きつつも、腕の中のユーシカを導き、一緒にシーツの上に倒れ込んだ。
ユーシカのサソリのような下半身が脚を動かし、僕の下半身にまたがる。
「ぷはっ･･･」
背筋を反らしながら、ユーシカが唇を離した。目を開くと、ユーシカが潤んだ瞳で、僕を見下ろしているのが見えた。
「先生･･･キスして抱いてもらっただけなのに･･･ここ、こんなになってます･･･」
震える声でそう紡ぐと、彼女は上半身を起こす。彼女の背中に回っていた両腕が、彼女の姿勢の変化によって腰の方へ滑り、彼女の柔らかな尻に触れて止まる。
そしてユーシカは、バスローブの裾を持ち上げた。
サソリのような下半身と、人の上半身の継ぎ目、その少し下のあたりに一筋の亀裂が走っていた
サソリの前足の間、固い甲殻と甲殻の間に刻まれた亀裂は左右に開き、内側の鮮やかな桃色の肉をさらけ出していた。
ユーシカの生殖器だ。
「先生･･･もう、我慢できないんです･･･どうか、先生の･･･下さい･･･」
今にも泣き出してしまいそうな彼女の求めに、僕は頷いた。
彼女の尻に当てていた手を、自分の腰のあたりに移動させ、バスローブの前を開いて下着をずらす。
すると、ユーシカと同様に、キスと抱擁を交わすうちに屹立しきった肉棒が顔を出した。
「ああ･･･先生･･･」
彼女は僕の屹立を目にするやいなや、もどかしげに腰を浮かし、甲殻の間の亀裂に肉棒の先端を当てた。
濡れた肉の感触が亀頭に伝わった直後、ユーシカは腰を下ろした。
折り重なる肉の襞が、肉棒に粘液を塗りたくりながら、屹立を飲み込んでいく。
温もりとともに屹立が締め付けられ、両脚にまたがる彼女の下半身の重みと合わせて、圧迫感が僕を覆っていく。
「は、はいった･･･」
屹立を根本まで挿入すると、ユーシカはそう漏らした。
そして彼女は、ゆっくりゆっくりぎこちなく、腰を上下に動かし始めた。
膣奥からにじむ粘液が、肉棒に絡みつき、ぬちゅぬちゅと濡れた音をたてる。
彼女が腰を沈めれば膣道の締め付けがゆるみ、腰を上げると肉棒を逃すまいとするかのように締め付ける。
変化する肉壷の感触と、愛液のたてる淫猥な音に、僕の背筋をゾクゾクする快感が這い上っていく。
「うぅぅ･･･！」
早くも脈打ち始めた肉棒と、体内で膨れる射精への衝動に、僕は低く呻いた。
「先生･･･気持ちいいんですか･･･？もっと、気持ちよくなって下さい･･･！」
跨り、腰を上下に揺するユーシカが、どこかうれしげに僕にそう言う。
そこには、快感に顔をゆがめる僕への嗜虐や、男を責めることへの悦びはいっさいなく、ただただ僕が心地よさそうなのがうれしい、という気配が滲んでいた。
だが、僕ばかりが気持ちよくなってしまうのも申し訳ない。
何か、返さないと。
下から突き上げようにも、すでに射精を堪えるのは限界に近く、そもそもユーシカのサソリのような下半身が僕の脚を押さえ込んでいるため難しい。
ならば両手だ。
僕は、彼女のわき腹に手を触れ、彼女の腰のあたりの肌を撫でた。
「ん･･･！」
汗を滲ませるすべすべとした褐色の肌に触れると、ユーシカが小さく吐息を漏らした。
引き締まった彼女の腹は、薄く腹筋が浮いているにも関わらず柔らかく、撫でているだけでも心地の良いものだった。
僕は彼女の腰に手を回し、さするように上下に手のひらを動かした。
すると、ユーシカの腰の下、サソリのような下半身に乗った彼女の尻に手が触れた瞬間、ユーシカが小さく声を漏らした。
吐息に紛れるような、かすかなうめき声。
それだけでも、彼女が快感を覚えていると悟るには十分であった。
僕は、彼女の尻に両手を触れさせ、数度軽く撫でた。
柔らかな丸みを擦るに合わせ、ユーシカの体が小さく震える。
そして、僕が彼女の尻に指を食い込ませた瞬間、彼女の体が強ばった。
「あぁ･･･！」
腰の動きを止め、眉根を寄せながら、彼女があえぎ声を漏らした。
どうやら、尻が弱いらしい。
緊張のためか、力のこもる尻を解すように、僕は脂肪を隔てて感じられる筋肉を揉んだ。
一度二度と指を食い込ませるのに合わせ、ユーシカが体を震わせ、五度目には彼女の体が力を失う。
起こしていた上半身が僕の上にくたくたと倒れ込み、柔らかな乳房が僕と彼女の間で押しつぶされた。
「先･･･生･･･それ、だめ･･･！」
ユーシカがささやくように訴えるが、僕は指の動きで応えた。
すると、彼女は快感に身をわななかせながらも、お返しとばかりに膣をうごめかせた。
肉道がきゅっと窄まり、襞が屹立の表面を擦る。
腰の動きに合わせた上下の動きではなく、膣襞全体が複雑に蠢いたのだ。
油断していたところに加えられた刺激に、屹立の先端から少しだけ先走りがほとばしった。
すると、彼女の女陰は精液だと勘違いしたのか、肉棒全体を締めて軽く吸った。
尿道から、鈴口をぬらす程度ににじみ出ていた先走りが吸い上げられ、そのまま精液まで吸い上げられそうになる。
僕は、必死に歯を食いしばって射精を堪え、彼女の尻に指を食い込ませた。
「んっ･･･ふ、ぅ･･･！」
ユーシカが苦しげな声音を漏らし、膣肉の蠢きが強まる。
ぐぢゅぐぢゅと、膣と愛液と肉棒が音をたて、僕の限界が近づいてくる。
そして、互いに互いを高め合ううち、僕の方が先に達した。
膣全体での肉棒を吸う動きに、ついに僕の屹立から、白濁が迸ったのだ。
かすかに滲み出す先走りをちびちびと啜っていた膣肉が、不意に噴出した精液に歓喜し、うち震える。
細かくけいれんする彼女の全身に、ぼくは一瞬遅れてユーシカも絶頂したのを悟った。
僕と彼女は言葉もなく、ただただ快感に身を震わせ、絶頂に浸った。
そして、どちらからともなく興奮の爆発を収め、絶頂の余韻に身を浸らせる。
「はぁ、はぁ、はぁ･･･」
心地よい倦怠感を味わいながら、僕は荒く呼吸を重ねた。
すると、不意に僕の胸中に疑問が浮かんだ。
「ねえ、ユーシカ･･･」
「はい･･･？」
僕の胸の上で、力を失い体重を預ける彼女が、呼び声に応える。
「何で、尾を使わなかったの･･･？」
ギルタブリルの尾の先端には、サソリと同様に針が備わっている。ただし、そこから分泌されるのは、興奮を高める成分だ。
これを注入すれば、疲れ知らずで交わりを楽しむことができるという。だというのに、ユーシカはそれを使わなかった。
彼女は、僕の問いかけにしばし間を置くと、僕と視線を交わしながら答えた。
「それは･･･初めては、本当の先生に捧げる、って決めてましたから･･･」
「そう、か･･･」
薬物を注入されていない、本当の僕自身。彼女の言葉に、僕は頬がゆるむのを感じた。
「それじゃあ、ついでだからこれも言っておこう。もう、先生は止めて名前で呼んでくれないかな、ユーシカ」
「え･･･？」
不意の僕の申し出に、彼女が目を丸くする。
「もう夫婦なんだから、先生と助手じゃなくて、本当の僕と本当のユーシカの間になろうよ。だから･･･」
「･･･わかりました」
彼女は頷くと、口を開いて僕を呼んだ。
彼女が紡いだのは、慣れ親しんだ先生という呼び名でも、偉大なる生物学者の名でもなく、夫である僕自身の名前だった。
12/11/16 18:30更新 / 十二屋月蝕
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