連載小説
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あの会話から数時間後

「じゃ、行こっか」

定時の鐘がなるや否や、そんな言葉と共に手を奪われる。そして、鼻歌混じりに引っ張られ、あっという間に会社から連れ出されてしまった。

……手を握られたまま。

繁華街へと入る直前に、その異常事態に気が付き、頭がキャパオーバーしかける。
反射的に抗議の声を上げようとしたが……肌から伝わる温かな感触は体の芯をじくりじくりと蝕み、更には「ん?どうしたんだい?」と切れ長な目を向けてくるものだから、否定の言葉を紡げない。紡げられる訳がない。

異性と手を繋いで出歩く。

しかもただの異性ではない。恐ろしいほど、美麗で、イケメンで、魅力的な後輩と。密かに想いを抱いている相手と。
これは……もしかしたら、があるのかもしれない。
手を繋ぐだなんて、気軽に出来るものなのか?するものなのか?あぁ、もしや俺は絶頂期を迎えようと……

だが、そんな高揚感は一瞬にして搔き消される。

仕事帰りの人々がガヤガヤと賑わう繫華街。しかし、先を行く彼女が通り過ぎると、一瞬だけ静寂が訪れてしまう。
ひそひそとした声。驚嘆。肌をつんざくようにチクチクと襲い掛かる視線。

その痛みに背中がじわぁと底冷える。心臓が締まるような鈍痛に襲われ、額からは嫌な汗が噴き出る。

……それもそうだ。
俺の前を歩む彼女、それに見惚れない人間はいないだろうから。
愛の言葉を囁かれたら男女問わず誰もが傾倒してしまうほど整った顔立ち。まるでおとぎ話から飛び出た王子様のような立ち振る舞いに惹かれた観衆の目に入るのは、パツパツに張り詰めた胸。女性であることに気が付いた瞬間に襲い掛かる倒錯的な魅力。パシッと決めたパンツスーツから浮かび上がる腰つきの艶めかしさ。

見ない訳が無い。魅了されない訳がない。

だけれども、その視線は誘導されるがままに握られた手の先へと……そう、俺の方にも向いてしまう。

カァっとした冷や汗が背中をべっとりと濡らす。

どう思われているのだろうか?
不釣り合い?嫉妬?罵倒?不平等?
あぁ、そんなの全部分かっている、分かっているから、見ないで欲しい。俺だって分かっている。ずっと二人きりだったから、勘違いしてただけなんだ。ホントは分かっているから、咎めないで欲しい。

こんな想い、抱くだけでも烏滸がましいなんて俺が一番

「おっとそうだ、ここ曲がるよ」

真っ直ぐ引かれていた手がくいっと直角に曲がって、路地裏へと引き込まれる。
狭くて薄暗い道。華やかな大通りとは比べるまでもなくみすぼらしかったが、今の俺にとっては心地よかった。
そんな道を曲がりに曲がって、見分けのつかない無骨なビルを何度も通り過ぎ、ひと気も何も無い二人だけの空間を歩んで……

「えーと……あった、ここだね」

そして、とある立て看板を見つけると、お尻を後ろに突き出すように屈んで内容を確認し、そんな言葉を発する。
……扇情的な腰つきが目に焼き付く。パンツスーツの上からでも分かる肉付きの良さ、骨盤の大きさ、お尻の大きさ。俺の細い腰なんて簡単に圧し潰せてしまいそうな、女性らしさ。

あぁ、ダメだ、変なことを考えるな。なんて浅ましいんだ。

そう思いはすれども、邪な想いは止められない。
目を逸らしても、脳内で反芻してしまって、股間がじくり……と疼いてしまう。

「ほら、こっちこっち」

そんな葛藤なんて知りもしない彼女に、また手を引かれ、無骨なビルにポツンと付いてあるエレベーターの入り口まで誘導される。
その横についていた矢印のボタンの『上』を押すと同時に、チーンという古臭い音が鳴る。
そして、じぃー……と映写機が回るような音と共に、現れた狭い部屋へ

「足元気をつけてね、ここで転んで怪我でもしちゃったら、大変だから」

「あ、あぁ……」

優しく手を引かれて、連れ込まれた。まるでエスコートするかのように。

小さな部屋で二人きり。手を繋いでいるせいで一定の近さが保たれ、ふわりといい香りが漂ってくる。柑橘っぽい爽やかな香りと、その奥にある甘い香りが鼻腔をくすぐり……否が応でも意識させられてしまう。
しかも、向き合うように立っているから、大きく前に突き出る胸がすぐ目の前に来て……一歩踏み出せば、胸板で触れることが出来てしまう。

もし、もしも、事故を装えば……いやっ、何を考えてっ

ドキッドキッと早鐘を打つように鳴り響く心臓が五月蝿い、鎮まれ、意識するな。
ぱっつり飛び出た胸部のワイシャツとスーツの境目、そこに薄っすらと見えるレース生地が……あぁ、やめろ、目は目と合わせろ。
深呼吸したいが、近すぎる故にそれすらも許されない。なんとか変に意識していることを悟られないよう、肺が膨れるのに意識を向けて呼吸を整え、平常を保って目を合わせ、他愛ない話でも振ろうかと思ったが

──にこっ

目を合わせただけで微笑まれ、頭がクラっと傾く。
顎に見事なアッパーカットを食らったような感覚。イケメン女が目を細めてあどけなく微笑む、そのカッコ良さと可愛さの相互共生に脳細胞が全て支配される。
邪な想いを抱いてた罪悪感も相まって、正常な脈すら打てなくなって……

「どうしたのかな?さっきから、落ち着きないけど……もしかして、ボクに見惚れちゃったかな?」

「っ!?い、や、そんなことは……」

「ふふふっ……♡ボクに夢中になってくれて嬉しいなぁ、君が望むのなら、ずっとこの狭い箱の中で二人きり……なんていうのも悪くないかもね」

握られた手がパッと放され、胸元から顎にかけて虚空を撫で上げられる。触れられていないのに、ゾワゾワとした痺れが喉仏から舌の裏へと流れ込む。
とあるゲームでは、メロメロ、なんて状態異常があるが……その気持ちが分かってしまう。視界は幸せ色に染まり、意識が支配され、触れもされずに自由を奪われてしまうのだ。

それが、酷く、心地よい。
その言葉通り、ずっとこうされたいと思うぐらい。

「でも……残念ながら、この時間はもうすぐお終い。ほんの少しでも、君の意識が奪われてしまうことを思うと、少し嫉妬してしまうなぁ」

嫉妬?この意識が彼女以外の何に……

そう、言葉の意味を逡巡し始めた瞬間、チーン……という音と共に目の前の扉が開かれた。


──まず飛び込んで来たのは、白熱電球の仄かな橙色。


その下にはシックな台がいくつも置いてあり、台上の緑色のカーペットと色とりどりの玉を鮮やかに照らす。
コン、カコン、という小気味よい音と静かな話し声が響く空間。シークレットな気品溢れる人々がまばらに楽しんでおり、チラリとこちらを伺う視線は僅かにあれど直ぐに立ち消え、刺すような視線は全く感じなかった。

息を吞む。まるで豪華客船の遊技場に紛れ込んでしまったかのような、唐突な非日常に目がしぱしぱする。
仕事場からたった数分のところにこんな場所があるなんて知らなかった。

「ささ、受付は済ませてきたよ、早速やろっか」

トントン、と肩を叩く指に意識をハっと戻される。どうやら俺が呆けている間に受付を済ませてくれたらしい。

「あ、あぁ、何から何まで悪いな」

「いやいや、ボクが誘ったのだから当然のことさ、えーと……あそこの台だね」

またもやギュッと手を握られ、先行く彼女の後を付いていくことになる。ぷにぷにと柔らかい感触が掌を包み込む。
まるでモデルがファッションショーをするかのように一本の線上をなぞる歩き方は、骨盤から右、左、右と交互に旋回して、それに伴いお尻がフリフリと揺れる。
重厚、なんて表現するのは失礼かもしれないが、男性らしさを象徴するスーツからくっきりと浮かび上がる女性らしさからは、良すぎる肉付きが、たっぷり詰まった淫肉が、想像出来てしまって……
それでいて、全体はスレンダーにまとまって見えるのが、余計にギャップを際立たせていて……

──今は、あの刺すような視線が望ましい。
──二人きりだと、どうにかなってしまいそうだ。

「ささっ、時間はたっぷり取っておいたから、今日はボクが一からレクチャーしてあげよう!」

くるりと旋回して背筋を伸ばし、パッツリと張りつめた胸に手を当てる決めポーズ。演技臭いと思うような仕草なのに、彼女が演るとこうも様になって、あまつさえ華麗な魔術に囚われてしまいたいと思ってしまうのは……卑怯ではないか?

「あぁ……なんか、やけにハイテンションだな」

蕩けそうになる脳を理性で何とか固め、選びに選んで導き出した言葉はぶっきらぼうなものだった。
こうでもしないと、釣り合わぬ口説き文句が勝手に溢れてきそうなのだ。仕方ない。

「まあね、久々にこうやって遊べるのだから、楽しみで楽しみでしょうがなくて……いやぁ、ワクワクするなぁ」

そう言いながら、台上に転がっていた長い棒を片手に取ってはクルンと一回転させ、猫が伸びをするかのように背筋を反った姿勢でピタリと構える。そして、そのまま軽く一、二回素振りをする。
ギチリと締め付けられた豊満な胸は台に触れそうなほど近く、それでも尚、ぐぐぐ……と顔を台へと近づけて、そこに撞くべき玉があるかの如く真剣に素振りする。
その様子は、極めた芸術品のような美しさと、胸と腰つきが異様に強調された淫らさを意識させられるが……それらよりも、遊び盛りの少年みたいな純粋さをひと際強く感じてしまう。

あぁ、そうか、ホントに遊びたかっただけなのか。そんなとこも魅力的だ。

「あぁ、それなら良かった……それだけでも来た甲斐があったよ」

心の中の笑みがクスリと表面に出てしまう。それは羨望か、歓楽か、はたまた自嘲か。
張り詰めた糸が緩まった気がした。

「とはいえ問題は俺が相手になれるかどうか、だな」

その華麗な構えに釣られて、自分も台に置かれていた棒を手に持つ。

こう……だろうか?
頭をぐぐぐっと台に近づけ、見よう見まねで撞きの構えをしてみるが、案外ツラいというか、もも裏から腰にかけての筋肉が伸ばされて……あいたたた。
そして左手の甲の上に棒の先端を乗せてシュッシュッと振ってみるが、何とも照準が定まらないというか、そもそも左手の正しい形がよく分からない。
というか、ビリヤードの白い玉、てっきり真っ白なのかと思いきや、台上にあるソレには赤い点が打ってあって……

「おぉ、なかなかイイ感じの構えだね」

「いや、でも、なんか違う気が」

「ふふっ、そりゃそうさ、ビリヤードは構えが一番大切。それをいきなり完璧にこなして貰ったら、ボクの立つ瀬が無いからね」

「でも大丈夫、なんたってこのボクが教えるのだから、すぐに基本は出来るようになるよ!」

ふふんと鼻を鳴らして立ち振る舞う様子からはかなりの自信が見て取れるどころか、傲慢とも捉えられるほど小憎らしい。
だが、赦してしまう。マジシャンにおちょくられて腹を立てる人はいないように、むしろ高慢さに嬉しさをも感じてしまう。
仕事場で見せる顔とは、また違う一面。

「なかなか凄い自信だな、かなりやってきたのか?」

「まあ、そこそこと言った感じかな?でも、君より先輩なのは間違いないさ」

ギュッと抱き寄せた棒が、ぐにゅんと双球を二つに分け、深いクレパスを織り成す。
その行為だけで分かってしまった。そのワイシャツの下に詰まっているモノが、大福のように弾力と柔らかさを両立していて、何でも深く吞み込んでしまうことを。あそこに埋まったら、さぞ……
淫靡な想いが脳の奥から溢れ出て、視界が桃色に染まっていくように錯覚したところで……

「くくくっ……今日はボクが何でも教えてあげよう、かわいい後輩くん♡」

その色を塗り替えるような挑発的な言葉と押し殺すような笑い声が聞こえてくる。
扇情的な仕草で溜め込まれた興奮は、軽い挑発によって蓋を開かれ、沸々と湧き上がるような高揚へと繋がる。
その仕草も、言葉も、表情も、全てが芯に障る。社会人というガワを通り抜けて、本質的な気性をくすぐられてるような気がして、むずかゆくなってくる。

「ははっ、先輩を後輩くん呼ばわりとは、大きく出たな」

「あははっ!仕事が終わったのなら先輩も後輩もないさ、そこにあるのは無礼講だけ。襟を緩めて談笑した方が……楽しいとは思わないかな?」

「いや、まさか……あんなに律儀だった後輩にこんなこと言われるとは思ってもなくてな」

「ふふふっ、実を言うと素の性格はこんな感じなのさ、挑発してしまうような生意気な後輩はキライかい?」

「いや、そういう生意気なら……まあ、かなり好きな方だな」

「それなら良かった、これからは遠慮なく挑発しても悦んでくれるって訳だ」

「いや、そこまでは言ってないからな!」

「あはははっ♡君も調子が出てきたね、ボクも君のそういう一面、かなり好きだよ」

「っ……」

かゆくなった所を掻き毟るかのように軽い言葉を投げかけると、それがテンポ良く返ってくる。ラリーが半ば永久的に続いている時の、あの高揚感。シンパシーを感じるような心地よさ。
その感覚に酔いしれていると、突如として投げかけられた好意の言葉にドキッとさせられてしまう。

「色々と気にすることはあるんだろうけど、ボクの前だけでは変に姿勢を正さずにさ、もっと自分に素直になって振舞ってほしいな」

「……まあ、そうだな」

──あぁ、彼女はホントに人たらしだ。
──俺がどんな気持ちなのかも知らずに、

思わず口端から笑みが零れる。
心の中で毒づきながら、首を締めていたネクタイをグイッと緩め、襟をぴたりと合わせていた第一ボタンをぷちりと外す。
籠った熱気が解放され、すぅっとした涼しさが入り込むが、それでも高揚は止まらない。むしろ、小気味よいやり取りによって増すばかりだ。

「さて、と、じゃあ色々と教えてくれ、先輩さん」

「……うん!それじゃあ、今から手取り足取り細かく教えるけど、一つだけお願いがあるんだ」

「お願い?」

手取り足取り、という言葉を聞いただけで、白磁のように白くなめらかな指に肌を優しく撫で上げられる……そんな映像が頭の中で繰り広げられてしまう。
もはや病気となった自分の頭を無視しつつ、平静を保って相槌を打つ。

「それはね、ボクの許可なしに勝手に動かない、ということを約束してほしいな」

「さっき言った通り、ビリヤードは構えが一番大事。だから、じっくり入念に教えたいんだけど……その時に勝手に動いて貰われると困ってしまってね」

なるほど。
『許可なしに動いてはいけない』という文面だけだと中々なお願いだが、つまりは命令通りに動いてちゃんとしたフォームを身につけて欲しい、ということであろう。
きっとそうだ。変なことを考えるな。

「分かった、言う通りにしよう」

「オッケー!じゃあ、契約成立さ」

パチンっと鳴った指の音と威勢のいい声、それらが約束の締結を強く意識させる。
さて、せっかく教えてくれるのだから、ちゃんと良いフォームを身につけられるようにしっかり話を聞かないと……

そう思っていた矢先だった。

「じゃ、まずはね」

ぐにゅんっ♡

「っ!!?」

スッと後ろに回られたと思ったら、突如として背中に襲い掛かる柔らかくて弾力ある感触、大きなマシュマロが二つ押し付けられ……いや、違う。
モチモチと背中に張り付きつつもぐにゅんとしっかり押し返してくるこの感触と、優しく包み込むように広がってくる温かみは、マシュマロなどというモノで表現したくない……そう思ってしまうほど極上だった。包み込むように貼り付いてくる。

胸だ、胸、彼女のおっぱい……
いつもジャケットとワイシャツをぱつぱつにしてイジメていて、先ほど棒をぐにゅりと吞み込んでいた、あのおっぱいが背中に……

脳がそう処理した瞬間に全身の高揚感がカァっと立ち昇り、膨らんだ水風船がパァンと破裂したかのように頭から首、背中へと熱い汗が伝播する。

これは……無意識か?意識的か?

彼女の言動を凄まじい速度で振り返ってみるものの、どちらもあり得てしまう。
フランクすぎる故の無防備。人たらし故の……

「まずはこの棒、キューって言うんだけど、これを気をつけの姿勢であそこの白い玉にこうやって脇を締めたまま合わして……そうそう、そのまま維持してね」

スッ……と、硬直していた俺の右腕に彼女の右手が添えられ、二人羽織をするかのように動かされる。掴まれたところから伝わる熱がじくじくと身体を蝕んでいく。
真後ろに回った彼女の吐息が後頭部から首筋に吹き下ろされ、ゾワゾワとした感覚が襲い来る。

何も出来ない。

あの約束が無くても動けない、処理が追いつかない、距離感が急にバグって何も思い付かない。
ただただ、背中から伝わる柔らかい感触が、心臓の鼓動によって微かに震える柔乳が、脊髄すらも愛おしく撫で上げ、全身と思考を支配してしまう。

「そっから左足を一歩だけ大きめに前に出して、軽く半身になるようにしてみて、こんな風に」

「んひっ……」

グニッと無遠慮に尻と太ももの間を掴まれ、変な声が漏れ出てしまう。
ガサツとも言える掴み方……だが、そんなエロスを感じさせない掴み方にすら感じてしまった事実が、強い羞恥心と仄かな倒錯感を強めていく。
背中にふにゅんとした感覚が貼り付く。キューを吞み込んでたあのおっぱいが背中に……

「もーちょっと、かな?もうちょっと前に出して、つま先の向きはキューと並行になる感じで……うん、中々イイ感じ」

「んっ……」

付け根を掴んだ手がするりと下の腿のほうへと移動していき、ぐぃ……っと押されて、更には彼女の脚もピタリと添えられて、足を前に出させられる。
別に性的な行為ではないハズだが、一度意識してしまった虫刺されが痒くて仕方ないのと同じように、一度感じてしまった部分を擦られると反射的に身体が跳ねてしまう。
それを意に介さないような透き通った声色が後ろから投げかけられ、背徳的な興奮が搔き立てられる。子どもの頃、隠れてエロ本を読んでいた時のような……

「じゃあ、そのまま前屈みになって、左手をついて」

そうして震える背中を、柔らかい双球がぐにゅにゅとイタズラするように抑え付けてくる。

熱が止まらない。

高揚へと昇華したはずの興奮が、ただ、ふわふわでもっちりなおっぱいを、イケメンおっぱいを押し付けられただけで、元の欲望へと変容してしまう。心の糸がまた張りつめ始める。
勝手に意識をするな、彼女は真面目に教えているだけだ、こんな無防備に押し付けて……おっきなおっぱいが……もっと……いや、ダメだ、意識をしては……

「んー……ふふっ♡結構敏感なんだね、君って……」

「っ!!」

そんな葛藤に苛まれていたところに、急に吹き込まれる甘い嗤い声。
それは『無防備なだけだ』と自分を戒めてた根底を揺らがす一言で、支えを失った心はいとも簡単に傾いてしまった。ぐらり、と。

「お尻触られて声が出ちゃうなんて、そういう可愛いところもあるんだ……♡」

「ち、ちがっ、今のは急に触られたから」

「へぇ、じゃあ、今から太もも撫でてみようか、これならホントかどうか分かるなぁ」

「ちょっ、うぅんっ……」

「すりすり、さわさわ……ふふっ、やっぱり声が出ちゃったね、嘘つきさん♡」

裏腿に長い指が添い這われ、そのままゆっくり、指の腹を押し当てるように上へ下へとなぞりあげる。
──故意にされている。
その事実に加え、クリームをたっぷり乗せた甘い挑発が反抗心を生み出すが、同時に忌避感をかき消す。イタズラされているのだから仕方ない、そんな言い訳が心の中で芽生えてしまって……

「ほら、もっと君の素直なところ出してもいいんだよ、ボクは気にしないからさ」

「気にしない、とかの問題じゃなくてっ……か、からかうのもいい加減にしろっ……!」

「からかうも何も、ボクはフォームを教えているだけだよ。そもそも、手取り足取り教えてあげるって先に言っておいただろ?」

反抗心を糧に喉から何とか声を絞り出すが、素知らぬ声で当然のように言い返されてしまう。まるで詐欺師が屁理屈をこねるように、噓をホントだと主張するかの如く。

「ちゃんとしたフォームを短時間で教えるには、密着指導が必要不可欠さ。一度ボクの手となり脚となって、同じ動きをすることがとても大事」

「だから、ボクの手が君のお尻をこんな風にやらしく撫で上げても、ボクのおっぱいがむぎゅぅって押し付けられても、それは指導の一環だからね……♡」

太ももを撫でていた手がつぅっと上の方へと伸びていき、手のひらをお尻の曲線に沿うように合わせて、もみ、もみ、と揉みほぐされる。まるで絶世の美女の尻を、手のひら一杯に味わうよう、遠慮なく。
わずかな嫌悪からピクリと跳ねた背中を、大きな胸がぐにゅりと受け止め、呑み込み、じっくりと温められる。じわぁっと溢れた汗が背中と胸の境目を無くしていき、二度寝前の布団のように重く重く圧し掛かる。

「このっ、全部わざとなら、セクハラっ……んんっ♡」

「あははっ!セクハラだなんてひどいなぁ、ちょっとしたお茶目だから許してくれよ……♡これから長い付き合いになるんだからさ、こういうスキンシップで仲を深めるのも大切だとボクは思うんだ」

どんな抵抗も軽く尻を撫でられるだけで、胸で背中をぐにゅりと混ぜ合わされるだけで、甘い喘ぎ声へと変換されてしまう。

行為だけ聞けば、ナンパ男が女を無理やりベッドに連れ込もうとする様子が浮かぶだろう。
されども、その演者はナンパ男とは比べ物にならないぐらい、イケメンで、カッコよくて、品があって、気立て良くて、親しみやすく、誠実さも感じてしまうほど、オスとして完璧で。
尚且つ、モデルが思わず顔を背けるぐらいスタイルが良くて、どぷんと重量感持って立体的に主張するおっぱいが付いていて、安産型のお尻は子を産むどころかオスを敷くのにも十二分なほど、メスとして圧倒的で……

ぶるりと脊髄が震える。

「おっと、勝手に動いちゃダメだよ、せっかく積み上げたフォームが崩れちゃうからね」

無意識的に動いた身体をギュッと抱き留められ、元のフォームへと固定される。体重を上手く使って、押し付けるように。

「ささ、次のステップに進もうか。この構えのまま、左手を玉の15p手前ぐらいにおいてね、こういう形にするんだ。これをブリッジと言ってね、実は何種類かあるんだけど、今日はオープンブリッジって呼ばれるのを教えるね」

「こんな風になだらかな山を作るようにして、そのまま広げて、ここの隙間が無くなるように親指を上に向けて……うんうん、いい感じ。そしたら、ここの上にキューを乗せて、中指の先端を通るようにして玉の中心に照準を定めてみて、矢の先端を獲物に目掛けるように……」

先程のイタズラが単なる『お茶目』だと証明するように、平然と説明が続く。
白磁のように艶やかな手が、俺の手の真横に置かれ、ゆっくりと形を変えていく。精密な機械が滑らかに、一つ一つの動きを確認しながら丁寧に、分かりやすく。
その動きに導かれるように、俺の手もゆっくりと形を変えていき、ブリッジが組み上がる。その上にキューが乗っけられ、射撃台としての様相を成す。

「それで、ここからが大事なんだけど、このまま腰を落として胸を台に近づけていくんだ」

「でも、ちょっと難しいから、ボクが先導してあげるね」

「先導……」

先導。その言葉を聞いただけで、心がぞわりと擽られる。

「うん、先導していくよ、ボクの指示にちゃんと従ってね」

「まずは、ボクの太ももに軽く腰掛けて、そのままお尻を後ろに伸ばすようにグググと落として……」

イヤらしい期待を孕んでしまった心身は、かるーく力を入れられるだけでも強張ってしまう。言葉に導かれた腿とお尻に、神経が集中していき、ギチチと引き伸ばされる鈍痛に襲われ始めたところで

「胸もちゃんと張らないといけないよ、ほーら、もっと背中を引き締めて」

「うぁぁっっ♡」

無防備にさらけ出していた背筋の溝をつつーっと撫で上げられ、びくんっと体が反るように跳ね上がり、上ずった声が喉から絞り出される。
そうして反った背中を圧延するかのように重量感たっぷりの胸でむにゅぅっと押さえつけられて、固定されてしまう。
更には恥骨と尾骨がキスするように下腹部を押し付けられ、そのまま腰に手を軽く添えられ、ぐぐと引っ張られ、脚の裏面から背中にかけて伸びる筋肉が引き伸ばされ、ツラい感覚に襲われるが、それを解してしまうような温もり。肌の柔らかさ。

「あははっ♡敏感なのも使いようによっては、とっても便利なものだね……♡」

「そ、ま……も、もう限界っ……ぃ……♡」

何が限界なのか分からない。体の柔軟性なのか、心の耐量なのか。
それでも溢れ出した限界という言葉は、今の自分を表すのにはこれ以上になく的確で、一線がソコにあるのを感じてしまう。
胸の奥がきゅぅっと締まるこの感覚……

「おおっと、勝手に動いちゃダメダメ、なるべく目線を台に近づけるのが大事なんだから、ツラいかもしれないけどそのまま維持してね」

その感覚が限界に近づき、逃げ出したくなるものの、大きな胸で押さえつけられ、自分よりも大きな体格で抑え込まれ、腰も脚も胸も腕もぴっちりと隙間なく押し付けられ、身動きが取れない。
ギチリと、型に嵌められたかのように。
身も、心も。

動きたくないと、思ってしまっている。

「ふぅー……っ……」

狂った呼吸を整えようと、深く息を吐く。が、上手く吐ききれずに喉奥で詰まる。彼女の微細な動きが、心臓の音が、部位によって僅かに違う熱が、硬さが、感触が、俺の心を狂わせる。

視界に映るのは緑色のカーペットと白玉、キュー、俺の手と彼女の手。それだけ。
それが却って逃げ場を失わせる。全身を刺激する感触に意識が向けられてしまう。まるで、布団の中で寝付けない時のような、鋭敏になった感触。

「うんうん、イイ感じだね、でももうちょっとだけ落とせるといいかな?このキューのラインを同じ視線で見つめられるのがベストだから」

その言葉に導かれ、更に視線を低くしようと腰を後ろに引き落とすと、お尻と裏腿にむっちりとした熱が触れ、その熱へと沈み込む。
彼女の太ももだ。パンツスーツの上からでも、こんなに柔らかく、且つ、しっかりしていて気持ちいいものなのか……

「これで姿勢は完璧になったね。あとはそのまま肘をこのくらいまで引き上げて……そうそう、ちょうど直角になるぐらいだね。キューと頭と右腕は同じ平面上にあるイメージで……うん、かなりいいね。あとはこの姿勢で、肘を支点にしてキューを素振りするだけさ。腕の力はだらーんと抜いて、振り子を揺らすように」

「ん……こ、こんな感じか?」

「うん、かなり理想的な撞き方だよ、あとはこのフォームを身体に覚え込ませるだけ。だから、このまま暫く素振りしよっか」

平然とした指導が続く。だが、先ほどのお茶目によって破壊された観念は元に戻ることなく、淫靡な想いが抑えられない。
右ひじの位置を固定するように添えられた指が、つぅと二の腕をなぞり、鳥肌が立ちそうなほどの痺れを残す。

もし、その指で、鋭敏なところを触れられてしまったら、どうなってしまうのだろうか……
見なくても分かるその妖艶な手つきで、太ももから股間にかけて撫で上げられて、そのままナニに触れてしまったら、どうなるのだろうか。
彼女にこうやって後ろから抱きすくめられつつ、爽やかさを感じる声でねっとりと、意地悪く囁かれながら、カリ首をずりゅんっとこそぎ落とすように扱かれたら……♡

頭の中は淫らに、されど身体は正確に撞き動く。

「……にしてもさ、ボク達って他の人からしたら、どう見られているんだろうね?」

「どう……って、そんなの」

急に投げかけられる問いかけ。
邪な思考が見透かされたかと一瞬ドキッとするが

「ふふっ、ビリヤードを知らない新参者と、その新参者にやさしーく構えを教えてあげてる先輩さんに見えてるのかなぁ?」

「ぁっ……」

妄想と同じような、爽やかで、且つドロッとした声を耳介に吹き込まれ、すぐに警戒心を融かされてしまう。
また、彼女のイタズラが始まる。

「腰もぴったり合わせられて、胸と背中がみっちりと詰まるぐらい押し付けてて、ボクの手に腕を全部絡め取られている、そんな君はどう見えてるのかな?普段の君は先輩然とした立ち振る舞いで、落ち着いて、ボクに色んなことを教えてくれてるけど……今は逆だ。ボクにされるがままで、手取りも足取りも丁寧に教え込まれ、一人で立つことすら怪しい状態……♡」

「あぁ、でも、そうなるのは当然のことさ。何たってボクが君の未熟さに付け入って、こんな風にしてしまったのだからね。フォームを教えるなんて尤もらしいことを理由にして、君を上から組み伏して、好きなように弄んでいるのだから……♡」

「おま……やっぱ、意図的にこんなことをっ……」

「だからお茶目だと言ってるじゃないか。それに、心配しなくても大丈夫だよ。こんな体勢でくっついているのだから、周りの人たちだって分かるはずさ……君が狡猾な罠に引っかかった憐れな蝶で、ボクがそれを喰らおうとする毒蜘蛛ってことぐらいね♡」

似合わない。こんな俺を先輩然とした落ち着いた人だと評して、更には蝶などと喩えて、麗しい後輩を毒蜘蛛だなんて例えるなんて……
そうは理性が思えど、お世辞を効かせすぎた褒め言葉の数々に心が踊ってしまう。
そして『ボクが悪者』だと主張する言葉に、脳の認識が徐々に捻じ曲げられて、おかしくなっていく。

そうだ、俺はこの後輩に弄ばれるだけなのだ。
いや、違う、これはそういう話じゃ……こんな距離の詰め方はおか……

「ふぅー……♡」

「んひぃっ……ぅっ……」

「ふふふっ、かわいい先輩さんだ……♡でも視線を外しちゃイケないよ、顎はキューの上に真っ直ぐ乗せておかないと……ね?」

ぐるぐる巡り始めた思考は、耳から吹き込まれた熱い吐息によって強制的に搔き消される。まるでロウソクの火を消すように、いとも簡単に。
そして指導の言葉がスッと脳に染み入って、彼女の手のひらで顎の角度を矯正されてしまう。

「これも指導の一環さ、何があっても動じることのないフォームを身につけないといけないからね」

数分前なら言い返せていたであろう言葉にも、対応することが出来ない。
もはや、指導とイタズラの境目が曖昧になってきて、全てを受け入れる準備を心が始めてしまっている。

「ほら、こうされるのとっても気持ちいいだろう……?ボクに絡め取られて、ギュゥって押し潰されて隙間なく密着して、耳元でこっそり話しかけられて、これ以上になく繋がってる、そう感じないかな……?」

「ボクのおっぱいからドキ、ドキ、って心臓の音が伝わってるの分かるかい……?ちょっと早めの鼓動が……ふふっ、ボクも悦んでるんだ、君と繋がって」

「じわぁっと汗ばんだ君の背中、とっても暖かくて、なんだかポカポカしてくるよ……♡」

ひょい、ひょい、とチョコレートをつまむかのように繰り出される甘いセリフが、心を融解していく。
あたかも、俺にベタ惚れしてるかのような、誘惑のセリフが、甘く蕩かしていく……

いや、ダメだ。弄んでいるだけだ。勘違いしては……

硬い芯だけは未だに残っているものの、身体はその重みと熱に、心の大半はその甘さに屈服してしまっている。
弄ばれてるのは分かっている、それでも尚、身を委ねてしまいたいと思ってしまう。身も心も、この後輩の手のひらの上で転がされて、遊ばれて、悦んで貰いたい……
そんな感情が全身を支配する。アンコウのオスが、メスに吸収されようが、その身を捧げてしまう理由が分かるかもしれない。

「ボクの温もりに包まれて、ボクの声だけを耳に入れて、天にも昇るような心地じゃないかな……♡」

ボクの……そうだ、あの麗しくて、カッコ良くて、思わず抱きついて貪りたくなるような美貌を有していて、何度も魅了してきたあの後輩に包まれて、囁かれて、全部を操られているのだ。
スライムが捕食するように、弾力のある熱をぐにゅんと押しつけて、もがき抜けようとする四肢を丁寧に捉えて、聴覚すら甘くコーディングした猛毒で侵してしまう……

「でも、それだけじゃ不十分さ。ほら、鼻にも集中してみて、鼻息を立ててすぅーって……」

言葉に従うしか、無い。
すぅーっとはしたなく鼻息を立てて、鼻腔に空気を送り込む。それが恥ずかしいとすら思わずに。
柑橘類やハーブを基調とした甘い香りを感じる……が、その奥に饐えた甘さを感じてしまう。そう、わずかな汗くささを感じるような……鼻の奥で広がって脳にまでキいてしまうような魅惑の匂い。

すん、すん、と更に鼻息を立ててしまう。
爽やかな香りの後に来る、芳醇な匂い。ミルクを思わせる甘ったるさに、バターを彷彿させる濃厚さ、マッシュルームを想起させる奥深さ。どこかクセになってしまうような中毒性。

「どう、かな……?ボクの匂い、感じたかな?実は汗っかきだからちょっと恥ずかしいけど……」

「あ、あぁ……」

これが彼女の汗の匂い……じわぁっと張り付いたおっぱいからも、耳元をくすぐる髪からも、むっちりと淫肉が詰まった腰つきからも漂ってくる香り。芳香。
あぁ、汗すらもこんなに魅力的だと、汗臭さの概念すらも書き換えられてしまう。虫が濃い匂いに引き寄せられてしまう気持ちがよく分かる、きっと、抗えないのだ。

「良い匂い、かな?」

「あぁ……」

一嗅ぎする度に、脳の軸がゾクゾクと震えて、腰の奥がじくじく疼いて、得も知れぬ快感に浸されるコレは、もはや麻薬だ。
もう止めろ、と理性が指令を出しても本能が止められない。網を被せられても尚お、腐ったバナナに病みつきになるカブトムシのように。嗅いでしまう。
あぁ、出来ることなら、もっとこの匂いの元に抱きついて、肺いっぱいまで……♡

「ふふっ、そう言ってくれてとても嬉しいよっ……実はね、ボクも君の匂い、とってもイイと思ってるんだ」

「すぅー……ふふっ、やっぱイイなぁ……相性バツグン、ってやつだね」

「うぁ……」

うなじに生暖かい風を感じる。首筋の産毛をそわそわと揺らし、微弱な電流が頸椎から全身へと流れ出していくが、身震いすら出来ない。
ホワイトチョコを更に甘く煮詰めてドロドロにしたような言葉が次々に流し込まれるが、強がりを吐き出すことすら出来ない。
恥骨を押し付けるように、ぐい、ぐい、と腰を揺り動かされるが、その肥沃な肉感に抗うことすら出来ない。

「うんうん、いいね、大分動じなくなってきたね」

「じゃ、そのままボクと同じところを見よっか、あの白い玉の中心だけ見て……そう、そこ、その点と点と結んだ中間……そのまま集中して……キューのラインがその中点を貫くようにイメージして……」

子どもにお片付けを教えるように、躾けた犬にお手を指示するように、優しく強かに耳の中へ声を響かせる。
奇妙な緊張感が場を包み込み、ドクっ、ドクっと鳴り響く心臓が二つから一つへと重なる。肘に添えられていた手がピタッと動くのを止め、背中に温かいミルクが染み渡ったかのように熱が広がり、尾骨と恥骨が、お尻と太ももが、ぴったりくっ付いて……

心地良い。
思い出すのは工場でよく見かけるプレス加工。金型に嵌められた材料が形を歪めさせられるアレ。
だけど、この身を挟み潰すのは淫靡さと強かさを極めた女体であり、心を折り曲げるのは焼け爛れそうなほど甘ったるいセリフであって……抜け出せない。
抜け出したいとも思わない。

深く吸った鼻腔に濃厚な匂いが入り込む。
うくっ……と喉奥で声が漏れ出るほど、甘ったるく、濃厚で……むせ返るほどのメスの香りがした。

身体は動かない。ズボンの中のソレを除いて。

脳に、焼き付く。

この姿勢が、感触が、匂いが……忘れられなくなって……意識がゆらりと浮きそうになったところで……

「撞いて」

命令が耳をつんざいた。
それを聞くや否や、無意識が働いて、右ひじの先の上腕だけが精密に動き

カンっ……コン……

白玉の中央を撞いた。彼女の指定した点と点とのちょうど中間。
その白玉は向こう側のヘリにぶつかって、真っ直ぐ跳ね返り

コン……

余韻を残していたキューの先端へと戻ってきた。
その玉の実直な動きに魅せられ、思考が台上へと割かれる。身体は心地良さを感じつつ、腰奥のソレは痛いほど勃ち上がってしまって。

「おぉ……」

真っ直ぐ撞く。
それは基礎中の基礎なのだろうが、寸分狂わず真っ直ぐ撞けたことに感動を抱く。燻った火種を腰奥に隠しながら。

「うんっ!まさに理想的なフォームさ!構えた状態からキューがブレることなく真っ直ぐ突き出て、狙ったところを正確に撞けてるね。クッションから跳ね返った手玉が寸分狂わず元の場所へと戻ってきてるのが、何よりの証拠さ」

「そう、なのか?普通に撞けただけかと思ったが」

「じゃあ、試しに今度はほんの少し左を撞いてみようか。ちょうど、そこの赤い点の数ミリ左側にキューの先端を合わせて……そうそう、キューのラインはさっきと同じように真っ直ぐで、玉を撞くポイントだけをズラして……撞いて」

また命令に従って、撞く。それ以外に出来ることが無い。
コン……という音と共に、目印にしていた赤点が衛星のようにグルグルと巡りつつ、惑星となる白玉は真っ直ぐ突き進む。そして壁に当たると、左の方へと大きく逸れた。

「あ、確かに左の方に跳ね返って……」

「これを捻りと言ってね、玉に横回転をかけると玉やクッション……あそこのヘリのことだね。そのクッション当たった時の跳ね返り方が変わるのさ。これを意図的に使えれば自在に台上を操れて自分の有利なようにゲームを進めることが出来るけど、逆に意図しない時に暴発してしまうとミスショットになってしまって負けの要因にもなり得る……まあ、何事もコントロール出来るに越したことはない、って話だね」

「なるほど……正直なところ、単純に玉を撞くだけかと思っていたが、かなり奥深いんだな」

真面目な説明、そこの淫靡さは欠片もないが、収まらない。
背徳的な感情がこみ上げる。

「そこがビリヤードの面白いところさ。知ってほしいのはこれだけじゃなくて、例えば……」

彼女の手が白玉、8と書かれた黒玉を流れるように手繰り寄せ、白、黒とキューのライン上に置き残す。
あぁ、綺麗だ。

「じゃ、最初と同じように真ん中を……いや、真ん中のほんの少し下を撞き抜く感じでやってみて」

ピタッと構えた背中に感じる重みが安定感と高揚をもたらし、また、中央を的確に撞く。
カン……と飛んだ白玉は、黒玉にぶつかる。黒玉は勢い良く弾かれ、白玉はそのまま素知らぬ顔で成り代わったようにとどまる。

また、白、黒の玉が手繰り寄せられ、直性上に置かれる。

「次は、真ん中よりも少し上を撞いてみて、もう少し上かな……?そう、そこら辺を撞き抜くように」

肘に添えられた感触は、その位置を高く固定させ、正確に玉のやや上側を撞く。
カン……と飛んだ白玉は、黒玉にぶつかり、そのまま後を追うように転がっていく。

「次は、真ん中よりも結構下を……あぁ、キューは台と並行にして……そうそう、そのまま強めに撞いてみて」

場を包み込み温もりと匂いが、あの指導を想起させ、リプレイのように身体が撞き動く。
カン……と飛んだ白玉は、黒玉にぶつかると、弾かれたように少しだけ後ずさりする。

「うんっ!パーフェクトだね!ストップショットに、フォローショット、更にはドローショットも一発で決めてしまうなんて、流石はボクの先輩だ、初心者とは思えないぐらい上手だね」

「おお、撞く場所だけでこんなにも変わるものなのか……」

ほんの少しの差。ただ撞く点と、撞くイメージを変えるだけで、ここまで差が出るものかと感心してしまう。
だが、逆に言えば、その僅かな差で跳ね返り方、台上で玉が織りなす模様は大きく変わってしまう訳であって……
それに、撞きの動作をするだけで、『指導』のことが頭から離れなくなって……

「これは……なかなか大変そうだな」

そんな言葉がポツリと零れる。
その言葉を聞いた彼女はキョトンとした表情を向けて

「……あははっ!あんなに完璧にショットを決めてしまったのに、抱いた感想がソレだなんて……君はスゴイね、ビリヤードの才能あると思うよ」

「え、あ、あぁ、そうかな?」

「うん、かなり向いてると思うよ。ホントはもっとしっかり指導しようと思ってたんだけど、その必要は無さそうだね。ここまで基礎が出来るのなら、習うより慣れよ、の方が上達するだろうし」

腹を抱えそうなほど一笑いする。
あっけらかんと笑う彼女の口からは、飾り気の無い褒め言葉が次々に投げかけられる。

才能……か。
いや、そんなものじゃない、と言い返そうかと迷ったが、その後の展開を考え、言葉を飲み込む。

「さ、そうと決まれば早速ゲームをしようか!ルールは……この実力ならエイトボールをやってもいいかな?ハンデも色々と付けやすいし、駆け引きだって学びやすい……うん、そうだね、そうしよう」

「ルール教えてくれるなら、やってみたいが……と、とりあえず、背中から退いてくれないか?ずっとこの体勢じゃ……」

ゲームは是非ともしたいが、とりあえず背中から抑え込まれっぱなしでは身動きを取ることも出来ないし……収まりそうにない。こんな状態じゃ、まともに立てないし、立ったとしてもセクハラに……
なので、まずはどいて……あれ?

「……退く?」

「……あっ」

首をこてんと傾げながらこちらを見つめている彼女は、ソコに佇んでいる。俺の背中の上では無く、ソコに。
つまり、この背中に感じる柔らかい温もりは、耳元を掠める吐息は、脳をくすぐる匂いは……

あぁ、恥ずかしい、恥ずかしい。

密着指導が肌に残って、彼女が離れても、包まみ込まれてると錯覚してしまうなんて……恥ずかしすぎる。しかも、その錯覚で勝手に興奮し続けてしまい、真面目な説明を聞いても尚、収まりが付かないなんて……
いや、でも、それも当然なほどの陶酔感溢れるあの空間は……

いや、違う。こんな恥ずかしい勘違い、そして浅ましい興奮、彼女に

「いや、何でもな」

悟られる訳にはいかな

「あはぁ……♡♡」

一瞬のことだった。
爽やかな外見から想像できないほど、ぐじゅぐじゅに熟れきった中身が溢れて出たのは。
刹那の出来事だったが、だらしなく開いた口からドロリと吐息が漏れ出して、赤い瞳に妖しい光が宿るのを見てしまった。

「ボクは君が最初に撞いた時に離れたんだけど……もしかして、その感触がまだ残っていたのかな?だとしたら嬉しいなぁ、ボクの指導は君の身体に感触ごと染みついたって訳だ」

「いや、それはそのだなっ、勘違いというか……」

本能が逃げようとした瞬間、彼女の細く長い腕が流れるようにキューを抱き寄せ、腕が組まれる。たわわな果実がだぷんっと暴力的に揺れ動く。普段はギッチリと詰め込まれて大きく揺れることはない果実。
その動作だけで、そのボリュームが尋常じゃくて、しかも熟れきっていて、極上の美味しさであることを改めて感じ取ってしまい、視線が囚われてしまう。
涎を垂らした悪魔がすぐそこに迫っていようと。

「まあまあ、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ、それにボクの指導が薄れてきたなって感じたら、すぐにでも」

だぷ……と重量感たっぷりに揺れる胸と共に、スタスタとレッドカーペットを歩むようにこちらをへと近づいてきて、そのまま裏に回り込んで……

ぐにゅぅ……♡

「っっ……!!」

優しく、それでいて力強く抱きしめられる。獣が愛する番に対してマウントポジションを取るように、体重をズシリと乗せながら。
掛けられた重みによって、もちもちの毬が圧し潰れるように乳肉がぐにゅぅっと形を変え、背中全体を覆い込むように貼り付く。

腰の奥から、とぷり……と快楽の雫が漏れ出した心地が、した。

「こうやって、君のフォームを手取り足取り、みっちりと指導し直してあげるから……ね♡」

この感覚が……腕も脚も絡め取られて、ゆっくりプレスされるように胸でぎゅぅっと押し潰され、姿勢を矯正されてしまう感覚が心まで染み付き、安心感に溢れ、心が弛緩したところで

「君の好きなコレも、たくさん押し付けてあげるよ……♡」

こっそりと囁かれる嗤い声。声色だけでも分かる、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、反応を楽しもうとしている姿が。
あぁ、ホントに、この後輩は……人を弄ぶのが上手だ。憎たらしいほど。興奮が搔き立てられて、どうにかなってしまいそうだ。

「っっ……!このっ……ホントにっ、そういうのは良くないからなっ……!」

突き放そうとしても、突き放したくない。咎めようにも、咎めたくない。
ホントはもっと意地悪されて弄ばれたい、が、一応先輩としての体面が……いや、違う。この芯から震える感覚は、恐らく本能が自我を守ろうとしているのだ。
彼女に呑まれないための反発。興奮も悟られてはいけない。

「あははっ!ま、今は大丈夫そうだから、早速ゲームしてみよっか!ルールは簡単に教えるけど、基本はやりながら覚える感じでね」

軽く腕を振り払うと、彼女はあっさりと引き下がり、背中からたぽんっと余韻を残して感触が遠ざかっていく。
この切り替えの速さが、心と思考を惑わせる。

「……っ」

浅ましくも熱を持つナニを隠すために、撞きの姿勢のままポケットに手を突っ込み、位置を抑えて膨らみを隠す。
どこまでが夢で、どこからが現なのか、分からなくなって、距離感が掴めない。

でも確かに分かることは

「じゃ、まずはラックシートを使ってボールを並べてみようか」

カッコ良くて、魅力的で、意地悪で、生意気で、妖艶な後輩に、俺がどうしようもなく惚れてしまっている事だ。

ゲームが始まる。
24/02/03 00:04更新 / よね、
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